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東京地方裁判所 平成15年(ワ)15221号 判決 2004年9月03日

原告

同訴訟代理人弁護士

小村享

被告

東京医療生活協同組合

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

有賀信勇

主文

1  原告の年齢給が24万6240円である旨確認を求める訴えを却下する。

2  原告の医師職能給が66万5040円,管理職手当が5万7000円であることを確認する。

3  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,これを2分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

原告は,被告開設にかかる中野総合病院の診療部門内科部長の地位にあることを確認する。

原告の年齢給が24万6240円,医師職能給が66万6740円,特殊勤務手当が5000円,管理職手当が13万5000円であることを確認する。

第2事案の概要

本件は,被告の開設する病院の内科部長であった原告が被告に対し,「東京医療生活協同組合職員就業規則66条1項4号により降格とする。中野総合病院診療部門内科部長を免ずる。」との平成15年4月23日付辞令(以下「本件処分」という。)は無効である旨主張して,同病院の内科部長の地位にあること,及び,原告の給与が本件処分前のそれであること(年齢給24万6240円,医師職能給66万6740円,特殊勤務手当5000円,管理職手当13万5000円)の確認を求めるものである。原告は,本件処分には理由がなく,仮に理由があったとしても懲戒権の濫用であり,手続的にも違法があると主張するのに対し,被告は,本件処分には理由があり,懲戒権濫用の事実はなく,また,手続的にも違法はないと主張している。

1  前提となる事実(認定等に係る証拠等は各文末に掲記した。)

(一)  当事者等

(1) 被告は,その所在地において中野総合病院(以下「本件病院」という。)を開設している。本件病院は内科,外科,整形外科等の診療科目を有する病床数300床,従業員数400人(うち,医師は50~60人)が在籍する総合病院である。(争いのない事実)

本件病院は,「救急車での搬送患者さんは一切,断らない」をモットーに365日24時間地域に密着した救急医療を行っており,夜間・休日にも,内科,外科,小児科,産婦人科の4科の医師と看護師らを配置している。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)

本件病院には診療部門,看護部門,事務部門及び診療技術部門の4つの部門があるが,医師は診療部門に属し,診療部門長は病院長が兼ねている。なお,平成14年4月当時,病院長は理事長(呼称上のもの。登記簿上は理事である。)も兼務していた。(被告代表者,弁論の全趣旨)

(2) 原告は,平成4年4月,本件病院に内科医長として勤務するようになったが,平成6年4月1日,本件病院の診療部門内科部長に昇進した。(争いのない事実,<証拠省略>)

(3) 本件病院の平成15年4月当時の内科医は内科部長,内科臨床部長,神経内科部長,医長7名,医員2名及び研修医2名である。内科部長の上には病院長A(以下「A病院長」という。),副病院長B(以下「B副病院長」という。)がいた。内科全体の管理者としての部長は内科部長であり,内科臨床部長はいわゆるスタッフ職で,神経内科部長は神経内科のみの管理者であったが平成15年4月当時には部下はいなかった。なお,医師の人事考課は診療部門長である病院長が行っていた。(<証拠省略>,被告代表者,弁論の全趣旨)

(二)  本件処分等

(1) 被告は,平成15年4月17日及び同月23日,懲罰委員会を開催し,原告から事情を聴取した。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)

(2) 被告は原告に対し,平成15年4月23日,「東京医療生活協同組合職員就業規則66条1項4号により降格とする。中野総合病院診療部門内科部長を免ずる。」との辞令を交付し,本件処分を行った。(争いのない事実,<証拠省略>)

本件処分は懲戒処分であり,内科部長を免じて医員にするものである。(<証拠省略>)

(3) また,被告は,同日付をもって,原告を,薬事委員会,治験審査委員会,診療科長会議,栄養委員会,防災委員会,臨床研修委員会の各委員から解任した。(<証拠省略>)

(4) 被告は,本件処分に伴い,原告の医師職能給を3等級(部長・所長・副部長)から1等級(医員)に降格し,原告の医師職能給を「1-141号」とし,かつ,特殊勤務手当,管理職手当は全く支給しないこととした。(争いのない事実,<証拠省略>)

このため,原告は,平成15年4月22日まで,年齢給24万6240円,医師職能給(3-113号)が66万6740円,特殊勤務手当が5000円,管理職手当が13万5000円の支給を受けていたが,同月23日以降,年齢給24万6240円,医師職能給(1-141号)57万5600円(▲9万1140円),特殊勤務手当0円(▲5000円),管理職手当0円(▲13万5000円)となり,毎月23万1140円減給となった。(争いのない事実,<証拠省略>)

なお,医師職能給の減給は,本件処分時の原告の等級号俸が3等級113号俸であったので,まず3等級から2等級への降格減給として「現在の昇格等級の額を減じた額」すなわち3等級112号俸の額である66万4600円の額に対応する「直近下位」の2等級137号俸に減給し,次に,2等級から1等級への降格減給として「現在の昇格等級の額を減じた額」すなわち2等級136号俸の額である66万3080円の額に対応する「直近下位」を求めることになるが,1等級は141号俸である57万5600円が最高額であるため,これが「直近下位」とされ,原告の本件降格後の職能給は57万5600円とされている。また,本件処分後,原告は一切の役付を命(ママ)ぜられたため,役付に伴って支給される管理職手当,特殊勤務手当は不支給となった。(<証拠省略>,弁論の全趣旨)

(三)  就業規則

(1) 被告の就業規則には次のとおりの規定がある。(<証拠省略>)

ア 65条

職員が,次の各号の一に該当するときは,その情状に応じ,次条による懲戒を行う。

8号 本組合の名誉・信用を傷つけ,または職員としての対(ママ)面を汚したとき。

13号 その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき。

イ 67条

第66条2号から6号については,理事長が選任せる懲罰委員会において審査し,その結果について理事長が裁決する。ただし,労働組合員の場合は労働組合と事前に相談する。

ウ 68条

所属する職員が懲戒に該当する行為があった場合は,当該管理・監督者は,監督責任について懲戒を受けることがある。ただし,管理・監督者がこれを防止する方法を講じていた場合,または講ずることが不可能であったと認められる場合は,この限りではない。

