東京地方裁判所 平成15年(ワ)14665号 判決 2003年10月16日
原告
日本興亜損害保険株式会社
同代表者代表取締役
松澤建
同訴訟代理人弁護士
森荘太郎
同
中村紀夫
同
雨宮正啓
被告(管理人)
木村宏
被告
マリタイム インシュランス カンパニー
同代表者副社長
アーサー・ペイン
同訴訟代理人弁護士
山口修司
被告
東京海上火災保険株式会社
同代表者代表取締役
石原邦夫
同訴訟代理人弁護士
藤井郁也
主文
1 東京地方裁判所平成14年(船)第1号船舶所有者等責任制限手続開始申立事件につき,東京地方裁判所が平成15年5月30日にした査定を認可する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文記載の査定につき,債権者の制限債権額を58億6702万7341円と変更する。
第2 事案の概要
本件は,東京地方裁判所平成14年(船)第1号船舶所有者等責任制限手続開始申立事件において,平成15年5月30日なされた原告の制限債権額を1億0911万3948円とする旨の査定の裁判に対し,原告が異議の訴えを提起して査定の変更を求めた事案である。
1 前提となる事実
以下の事実はいずれも,当事者間に争いがないか,当裁判所に顕著である。
(1) パナマ船籍の船舶ブエン・ビエント号(以下「本件船舶」という。)は,パナマ共和国パナマ市所在のサイプレス・ナビゲイション・カンパニー・エス・エイが所有する総トン数9002トンの機船である。本件船舶は,福山,横浜及び清水の三港で鋼材,重車輌,建設用機材及び陸上自衛隊のテスト用兵器等を積載し,清水港から米国カリフォルニア州ポートワイナメ港に向けて航行していたところ,平成13年4月22日深夜から23日早朝(日本時間)にかけて,北緯35度東経150度付近の太平洋上において荒天に遭遇し,本件船舶の一番上部船倉に積載されていた貨物が荒天による揺れにより荷崩れを起こしたため,荷崩れした建設用機械が右舷船体外板に当たって船体外板にいくつか穴があいた。その穴から本件船舶内に海水が浸入し,本件船舶の船長及び乗組員らはポンプで水を排出しようと試みたが,高いうねりのため水面上の穴から海水が浸入するのに抗し得ず,本件船舶は,平成13年4月23日午後3時48分(日本時間)ころ,北緯35度36分4秒,東経155度01分3秒の太平洋上で沈没した。その結果,本件船舶に積載されていた全貨物が全損となった。本件船舶の沈没当時,本件船舶の船舶管理人としてイーグルマリタイム株式会社がおかれ,東興海運株式会社が本件船舶を定期傭船していた。定期傭船者である東興海運株式会社の指示により,横浜港で本件船舶に貨物を積載した荷役業者は,澁澤倉庫株式会社であった。
(2) 原告は,損害保険会社であるが,本件船舶に積載していた貨物の船荷証券所持人(原権利者)との間の保険契約に基づき,本件船舶に積載していた貨物が全損となったことを保険事故として,各原権利者に対し,下記(4)の届出債権額に相当する保険金を支払った。それにより原告は,当該原権利者が運送人に対して有していた運送契約上の損害賠償請求権を保険代位により取得した。
(3) 本件船舶の船舶管理人であるイーグルマリタイム株式会社は,平成14年3月22日,東京地方裁判所に対し,本件船舶の沈没から生じた物の損害に関する債権につき,船舶の所有者等の責任の制限に関する法律(以下「船主責任制限法」という。)に基づく責任制限手続開始の申立てをし(以下この申立てによる手続を「本件責任制限手続」という。),平成14年4月10日に東京地方裁判所の供託命令を受けて,平成14年4月18日,基金となる2億7683万8953円を東京法務局に供託した。本件責任制限手続において,原告は,上記保険代位した損害賠償請求権を制限債権として届け出た。
(4) 原告が届け出た代位請求権を原権利者及び積載貨物ごとに区分すると,次のとおりである。
原権利者 貨物 届出債権額
(単位:円)
日本国(自衛隊) ①自衛隊ICM用機材等
5,751,528,018
②小松製作所ICM用機材等
28,303,956
③自衛隊員私物 4,090,000
