東京地方裁判所 平成15年(ワ)13019号 判決 2004年5月14日
原告
X
被告
財団法人海外漁業協力財団
同代表者理事
A
同訴訟代理人弁護士
牛嶋勉
主文
1 「被告が原告に対してなした平成14年6月17日付懲戒処分により原告の名誉が著しく毀損し信用が失墜したことを確認する。」との訴え,及び,「被告は原告に対し,平成15年7月以降毎月金5500円を支払え。」との訴え中,本判決確定後に毎月金5500円の支払いを求める部分を,いずれも却下する。
2 被告が,原告に対してなした平成14年6月17日付懲戒処分が無効であることを確認する。
3 原告が,3等級21号俸の地位にあることを確認する。
4 被告は原告に対し,金15万6602円及び平成15年7月以降本判決確定まで毎月金5500円を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
7 この判決は,4項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主文2項同旨
2 被告が原告に対してなした平成14年6月17日付懲戒処分により原告の名誉が著しく毀損し信用が失墜したことを確認する。
3 主文3項同旨
4 被告は原告に対し,金15万6602円及び平成15年7月以降毎月金5500円を支払え。
5 被告は原告に対し,金100万円を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告の非常勤理事・監事及び評議員に対し,被告の現常勤理事者たちが卑劣で不当かつ違法な行為を行った旨,被告にはもはや自浄能力がない旨などを記載した文書を送付したところ,被告が,原告の前記行為は,被告の名誉と信用を著しく傷つけるものであるとして,平成14年6月17日付で懲戒処分(3日間の停職)に処したことから,原告がこれを無効であるとして,その無効確認(請求1)及び停職に伴う不支給の賃金8万5302円の支払(同4)を求めるほか,同処分による昇給延伸がなかった場合の昇給した地位の確認(同3)及び昇給延伸がなかった場合との差額賃金として平成14年7月1日から平成15年6月までの間の差額賃金合計7万1300円の支払(同4)並びに同年7月1日以降毎月差額5500円の支払(同4)を求めるものである。併せて,原告は,前記懲戒処分により,被告内で原告の名誉は著しく毀損され信用が失墜した旨主張して,当該事実の確認(同2)と不法行為に基づく慰謝料100万円の支払(同5)も求めている。
1 前提となる事実(認定等に係る証拠等は各文末に掲記した。<省略>)
(一) 当事者等
(1) 被告は,海外の地域における水産業の開発,振興及び国際的な資源管理等に資する経済協力又は技術協力を実施するとともに,我が国海外漁場及び漁船の安全操業の確保を図り,我が国の漁業の安定的な発展に資することを目的として昭和48年に設立された財団法人である。その監督官庁は農林水産省である。(争いのない事実)
(2) 被告の平成14年3月14日現在の役員は別紙「財団法人海外漁業協力財団役員名簿」<省略>に記載のとおりであり,同年6月1日現在の評議員は別紙「海外漁業協力財団評議員名簿」<省略>に記載のとおりである。(<証拠省略>)
(3) 原告は,昭和58年9月,被告の職員となり,昭和62年研修課主任,平成元年研修課課長代理,平成3年指導課長代理,平成6年情報資料課長代理,平成14年10月企画課長代理となり,現在に至っている。なお,原告は,昭和61年に被告の職員で組織される労働組合が結成された際,執行部を務めている。(争いのない事実)
(二) 本件行為
(1) 原告は,全非常勤理事(7名),監事(2名)及び全評議員(16名)に対し,以下のとおりの平成14年5月31日付文書(<証拠省略>,以下「本件文書」という。)を送付した(以下「本件行為」という。)。(争いのない事実,<証拠省略>)
初めに,このような形で問題提起をする非礼をお許し願います。
また,このような形でしか出来ないことをご理解いただければ嬉しく存じます。
さて,私は海外漁業協力財団総務部情報資料課課長代理Xと申します。同課に異動させられてから,その間異動もなく本年で10年目に入ります。このことがこの問題提起の主因とは思われたくありませんので,小職の現状を最初に述べさせて頂きました。
平成12年1月29日,財団は小職と小職の妻が同乗する車に尾行をつけ,その際小職の妻は尾行者により全治1週間の傷害を負わせられました。その詳細は,同封の平成14年5月9日付書留内容証明郵便物等に述べられておりますので,それをお読みいただければと存じます。
その後,この尾行事件に関し,小職からの直接の申し入れはもとより,組合や弁護士などを通じて再三再四にわたり,財団に対し説明と謝罪を求めてまいりました。財団は,その都度謝罪どころか説明すら拒否し続けてきました。
ところが,同封の平成14年5月23日付回答書により,総務部長B名で尾行を認めましたが,財団には問題がないと開き直っております。
小職は,その理由を認めることは出来ません。なぜならば,財団回答書にある傷病欠勤は,当初から総務課課長代理C氏を通じ,総務課長Dの細かい指示のもと傷病休暇として取得していたからです。小職は,当該休暇の取得に際しては,その都度財団の承認を得て行いましたが,財団からはその都度何の質問も説明すらも求められることがなかったのです。財団の指示の下,手続に則って取得した傷病休暇がなぜ理由もなく疑われ,尾行までつけられた上,妻まで怪我を負わされなければならないのでしょうか。
本件が,非常勤理事及び評議員各位におかれましては,何の関係もないことは重々承知しております。
しかしながら,小職といたしましては,このような財団現常勤理事者たちによる卑劣で不当かつ違法な行為を許すつもりはないことを,各位にも承知しておいていただきたく,このような形で問題提起させて頂きましたことをご理解願いたいと存じます。
小職は,この2年余り財団内部で話し合いによる問題解決に努めてまいりましたが,この問題提起によっても事態が改善されないのであれば,財団にはもはや自浄能力がないものと判断せざるを得ません。
したがって,今後は,法的な措置をも含めた可能なかぎりのあらゆる手段を講ずる用意があることも申し添えさせて頂きます。
財団を取り巻く現状において,良識ある判断を仰がれることを願ってやみません。
(2) 同封された前記平成14年5月9日付書留内容証明郵便物の内容は次のとおりである。(<証拠省略>)
財団法人海外漁業協力財団(以下「財団」という)総務部情報資料課課長代理X(以下「小職」という)は,財団代表E理事長(以下「貴職」という)に対し,次のとおり通知する。
ア 平成12年1月29日,財団は弁護士F(以下「弁護士」という)と結託し小職及び小職の妻G(以下両名をまとめていうときは「小職等」という)が同乗する車を追跡・監視(以下「尾行」という)した。
