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東京地方裁判所 平成15年(ワ)10743号 判決 2004年7月12日

主文

1  被告は、原告に対し、1456万0805円及びこれに対する平成14年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は、原告に対し、2910万3071円及びこれに対する平成14年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、被告が建築することを計画していた研究教育施設用建物に、ガラスカーテンウォール等の建具を納入することを予定されていた原告が、被告の突然の建築中止措置により損害を被ったとして、不法行為に基づき、損害賠償を求める事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告は、建築資材の輸入、販売などを業務とする株式会社である。(甲8、弁論の全趣旨)

(2)  被告は、千葉県市原市所在の被告キャンパス内に、高齢者対応の安定的測定評価システムの開発等の学術研究ための研究教育施設用建物(以下「本件建物」という。)を建築することを計画し、平成14年4月15日、有限会社a建築研究所(以下「a建築研究所」という。)に本件建物の設計監理を委託し、a建築研究所は本件建物の基本設計を開始した。(甲9、証人A)

(4)  原告は、a建築研究所の依頼を受けて、平成14年5月下旬ころから、本件建物の壁面に設置するためのフーノルド社製ガラスカーテンウォール(サッシはドイツ・アルコア社製、以下これらをまとめて「本件建具」という。)を納入する準備作業に着手し、製作図の作成、メーカーとの打ち合わせ、メーカーの製造ラインの確保等の作業を行った。(甲8、9、証人B、同A)

(5)  平成14年8月27日、被告は、本件建物建築計画の中止を決定した。

2  争点

(1)  原告が本件建具納入のための準備作業に着手することを被告が了承していたか。

(原告の主張)

原告は、平成14年5月21日、a建築研究所に、本件建物を工期内に竣工させるためには、同年9月初めには本件建具の製作を開始する必要があり、そのためにはこの時点で直ちに製作図面の作成、メーカーの製造ラインの予約等の準備作業に着手する必要があり、8月末に施工業者が決定してから納品契約をして製作図面の作成作業に入っていたのでは到底所定の工期に間に合わない旨を申し入れ、a建築研究所は、そのころ、上記スケジュールを被告に説明し、被告は、この段階で、原告が準備作業に着手することを了承した。

(被告の主張)

被告において、原告が本件建具納入のための準備作業に着手することを了承した事実はない。

原告は、本件建物の建築に必要な本件建具の納入業者であり、被告との間で直接契約を締結するという関係にはないから、契約締結上の過失論を適用する前提を欠くというべきである。

(2)  被告が本件建物建築計画を中止したことにより、原告が被った損害

(原告の主張)

原告は、被告が本件建物建築計画を中止したことにより、以下のとおりの損害を被った。

ア OS工業株式会社に外注した図面作成等の経費 331万8766円

イ フーノルド社に発生した経費 528万4305円

ウ 平成14年5月下旬以降同年8月下旬まで本件建具納入の準備作業のために原告に発生した費用 1500万円

エ 信用失墜による損害 300万円

オ 弁護士費用 250万円

(被告の主張)

ア 原告に発生した損害は知らない。

イ OS工業の請求の中にはドイツ視察旅行費等が含まれているが、原告が本件建具の日本国輸入元であればこのような費用は含まれないはずである。被告はOS工業に本件建具図面の作成を依頼したことはなく、OS工業が原告との取引上の思惑で始めた準備作業について被告が責任を負ういわれはない。

ウ 原告が本件建具の独占的輸入元ではなく、輸入元の一つに過ぎないのであれば、施工業者としては原告ではなく他の業者に発注することもあり得たのであるから、あたかも原告が独占的輸入元であるかのような請求は失当である。

