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東京地方裁判所 平成15年(ワ)16137号 判決 2004年7月05日

反訴原告

反訴被告

株式会社ユニハウス

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、反訴原告に対し、連帯して一九四万八三七一円及びこれに対する平成一三年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を反訴被告らの負担とし、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告らは、反訴原告に対し、連帯して二〇七七万九五九四円及びこれに対する平成一三年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

以下、反訴原告を「原告」、反訴被告を「被告」という。

一  争いのない事実

(1)  事故の発生

ア 日時 平成一三年七月二七日午前八時四五分ころ

イ 場所 東京都世田谷区<以下省略>先路上

ウ 被告車両 普通乗用自動車(<番号省略>、以下「被告車」という。)

同運転者 被告Y1

エ 原告車両 自転車(以下「原告自転車」という。)

オ 態様 被告車が本件現場の交差点(以下「本件交差点」という。)を直進しようとした際に、原告自転車が一時停止規制されている右側交差道路から進入し、被告車と衝突した。

(2)  責任原因

被告Y1は、自らの過失により、本件事故を発生させたのであるから、民法七〇九条に基づき、被告株式会社ユニハウス(以下「被告会社」という。)は、被告車の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、原告に対し、それぞれ損害賠償責任を負う。

(3)  損害のてん補

原告は、被告車に付保された任意保険の保険会社である日産火災海上保険株式会社より、五五四万三五四〇円の支払いを受け、労働者災害補償保険法による障害一時金一六二万二七九三円の給付を受けている。

二  争点

(1)  本件事故の態様及び過失割合

(原告の主張)

本件交差点は、住宅街にある見通しのきかない交差点であり、原告は、進行中の道路の停止線で一旦減速した後、被告Y1の運転する自動車を確認できる位置まで進出して、本件交差点に進入し、その際にエンジン音で車両の有無を確認している。また、原告は、被告の進入時には、既に距離にして四・二メートル本件交差点に先入している。

被告Y1は、先に交差点に進入した原告を発見したのであるから、減速して原告が交差点を通過するのを待つことが容易であったにもかかわらず、被告車を左側に寄せることもなく、一旦は減速したものの、その後加速して、先に交差点を突っ切る姿勢を示せば、原告が進入を断念するであろうと思い込み、敢えて被告車を加速したまま本件交差点に進入しようとしたものである。被告Y1は、原告の動きに気付いて慌ててブレーキをかけるとともにハンドルを左に切ったが、急ブレーキをかけても一一・一メートルも進み、原告を五・九メートルも跳ね飛ばしていることからすれば、少なくとも時速三〇キロメートルを優に超えるスピードがでていたため、原告との衝突を回避できず衝突したものといえる。これに対し、原告は、被告車が減速していたことを確認していたので、被告車が停止するであろうと信頼して本件交差点に進入したのである。

以上のとおり、原告が本件交差点に先入していること、被告Y1は明確かつ重大な過失があることが明らかであるから、過失割合は、原告一〇に対し被告Y1九〇とみるべきである。

(被告らの主張)

被告Y1は、時速三〇ないし四〇キロメートルで走行し、交差点に接近するにしたがって減速していたもので、極めて通常の走行速度である。原告の自転車がすっと出てきたところを目撃しているのであり、脇見運転等の著しい前方不注視はない上、原告がすっと出てきたことからすれば、本件交差点進入時に減速していない可能性が十分にある。原告は、一時停止を怠った上、交差点進入に際しても左側に全く配慮しておらず、いわば飛び出しとも評価できる進入であったというべきである。

原告は、被告車を発見してから衝突まで二秒程度であったと述べるが、そうであるとすれば、被告車は極めて近くまで接近していたことになる。そのような接近を認識しながら車両の直前に出ていくような無謀な運転を行うことは社会通念に照らして考えられないから、原告は左方の安全確認をしなかったか、左方を見ずに交差点に進入したとしか考えられない。

原告が最初に被告車を発見した時点で本件交差点を横断できると判断したこと、また、再び被告車を発見するまで被告車の動向に対する注意を全く欠いていたことからすれば、原告には著しい過失が認められ、原告の過失は少なくとも五割以上と評価されるべきである。

(2)  症状固定日

(原告の主張)