エ なお,被告の就業規則66条は,懲戒として,譴責(1号),減給(2号),出勤停止(3号),降格(4号),諭旨退職(5号),懲戒解雇(6号)を置き,情状によってこれを行うとしている。同条4号は,降格を,「始末書をとり,役付を免じ若しくは引下げる。この場合給与規程38条により,直近下位に引下げる。」としている。(<証拠省略>)

(2) 被告の「医師及び管理職給与規程」12条は次のとおりの規定がある。(<証拠省略>)

この規程に定めのない事項については職員給与規程を準用する。

(3) 被告の給与規程38条は次のとおりである。(<証拠省略>)

1項 降格が発令された場合に降格減給を実施する。

2項 降格減給は,職能給段階号俸表により現在の等級の昇格昇給の額を減じた額の直近下位の降格等級の号俸とする。

3項 (略)

4項 降格減給は降格発令の月度支給分から実施する。

(4) 「医師及び管理職給与規程」4条1項によると,医師の職能給は,別表「医師職能給」記載のとおり,1等級医員,2等級医長,3等級部長・所長・副部長と等級に応じて金額が定まっており,また,同規程6条によると,管理職には別表「管理職手当」記載のとおり,管理職手当を支給するとされている。(<証拠省略>)

(5) また,給与規程13条1項によると,危険,不快又は困難な勤務など特殊な勤務に従事する職員には特殊勤務手当を支給するとされている。(<証拠省略>)

2  争点

(一)  本件処分における手続の当否

(原告)

本件処分のための懲罰委員会に出席するにあたり,原告はその議題を2回とも知らされておらず,原告は何の反論の用意も準備もできずに懲罰委員会へ出席することを余儀なくされた。したがって,本件処分は適正手続きを経たものとはいえず,本件就業規則67条が予定している懲罰委員会による審査を適正に経たものとはいえない。

(被告)

懲罰委員会開催に先立ち,事前に個々の問題点を知らせる必要はない。また,懲罰委員会では,その冒頭に,委員長が当日の議題を説明した上で質疑に入っている。懲罰委員会において,原告は1つ1つ具体的に反論を試みており,しかも,委員長ないし委員の発言を途中で遮って発言をしようとしたことから,委員長や同席していた理事長より注意を受けることもしばしばあったほどであり,高圧的な弾劾などという状況では全くなかった。このように懲罰委員会では原告は積極的に陳述しており,突然のことで準備不足との原告の主張は成り立たない。

(二)  本件処分理由の有無

(被告)

(1) 被告は,原告には就業規則65条8号(本組合の名誉・信用を傷つけ,または職員としての対(ママ)面を汚したとき。)及び13号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき。)に該当する事由があるとして,66条4号により降格した。本件処分の理由の1つは,部下の内科医C医師がしばしば酒に酔って診察治療にあたっており,科内医師・看護師等の間において問題となっていたにもかかわらず,内科部長として適切な措置を怠ったことに対する監督不行届の点(C医師は,平成15年4月11日付で普通解雇となった。)であり,第2は,原告の患者に対する対応の不適切さに起因するトラブルの頻発である。

(2) 原告の部下であるC医師が,しばしば勤務中に飲酒している,あるいは,酩酊状態で診察にあたっているとの噂が内科医や患者の間で広がり,見かねた医師らが部長である原告にその旨を申告し,可及的速やかに善処すべき旨を申し入れた。C医師は飲酒の影響もあって,カルテの書き方や挿管方法等医療技術的にも稚拙な点が内科内部だけではなく,外科の医師等の間でも噂となり,原告もこのことを知悉していた。部下のこのような非行・未熟を覚知した部長としては,患者へ危害が及ぶことを未然に防ぐべく,部内幹部職員と対策を協議し,あるいは,上司である副病院長・病院長等に報告し,的確な改善措置をとるよう努力すべきであるにもかかわらず,原告は,その都度,C医師に飲酒の事実を確認し,同医師より飲酒していないとの回答を得たとして,何らの対策も相談もせず,C医師の飲酒下での診察治療を漫然と放置した。平成15年4月11日付でC医師は通常解雇となった。

(3) 原告の患者に対する対応の不適切さに起因するトラブルとしては以下の事例がある。なお,平成14年度における口頭での苦情のうち,問題解決のために取り上げるべく記録した苦情報告書は32件であり,そのうち医師に対するものは14件であるが,原告に対するものは5件もあった。

ア 被告では,入院患者が退院する際に,アンケート調査への協力を依頼しているが,その中の1通に「ただ担当医のX先生は今までかかったどの医師よりも態度が悪く,説明も全くしない。こちらから聞いても答えになっていない答えを返す。あんなに説明をしない医者は本当にどうかと思います。他の方にもあんな感じなのでしょうか?あの先生にかかる方がかわいそうです。自分も不幸でした。本当最低の医者ですね。2度とX先生にかかりたくありません。自分自身を見つめ直したらどうですか。医者という前に人間として最低です。」と記載してあった(以下「事例1」という。)。

原告は,懲罰委員会において同アンケートを示されると,自分は充分説明している,この患者は問題のある患者であった等との弁疎に終始し,心外というしかない旨強調して何ら反省を示さなかった。

