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東京地方裁判所 平成15年(ワ)15422号 判決 2006年9月13日

原告

被告

Y1(以下「被告Y1」という。)

被告

株式会社損害保険ジャパン(以下「被告会社」という。)

代表者代表取締役

被告ら訴訟代理人弁護士

浅井隆

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告に対し,連帯して,324万7882円及びうち27万6000円に対する平成11年7月1日から

41万4000円に対する平成12年7月1日から

41万4000円に対する平成13年7月1日から

41万4000円に対する平成14年7月1日から

34万5000円に対する平成15年1月1日から

14万5583円に対する平成11年7月1日から

17万2334円に対する平成12年7月1日から

17万5508円に対する平成13年7月1日から

18万0463円に対する平成14年7月1日から

12万3625円に対する平成15年1月1日から

21万8978円に対する平成10年7月1日から

16万5539円に対する平成11年7月1日から

4万1927円に対する平成12年7月1日から

4万0814円に対する平成13年7月1日から

21万3221円に対する平成14年7月1日から

支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告会社は,原告に対し,221万5445円を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告会社に雇用されていた原告が,被告Y1の不当な考課により給与を減額されたなどとして,債務不履行(被告会社)又は不法行為(被告Y1)に基づき,給与減額分,賞与減額分,雇用保険減額分,基本年金減額分,慰謝料などの損害賠償請求及び給与等減額分について付加金の請求をする事案である。

1  争いのない事実

(1)  原告(昭和○(○○○○)年○月○日生まれ)は,昭和55(1980)年10月,被告会社(当時の商号は安田火災海上保険株式会社)に,損害調査専門職員(損害調査部門の業務又は営業活動に専ら従事する者)として入社し,平成9(1997)年に専門2級Bとなり,同年4月1日から埼玉西支店川越SC(サービスセンター),平成10(1998)年10月1日から西東京支店立川SCで勤務し,平成14(2002)年12月31日に退社した。

被告Y1は,被告会社の従業員であり,平成9年4月1日から平成10年9月末まで,埼玉西支店川越SCにおける原告の上司であり,昇給賞与考課の上での第1次考課者であった。

(2)  被告会社における損害調査専門職の昇給賞与考課は,S(最高),EH,H2(平均),H1,A,B(最低)の判定により行う。

専門職2級の給与は,H2では増減がないが,H1では月額1万1500円減額,Aでは月額2万3000円減額,Bでは月額3万4500円減額される。また,賞与は,支給月の給与をベースにして,その都度決められる支給係数等により決定される。

(3)  原告の昇給賞与考課の結果は,平成9年度考課(平成10年7月1日以降の賃金が決定される。)がA,平成10年度考課(平成11年7月1日以降の賃金が決定される。)がH1,平成13年度考課(平成14年7月1日以降の賃金が決定される。)がAであった。

2  争点

(1)  平成9年度,平成10年度,平成13年度の各考課は,合理的理由なく不当に低い評価をしたものかどうか。

(原告の主張)

平成9年度考課及び平成10年度(上半期)考課では,被告Y1は,原告の実績が目標を超え,あるいは目標をほぼ達しているのに評価せず,わずかに長期化させた点を大幅に遅延と評価するなど,合理的理由なく不当に評価を下げ,H2と考課すべきであるのに,AあるいはH1と考課した。

平成13年度考課では,K課長(以下「K」という。)と面談し,H2と判定されたのに,長期休暇制度利用を理由に,最終的にはAになった。長期休暇制度利用を理由として評価を下げることは労基法に反する。原告の目標達成率等をみてもH2とすべきであり,Aとしたのは不当である。

これらの考課は,労働契約上,従業員を(ママ)客観的合理的な考課をすべき義務があるのに,これに反したものであって,債務不履行又は不法行為に該当する。

(被告らの主張)

被告らは,原告を正当に評価したものであり,考課に裁量の逸脱はなく,債務不履行又は不法行為とはならない。

(2)  不当な考課の結果,給与,賞与の減額等によって原告が受けた損害等はいくらか。

(原告の主張)