原告は、平成一四年七月三一日に症状が固定し、原告を診察していた医療法人社団和乃会小倉病院(以下「小倉病院」という。)のA医師により、同日を症状固定日とする後遺障害診断書(乙一六)が作成されている。

原告は、平成一四年二月二七日に内耳の平衡機能障害が発見されて、その治療と経過観察が必要であると判断されたのである。A医師は、労災の特別支給金申請書の診療担当者欄に療養継続中であると記載し、同日以降も療養が継続中であることを認めている。

(被告らの主張)

A医師は、診療経過を踏まえて、平成一四年二月二〇日付回答書において、同月二七日を症状固定日とする判断を示した。その後、再度の照会に対する回答においても、固定日についての見解の変更はないと回答している。そして、小倉病院のカルテ(甲一七)上も、平成一三年九月四日から始まったリハビリ後も「眩暈感は徐々に改善」「眩暈感減退」「日常生活OK」などの改善傾向が示されている。A医師から「一般的な頸椎めまい」と説明されていたものが平成一四年二月二七日以降には「内耳震盪」ないし「軽度の末梢性平衡障害」と判明したとしても、もともと存在していためまいという症状に対して傷病名が付けられたにすぎず、新たな症状が発症したのではない。また、「内耳震盪」ないし「軽度の末梢性平衡障害」という診断がなされたとしても、従来と異なる治療が開始され、その効果が症状の改善をもたらしたのであれば格別、ホットパック、マッサージ、牽引といった従来と大差ないリハビリが継続されたにすぎず、治療が行われた形跡はみられない。

A医師は、東邦大学医学部附属大橋病院(以下「大橋病院」という。)の検査結果を考慮してもなお、症状固定日に変更はないと判断しており、原告が後遺障害診断書を提出せず、症状固定に納得しないことのみが原因で後遺障害診断書を作成していなかったことが窺える。平成一四年二月二七日以降の治療経過をみても自然治癒以上にめまいが改善していった様子は見出せず、めまいの症状があったとしても、それは同日以前に存在した症状にすぎず、残存後遺障害の内容にすぎない。

A医師の前記回答における見解は尊重されるべきであり、原告の症状固定日は平成一四年二月二七日とするべきである。

(3)  損害及びその額

(原告の主張)

ア 治療費 三九万五二四〇円

イ 交通費 二万七〇八〇円

自宅から小倉病院まで(五三回) 二万二二六〇円

自宅から東邦大学附属大橋病院まで(四回) 一五二〇円

入院中の家族の見舞いのための交通費(五回) 三三〇〇円

ウ 入院雑費 一万九五〇〇円

エ 文書料(後遺障害診断書作成料) 二万七三〇〇円

オ 休業損害 二八〇万八六七〇円

原告は、本件事故当時、テイケイワークス株式会社に勤務しており、同社から被告が受領していた賃金は、基本給、基本外給、手当調整額、交通費の合計額から安全協会費を差し引いた額を日数で除し、日額七五九一円となる。

原告は、症状固定日である平成一四年七月三一日までの休業を余儀なくされたものであるから、休業日数は、三七〇日となる。

(計算式)

7,591×370=2,808,670

カ 後遺障害逸失利益 三七二八万九七九〇円

原告は、本件事故により、平衡機能障害を起こしており、これは、神経系統の機能または精神に障害を残し、服することができる労務が相当程度に制限されるものに該当すると考えられる。

平衡機能障害についての認定は、自覚症状の有無が問題とされ、他覚的な異常所見である眼振の強弱の有無は問題とされていない。原告はめまいの自覚症状が強く、頭の位置を変えたり、体の向きをかえたときにめまいが生じる。また、東邦大学医学部附属大橋病院における平成一四年三月二五日、同年六月二一日、同年一二月二六日に実施された平衡機能検査においては、検査の全てに頭位眼振が、うち二回に自発眼振が認められ、これは、「多数の検査結果に異常所見が認められる」場合に該当し、原告のめまいの自覚症状が強いことの証左である。東京労災病院では、自発眼振は認められない、その他の検査でも異常所見は認められないと診断されたが、自発眼振は、障害の大小にかかわらず、検査時に毎回出現するものではなく、同病院でのENG検査においては、暗所を作り出すゴーグルから光が漏れていたもので、その検査方法に問題があり、また、内耳性めまいの症状の重要な検査である頭位眼振検査も行われていない。