なお,懲罰委員会では,原告は,直ちに当該患者を自ら特定し,患者の態度を非難し,自分に落ち度はない,心外であると弁明していた。

イ 腎障害で3か月間入院していた患者Dに対して,原告より突然退院の話が持ち上がった。これに対し,Dが,病状や家庭事情等を縷々説明し,通院に切り替えた場合には,指示通りの「安静状態」や「食事治療」がとれないので,もう暫く入院していたい旨を懇請したところ,原告は,「関係ありません。そんなことは知りませんよ。」と言い放ったため,Dより本件病院に対し,「(私は)どうすればよいのでしょう?また,そんな主治医を信用もできないし,命もあずけられません。主治医の交代を希望します。」との強い要求が書面で提出された(以下「事例2」という。)。

本件は,内科臨床部長E(以下「E内科臨床部長」という。)や看護科長らが患者本人とよく話し合った結果,被告病院で続けて治療を受けることになったのであり,原告の説得によるものではない。

ウ 60代の女性患者が入院の際2人室しか空いていなかったため,患者が「お金がかかるので,できるだけ早く大部屋に移れるようにお願いします。」と言ったところ,原告は唐突に同患者に対して,「貧乏人ですか?」との侮蔑的な言葉を繰り返して言い放ち,居合わせた看護科長よりたしなめられる有様であった(以下「事例3」という。)。同患者は,原告の上記発言にたいへん傷ついた様子であった。

エ 51歳の女性患者Fが腹水がたまったことから,日曜日夜,内科に緊急入院したところ,主治医である原告が翌朝病室に赴き,理由を詳しく説明することなく,念のため婦人科で診てもらうとだけ述べて,婦人科の診察に廻した。Fはなぜ検査が必要か,なぜ他科に診てもらわなければならないのか,どんな疾患を疑っているのか,きちんとした話を聞きたかったとの強い不満を訴えた(以下「事例4」という。)。婦人科の担当医G(以下「G医師」という。)よりの説明で一応納得はしたものの,Fの原告に対する不満は残ったままであった。

Fは,「入院してから幾つかの検査をしているが,何の説明もない,私はいったい何なんですか。」と質問し,G医師は卵巣腫瘍等が疑われると説明した。平成15年4月23日,24日の両日,患者及び家族から癌専門病院に行きたいとの強い希望が述べられたので,転院した。

オ 精神障害者である患者が,予防注射を打ってもらいに病院を訪れたところ,対応した原告は何らの説明もなく,当院では予防注射はできないとだけ答えて帰したため,差別を受けたと誤解した親族より強硬な抗議があった(以下「事例5」という。)。被告は調査の結果,原告の説明不足に起因するものと判断し,口頭で謝罪したほか,A病院長が原告に謝罪文を送るよう指示したところ,レポート用紙に乱雑な手書きで,しかも宛名の記載もない文書を発送しようとしたため,その形式のひどさにA病院長自らワープロ打ちして形式を整えて発送させたが,その後に,改めて病院長名でも丁重な詫び状を作成送付し,ようやく患者及び家族の納得を得た。

原告が「精神科にかかっているなら,そっちに行ってやって貰え。」との高圧的な言葉をかけたため,患者が泣きながら内科処置室を飛び出したというのが真相であり,患者が無言で帰りだしたとか,父親がわかりましたなどという状況ではなかった。

カ 原告は,退院話にからめて掌をひらひらさせ,それが入院の継続を望むならば金銭を包むべきことを要求しているものと患者に誤解を与え,事実,原告にお金を包んだところ,以後退院話は出なくなり,掌のひらひらもなくなった等の苦情が寄せられていたが,それ以外にも,退院患者の自宅宛に原告個人の住所の記載のある暑中見舞いが届けられ,これを受信した患者より,これはどういう意味か,何かお中元でも贈ることを催促しているのか,との苦情が数件病院に寄せられる等,原告の金銭にまつわる好ましからざる風評が病院内外に広まっていた(以下「事例6」という。)。

本件病院は365日24時間救急診療体制を敷いているので,喘息や重症になりやすい患者に対しても,医師の自宅の住所や電話番号を知らせる必要はない。

キ 特養ホームからの入院患者Hの家族より,経済的事情等により,特養ホームにまだ籍が残っている間に,いったん退院させて欲しいと何度も懇願しているにもかかわらず,原告は親身になって相談に乗ることもせず,そのため,家族より被告に対し,何とかして欲しいと苦情が寄せられた(以下「事例7」という。)。

(原告)

(1) 本件処分には理由がない。

(2) 原告が,的確な改善措置をとらなかったとか,C医師の飲酒下での診察治療を漫然と放置したとの主張は否認する。噂が内科医や患者の間に広がっていたとか,見かねた医師等が原告にその旨申告し,可及的速やかに善処すべき旨を申し入れた事実はない。A病院長やB副病院長らは,遅くとも,平成14年7月ころ,C医師の飲酒問題を承知していた。原告は,被告病院の産業医であるB副病院長から「C医師の当直時の飲酒を注意したのか。」と聞かれて,何度も注意している旨答えている。漫然と放置したのは,A病院長やB副病院長である。

(3) 被告は,原告の患者に対する対応の不適切さに起因するトラブルが頻発しており,その内容も辛辣を極めていると主張するが,他の医師らとの(ママ)比較しない(ママ),原告だけに頻発しているのか,その内容が辛辣であるのか明らかとならない。原告は,これまで,原告だけに患者の苦情が頻発している,その内容も辛辣を極めているといった報告を全く受けたことはない。

被告の主張する各事例に対する反論は以下のとおりである。

ア 「事例1」については,作成者の氏名,作成時期,クレームの対象が明らかでなく,原告としては反論できない。患者検討会でこのようなクレームが議題にあがったことはなく,原告には心当たりもない。

イ 「事例2」について。原告は,平成14年6月末ころ,Dに対し退院の話をした。というのは,Dの病状が落ちつき,敢えて入院安静療法を行う必要がないと判断したこと,入院時に策定した入院治療計画書に予定した入院期間1か月を遥かに超え3か月以上になっていたこと,若年であり仕事の心配があること,1日3回に及ぶ原告訪室時に再三の指導にもかかわらず不在日が多く,言うならば安静が守られていないことでは在宅と変わらないこと,今回2回目の入院であり1回目の入院から今回の入院まで少なくとも1人での生活ができていたはずと考えたこと,腎生検検査は最初の入院時に済んでおり,病名病態,治療方針,食事療法の指導も繰り返し説明し終えていること,などからである。