岡谷U S A ④熱間圧延合金鋼板等
32,598,992
キーストーン・オーバーシーズ・インク
⑤中古日立掘削機 11,110,725
⑥中古無限軌道式トラクター
8,056,900
⑦中古無限軌道式トラクター
21,441,750
OACイクイップメント
⑧中古日立掘削機 7,400,000
日新 ⑨コンテナ10本 2,497,000
(以下,上記貨物については「本件貨物①」のように上記番号で特定して略称する。)
(5) 被告木村宏は本件責任制限手続において選任された管理人,被告マリタイムインシュランスカンパニー及び同東京海上火災保険株式会社はいずれも本件責任制限手続において確定した制限債権を有する制限債権者であるが,被告らは,本件責任制限手続における制限債権調査期日において,原告の届出債権につき,本件貨物①ないし③,同⑥及び同⑦の届出債権額について異議を述べた。そこで,東京地方裁判所は,平成15年5月30日,後記(6)の事実を踏まえ,原告の制限債権額を1億0911万3948円とする旨の査定の裁判(以下「本件査定決定」という。)をした。これに対して原告は,本件査定決定に不服があるとして,平成15年6月27日,本件異議の訴えを提起した。
(6) 本件貨物①は自衛隊の自己使用に供せられていた兵器であるところ,その取得価格の合計は5,751,528,018円である。用途の特殊性からその耐用年数が明らかではなく,本件船舶沈没時点での価値の算定は困難であるが,その取得時期は最も古いもので平成2年であるものの大半が平成10年以降に取得したものであることに鑑みると,後記国際海上物品運送法13条が規定する貨物の重量による制限限度額である38,506,247円を超える価値を有していることは明らかである。
本件貨物②及び同③の価値は,原告が届け出た金額(②につき28,303,956円,③につき4,090,000円)のとおりである。また,本件貨物①ないし③の合計重量は,111,777キログラムである。
本件貨物⑥の運賃保険料込条件での取引価格(以下「CIF価格」という。)は62,000米ドルであり,その価格を本件責任制限手続開始日の換算率で円換算すると8,056,900円である。本件貨物⑥の重量は15,000キログラムである。
本件貨物⑦のCIF価格は165,000米ドルであり,その価格を本件責任制限手続開始日の換算率で円換算すると21,441,750円である。本件貨物⑦の重量は37,000キログラムである。
2 争点
前提となる事実によれば,平成13年4月23日に起きた本件船舶の沈没事故により,本件船舶に積載されていた全貨物が全損となり,前記届出債権額記載の損害が発生したこと,原告は,これらの貨物の船荷証券所持人(原権利者)との間の保険契約に基づき,各権利者に対し,前記届出債権額に相当する保険金を支払い,原権利者が運送人に対して有していた前記届出債権額に相当する運送契約上の損害賠償請求権(以下「本件責任制限債権」という。)を保険代位により取得したこと,本件船舶の船舶管理人であるイーグルマリタイム株式会社は,平成14年3月22日,本件責任制限手続の申立てをし(船主責任制限法98条参照),東京地方裁判所の供託命令に基づき,責任限度額である2億7683万8953円を供託したこと,前記届出債権額のうち,本件貨物①ないし③,同⑥及び同⑦の届出債権額について,被告らが異議を述べたこと,東京地方裁判所が平成15年5月3日,被告らの異議を認め本件査定決定をしたこと,以上の事実が明らかである。
本件の争点は,本件責任制限手続において,原告が主張する本件貨物①ないし③,同⑥及び同⑦の届出債権額に関し,①船主責任制限法による制限に加え,国際海上物品運送法13条による重量制限を重ねて適用することができるか,②国際海上物品運送法13条を適用するためには,運送人による主張あるいは援用が必要か(運送人が同条の責任制限を主張しない以上,第三者が責任制限を援用することはできないと言えるか),③国際海上物品運送法13条でいう「責任の制限」の性質をどう解すべきか(国際海上物品運送法13条の適用があるとしても,同条の制限は責任制限であり,債務の制限ではないから,その債権全額をもって本件責任制限手続に参加することができるか),であり,いずれも法解釈上の問題である。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 本件責任制限手続において,船主責任制限法による制限に加え,国際海上物品運送法13条による重量制限を重ねて適用することができるか否か。