B医師作成の自動車損害賠償責任保険後遺症診断書においても「頭位変換時に眼振が出現するため、高所での作業や自動車の運転は危険であり、避けることが望ましい」とされており、労働基準監督署長に提出した意見書、再審査請求における審査官の聴取にも「急激に頭を動かす動作、振り向いたり上を向いたりして作業をすると危ないということである」と述べている。

原告のめまいが中枢性の障害にあたらないとしても、内耳性の障害として独立してその等級は判断されるべきであり、前記の症状を前提とすると、原告が就労可能な職種は相当程度制限されると考えられ、原告の後遺障害は九級とするべきである。

また、男子の外貌に著しい醜状を残すものとして一二級一三号と認定されているから、原告の後遺障害は併合八級が相当である。

そして、めまいの症状の存続期間については、これがどの程度継続するかどうかの明確な医学的根拠が存在しないのであるから、症状が固定している以上、原告のめまいの症状は稼働年数として措定される六七歳まで継続するものとするのが公平である。

また、原告は、本件事故前会社を経営しており、本件事故直前の平成九年までは六〇〇万円から一四四〇万円の収入を得ていた。平成一三年三月までにその会社の活動は一旦休止したが、同年四月からは派遣会社であるテイケイワークスに勤務し、収入を得ていた。遅くとも平成一四年までには再就職先を見つける予定であったから、原告は、少なくとも平成一三年度の賃金センサス男性労働者・企業規模計・学歴計の平均賃金を得ることがほぼ確実であったといえる。

(計算式)

5,659,100×0.45×14.643=37,289,790

キ 慰謝料

<1> 入通院慰謝料 三〇〇万円

入院日数一三日、症状固定日までの通院期間が約一年であること、本件事故により原告の長女は大学進学を断念することを余儀なくされたこと、被告の不誠実な対応に鑑み、三〇〇万円が相当である。

<2> 後遺障害慰謝料 八三〇万円

ク 弁護士費用 五〇〇万円

ケ 過失相殺 一割

コ 過失相殺後の合計 五一一八万八二二円

サ 損害のてん補 六二六万六三三三円

シ てん補後の合計 四四九一万四四八九円

(一部請求 二〇七七万九五九四円)

(被告らの主張)

ア 治療関係費について

治療費、入院雑費は認める。

通院交通費は、平成一四年二月二七日までの分を認めるが、同日後の通院費及び家族の交通費は否認する。

イ 文書料について

後遺障害診断書作成料は本件事故と相当因果関係にない。

ウ 休業損害について

原告の症状固定日は平成一四年二月二七日であると解され、それまでも労働能力は逓減されているとみるべきである。

また、一日あたりの休業損害は六五〇〇円である。

エ 後遺障害逸失利益について

休業損害証明書によれば、原告の年収にしても二五〇万円程度にすぎない。原告は症状固定時四〇歳であり、現実収入を基礎にするべきである。

原告のめまいは、「頭の位置を変えたり、体の向きをかえたときにめまいが生じる、素早く椅子の上に立ち上がるとバランスを崩して椅子から落ちてしまう。」という程度のものである。

したがって、必ずしも常時継続的に障害を感じるようなものではなく、特定の動作をした場合に限られるのであり、一二級一二号よりも低い評価を受けざるを得ず、労働能力の喪失率はせいぜい一〇%程度である。

また、大橋病院の検査においては、頭位変換眼振は軽度あるものの、すぐ減退し、前回検査時より軽快傾向にあること、同病院のカルテ上にも「少しずつ症状はよくなってきている」と記載されていること、原告が財団法人日産厚生会玉川病院(以下「玉川病院」という。)のC医師から「症状は三年ないし五年は続く」と説明を受けていることなどからすれば喪失期間も長くても五年とみるべきで二七年もの長きにわたる主張は過大なものである。