尾行はバイクで,かつビデオカメラにてなされたが,尾行直後に小職等に発見された。小職等は,尾行者の不審な行為を問い質そうとしたが,尾行者による暴行により妻Gは全治1週間の傷害を負わされた。尾行者は,バイクを置いて逃走したため,同夜三鷹警察署に出頭し,右事件は三鷹警察署にて傷害事件として受理された。
後日,別紙メモ(平成12年1月31日,弁護士より尾行に関し財団に電話で報告された際,財団総務部嘱託Hが聞き取りメモしたものである)により,財団及び弁護士より依頼された興信所職員Iという調査員が行ったことが判明した。
イ 財団主導によりなされたこのような行為は,傷害事件として受理されたことからも明らかなように違法な行為であり,その責任は免れるものではない。
財団職員である小職の日常生活を監視しあまつさえプライバシーを著しく侵害することは許されるものではなく,またその家族である妻Gに暴行を加え傷害を負わせるなどということは言語道断であり,許されるべき行為でないことは明白である。
ウ 小職は,右尾行及び違法行為に対し,財団から説明と謝罪を求めるために,海外漁業協力財団労働組合,小職の代理人であるJ及びK両弁護士並びに小職の懲戒処分撤回を要求する東京地方裁判所平成11年(ワ)第21621号事件(以下「裁判」という)において右裁判担当のL裁判官(以下「裁判官」という)を通じて要求してきたが,貴職及び財団(以下両者をまとめていうときは「貴職等」という)は裁判の和解交渉時において裁判官を通じて話し合いに応じる姿勢を示しておきながら,和解成立した途端,説明どころか一切の話し合いすら拒否してきた。
小職はその後も,平成12年12月18日付書留内容証明郵便物により説明及び謝罪を求めたが,これに対しても貴職等は話し合いすら拒否した。
小職はここに改めて,以下のことを貴職等に対し要求する。
(ア) 財団が小職に対し行った本件違法行為に対する文書による謝罪
(イ) 本件違法行為を主導した財団担当者の処分
(ウ) 財団が,小職等に対し本件同様の尾行行為等の違法行為を,今後一切行わない旨の誓約
(エ) 興信所より財団に提出されている本件違法行為に関する報告書の小職への引き渡し
エ 以上の点について速やかに誠意をもって回答されたい。
なお,本書留内容証明郵便物(以下「書簡」という)到着後1週間以内に,貴職等から誠意ある回答が文書でなされない場合は,貴職等が本書簡に述べられている全てを事実として認めたものとみなし,貴職等に対しあらゆる措置を講ずる用意があることを申し添えておく。
特殊法人を初めとして,認可法人並びに財団のような公益法人の在り方に,政治を初めマスメディアや一般市民等からも厳しい目が向けられている今日において,公益に資することを目的に事業運営されるべき財団が,国税から得られた経営原資を財団職員の人権を侵害するような違法な行為に用い,日本国憲法に規定されている基本的人権を犯したのみでなく,職員の家族に傷害を負わせるような違法な行為までをも犯して,国民世論や社会一般常識からみても許されるものかどうか,十分に検討された上で回答されることを願うものである。
別紙メモ(嘱託H聞き取り)
平成12年1月31日午後3時35分~a事務所
(ア) 調査の件の状況報告
<1> 土曜日に第1回目を実施した。
・ 本人をつけているバイクが別にいた。
・ 本人と妻(乗用者)はバイクの者を捕まえようとしたがバイクの者はバイクを置いて逃げた。三鷹警察へ訴え(3時間程度の所要時間)(バイクを捕まえようとした者は妻の方であったよう)
・ 本人たちは保険会社の側がつけていると理解している。
<2> 犬の散歩等もしている様子
<3> 状況が変わったので,上記で一応,当日は打ち切り,今後の対応についてa事務所へ相談に来た。
<4> 日曜日は効果的と思うが―。
<5> 本人はつけられていることを認識しており,どこへ行くにしても車で動いている。(車でつける必要あり)
(イ) 土曜日の費用
1日分+3時間オーバー 25万2000円
(ウ) F氏の考え
<1> 次の日曜日,天気なら(雨なら出ないだろうから)動きがあると思うがどうか。
<2> 3日ではなく,1回×3回というやり方もある。
<3> 基本料金の請求あり
<4> 2人(1人運転,1人ビデオ)で行っている。
(エ) 状況以上
(オ) 内部で相談して連絡されたい。(一両日中に)
(本日は19時まで在事務所の予定)
なお,本メモは,小職が打ち直したものであるが,嘱託Hの自筆メモ写しは別郵便で貴職宛送付するので貴職自身で確認されたい。
(3) 同封された被告総務部長B名義の前記平成14年5月23日付原告宛回答書の内容は次のとおりである。(<証拠省略>)
先に当財団理事長宛に送付のあった平成14年5月9日付文書について,命により下記のとおり回答する。
記
貴職は,平成11年12月10日に同年8月1日「頸椎捻挫」を受傷した旨の診断書を提出して傷病による欠勤(部分欠勤を含む)を開始したが,欠勤が長期に及び,12月27日以降ほとんど全日欠勤となり,欠勤して療養に専念していることについて疑問が生じたので,弁護士事務所に相談した上,当該事務所に調査会社による調査の実施について(調査会社の選定等を含めて)委託したものであり,当財団の措置には何ら問題がないものであります。
(三) 本件懲戒処分
被告は原告に対し,平成14年6月17日付で,本件行為により被告の名誉と信用が著しく傷つけられたとして,就業規則4条1項及び5条違反を理由に,懲戒処分(3日間の停職,以下「本件懲戒処分」という。)に処した。その際,被告は原告に対し,「平成14年5月31日付文書を財団評議員及び非常勤理事等宛てに送付したが,その内容は,一方的に,財団には最早自浄能力がないものと判断するとともに財団現常勤理事者たちは卑劣で不当かつ違法な行為を行ったと決めつけ,財団の名誉と信用を著しく傷つけた。このことは,財団の就業規程に違反し懲戒処分に該当する行為と認めざるを得ない。」という趣旨の文書を読み上げて本件懲戒処分の趣旨を説明した。(争いのない事実)
(四) 就業規則等
被告の就業規則等には次のとおりの規定がある。(<証拠省略>)
(1) 就業規則(<証拠省略>)
4条1項 職員は,財団の公益的使命を自覚するとともに,諸規則を守り,責任感と誠実さをもって勤務し,相互に人格を尊重して職場の秩序維持に努め,その職務を遂行しなければならない。
5条 職員は,財団の信用を傷つけ,名誉を毀損し,または利益を害するような行為をしてはならない。
42条 理事長は,職員が次の各号の一に該当するときは,情状に応じてこれを懲戒する。
1号 財団に関する法令および諸規程に違反したとき。
3号 職務の内外を問わず,財団の信用を傷つけ,または財団に損失を及ぼすような行為があったとき。
43条 懲戒の種類は,次のとおりとする。
1 戒告
2 減給
3 停職
4 免職
(2) 給与規程(<証拠省略>)