ア 給与,賞与等の減額による損害 324万7882円

原告は,被告らによる不当な考課の結果,給与,賞与等を減額された。減額された金額の内訳は,以下のとおりである。

(ア) 給与の減額

a 平成10年7月~平成11年6月

毎月の減額(平成9年度考課による減額) 2万3000円

合計 27万6000円

b 平成11年7月~平成12年6月

毎月の減額(平成9年度,平成10年度各考課による減額) 3万4500円

合計 41万4000円

c 平成12年7月~平成13年6月

毎月の減額(平成9年度,平成10年度各考課による減額) 3万4500円

合計 41万4000円

d 平成13年7月~平成14年6月

毎月の減額(平成9年度,平成10年度各考課による減額) 3万4500円

合計 41万4000円

e 平成14年7月~平成14年12月

毎月の減額(平成9年度,平成10年度,平成13年度各考課による減額。なお,平成13年度考課はAであるが,3万6400円減額された。) 7万0900円

合計 34万5000円

(月額7万0900円の6か月分は,42万5400円であるが,請求するのは34万5000円である。)

f 給与減額合計(a~eの合計) 186万3000円

(イ) 賞与の減額

a 平成10年12月分~平成11年6月分

平成10年12月分の減額 6万9591円

平成11年3月分の減額 1万9320円

同年6月分の減額 5万6672円

合計 14万5583円

b 平成11年12月分,平成12年6月分

平成11年12月分の減額 8万3462円

平成12年6月分の減額 8万8872円

合計 17万2334円

c 平成12年12月分,平成13年6月分

平成12年12月分の減額 8万3462円

平成13年6月分の減額 9万2046円

合計 17万5508円

d 平成13年12月分,平成14年6月分

平成13年12月分の減額 8万8417円

平成14年6月分の減額 9万2046円

合計 18万0463円

e 平成14年12月分 15万2435円

f 賞与減額合計(a~eの合計) 82万6323円

(ウ) 臨給考課配分(各年6月分賞与で支給される)の減額

a 平成10年6月分 21万8978円

b 平成11年6月分 16万5539円

c 平成12年6月分 4万1927円

d 平成13年6月分 4万0814円

e 平成14年6月分 21万3221円

f 臨給考課配分の減額合計(a~eの合計) 68万0479円

(エ) (ア)f,(イ)f,(ウ)fの各合計の総合計 336万9802円

本訴訟では,このうち324万7882円と各金員に対する遅延損害金を,被告らに対して,請求する。

イ その他の損害及び付加金 221万5545円

(ア) 年次休暇使用を理由とする給与減額 21万8400円

被告会社は,平成13年度考課において,原告が年次有給休暇を使用して病気療養したことを理由として,H2とすべきであるのにAと評価した。

これにより,平成14年7月から同年12月まで,毎月,給与を3万6400円減額され,合計で21万8400円減額された。

(イ) 雇用保険受給分の減額 25万5420円

給与が減額されたことにより,雇用保険受給額が減額された。

雇用保険受給額は,給与減額がなければ,日額9434円であったのに,現実の受給額は減額された給与を基準とした日額8015円であり,1日当たり1419円の損害となる。総受給額の損害は,この180日分である25万5420円である。

(ウ) 基本年金額の減額 48万0000円

給与が減額されたことにより,基本年金額が減額された。

基本年金額は,給与減額がなければ,88万3300円であったのに,現実の受給額は減額された給与を基準とした85万9300円であり,1年当たり2万4000円の損害となる。総受給額の損害は,この20年分である48万円である。

(エ) 付加金 26万1625円

未払給与月額2万3000円の6か月分である13万8000円と,未払賞与(平成14年12月分)12万3625円の合計26万1625円の付加金が支払われるべきである。

(オ) 慰謝料 100万0000円

原告がいわれなき偏見・差別を受けてきたことによる精神的苦痛に対する慰謝料として100万円を請求する。

(カ) (ア)から(オ)までの合計 221万5545円

被告会社に請求する。

第3争点に対する判断

1  証拠(各項に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  被告会社における昇給賞与考課(<証拠略>)

専門2級の昇給賞与考課の第1次考課者は課支社長(原告のような損害調査専門職員の場合は,SC課長),第2次考課者は部店長であり,いずれも絶対考課で行う。その後,損害調査専門職については,地区本部で相対調整を行う。昇給賞与考課の第1次考課が行われるのは,通常2月である。

