東京地方裁判所 平成15年(ワ)16666号 判決 2003年12月16日
原告 株式会社栃木銀行
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 渋川孝夫
被告 アクサグループライフ生命保険株式会社
代表者代表取締役 B
訴訟代理人弁護士 竹内俊文
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、金1000万円を支払え。
第2事案の概要
1 原告は、有限会社aに対する宇都宮地方裁判所平成14年(ワ)第329号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基づいて、宇都宮地方裁判所足利支部に対し、a社の被告に対する生命保険金1000万円の支払請求権(本件被差押債権)につき債権差押え及び転付命令の申立てをし、平成15年5月22日、債権差押え及び転付命令を得た。
上記債権差押命令(本件差押命令)の正本は、同15年5月28日、債務者であるa社に、同15年5月26日、第三債務者である被告にそれぞれ送達された。
2 本件は、本件差押命令の差押債権者である原告が、第三債務者である被告に対し、a社の被告に対する本件被差押債権に係る給付を求めたところ、被告が、「原告がした本件被差押債権に対する仮差押えはその時効を中断するものではないから、本件被差押債権については3年の消滅時効が完成している。」として原告の上記請求に応じなかった事案である。
3 争いのない事実(前提事実)
(1) 原告は、平成10年3月31日、a社に対し、最終返済期日を同11年3月25日、利率を年3.5パーセントの割合、遅延損害金を年14パーセントの割合として、金1311万円を貸し付けた。
(2) a社は、被告との間で、被保険者をCとする下記内容の生命保険契約(本件生命保険契約)を締結していたところ、Cは平成11年1月8日に死亡した。
記
ア 契約日 同9年7月1日
イ 保険証券番号 <省略>
ウ 保険種類 無配当新定期保険
エ 保険期間 平成9年7月1日から平成19年6月30日まで(10年間)
オ 保険金額 金1000万円
カ 保険者 被告
キ 契約者 a社
ク 受取人 a社
ケ 時効期間 保険金等を請求する権利は、その請求事由が生じた日の翌日からその日を含めて3年を経過したときは、時効により消滅する(約款32条)。
(3) 原告は、平成13年2月7日、宇都宮地方裁判所に対し、債務者をa社、第三債務者を被告(当時の商号は「ニチダン生命保険株式会社」)、仮差押えの対象債権を本件被差押債権とする仮差押命令の申立てをしたところ、同裁判所は、同13年2月16日、「債権者の債務者に対する請求債権を保全するため、債務者の第三債務者に対する仮差えに係る債権は仮に差し押さえる。第三債務者は、債務者に対し、仮差押えに係る債務の支払をしてはならない。」とする本件仮差押命令を発した。
本件仮差押命令の正本は、同13年2月20日、第三債務者である被告に送達された。
(4) 原告は、a社に対する上記(1)の貸付金の残金1263万円とこれに対する利息・遅延損害金に係る宇都宮地方裁判所平成14年(ワ)第329号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基づいて、同15年5月9日、宇都宮地方裁判所足利支部に対し、本件被差押債権につき債権差押え及び転付命令の申立てをした(同裁判所平成15年(ル)第82号及び同年(ヲ)第53号事件)。同裁判所は、同15年5月22日、債権差押え及び転付命令を発し、その正本は、同15年5月28日、債務者であるa社に、同15年5月26日、第三債務者である被告にそれぞれ送達された。
(5) 被告は、本訴において、本件被差押債権につき、本件生命保険契約に係る約款32条に基づく3年の消滅時効を援用した。
4 争点
債権仮差押命令が第三債務者に送達されたことにより、仮差押えに係る請求債権のみならず、仮差押えの対象とされた被差押債権についての消滅時効をも中断するか。
(原告の主張)
本件被差押債権は、消滅時効期間が3年とされている生命保険金請求債権であるところ、平成11年1月8日に被保険者のCは死亡しているから、本件差押命令が被告に送達された同15年5月26日には上記時効期間は経過し、消滅時効が完成していることになる。しかし、原告は、本件差押命令の申立てに先立って、同13年2月7日、宇都宮地方裁判所に対し、仮差押えの対象債権を本件被差押債権とする仮差押命令の申立てをし、同13年2月16日に同裁判所から本件仮差押命令の発令を受け、その正本は同13年2月20日に第三債務者である被告に送達された。したがって、本件仮差押えにより、上記消滅時効は中断しているというべきである(民法147条2号)。