17条 職員が欠勤した場合には,次の各号により給与を支給する場合を除くほか,その欠勤日数を基礎として日割によって計算した額を給与額から減じて支給する。
3号 前2号に規定する以外の負傷又は疾病による欠勤であって,医師の証明書に基づく3か月以内の期間については,基本給,特別都市手当及び住宅手当のそれぞれ全額。3か月を超え,6か月以内の期間については,基本給,特別都市手当及び住宅手当のそれぞれ100分の80。
(3) 給与規程細則(<証拠省略>)
6条 次の各号の一に該当する職員については,昇給を行わない。
3号 懲戒処分を受けた日から1年を経ない者
(五) 給与の取扱
被告は,本件懲戒処分により,原告の平成14年7月分の給与から停職期間中の給与8万5302円を支払わなかった。(争いのない事実)
原告は,前記給与規程細則により,本件懲戒処分から1年間の昇給停止となり,3等級19号俸に据え置かれた。本件懲戒処分がなければ,平成14年7月1日付で3等級20号俸に定期昇給し,平成15年7月1日付で3等級21号俸に定期昇給するはずであった。本件懲戒処分がなかったと仮定すれば,平成14年7月から同年11月までの給与の差額は月額6000円で合計3万円であり,平成14年12月から平成15年6月までの給与の差額は月額5900円で合計4万1300円であり,平成15年7月以降の給与の差額は月額5500円である。(争いのない事実)
2 争点
(一) 確認の利益の存否(請求2)
(被告)
請求2の訴えは,確認を求めている内容が請求5の慰謝料請求の前提事実にすぎず,確認の利益が認められないから,却下されるべきである。
(原告)
争う。
(二) 本件懲戒処分の適否(請求1ないし5)
(被告)
(1) 本件懲戒処分の対象となった行為は,原告が被告の非常勤理事・監事及び評議員に対し,財団の現常勤理事者たちが卑劣で不当かつ違法な行為を行った旨,財団にはもはや自浄能力がない旨などを記載した本件文書を送付して被告の名誉と信用を著しく傷つけた行為であり,その行為は,被告の就業規則4条1項及び5条に違反し,42条1号及び同条3号に該当するから,43条に基づき,停職3日間の懲戒処分を行った。
(2) 原告は「財団は小職と小職の妻が同乗する車に尾行をつけ,その際小職の妻は尾行者により全治1週間の傷害を負わせられました。」と記載するが事実に反する。被告は,原告が欠勤して療養に専念しているか否か疑問が生じたので,被告代理人弁護士F(以下「F弁護士」という。)に対し調査の実施を依頼したのであり,どの調査会社がどういう方法で調査するのか聞いておらず,「小職と小職の妻が同乗する車に尾行をつけ」ることは認識していなかった。また,原告の妻と接触して傷害を負わせたという「尾行者」がF弁護士が依頼した調査会社に属する人物か否かも疑問である。
原告は,「この尾行事件に関し・・・組合や弁護士などを通じて再三再四にわたり,財団に対し説明と謝罪を求めてまいりました。」と記載しているが,事実に反する。組合から謝罪を求められたことはなく,弁護士から説明・謝罪を求められたこともない。原告夫妻の代理人弁護士の平成12年12月付通知書も,原告夫妻の要請事項を記載して,交渉・解決の意思の有無を問い合わせた文書にすぎない。
原告は,「平成14年5月23日付回答書により総務部長B名で尾行を認めました」と記載しているが,事実に反する。上記回答書は,弁護士事務所に調査会社による調査の実施を委託した旨を記載したものであり,尾行を認めた記載ではない。
原告は,「理由もなく疑われ,尾行までつけられた上,妻まで怪我を負わされ(た)」と記載しているが,これは,被告が理由もなく疑い,尾行をつけ,原告の妻に怪我を負わせたと受け取られる記載であり,事実に反する。
原告は,「2年余り財団内部で話し合いによる問題解決に努めてまいりました」と記載しているが,これは,原告が2年余り継続的に話し合いによる問題解決に努めてきたと受け取られる記載であり,事実に反する。
原告は,「財団現常勤理事者たちによる,卑劣で不当かつ違法な行為」「財団にはもはや自浄能力がない」旨記載しているが事実に反する。
(3) 前記非常勤理事7名,監事2名及び評議員16名はいずれも被告に関係の深い外部の諸団体・会社を代表する立場であり,しかも,多数にのぼる上,具体的に「財団現常勤理事者たち」が「卑劣で不当かつ違法な行為」を行った旨,「財団にはもはや自浄能力がない」旨などを記載した文書を送付したのであるから,本件行為によって被告の名誉と信用を著しく傷つけたことは明らかである。
(4) 原告は,被告の総務部情報資料課課長代理であったが,平成11年の年次有給休暇をほぼ消化した平成11年12月10日,同年8月1日に頸椎捻挫を受傷した旨の診断書を提出して傷病による欠勤(部分欠勤を含む。)を開始した。当初は,1日のうち2~3時間の欠勤であったが,同年12月27日以降,ほとんど全日欠勤となり,通院先の休診日である木曜日にも欠勤するなど,欠勤が長期に及ぶとともに,欠勤して療養に専念しているか否か疑義が生じた。そこで,被告は,F弁護士と相談した上,F弁護士に対し,調査会社に依頼して原告が療養に専念している状況であるかを調査して欲しいと依頼した。F弁護士はある調査会社に対し,上記状況を説明し,原告が療養に専念している状況であるかを調査して欲しいと依頼した。その際,調査会社から尾行の方法による必要があるとの説明を受けたが,具体的な調査方法の説明はなく,F弁護士から,写真撮影やビデオテープによる録画を求めたことも一切なかった。
(原告)
(1) 本件行為は被告が原告に対して興信所を使って行った尾行事件に起因するものであるところ,尾行は社会一般通念上不当な行為であり,尾行にはカメラ及びビデオカメラが使用され,憲法13条違反であること,尾行の際の傷害事件は処分保留となったが違法なものであること,原告が再三再四にわたり話し合いによる尾行事件問題の解決を求めてきたにもかかわらず,被告が一切拒否し続けてきたので,原告はその解決を被告の理事会に求めただけであって,被告に自浄能力がないなどと判断はしていないこと,原告のかかる状況下での行為はそもそも尾行事件問題の解決を求めることであったことを考慮すれば,本件行為は就業規則4条1項及び5条に違反する行為と評価されるものではない。
(2) 被告は,F弁護士からどういう方法で調査するのか説明を受け,尾行を認識しそれを了解した上で,F弁護士を通じ調査会社に原告の車を尾行させた。原告の妻と接触して傷害を負わせたという「尾行者」はF弁護士が依頼した調査会社に属する人物であると武蔵野簡易裁判所平成15年(少コ)第3号慰謝料請求事件の判決で認定された。
原告は,組合や弁護士を通じて再三再四にわたり,被告に対し説明と謝罪を求めてきた。