第3  当裁判所の判断

1  本件の事実関係

証拠(甲1ないし4、7、8、9、乙1ないし4、証人B、同A)及び弁論の全趣旨により認められる本件の事実関係は以下のとおりである。

(1)  原告は、建築資材の輸入、販売などを業務とする株式会社であり、ドイツ・フーノルド社製のガラス製建具等の輸入元である。

(2)  被告は、高齢者対応の安定的測定評価システムの開発、生活支援施設及び機器の開発とこれに対する高齢者の反応の評価、測定等などの学術研究を目的とする帝京メディア・ラボⅢと称するプロジェクトを進め、千葉県市原市所在の被告キャンパス内に新たにこのための研究教育施設用建物である本件建物を建築することを計画して、文部科学省に補助金の認可申請をする一方、平成14年初春には、a建築研究所に本件建物にかかる企画設計を依頼して、補助金認可が得られたときは設計監理を委託したい旨の申し入れをし、認可が下り次第直ちに建築計画を進められるように準備を進めていた。

(3)  平成14年3月中旬ころ、原告は、a建築研究所から本件建物の壁面にフーノルド社製ガラスカーテンウォールを用いた本件建具を使用する計画であるので、設計に協力して欲しいとの依頼を受けて、これ以降具体的な技術的な検討、見積作業に入った。

(4)  平成14年4月5日、本件建物への補助金交付が内定したことから、同月15日ころ、被告はa建築研究所に本件建物設計監理を委託し、a建築研究所は本件建物の基本設計を開始した。

(5)  平成14年5月中旬の本件建物についての第1回入札は、実施設計が間に合わず、基本設計のみに基づいて行われたことから、施工業者を選定することができなかった。そこで、そのころまでに行う必要のあった文部科学省への届出においては、被告傘下の株式会社帝京建設を施工業者とし、実際の施工業者については、a建築研究所において実施設計を行った上で、同年8月末に決定することとなった。(甲9、証人A)

(6)  本件建物は平成15年3月竣工が予定されていたところ、これに間に合わせて本件建具を納入するためには、遅くとも平成14年9月始めにはドイツ工場での製作を開始する必要があり、更にそのためにはその約3か月前から本件建具の形状、寸法等についての打ち合わせ、製作図の作成等の準備作業に着手する必要があった。(甲8、9、証人B、同A)

(7)  平成14年5月下旬ころ、原告は、a建築研究所に対し、前項のような事情を説明し、直ちに本件建具納入のための準備作業に着手することについて同研究所の了承を求めた。そこでa建築研究所の代表者であるA太郎は、被告においてこの問題を担当していたC助教授に、上記の事情を説明した上で、サッシ業者に製作設計図を作らせるという準備作業を依頼すること、及び、依頼した後は別の業者を選ぶことはできなくなることについて了承を求めたところ、Cはこれを了承した。原告は、Aから、以上の経過について説明を受けた上、直ちに準備作業に着手するように依頼を受けたので、本件建具納入のために、製作図の作成、メーカーとの打ち合わせ、メーカーの製造ラインの確保等の準備作業を行った。(甲8、9、証人B、同A)

(8)  a建築研究所は、平成14年6月中旬ころまでに基本設計を、同年7月20日ころまでに実施設計を行い、それぞれそのころ被告の承認を得た。この間被告は、司年7月初旬ころ、大学施設増築及び高度制限解除等の許可を、同年8月28日には本件建物の建築確認を、それぞれ市原市から受けた。

(9)  平成14年8月27日、被告は、収入面における定員確保の不安定要因と支出面における将来にわたっての費用負担増を勘案して、本件建物建築計画の中止を決定し、これについての補助金の申請も取り下げた。

2  争点(1)(原告が本件建具納入のための準備作業に着手することを被告が了承していたか。)について

以上認定の事実、殊に、平成14年5月中旬の本件建物についての第1回入札においては施工業者を選定することができず、同年8月末に施工業者を決定することとされたこと、本件建物は平成15年3月竣工が予定されており、本件建具はドイツにおいて製作の上輸入する必要があることから、平成14年8月末に施工業者が決定してから本件建具の設計、製作に着手していたのでは竣工に間に合わない状況にあったこと、原告からこのような事情の説明を受けたAが、被告担当者のC助教授に、事情を説明した上で、サッシ業者に準備作業を依頼するが、依頼した後は別の業者を選ぶことはできなくなることについて了承を求めたところ、Cはこれを了承したこと、原告は、Aから以上の経過について説明を受けて、本件建具の製作図の作成、その製作のためのメーカーとの打ち合わせ、メーカーの製造ラインの確保等の準備作業を行ったことに照らすと、被告において、原告が本件建具の製作に向けた準備作業に着手することについて了承していたことは明らかである。