原告は,同年7月5日,再び退院についてDと話し合った。そして退院は無理にさせるものではないことを説明し,もし1人暮らしが困難であれば,両親を交えて話し合うことを説明した。

ウ 「事例3」について。差額ベッドしか病室に空きがなく,原告は,患者の希望に沿って早急に負担のない病室に移れるように配慮したことがある。その時,患者が「金がないので早く移りたい。」と言っていたことから,「貧乏と言うことにしましょう。」と助言したことはある。「貧乏人ですか?」などとあからさまに,しかも侮辱的に言うことなど絶対にない。

エ 「事例4」について。Fは,平成15年4月13日,救急外来から緊急入院した。原告は,Fと娘に対し,「腹水があり,癌の可能性もあるので入院して検査,治療しましょう。」と説明した。原告は,同月15日,病理から腹水の細胞診でClass5(確実に悪性),卵巣癌の可能性大との報告を受け,放射線科医師からのCT検査の診断では両側卵巣腫瘍,卵巣癌が考えられるとあった。原告は,同月16日,「婦人科の病気による腹水の可能性があるため,婦人科に診てもらいましょう。」とFに話した。特に,Fから疑問や異論はなかった。ところが,婦人科受診後,G医師から「Fが,何で婦人科にかかるのか分からない,聞いていなかった,と言っている。」と告げられた。

原告は,同月14日午後腹水穿刺をし,「腹水がたまる原因はいくつかある。肝臓,心臓,腎臓の病気,婦人科のもの,悪性のもの等がある。」と説明している。

オ 「事例5」について。平成13年11月28日応対した。患者はインフルエンザ予防注射で来院していた。患者から「精神科にかかっているが大丈夫か」と聞かれた。原告が「精神科主治医の判断はどうか。」と問うと,「精神科の診療所にワクチンがないから来た。」と答えた。問診票を見たところ,発熱中であることが分かった。そこで,「熱があるから本日は残念ながら注射できない。熱が下がれば可能です。」と言うと本人は無言で帰りだした。同席していた父親は,「分かりました。(患者が無言で行ってしまったことに対し)すみません。」と言った。その際,父親にも再度「熱があるためワクチンは今日はできません。熱が下がれば可能です。」と話した。

カ 「事例6」について。そのような事実は一切ない。患者から年賀状か礼状を出したいから住所・電話番号を書いてくれて(ママ)と頼まれたことがある。電話番号は,喘息や重症になりやすい患者に,万一,身体の不調を生じたときの相談の便宜を考えて記載した。

書簡(乙16)は差出人不明で原告のことかも不明である。年賀状(乙17)は元日にもらったものの返事である。なお,I(<証拠省略>)は被告の組合総代であり,原告が主治医である。

キ 「事例7」について。原告は,Hやその家族と親身になって相談に乗っており,何回も話し合っていた。Hは入院治療を必要としないにもかかわらず,入院をしている状態になりつつあった。同人の今後のケアは,医療上の問題ではなく,退院後の社会的ケアの問題として,責任の多くは,患者家族を始め,メディカルソシアルワーカーらにある。しかるところ,Jメディカルソシアルワーカーらが動かないことから,Hの孫が被告病院になんとか置いてもらうよう手紙で懇願したものと推察される。

(三)  懲戒権の濫用の有無

(原告)

仮に,本件処分に理由があるとしても,懲戒権の濫用であって無効である。

(被告)

争う。

(四)  確認請求における確認の利益の有無

第3争点に対する判断

1  本件処分における手続の当否について

原告は,「本件処分のための懲罰委員会に出席するにあたり,原告はその議題を2回とも知らされておらず,原告は何の反論の用意も準備もできずに懲罰委員会へ出席することを余儀なくされた。したがって,本件処分は適正手続きを経たものとはいえず,本件就業規則67条が予定している懲罰委員会による審査を適正に経たものとはいえない。」と主張する。

しかしながら,本件就業規則67条は前記記載のとおりであって(前提となる事実(三)(1)イ),懲罰委員会の議題を事前に知らせる旨,あるいは,反論の用意や準備をさせる旨,規定しているわけではない。また,<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば,懲罰委員会の冒頭には,委員長から当日の議題について説明がなされており,しかも,同委員会において,原告は,委員らからの質問等に対し,逐一詳細に反論しているばかりか,そこでの原告の反論は本訴訟における原告主張と概ね相違がないものと認められる。

してみれば,本件処分については,形式的にみても手続違背の事実は認められないし,実質的にも,十分に原告の意見は聴取されていると言えるから,本件処分が適正手続きを経ていない旨の原告主張は,これを採用することができない。

2  本件処分理由の有無について

(一)  認定事実

<証拠省略>,原告及び被告代表者各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1) 本件病院での医師の処遇

医師は,医員,医長,部長・所長・副部長の3つに分けられる。

医員は,免許取得年次から満7年を経過していない者で,非管理職であり,医師職能給表上1等級になる。医員には研修医等を指導する責任はない。

医長は,免許取得年次から満7年を経過した場合の有資格者であり,管理職とされる。部長又は指定職の推薦を受けた者について任命がなされるが,格別問題がない限り,免許取得年次から満7年を経過した場合の有資格者は医長に任命される。医師職能給表上2等級になる。医長は,例えば,内科の中でも循環器,呼吸器等専門職が細かく分かれているが,各専門職ごとに最低1人(複数医長がいる場合もある。)は任命されている。医長は,自分の患者及び自分の指導する者に対し責任を有するが,内科全体については責任を持たない。本件病院には医長が複数おり,「医長病院だ」と言われるくらい医長がいる。