債権仮差押えにより、仮差押債権者の仮差押債務者に対する請求債権(被保全債権)の消滅時効のみならず、仮差押債務者の第三債務者に対する被差押債権の消滅時効も中断されるかについては議論があり、これを否定する見解もある。しかし、消滅時効制度の趣旨は、自己の権利の行使を怠り、権利の上に眠っている権利者は法の保護に値しないとするところにある。これを債権仮差押えがされた場合についてみると、仮差押債務者は、仮差押えがされると、以後、自らの権利行使ができず、第三債務者の履行を受けることもできなくなり、いわば自己の権利の上に眠る自由さえなくなっているといわざるを得ない。そうすると、仮差押えに時効中断の効力を認めず、所定の消滅時効期間の経過をもって権利消滅の効果を生じさせるのは不合理である。また、消滅時効制度は、客観的に権利不行使の事実状態が継続した場合にこれをそのまま法律関係として昇華させるのが社会の法律関係の安定となることを考慮したものであるから、債権仮差押命令を第三債務者に送達することにより、当該仮差押えの対象とされた被差押債権が行使されたと同視し得る事実状態が現出され、権利不行使の事実状態が破られたということができる。したがって、債権仮差押えは、仮差押えの対象となった被差押債権の消滅時効をも中断すると解するのが相当である(大阪地裁岸和田支部昭和39年12月17日判例時報401号55頁、東京高判昭和51年3月13日判時816号55頁、横浜地裁川崎支部昭和54年3月15日判例タイムズ392号120頁等)。
以上のとおりであって、本件仮差押えによって、本件被差押債権の消滅時効も中断されているから、原告は、被告に対し、本件被差押債権に係る給付を求めることができるというべきである。
(被告の主張)
本件被差押債権は、本件生命保険契約の被保険者であるCの死亡により、a社が被告に対して有する生命保険金請求権であるところ、この生命保険金請求権は、本件生命保険契約に係る約款32条により、当該請求事由が生じた日の翌日からその日を含めて3年を経過したときは時効消滅することとされている(保険金請求権につき、短期の消滅時効が定められているのは、保険制度の技術性・団体性による。)。したがって、本件被差押債権は、上記3年の経過により時効消滅している。
原告は、本件仮差押えにより、仮差押債権者の仮差押債務者に対する請求債権のみならず、本件被差押債権の消滅時効も中断している旨主張する。しかし、生命保険金請求権が仮差押えされても、保険金受取人が生命保険金請求権を行使することが禁止されるわけではなく、第三債務者はこの請求に応ずると二重払いの危険を負うことになるにすぎない。本件被差押債権の債務者であるa社が生命保険金請求権を行使しなかったことは、自己の権利の上に眠っていたということができるのである。また、原告も、債権者代位権により本件被差押債権の請求をするなり、第三債務者である被告の承認を得るなりして、その消滅時効の中断をすることができたのに、そのような中断の手続をとらず、漫然と消滅時効期間を途過したのである。債権者が債務者の第三債務者に対する債権を差し押さえ、又は仮差押えをした場合、当該差押え・仮差押えは被差押債権の消滅時効の中断事由とならないことは民法の規定により明らかである(大判大正10年1月26日民録27号108頁、東京高判昭和51年6月29日判例時報831号44頁、東京地判昭和56年9月28日判例時報1040号70頁及び福岡高判昭和62年12月10日判例時報1278号88頁等)。
そうすると、本件仮差押えにより本件被差押債権の消滅時効は中断していないから、本件被差押債権については、被告の援用した消滅時効が完成していることになる。
第3争点に対する判断
1 本件被差押債権と消滅時効期間の進行
上記第2の3の事実によれば、本件被差押債権、すなわち、被保険者であるCが死亡したことによる生命保険金請求権については、その死亡日である平成11年1月8日の翌日を起算日として3年の消滅時効が進行するというべきところ、本件差押命令が第三債務者である被告に送達された同15年5月26日の時点で、上記消滅時効の期間は既に経過していたことが明らかである。
そうすると、本件被差押債権につき、時効の中断事由が生じていない限り、上記消滅時効は完成しており、被告の消滅時効の援用により、本件被差押債権は消滅していることになる。
2 本件仮差押えが本件被差押債権の時効中断事由となるか
そこで、本件仮差押えが本件被差押債権についての消滅時効を中断する効力を有するか否かについて検討する。
