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東京地方裁判所 平成15年(ワ)17211号 判決 2005年9月13日

原告

X1

ほか一名

被告

Y1

ほか一名

主文

一  被告らは、原告X1に対し、各自、金一一五八万二二六四円及びこれに対する平成一三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告X2に対し、各自、金一一五八万二二六四円及びこれに対する平成一三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告X1に対し、各自、金三七四九万三七九九円及びこれに対する平成一三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告X2に対し、各自、金三七四九万三七九九円及びこれに対する平成一三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二前提事実

以下の事実は、事故態様の詳細を除き、当事者間に争いがない。

一  交通事故の発生

(1)  日時 平成一三年二月二六日午前七時三二分ころ

(2)  場所 神戸市東灘区深江浜町一二六番地の一(神戸市道深江浜一号交差点)

(3)  加害車両 大型特殊貨物自動車(車両番号・<省略>、以下「被告車」という。)

運転者 被告Y1

(4)  被害車両 自転車(以下「原告車」という。)

運転者 A

(5)  事故態様

Aが前記日時ころ、原告車を運転して前記場所の交差点(以下「本件交差点」という。)北側の横断歩道を東から西に向かって横断中、本件交差点南東方面から交差点に進入し、交差点を右折してきた被告車が上記横断歩道上で原告車に側面衝突した。

(6)  結果

Aは、救急車で病院に運ばれたが、同日死亡した。(以下「本件事故」という。)

二  責任原因

(1)  被告Y1は、本件交差点を右折するに当たり、前方注意義務に違反し、また、交差点での徐行義務に違反した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。

(2)  被告三笠陸運株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償責任を負う。

第三争点及び当事者の主張

一  事故態様及び過失相殺

【被告らの主張】

(1) 本件事故当時のAの対面信号について

ア 本件事故の目撃者であるBは、本件事故直後に、同人の対面信号(甲一三の二の信号現示捜査報告書の南北車両<1>の信号)が青色になった旨証言、供述しており、また、同報告書には、同人の対面信号が赤から青に変わる一四秒前から、Aの対面信号(同報告書の東西歩行者二P(以下単に「二P」と表記する。)の信号)は赤であり、Bの対面信号が青である場合には、Aの対面信号は常に赤である旨記載されている。

したがって、本件事故の約一四秒前から、Aの対面信号は赤であったのであり、本件事故の刑事記録中の起訴状(甲七の二)においても、これらを証拠として、Aが「対面赤色信号を無視或いは看過し」た旨認定されているのである。

イ また、被告Y1は、交通事故現場見取図(甲七の三の三の一、以下「現場見取図」という。)の<3>地点で同人対面信号(前記報告書の東西車両<2>の信号)が青から黄に変わり、<5>地点でAと衝突した旨証言、供述している。現場見取図によると、上記<3>地点から<5>地点までの距離は一二・八mであり、その際の被告車の速度は時速約二五km(秒速六・九四m)であった(甲七の二)ことから、被告Y1の対面信号が黄に変わってから約一・八四秒後に本件事故が発生したことになる。前記報告書によると、被告Y1の対面信号が青から黄に変わった後一・八四秒後のAの対面信号は赤である旨記載されているから、この点からも、本件事故当時Aの対面信号は赤であったのである。

(2) Aが横断を開始した当時の信号表示について

ア 被告車は、現場見取図の<4>地点において急ブレーキをかけ、<6>地点で停車している。上記<4>地点と<6>地点の距離は八・八mであるから、停止距離を八・八m、空走時間を〇・八秒(乙一)、摩擦係数を〇・五(乙一)、重力加速度を九・八m/s2としてブレーキ制動開始時の速度を算出すると、時速二二・二km(秒速六・一六m)となる。

イ 被告車は、<2>地点で停止した後に発進したものであるが、大型貨物自動車が停止状態から発進し、時速二二・二kmの速度に達するには、計算上、一二・一mの距離を要する。

ウ そして、<2>地点から<3>地点までの距離は三七・八mであるから、被告車は<3>地点では既に時速二二・二kmに達していたものと考えられ、この<3>地点で対面信号(前記東西車両<2>の信号)が青から黄色に変わっている。