被告は,「労務管理上疑義があったため調査を行った・・・」(<証拠省略>)と認めており,組合も,組合第16回定期大会資料において,「今回文書により調査の実施が明らかになったものです」(<証拠省略>)と認識し,被告と話し合い交渉を再開していることからも,被告が尾行を認めたことは事実である。
原告は,傷病休暇取得の際,事前に,総務課長代理Cに交通事故及び病状等を説明し,就業規則に則って承認を得て傷病休暇を取得したが,総務課長Dが原告に対し,平成12年1月6日,具合はどうと一言尋ねただけで,被告は原告から事情聴取をすることなく,被告には原告を疑う理由もないにもかかわらず,「労務管理上疑義があったため」と主張して尾行をつけた。
平成12年7月以来,組合や弁護士を通じて尾行傷害問題解決を要請するなど,原告は,本件裁判に至るまで,継続的に話し合いによる問題解決に努めてきた。
被告が実行させた尾行行為は社会通念上卑劣な行為であり,被告には原告を尾行する理由はなく不当であり,カメラやビデオテープにより原告の肖像権を侵害し憲法13条違反で違法であることから,常勤理事者たちによる卑劣で不当かつ違法な行為は存在した。また,原告は被告には自浄能力がないなどと決めつけていない。
(3) 本件行為は,被告の社内で尾行事件問題の解決を求めるために被告の理事者等に問題提起をしたものであって,被告の名誉と信用を傷つける目的ではないことは明白であり,対外的には何もしていないことからも,本件行為によって被告の名誉と信用が傷つくことはありえず,懲戒処分の事由は存在しない。
(4) 原告は,尾行事件問題を被告内で話し合いによる解決を求めるための最後の方法として,本件行為をとらざるを得なかったのであり,本件行為によって,原告が被告の職務遂行に障害を発生させるような形で被告の職場秩序を乱したとは到底いえない。
(三) 原告の名誉毀損・信用失墜の有無(請求2及び5)及びこれに基づく慰謝料請求の成否(請求5)
(原告)
被告が無効な本件懲戒処分を課したが故に,被告内における原告の名誉は著しく毀損され信用は失墜した。したがって,原告は被告に対し,本件懲戒処分により原告の名誉が著しく毀損し信用が失墜したことの確認及び慰謝料100万円の支払を求める。
(被告)
争う。
第3争点に対する判断
1 争点1(確認の利益の存否)について
確認の訴えの利益は,原告の権利又は法律的地位に危険・不安定が現存し,かつ,その危険・不安定を除去する方法として原告・被告間に当該請求について判決をすることが有効適切である場合につき認められるところ,請求2の訴えは,本件懲戒処分により原告の名誉が著しく毀損し信用が失墜した旨過去の事実の確認を求めるものにすぎず,また,原告は別途請求5で慰謝料請求もしているのであるから,請求2については確認の利益がなく,その訴えは却下を免れない。
2 争点2(本件懲戒処分の適否)について
(一) 認定事実(認定等に係る証拠等は各文末に掲記した。<省略>)
(1) 従前の経緯
ア 被告は原告に対し,原告が上司をないがしろにしたなどとして平成10年11月16日付で戒告処分に処した。(<証拠省略>)
イ 原告は,平成11年8月から,次のとおり,年次有給休暇(時間単位の取得が可能)を使用して,極めて頻繁に早退したり,全休するようになった。(争いのない事実,<証拠省略>)
同年8月 夏期休暇5日,夏休み(特休)3日のほか,全休1日,時間年休(早退等)9日
同年9月 全休1日,時間年休19日
同年10月 全休2日,時間年休18日
同年11月 全休2日,時間年休18日
同年12月 1日から9日まで時間年休7日
原告は,休日を除いて連日,年休を取得していた。原告の出勤状況は別紙「平成11年出勤状況」(<省略>)記載のとおりである。(<証拠省略>)
ウ 原告は,平成11年9月ころ,前記戒告処分は無効であるとして,被告を相手に別件訴訟(当庁平成11年(ワ)第21621号事件)を提起した。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
エ 総務部情報資料課のMが原告に対し,同年11月1日,早退や休暇の事情を尋ねたところ,原告は,個人的なことは話す必要がないと述べた。(<証拠省略>,原告,弁論の全趣旨)
オ 原告はCに対し,同年12月8日,同年8月に交通事故に遭い頸椎捻挫を受傷し,以後年次有給休暇を取得しながら通院治療してきたが回復が思わしくなく,年次有給休暇もほとんどなくなってしまったので,可能ならば傷病休暇を取得して治療を継続できればと思っていると述べ,傷病休暇取得の可否につき指示を仰いだ。(証人D,原告,弁論の全趣旨)
Cは,Dに事情を説明し了承を得たので,原告に対し,同月9日,就業規則に則り,医師からの診断書と所定の申請様式(欠勤届)を提出するようにと指示した。(証人D,原告,弁論の全趣旨)
原告は,同月10日,通院先のb整形外科で主治医に診断書の作成を依頼した。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
さらに,Cは原告に対し,Dの指示ということで,診断書と欠勤届のほかに,月欠勤日報告(<証拠省略>)を提出するようにと指示した。原告は被告に対し,同月15日ころ,同月10日付欠勤届,診断書,月欠勤日報告を提出した。(争いのない事実,<証拠省略>)
診断書(<証拠省略>)には,同年8月1日に交通事故で頸椎捻挫を受傷した旨記載されていた。(<証拠省略>)
カ 被告は原告を,同年12月10日より傷病による欠勤の扱いとした。
(争いのない事実,<証拠省略>)
原告は,別紙「欠勤の状況について」<省略>記載のとおり,平成12年3月9日まで傷病による欠勤を繰り返したが,同月10日以降は出勤している。(<証拠省略>)
なお,前記のとおり,給与規程17条3号によれば,傷病による欠勤が3か月以内である場合には,基本給等は全額支給されるが,3か月を超えると(本件では平成12年3月10日以降),基本給等は減額される取扱となっている。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
キ 被告は,同年12月24日,原告の交通事故の相手方の母親から電話を受けた。母親は,「保険会社からの連絡で未だ治療中であることを知った。母親として会社にお詫びしなければならないと思い電話した。申し訳ない。息子はバンパーの交換で済むと言っていたのに,長いこと治療が続いているとは知らなかった。」などと述べた。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
ク Dは原告に対し,平成12年1月6日,「怪我の具合はどう。」と尋ねた。原告は「首が重い。今の体調では業務負担が多すぎる。休みをとって早く解放されたい。」などと答えた。(争いのない事実,<証拠省略>,弁論の全趣旨)
