東京地方裁判所 平成15年(ワ)11085号 判決 2004年8月24日
原告
株式会社整理回収機構
代表者代表取締役
A
代理人支配人
B
訴訟代理人弁護士
小嶋正
野崎晃
被告
株式会社ダイニチ
代表者代表取締役
C
訴訟代理人弁護士
中島章智
宮本督
畑中鐵丸
深井麻里
小林ゆかり
溝口哲史
神原宏尚
主文
1 被告は、原告に対し、金一七二五万円及びこれに対する平成一〇年五月二六日から支払済みまで年一四%の割合による金員(一年を三六五日とする日割計算)を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1 訴訟の対象
連帯保証契約に基づく連帯保証債務の履行請求
2 争いのない事実等(≪証拠省略≫)
(1) 原告は、特定金融専門会社の債権債務の処理等に関する特別措置法二条二項に基づき特定住宅金融専門会社から譲り受けた貸付債権その他の財産の管理、回収及び処分を主たる目的として同法に基づいて設立された株式会社住宅金融債権管理機構と、破綻金融機関からの事業譲渡を受けて整理回収業務を行うことを主たる目的として預金保険法附則七条に基づいて設立された株式会社整理回収銀行とが、破綻金融機関との合併により承継しまたは破綻金融機関から譲り受けた営業の整理を行うとともに、破綻金融機関から買い取った資産の整理、回収を業とするため、同法附則八条の二に基づいて存続会社を株式会社住宅金融債権管理機構として平成一一年四月一日に合併(併せて現商号に商号変更)してできた株式会社である。
(2) 訴外株式会社a銀行(以下、a銀行という。)は、平成九年五月一九日、株式会社ジィー・プランニング(以下、主債務者という。)に対し、二〇〇〇万円を、以下の約定で貸し付けた。
ア 弁済期限
① 平成九年六月を初回とし、平成一〇年四月まで毎月二五日限り各二五万円を弁済する。
② 残金一七二五万円につき平成一〇年五月二五日限り弁済する。
イ 利率
年五・三七五%(年三六五日の日割計算)
ウ 遅延損害金
a銀行と主債務者は、平成五年一月二八日、銀行取引約定を締結し、主債務者がa銀行に対する債務を履行しなかったときは、支払うべき金額に対し年一四%の割合の損害金(年三六五日の日割計算)を支払うことを約した。
(3) 被告は、平成九年五月一九日、a銀行との間で、主債務者のa銀行に対する上記借入金債務について連帯保証契約を締結した。なお、被告の当時の商号は、株式会社エヌ・シーゴルフファイナンスであったが、平成一四年六月二〇日に現商号に変更されている。
(4) 主債務者は、前記借入金債務について、平成九年六月から平成一〇年四月までの各弁済期限における元本及び最終弁済期限までの利息を弁済したが、同年五月二五日を経過しても、元金残金一七二五万円の返済をしない。
(5) a銀行は、平成一三年五月一四日、原告に対し、a銀行の主債務者に対する上記貸金債権の全部を譲渡した。
(6) a銀行(金融整理管財人D、同E、同預金保険機構理事長F)は、主債務者宛に平成一三年五月一四日付内容証明郵便で債権譲渡通知書を送付しようとしたが、主債務者が所在不明であったため、送付することができなかった。そこで、裁判所に対し、債権譲渡通知についての公示送達の申立てをすることとした。
(7) a銀行(代表者代表清算人G)は、平成一三年一〇月三〇日付けで、上記債権譲渡通知について、主債務者を相手方として意思表示の公示送達の申立てをした(東京簡易裁判所平成一三年(サ)第〇二四二二一号事件)。申立書には、送達すべき意思表示の内容として、前記内容証明郵便を添付した。公示送達の手続はすでに終了し、東京簡易裁判所から、同年一一月一六日の経過により相手方に意思表示が到達したものとみなされた旨の証明を得ている。
3 中心的な争点
本件の債権譲渡通知は有効か。具体的には、債権譲渡通知に、公示による意思表示に関する民法九七条の二が適用されるか。
また、本件債権譲渡通知は、代表権限のある者によってされたものであるといえるか。
原告の被告に対する権利行使は、権利失効の原則により許されないといえるか。
4 原告の主張