顔面醜状は労働能力の喪失率に影響を与えない。

第三争点についての判断

一  過失相殺

証拠(甲三、一五、二〇、乙二三、二五、四〇、原告本人、被告Y1本人)によれば、以下の事実が認められる。

本件現場は、玉川方面から東名高速道路方面に向かう幅員三・七ないし三・八メートルの道路(以下「南北道路」という。)と鎌田方面から瀬田方面に向かう幅員五・五ないし五・七メートルの道路(以下「東西道路」という。)が交差する信号機により交通整理のなされていない交差点(以下「本件交差点」という。)であり、南北道路には、交差点南側手前に一時停止規制の標識及び停止線がある。本件交差点においては、東西道路鎌田方面から瀬田方面に向かって右側(南側)には塀が存在するため見通しが悪く、同様に、南北道路玉川方面から東名高速道路方面に向かって左側(西側)も見通しが悪い。

本件現場の道路は、アスファルトで平坦であり、本件事故当時の天候は曇りで、路面は乾燥していた。

原告は、二六インチの軽快自転車である原告自転車を運転し、南北道路を玉川方面から東名高速道路方面に向かって進行し、本件交差点に差し掛かった。本件交差点に進入する手前の一時停止線付近で、相当程度減速したが、停止はせず、時速約五キロメートル程度でこぎ出した。その際、東西道路において二二ないし二二・四メートル離れた地点に被告車を認めたが、被告車が減速しているように見えたので間に合うと思いそのまま進行した。その間、被告車のブレーキ音を聞くまでの間、左側は見なかった。

一方、被告Y1は、東西道路を鎌田方面から瀬田方面に向かって時速三〇ないし四〇キロメートルで進行していたところ、本件交差点を認めてアクセルから足を離し、衝突地点の二一・三五メートル手前でカーブミラーを見たが、何も移っていなかったので、そのまま進行したが、衝突地点の一三・二五メートル手前で、同地点の三・七メートル右から進行してくる原告自転車を認めて危険を感じ(甲一五の八、一五の九、原告本人)、急制動をかけたが間に合わず、原告自転車の左側に衝突した。

衝突後、原告自転車は、衝突地点から被告車進行方向に五・九メートル離れた車道上に、原告自身は歩道上に停止転倒し、被告車は衝突時から一・九メートル進行して停止した。

本件交差点は、原告進行道路である南北道路に一時停止規制があるのであるから、原告は、交差点に進入する際には、一時停止し、左右の安全を確認してから進行すべき注意義務があるのに、一時停止をせず、かつ、本件交差点に向かって進行してくる被告車を認めながら、被告車が減速、停止するものと軽信し、再度被告車の動きを確認するなどせずにそのまま進行した過失がある。原告は、車両の運転者として一時停止規制のある交差点を進行する際の基本的注意義務を怠ったものと言わざるをえない。

他方、被告Y1は、本件交差点進入前にアクセルから足を離し、時速三〇キロメートルよりも相当程度に減速していたと主張するが、原告を発見してから急停止をかけても停止できなかった上、衝突時に原告及び原告自転車を五・九メートル先に飛ばしているのであるから、その減速は不十分であったといわざるを得ない。自動車を運転して交差点を通過する際には、交差道路に一時停止規制があるとはいえ、自己の進行道路が優先道路ではなく、かつ、交差点右側の見通しが悪く、交差点に接近しないと右側からの進行車両の有無が確認できないのであるから、十分に減速した上、徐行して交差点を進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、さほど減速せずに漫然と本件交差点に進入しようとした過失がある。

そして、その過失割合は、本件事故態様、原告、被告Y1のそれぞれの過失の内容、本件交差点の状況等、考慮すれば、過失割合は、原告三に対し被告七とするのが相当である。

二  症状固定日

原告は、平成一四年七月三一日が症状固定日であると主張するのに対し、被告らは、甲六、七を根拠として、同年二月二七日が症状固定日であると主張する。

証拠(甲六、七、一七、乙一六)によれば、確かに、A医師は、平成一四年二月二〇日付弁護士照会に対する回答(以下「回答一」という。)において、原告の症状固定日は平成一四年二月二七日であると回答しており、診療録上も「二月二七日に症状固定とす」との記載もある。さらに、平成一四年五月一〇日の再照会においても、同医師は、平成一四年二月二七日に症状固定」の見解には変更がない旨回答(以下「回答二」という。)している。そして、平成一三年九月四日ころから小倉病院における治療は、ホットパック、マッサージ等が主であることもまた認められる。