ケ 被告の担当者は,平成12年1月19日,人事管理上状況を把握するために,原告の通院先であるb整形外科を訪問した。医師は,「守秘義務があり原告の同意がなければ話せない,保険会社には原告の同意があったので話をした,保険会社は自賠責の関係であまりに長いということで訪問してきた」と説明した。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
コ 被告は,平成11年8月以降,数時間程度の年次有給休暇取得であったものが,傷病休暇取得後は全休を取得するようになり,原告の欠務が長期に及んだことなどから,原告が療養に専念しているのか疑問を持った。このため,被告は,専務理事以下数名がF弁護士の事務所を訪れ,同弁護士に対し,調査会社に依頼して原告が療養に専念している状況にあるか否かを調査して欲しいと依頼した。F弁護士は,被告からの依頼を受けて,ある調査会社に対し同趣旨の調査を依頼した。同調査会社は,平成12年1月29日,原告の調査を実施するところとなった。(争いのない事実,<証拠省略>,弁論の全趣旨)
(2) 本件事件
原告の妻であるGは,Iが原告の自宅付近からバイクで,かつ,ビデオカメラとカメラを持って原告の運転する乗用車を尾行していることに気づき,平成12年1月29日午後3時ころ,東京都三鷹市<以下省略>路上付近において,Iに対し,不審行為を問いただそうとしたところ,Iは逃亡を企てたが,その際,Gに全治1週間の右前腕打撲及び左中指爪部挫傷の傷害を負わせた。(<証拠省略>)
Iは,F弁護士が依頼した調査会社の依頼で原告の動静を調査中であった。(弁論の全趣旨)
なお,Iは,同月28日,ある探偵社より,原告の同月29日の素行を調べて欲しいとの依頼を受け,同日,部下2名を伴い,午前9時から原告宅を監視していた。Iは,原告が午前中に2回ほど外出し,うち1回は接骨院に通院したことを確認した。Iは,警察の事情聴取の際,警察官から,「原告夫妻は,保険会社の関係で調査されていると考えているらしい。」と聞かされた。Iは,後日,原告に対し,Iの認識の範囲内では自分たちのほかに探偵と思われる人物は付近にいなかった,調査料は受け取っていないと回答した。(<証拠省略>)
(3) その後の経緯
ア 被告は,平成12年1月31日,F弁護士から,調査会社による調査の報告を電話で受けた。被告の嘱託Hは,F弁護士からの電話で調査についての報告を受け,下記内容のメモ(<証拠省略>,「本件メモ」という。)を作成した。(争いのない事実,<証拠省略>)
平成12年1月31日午後3時35分~a事務所
(ア) 調査の件の状況報告
<1>土曜日に第1回目を実施した。
・ 本人をつけているバイクが別にいた。
・ 本人と妻(乗用者)はバイクの者を捕まえようとしたがバイクの者はバイクを置いて逃げた。三鷹警察へ訴え(3時間程度の所要時間)(バイクを捕まえようとした者は妻の方であったよう)
・ 本人たちは保険会社の側がつけていると理解している。
<2>犬の散歩等もしている様子
<3>状況が変わったので,上記で一応,当日は打ち切り,今後の対応についてa事務所へ相談に来た。
<4> 日曜日は効果的と思うが―。
<5> 本人はつけられていることを認識しており,どこへ行くにしても車で動いている。(車でつける必要あり)
(イ) 土曜日の費用
1日分+3時間オーバー 25万2000円
(ウ) F氏の考え
<1> 次の日曜日,天気なら(雨なら出ないだろうから)動きがあると思うがどうか。
<2> 3日ではなく,1回×3回というやり方もある。
<3> 基本料金の請求があり
<4> 2人(1人運転,1人ビデオ)で行っている。
(エ) 状況以上
(オ) 内部で相談して連絡されたい。(一両日中に)
(本日は19時まで在事務所の予定)
イ 原告は,平成12年2月1日,被告に出勤し,本件メモを入手した。
(争いのない事実,<証拠省略>,原告,弁論の全趣旨)
ウ 被告は,作成者不明の平成12年1月31日付調査報告書(<証拠省略>)及びビデオを受領した。(D,弁論の全趣旨)
作成者不明の前記調査報告書(<証拠省略>)には,午前8時15分から午後7時38分まで原告の動静を調査した旨記載されている。(<証拠省略>)
ビデオ(<証拠省略>)には,原告の元気な姿が写っている。(<証拠省略>)
被告は,後日,調査料約25万円を理事長の決裁等を経て支払った。(D)
エ 被告は,F弁護士と相談の上,調査会社による調査を続行しないこととした。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
オ 原告は,平成12年7月13日,組合に対し,本件事件の解決のために被告と話し合うよう要請した。(原告,弁論の全趣旨)
カ 組合の書記長らは,同月24日以降,以下のとおり,Dらと面談等をし,事情の説明を求めた。(争いのない事実,証人D,原告,<証拠省略>,弁論の全趣旨)
Dは,平成12年7月24日,承知していないと答え,尾行の有無は明らかにしなかった。
Dは,同年8月8日,「やっているともやっていないとも申しあげられない。本件は理事長と常務まで話は通してある。」と答えた。
Dは,同年9月5日,従前と変わらない返事をしていた。
組合3役とN常務,B総務部長,Dは,同月19日,面談した。被告は「イエスともノーとも言えない。組織の運営管理は財団が責任を持って行う。」と回答し,尾行については一切説明を拒否した。組合は,本件メモを示して尾行の事実の説明を求め,嘱託Hの同席を求めたが,被告は拒否した。
Dは,同月22日,同年10月5日,説明を一切拒否した。このため,被告と組合との折衝は打ち切りとなった。
キ 組合は,同年8月23日,東京都品川労政事務所に相談に行ったところ,「目的にもよるが,会社は誰に対しても調査は行い得るだろうが,その前に本人から事情聴取するなど順番としてやり方があろうし,正当性が問われる問題である。」との回答を得た。(原告,弁論の全趣旨)
ク 原告と被告との間の別件訴訟(当庁平成11年(ワ)第21621号事件)は,同年11月21日,次の内容の裁判上の和解が成立した。(争いのない事実,<証拠省略>)
被告は,原告を適正に取り扱うものとし,又,原告は,就業規程を遵守して誠実に勤務するものとする。
被告は,原告に対し,平成10年11月16日付でなした懲戒処分を前歴としないものとする。
ケ 原告及びGの代理人として弁護士Jらは被告に対し,平成12年12月18日ころ,通知書(<証拠省略>)を送付し,被告の文書による謝罪,担当者の処分,今後尾行行為等をしない旨の誓約,興信所が被告に提出した報告書の引き渡し,Gの治療費及び原告ら夫婦に対する慰謝料の支払いを要請した。被告は,同月28日,原告らと交渉を行うつもりはないと電話で連絡した。(争いのない事実,<証拠省略>,原告)
コ 原告は,前記代理人弁護士から,本件事件について,現状では裁判を起こすのは難しい,暫く我慢して和解条件の履行状況を見た上で対応してはどうかとアドバイスされた。(原告,弁論の全趣旨)
