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東京地方裁判所 平成15年(ワ)1161号 判決 2004年8月30日

原告

X1

ほか一名

被告

Y1

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告X1に対し二八四五万九二五六円、原告X2に対し二七六八万八二一九円及びこれらに対する平成一二年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(1)  事故の発生

次の事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

ア 日時 平成一二年七月一三日午前三時五八分ころ

イ 場所 東京都練馬区<以下省略>付近笹目通り交差点

ウ 被告車両 大型貨物自動車(<番号省略>。以下「被告車」という。)

同運転者 被告Y1

同保有者 被告佐藤重輸株式会社(以下「被告会社」という。)

エ 態様 亡Aが被告車と衝突した。

(2)  亡Aの死亡と相続(甲四)

本件事故により、亡Aは死亡し、その妻である原告X1及び子である原告X2は、それぞれ亡Aの権利義務を相続により承継した。

(3)  損害のてん補

亡Aの死亡による損害のてん補として、自賠責保険金三〇〇〇万三三〇〇円が支払われた。

二  争点

(1)  事故態様、被告らの責任及び過失相殺

ア 被告らの主張

被告Y1は、片側二車線の左側車線を走行していた。被告Y1は、事故現場付近の横断歩道の約八四・一〇m手前で、対面信号機が青色表示であることを確認した。そして、四〇・七m左前方の歩道上に亡Aが立っていることを認識した。その直後(距離にして三〇・九m走行して)、被告Y1は、亡Aが車道に飛び出してきたのを発見し、危険を感じ、急ブレーキを踏みハンドルを右に切った。亡Aは、被告Y1が走行してきた左側車線中央に倒れ込むようにして入ってきて、横向きになって寝転がった状態になったため、被告Y1は避け切れず、亡Aの胸部から左側腹部にかけて同人を轢過したのである。亡Aが跳ね飛ばされなかったのは、衝突時の亡Aの態勢がしゃがむような低い態勢であったため、車体前下部に巻き込まれ、引きずられたものと見るべきである。セカンドバックは遠くに飛んでいるのに、眼鏡はすぐ近くに落下している。車両の衝突痕はフロントバンパー部であり、一番高さがあるところで地上高八〇cmである。身長約一七〇cmの亡Aが立った状態で衝突していれば、衝突痕はもっと高い位置にできたはずである。当時、本件を取り扱った警察署では、車両の衝突箇所や遺体の損傷部位から自殺と判断したものである。

以上のように、被告Y1にしてみれば、歩行者用信号機が赤色表示であるのに、トラックが走行してくる直前に飛び出して来る人がいるとは予想できず、また、飛び出して来る亡Aを発見したのがわずか一〇m手前であることを考えると、被告Y1が亡Aを発見してから衝突を回避することは到底不可能であったことは明らかである。被告車に構造上の欠陥はなく、機能の障害もない。左側車輪のスリップ痕が九・五mなかったからといって、被告車に機能的欠陥があるとまではいえない。したがって、被告らに本件事故に関する責任はない。

仮に百歩譲って、被告Y1に何らかの過失が認められるとしても、亡Aは、対面信号機が赤色を表示しているのに横断歩道上に出てきたのであるから、亡Aには七割の過失が認められ、損害についても過失相殺がされるべきである。

イ 原告らの主張

亡Aは、横断歩道の対面信号機の青色表示を確認して、安心して車道に出たところ、被告車が速度を変えずに接近して来るのを衝突直前に気づき、とっさのことに驚いて引き返そうとしたが間に合わず、両手で自分をかばうような姿勢になった状態で衝突し、押し倒され、腹部を轢断された。

被告車のバンパーには人体と接触したと考えられる凹みがあるから、亡Aが横向きに寝転がったことはない。亡Aは、本件事故当時、特に普段と変わった様子はなく、自殺する動機は一切なかった。本件事故現場には、煙草の箱一つと亡Aが吸ったものと思われる吸いかけの煙草が落ちていた。自殺を志願する者が、車道横断の前に煙草に点火して吸いながら渡ることはあり得ない。車道に出る前に吸い殻として捨てたにしても、そのような精神状態ではあり得ない。亡Aは、驚いたような表情で死亡しており、このことは、自殺などではなく、突然事故にあったことを示すものである。

被告車のスリップ痕は、右側車輪の後方二番目のタイヤで着いたと思われるダブルタイヤの長さ九・五mのスリップ痕しかない。これは、被告車の整備が不十分で、本件事故当時、左側車輪の制動装置が十分機能しなかったこと、ひいては、被告車が整備不良車であり、車両に構造的欠陥があることを示すものである。