部長・所長・副部長は,免許取得年次から満8年を経過した場合の有資格者であり,管理職とされ,部長又は指定職の推薦を受けた者が任命される。部長は各科1名である。部長・所長・副部長は医師職能給表上3等級になる。

内科部長は,医長以下の部下の指導をするとともに,診療各科の責任者との協議を行う科長会議に出席したり,医師会との渉外,大学病院と派遣医の調整などを行っていた。

(2) 医師の派遣

本件病院においては,医師の異動は医局レベルで動いている。医師は医局からの派遣という形で本件病院に赴任している。本件病院では,大学の教授がこの人を是非ともとって欲しいと言った場合には,身辺調査もせずに採用している。したがって,医師の指導は病院長が行うのとともに大学の教授も行う。このように,医師採用の責任の一端は大学の教授にもあるため,不適格な医師については大学に引き取ってもらうという対応をとることもある。

原告も,内科医のK医師が理由なく総回診に出なかったとき,大学のL教授に電話で相談するなどしている。

E内科臨床部長はa大の出身であり,b大学の第2内科の医局に所属するという条件で本件病院に入ったものの,その後,医局と十分なコンタクトをとっていなかっため,大学も病院長もE医師を内科部長に昇格させるのは無理であると考えていた。

(3) 原告の処遇等

b大学の第2内科の医局に属している。

被告は,原告の前任の内科部長を解雇した。このため,内科部長が不在となったので,A病院長は大学の教授に内科部長として適任の者を送るように依頼した。

原告は,平成4年4月,本件病院に内科医長として勤務するようになった。

原告は,平成6年4月1日,本件病院の診療部門内科部長に昇進した。

この段階で,原告につき内科部長として欠けるところがあるといった話は格別存在しなかった。

ご意見箱に投書される原告に対する苦情は2,3年前から増えてきていた。

(4) C医師の件

ア C医師の解雇に至る経過

C医師は呼吸器専門の医師である。本件病院に常駐している医師で呼吸器専門の医師はC医師のみであった。

A病院長は,平成15年2月初めころ,内科の複数の医師から,C医師の診療につき申し入れがあった。具体的には,ある朝,C医師はある入院患者に20分たっても気管内挿管ができなかったが,その際,C医師からは強いアルコールの臭いがしており,これは,事故につながるおそれがあり危険である,もうこれ以上はとても見ていられないというものであった。

C医師は,懲罰委員会で,アルコール摂取等に関し,原告から注意されたことはないと供述した。

A病院長は,C医師の噂を聞く都度,原告に注意するよう指示するほか,自らもC医師に「お酒は飲んでないだろうね。」と尋ねていたが,C医師は「絶対飲んでおりません。」と回答していた。

被告は,懲罰委員会を開催し,C医師から事情聴取を行った。

その結果,被告は,国立c病院の医師の意見等も聞いた上で,C医師の処遇については,休職の上,アルコール依存症の治療を優先させることとし,C医師への処分は一旦保留することとしたが,その後,C医師が検査等を打ち切ってしまったため,普通解雇することとした。

C医師は,平成15年4月10日付で普通解雇された。

イ 原告らの対応

b大学で,平成10年2月1日に呼吸器内科が新しくできて,第1内科及び第2内科から独立した。

原告は,平成14年8月ころ,技量的に問題があるし,勤務態度にも問題があるとして,C医師を他の呼吸器の医師と交代させて欲しい旨,呼吸器内科の医局長(第2内科の原告の後輩のM)と話をした。原告は,そのほかにも,同窓会を介したり,バイトのN医師を介したりするなどして,呼吸器内科のO教授にC医師を交代させて欲しい旨依頼をしていた。もっとも,教授に依頼するのは原告の権限ではないと考え,原告がO教授に直接依頼することはなかった。

C医師の飲酒のもとでの診察,治療については,噂としては,相当以前から存在し,これについては,A病院長らも了解していた。

原告は,脳外科のP医師から,C医師が当直の日に医局でビールを飲んでいるのを見たと聞かされた。そこで,原告がC医師を注意したところ,C医師は今後は絶対にやらないと述べた。

原告は,P医師から,C医師がまた飲んでいる,C医師は少しも言うことを聞いていないではないかと話をされた。そこで,原告はP(ママ)医師に対し,再び飲酒したら大変なことになると注意し,C医師はもう2度と飲酒しないと約束した。

それ以後も,原告は,噂として,<1>C医師が診察中にマスクをしているのは飲酒しているのを誤魔化すためではないか,ろれつが回らないのは飲酒しているからではないかとか,<2>外来の途中に抜け出してコップに茶色の飲み物を入れているのはウイスキーではないか,患者たちはC医師が酒を飲んでいると言っているとか(Q外来婦長から),<3>C医師から酒の臭いがする,C医師を当直室に呼びに行ってもなかなか出てこない(R婦長から),などの話を聞いたことがあった。そこで,原告がC医師に確認すると,C医師は,絶対に飲酒はしていない,マスクをしているのは歯医者に行っているためだ,ろれつが回らないのは寝不足でうまく言葉が出なかったからだ,呼んでも出ていけなかったのは疲れて起きられなかったからだ,などと説明していた。原告は,噂の真偽については,C医師に直接これを確認するだけで,他の当直医らに確認などはしなかった。

原告は,C医師の当直日を見計らってその様子を探りに本件病院に顔を出したり,C医師のコップ等を調べたりした。また,宴席でもC医師の傍の(ママ)座ったり一緒に患者を診るなど観察を続けていた。しかし,原告自身は,C医師の飲酒の現場を一度も見たことはなかったし,また,飲酒を裏付ける物も発見できなかった。