損害調査専門職の考課は,チャレンジ目標達成度判定と担当業務達成状況を総合して行われる。

チャレンジ目標達成度判定は,対象者が自ら設定した目標(5項目以内)を達成したかどうかの判定であり,対象者が決めていた目標レベル(ⅠからⅢまで)と達成度ランク(1(達成)から5(ほとんど達成できなかった)までの5段階)を総合し(例えば目標レベルⅡで達成レベル2の場合は60点などと決められている。),さらに対象者が決めていた各目標の重要度(各目標の合計を100%とし,各目標ごとの割合を定めておく。)を乗じて判定する。

担当業務達成状況の評価項目は,被告会社が定めているものであり,<1>適正払い,<2>標準業務・SAILING21(業務遂行のコンピュータシステム)の活用,<3>チームプレイ・基盤整備,<4>生産性について評価する。<1>から<4>までには,それぞれ細かい評価項目があり,各項目ごとに点数が定められている。<1>適正払いには,(1)重点事案管理,(2)期間管理,(3)医療調査,(4)社会保険の適用,(5)休業損害の認定,(6)慰謝料/支払基準の遵守状況,(7)過失相殺の適用の7項目があり,それぞれ5点から1点までの点数を付けて評価する。<2>標準業務等には,(1)SAILING21の有効活用・ガイドラインの達成状況,(2)未払保険金管理,(3)一括仮払金の整理,(4)有無責/契約確認/入金確認,(5)治療費の支払,(6)一件書類の管理・整理の6項目があり,(1)は10点から0点まで(2点刻み),(2),(3)は5点から1点まで,(4),(5),(6)は2点から0点まで,それぞれ点数を付けて評価する。<3>チームプレイ・基盤整備には,(1)物損担当者・インスペクターとの連携,(2)賠償主事(簡単な事案を担当している嘱託社員)からの事案の引上げ,(3)医療機関・医師への説明・親密化の3項目があり,3点から1点までの点数を付けて評価する。(4)生産性は,処理件数のブロック平均との比較をするものであり,30点から10点まで(5点刻み)の点数を付けて評価し,例えば対象者の処理件数がブロック平均処理件数の100%以上110%未満では20点,90%以上100%未満では15点などと決められている。

チャレンジ目標達成度判定と担当業務の達成状況は,それぞれ100点満点であり,前者を40%,後者を60%として,総合点も100点満点で判定する。60点から79点まではH2,50点から59点まではH1,40点から49点まではAとなる。

(2)  平成9年度考課(<証拠略>,被告Y1)

第1次考課は,被告Y1が平成10年2月24日に原告を面接して行った。

原告が決めたチャレンジ目標は,治療期間管理(145日目標),社会保険適用強化,生産性の向上(処理率100%以上),他社差別化(CS向上,迅速支払),SCの総合力発揮の5項目であった。治療期間管理(治療期間とは事故日から治癒日までの日数をいう。)については,同年1月末の治療期間が149日で目標を達成できず,達成度ランク1~2で90点とされた。生産性の向上については,対人処理率(対人賠償保険の処理率(処理件数÷受付件数))103%,搭傷処理率(契約者及び同乗者に支払われる保険の処理率)105%,対人長滞率(対人賠償保険の事案のうち1年以上要しているものの割合。前2者と異なり,数字が小さいほど成績がよい。)25%を目標としていたが,それぞれ,126.4%,103.0%,43.8%であって,目標を達しているのは対人処理率だけであり,達成度ランク2で60点とされた。SCの総合力発揮については,打合せで積極的発言がなく,営業・代理店との連携で目立った成果がなかったこと等から達成度ランク2とされた。社会保険適用強化,他社差別化は,原告の自己評価と同様(達成度ランクは,それぞれ1,3)であった。これらの評価から,チャレンジ目標達成度は,自己評価が77点のところ,69点と判定された。

担当業務達成状況のうち適正払い7項目については,社会保険適用,慰謝料,過失相殺適用が各3点,休業損害認定が2点,重点事案管理,期間管理,医療調査が各1点とされた。重点事案管理では,月例打合せでの指示が翌月,翌々月まで実施されていないこと,被害者コンタクトの絶対量が少ないこと等が,期間管理や休業損害では,節目管理ができていないこと等が,医療調査では,医師に対する情報提供が少なく,医療機関からの治療費支払の督促を受けることが多いこと等が,各点数の低い理由である。標準業務等6項目については,一括仮払金の整理が2点,未払保険金管理,有無責等が各1点,SAILING21の有効活用,治療費支払,一件書類の管理等が各0点とされた。原告はSAILING21への対応を積極的に行わず,1人では使えないこと,治療費支払は何の理由もなく遅れること(原告の評価も0点である。),書類をホルダー内で整理していないこと等がこれらの項目が0点とされた理由である。チームプレイ等については,物損担当者が決定した過失割合に追随することが多かったこと,賠償主事を指導する意欲がないこと,地区の医療機関と親密度を高める行動をしないこと等から,いずれの項目も最低の1点とされた。生産性については,原告の処理件数は平均に届かず,15点とされた。以上から,合計点数は,自己評価では60点であったが,36点と判定された。

