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東京地方裁判所 平成15年(ワ)11154号 判決 2003年12月02日

原告

同訴訟代理人弁護士

内田雅敏

被告

同代表者法務大臣

野沢太三

同指定代理人

新谷貴昭

佐藤昌永

篠原正明

髙橋博之

嶺山登

野間健二郎

松下政昭

羽石誠

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、原告に対し、13万1300円及びこれに対する平成15年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は、原告が、国費の自衛隊関係への支出は違憲であるとの信条に基づき、原告の所得金額から国家予算に占める自衛隊関係費の割合相当額を控除して申告し、それに基づいて計算した所得税の納付をしたところ、そのような控除につき更正処分を受け、さらに、滞納処分により強制的に徴収されたことについて、同滞納処分が違憲、違法であると主張して、被告に対し、国家賠償法に基づき、慰謝料の支払を求めた事件である。

1  前提となる事実(当事者間に争いがないか、証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  原告は、その住所地を所轄する四谷税務署長に対し、平成14年1月25日、平成13年分所得税について、所得金額として430万1600円、納付すべき税額として6万6300円と記載した確定申告書を提出した(以下「本件当初申告」という。)。

(2)  原告は、四谷税務署長に対し、平成14年3月15日、本件当初申告について、所得金額として454万1600円、「所得から差し引かれる金額」として「軍事費分6.1% 277037」、納付すべき税額として4万5700円と記載した確定申告書を提出し(以下「本件修正申告」という。)、同日、平成13年分所得税として4万5700円を納付した。

(3)  四谷税務署長は、原告に対し、平成14年6月26日、原告の平成13年分所得税について、本件修正申告の「所得から差し引かれる金額」における「軍事費分6.1% 277037」は認められないとして、納付すべき税額を8万9700円と更正し、同額から既に納付済みの4万5700円を控除した残額4万4000円(以下「本件滞納国税」という。)を平成14年7月26日までに納付すべき旨を通知した(以下「本件更正処分」という。)。

(4)  原告は、四谷税務署長に対し、同年7月1日付けで、本件更正処分を不服として異議を申し立てたが、四谷税務署長は、同年10月1日、同異議申立てを棄却する決定をした。

(5)  原告は、国税不服審判所長に対し、同年10月17日、本件更正処分について審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成15年3月12日、同審査請求を棄却する裁決をした。

(6)  四谷税務署長は、原告に対し、平成14年8月27日、本件滞納国税を納付するように督促したが、原告は、本件滞納国税を納付しなかった。

(7)  四谷税務署徴収職員は、平成15年3月20日、原告が株式会社A銀行新宿支店に対して有する4万7600円の普通預金の払戻請求権を差し押さえた上、同日、その全額を取り立て、本件更正処分により納付すべきとされた本件滞納国税4万4000円及びこれに対する延滞税3600円の合計額4万7600円を徴収した(以下「本件滞納処分」という。)。

2  争点

(1)  本件滞納処分の違法性

ア 原告の主張

(ア) 国が軍事目的で国費を支出することは憲法前文(平和的生存権)、9条、13条、18条及び19条により一切禁じられているところ、自衛隊は、かねてから名実ともに軍隊というべきものであったが、近年、集団的自衛権の行使となる米軍との共同行動を容認する違憲な立法がされ、その立法に基づいた事態が進行している現状の下では、違憲な軍隊であることは明らかであるから、国が自衛隊関係費を支出することは違憲となる。憲法30条は、「法律の定めるところにより」国民に納税義務を課しているが、その「法律」は憲法を中心とした法体系の下にあるのであるから、上記のとおり国会が違憲な立法をし、その立法に基づいた事態が進行している現状の下では、もはや国費の支出の違憲性と租税の徴収とが無関係であるということはできない。原告がそのような事態を是正するために、所得金額のうち自衛隊関係費の割合に当たる分の所得税の納付を拒否をすることは憲法上容認されているというべきであり、本件滞納処分は、違憲、違法である。

(イ) 原告は、憲法前文の平和的生存権、9条等によってわが国が軍事的活動をすることは許されないと考えており、上記(ア)のとおり違憲な軍隊であることが明白な自衛隊の活動に加担することに多大な苦痛を感じていることから、原告の所得金額から国家予算中の自衛隊関係費の割合6.1パーセント相当額を控除した本件修正申告をし、自衛隊関係費の割合に当たる分の所得税の納付を拒否したものである。上記(ア)のとおり、徴収された租税が違憲であることが明白な国家行為に使用される事態の下では、租税の徴収はもはや政治的思想に中立的であるとはいえず、原告は、憲法19条で保障される思想又は良心の自由の行使として、当然に違憲な事態の解消を実現するための具体的な活動を行うことが許される。しかるに、被告は、強制執行という手段をもって本件滞納国税を徴収したのであるから、本件滞納処分は、原告の思想又は良心の自由を侵害するものとして違憲、違法であるといわなければならない。

