大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成15年(ワ)14543号 判決 2004年10月28日

●●●

原告

●●●

訴訟代理人弁護士

●●●

●●●

被告

●●●

訴訟代理人弁護士

佐藤仁志

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主位的請求

被告は,原告に対し,金140万円及びこれに対する平成15年7月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

被告は,原告に対し,金127万円及びこれに対する平成15年7月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,被告に金員を貸した原告が,主位的に,被告が返済の意思も能力もないのに国民生活金融公庫からの融資が下りる予定であるなどと虚偽の事実を述べて貸金の要請をし,原告はこれを信じて現金を交付したことが詐欺にあたるとして,交付したと主張する150万円から既払金を控除した127万円及び弁護士費用13万円の支払請求並びに付帯請求を,予備的に,貸金契約に基づく元金150万円から既払金を控除した127万円の返還請求及び付帯請求をした事案である。

被告は,詐欺については欺罔行為の存在を否認し,また,貸金請求については1割相当額の天引がなされたとして元本が150万円であることを否認するとともに,原告と被告との間の貸金契約は,月1割の利息の約定がある公序良俗に違反したものであって無効であり,その返還請求は不法原因給付にあたるとして,これを争った事案である。

2  争いのない前提事実

(1)  本件貸金契約1の締結

原告は,平成14年12月18日,被告に対し,90万円又は100万円を貸し渡した(以下「本件貸金契約1」という。)。

(2)  本件貸金契約2の締結

原告は,平成15年4月1日,被告に対し,45万円又は50万円を貸し渡した(以下「本件貸金契約2」という。)。

(3)  一部弁済

被告は,原告に対し,本件貸金契約1及び2(以下,併せて「本件各貸金契約」という。)の返済として,合計23万円を支払った。

3  争点

(1)  被告の原告に対する詐欺の成否

(2)  元本の額及び利息の約定の有無

(3)  本件各貸金契約が公序良俗違反により無効となるか否か

4  争点(1)(詐欺の成否)に関する当事者の主張

(1)  原告

被告は,平成14年12月18日,原告に対し,真実は多額の借金があって返済が不可能であり,国民生活金融公庫の融資を受けるあてなど全くないにもかかわらず,かかる事情を秘し,「平成15年4月下旬までには国民生活金融公庫からの融資がおりる。」,「そのときに一括して返済する。」,「平成15年1月から10万円ずつ返済し,融資がおりて一括返済する際にはお礼もするから。」などと,返済能力は十分にあると申し向けて原告を欺罔し,これを信じた原告から,同日,100万円の交付を受けて同金員を騙取した。

その後,平成15年3月分の返済が滞ったため,被告は,原告に対し,同年4月1日に電話で,「金融関係への返済がきつくて今回どうしても返済することができませんでした。」,「このままでは融資を受ける前に終わってしまいそうです。」,「どうかあと50万円ほどお貸し願えないでしょうか。」,「融資を受けたら必ず以前の残金と併せてお返しします。」などと,なおも国民生活金融公庫からの融資がおりるから返済能力が十分にあるかのように原告を欺罔し,同日,さらに50万円の交付を受け,これを騙取した。

(2)  被告

欺罔行為の存在は否認し,その余の主張は争う。

被告は,返済を続ける意思も能力もあったのであり,詐欺には当たらない。

5  争点(2)(元本の額及び利息の約定の有無)に関する当事者の主張

(1)  被告

ア 元本の額について

本件各貸金契約の際,原告はいずれも1割を天引した額を交付した。すなわち,本件貸金契約1の元本は90万円であり,本件貸金契約2の元本は45万円である。

イ 利息の約定の有無について

原告と被告とは,本件各貸金契約に際し,月1割の割合による利息の約定をした。天引にかかる額は,貸付当月の利息である。

(2)  原告

ア 本件貸金契約1の元本は100万円であり,本件貸金契約2の元本は50万円である。1割の利息を天引したとの被告の主張は虚偽である。

イ 本件各貸金契約は,いずれも利息の約定はない。

月1割の利息の約定があるとの被告の主張は虚偽である。

6  争点(3)(公序良俗違反の成否)に関する当事者の主張

(1)  被告

本件各貸金契約は,いずれもその約定利息が年12割に及ぶものであり,利息制限法はもとより出資法等の強行法規にも違反するものであり,明らかに公序良俗に反して無効である。そうすると,その返還請求権は不法原因給付に当り,法的保護に値しない。

(2)  原告

被告主張にかかる事実は否認し,法律上の主張は争う。

第3争点に対する判断

1  客観的事実

顕著な事実,争いのない事実及び証拠によれば,本件紛争の経緯に関してほぼ確実な客観的事実として,別紙事情経過表記載の各事実を認めることができる(事実認定に供した具体的な証拠等は略記した。)。

2  本件紛争の経緯

前記の客観的事実に,証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,本件紛争の経緯について次の各事実を認めることができる(事実認定に供した具体的な証拠等は各項の末尾に掲げた。)。

