東京地方裁判所 平成15年(ワ)15487号 判決 2004年6月30日
原告 株式会社伸富開発
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 小見山繁
被告 有限会社西川書店
代表者取締役 B
訴訟代理人弁護士 西村健三
主文
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
2 被告は、原告に対し、9万8554円及び平成14年12月1日以降第1項の建物明渡済みまで1か月60万円の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを10分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
2 被告は、原告に対し、21万7200円及び平成14年12月1日以降第1項の建物明渡済みまで1か月63万円の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は、別紙物件目録記載の建物(本件建物)を競売により取得し、賃貸人の地位を承継した原告が、被告に対し、被告の賃料不払を理由として賃貸借契約を解除したと主張して、本件建物の明渡及び賃料相当損害金の支払を求めた事案である。
1 請求原因
(1) 被告は、昭和62年6月19日、有限会社王子扇屋(王子扇屋)との間において、本件建物につき、次の内容の貸貸借契約(本件契約)を締結した。
ア 期間 昭和62年6月19日から昭和72年(平成9年)6月18日まで
イ 賃料 63万円(消費税を含む)
ウ 支払方法 毎月末日限り翌月分を支払う。
なお、本件契約は法定更新された。
(2) 原告は、当庁平成10年(ケ)第1114号不動産競売事件において、王子扇屋所有の本件建物を競落し、代金を納付して所有権を取得し、平成14年7月2日に所有権移転登記手続をした。
したがって、原告は、同日、本件契約における賃貸人の地位を承継した。
(3) 被告は、平成14年6月28日以降同年10月末日までの賃料等合計258万3000円の支払をしなかった。
(4) 原告は、平成14年11月8日到達の書面をもって、被告に対し、上記未払賃料を7日以内に支払うように催告するとともに、被告が支払わないときは、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
しかるに、被告は支払をしなかった。なお被告は、平成15年1月以降5月までに合計299万5800円を支払ったので、これを平成14年6月分の一部6万3000円、同年7月分から10月分までの賃料252万円、及び11月分の一部金41万2800円に充当した。
(5) 本件建物の相当賃料は63万円である。
(6) よって、原告は、被告に対し、本件建物の明渡し、未払賃料及び賃料相当損害金として平成14年11月分の残金21万7200円、平成14年12月分以降の1か月63万円の割合による金員の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)のうち、賃料額を否認し、その余は認める。賃料額は、消費税が課税されるようになった際、消費税を含めて60万円と合意した。
(2) 請求原因(2)、(3)は認め、同(4)のうち原告主張の意思表示があったこと、その後原告主張のとおり被告が支払をしたことは認め、その余は争う。同(5)は争う。
3 抗弁
以下のとおり、被告は、原告主張の未払賃料については、相殺したので、支払わないことについて帰責事由はない。
(1) 本件契約には、次のとおり保証金に関する定めが存在する。
ア 保証金額 6000万円
イ 返済等 保証金は10年間据置きし、11年目から保証金額の70パーセントを10年間均等に分割弁済し、保証金額の30パーセントは敷金に振り替える。
(2) 被告は、昭和62年6月19日、王子扇屋に対し、上記保証金6000万円を預託した。
(3) その後、本件保証金の預託期間が平成9年11月18日に経過し、本件保証金のうち、30パーセントに相当する1800万円は敷金に振り替えられ、残金4200万円については、王子扇屋は、被告に対し、平成9年から平成18年までの間、毎年6月19日限り、各420万円を支払うべき債務(本件保証金債務)を負った。
(4) 原告は、賃貸人の地位を承継したことによって、王子扇屋の負担する本件保証金債務を負担した。すなわち、本件保証金債務は、王子扇屋に消費貸借として貸したものではなく、本件契約に密接に関連するものとして、敷金と同様に承継されるものである。そして競売により取得した場合であっても同様に解することが自然であるし、本件において、原告は本件保証金債務を負担することを計算して廉価で競落しているのであるから、これを承継させないことは原告を不当に利することになる。
(5) 被告は、平成14年9月19日到達の書面をもって、原告に対し、平成14年6月19日に弁済期が到来した420万円について、被告が原告に支払うべき平成14年7月分から翌15年1月分までの7か月分の賃料債務とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。
4 抗弁に対する認否、反論
(1) 抗弁の冒頭部分は争う。同(1)は認め、(2)は不知、(3)、(4)は争う、(5)は認める。
(2) 本件保証金債務は、いわゆる建設協力金債務であって、仮に王子扇屋が同債務を負担していたとしても、原告が同債務を承継しない。すなわち、本件保証金債務は、本件契約に密接不可分に関連しているものではなく、その発生、存続、終了に際して賃貸借契約に随伴するものでもないのであって、むしろ独立に存在していることからすると、王子扇屋が負担していたとしても、原告が承継することはないのである。
第3当裁判所の判断