しかしながら、回答一の前提となる原告の症状は、「頭皮知覚異常、頸部痛」で、「ほぼ後遺症なし」というものであり、「めまい」ないし「平衡機能障害」についての記載はない。また、A医師は、回答二においても、症状として「めまい」、現在の治療内容として「めまいに対する投薬治療」と回答しているものの、「著明な他覚的所見はなし」と回答し、「ほぼ後遺症なし」との前回の回答に変更はないと回答している。

原告の後遺障害は、損害保険料率算出機構の事前認定手続において、当初、いずれの神経症状についても後遺障害等級は非該当とされ、平成一四年九月九日発行の後遺障害診断書の予後の所見として「耳鳴り、めまい等改善傾向にあり」との記載があった(乙一三)ため、訴えの症状が将来にわたり残存する障害とは捉え難いとして、後遺障害として認定されなかったが、原告からの異議申立ての結果、大橋病院における平成一四年三月二五日、同年六月二一日、同年一二月二六日の三回の眼振検査によって異常が継続的に認められることから、平衡機能障害があり、一二級一二号に該当する後遺障害であると認定されている(乙一八)。したがって、原告「めまい」は、主となる後遺障害であるといえるが、A医師は、前記のとおり、回答一において、めまいの症状を原告の後遺障害とせず、頭皮知覚異常及び頸部痛がみられるだけでほぼ後遺症はないとした上で症状固定日を平成一四年二月二七日と回答しているものである。そして、回答二は、大橋病院の第一回目の検査結果後であるものの、その後の二回の検査結果を待たずになされたものであり、原告に継続的な眼振検査の異常があることを前提としているものではなく、明らかに原告のめまいの症状を後遺障害として捉えているとは認めがたい。

これに対し、平成一五年一月三〇日に発行されたA医師の後遺障害診断書(乙一六)には、自覚症状、他覚症状いずれにも「めまい」の記載があり、予後の所見として「耳鳴りめまいあり」との記載もある。これは、A医師の最も新しい判断であるとともに、三回の眼振検査の結果を踏まえたものでもあり、原告の後遺障害として「めまい」の存在を前提としているとみることができる。しかるに、同医師の原告の後遺障害についての所見は、回答一及び同二の照会回答時と後遺障害診断書作成時で同一であるとは言い難く、同医師の原告の後遺障害についての所見は、平成一五年一月三〇日に発行された後遺障害診断書(乙一六)の記載どおりと解するべきである。

また、小倉病院の診療録(甲一七)上、「二月二七日症状固定とす」との記載の後に、「一日一回は倒れる。」「高所での仕事に自信がない」との記載があるところ、その後原告は、大橋病院における診断を受け、眼振検査等により原告の主訴が他覚的に裏付けられたということができる。同診療録(甲一七)には、「東邦大学大橋病院の耳鼻科で内耳の具合良くなってきていると、回転するとめまい感残っている、リハビリ、投薬で少しはよいと」との記載があり、C医師の診断書(甲一四の一)にも「外傷性(事故による)内耳震盪めまいふらつき 上記により約一年間の通院療養(内服)を要する。」と記載され、大橋病院の診療録(甲一九)には、「平成一四年六月一四日 少しずつ症状は良くなってきている。目で物をおっていくと眩暈+」「自発眼振(-) 頭位変換眼振軽度すぐ減退」と記載がある。回答二には「めまいた対し投薬治療をしている」との記載があり、小倉病院の診療録上、玉川病院で処方された「メリスロン」と「メチコバール」を平成一四年四月二七日以降小倉病院でも継続して服用している旨の記載がある(甲一七)ことからすれば、平成一四年二月二七日の時点では未だ原告に対する治療が継続し、かつ、めまいについては、治療により症状が改善しつつある状態であることが窺える。頸椎捻挫の痛みに対するホットパック、マッサージ等が繰り返されていることをもって症状固定後のリハビリが継続しているにすぎないということはできない。

さらに、原告には平成一四年七月三一日まで、労災保険の休業補償の支給があるが、これについても、診療録(甲一七)の記載によれば、A医師の意見が反映されていると考えられる。