前記争いのない事実等によれば、原告が主債務者に対し有効に債権譲渡通知をしたことは明らかである。
したがって、原告は、被告に対し、連帯保証債務履行請求権に基づき、残元本一七二五万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成一〇年五月二六日から支払済みまで年一四%の割合による約定遅延損害金(年三六五日の日割計算)の支払を求める。
以下、被告が反論するので、再反論をする。
(1) 民法九七条の二の適用について
債権譲渡通知については、公示送達の手続により、平成一三年一一月一六日の経過によって、主債務者に対し通知が到達したものとみなされた。
準法律行為である観念の通知には、意思表示に関する規定が準用ないし類推適用され、相手方に対する到達を要する債権譲渡通知についても、民法九七条の二の準用または類推適用がある。
(2) 代表権限の有無について
債権譲渡通知書の作成時における代表者の表示に齟齬はない。また、法人による通知の発送後到達までの間に代表者に変更が生じても、そのことが当該通知の効力に影響を及ぼすことはない。特に、公示による意思表示の場合、制度上、当初の通知書の作成から意思表示の到達までに相当の期間を要する。
そもそも、債権譲渡通知は観念の通知であって、譲渡人が債務者に対し債権が譲渡された事実を知らせる行為にすぎないのであるから、通知人たる法人名を明示している本件において、債務者に到達したとみなされた当該通知が有効であることは明らかである。
(3) 権利失効の原則について
権利失効の原則とは、請求権を有する者が長期間にわたりこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合に、当該権利の行使を許さないとするものである。
本件においては権利失効とすべき特段の事由は存在しない。
5 被告の主張
(1) 民法九七条の二の適用について
債権譲渡通知は、意思表示ではなく、講学上観念の通知と分類される。そして、公示による意思表示を定める民法九七条の二が観念の通知に対しても適用される旨の規定はないし、意思表示に関する民法の規定が観念の通知には適用されないことも明らかである。
したがって、民法九七条の二所定の公示送達手続によって債権譲渡通知をすることができると解することはできず、本件においても、a銀行の主債務者に対する債権譲渡通知はその効力がない。
(2) 代表権限の有無について
仮に、公示送達の方法によって債権譲渡通知をすることができるとしても、本件における債権譲渡通知については、a銀行を代表する権限のない者によってされたものであって、その効力はない。
すなわち、平成一三年一〇月三〇日、a銀行(代表者代表清算人G)は、主債務者に対する債権譲渡通知について公示送達を申し立てたが、その債権譲渡通知の内容は、申立書に別紙として添付されているとおり、a銀行(代表者金融整理管財人Dほか)が債権譲渡通知をするという内容である。したがって、a銀行の申立てにより、平成一三年一一月一六日の経過により、主債務者に到達したものとみなされた債権譲渡通知(代表者金融整理管財人Dほか)は、上記申立時である平成一三年一〇月三〇日当時(代表者代表清算人G)にはa銀行の代表権を有しない者によって債権譲渡通知がされたということになる。
以上から、本件の公示による債権譲渡通知は、無権限者によってされたことになるから、その効力を有しない。
(3) 権利失効の原則について
原告は、最終弁済日である平成一〇年五月二五日以後、平成一四年一一月に被告に対し連絡をするまで、何の連絡も請求もしておらず、原告の被告に対する権利行使は、権利失効の原則により許されない。
第3争点に対する判断
1 前記の争いのない事実等によれば、a銀行は被告に対し連帯保証債務履行請求権を有していたが、同銀行は原告に対しその主債務等を債権譲渡し、同銀行は主債務者に対し民法九七条の二が定める公示による方法で債権譲渡通知をしたと認められるから、原告は被告に対し債権譲渡を主張することができる。