(原告)
本件査定決定は,船主責任制限法が国際海上物品運送法の規定を排除する規定を置いていないことを根拠に,国際海上物品運送法の重量制限が先に適用され,その上で船主責任制限が適用されると判断している。しかし,本件査定決定が前提とするように両規定が全く別のもので相互に影響しないのであれば,原告の損害賠償請求権に対し国際海上物品運送法が先に適用されてその上で船主責任制限が適用されるという関係は成り立たないはずである。両規定は全く別の規定であり,運送人は運送人としての立場に基づき国際海上物品運送法の責任制限を援用すれば足りるし,船主は船主としての立場に基づき船主責任制限法の責任制限を援用すれば足りる。
従って,運送人である船主は,船主たる地位によって船主責任制限法の責任制限を主張するか,運送人たる地位によって国際海上物品運送法の責任制限を主張するかの選択を行うことになると解するべきである。
本件査定決定は,特定の制限債権者の制限債権についてのみ国際海上物品運送法13条の責任制限と船主責任制限法の責任制限の二重の制限を課すことが法の予定するところであるというが,二重の責任制限を肯定するような法解釈及び法の適用は法の下の平等に反し違憲である。
上記のとおり,運送人である船主は,国際海上物品運送法13条の責任制限を援用することもできるし,船主責任制限法による責任制限を選択することもできる。運送人である船主は,いずれか有利な方法を選択することで十分その利益が保護されるのであり,特定の制限債権者の制限債権を二重に制限する必要性は全く認められない。
また,原告の制限債権を二重に制限することについて利益を有するのは他の制限債権者であるが,海運産業の保護という責任制限規定の立法目的,政策的趣旨が妥当しない制限債権者間の利害関係の調整問題において,特定の制限債権者の制限債権を重ねて制限することに何の合理性も認められない。
(被告管理人)
船主責任制限法と国際海上物品運送法との比較でいうと,船主責任制限法が船主責任制限に服する債権の範囲とその責任制限手続事項を定めているのに対し,国際海上物品運送法は国際海上物品運送における運送人の責任態様を定めるものであり,両者の規制対象は全く異なるものである。その結果,運送人に対する損害賠償請求権は,その成立及び内容が先ず国際海上物品運送法を始めとする実体法規によって定められ,その定められた損害賠償請求権が船主責任制限法の責任制限の範疇に含まれるか否かが検討され,含まれる場合には,開始された船主責任制限手続において清算されることになるのである。
船主責任制限手続きのもとでの清算は,基金の形成とその配当を行うことによって集団的かつ最終的に解決する制度であり,倒産手続に類するものであることから,わが国の破産法,会社更生法における集団的債務処理の手法を多く採用しているものであり,船主責任制限法のもとでの船主責任の制限は,包括的な責任制限と言える。そうであるとすれば,基金により配当にあずかれる制限債権は,その発生と内容を定める実体法規によって決定されることが当然の前提となっているというべきである。そして,その場合,国際海上物品運送法は,民法や商法と同様に船主等が運送人でもある場合の制限債権の内容を決定する実体法規としての位置づけにあるものであり,本件制限手続において,本件制限債権について国際海上物品運送法13条の適用があるというべきである。
(被告東京海上火災保険株式会社)
船主責任制限手続において届け出られる債権が,国際海上物品運送法の適用を受ける運送契約に基づく損害賠償請求権である場合には,同法13条に定める限度額の範囲内でのみ手続に参加することができ,配当額は,その限度額を適用した後の債権額を基準として計算されるべきである。