(2)  損害及びその額

ア 原告らの主張

(ア) 死亡逸失利益(亡Aの損害) 五三九七万一四七四円

亡A(昭和○年○月○日生、本件事故当時五九歳。)は、昭和三二年三月に立教大学法学部を卒業後、同年五月に法律事務所に入所し、昭和三四年三月に退所した。同年一一月にトヨタカローラ埼玉株式会社に入社し、昭和六二年一〇月に営業課長として退職するまで勤務していた。昭和六三年一月から平成元年八月まで明邦興産株式会社に営業部長として勤務し、平成元年一〇月から平成一一年六月まで株式会社大倉土地に営業担当として勤務し、平成九年一〇月一日から本件事故当時まで有限会社丸善自動車に勤務した。また、その間の平成六年五月に株式会社アーリータルパンを設立し、死亡時まで専務取締役として勤務していた。以上の経歴からして、亡Aの死亡逸失利益の算定に当たり、賃金センサスを用いるのは当然である。賃金センサス平成一二年大卒男性労働者五五ないし五九歳の平均年収である九二八万二七〇〇円を基礎とし、生活費控除率を三割とし、就労可能年数一一年に対応するライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、上記額となる。

(計算式) 9,282,700×(1-0.3)×8.306≒53,971,474

(イ) 葬祭費用(原告X1の損害) 七七万一〇三七円

(ウ) 慰謝料

a 死亡慰謝料(亡Aの損害) 一〇〇〇万〇〇〇〇円

b 原告X1固有の慰謝料 九〇〇万〇〇〇〇円

c 原告X2固有の慰謝料 九〇〇万〇〇〇〇円

原告X1は、現在に至っても、事故の話をするだけで、事故直後に死体を確認したときの亡Aの様子が思い出され、精神的ショックを思い出し苦しむ状態である。原告X2は、本件事故で父親を亡くしたショックが大きく、心因反応との診断を受けている。このように、本件事故による原告らの精神的損害は甚大である。

(エ) 弁護士費用 合計三四〇万八二六四円

原告らは、本訴提起を原告ら代理人に委任した。東京弁護士会報酬規定によると、弁護士費用は合計六八一万六五二八円である。その一部である上記額を請求する。

イ 被告の主張

死亡逸失利益は否認する。亡Aの平成一一年の年収は三六〇万円であって、センサスを使うことはできない。

慰謝料合計二八〇〇万円は争う。高額すぎる。

第三判断

一  争点(1)(事故態様及び過失相殺)について

(1)  関係各証拠(甲一の一ないし五、甲六、七、乙三ないし五、証人B、被告Y1本人)によれば、本件事故態様として、次の事実が認められる。

ア 本件事故現場は、車道の幅員約七・三mの片側二車線の道路(通称「笹目通り外回り」)の歩道寄り第一通行帯で、信号機による交通整理の行われている場所である。

笹目通り外回りの車道の左側には幅員約四・五mの歩道があり、歩道上の車道寄りには、高さ約二m以上の植え込みがある。

笹目通りには最高速度時速五〇kmの規制がされていた。

イ 平成一二年七月一三日午前三時五八分ころ、本件事故が発生した。

本件事故当時、亡Aが現場にいた理由については、原告らの知るところではないが、麻雀の帰りではないかと示唆されている(原告らの平成一五年八月七日付け準備書面(3))。

当日午前四時三五分から午前六時一〇分までの間、被告Y1立会いの実況見分が行われた。その際、作成された実況見分調書(甲一の一)添付の現場見取図は、別紙のとおりであり、被告Y1は、「前方交差点の信号機が青色表示であるのを見た地点は<1>、その時の信号機は。左前方の歩道上に歩行者がいたのを認識した地点は<2>、その時の歩行者は<ア>。歩行者が車道に出てきた地点は<3>、その時の歩行者は<イ>。ハンドルを右に切った地点は<3>、その時の相手は<イ>。衝突地点は<×>、その時の私は<4>、相手は<ウ>。私が停止した地点は<5>、相手が転倒していた地点は<エ>。」と指示説明した。実況見分開始時、被告車は最終停止地点<5>に停止していた。現場には、被告車の右側車輪の後ろから二番目のタイヤで着いたと思われる長さ九・五mのダブルタイヤのスリップ痕があった。

本件事故当時、被告車に設置されていたと認められるタコメーター(乙三)によれば、本件事故当時の被告車の速度は時速約五〇ないし六〇kmであり、工学的には、衝突時の被告車の速度は時速六五・七kmないし七二・〇kmであったとの推論が示されている(乙四)。

