東京地方裁判所 平成15年(ワ)15302号 判決 2004年9月03日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、金1153万5000円及びこれに対する平成15年7月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は、原告が、被告との間で締結した火災保険契約に基づき、被告に対し、保険金1153万5000円及びこれに対する平成15年7月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 争いのない事実等
(1) 原告は、昭和61年4月ころから、埼玉県北埼玉郡<略>所在の建物(以下「本件建物」という。)において、「レストランみやぎ」の名称で飲食店の営業を行っていた。
被告は、損害保険業を主たる目的とする会社である。
(2) 原告は、平成14年10月8日、被告との間で、次の内容の店舗総合保険契約を締結した(以下「本件保険」という。)。
ア 保険の目的の所在地 埼玉県北埼玉郡<略>
イ 保険の目的の所有者 原告
ウ 建物内の職作業 レストラン
エ 保険期間 平成14年10月8日から平成15年10月8日午後4時までの1年間
オ 主契約 保険金額2000万円
カ 保険料8000円(月額)
キ 特約条項 分割払 価額協定家財新価
ク 保険の目的及びこれを収容する建物の構造・用法・面積
(ア) 符号1 家財一式(木造モルタル塗込金属板葺2階建住宅店舗、延274m2内収容)
(イ) 符号2 什器備品一式(同)
ケ 価額協定評価額 付保割合 保険金額
(ア) 符号1につき 価額協定評価額 1000万円付保割合 100% 保険金額 1000万円
(イ) 符号2につき 保険金額 1000万円
コ 免責条項
保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失または法令違反によって生じた損害または傷害に対しては、保険金を支払わない(以下「故意免責」という。)。
(3) 平成14年11月10日23時59分ころ、本件建物において火災が発生した(以下「本件火災」という。)。
(4) 本件建物の1階及び2階の見取図は、別紙図面のとおりである。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 免責事由の有無
(被告の主張)
ア 火災保険における故意免責は、保険契約者もしくはこれに密接に関係する者の放火行為を要件事実とするものであるが、故意に保険事故を作出したと疑われる者の不正な保険金請求や、損害を偽って不正な不労利得を得ようとしている蓋然性の高い保険金請求については、保険契約において維持されなければならない信義誠実の原則に基づき、民事訴訟における自由心証主義の範囲で一定の蓋然性立証がなされ、嫌疑を受ける保険契約者の側でその合理的な疑いを払拭するだけの反証がない場合には、そもそも商法629条が定める保険事故の「蓋然性」の要件事実を満たさないことはもちろんのこと、契約者ないしその関係者による放火関与の蓋然性が優勢なものとして放火免責条項が適用され、当該保険金請求を排除する司法判断が下されなければならないというべきである。
イ 本件火災の出火箇所は、本件建物一階中央部の物置(勝手口付近)であり、パブスナック店舗部分と物置の隔壁(外壁)のアルミサッシ窓付近であるが、その付近には全く火の気は存在せず、火源となるべき電気配線、さらには自然発火のおそれのある物品等も存在しない。また、本件火災当時、前記アルミサッシの窓の物置側には、段ボール箱や雑誌類などが置かれており、その段ボールなどが本件火災における着火、延焼のための媒体であった。したがって、本件火災の出火原因は、何者かがライターやマッチなどの有炎火源でもって前記段ボール箱などの可燃物に接炎着火した放火である。
ウ そして、次のような事情が認められることからすれば、原告が本件火災の原因である放火事件に関与していることは決定的であり、故意免責条項により原告の請求は排斥されるべきである。
(ア) 「レストランみやぎ」の経営は、本件火災当時、すでに行き詰まっており、営業は廃れていた状態であった。原告は、その当時の収入について虚偽の主張をしているほか、原告は、平成14年6月ころより、リストラによって社員寮に住めなくなった住所不定者・Aに対し、本件建物をその投宿施設として使わせていた。