これらを総合して,49点とされ,Aと判定された。原告は,この判定に同意しなかった。第1次考課の結果は,第2次考課,地区本部の相対調整でも維持された。

この考課により,原告の給与は,平成10年7月以降,毎月2万3000円の減額となった。

(3)  平成10年度考課(<証拠略>,被告Y1)

原告が平成10年10月2日に異動したため,被告Y1が平成10年10月2日に原告と面接して中間評価をし,この評価を併せて,立川SC課長のH(以下「H」という。)が,平成11年2月24日に,第1次考課を行った。

被告Y1が行った中間評価は,以下のとおりである。

平成10年度に原告が決めたチャレンジ目標は,社会保険適用強化(入院事案50%目標),生産性の向上(処理率100%以上,長滞案件の減少),他社差別化,治療期間管理(140日目標),搭傷案件の早期処理の5項目であった。社会保険適用強化(社会保険の適用率を増加させること)については,同年8月末時点で42.9%で目標を達成できておらず「大幅に遅延」とされた。治療期間管理については,同時点で174日であり「大幅に遅延」とされた。搭傷案件早期処理についても,処理率が低く「大幅に遅延」とされた。生産性の向上,他社差別化は,原告の自己評価と同様(それぞれ「予定通り」「やや遅延」)であった。担当業務達成状況については,適正払い7項目中,慰謝料と過失相殺適用が3点,重点事案管理,社会保険適用,休業損害認定が各2点,期間管理と医療調査が1点であった。標準業務等6項目については,一括仮払金の整理が3点,未払保険金管理,有無責等が各1点,SAILING21の有効活用,治療費支払,一件書類の管理等が各0点とされた。チームプレイ等については,いずれの項目も1点であり,生産性は,ブロック平均に届かないとして15点とされた。担当業務業務(ママ)達成状況は,いずれも,平成9年度とほとんど変わらないと評価され,判定でも平成9年度と概ね同様である。以上から,中間評価では,判定ランクはAとされた。

Hが行った平成10年度の第1次考課は次のとおりである。

チャレンジ目標は,引継事案の早期把握と対応,示談件数の向上,長滞事案の圧縮,医療がらみの長滞難事案の解決,営業との連携の5項目であり,いずれも原告の自己評価どおり,達成度ランク1とされ,95点と判定された。担当業務達成状況は,適正払い7項目中,重点事案管理,医療調査,慰謝料,過失相殺適用が各4点,期間管理,社会保険適用,休業損害認定が各3点であり,標準業務等は,一括仮払金の整理が4点,未払保険金管理が3点,有無責等は最高点である2点,治療費支払,一件書類の管理等は各1点,SAILING21の有効活用は下から2番目の評価である2点とされ,チームプレイ等は,物損担当者等との連携,医療機関等との親密化等は各2点,賠償主事からの引上げは1点とされ,生産性は20点とされ,合計点は,原告の自己評価が73点であったが,63点とされた。以上から,総合点は,75.8点となり,H2となるところ,中間評価の結果を考慮して,1ランク下げてH1と判定された。原告は,この考課に同意した。第1次考課の結果は,第2次考課,地区本部の相対調整でも維持された。

この考課により,原告の給与は,平成11年7月以降,毎月1万1500円減額され,平成10年6月と比較すると,毎月3万4500円の減額となった。

(4)  平成13年度考課(<証拠略>,証人K)