以上によれば、原告の症状固定日は、平成一四年七月三一日であるというべきである。

三  損害及びその額

(1)  治療費 三九万五二四〇円

当事者間に争いがない。

(2)  交通費 二万三七八〇円

小倉病院及び東邦大学医学部附属大橋病院までの通院交通費は本件事故と因果関係のある損害であると認められる。

しかし、家族の見舞いのための交通費は、本件事故と因果関係のある損害であるとは認められない。

(3)  入院雑費 一万九五〇〇円

当事者間に争いがない。

(4)  文書料 二万七三〇〇円

後遺障害診断書の作成料は本件事故と因果関係のある損害であると認められる。

(5)  休業損害 二一一万五六五二円

前記のとおり、原告の症状固定日は、平成一四年七月三一日と認められ、証拠(乙二三、原告本人)によれば、原告は、事故後平成一五年三月まで就業していないことが認められる。

しかしながら、A医師の所見では、平成一四年二月二七日以降は一応の就労が可能と判断されたのであり(甲六)、同日以降も治療が必要であっためまいの存在を前提としても、その症状は常時発現しているわけではなく、かつ、前記二のとおり、徐々に改善されていったことが認められるのであり(甲一七ないし一九)、同日以降症状固定日まで、全日一〇〇%の休業が必要であったとは認め難い。後記のとおり、めまいの後遺障害によって喪失した労働能力は一四%と評価するのが相当であるところ、労働能力は症状固定日まで全く失われているものではなく、段階的に改善されていくものであるから、事故日から症状固定日まで全く就業できなかったものとして休業損害を算定することは、公平な損害の分担という観点から相当でない。したがって、原告の症状、通院・治療状況、医師の所見等を勘案し、平成一四年二月二六日までは全日、同日から症状固定日である同年七月三一日までは、同期間の六割において休業の必要性があったものと認めるのが相当である。

また、休業損害証明書によれば、原告の一日あたりの収入は、六八六九円であるといえる(甲一二)。

(計算式)

625,134÷91=6,869

6,869×(215+155×0.6)=2,115,652

(6)  後遺障害逸失利益 四二八万二三九一円

原告は、めまいの症状について、運転、高所での作業が危険であるとされていること(乙一七)を理由として後遺障害別等級第九級を主張するが、自賠責保険においては、頸椎捻挫に伴う神経症状を含めて「局部に頑固な神経症状を残すもの」として後遺障害別等級第一二級一二号と認定されている(乙一八)。また、労災の審査請求に対する決定書(乙二八)においては、「めまいの客観的検査所見である眼振が頭位眼振として認められていることから、後遺障害等級第一二級と考えて良いとしているが、その眼振所見は軽度のものであり、明らかな異常所見とは認められないため、障害等級第一二級を超えるものではなく、これらの所見をもって、単なる高所での作業や自動車運転の危険を生ずるものとは考えられない。」と判断されている。

原告のめまいについては、「頭の位置を変えたり、体の向きを変えたときにめまいが生じる」(乙一七)、「素早く椅子の上に立ち上がると、体がふらついて、バランスを崩して椅子から落ちてしまう」「ブランコに乗る、子供を追いかけて、テーブルの周りを何回か回る」(乙二三)「大きな音を聞いたり、バランスを取ろうとして、めまいが生じる」(乙四〇)と特定の場合に生じるものであることが認められ、他方、「自転車には乗れ」るのであり、「階段を下りる、物を持って歩く、高いところのものを触ろうとすると眩暈がおきる」といいながらも、常にそのような状態にあるわけではなく、「今日、自宅から裁判所に来るまでの間には眩暈はしていない。」(本人尋問)ともいい、現在の仕事である清掃業に対する具体的に支障が生じているかということも明らかではない。したがって、原告の自覚症状において、労働能力が三五%も喪失されているものとは到底言い難く、その医学的な所見においても、乙一七の「障害内容の憎悪・緩解の見通しなど」の記載にかかわらず、「頭位変換時に軽度の水平性眼振を認めました。視標追跡検査、視運動眼振検査ともに異常はなく、中枢性平衡障害を示唆する所見はありませんでした。温度眼振検査では半規管麻痺はありませんでした。以上より平衡機能検査上は軽度の末梢性平衡障害です。」とのB医師の意見(甲一三の四)等医師の意見、診療録、検査結果等を全体として評価すれば、原告の症状の程度は「軽度」と判断されていると見ざるをえないのであって、労働に通常差し支えがあるとまではいい難く、原告の平衡機能障害による労働能力喪失率は一四%とするのが相当である。