(イ) 原告は、平成13年10月10日付でRと婚姻したことに伴って、従前より同女が居住していた東京都<略>ビル301に住民登録を移し、平成14年5月20日には、同ビル301号室に定住するために自己の名義により賃貸借契約を締結するなど、その生活の本拠は、それ以前に原告の住居があった埼玉県北葛城郡<略>から、既に東京都<略>に移していた。
(ウ) 原告は、本件保険加入とほぼ同時期である平成14年10月2日に、全国労働者共済生活協同組合連合会(全労済)の火災共済にも、本件建物内収容の家財につき、共済金額を1800万円に設定して加入している。
(エ) 本件火災が発生したのは、原告が、本件保険に加入し、また全労済の火災共済に新規加入してから、わずか1か月ほどしか経たない時期である。
(オ) 原告の主張する本件放火当時のアリバイは、その時間の経過、乗っていた乗用車の点など、信用できるものではなく、このような虚偽のアリバイを述べていることからすれば、本件火災当時、原告は本件建物に居合わせていたものと考えるべきである。
(原告の主張)
ア 商法665条では、「火災によりて生じたる損害は、その火災の原因の如何を問わず保険者之を填補する責めに任ず。ただし、第640条及び641条(保険者の免責事由)の場合はこの限りに在らず。」とされていることに鑑みれば、被告において、故意免責事由を立証すべきである。
イ 本件火災の原因について、原告としては、不明であるといわざるを得ないが、被告の主張するように、積極的に放火と認めるに足りる証拠はない。
ウ 原告は、本件火災の被害者であり、本件火災係に放火によるものであったとしても、放火に関与した事実はない。
(ア) 「レストランみやぎ」の営業は、被告主張のように廃れてはおらず、堅実に経営されていた。また、原告が、故意に虚偽の所得を主張した事実はない。平成14年6月から、本件建物の2階をAに使用させていたことは事実であるが、同人は「レストランみやぎ」のお客でもあったのであり、広い2階の1室を使用させていたからといって、レストランの営業に差し障りが生じることはなかった。
(イ) 原告は、平成14年8月以降、本件建物を生活の本拠としており、東京都<略>に行くのは、週のうち日曜日夜から月曜日(定休日)にかけて、1、2日程度の生活を送っていた。確かに、平成13年10月10日に、Rと婚姻したことに伴って住民票を移したこと、平成14年5月2日に賃貸借契約をしたことは事実であるが、賃貸借契約を結んだのは、家主が世帯主である原告との契約を望んだからに過ぎない。
(ウ) 原告が全労済の共済に加入したのは、原告としては、全労済については、生命保険的なものと考えていたからである。全労済の保険金は、生命傷害等保険を含めても月々3080円の負担であり、掛金が安かったので加入したものである。
(エ) 本件保険及び全労済への加入と本件火災が近接しているのは事実であるが、この点から原告の放火への関与の可能性を肯定するのは安易である。
(オ) 原告の本件火災当日のアリバイは次のとおりである。
すなわち、原告は、平成14年11月10日午後11時30分ころ、自家用車を運転して本件建物を出て、東京の家に向かったが、隣町である菖蒲町のセブンイレブンのところで風呂のガスの元栓を閉めてきたか心配になり、戻ることにした。そして、本件建物店舗表側の入口から入ろうとしたら、店舗内の煙と熱さで入ることもできなかった。原告は、表入口のドアを閉め、店舗裏側に廻ろうとしたところ、見知らぬ男が「火事だよ。」と声をかけてきた。裏に廻ると、裏口の物置のところが燃えているのが見えた。原告は、急ぎ表側入口の方に戻り、玄関の前にある水道ホースを引っ張って表入口から入って消火しようとしたが、そのときに消防車が来た。消防員が表入口から中に入り、後ろから一緒に中に入った原告に対し、表入口右側のガラス戸を開けるように指示し、原告は低い店舗表側のガラス戸を開けた。消防員はそこからも入り、ホースで消火活動をした。原告は、再び店舗裏側に行ったら、大家と近所の人がホースやバケツで水をかける準備をしており、当時2階に寝泊まりしていたAも一緒にいた。現場には、本件保険の契約締結を担当した被告埼玉支店久喜支社のA職員が来ていた。
原告は、以上のようなアリバイを、警察や消防の尋問でも一貫して述べており、原告のアリバイ供述は信用性が高いものというべきである。
(2) 原告の損害
(原告の主張)
本件火災により使用不能となった符号1家財一式については、別表Ⅰ記載のとおりの品目及び損害であり、損害金の合計は金153万5000円であって、再調達価額は少なくとも同額であるから、原告は同金額を請求する。