(2) 国際海上物品運送法13条を適用するためには,運送人による主張あるいは援用が必要か否か。
(原告)
本件査定決定は,他の責任制限者は,運送人の援用がなくても国際海上物品運送法による原告の責任制限を享受できるという。
しかしながら,本件責任制限手続において船舶所有者,船舶管理人又は船荷証券上の運送人は国際海上物品運送法の重量制限を行う旨の主張を行っておらず,国際海上物品運送法の運送人に対する損害賠償請求権の額は,重量制限される額になるかどうかについて,いわば未確定の状況である。また,本件責任制限手続の申立人及び全ての受益債務者は,いずれも船主責任制限法の責任制限金額に相当する金額を供託し,全てを船主責任制限法の処理に委ねたのであり,国際海上物品運送法の重量制限を行使しない意思が明らかである。
このような状況において,他の制限債権者が重量制限を援用して,原告の制限債権が重量制限に服すると主張することは越権行為であり,認められるものではない。
(被告管理人)
責任制限手続は,民事訴訟のような債権者と債務者の個別的な対立構造のもとで展開されるものではないから,関係当事者間における対立的な訴訟構造においてなされる抗弁としての具体的な権利行使を,集団的な債務処理手続に適用ないし準用することは不可能であり不相当というべきである。すなわち,民事訴訟手続においては,責任阻却や責任制限事由のような抗弁として提出されて債権の存在や額が決定されるものであっても,実体法における債権の内容を責任制限手続において確定するためには,そのような抗弁の主張を待つまでもなく当然考慮されて,客観的な権利内容が確定されるべきである。この点も,倒産手続における債権確定と同様の基準に立って処理すべきものである。
集団的債務処理手続である責任制限手続においては,各債権者について実体法上の権利内容を一律に確定すべきものであり,個々の債権の処理について運送人たる債務者が如何なる意思を有していたかを詮索し,それに依拠するのは相当ではないというべきである。仮に,運送人が国際海上物品運送法13条による責任制限をしない旨の意思を有していたとしても,それに依拠して貨物重量制限を否定することは,債権者間の公平を害することになり,認められないものと考える。ちなみに,本件に関して発行された船荷証券上には,運送人に対する請求は国際海上物品運送法13条による責任制限に服する旨の規定が存し,運送人としては,貨物重量制限を援用する意思があることは明らかである。
(被告東京海上火災保険株式会社)
船主責任制限手続において届け出られる債権が,国際海上物品運送法の適用を受ける運送契約に基づく損害賠償請求権である場合には,当然に,または,少なくとも他の債権者からその旨の主張がある場合には,同法13条に定める限度額の範囲内でのみ手続に参加することができると解すべきである。
(3) 国際海上物品運送法13条による責任制限の性質をどのように解すべきか。
(原告)
本件査定決定は,国際海上物品運送法13条の責任制限を責任の制限ではなく債務の制限と理解するようである。しかし本件査定決定は,同時に国際海上物品運送法の重量制限について頻繁に「責任制限」と称しており,一貫していない。
国際海上物品運送法13条の重量制限は,「責任」の制限であって「債務」自体が制限されるわけではないので,制限債権者はその「債権」の全額をもって本件責任制限手続に参加することができるというべきである。もっとも,本件責任制限手続においては,運送人が責任制限を援用していないことから,国際海上物品運送法の重量制限により債務も責任も制限されることはない。
(被告管理人)
国際海上物品運送法13条による責任制限がなされた債権については,責任限度額以上の部分は債権が存在しないと考えることもでき,そう解することができれば,原告の主張は理由がないことが明らかである。しかし,この点については,債務がなくなるか自然債務となるかは,本件責任制限手続においては意味を持たないものである。すなわち,倒産手続においては,執行可能性のある債権だけが手続の対象となりうるとされているのと同様,責任制限基金から制限債権の強制的満足を実現する船主責任制限手続においては,配当を得られる制限債権は,執行可能性のある債権に限られると解すべきである。