したがって、原告は、被告に対し、連帯保証債務履行請求権に基づいて、残元本一七二五万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成一〇年五月二六日から支払済みまで年一四%の割合による約定遅延損害金(年三六五日の日割計算)の支払を求めることができると解される。
これに対し、被告が前記の主張をするので、以下検討する。
2 被告は、観念の通知である債権譲渡通知に、公示による意思表示に関する民法九七条の二の規定が適用されないと主張する。
確かに、同条は相手方を知ることができないか、または相手方の所在を知ることができないときに、意思表示を公示の方法によってすることができる旨を定めた規定であるが、その趣旨によれば、意思表示ではない事実行為であっても、相手方に対する到達によって効力を生じさせる必要がある場合には、同条の規定を準用または類推適用することが相当である。
そして、債権譲渡通知は、いわゆる観念の通知と理解されているが、相手方に対する到達によってその効力を生じさせる必要があり、公示による意思表示に関する民法九七条の二が準用または類推適用されると解するのが相当であり、そのように解しても債権者にも債務者にも特別に不利益を生じさせることはない。
したがって、原告は、公示の方法によって債権譲渡通知をしたから、有効な債権譲渡通知をしたと認められ、被告の主張を採用することはできない。
3 被告は、本件の債権譲渡通知については、代表権限のない者によってされたから無効である旨の主張をする。
しかし、前記認定のとおり、a銀行(金融整理管財人Dほか)は、平成一三年五月一四日付けの内容証明郵便により主債務者に対し債権譲渡通知をしようとしたが、所在不明のためこれをすることができず、あらためて、同年一〇月三〇日付け(当時の代表者は代表清算人G)で東京簡易裁判所に対し前記内容証明郵便を添付したうえ、そこに記載された債権譲渡通知を公示による方法で送達したい旨を申し立て、同年一一月一六日の経過により相手方に到達したものとみなされたと認められる。
被告が代表権限を欠いて無効である旨を主張する理由は必ずしも判然としないが、a銀行が内容証明郵便によって債権譲渡通知を試みたときも、それができずに裁判所に対し公示送達の手続を申し立てたときも、いずれも代表権限がある者がしていると認められるのであるから、a銀行は代表権限がある者によって債権譲渡の通知をしたと認められる。被告は、a銀行(金融整理管財人Dほか)による債権譲渡通知が送達され、その効力が無効である旨の主張をするが、そのように理解することはできない。
したがって、この点に関する被告の主張は認められない。
4 被告は、原告の被告に対する権利行使は、権利失効の原則により許されないと主張する。
しかし、前掲証拠によれば、平成九年六月から平成一〇年四月までの間連帯保証人である被告が毎月の元金と利息を弁済し、最終期限である平成一〇年五月二五日以降も、被告(当時の代表者はH)がa銀行との間で連帯保証債務の履行方法を検討していたこと、a銀行は平成一一年一〇月二日に破綻し、同銀行による債権の管理回収業務も中断されたこと、平成一三年五月一四日にa銀行から原告に対し債権譲渡されたこと、しかし、主債務者の所在が明らかでなく、a銀行は主債務者に対し債権譲渡通知をしなければならなかったこと、同銀行は同日付けの内容証明郵便によって債権譲渡通知をすることができず、同年一〇月三〇日付けで裁判所に対し意思表示の公示送達の申立てをしたこと、原告は平成一四年一一月、被告に対し、弁済方法について協議を促す旨の文書を送付したこと、同月一九日、被告(当時の代表者はC)が原告を訪れ、原告の担当者と協議したが、その後被告が連帯保証債務を履行することはなかったこと、そこで、原告は、平成一五年五月本件訴えを提起したことがそれぞれ認められる。
これらの事実経過によれば、原告の被告に対する連帯保証債務の履行請求が信義誠実の原則に反する事情は何ら認められない。ほかに、原告の権利が失効したことを裏付ける事情は何も窺えない。
したがって、この点についての被告の主張は認められない。
5 したがって、前記認定事実によれば、原告の主張は認められ、これに対する被告の反論は認められないから、原告の請求は理由がある。
(裁判官 斎藤清文)