Kは,平成14年2月28日,原告と面接して,以下のとおり,第1次考課を行った。

チャレンジ目標は,適正支払の推進等,生産性の向上,お客様対応力強化,SAILING21活用の再徹底とY'sNETの活用の4項目であり,適正支払の推進等,生産性の向上は達成度ランク1,お客様対応力強化,SAILING21活用の再徹底とY'sNETの活用は達成度ランク2とされ,80点と判定された。この評価は,原告の自己評価と全く同一であった。担当業務達成状況は,適正払いについては,社会保険適用は5点,その他6項目は各4点,標準業務等については,SAILING21の有効活用が5点,未払保険金管理が3点,一括仮払金の整理が4点,有無責等が2点,治療費支払,一件書類の管理等が各1点であり,チームプレイ等については,各項目とも2点とされ,生産性については20点とされ,合計点は71点とされた。原告の自己評価は76点であり,Kの第1次考課との違いは,生産性が25点であったことだけであり,他の項目は原告の自己評価とKの評価は全く同一である。以上から,総合点は,75点であり,H2と判定された。

ところが,Kは部店長と相談した結果,原告が平成13年11月5日から平成14年1月6日まで2か月間,病気のため長期休暇を取っていたものであり,長期休暇中の担当業務遂行は他の支援職員の遂行結果であって,原告の業績とはいえないことから,1ランク下げてH1とすることにし,同年3月中旬ころ,原告に伝えた。

その後,地区本部で相対調整をしたところ,チャレンジ目標のうち,適正支払の推進等,生産性の向上に関しては原告による達成とはいえないから未達成とすべきであること,担当業務達成状況に関して,原告は平成13年6月に医療機関2か所に過払い,誤払いをしていたことが明らかになったこと,原告が平成14年2月から3月に受付した案件11件のうち,受付をした1両日中に行うべき保険請求の可否の確認・回答が1か月近くたっても全くされていないものが3件ほどあったこと等から,さらに1ランク下げてAとすることとし,同年4月中旬に原告に伝えた。

この考課により,平成14年7月以降,原告の給与はさらに2万3000円減額されることになったが,同月に給与体系が変更され,時間外手当を実績払いから定額の職務手当として支払うこととしたため,同月の給与額は,同年6月に比較して,約3万3000円の減額となった。

2  争点(1)(平成9年度,平成10年度,平成13年度の各考課は不当か)について

(1)  1の認定事実によれば,原告に対する平成9年度,平成10年度,平成13年度の各考課は,いずれも,被告会社で定められている昇給賞与考課の定めに従って,第1次考課者である被告Y1,H,Kが評価,判定を行い,第2次考課者が再度の考課を行い,地区本部で相対調整が行われているものであって,考課の手続や方法は適正に行われていると認められる。

(2)  これに対して,原告は,平成9年度考課及び平成10年度の中間評価は被告Y1が不当に低い評価をしたものであると主張する。

前記1(2)のとおり,平成9年度考課の点数は相当に低く,とくに担当業務達成状況については,最低点である0点や1点が多く,合計も36点と著しく低い。前記1(3)のとおり,平成10年度中間評価も「大幅に遅延」という評価が少なくなく,総合判定もAであって,評価は相当に低い。

ところが,証拠(<証拠略>)によれば,<1>平成10年2月28日における原告の実績をみると,対人賠償保険の処理率については,月内累計では原告の属する川越SC,課,全店よりも劣っているが,年度内累計では川越SC,課,全店より良好であること,<2>同年3月26日における原告の実績をみると,対人賠償保険の処理率については,月内累計は,SC,課,全店より良好であり,課内の他の従業員より処理率が高いこと,<3>平成10年9月30日における原告の実績をみると,搭乗者保険等の処理率については,年度内累計は,SC,課,全店よりも優れていること等の事実が認められ,平成10年2月ないし3月ころや,同年9月ころの原告の成績には良好な部分があったことが認められる。また,原告は,立川SCに異動後は,まず,平成10年度考課において,前記1(3)のとおり,Hから75.8点,H2との評価を受けている上,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,<1>平成11年度,平成12年度の各考課でもH2の評価であったこと,<2>平成11年9月末の業績指標をみると,管内の専門職の中で,対人賠償保険の処理率は最も高い方であり,長滞率も低い方であって,むしろ成績は良好といえること,<3>このことに関して,Hは,平成11年6月23日,Y1や埼玉西支店長のNに対して,同じ担当者なのになぜ評価が違うのかとの質問をメールで送ったことが認められ,原告は,立川SC異動後,平均的との評価を受けていたことが認められる。