亡Aの身長は約一七〇cmであるところ、被告車に生じた亡Aとの衝突痕は、地上約八〇cm以下の部分のみであり、フロントバンパーよりも上部にはない。

ウ 被告Y1は、平成一六年七月五日付け陳述書(乙五)及び本人尋問において、上記実況見分当時の指示説明と同様の供述をしたほか、本件事故当時、前方数十mに一〇トントラックが歩行し、第二通行帯には被告車とほぼ並行してトレーラーが走行していたこと、亡Aが突然飛び出して来たので、右にハンドルを切るとともに急ブレーキをかけたが、横にトレーラーがいたので急ハンドルは切れなかったことなどを供述した。

エ 原告らは、本件事故現場に右側後輪のスリップ痕があるだけであることから、被告車が整備不良であったと主張するが、スリップ痕は常に路面に印象されるものでもなく、論旨は理由がない。

証人Bは、本件事故後、警察官から、被告Y1が、横断中の亡Aを見たが避けられなかったと述べたと聞いており、被告Y1の主張・供述する事故態様と整合しないことを指摘するが、仮に警察官がそのように述べたとしても、認識・表現に食いが生ずることはままあるところであり、このことから、被告Y1の供述が変遷しているとか、整合性がないと断定することはできない。

(2)  以上によれば、被告車が本件交差点に進入した時点において、被告車の進行方向の対面信号機は青色を表示していたと認めざるを得ない(これに反する証拠は全くない。)。そうすると、本件事故当時の本件交差点の信号サイクル(甲一の一の末尾に添付された信号現示報告書)によれば、亡Aの進行方向の歩行者用信号機は赤色を表示していたことが合理的に推認される。

もっとも、被告Y1の述べる事故態様を前提としても、亡Aの進路等に照らし、被告Y1が制限速度を遵守し、十分な安全確認をしていれば、衝突の回避可能性が全くなかったとはいえない。なお、本件事故が発生した時間や、衝突時の亡Aの態勢からすると、亡Aが自殺を図ったとの疑いは払拭できないが、原告らによれば、亡Aに自殺の動機はないというのであり、現段階における証拠関係からは、必ずしも亡Aが自殺を図ったと断定することはできない。

そして、被告会社が被告車の保有者であり、被告Y1が被告会社の従業員であることは当事者間に争いがなく、関係各証拠(乙五、被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故は被告会社の業務の執行中に発生したものであることが認められる。

したがって、被告Y1は民法七〇九条に基づき、被告会社は民法七一五条一項及び自動車損害賠償保障法三条に基づき、それぞれ損害賠償責任を負うが、本件事故態様(被告車が速度超過していた蓋然性が高いものの、その程度が、少なくとも時速三〇km以上の速度超過に当たる時速八〇km以上の速度で進行していたとまでは認め難いことを含む。)に照らすと、その過失割合は、亡A六〇%、被告Y1四〇%と解すべきである。

二  争点(2)(損害及びその額)について

(1)  死亡逸失利益(亡Aの損害) 二〇九三万二一二八円

亡Aの平成一一年分の給与収入は三六〇万円であり(乙一)、これを超える収入があったことを認めるに足りる証拠はない。亡Aが、本件事故がなければ、賃金センサス大卒男性労働者五五歳ないし五九歳の平均年収程度の収入を得られた蓋然性を認めるべき証拠はない。

そうすると、亡Aの死亡逸失利益については、三六〇万円を基礎収入とし、三割の生活費を控除し、平成一二年簡易生命表によれば五九歳男性の平均余命は二二・一五年であることから、その約半分である一一年間に対応するライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると、次の計算式により、二〇九三万二一二八円となる。

(計算式) 3,600,000×(1-0.3)×8.3064=20,932,128

(2)  葬祭費用(原告X1の損害) 七七万一〇三七円

請求額に照らし、相当と認める。

(3)  慰謝料(亡A、原告らの損害) 合計二八〇〇万〇〇〇〇円

本件事故の態様その他本件に顕れた諸般の事情を考慮し、亡Aの死亡慰謝料として一〇〇〇万円、原告ら固有の慰謝料としては各九〇〇万円の請求を相当と認める。

(4)  過失相殺及び損害のてん補

以上の合計は四九七〇万三一六五円であるところ、過失相殺として亡Aの過失割合である六割を控除すると、残額は一九八八万一二六六円となるが、これは、原告らが損害のてん補として受領した自賠責保険金の額(三〇〇〇万三三〇〇円)を超えるものではない(なお、一般に、交通事故と相当因果関係のある弁護士費用は認容額の一割程度と解されており、本件において、弁護士費用としての損害を認めることはできない。)。

第四結論

よって、原告らの本訴請求には理由がない。

(裁判官 本田晃)

交通事故現場見取図

<省略>

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