また、同様に使用不能となった符号2什器備品一式については、別表Ⅱ記載のとおりであり、その合計は金1149万8970円であるから、原告は、保険金額の上限である1000万円を請求する。
(被告の主張)
原告主張の損害は否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 証拠(甲5、7、10、11の1及び2、12、13の1及び2、14の1及び2、15、16、17、乙2、3、4、5、7、8、9の1及び2、10の1ないし3、証人G、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 本件建物は、木造亜鉛メッキ鋼板葺の2階建建物であり、1階部分は、居酒屋及びパブスナックの店舗として使用され、2階部分は、南北に和室が3部屋並んでいるほか、その北側に台所(配膳室)が設置され、その西側に廊下が設置されており、廊下の北側には、1階に通じる内部階段が、廊下の南側には同外部階段が設置されていた。1階中央部分北東側には、居酒屋部分の厨房と続いている冷蔵庫等が置かれた物置(以下「本件物置」という。)があった。
(2) 原告は、本件建物において、昭和61年4月から、午前11時ころから翌日の午前0時ころまでを営業時間として、「レストランみやぎ」の営業を行っていた。最盛期には2階の和室を利用するほどに顧客が来店していた時期もあったが、近年は徐々に客が減り、2階を使用することはなくなり、夜間の営業時間中に、団体の宴会が行われるのは月に5度程度であって、そのような団体客がないときには、1、2名の来店しかないこともあった。
(3) 原告は、平成13年1月29日、前妻のMと協議離婚した。原告は、前妻との婚姻中、埼玉県北葛城郡<略>所在の102号室に居住していたが、平成12年8月ころには、本件建物に家財道具のほとんどを移し、本件建物を生活の本拠としていた。
原告は、平成13年10月10日に、現在の妻Rと婚姻の届出をした。その際、住民票をRの居住する東京都<略>に移しており、平成14年5月20日に、住民票記載の住居の賃貸借契約を更新するに当たっては、借主の名義を自己の名義に変更した。
原告は、Rとの婚姻後、「レストランみやぎ」の定休日である月曜日の前日、日曜日の夜ころから、東京に移動し、火曜日に本件建物に戻る生活を送っていた。
(4) 本件建物の2階には、平成14年6月ころから、Aが居住していた。Aは、本件建物の近くの会社に勤務し、「レストランみやぎ」の客でもあったが、失業して住居も失ったことから、本件建物に居住するようになったものである。
(5) Aは、本件火災当日、本件建物の2階南側の和室において就寝していたところ、何かが燃えているような臭いがして目を覚まし、部屋の北側と南側のガラス戸を開けて外を見回したが、何も変わった様子に気づかなかった。そこで、北側から身を乗り出して見たところ、煙が上昇してきたので、火事だと考えた。その際、部屋の中に煙と臭いが入ってきたので、南側のベランダに出て携帯電話で110番通報をしたところ、119番通報をするように指示され、直ちに119番通報を行った。
(6) 本件火災の第1通報者は、本件建物の近所に住むBであり、通報の時刻は平成14年11月11日午前0時4分である。同人の通報を受けて、同日0時6分に消防車が現着して消火作業を開始し、同日午前0時57分、本件火災は鎮火した。
(7) 本件火災の出火箇所は、本件建物内の焼燬状況から本件物置と考えられ、本件物置には、出火に結びつく電気の配線はなく、自然発火のおそれのある物品も発見されなかった。また、本件火災当時、同物置には、古新聞や段ボールの空き箱等の畳んだものが1メートルくらい積まれていた。なお、物置の外部ドアは、消防隊の現着時、施錠されていなかった。
(8) 本件建物の東側には、道路を挟んで住宅が密集しており、南側にも、多数の住宅が存在している。本件建物西側は国道122号線である。
(9) 原告は、平成14年10月2日に、全国労働者共済生活協同組合連合会(全労済)のシニア傷害タイプの国民共済とともに、本件建物内収容の家財につき、共済金額を1800万円とする火災共済に加入した。
2 以上の認定事実によれば、本件火災の原因について、本件火災の出火場所に出火の原因となるべきものは存在しないと考えられるところであって、放火以外に出火原因が考えられないからすれば、放火であると推認することができ、これに反する証拠はない。
3 そこで、原告が、本件火災の原因である放火に関与したものと認められるか否かについて検討する。