懲罰委員会で,C医師は,原告から注意を受けたことはないと述べていたが,原告は合計5回はC医師を注意した旨供述している。

(5) 事例1

被告では,入院患者が退院する際に,アンケート調査への協力を依頼している。平成14年の終わりころ,その中の1通に「看護婦さん,看護士さんは大変親切にしてくださり感謝しています。ヘルパーさんもとても親切でした。ありがとうございます。ただ担当医のX先生は今までかかったどの医師よりも態度が悪く,説明も全くしない。こちらから聞いても答えになっていない答えを返す。あんなに説明をしない医者は本当にどうかと思います。他の方にもあんな感じなのでしょうか?あの先生にかかる方がかわいそうです。自分も不幸でした。本当最低の医者ですね。2度とX先生にかかりたくありません。自分自身を見つめ直したらどうですか。医者という前に人間として最低です。」等と記載したものがあった。

被告には,運営会議という会議が月1回あり,病院の今後や問題点を話し合っていた。医師は原告だけが出席していたが,この運営会議にてこのアンケートは回覧された。医療過誤とは無関係なこの種のアンケートが運営会議で採り上げられるのはめずらしいことであった。

なお,原告は,前記アンケートにつき,「作成者の氏名,作成時期,クレームの対象が明らかでなく,原告としては反論できない。患者検討会でこのようなクレームが議題にあがったことはなく,原告には心当たりもない。」旨主張するが,原告は,平成15年4月17日の時点で,既に前記アンケートの作成者を特定しているのであって(<証拠省略>),原告本人尋問にあたっては,運営会議で回覧された旨供述もしているのであるから,作成者の氏名が分からない旨の原告主張は採用できない。

(6) 事例2

Dは,腎障害で3か月間入院していた。

Dの主治医である原告は,平成14年6月末ころ,Dに対し退院の話をした。原告が退院を勧めたのは,Dの病状が落ちつき,敢えて入院安静療法を行う必要がないと判断したこと,入院時に策定した入院治療計画書に予定した入院期間1か月を遥かに超え3か月以上になっていたこと,若年であり仕事の心配があること,1日3回に及ぶ原告訪室時には再三の指導にもかかわらず不在日が多く,水分摂取の制限も守らないなど,安静が守られていないことでは在宅と変わらないこと,今回2回目の入院であり1回目の入院から今回の入院まで少なくとも1人での生活ができていたはずと考えたこと,腎生検検査は最初の入院時に済んでおり,病名病態,治療方針,食事療法の指導も繰り返し説明し終えていること,などから,入院してて(ママ)も通院に切り替えても特に違いがないためである。

原告がDに対し退院を勧めると,Dは,病状や家庭事情等を縷々説明し,通院に切り替えた場合には,指示通りの「安静状態」や「食事治療」がとれないので,もう暫く入院していたい旨を懇請した。これに対し,原告は,「関係ありません。そんなことは知りませんよ。」と述べ,Dの申入れを拒絶した。

このため,Dは,平成14年7月5日,本件病院に対し,「(私は)どうすればよいのでしょう?また,そんな主治医を信用もできないし,命もあずけられません。主治医の交代を希望します。」「私は比較的この病院が好きだし,病棟の人々にも他の職員の方々にも良くしてもらい,メインの内科以外の担当の先生方々は大変良い先生方にめぐまれていると思っています。できれば転院ということは望んでいないし,この病院で行きたいと思っているだけに,メインの主治医だけがと(ママ)うしても納得いきません。どうか様々な事柄があるでしょうが,できれば主治医の変更交代をお願いしたく希望します。」等と記載された書面が提出された。

原告は,婦長に言われて,同日,Dに対し,治療方針や退院のことなどを説明し,Dは原告の説明を了解した。その後,Dは看護師に対し,原告には冷静に言うべきことは言わせてもらったが,「うーん,微妙なところかな。でもダメだったら何度でも言わせてもらうよ。」と述べていた。

(7) 事例3

平成14年10月,60代の女性患者が入院の際2人室しか空いていなかったため,患者が「お金がかかるので,できるだけ早く大部屋に移れるようにお願いします。」と言ったところ,原告は同患者に対し,「貧乏人ですか?」との言葉を繰り返し,同患者の心情を傷つけた。

なお,この点に関し,原告は,「差額ベッドしか病室に空きがなく,原告は,患者の希望に沿って早急に負担のない病室に移れるように配慮したことがある。その時,患者が『金がないので早く移りたい。』と言っていたことから,『貧乏と言うことにしましょう。』と助言したことはある。『貧乏人ですか?』などとあからさまに,しかも侮辱的に言うことなど絶対にない。」と主張するが,患者を貧乏ということにすると同患者にいかなる便宜を図ることができるのか明らかではなく,原告の主張は採用しがたい。

(8) 事例4

Fは腹水がたまったため,平成15年4月13日,内科に緊急入院した。

主治医である原告は,同月16日,Fに対して理由を詳しく説明することなく,念のため婦人科で診てもらうとだけ述べて,婦人科の診察に廻した。

Fは婦人科のG医師に対し,原告からは,婦人科受診の理由など詳しい話はなく,念のために婦人科に診てもらいましょうと言われただけで大変不安であり,どうして婦人科まで受診しなくてはいけないのか,なぜ検査が必要か,なぜ他科に診てもらわなければならないのか,どんな疾患を疑っているのか,きちんとした話を聞きたかったと訴えた。

なお,この点に関し,原告は平成15年4月16日に婦人科の病気による腹水の可能性があるため,婦人科に診てもらいましょうとFに話したところ,特に,Fから疑問や異論はなかった旨主張するが,病症日誌等(<証拠省略>)にはその趣旨の記載は全く認められない上に,<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば,G医師が,平成15年4月16日の時点で,原告に対し,Fの不安を伝えるメモを作成していることが認められるから,原告の主張は採用できない。また,原告は,「同月14日午後腹水穿刺をし,『腹水がたまる原因はいくつかある。肝臓,心臓,腎臓の病気,婦人科のもの,悪性のもの等がある。』と説明している。」旨主張するところ,<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば,入院時に,悪性の可能性がある旨告げたふしは窺われるものの,このことから,Fが婦人科受診の必要性を理解したとは思われない。原告の主張は理由がない。