サ 原告は被告に対し,前記平成14年5月9日付内容証明郵便(<証拠省略>)を送付し,これに対し,被告は,前記同月23日付原告宛回答書を送付した。(争いのない事実,<証拠省略>)
シ 原告は,問題提起をすることによって,裁判等によるのではなく,被告内部において,本件事件をめぐる事態の改善を図ることを企図して,前示のとおり,全非常勤理事(7名),監事(2名)及び全評議員(16名)に対し,平成14年5月31日付の本件文書を送付した。非常勤理事や評議員の中には,被告に本件文書の取扱を尋ねる者がいた。このため,被告の理事長は,平成14年6月の理事会・評議員会の各終了直後,原告に関する調査を人事管理上の都合から実施した旨説明した。以後,非常勤理事らからは本件文書に対する問い合わせ等はなく,被告が,本件文書に関して,非常勤理事らに対し,説明や対応をすることも格別なかった。(争いのない事実,<証拠省略>,証人D,原告,弁論の全趣旨)
ス 前示のとおり,平成14年6月17日付で本件懲戒処分がなされた。
セ 組合は被告宛平成14年7月19日付意見書(<証拠省略>)を出した。(争いのない事実,<証拠省略>)
前記意見書には,「財団職員から当組合に,財団が依頼した外部者に,身辺を調査されたとの情報提供があった。組合は,当該職員は組合員ではないものの,職員の日常生活を調査することはプライバシー侵害へつながる可能性があると判断し,このことについて財団に事情説明を求めた。これに対し,財団からは,当時,特別な事情があり,労務管理上疑義があったため調査を行ったもので,通常はあり得ないことである旨の説明があった。組合としては,事情の如何を問わず,財団が行った第三者を通じて財団職員の身辺を調査することは行き過ぎであり,適切ではなかったと考える。組合は,財団で働く者のプライバシーを保護する観点から今後このような行為を行わないよう申し入れる。」と記載されていた。(<証拠省略>)
ソ Gは,平成14年12月15日,本件事件に関しIとの間で示談した。その際,Gは,Iから,「尾行の経緯について」(<証拠省略>)と題する書面を受け取った。同書面には,Iは,平成12年1月29日,部下2名を伴い,原告の調査にあたったこと,Iはバイクで原告の運転する車両を尾行したこと,Iは,Gに尾行の事実を指摘された上で腕等を掴まれたため,その手を引き剥がして逃走したこと,Iは,警察官から,原告は保険金のことで調査されていると考えているらしいと告げられたこと,Iの認識では,Iら以外に探偵と思われる人物は付近にいなかったこと,Iは,調査が不首尾に終わったため,調査費を受領していないことなどが記載されている。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
タ Iから前記書面を入手できたため,Gは,平成15年1月,被告を相手に,武蔵野簡易裁判所に慰謝料30万円の支払を求める損害賠償訴訟を提起した。(<証拠省略>,原告)
なお,武蔵野簡易裁判所は,同年10月22日,Gは,F弁護士の依頼した調査会社が調査を依頼したIによって傷害を負わされたと認定したが,被告には,Gの受傷を予測できる事情はないなどと判断し,Gの請求を棄却した。Gは,これを不服として控訴し,当庁に控訴事件は係属中である。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
チ 原告は,平成15年6月10日,本件訴えを提起した。(顕著な事実)
(二) 判断
(1) 本件文書は,原告が被告の指示の下,手続きに従い傷病休暇を取得したにもかかわらず,被告は,理由もなく原告が欠勤して療養していることを疑って,原告ら夫婦を尾行し,その際,尾行者が原告の妻に傷害を負わせたこと,原告は,この尾行事件につき,2年余りの間,被告内部での話合いによる問題解決のため,組合や弁護士などを通じ,被告に対して説明と謝罪を求めたが,被告は謝罪と説明を拒否してきたこと,被告は平成14年5月23日付回答書で尾行の事実を認めたことなどを摘示したうえで,これらの事実を前提に,財団の常勤理事者らの前記行為は卑劣で不当かつ違法なものである旨意見ないし論評を述べ,本件文書の送付によっても事態が改善されないのであれば,被告には自浄能力がないと判断せざるを得ない旨意見を表明するものであって,その内容は常勤理事者らの業務執行に関するものであるから,これを一般人の見地で判断すると,本件文書は,被告の常勤理事者のみならず,被告の社会的評価をも低下させるものと認められる。したがって,形式的には,原告の本件行為は,就業規則4条1項及び5条に違反し,42条1号及び同条3号に該当するといえなくもない。しかしながら,労働者は,人的・継続的な性格を有する労働契約の特殊性から,使用者の名誉・信用を毀損してはならないという誠実義務を負う一方で,市民として表現の自由を有しているのであるから,労働者の名誉・信用毀損行為をすべて懲戒の対象とするのは相当ではなく,当該表現に係る事実の内容が概ね真実であるか,真実であると信じるについて相当な理由がある場合には,その表現の主体,表現の相手方や表現の仕方,表現の目的・意図やその経緯,表現行為の結果などの諸事情を総合考慮の上,当該表現行為が懲戒事由を定めた就業規則(「財団に関する法令および諸規程に違反したとき。」「職務の内外を問わず,財団の信用を傷つけ,または財団に損失を及ぼすような行為があったとき。」)に該当するか否かを実質的に判断すべきである。
(2) そこで,前記摘示事実が概ね真実であるか,真実であると信じるについて相当な理由がある場合にあたるか否かが問題となる。
ア この点に関し,被告は,本件文書の「財団は小職と小職の妻が同乗する車に尾行をつけ,その際小職の妻は尾行者により全治1週間の傷害を負わせられました。」との記載は事実に反するとし,「被告は,原告が欠勤して療養に専念しているか否か疑問が生じたので,F弁護士に対し調査の実施を依頼したのであり,どの調査会社がどういう方法で調査するのか聞いておらず,『小職と小職の妻が同乗する車に尾行をつけ』ることは認識していなかった。また,原告の妻と接触して傷害を負わせたという『尾行者』がF弁護士が依頼した調査会社に属する人物か否かも疑問である。」と主張する。
しかしながら,前示のとおり,本件においては,Iは,部下2名とともに原告ら夫婦を尾行しており,他に探偵と思われる人物は付近にいなかった旨明らかにしていること,F弁護士は,調査会社から,警察官を除けば,Iしか知らないはずの原告の認識(原告は保険金のことで調査されていると考えているらしい)を聞かされていること,等の事実が存するのであって,これらの事実に照らせば,原告の妻と接触して傷害を負わせたという「尾行者」(I)はF弁護士が依頼した調査会社に属する人物とするのが相当である。