(1)  従前の経緯

原告は,昭和42年7月に出生し,18歳で高校を卒業後,2年間浪人生活を送り,2年間専門学校に通った後,2年ほど不動産業関連会社で稼働し,その後カラオケ関連会社に転職して3年間ほど稼働し,その後広告代理店に転職して2年間ほど稼働した。

その後,原告は,平成9年頃から錦糸町のアミューズメントカジノに就職し,ウェイターとして稼働しつつ,月額約50万円の収入を得るようになり,平成13年夏には,個人金融業者2人その他1人の合計4人で共同出資して,上野にスナックを開店し,その営業でも収入を得るようになった。

(顕著な事実,甲4,原告)

(2)  本件貸金契約1の締結の経緯

原告は,個人で高利の貸金業を営んでおり,スナックの共同出資者の一人でもある●●●(以下「●●●」という。)と親しく交際していたが,その関係で,平成14年12月18日,●●●から,自分の以前の顧客であるとして被告を紹介された。

原告は,●●●から要望を受けて,初対面の被告に対して90万円ないし100万円の現金を貸し付けることとし,即日,金銭借用証書(甲第1号証)を差し入れさせて90万円ないし100万円の現金を交付した。

なお,同日,原告が被告に差し入れさせた借用証書は市販されているものであり,金額欄に「百萬円」と記載させたものの,利息欄や,元金の支払期日欄は空欄とされている。

もっとも,当時,被告は,平成7年頃から続いていた●●●から小口の金融の結果,同人に対する返済ができない状態となっており,その他にも多額の借金を抱えた多重債務状態となっていた。

(甲1,原告,被告,弁論の全趣旨)

(3)  一部の返済

被告は,原告に対し,平成15年1月30日に10万円を銀行口座に送金して返済した。また,被告は,原告に対し,同年3月12日,10万円を銀行口座に送金して返済した。

(乙3の1,3の2)

(4)  本件貸金契約2の締結の経緯

平成15年3月末の被告の返済が遅れたため,同年4月1日,原告が被告に電話をかけたところ,被告は,原告に対し,「実は大分詰まってきてしまっているので予定どおりいかなくなって申し訳ない。」などと詫びるとともに,「このまま更に追加の融資を受けないと自分は終わってしまう。」などと告げて,さらに50万円の追加融資を申し入れた。

原告は,かかる被告の対応を聞き,「追銭をすることによって息を吹き返してもらえれば,前の元金も保証されるんじゃないか。」と判断し,同日,錦糸町に赴いた被告に対し,45万円ないし50万円の現金を交付するとともに,金銭借用証書(甲第2号証)を差し入れさせた。

なお,同日,原告が被告に差し入れさせた借用証書も,従前と同様市販されているものであり,金額欄に「伍拾萬円」と記載されているものの,利息欄や,元金の支払期日欄は空欄とされている。

(甲2,4,原告)

(5)  その後の経緯

被告は,平成15年5月14日,原告に対し,3万円を銀行口座に送金して返済した。

もっとも,その後,被告は,債務の支払が継続できなくなり,被告訴訟代理人に任意整理を依頼し,同月30日,被告訴訟代理人において各債権者に対して受任通知(甲第3号証)が発送された。

この受任通知には,本件各貸金契約に伴って月1割の利息の約束の定めがあるため,公序良俗に反して無効となることや,利息の返済として支払った23万円の返済を要求することなどが記載されている。

原告は,その後の同年6月26日,訴訟代理人を依頼することなく,本件訴訟を提起した。

(顕著な事実,甲2,3,乙3の3)

3  争点(1)(詐欺の成否)について

原告は,被告が返済の意思も能力もないのに,国民生活金融公庫に融資を申込みをしており,その融資で返済ができるなどと虚偽の事実を告げて原告を欺罔し,その結果150万円を交付させたのであって,これらの行為は詐欺であり,不法行為を構成する旨主張する。

この点,前記に認定した本件紛争の経緯に,被告自身,その本人尋問において,国民生活金融公庫等への融資の申込みをしていることなどを告げて必ず返済する旨説明したことを自認していることを併せると,被告において,原告に対し,国民生活金融公庫への申込みをしていることに言及したうえで,借り入れた金員を必ず返済することなどを確約した事実を認めることができる。一方で,被告が,本件貸金契約1の締結後,国民生活金融公庫に融資を申し込んだとの事実を認めるべき的確な証拠はない。