(9) 事例5

精神障害者であるSは,平成13年11月28日ころ,父とともに,インフルエンザの予防注射を接種してもらいに本件病院を訪れた。

これに対応した原告は何らの説明もなく,当院では予防注射はできないとだけ答えてSを帰した。

Sは,怒って診察室から出ていった。

原告は,残っていたSの父に対し,熱があるために予防接種をしなかったのであり,熱さえ下がれば予防接種は可能であると説明した。

S及びその母は差別を受けたと誤解し,被告に対し強硬に抗議をした。

被告は,調査の結果,前記抗議が原告の説明不足に起因するものと判断し,口頭で謝罪したほか,原告に謝罪文を送るようにと指示した。

原告は,平成13年12月4日,レポート用紙に乱雑な手書きで以下のとおりの文面を作成した。

「いつも当院をご利用いただき有り難うございます。中野総合病院は誠実をモットーに,患者様を医学的のみならず全人格的に考え,スムーズな人間関係を確立し,医療を行うことを目標としております。私自身もそうすべく努力いたしております。先日,皆様が当院を受診された際も,同じ態度で診察を行いましたが,残念ながら十分に私の考えをお伝えすることができなかったと思われました。今後は,今回のことを省み,不足な点は改善し,患者様の健康のため努力いたすつもりであります。よろしくご指導下さい。またご指摘有り難うございました。」

A病院長は原告作成の手書き文書を自らワープロ打ちして形式を整えて発送させたが,同月7日,病院長名でも丁重な詫び状を作成送付し,患者及び家族の納得を得た。

なお,この点に関し,原告は,「患者から,『精神科にかかっているが大丈夫か』と聞かれた。原告が『精神科主治医の判断はどうか。』と問うと,『精神科の診療所にワクチンがないから来た。』と答えた。問診票を見たところ,発熱中であることが分かった。そこで,『熱があるから本日は残念ながら注射できない。熱が下がれば可能です。』と言うと本人は無言で帰りだした。同席していた父親は,『分かりました。(患者が無言で行ってしまったことに対し)すみません。』と言った。その際,父親にも再度『熱があるためワクチンは今日はできません。熱が下がれば可能です。』と話した」旨主張する。しかしながら,仮に,原告主張のとおりに,原告が患者に対し説明をしているのであれば,患者が無言で退室し,後に,患者及びその母が,差別を受けたとして抗議してくることなど考えがたいのであって,原告の主張は,その経過に照らし,極めて不自然であり,到底採用することができない。

一方,被告は,「原告が『精神科にかかっているなら,そっちに行ってやって貰え。』との高圧的な言葉をかけたため,患者が泣きながら内科処置室を飛び出したというのが真相であり,患者が無言で帰りだしたとか,父親がわかりましたなどという状況ではなかった。」と主張するが,本件全証拠に照らしても,「原告が『精神科にかかっているなら,そっちに行ってやって貰え。』との高圧的な言葉をかけた」との事実は認めることができない。<証拠省略>にもその趣旨の記述はなく,被告の前記主張も採用することができない。

(10) 事例6

原告は,入院患者から謝礼をもらうことがある。

原告は,退院話にからめて掌をひらひらさせ,それが入院の継続を望むならば金銭を包むべきことを要求しているものと患者に誤解を与えており,患者が原告にお金を包むと,以後退院話は出なくなり,掌のひらひらもなくなった等の苦情が寄せられていた。

なお,この点について,原告は,以上のような事実は一切なく,患者から年賀状か礼状を出したいから住所・電話番号を書いてくれて(ママ)と頼まれたことがあるにすぎず,電話番号は,喘息や重症になりやすい患者に,万一,身体の不調を生じたときの相談の便宜を考えて記載した旨,また,書簡(乙16)は差出人不明で原告のことかも不明である旨主張する。

しかしながら,前示のとおり,本件病院は,「救急車での搬送患者さんは一切,断らない」をモットーに365日24時間地域に密着した救急医療を行っており,夜間・休日にも,内科,外科,小児科,産婦人科の4科の医師と看護師らを配置しているのであるから,呼吸器の専門医でもない原告が患者に対し,住所や電話番号を記載した原告の手書きの名刺(<証拠省略>)をわざわざ交付すべき理由があるとはいえない。原告は,本人尋問にあたり,年賀状等を出したいと言われてこの種のメモを渡したことがあるとも供述しているが,仮にそうだとすれば,手紙の宛先(住所)を教えれば足り,電話番号を記す必要性は見出しがたいから,原告の供述は採用できない。

また,<証拠省略>,被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,原告がひらひらさせ,入院の継続を望むなら金銭を包むべきことを要求していると患者に誤解を与えており,現に,原告にお金を包んでいる患者が存在するものと認められる。原告はこの点否定するが,前記各証拠等のほか,原告が本人尋問にあたって,「今でも信じられません」「記憶にありません」としか供述していないことをも併せ考慮すれば,原告の主張は採用できない。原告は,書簡(乙16)が差出人不明で原告のことか不明である旨主張するが,書簡(乙16)に差出人名の記載がないからといってその信用性が否定されるものではなく,<証拠省略>,被告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,原告のことを指しているものと認められるから,原告の主張は採用できない。

(11) 事例7

特養ホームからの入院患者Hの家族は,とりあえずIVH(中心静脈栄養)を外して,Hを特養ホームに戻して欲しい(ホームは3か月部屋を空けると籍が消滅してしまう。)旨何度も依頼したが主治医である原告は拒否したこと,原告は,IVHで自宅でみるのが一番です,それが無理ならどこか病院を探してくださいと言っているが,家族の金銭事情,住宅事情等からそれはできず,本件病院は出て欲しい,ホームには戻れないということでは困るので,何とかして欲しい旨本件病院に対し,平成15年1月24日付書面で申し入れた。