(ウ) 以上のとおり、本件滞納処分は違憲、違法な公権力の行使であるから、被告は、本件滞納処分により原告が被った損害を賠償する責任を負う。

イ 被告の主張

(ア) 所得税法上、原告がした控除を認める規定はないから、本件滞納処分は、もとより適法である。

(イ) 税金と予算とは、憲法上、形式、実質ともに全く別個の法的根拠に基づくとされているのであり、両者の間に直接的、具体的関連性はない。すなわち、所得税のように税収の使途と無関係かつ独立した普通税が設けられているとおり、税金の使途については国会の適正な審理に委ねるという徴税制度が予定されているのであるから、仮に徴収された税金が憲法又は法律に違反する国家行為のために費消される結果になったとしても、租税の賦課徴収が違憲、違法となるものではないのである。

(ウ) 上記(イ)のとおり、特に普通税たる所得税の賦課徴収の段階で税収の使途を問題とする余地はないのであるから、原告において税収の使途を理由に所得税の納付を拒否する権利はなく、また、国税徴収法によれば、租税の徴収は国民の政治的思想とは全く無関係に一定の要件に基づいてされるにすぎず、同法に基づく租税の徴収が国民の思想及び信条に基づく行動を禁止したり、強制したりするものではないので、仮に税収の一部が原告の思想又は信条に反する使途に支出される結果になったとしても、本件滞納処分が原告の思想又は良心の自由を侵害することはあり得ず、違憲、違法とはならない。

(エ) 以上によれば、本件滞納処分に違憲、違法な点はない。

(2)  原告の損害

ア 原告の主張

原告は、上記(1)アのとおり違憲、違法である本件滞納処分により、多大な精神的苦痛を被ったのであり、これを慰謝するための慰謝料額は13万1300円を下らない。

イ 被告の主張

争う。

第3争点についての判断

1  争点(1)(本件滞納処分の違法性)について

(1)  原告は、国が自衛隊関係費を支出することは違憲である上、現在進行している違憲であることが明白な事態を是正するためには所得金額のうち自衛隊関係費の割合に当たる分の所得税の納付を拒否することが憲法上容認されているから、本件滞納処分は違憲、違法であると主張する。

しかしながら、憲法上、予算に基づく国費の支出と租税の賦課、徴収とはその法的根拠及び手続が区別されており、さらに、所得税法上、所得税は、一般的な経費の支出に充てる目的で別段使途を定めることなく賦課、徴収される普通税とされていることからすれば、所得税の賦課、徴収の段階において租税の使途の違憲、違法を問題にする余地はない上、予算の議決により具体的な使途が決定されたとしても、所得税の賦課、徴収と具体的な使途との間に関連性が生じるわけでもないから、予算に基づく国費の支出と所得税の賦課、徴収との間には何ら具体的な関係を認めることはできないものである。そうすると、予算に基づく国費の支出が所得税の賦課、徴収の違法をもたらすと解することはできず、仮に予算の議決によりその税収の一部が憲法に違反する使途に用いられているとしても、税収の使途の違憲、違法を理由に納税を拒否することはできないと解するほかはない。

(2)  また、原告は、本件滞納処分が原告の思想又は良心の自由を侵害するものとして違憲、違法であると主張する。

しかしながら、前記(1)に説示したとおり、予算に基づく国費の支出と所得税の賦課、徴収との間には法律上何ら具体的な関係がないのみならず、国税徴収法は、納税義務者が督促を受けても国税を納付しない場合等の一定の要件に該当する場合に滞納処分による租税の徴収を認めているにすぎず、国税徴収法による所得税の徴収は、国民の政治的信条等のいかんに関わりなく、中立的に行われるものであって、国民に対してその政治的信条等に反する行為を強要するものではない。そうすると、本件滞納処分により原告が納税を拒否した所得税を強制的に徴収することは、何ら原告の思想又は良心の自由を侵害する行為には当たらないというほかはない。

(3)  以上によれば、仮に国が自衛隊関係費を支出することが違憲であるとしても、原告が国家予算中の自衛隊関係費の割合に当たる分の所得税の納付を拒否することはできず、本件滞納処分は違憲、違法ということはできないから、原告の上記主張を採用することはできない。

2  したがって、その余を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤下健 裁判官 小池晴彦 裁判官 髙橋信慶)

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