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東京地方裁判所 平成15年(レ)21号 判決 2003年3月27日

控訴人

甲野太郎

被控訴人

乙川春子

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の申立て

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は、控訴人に対し、三九万五七二二円及びうち五万円に対する平成一四年九月一日から支払済みまで年三六パーセントの割合による金員を支払え。

2  被控訴人

主文同旨

第2  事案の概要

1  本件は、控訴人が、丙山次郎(以下「丙山」という。)から譲り受けたという乙川一(以下「一」という。)に対する貸金債権(以下「本件貸金債権」あるいは「本件貸金」という。)につき、既に丙山と、一の相続人であるという被控訴人との間に丙山の被控訴人に対する請求を認容した確定判決(以下「前訴確定判決」という。)が存するが、その判決後、まもなく一〇年が経過するので、消滅時効を中断する必要があると主張して、控訴人において、改めて控訴人に対して本件貸金の支払を求める本件訴訟を提起したところ、原審において、被控訴人の主張する相続放棄が認められ、控訴人の請求が棄却されたため、原審の判断は、前訴確定判決の既判力に抵触して違法であると主張し、原判決の取消しと請求認容の判決を求めて控訴を提起している事案である。

2  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、括弧内に挙示した証拠ないし弁論の全趣旨によって認定することができ、この認定に反する証拠はない。

(1)  被控訴人は、一の子であるが、一は、昭和六二年一二月二八日に死亡した。

(2)  丙山と被控訴人との間には、丙山が、一に対する本件貸金につき、一の法定相続人である被控訴人が一の権利義務を承継していることを前提に、その支払を求める新宿簡易裁判所平成五年(ハ)第二二三七年貸金請求事件が係属していたところ、被控訴人に対して公示送達によって訴訟手続が進められ、平成五年七月二〇日、丙山の請求を認容する判決が言い渡され、同判決は、同年八月四日に確定した(甲1、2)。これが前訴確定判決である。

(3)  控訴人は、丙山から被控訴人に対して平成一四年一月二一日付け内容証明郵便をもって平成七年三月一六日に本件貸金債権を丙山から控訴人に債権譲渡した旨を通知していることを前提に、平成一四年九月一八日、消滅時効を中断する必要があると主張して、東京簡易裁判所に対し、改めて被控訴人に対して当該貸金の支払を求める本件訴訟を提起した。

(4)  これに対し、被控訴人は、控訴人の内容証明郵便を受領した後、東京家庭裁判所に対し、一の相続を放棄する旨の申述をし、同申述は、平成一四年三月二〇日受理されている(乙3、4)。

(5)  本件訴訟では、公示送達によった前訴とは異なり、被控訴人に対して通常の送達によって第一審の訴訟手続が進められ、平成一四年一二月一六日、被控訴人の主張する相続放棄を認め、控訴人の請求を棄却する原判決が言い渡された。

2  本件訴訟の争点

基本的な争点は、丙山の一に対する本件貸金につき、一の法定相続人である被控訴人が相続を放棄したため、その債務を承継していないか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、以下のとおりである。

(被控訴人)

被控訴人は、丙山から前記内容証明郵便をもって債権譲渡の通知を受けて初めて一の死亡を知り、平成一四年三月二〇日、東京家庭裁判所に相続放棄の申述をして、相続を放棄したので、一の債務を承継していない。

(控訴人)

被控訴人の相続放棄の主張は、丙山の被控訴人に対する前訴確定判決の既判力と抵触するので、許されない。

第3  当裁判所の判断

1  丙山と被控訴人との間に前訴確定判決が存することは、前提となる事実(2)のとおりであるが、被控訴人は、その後、前提となる事実(4)のとおり、平成一四年三月二〇日、家庭裁判所に相続放棄の申述を受理されて一の相続を放棄しているところ、証拠(甲3、4)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、小学校五、六年ころ、母親に連れられて、父親の一と別れて以来、一とは音信不通となっていて、丙山の被控訴人に対する平成一四年一月二三日到達の同月二一日付け前記内容証明郵便で、初めて一の死亡を知ったことが認められ、この認定に反する証拠はないから、被控訴人が一の相続の開始を知ったときから三か月以内にしたことになる相続放棄それ自体は有効であるといわなければならない。

2 しかしながら、被控訴人の相続放棄が有効であったとしても、本件訴訟において、被控訴人がこれを主張することが許されるか否かは、さらに検討を要するところであって、この点につき、控訴人は、被控訴人が、前記の相続放棄の結果として、本件貸金に係る一の債務を承継していなかったと主張することは、前訴確定判決の既判力に抵触するので、許されないと主張する。

そこで、この点について検討すると、前訴確定判決は、公示送達によっているが、一の権利・義務を被控訴人が相続人として承継していることを認定したうえでこそ、丙山の請求を認容し得たものであるから、前訴確定判決の既判力が排除されない限り、被控訴人が相続放棄を理由に本件貸金に係る債務を承継していないと主張することは許されないといわざるを得ない。したがって、控訴人の主張も、この点においては、首肯し得ないわけではないが、前訴確定判決の既判力とは別に、被控訴人がした相続放棄が有効であることは、前説示したとおりであるから、その結果として、被控訴人は、遡って一の相続人でなかったことになるので、被控訴人が一の相続人であることを前提にした前訴確定判決には、本件貸金の債務者ではない被控訴人を債務者と誤認した瑕疵があるといわなければならない。そして、このような場合には、被控訴人は、その瑕疵を排除するため、民事訴訟法三三八条一項三号に準じて再審の訴えを提起し、前訴確定判決の既判力の排除を求めることができるというべきところ、本件訴訟は、再審の訴えそのものではないものの、前訴確定判決を受けている控訴人が、前訴確定判決の効力を維持するため、消滅時効の中断を理由に、再び被控訴人に本件貸金の支払いを求めて提起した訴訟であって、被控訴人が本件訴訟に応訴して前訴確定判決の瑕疵を主張しているのであるから、その実質は、再審の訴えに等しく、被控訴人は、前訴確定判決に対して再審事由として主張することができた瑕疵を本件訴訟において主張して、控訴人の請求を免れることができるといわなければならない。

そうすると、被控訴人の相続放棄を有効と認めて控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、控訴人が丙山から実際に債権譲渡を受けているのか否かについて進んで検討するまでもなく、本件控訴は理由がない。

3  よって、本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・滝澤孝臣、裁判官・脇由紀、裁判官・五十嵐浩介)

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