もっとも,一般に,多重債務者が金融業者から金融を得ようとするときは,自己の現在の負債額を少なく申告したり,所得を多く申告したり,また,返済の目途についても希望的観測を述べたりするおそれがあることは常識であるところ,原告は,その本人尋問において,被告が数多くの負債を負っていることを知りながら,かかる申告や申述の裏付けを取ろうとしたことはないこと,当時の被告の債務総額が幾らか,誰が債権者であるか,融資する金員の使途は何かといった事情についてなんら確認しようとしていなかったことなどを自認しており,これに,前記に認定した客観的事実や本件紛争の経緯,特に,原告が本件貸金契約1締結の当時35歳であること,原告のそれまでの職歴や交遊関係,原告と被告との本件貸金契約1の時点で原告と被告とが初対面であること,貸したとされる額が90万円ないし100万円と高額であること,原告は被告が●●●の顧客であったことを知っていたこと,後に「追銭をすることによって息を吹き返してもらえれば,前の元金も保証されるんじゃないか。」と判断した旨の原告本人尋問における表現ぶりなどを併せれば,原告が,被告の説明により,国民生活金融公庫からの融資が確実であるとの錯誤に陥って融資をしたなどということはおよそ考え難いというほかなく,寧ろ,これらの各事情によれば,原告が被告に対して融資をしたのは,継続的に利息名義で多額の金員を取得しようとの意図に基づくものであることを優に推認することができるというべきである。

よって,原告の主位的請求は理由がない。

4  争点(2)(元本の額及び利息の約定の有無)について

(1)  被告は,本件各貸金契約には利息について月1割の約定があったこと,本件各貸金契約成立当時,原告は1か月分の利息を天引しており,交付された金員は本件貸金契約1について90万円,本件貸金契約2について45万円であったことをそれぞれ主張し,その本人尋問において,これに副った供述をする。

これに,前記のとおり,本件各貸金契約の契約書には返済期日の記載も利息の定めの記載もなかったこと,被告が,原告に対し,平成15年1月30日に10万円,同年3月12日に10万円をそれぞれ送金していること並びに前記に指摘した事情,すなわち,原告が被告に対して融資をしたのは,知り合いの個人の高利の金融業者であった●●●からの紹介を受け,継続的に高利の利息を取得しようとの意図に基づくものであることが推認できることを併せると,本件各貸金契約には月1割の利息の口頭での約束があり,本件貸金契約1については平成14年12月分として10万円を天引したこと,本件貸金契約2については平成15年4月分として5万円を各天引したことの各事実を推認することができるというべきである。

(2)  一方,原告は,被告から,平成15年4月末に国民生活金融公庫からの融資が下りるまでの融資を申し込まれたため,月々10万円の元金を返済してもらうこと,国民生活金融公庫から融資を受けることができる平成15年4月末に一括して残金の返済を受けること,一括して返済される際に「多少のお礼」を受け取る約束をしたが,その余の利息の約定はしていないなどと主張してこれを否認するとともに,本人尋問においてこれに副った供述をする。

しかし,かかる主張や供述は,初対面の相手に対して100万円もの現金を無利息で貸し付けたなどというそもそも不合理な内容のものであるうえ,これを裏付ける客観的な証拠も皆無であり(原告は,本件貸金契約1において100万円を融資した際に60万円を当日自らの銀行口座から出金した旨の供述について現金の動きを裏付ける客観的証拠の提出を求められたものの,これに応じない。),前記のとおり本件各貸金契約の契約書には返済期日の記載も利息の定めの記載もないことについて何ら合理的な説明がなされていないことなどに照らしてみても,にわかに採用することはできないというほかなく,前記の推認を覆すに足らないというべきである。

(3)  以上のとおり,本件各貸金契約にかかる利息の定めや天引の事実を認めることができる。

5  争点(3)(公序良俗違反の成否)について

被告は,本件各貸金契約は,利息が月1割,年12割にも上るものであって,明らかに強行法規に違反し,公序良俗違反で無効となる旨主張する。

そして,前記に認定した各事実によれば,本件各貸金契約の締結は,利息制限法は勿論,出資法の定める制限利息をはるかに超える利息の約定を伴うものであり,刑事罰の適用を受ける違法行為であることは明らかというべきである。

また,原告の自認する交遊関係や,原告が,その作成にかかる陳述書(甲第4号証)や原告本人尋問において,被告からの返済金を●●●を介して受け取っていたなどと勘違いをする筈のない事実について真実と異なる供述をしていることなどに照らせば,原告自身,貸金業の届出をすることもなく,取引経過に関する証拠書類を残すこともなく,同様な高利の個人金融営業者と連絡を取りつつ,多重債務者を対象とした本件と類似の取引をしていることが窺える。

また,被告の側において,月1割の利息の約定にもかかわらず本件各貸金契約を締結したこと自体に落ち度がないとはいえないものの,その原因は,もっぱら,被告自身の法的知識の欠如や,かかる知識の欠如を利用して利息名目での違法な利益を得ようとした原告側の態度にあるものと評価すべきである。

これらの各事情を総合考慮すると,本件各貸金契約は,その締結自体,公序良俗に反して無効であり,原告の貸金返還請求は理由がないものと判断するのが相当である。

なお,原告が訴訟物として掲げていない不当利得返還請求権についても同じ理由で不法原因給付となるものと判断するのが相当であり,この点を付言する。

6  結論

よって,原告の各請求はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条に従って,主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤正)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例