また、<3>地点から<4>地点までは五・九mの距離があり、これを時速二二・二km(秒速六・一六m)で走行した場合は、<4>地点まで約一秒を要し、更に八・八m先の<6>地点までは、空走時間を〇・八秒、時速二二・二km、摩擦係数を〇・五、重力加速度を九・八m/s2として計算すると、二・一秒の時間を要する。

したがって、被告車の対面信号(前記東西車両<2>の信号)が青から黄色に変わった三・一秒後に被告車が原告車と衝突、停止したものと考えられる。

エ 通常、自転車は時速一五km程度で走行しているが(乙二)、現場見取図によると、Aは横断開始後約一六・四mの地点で衝突しており、Aが時速一五km(秒速四・一六m)で走行していたとすると、衝突の三・九秒前に横断を開始したことになる。

オ 前記のとおり、被告車は対面信号(前記東西車両<2>の信号)が青から黄色に変わった三・一秒後にAと衝突、停止し、Aは衝突の三・九秒前に横断を開始したことから、Aは、被告車の対面信号(前記東西車両<2>の信号)が青から黄色に変わる直前、Aの対面信号(前記東西歩行者二Pの信号)の青色点滅が終了した七秒後の赤色信号時に横断を開始した可能性が高いと考えられる。

なお、Aが、対面信号(前記東西歩行者二Pの信号)が青から青色点滅信号にかわるときに横断を開始したと仮定すると(衝突の約一八秒前に横断開始)、時速約三・三km(秒速約〇・九一m)という歩行者より遅い速度で走行していたことになるし、青色点滅信号から赤に変わる際に横断を開始したと仮定しても(衝突の約一〇秒前の横断開始)、時速約五・九km(秒速約一・六四m)で走行していたことになるが、自転車がそのような速度で走行していたことは、通常考え難いというべきである。

【原告らの主張】

(1) 原告らの父Aの乗っていた原告車の破損状況を見ると、ほとんど損傷がないぐらいに後輪のカバーが曲がった程度になっており(甲七の三の一、七の三の二一)、また、Aは、「自転車にて走行中四tトラックと接触した。一m程飛ばされ仰臥位で倒れていた」と救急外来患者診療録(甲二六の二〇)にあるように、頭部等強打による脳挫傷、頭蓋骨骨折で亡くなったものであるが、レントゲン写真等(甲二七の四~一四)を見ても、著しい骨折等もなく、比較的無傷のような状態で衝突したことが判明する。

(2) まず、何よりも、明確な衝突現場の状況として、衝突現場手前の路面に印象された被告車のスリップ痕(後輪右側)及び衝突地点付近に印象されたスリップ痕(右前輪)が明確に写真撮影されているし、現場見取図に図示されている被告車の右前輪二・六m、左前輪二・二mのスリップ痕、及び被告車の右後輪五・三mのスリップ痕が明確に印象されている。

これは、被告車の衝突前の速度が少なくとも時速三一・七七kmであることを示しているものであって、信号機のある交差点の右折車両の運転注意義務として交差点内の徐行義務、すなわち、少なくとも時速一〇km以下で、すぐ停止できる状況で運転しなければならない注意義務に違反していることを原因として、本件事故が一〇〇%発生したことを如実に示している。

(3) 当時、Aは、朝の通勤途上において、通い慣れた道であり、そのため本件事故現場が交差点として極めて交通量も多く、自転車で横断歩道を通過するについても相当の注意を持って進行しなければならないことは承知していたものであり、赤信号で横断歩道を渡り始めるとは全く考えられないことである。

また、Aは、横断歩道に入る際、その横断歩道に沿って自動車が信号待ちで停止していたことも明白な事実であるので、Aとしては安全を確認しつつ、自転車でゆっくりと横断したことは間違いないところである。もし、時速一五km以上というような速度で自転車を運転していたら、車の破損状態、自らの身体の損傷状態からも著しい損傷を外部に呈するような状況になっていたものと推測される。ところが、衝突は、トラックに真横に当てられたが、ほとんどトラック前部の前部バンパー左部分に払拭痕が残っているにすぎず、トラック前部に真横から当てられた状況であり、自転車の速度はほとんど停止状態であったものと推測される。このような交差点において、右折しようとする車両は信号が変わる際には横断歩道上の歩行者及び通行が認められている自転車に乗っている通行人が残っていることが十分予想されるので、たとえ青信号であって歩道を渡り始めたものが、途中で信号が変わることは当然あり得ることであり、横断歩道の長い(約二五m)本件交差点においては、衝突直前速度時速三一・七七kmというようなトラックを運転するということは一〇〇%徐行義務に反し、即時に停止できない状況で運転すること自体一〇〇%過失があると判断されてしかるべきである。もとより、前方不注視、左右確認義務にも明白に違反していることは被告Y1も認めるところである。