また,被告は,「小職と小職の妻が同乗する車に尾行をつけ」ることは認識していなかったとも主張しているが,前示のとおり,被告は,尾行の内容を収めた調査会社の報告書及びビデオテープを受領する一方,調査会社に対し調査料を支払っているのであるし,療養に専念しているかの調査を調査会社に依頼する以上,その調査内容に尾行が含まれることは当然に了解すべきことであって(証人Dも,「尾行の方法もあるかもしれないということはイメージしたかもしれません。」と証言している。),弁護士であるF弁護士が依頼者である被告の意に反する調査を調査会社に依頼するとは考えがたいことをも併せ考慮すれば,被告は,調査にあたり,原告らを尾行することをも了解していたとするのが相当である。
してみれば,被告が原告ら夫婦を尾行し,その際,尾行者が原告の妻に傷害を負わせた旨の摘示事実は概ね真実であると認められる。
イ 被告は,本件文書の「この尾行事件に関し・・・組合や弁護士などを通じて再三再四にわたり,財団に対し説明と謝罪を求めてまいりました。」との記載は事実に反するとし,「組合から謝罪を求められたことはなく,弁護士から説明・謝罪を求められたこともない。原告夫妻の代理人弁護士の平成12年12月付通知書も,原告夫妻の要請事項を記載して,交渉・解決の意思の有無を問い合わせた文書にすぎない。」と主張する。しかしながら,被告指摘の記述は,単に,原告が組合や弁護士などを通じて財団に対し説明と謝罪を求めたとの事実を摘示するものであって,組合が説明及び謝罪をいずれも求めていたとまで事実を摘示したものとは解されない。ところで,本件においては,前示のとおり,原告は組合に対し,本件事件の解決のために話し合うよう要請し,組合はこの要請を受けて,被告と複数回にわたり折衝し,被告に対し説明を求めていること(前記(一)(3)カ),弁護士は被告に対し,謝罪等を求めていること(同ケ)が認められるのであるから,前記の記述をもって虚偽であるとはいえず,概ね真実と認められる。
また,被告は,「組合から謝罪を求められたことはなく」虚偽の事実を摘示するものであると主張するが,前記の記述は,前示のとおり,その前後の記述を見た場合,組合が謝罪を求めたと事実を摘示するものとはいえず,被告の主張は採用できない。
さらに,被告は,「弁護士から説明・謝罪を求められたこともない。原告夫妻の代理人弁護士の通知書も,原告夫妻の要請事項を記載して,交渉・解決の意思の有無を問い合わせた文書にすぎない。」旨主張し,虚偽の事実を摘示するものであると主張するところ,なるほど,同通知書の末尾には「以上の点について,交渉を行い,解決する意思があるか否かについて,速に(ママ)本職宛にご回答いただきたい。」と記載されているが,一方,同通知書には「Iと同様にその責任を免れないものと考えられる。」「X夫婦のプライバシー権を著しく侵害した事実は明らかである。」「そこでX夫婦は以下のことを貴財団に要請する次第である。」とも記載されているのであって(<証拠省略>),同通知書は,全体をみれば,原告らが被告に対し,謝罪等を求めているといえるから,被告の主張は採用できない。
ウ 被告は,本件文書の「平成14年5月23日付回答書により総務部長B名で尾行を認めました」との記載は事実に反するとし,「上記回答書は,弁護士事務所に調査会社による調査の実施を委託した旨を記載したものであり,尾行を認めた記載ではない。」旨主張する。
しかしながら,前示のとおり,原告の平成14年5月9日付書留内容証明郵便は,原告が被告に対し,尾行及びその際の傷害事件につき謝罪等を求めるものであるところ,被告の前記回答書は,被告による尾行の事実を明確には否定せず,単に,被告はその必要から調査会社に調査の実施を委託したのであるからその対応には何ら問題がない旨回答しているにすぎないのであるから,以上の経緯等からすれば,原告が,被告は尾行の事実自体は認めたものと了解したとしてもやむを得ないのであり,被告主張の前記の記述については,原告において真実であると信じるについて相当な理由があると解される。また,原告は,本件文書に平成14年5月23日付回答書を同封もしている。
エ 被告は,本件文書には,「財団の指示の下,手続に則って取得した傷病休暇がなぜ理由もなく疑われ,尾行までつけれられた上,妻まで怪我を負わされ(た)」と記載されているが,これは,被告が理由もなく疑い,尾行をつけ,原告の妻に怪我を負わせたと受け取られる記載であり,事実に反すると主張する。
(ア) しかしながら,被告が尾行をつけ,その尾行者(I)が原告の妻に怪我を負わせたのは,前記認定のとおりであり,その摘示は真実であると認められる。
(イ) 問題となるのは,被告が,理由もなく原告が欠勤して療養していることを疑ったとする部分が真実ないしは真実であると信じるについて相当な理由があるか否かである。
この点については,別紙「平成11年出勤状況」記載のとおり,原告は,平成11年8月以降,ほぼ毎日,1時間から2時間程度年次有給休暇を取得していたところ,年次有給休暇がなくなった後は傷病休暇を取得していたが,傷病休暇取得後は全休の日が著しく増加しており,事故から時間が経過するに従って欠務の時間が増加するというのは不自然といわざるを得ず,また,本件事件の際録画されたビデオテープ(<証拠省略>)からは,原告に療養が必要な様子が窺われないこと(原告自身,本人尋問において,日常生活を送る上では不都合はなかったと供述している。)や,後の事情ではあるが,傷病休暇による賃金減額措置が実施される平成12年3月9日まで傷病休暇によりほぼ全休していたにもかかわらず,翌10日以降は傷病休暇をとらずに出勤していることなどをも併せ考慮すれば,被告が,当時,原告に真に療養が必要で,実際に療養に専念しているのか疑問を持ったとしてもやむを得ないものといわざるを得ず,被告が,原告が欠勤して療養していることを疑ったことには理由があるから,被告が原告を理由もなく疑っていたとする前記摘示部分は真実であるとは認められないし,本件においては,原告がこれを真実であると信じるにつき相当な理由があるとも認められない。
原告は,「原告は,傷病休暇取得の際,事前に,Cに交通事故及び病状等を説明し,就業規則に則って承認を得て傷病休暇を取得したが,Dが原告に対し,平成12年1月6日,具合はどうと一言尋ねただけで,被告は原告から事情聴取をしなかったこと」を,被告が原告を理由もなく疑っていたとする根拠として主張している。
しかしながら,別紙「欠勤の状況について」記載のとおり,原告が連続して全休するようになったのは,傷病休暇を取得した後のことであるから,傷病休暇取得前にCに説明したことや,就業規則に則って承認を得て傷病休暇を取得したことは,被告が「理由もなく」疑ったとする根拠たり得ないし,被告が原告に事情聴取をしなかったからといって,そもそも事情聴取の有無のみによって「理由」の存否が決まるものでもないから,原告の主張は理由がない。