被告は、原告が本件建具納入のための準備作業に着手することを了承した事実はない旨主張し、証人Cの証言及び陳述書(乙6)中にはこれに沿う部分がある。しかしながら、原告から施工業者が決定してから本件建具の設計、製作に着手していたのでは竣工に間に合わないという事情の説明を受けて、これをC助教授に説明し、サッシ業者に本件建具製作の準備作業を依頼すること等について了承を求め、Cがこれを了承した旨を述べるAの証言は、原告担当者である証人Bの証言と一致するばかりでなく、客観的証拠(甲1、2、乙1ないし4)により認められる本件の経過とも一致するものであって、その信用性に疑いを抱くべき事情が見出せないというべきであるから、Cの前記証言等は信用することができないというほかない。

本件においては、原告と被告との間で直接本件建具の納入についての契約が締結されたことはなく、また、それが予定されていたとの事情もうかがえないのであって、原告は、a建築研究所の監理の下に、被告と施工業者との間で本件建物建築請負契約が締結された場合に、原告と施工業者との間で本件建具の納入契約が締結されることが予定されていたというに過ぎない。しかしながら、建築工事において使用することが予定されていた建具について、注文者と請負業者との間の請負契約の締結を待って製作していたのでは竣工に間に合わなくなるという特別の事情がある場合において、建具の納入業者となることが予定されていた者が、注文者の了承を得た上で建具の製作のための準備作業に着手した後に、注文者が注文者側の事情により請負契約の締結を取りやめたというときには、注文者は、当該建具の納入業者が、請負契約及び建具の納入契約が締結されるものと信頼して行動したことにより被った損害を賠償する責任を負うものというべきである。

3  争点(2)(原告が被った損害)について

進んで、本件において原告が被った損害について検討する。

(1)  証拠(甲3、8、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件建具の製作に必要な製作図面の作成をOS工業株式会社に外注し、そのための経費として同社から316万0730円の請求を受けていることが認められるところ、このうち、ドイツ視察旅行費用、同滞在費、同人件費については被告の行為と相当因果関係ある損害と認めることはできないから、これを除く264万円及びこれに対する消費税13万2000円の合計277万2000円が本件における損害であると認められる。

(2)  証拠(甲4、8、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件建具の製造に関して、製造業者であるフーノルド社に技術的検討等の作業を依頼し、それに要した費用として同社から3万9143ユーロの請求を受けていることが認められるところ、このうち、翻訳費用3300ユーロについては被告の行為と相当因果関係ある損害と認めることはできないから、これを控除した3万5843ユーロが本件における損害であると認められるから、これを1ユーロ135円で換算すると、483万8805円となる。

(3)  原告は、本件建具製作のための準備作業として、担当者であるBがドイツに出張して打ち合わせなどをする必要があったとして、合計1500万円を請求するところ、このうち、会社経費、人件費935万円はその内容が明らかでないのでこれを損害と認めることは困難であるから、海外出張経費565万円の限度で本件における損害と認めるのが相当である。

(4)  原告は、本件建具の納入が中止され信用失墜による損害300万円を被ったと主張するが、原告が以上の財産的損害の賠償によっても填補されない損害を被ったとの事情は認められないから、この点についての原告の請求は理由がない。

(5)  本件における弁護士費用としては130万円が相当であると認められる。

(6)  以上の合計は1456万0805円となるから、原告の請求はこの限度で理由があるというべきである。

4  結論

以上によれば、原告の請求は、主文第1項の限度で理由があるから、これを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤下健)

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