(4) 本件事故の捜査にあたった兵庫県東灘警察署の担当警部は、事故直後に原告らに対し、Aも被告Y1も青信号で進入し、Aは悪くない旨を述べていたし、被告Y1も当時はそのような供述をしていた。

しかるに、被告Y1は、その後かなり時間が経過してから、歩行者用信号が赤だったと、とってつけたような供述をしているが、これは自らの責任軽減を図った意図的な虚偽発言である。

(5) 被告Y1の本件交差点を右折するに当たっての無謀運転

被告Y1は、本件交差点の中央ゼブラゾーンの中程を横切り、本件横断歩道に斜めに突入し、ブレーキをかけたが被告車の先端は横断歩道の幅員を越えて一・四m先に初めて停車している。このように、無謀な右折運転がゼブラゾーンを横切る形でなされたものであり、まさに歩道上の信号や横断歩道を通行中の原告車を見る余裕がなく右折しようとしたことは明白である。

二  損害

【原告らの主張】

(1) 葬儀費 二二九万〇三九五円

原告らは、実際に上記金額を葬儀屋に支払っている。

(2) 交通費 一二万六六四〇円

親族がかけつけた際の交通費として上記金額を要した。

(3) 引越費用 一六万二五四〇円

Aは、家族のいる千葉を離れて神戸に単身赴任していたので、その荷物の千葉への引越のため、上記金額を要した。

(4) 逸失利益 四二四〇万八〇二四円

ア 基礎収入

Aは、日本配合飼料株式会社に勤務して、平成一二年度に年収七二九万三八七一円を得ていた。

なお、被告らは、Aは六〇歳で定年退職する予定であったから、六〇歳以降は平均賃金を基礎とすべきであると主張するが、Aは、たとえ定年になったとしても、死亡まで四二年間の終身雇用をされており、飼料関係の仕事はペットブーム、家畜の飼料の専門的知識から、退職後も在任以上に働くことが予想され、関係会社も多く、退職すなわち給料ダウンという状況ではなかった。

イ 生活費控除率 三〇パーセント

Aは、一家の支柱であり、妻であるCと原告X2を扶養していた。

ウ 就労可能年数 一一年(ライプニッツ係数八・三〇六)

Aは、本件事故当時五八歳であり、あと一一年は就労可能であった。

エ 計算式

729万3871円×(1-0.3)×8.306=4240万8024円

(5) 慰謝料 三〇〇〇万円

Aは、一家の支柱であり、事故当時五八歳であり、本件事故によって生命を奪われたことを慰謝するには、少なくとも上記金額を要する。

(6) 合計 七四九八万七五九九円

(7) 相続

本件事故時におけるAの相続人は妻であるC及び子である原告らであったが、Cは本件事故後、最愛の夫を失った本件事故を苦にし、平成一四年七月七日自殺した。したがって、Aの損害賠償請求権及びCの損害賠償請求権について相続した原告らが、Aの損害につき、各二分の一ずつ(三七四九万三七九九円)を相続したことになる。

(8) 損益相殺について

被告らは、Aの死亡により、遺族厚生年金(年額一七五万一一〇〇円)が支払われていることから、損益相殺として控除すべきであると主張する。しかし、上記年金は妻のCに対して支給されることとなっているが、Cの死亡後、平成一四年八月から子である原告X2に過払い分を返納せよとの命令がされ、平成一五年四月二二日に原告X2は五八万三七〇〇円返納した。遺族年金の受給権者が妻と定められているとき、同年金受給額は妻の損害賠償額だけから控除すべきであり、原告らの損害賠償債権額から控除すべきではない。

また、厚生年金はそれ自体独自の年金体制の下に支払われるものであるので、損害賠償の中からそれを控除するのは被害者側に酷であるので、公序良俗に反しており、許されるべきではないと解される。