第3 争点に対する判断
1 争点1(本件責任制限手続において,船主責任制限法による制限に加え,国際海上物品運送法13条による重量制限を重ねて適用することができるか否か)について
国際海上物品運送法は,海上運送人と荷主との間の権利義務関係を合理的に調整することを目的として締結された,いわゆる「1924年船荷証券統一条約」を受け,その国内法として昭和32年6月に成立し,昭和33年1月1日に施行された法律である。そして,国際海上物品運送法13条による運送人の責任制限の規定は,巨額になりがちな海上運送人の運送品に関する損害賠償責任を軽減して運送人の保護を図るとともに,それを運送人の責任免責の最大限度と定める(同法15条)ことにより,運送人と荷主の権利の調整を図るものであって,その趣旨は平成4年の同法改正後も変わっていないものである。このように国際海上物品運送法13条は,荷主等から海上運送人に対する運送品に関する損害賠償請求権について,実体法上の制限を認める規定である。
これに対して船主責任制限法は,海上運送企業の維持,保護を図るために船主の責任を有限化する船主責任制限条約を受けて,昭和50年12月に成立し,昭和51年9月1日から施行された法律であり,同法による船主責任制限手続の制度趣旨は,同一の事故から生じた債権の総額が船舶のトン数を基準として算出される一定の金額を超える場合に,後者の金額を配当原資としてこれを債権者に分配するというものである。そして,船主責任制限法は,責任制限の利益を享受する者と,責任制限の負担を受けるこれらの者に対する債権者等との間で,責任制限の利益を享受する者による供託を経て船舶のトン数を基準として算出される一定の金額を配当原資として,これを債権者らに配当することによって,債権債務関係を集団的かつ最終的に解決することを目的とした制度であり,制度自体倒産手続に類似し,破産法や会社更生法における集団的債務処理の手法を多く採用しているものである。
このように,国際海上物品運送法13条による運送人の責任制限と船主責任制限法における責任制限は,国際海運の健全な発展という究極の目的は共通とするものの,各責任制限の趣旨,要件及び効果を異にするものであり,本来,それぞれの規定の適用場面は,各規定の要件に従って別個に決せられるべきものである。しかし,本件責任制限手続で問題とされているように,船舶が沈没して積載していた貨物が失われたような場合には,国際海上物品運送法13条により制限される荷主の債権が,船主責任制限手続において権利行使される事態が当然に生ずることが予想される。このような,いわば国際海上物品運送法と船主責任制限法という二つの法律による責任制限が競合する場面をどのように解するかであるが,先に述べたように国際海上物品運送法13条による制限が個々の運送契約上の損害賠償請求権に対する実体法上の制限であり,一方で,これらの個々の債権を一括して集団的に処理する場面で船主責任制限法による制限がなされるものであることからすると,まず,実体法である国際海上物品運送法13条が適用され,その結果制限された運送契約上の損害賠償請求権が船主責任制限手続において,船舶所有者等の責任制限に服するものと解するのが素直な法解釈というべきである。しかも,国際海上物品運送法と船主責任制限法という二つの法律が競合する場面が当然に予想されたにもかかわらず,船主責任制限法が後から制定された際に,当時すでに存在した国際海上物品運送法13条の適用を排除する規定が設けられなかったことからすると,船主責任制限法の立法に当たっても,船主責任制限手続において行使される運送契約上の損害賠償請求権については,国際海上物品運送法13条の適用があることを当然の前提としていたものと解するのが相当である。
なお,法律書や文献等でも,国際海上物品運送法と船主責任制限法の重畳適用を認める見解が一般的であり,原告は,国際海上物品運送法13条による運送人の責任制限と,船主責任制限手続における船主の責任のいずれか一方が,択一的に適用されるべきであると主張するが,原告の主張は採用することができない。