特養ホームは,帰所するためには最低限経管栄養が原則と説明しており,家族の求めで,経管栄養を試験的に行ったが失敗した。このため,原告は,その後の対応については医療ソシアル・ワーカーと話合いが必要と考えていた。

ところが,Hは,同年2月15日,本件病院内で死亡した。

(二)  判断

(1) 以上の事実が認められるところ,前示のとおり,C医師は,強いアルコールの臭いをさせながら,気管内挿管という医療行為を行っており,これは,就業規則65条8号(本組合の名誉・信用を傷つけ,または職員としての対(ママ)面を汚したとき。)及び13号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき。)に該当する懲戒事由にあたる。原告は,C医師の管理・監督者であるところ,原告が,C医師の前記行為を防止する方法を十分講じていたとはいえないし,また,これを防止する方法を講ずることが不可能であったともいえないから,原告にも,管理・監督者として(就業規則68条参照),就業規則65条8号(本組合の名誉・信用を傷つけ,または職員としての対(ママ)面を汚したとき。)及び13号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき。)に該当する事由が存するといわざるを得ない。この点につき,原告は,的確な改善措置をとった旨主張し,具体的には5回C医師を注意したほか,大学に交代要員を派遣するよう申し入れをしていた旨供述しているが,その主張・供述するところではC医師の前記行為を防止する方法を十分に講じていたとは到底いえない。

また,原告は,漫然と放置したのはA病院長やB副病院長であるとも主張するが,直接の上司は内科部長である原告であり,また,仮に,A病院長やB副病院長が漫然と放置していたし(ママ)ても,それによって当然に原告が免責されるわけでもない。原告の主張は採用できない。

(2) 事例1ないし同6の各事実(認定事実(5)ないし(10))は,いずれも原告の不都合な行為により患者からの苦情等を招来していることから,就業規則65条8号(本組合の名誉・信用を傷つけ,または職員としての対(ママ)面を汚したとき。)及び13号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき。)に該当する事由と認められる。

なお,被告は,事例7の事実も就業規則65条8号(本組合の名誉・信用を傷つけ,または職員としての対(ママ)面を汚したとき。)及び13号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき。)に該当する旨主張しているが,その事実関係は,前示(認定事実(11))したとおりであって,原告の対応には不適切な点はなく,不都合な点は認められないから,これをもって懲戒事由とすることはできない。

(3) 以上の諸点に照らせば,原告には就業規則65条8号(本組合の名誉・信用を傷つけ,または職員としての対(ママ)面を汚したとき。)及び13号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき。)に該当する事由があるものといわざるを得ない。

3  懲戒権の濫用の有無について

懲戒権の濫用を判断するにあたっては,当該行為の性質,態様,結果及び情状並びに被告の対応等,当該具体的な事情の下において,当該懲戒処分が社会通念上相当として是認できるか否かに照らし判断すべきである(最判昭和58年9月16日判例時報1093号135頁参照)。

そこで,本件につき検討するに,前示のとおり,C医師は強いアルコールの臭いをさせながら気管内挿管という医療行為を行っており,1つ間違えば重大な医療事故につながる極めて危険な行為であり,これらの事実が外部に明らかになれば,被告の医療機関としての名誉・信用は大きく損なわれるものであったこと,原告は,内科部長として他の内科医らを管理する重責を担う立場にあり,P医師らから,C医師の飲酒に関しては複数回にわたって話を聞かされながら,管理職として十分な対応をとっていないこと,原告自身についてみても,1人の医師としてその不都合な行為に対し患者からしばしば強い苦情を寄せられており,その苦情の内容も説明不十分できちんと説明がないというものや金銭にまつわるものであって,被告の名誉・信用という点からすると軽視できるものではないこと,原告は内科部長という病院長らにつぐ高位の職位にあることなど,以上の諸点に照らせば,被告が原告に対し内科部長を免ずるという処分に出たことにはなるほど理由があると思われる。

しかしながら一方,C医師の件についてみると,C医師が問題を抱えていることは病院長らも知っていたにもかかわらず,懲戒処分は直接の上司である原告のみが対象となっており,病院長らに対しては何らの処分もなされていないこと,原告自身の件についても,被告が原告に対し,従前,その不都合な行為につき十分な注意や警告がなされた形跡は窺われないし,これらの行為はいずれも軽視できないものではあるけれども,すぐさま被告に重大な結果を招来するものであるとまでは必ずしもいえないこと,被告においては,医員は免許取得年次から満7年を経過していない者とされており,これを経過した場合には格別問題がない限り医長に任命されていること,原告は内科部長から医員への降格により毎月23万1140円もの減給となっていること,等の事情も存するのである。

以上の諸事情を総合勘案すれば,内科部長を免じた点については理由があるが,医員にまで降格した点については明らかに処分として重きに失し,社会通念上相当として是認できないものといわざるを得ず,したがって,本件処分は原告を医長に降格する限度で是認すべきものと認められる。

してみれば,医師職能給の減給は,本件処分時の原告の等級号俸3等級113号俸を,3等級112号俸の額である66万4600円の額に対応する「直近下位」の2等級137号俸66万5040円に減給する限度で理由があるといわざるを得ない。なお,医長の管理職手当は5万7000円である(<証拠省略>)。

以上のとおりであるから,原告の給与は年齢給24万6240円,医師職能給66万5040円,管理職手当5万7000円と認められる。

4  確認請求における確認の利益の有無について

原告は年齢給が24万6240円である旨の確認を求めているが,年齢給が24万6240円であることは当事者間に争いがなく,確認の利益があるとはいえない。したがって,当該部分については訴えの却下を免れない。

第4結論

以上のとおりであるから,主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦隆志)

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