【被告らの認否及び主張】

(1) 原告らの主張事実中、Aが本件事故当時五八歳であったことは認め、その余は不知若しくは争う。

(2) 葬儀費について

本件事故と相当因果関係のある損害として認められる金額は一五〇万円と解すべきである。

(3) 逸失利益について

Aは、平成一四年三月には定年退職する予定であったことから(甲一七)、本件事故当時(満五八歳一一か月)から定年退職する満六〇歳の一年間については基礎収入を本件事故当時の年収とし、その後の一〇年間については基礎収入を六〇歳の年齢別平均賃金として算定すべきである(なお、定年退職後の就職先が決まっていた等の事情もない。)。そして、本件事故当時、Aの妻は被扶養者であったが、原告X2はパート若しくはアルバイトにより就労していたとのことであるので、この点を考慮すると、Aの生活費控除率は三五パーセントと考えるべきである。したがって、Aの逸失利益は次のとおり二八四四万六二八七円となる。

(計算式)

729万3871円×(1-0.35)×0.9523(1年ライプニッツ係数)=451万4869円

500万6400円×(1-0.35)×{8.3064(11年ライプニッツ係数)-0.9523(1年ライプニッツ係数)}=2393万1418円

451万4869円+2393万1418円=2844万6287円

(4) Aの死亡により、平成一三年三月から年額一七五万一一〇〇円(月額一四万五九二五円)の遺族厚生年金の支給が開始され、同一四年七月まで支給が継続されていたのであるから、同一三年三月分から同一四年七月分までの一七か月分である二四八万〇七二五円については、損益相殺の対象とすべきである。

第四争点に対する判断

一  事故態様及び過失相殺

証拠(甲七の二、七の三の一、七の三の三の一・二、七の三の四~二五、七の四~六、一〇、一三の二、乙一、証人B)を総合すると、以下の事実が認められる(なお、証拠の評価に関する判断を含む。)。

(1)  本件事故現場の状況等

本件事故現場は、神戸市東灘区深江浜町一二六番地の一先の信号機により交通整理の行われている交差点(本件交差点)の、北側に設置された東西方向の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上である。

被告車は、本件交差点の南東方向から北西方向に至る道路(以下「東西道路」という。)を進行し、本件交差点手前で、信号に従って現場見取図<1>地点で一時停止し、右折の合図をした後、青信号になって発進したが、被告車の先行車が停止したので、一旦、現場見取図<2>地点で停止し、その後発進して本件交差点を右折しようとした。

被告車が右折して進入する先の道路(南北道路)は、片側三車線、中央分離帯の設置された幹線道路であり(道路幅は両側全体で約二一・九m、ただし中央分離帯部分の幅を除く。)、本件交差点北側の本件横断歩道には歩行者用信号(前記東西歩行者二Pの信号)が設置されていた。

(2)  本件事故当時のAの対面信号について

ア 本件事故の目撃者であるBは、自動車(以下「B車」という。)を運転し、本件事故当時、南北道路の南行きの第一車線(歩道寄り車線)を進行し、本件交差点北側で赤信号に従い、交差点手前で先頭で停止していた。Bは、被告車が本件交差点に進入し、右折するのを目で追っていたところ、本件横断歩道上を東から西に向かっていた原告車と被告車が本件横断歩道上で衝突するのを目撃した。

Bは、その光景を見て、携帯電話ですぐに一一九番しようとしたが、同人の前方対面信号(前記南北車両<1>の信号)が青色になったので、ここでは電話ができないと考え、一旦発進し、本件事故現場のすぐ東側にある同人の勤務先である山本鋼材の敷地に入った後、一一九番通報をした。

Bは、本件横断歩道の歩行者用信号(前記東西歩行者二Pの信号)の表示を見たわけではないが(甲一〇、証人B)、本件事故後間もなくB車の対面信号(前記南北車両<1>の信号)が青色になった旨証言、供述しており、その内容も詳細かつ具体的になされたものであるから、信用性が高いと認められる。