1 請求原因事実については、賃料額及び賃料相当額を除いて争いがない。そこで本件建物の賃料額について検討するに、証拠(甲2、5)によれば、当初賃料額は60万円と定められていたこと、本件契約当時、消費税の課税はないこと、消費税は被告が負担するものであることからすると、被告は賃料及び消費税として63万円を支払うべきものということができる。なお被告は、消費税を含めて60万円とする旨合意したと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件建物の相当賃料額は、60万円というべきであり、消費税を上乗せした63万円が相当賃料ということはできない。
そして、被告が支払った299万5800円を充当すると、原告が被告に対し賃貸人たる地位を主張できる平成14年7月3日から平成14年11月15日までは賃料及び消費税として279万4354円が、そして解除後の賃料相当額60万円に残金20万1446円が支払われたことになり、被告は原告に対し、賃料相当損害金として平成14年11月分の残金9万8554円及び同年12月以降1か月60万円の割合による金員を支払うべきことになる。
2 抗弁について
(1) 抗弁(1)及び(5)の事実は当事者間に争いがなく、同(2)及び(3)の事実は、乙第22号証及び被告代表者本人尋問の結果により認めることができる。
(2) そこで、王子扇屋が負っていた本件保証金債務を原告が承継するかについて検討する。
ア 当事者間に争いのない事実及び甲第2号証(賃貸借契約書)によれば、本件契約における保証金に関する条項(5条)は以下のとおりである。
(ア) 被告は賃借室の使用に関し、被告の専用部分3.3平方メートル当120万円計6000万円を保証金として昭和62年6月19日王子扇屋に預け入れ、王子扇屋はこれを受け取った。
(イ) 王子扇屋は預託された保証金については10年間据置き、70パーセントを11年目より10年間均等にて分割返済する、30パーセントは敷金に振り替えるものとする。
(ウ) 本契約が解除された場合、王子扇屋は(イ)に従い保証金を返還するものとする。ただし、被告が被告と同等以上の条件をもって第三者を誘致し、王子扇屋の承諾を得た場合は、その新たに預託された保証金をもって、被告に一時に全額を返済する。
(エ) 王子扇屋は賃貸借が終了し、被告が賃貸借室の明渡しを完了し、王子扇屋に対する一切の債務を完済したときに敷金の全額を返還するものとする。
(オ) 被告は王子扇屋の書面による承諾なしに保証金に関する債権を第三者に譲渡し、又は担保の用に供してはならない。
この条項に照らすと、賃貸人である王子扇屋は、本件契約の際に保証金を預かり、うち70パーセントを11年目から10年間均等返済することを約していることが認められ、この保証金の差入があって始めて本件契約が成立したものということができる。しかし他方、上記(ウ)からすると、契約途中において、解約となった場合にも、同様に、すなわち保証金の70パーセントは、弁済期は10年後から10年間の均等返済になり、30パーセントは敷金として処理され、本件保証金債務は契約終了とともに清算されること、例外的に新たな賃借人が保証金を入れた場合のみ、その預託された保証金をもって支払うとされており、賃貸人の資金をもって返済されることは予定されていないこと、さらに(エ)によれば、契約終了にあたっては、契約中に被告が負担すべき債務が発生した場合には、その返済があって始めて敷金の返還が予定されており、本件保証金債務は返済が予定されていないこと、これらの事情からすると、本件保証金債務はその存続や終了において本件契約に随伴するものとはいえず、かえってその処理は本件契約と別個の清算を予定していると認められ、このことに照らすと、上記本件保証金債務の負担が本件契約成立の際に必要であることをもって、本件保証金債務の負担が本件契約と密接に関連し、本件契約に随伴するものということはできない。
イ 次に、原告は、本件建物を競売により取得したものであることは、当事者間に争いがないところ、証拠(甲4、乙11の3、乙12)によれば、その競売記録である物件明細書には「保証金6000万円の主張はあるが、過大であるため適正敷金相当額を考慮して最低売却価格を定めた。なお同保証金のうち、70パーセントを平成9年6月19日から10年間均等にて分割返済し、30パーセントを敷金に振り替える旨の特約があるとの主張がある。」と記載され、また現況調査報告書にも被告代表者の陳述として「敷金、保証金として6000万円を支払いましたが、そのうち3分の2である4200万円は10年間で返してもらうことになっております。残金の1800万円は敷金として返ってくることになっています。」との記載があること、最低売却価格は、当初本件建物を含めた全体の物件につき4億4534万円であったものがその後減額されていることがそれぞれ認められ、これらの事実によれば、原告は本件建物には6000万円の保証金が差し入れられていることやそのうち1800万円が敷金となり、その余は10年間で返済すべきものであることを知って、しかも減額された代金で取得したものということができる。しかし他方、上記のとおり、本件競売価格においては、保証金6000万円全額を競売価格に反映させたものではなく、適正敷金相当額を考慮して最低売却価格を決定していることに照らすと、原告としては、保証金6000万円全額を負担することを知って競落したものということはできないし、最低売却価格の減額が原告に起因するものともいえないことからすると、上記事情をもって、原告が保証金全額の返済義務を負担しないことが直ちに原告を不当に利得するとはいえない。
ウ 以上のとおりであるから、被告の相殺の抗弁は理由がない。
よって、主文のとおり判決する(なお、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととする。)。
(裁判官 遠山廣直)
<以下省略>