オ 被告は,本件文書の「2年余り財団内部で話し合いによる問題解決に努めてまいりました」との記載は,原告が2年余り継続的に話し合いによる問題解決に努めてきた旨事実を摘示するものであり,事実に反すると主張する。しかしながら,その記載からは,2年間継続的に話し合いによる解決を求め続けてきた旨事実を摘示するものとは必ずしも読みとることはできない。前示のとおり,原告は,断続的ではありながらも,2年余りの間,財団内部で話し合いによる問題解決を求め続けてきたのであるから,被告指摘の記載は概ね真実を摘示するものであると認められ,被告の主張は採用できない。
カ 被告は,本件文書の「財団現理事者たちによる,卑劣で不当かつ違法な行為」「財団にはもはや自浄能力がない」旨の記載は事実に反すると主張する。
ところで,被告の指摘部分の記載は,「しかしながら,小職といたしましては,このような財団現常勤理事者たちによる卑劣で不当かつ違法な行為を許すつもりはないことを,各位にも承知しておいていただきたく,このような形で問題提起させて頂きましたことをご理解願いたいと存じます。小職は,この2年余り財団内部で話し合いによる問題解決に努めてまいりましたが,この問題提起によっても事態が改善されないのであれば,財団にはもはや自浄能力がないものと判断せざるを得ません。」というものであって,被告の指摘部分は,前記摘示事実を基礎として,財団の常勤理事者ら前記行為は卑劣で不当かつ違法なものである旨意見ないし論評を述べ,本件文書の送付によっても事態が改善されないのであれば,被告には自浄能力がないと判断せざるを得ない旨意見を表明するものであるところ,その前提とする事実に対する判断は前示のとおりであるから,これらの記述は,人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り,前記摘示事実とは別個に違法性を有するものではないと解される(最判昭和62年4月24日民集41巻3号490頁,最判平成元年12月21日民集43巻12号2252頁,最判平成9年9月9日民集51巻8号3804頁参照)。
「卑劣で不当かつ違法」「自浄能力がない」という表現は穏やかなものとは言い難いが,意見ないし論評としての域を逸脱するものとはいえないから,被告の主張は採用できない。
(3) 以上のとおり,本件文書の摘示する事実は,一部真実とはいえない部分があるものの,全体としてみた場合,その記述は大部分が真実であるか,真実と信じるにつき相当な理由があるものと認められる。また,意見ないし論評にあたる部分は,意見ないし論評としての域を逸脱したものではなく,前記摘示事実とは別個に違法性を有するものではない。してみれば,本件においては,前示のとおり,本件行為は,妻が受傷した原告が,被告の調査依頼に由来する本件事件を被告内部で解決するために,問題提起をすることによって事態の改善を求めるという目的・意図により行われたものであって,相当な目的・意図を有し,使用者を害する目的・意図に出たものとはいえないこと(前記(一)(3)シ),本件行為は,被告の非常勤理事・監事・評議員に対し,本件文書を1回送付したというものであって,回数は1回限りであり,送付先も理事会や評議員会という被告の機関を構成する役員らであって,全くの外部者とはいえず,また,常勤理事者らの行為を問題とする以上,被告内部での解決を企図する限り,対処方の申立先として他に適当な先も想定しがたいこと,本件文書はいきなり送付されたのではなく,本件文書送付以前には,原告が被告に対し,直接又は間接(組合,弁護士),本件事件の話し合い等による解決を求めてきたが,被告が説明を拒み解決に応じなかった等の経緯が存すること(前記(一)(3)カ,ケ,サ),本件行為により,さしたる混乱も生じていないこと(前記(一)(3)シ)等の事情が認められるのであるから,これらの諸事情を総合考慮すれば,本件行為が,外部の諸団体・会社を代表する立場にもある被告の非常勤理事・監事・評議員20数名に対し,本件文書を送付したものであることや,本件行為の目的は公益に関するものではなく,原・被告間における本件事件の解決という私益を達成するにすぎないのであって,また,公共の利益に関する事実ともいえないこと,本件事件の解決は,結局は,裁判によって決するしかなかったこと(前記(一)(3)タ)などの諸事情を斟酌しても,本件行為が,被告の名誉と信用を著しく傷つけるものであるとは認めがたく,実質的に,懲戒事由を定めた被告の就業規則(「財団に関する法令および諸規程に違反したとき。」「職務の内外を問わず,財団の信用を傷つけ,または財団に損失を及ぼすような行為があったとき。」)に該当するとはいえない。
(4) 被告は,本件文書の送付先である非常勤理事・監事・評議員はいずれも被告に関係の深い外部の諸団体・会社を代表する立場であり,しかも,多数にのぼると主張して,本件行為の相手方等を問題としている。理事・監事はともかく,評議員にまで本件文書を送付しているのは,多少行き過ぎの感がなくはないものの,評議員は,評議員会を組織して理事・監事を選任するほか,理事長の諮問に応じ,必要な事項に助言するとされているのであるから(<証拠省略>),被告にとって全くの外部者というわけではないのであるし,本件においては,前示のとおりの事実が認められるのであるから,本件文書の送付先等を捉えて,本件行為が,被告の名誉・信用を著しく傷つけるものと認めることはできない。
(三) 小括
以上の点に照らせば,原告の請求のうち,本件懲戒処分の無効確認(請求1)及び停職に伴う不支給の賃金8万5302円の支払(同4)を求める部分は理由がある。また,本件懲戒処分による昇給延伸がなかった場合の昇給した地位の確認(同3)及び昇給延伸がなかった場合との差額賃金として平成14年7月1日から平成15年6月までの間の差額賃金合計7万1300円の支払(同4)並びに同年7月1日以降本判決確定まで毎月差額5500円の支払(同4)を求める部分についても原告の請求は理由がある。「被告は原告に対し,平成15年7月以降毎月金5500円を支払え。」との訴え中の,本判決確定後に毎月金5500円の支払いを求める部分は,将来の給付の訴えであるところ,本件においては,あらかじめその請求をする必要があるとは認められないから,その訴えを却下すべきである(民事訴訟法135条)。
3 争点3(原告の名誉毀損・信用失墜の有無及びこれに基づく慰謝料請求の成否)について
原告は,「被告が無効な本件懲戒処分を課したが故に,被告社内における原告の名誉は著しく毀損され信用は失墜した。したがって,原告は被告に対し,慰謝料100万円の支払を求める。」と主張する。しかしながら,本訴訟において,本件懲戒処分が無効と判断され,これに伴い,昇給の是正等がなされれば,原告の名誉・信用は回復し,その感情も慰謝されるといえるから,他に特段の事情も認められない本件においては,慰謝料請求については理由がないといわざるを得ない。
第4結論
よって,原告の請求は主文の限度で理由がある。
(裁判官 三浦隆志)