また、男子の外貌醜状については、原則として労働能力に影響を与えるものとは認められず、原告においても、特に外貌を重視するような職種に就いているないし就く予定があるものとは認められないから、労働能力喪失率に直接影響を与えるものであるとはいえない。

そして、原告の平衡機能障害は、後遺障害であると診断され、自賠責保険の等級認定もされている以上、このような症状がある程度は継続することが前提であって、事故後二年以上経過してもめまいの症状が存在している(原告本人)ことからすれば、被告の主張どおり労働能力喪失期間を五年とすることは短きにすぎるといわざるを得ない。他方、通院した病院の診療録(甲一七ないし一九)によれば、めまいの改善傾向や投薬によるコントロールがなされている状況が窺える上、原告も、玉川病院のC医師からこうした症状が三年から五年は続くと聞かされており、同医師が「一年間の通院療養を要する。症状により通院加療の期間を延長する可能性がある。」との診断書を作成したこと(甲一八、乙二三、原告本人)、原告のめまいが後遺障害別等級表第一二級一二号に該当する神経症状であることを考慮すれば、さほど長期間労働能力に影響を与えるとも評価し難い。原告の症状、改善の程度等を考慮すれば、労働能力喪失期間は一〇年とするのが相当である。

また、原告は、賃金センサス男子労働者の平均賃金程度の収入を得られたものとして、平成一三年賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者学歴計の年収額で基礎収入を算定するが、原告の収入は、平成五年、平成六年ころには美容院等を経営して八四〇万円の収入があったものの、事業が軌道にのらなくなった平成七年ころから減少し始め、平成七年には六一五万円、平成八年には四二六万円、平成九年には四二六万円であり、本件事故前の平成一〇年、平成一一年、平成一二年の収入を裏付ける客観的な証拠はなく、原告の事故前三か月の収入は六二万五一三四円(年収にすれば、二五〇万五三六円)であること(甲一二、乙二三、三二ないし三六、四〇、原告本人)、平成一四年一月に再就職先を見付ける予定であったというが、その具体的な就職先等は明らかでないことからして、前記の労働能力喪失期間中、平均賃金程度の収入が得られる蓋然性があるとまでは認め難い。しかし、過去には平均賃金を超える収入を得ていた時期もあり、四四歳という年齢では再就職の可能性もあるので、事故当時の低い収入が今後も継続するとも考え難い。したがって、逸失利益の算定においては、前記賃金センサスによる平均賃金の七割をもって基礎収入とする。

(計算式)

3,961,370×0.14×7.7217=4,282,391

(7)  慰謝料

<1> 傷害慰謝料 一四〇万円

原告の傷害の部位、程度、治療経過等に鑑みれば、入通院慰謝料は一四〇万円が相当である。

<2> 後遺障害慰謝料 四五〇万円

原告は、併合一一級の認定を受けており、後遺障害の部位、程度を考慮した上、労働能力には直接影響を与えないとして逸失利益算定には考慮されないが、原告に醜状障害が存在すること鑑みれば、後遺障害慰謝料は四五〇万円が相当である。

(8)  (1)ないし(7)の合計 一二七六万三八六三円

(9)  過失相殺

前記のとおり、原告にも過失があるから、その損害の三割を減ずる。過失相殺後の損害額は八九三万四七〇四円である。

(10)  損害のてん補 七一六万六三三三円

上記金額の損害のてん補があったことについては当事者間に争いがない。

被告保険会社からの既払金 五五四万三五四〇円

労災保険(障害一時金) 一六二万二七九三円

(11)  弁護士費用 一八万円

本件事案の内容、難易度、認容額等によれば、本件事故と因果関係のある弁護士費用としては一八万円が相当である。

(12)  合計 一九四万八三七一円

第四結論

以上によれば、原告の請求は、一九四万八三七一円及びこれに対する平成一三年七月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙取真理子)

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