そして、前記信号現示捜査報告書(甲一三の二)には、B車の対面信号(前記南北車両<1>の信号)が赤から青に変わる一四秒(赤々三秒を含む。)前から、原告車の対面信号(前記東西歩行者二Pの信号)は赤であり、B車の対面信号が青である場合には、原告車の対面信号は常に赤である旨記載されていること、もっとも、Bが本件事故を目撃した後携帯電話で一一九番しようとした時間が若干あると考えられることからすれば、少なくとも本件事故当時の原告車の対面信号は赤であったと認めることができる(なお、Bの供述、証言によっても、被告ら主張のとおり約一四秒前から原告車の対面信号が赤であったとまではいえない。)。

イ また、被告Y1は、本件事故当日、警察官に対し、現場見取図の<3>地点で対面信号(前記東西車両<2>の信号)が青から黄に変わり、その方に気を取られたために、右方の安全確認が不十分であり、<4>地点に至り本件横断歩道を中央分離帯付近を東側から西側に向けて原告車に乗って進行してきたAを発見し、あわてて急ブレーキをかけたが、間に合わず、<5>地点において原告車と衝突し、<6>地点で被告車が停止したと述べている(甲七の三の一、七の五)。

そして、上記<3>地点から<4>地点までの距離は五・九m、<4>地点から<5>地点までの距離は六・九m、<5>地点から<6>地点までの距離は一・九mであり(甲七の三の三の一)、<3>地点での被告車の速度は時速約二五km(秒速六・九四m)程度であったこと(甲七の二・五、なお、被告ら主張によれば時速約二二・二kmないし約二五km、原告ら主張によれば時速約三一・七七kmと幅がある。)からすると、<3>地点から<4>地点までに約一秒を要すること、また、急ブレーキがかかるまでの反応時間(空走時間〇・八秒程度(乙一))等を併せ考慮すると、いずれにせよ被告車の対面信号(前記東西車両<2>の信号)が黄に変わってから約三~四秒後に本件事故が発生したものと推定するのが相当であるから、この点からも、本件事故当時Aの対面信号は赤であったと認められる。

ウ 以上の事実と、前記報告書の信号サイクル(なお、被告車の対面信号の黄色表示は四秒間)を併せ考慮すると、本件事故が発生したのは、被告車の対面信号が黄色から赤に変わるころと認めるのが相当であり、これは、前記(2)アのBの供述、証言とも整合するというべきである。したがって、少なくとも本件事故の一〇秒程度前から、原告車の対面信号は赤であったと認めることができる

(3)  Aが横断を開始した当時の信号表示について

ア まず、被告らは、本件事故前の原告車の走行速度は時速一五km程度であると主張するが、横断歩道上に歩行者がいない等で、原告車が何ら障害のない状態で走行している場合にはその可能性も否定できないが、本件の場合、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

かえって、被告Y1の供述(甲七の五)によれば、本件交差点に進入した際、被告車の先行車があり、前方横断者があったため先行車が停止したので、被告車も<2>地点で停止していたとの事実があり、横断者が前方にあるとすれば、原告車が横断歩道上を時速一五km程度で走行するとは考えられない。

イ 他方、前記報告書の信号サイクルによれば、原告車の対面信号(前記東西歩行者二Pの信号)は、青点滅八秒の後に赤に変わるものであるところ、原告車が、対面信号が青から青色点滅信号に変わるときに横断を開始(青点滅八秒及び赤約一〇秒、すなわち衝突の約一八秒前に横断を開始)したと仮定すると、南北道路の道路幅(両側全体で約二一・九m、ただし中央分離帯部分の幅を除く。)を歩行者が渡る程度の遅い速度(秒速約一・一m)で走行しても、横断をほぼ終えていたことになるので(実際は本件横断歩道の途中で事故が発生している。)、原告車が歩行者と同程度の速度で走行していたとは、通常考え難いというべきである。

ウ なお、原告らは、原告車の破損状況やAの傷害の程度から原告車の速度はほとんど停止状態であった等主張するが、仮に事故直前の速度がそうであったとしても、このことから原告車が横断を開始して進行した速度を合理的に推定することは困難であるから、この点に関する原告らの主張は採用できない。