前記認定事実によれば、本件建物における原告の営業は、完全に廃業という状況ではないものの、徐々に縮小せざるを得ない状況にあったこと、原告としては、現在の妻と婚姻し、東京にも生活の拠点が設けられたため、東京都と埼玉県との二重生活を送っていたものであるが、原告の年齢(本件火災当時67歳)からすれば、早晩、二重生活を解消する必要が生じていたことが認められる。
このように、原告の経済状況については、徐々に悪化していく状況にあることに加え、埼玉県における生活を維持すべき必要性が失われたことからすれば、原告が、その経営する店舗を閉鎖するに当たって、火災保険金の取得を目論むこともあり得ないではない。
また、本件火災が偶然発生したものというには、不自然な事情が認められる。すなわち、本件火災の発生が、本件保険への加入の約1か月後と近接していることは、争いのない事実等記載のとおりであり、さらに、前記認定のとおり、原告は、本件保険への加入とほぼ同時期に、全労済の火災共済にも加入しており、前記認定判断のとおり、原告の店舗の経営状況が徐々に悪化している状況において、新たに2件もの火災保険に加入すること自体が不自然といわざるを得ない。また、前記認定のとおり、本件物置のドアは、1階の店舗内に通じるものでありながら、本件火災当時施錠されておらず、偶然、原告が施錠を忘れたときに、放火の被害にあったというのは、同様に不自然であるというべきである。
4 原告は、まず、「レストランみやぎ」の経営状況について、税務申告をしている分だけでも年間約1000万円の売上げがあり、その他、除外している売上げとして年間約300万円が存在していたなど、堅実に経営されていた旨を主張し、原告として、基本的な生計の手段である店舗の営業を失うことになるような放火をする動機がない旨を供述する(甲10)。しかし、原告が税務申告の書類の写しとして提出する平成12年及び平成13年の所得税の申告書の写しの記載(甲13の1及び2、14の1及び2)は、当然記載されるべき給料賃金欄や仕入れ金額欄の記載が抜けているなど不完全なものである上、納税証明書(乙10の3)に記載されている所得金額とも一致せず、原告の供述も含め、前記書証は信用できない。
また、本件保険に加入したきっかけについては、前妻の子であるNから、平成14年8月ころ、「アメリカでは保険に入るのは当たり前で、自分のものは、自分で守るものだ。」と言われ、保険に入るのを勧められたからである旨を供述しているが(甲10、原告本人)、前妻との離婚が平成13年1月29日であること、Nは原告の実子ではないこと(原告本人)からすれば、前記供述も容易に信用することができない。むしろ、「レストランみやぎ」の経営状況が縮小傾向にあったことは前記認定のとおりである。
さらに、原告は、本件火災当日の本件物置のドアの施錠について、本件火災当日、午後4時ころ、勝手口を使用したときに鍵を忘れたように思うがはっきりと覚えていない旨を供述している(乙2の13、8)。しかし、本件物置のドアは、原告自身が勝手口とも表現しているように、建物内部に通じるものであって、特に、本件建物の2階に居住しているAが勝手に店舗内に入ってくることができないように、本件建物内の内階段にも施錠している旨を供述し(原告本人)、また、本件火災当日のアリバイについて、前記原告の主張のとおり、風呂のガスの元栓を閉め忘れたことに気づき、隣町からUターンして戻ったと供述している原告の態度に鑑みれば、施錠も確認せず、記憶もはっきりしないという前記供述は信用性が乏しい。そして、前記のとおり、本件火災当日に限って、本件物置のドアの施錠を忘れたという原告の供述は信用できないものというべきであり、本件火災の当日、本件物置のドアが施錠されていなかったことも、意図的なものと考えるのが相当である。
なお、原告は、本件火災発生当時のアリバイを主張しているが、これを客観的に証明する証拠はない。
5 以上の認定判断のとおり、本件火災の原因である放火について、原告自身には、動機が認められること、放火を行うこと自体が可能であっただけでなく、他の者が放火を行ったと考えるのは不自然な状況であったこと、本件保険及び全労済への加入の時期と本件火災との近接性、本件に関する原告の供述において、原告の経済状況や本件保険加入の経過など、重要な点が信用できないことなどを総合考慮すると、本件火災の原因たる放火に原告が関与していたものと推認するのが相当であり、この認定に反する証拠はない。
6 したがって、立証責任の点について検討するまでもなく、被告の故意免責の主張を認めることができる。よって、原告の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 金澤秀樹)
(別紙)別表Ⅰ、Ⅱ<略>