なお,原告は,特定の制限債権者の制限債権について国際海上物品運送法13条の責任制限と船主責任制限法の責任制限の二重の制限を課すことを肯定するような法解釈及び法の適用は法の下の平等に反し違憲であると主張するが,船主責任制限法による責任制限手続において国際海上物品運送法13条による責任制限が排斥されるものではないこと,国際海上物品運送法13条による運送人の責任制限と船主責任制限手続における船主の責任が競合する場面において,同一の債権についてたまたま両者の規定による責任制限が及んだとしても,これをもって不当な二重の制限になるわけでも債権者間の実質的公平を欠くことになるわけでもないことは,前記のとおりである。
2 争点2(国際海上物品運送法13条を適用するためには,運送人による主張あるいは援用が必要か否か)について
原告は,本件責任制限手続において運送人が国際海上物品運送法13条による責任制限を享受する旨の援用をしていないから,原告の制限債権は同条による制限を受けないと主張する。しかし,国際海上物品運送法13条は運送人の責任制限を定めた実体法であり,その適用に援用の意思表示が別途必要とされる規定ではないと解すべきである。また,船主責任制限法による責任制限手続は,処分権主義及び弁論主義の適用のある訴訟手続ではなく,裁判所が職権で必要な調査をする手続である(船主責任制限法12条2項)。このことからしても,本件責任制限手続において,原告の有する損害賠償請求権が国際海上物品運送法13条による責任制限を前提とする金額であると認定することにつき,特定の当事者の別段の主張を要すると解する余地はないというべきである。
3 争点3(国際海上物品運送法13条による責任制限の性質をどのように解すべきか)について
国際海上物品運送法13条は,運送人の「責任の限度」という用語を用いており,その法的性格については,制限されるのが,責任そのものに止まり,自然債務としては存続すると解すべきか,それとも債務自体も消滅すると解すべきかについては,条文上は必ずしも明らかではない。しかし,請求の限度を設けた趣旨からすると債務自体も消滅すると解すべきものである。もっとも,仮に自然債務として存続すると解したとしても,被告管理人の主張するとおり,倒産手続においては,執行可能性のある債権だけが手続の対象となりうるとされているのと同様,責任制限基金から責任制限手続という倒産手続に類似した法的手続を通じて制限債権の満足を実現する船主責任制限手続においては,配当を得られる制限債権は,執行可能性のある債権に限られると解すべきであるから,いずれにしても原告の主張は採用の余地はないというべきである。
第4 結論
以上によれば,本件責任制限手続における原告の制限債権額は,国際海上物品運送法13条1項2号の適用により重量合計117,777キログラムである本件貨物①ないし③については235,554計算単位(SDR),15,000キログラムである本件貨物⑥については30,000SDR,37,000キログラムである本件貨物⑦については74,000SDRを限度とすることになる。なお,以上の金額は,いずれも国際海上物品運送法13条1項1号に規定されている一計算単位の666.67倍の金額を上回っているものである。そして,これを本件責任制限手続開始日の換算率1SDRあたり163.471円で円に換算すると,本件貨物①ないし③,同⑥,同⑦についての制限債権額は,それぞれ38,506,247円,4,904,130円,12,096,854円となる。これに本件貨物④,同⑤,同⑧,同⑨の価額(それぞれ32,598,992円,11,110,725円,7,400,000円,2,497,000円)を加えると,原告の制限債権の額は合計1億0911万3948円となる。
よって,これと結論を同じくする本件査定決定は正当であるので認可することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・西岡清一郎,裁判官・河本晶子,裁判官・名島亨卓)