また、原告らは、当時、原告らの父Aは、朝の通勤途上において、通い慣れた道であり、そのため本件事故現場が交差点として極めて交通量も多く、自転車で横断歩道を通過するについても相当の注意を持って進行しなければならないことは承知していたものであり、赤信号で横断歩道を渡り始めるとは全く考えられない等と主張する。確かに、南北道路のような片側三車線の幹線道路を赤信号で横断を開始することは通常考え難いが、逆に、Aが青信号で横断を開始したことを推測するに足りる的確な証拠もない。なお、甲一一号証の実験ビデオによっても、本件交差点の信号サイクル(甲一三の二)に照らして、原告車が横断を開始してから本件事故発生に至るまで一八秒程度(青点滅八秒及び赤約一〇秒程度)を要するとは、通常推測できないから、原告らの主張は採用できない。

エ さらに、原告らは、兵庫県東灘警察署の担当警部の事故直後の発言を重視して、Aは青信号で横断を開始したのであって、Aは悪くない旨主張するが、担当警部の発言については十分な捜査を経た上でなされたものか疑問があるし、証拠(甲四九の一・二、書面尋問の回答)に照らして、同人の発言は信号の判断の決め手とすることはできないから、原告らの主張を採用することはできない。

したがって、Aが、歩行者用信号が青点滅になる以前の青信号で横断を開始したものとは認められない。

オ 以上によれば、信号表示に関しては、基本的には被告らの主張に相当の合理性があるというべきであるが、他方、Aが信号残り(青点滅)で横断を開始した蓋然性も相当あるといえるので(なお、Aが赤信号を無視して横断を開始したことを認めるに足りる的確な証拠はないし、これを合理的に推測するまでの証拠もない。)、以下、これを前提に検討することとする。

(4)  被告Y1の過失について

被告Y1は、青信号で本件交差点に進入した後右折するのであるから、右折した先の本件横断歩道上を横断する歩行者及び自転車等があることは容易に予測できるところであって、本件横断歩道を横断しようとする歩行者及び自転車等の有無及び安全を確認すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、車両用の対面信号が青から黄に表示が変わったことに気を奪われ、本件横断歩道を横断しようとする歩行者及び自転車等の有無及び安全を十分確認することなく、漫然時速約二五kmで進行した過失により、至近距離に至り始めて原告車を発見し、あわてて急制動の措置をとったが間に合わず被告車を原告車に衝突させたものである。

また、自動車は、交差点内を右折するに際して、あらかじめできるだけ道路の中央に寄り、交差点の中心のすぐ内側を徐行しながら通行しなければならないところ、被告Y1は、徐行義務を怠り、本件横断歩道手前でも徐行することを怠ったものであり、この点においても過失がある。

したがって、本件事故発生についての主たる原因は、被告Y1の前記のような著しい過失にあるといわざるを得ない。

なお、原告らは、被告Y1が本件交差点の中央ゼブラゾーンの中程を横切り、本件横断歩道に斜めに突入したという無謀な右折運転を指摘するが、前記安全確認義務違反及び徐行義務違反を越えた独立の過失とするには足りない。

(5)  Aの過失について

Aは、片側三車線(道路幅は両側全体で約二一・九m、ただし中央分離帯部分の幅を除く。)の幹線道路を横断するのであり、しかも青点滅で横断を開始すれば本件横断歩道を横断中に赤信号に変わるのであるから、中央分離帯部分で一時停止するか、あるいは、横断してしまうのであれば、速く横断をしてしまう等すべきであったのに、これをしなかった点において過失があるというべきである。

(6)  過失割合について

以上の事実関係及び当事者双方の過失の内容・程度等を総合して考慮すると、Aの損害につき二五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

二  損害について

(1)  葬儀費 一五〇万円

証拠(甲一九の一・二)によれば、原告らは、葬儀屋に二二九万〇三九五円を支払っていることが認められるが、本件事故と相当因果関係ある損害として、一五〇万円の限度で認めるのが相当である。

(2)  交通費 一二万六六四〇円

証拠(甲二〇)によれば、本件事故後にAの妻C及び原告らが神戸までかけつけた際の交通費として上記金額の支出を余儀なくされたことが認められる。

(3)  引越費用 一六万二五四〇円

証拠(甲二一)及び弁論の全趣旨によれば、Aは、家族のいる千葉を離れて神戸に単身赴任していたので、その荷物の千葉への引越のために上記金額の支出を余儀なくされたことが認められる。