民法147条は、時効の中断事由につき、149条から156条において個別に規定するのに先立って、中断事由を一括し、1号及び2号において、権利行使行為としての「請求」及び「差押え、仮差押え又は仮処分」を、3号において義務承認行為としての「承認」を列挙している(法定中断事由)。これを債権の消滅時効との関係で見ると、同法147条2号の「差押え及び仮差押え」が時効中断事由とされているのは、消滅時効の対象となる債権の権利者(債権者)によって当該債権につき明確な権利行使がされたため、消滅時効の基礎となる事実状態の継続がいわば破られたことになるからである。そして、同法147条2号、同法154条及び155条の各規定内容からすると、そこで時効中断の対象となる権利として想定されているのは、当該差押え及び仮差押えに係る請求債権(執行債権及び被保全債権)であって、当該差押え及び仮差押えに係る仮差押債務者の第三債務者に対する被差押債権でないことが明らかである。
そうすると、本件仮差押えによっても、本件被差押債権についての消滅時効は中断しないというべきである。
これに対し、原告は、債権仮差押命令が発効すると、以後、仮差押債務者が自ら被差押債権につき権利行使をすることができず、第三債務者から履行を受けることもできなくなって、いわば自己の権利の上に眠る自由さえなくなるとし、また、債権仮差押命令が第三債務者に送達されると、当該仮差押えの対象とされた被差押債権が行使されたと同視し得る事実状態が現出され、権利不行使の事実状態が破られたことになるなどとして、本件仮差押えにより本件被差押債権の消滅時効の進行も中断すると解すべきである旨主張する。
しかし、債権仮差押えは、債務者が第三債務者に対して有する債権の現状を保存して、債権者の債務者に対する請求債権の執行を保全することを目的とするものであるから、その効力は上記目的のために必要な限度で認められるにすぎない。すなわち、仮差押えの発効後、仮差押債務者は、被差押債権の処分、例えば、取立て、譲渡、免除、相殺及び質入れ等が禁じられ、仮差押債務者がこの処分禁止効に抵触する処分行為をしても、仮差押債権者に対して、その効力を対抗することができないものの(民事執行法の下においては、仮差押えが本差押えに移行し、これに基づく事後の執行手続が存する限り、これに参加するすべての債権者に対してその効力を対抗することができない。)、仮差押債務者は、債権仮差押命令の発効後も被差押債権の債権者であることに変わりはないから、仮差押債権者の執行による満足を妨げない行為は禁じられず、被差押債権について、第三債務者に対し、債務存在確認訴訟、ひいては給付訴訟を提起してこれを追行することもできる(最判昭和48年3月13日民集27巻2号344頁)。そして、第三債務者は、仮差押えの発効後、仮差押えの対象となった被差押債権に対する支払を禁じられ、債務者に弁済しても、これを仮差押債権者に対抗できず、仮差押債権者から請求があれば二重払いを免れないことになるのである。
債権仮差押命令が発効した後の仮差押債権者、仮差押債務者及び第三債務者の法的地位は上記のとおりであり、債権仮差押えによって行使された債権は、あくまで、仮差押債権者の仮差押債務者に対する請求債権であって、仮差押債務者の第三債務者に対する被差押債権について権利行使がされたことになるわけではない。そうすると、民法147条2号を拡張解釈して、仮差押えがその対象とされた被差押債権の消滅時効の中断事由となるなどということはできない。
そして、消滅時効制度の趣旨からしても、債権仮差押命令の正本が第三債務者に送達されることによって行使されたことが明らかになるのは、仮差押債権者の仮差押債務者に対する請求債権であり、また、債権仮差押命令の正本が第三債務者に送達されるのは、仮差押債権者の請求債権の執行を保全するためにすぎないから、被差押債権が客観的に行使されたと同視し得る事実状態が現出されたとは言い難い。
加えて、仮差押債権者が被差押債権の時効を中断するためには、債権者代位権により被差押債権の支払請求をするなり(金銭債権につき債権者代位権を行使するには債務者の無資力等の要件の充足を要するが、債権仮差押えがされるような場合は、上記要件が充足されることが多いであろう。)、第三債務者の承認を得るなりして、時効中断の措置をとればよいのである。また、仮差押債務者も、上記のとおり、第三債務者に対して給付訴訟等を提起することができるのである。そうすると、仮差押えに被差押債権の消滅時効を中断する効力を認めなくても格別の不都合はないというべきである。
3 以上のとおりであって、本件仮差押えによっても本件被差押債権の消滅時効は中断しておらず、被告の援用する消滅時効が完成していることになる。
第4結論
よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 原敏雄)