以上の各事実に照らすと,平成9年度考課の担当業務達成状況の評価や,平成10年度中間評価は,厳しすぎる嫌いがないではなく,また,平成9年度考課が49点でAランクとされたことも,ランクが異なることによって給与や賞与等の金額が大幅に異なってくることを考えると,原告には酷なようにもみえる。

しかしながら,前記1(2),(3)のとおり,平成9年度考課,平成10年度考課(中間評価を含む。)は,それぞれ具体的根拠に基づいて行われたものであり,かつ,いずれも第1次考課者だけでなく,第2次考課者や地区本部も同意見であったものである。そして,考課は業績だけでなく,職務上の交渉相手や関連組織との人的関係や職場内の協調性など,数字だけでは表せない要素を総合して行われるものであるところ,第1次考課は,原告の日常の仕事ぶりを直接にみている課長が,このような直接的な業績以外の諸要素も総合して行っていること,被告会社では損害調査専門職員はH1やA,Bといった低い評価を受ける者が少なくないこと(<証拠略>により認められる。),原告は平成8年以前から行動評価や成果評価が低く,意欲が見られないと指摘されるなど評価は高くはなかったこと(<証拠略>により認められる。)などの事情も併せて考えると,平成9年度及び平成10年度の各考課が,考課者に付与された裁量を逸脱濫用するものとまでは認められず,これらの考課が不当であって,原告の権利・利益を侵害し,あるいは,労働契約上の債務の不履行に当たるとはいえない。

原告は,被告Y1が昇進が遅れているので点数稼ぎのため,原告を退職に追い込もうとして,でたらめな評価をした,あるいは,被告会社は55歳を超えた従業員を早期退職させるため,原告を退職に追い込もうとして原告をねらったなどと主張するけれども,これらの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(3)  原告は,平成13年度考課は,原告の長期休暇制度利用を理由として低い評価をしたものであり,労基法に違反するなどと主張する。

確かに,前記1(4)のとおり,平成13年度考課は,当初H2とされていたものが,後にH1,さらにAとランクを下げられたものであり,異例な経過による決定のようにもみえる。

しかしながら,前記1(4)のとおり,原告の評価が下がったのは,原告が2か月間休暇を取り,そのために,当初の評価では達成度ランク1(達成)とされていた適正支払の推進等,生産性の向上に関しては未達成とすべきであること,その他新たに判明した事情を総合した結果によるものであって,休暇を取ったこと自体を理由として評価を下げたものではなく,評価は不当ではないし,労基法に違反するとはいえない。

原告は,原告が平成9年度考課が不当であるとして民事調停の申立てをしたことから,評価を変えた等とも主張する。確かに,原告が調停を申し立てたのは,平成13年度考課が行われる直前である平成14年1月9日ころであるけれども(<証拠略>),それだからといって被告会社が無理に原告の考課をAとしなければならないような事情は認められず(前記のとおり,原告の平成11年度,平成12年度考課はH2であるから,平成13年度を無理に平成9年度と同様のAとする理由は考えにくい。),原告の主張を採用することはできない。そして,原告に対する当初の考課が,前記1(4)のとおり,原告の自己評価と1か所を除いて全く同一であり,当初の評価自体が適正であったかどうかが疑問の残ることも併せて考えると,平成13年度考課が,裁量を逸脱濫用するものとは認められず,これらの考課が不当であって,原告の権利・利益を侵害し,あるいは,労働契約上の債務の不履行に当たるとはいえない。

(4)  以上のとおり,原告に対する平成9年,平成10年及び平成13年度の各考課は不法行為又は債務不履行に該当するとは認められない。

3  争点(2)(損害額等)について

平成9年,平成10年及び平成13年度の各考課は不法行為又は債務不履行に該当するとは認められないから,債務不履行又は不法行為に基づく給与減額等による損害の賠償を求める原告の請求は,各損害額(原告の主張ア,イ(ア),(イ),(ウ))を判断するまでもなく,理由がない。

原告に対する給与及び賞与の未払があるとは認められないから,付加金の請求(原告の主張イ(エ))は理由がない。

被告会社が考課によって原告に対していわれなき偏見・差別をしたとは認められないから,原告の慰謝料請求(原告の主張イ(オ))も理由がない。

4  よって,原告の請求はいずれも理由がないので,すべて棄却する。

(口頭弁論の終結の日 平成18年7月19日)

(裁判官 中西茂)

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