(4)  逸失利益 四二四〇万八〇二四円

ア 基礎収入

証拠(甲一七、一八、五六)によれば、Aは、日本配合飼料株式会社に勤務して、平成一二年度に年収七二九万三八七一円を得ていたことが認められる。

なお、被告らは、Aは六〇歳で定年退職する予定であったから、六〇歳以降は平均賃金を基礎とすべきであると主張するが、証拠(甲五一、原告X1)及び弁論の全趣旨によれば、Aは、たとえ定年になったとしても、飼料関係の仕事はペットブーム、家畜の飼料の専門的知識から、退職後も在任以上に働くことが予想され、関係会社も多く、退職すなわち給料ダウンという状況ではなかったことが認められる。よって、被告らの主張は採用できない。

イ 生活費控除率 三〇パーセント

証拠(甲四の一~五、一八、原告X1、原告X2)によれば、Aは、一家の支柱であり、妻であるCと原告X2を扶養していたことが認められる。

なお、被告らは、原告X2がパート若しくはアルバイトをしていたことがあることを理由に、生活費控除率を三五パーセントと考えるべきであると主張する。

しかし、証拠(甲五四の一~三)によれば、原告X2の平成一二年度の所得は〇円であり、同一三年度の給与収入も三四万八一二二円とわずかであることが認められ、生活費控除率を三〇パーセントとすることに不合理はないから、被告らの主張は採用できない。

ウ 就労可能年数 一一年(ライプニッツ係数八・三〇六)

Aは、本件事故当時五八歳であり、あと一一年は就労可能であったと認められる。

エ 計算式

729万3871円×(1-0.3)×8.306=4240万8024円

(5)  慰謝料 三〇〇〇万円

証拠(甲四の一~五、原告X1、原告X2、被告Y1)によれば、Aは、一家の支柱であり、本件事故当時五八歳であったこと、また、被告Y1は、本件事故後のみならず、当審における尋問の際においても自己の非を棚にあげて原告らに謝罪することを拒んでおり、このことが原告ら遺族の精神的苦痛を増大させていることが認められる。

よって、本件事故による精神的苦痛に対する慰謝料としては、上記金額が相当と認める。

(6)  小計 七四一九万七二〇四円

(7)  過失相殺後の残額 五五六四万七九〇三円

前項の金額について、前記説示の二五パーセントの過失相殺をすると、残額は上記金額となる。

(8)  損害の填補及び損益相殺後の残額 二三一六万四五二八円

ア 証拠(甲四七の一・二)によれば、原告らは、本件事故について、自賠責保険から三〇〇〇万二六五〇円の支払を受けていることが認められる。

イ また、証拠(甲五三の一~三)によれば、Aの死亡により、妻Cに対し、平成一三年三月から年額一七五万一一〇〇円(月額一四万五九二五円)の遺族厚生年金の支給が開始され、同一四年七月まで支給が継続されていたことが認められるので、同一三年三月分から同一四年七月分までの一七か月分である二四八万〇七二五円については、Aの損害賠償請求権のうちCが相続した分(二分の一)に対する関係で損益相殺の対象とすべきである(なお、Cの死亡後、同年八月から子供である原告X2に過払い分を返納せよとして命令され、同一五年四月二二日に原告X2は五八万三七〇〇円返納したことが認められるので、同一四年七月分までが損害の填補となる。)。

これに対し、原告らは、公序良俗違反等と主張するが、合理的な理由がない。

ウ よって、上記ア及びイの合計三二四八万三三七五円を前項の金額から控除すると、残額は二三一六万四五二八円となる。

(9)  相続

証拠(甲四の一~三、原告X1、原告X2)によれば、本件事故時におけるAの相続人は妻であるC及び子である原告らであったが、Cは本件事故後、最愛の夫を失った本件事故を苦にし、平成一四年七月七日自殺したことが認められるので、結局、Aの損害賠償請求権及びCの損害賠償請求権(前記損害の填補後のもの)について相続した原告らが、各二分の一ずつ(一一五八万二二六四円)を相続したことになる。

三  結論

よって、原告らの請求は、被告らに対し、各原告が一一五八万二二六四円及びこれに対する原告ら主張の不法行為の翌日である平成一三年二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当としていずれも棄却することとし、仮執行免脱宣言の申立ては相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

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