東京地方裁判所 平成15年(ワ)18479号 判決 2004年5月21日
原告
有限会社X
同代表者代表取締役
甲 野 太 郎
同訴訟代理人弁護士
松 田 孝 子
被告
有限会社Y
同代表者取締役
乙 野 次 郎
同訴訟代理人弁護士
谷 川 徹 三
同
西 山 彬
主文
1 被告から原告に対する,東京地方裁判所の裁判所書記官が平成15年7月29日に執行文を付与した同裁判所平成14年(ワ)第13517号事件の和解調書正本に基づく強制執行は,これを許さない。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 東京地方裁判所が平成15年8月19日にした強制執行停止決定(同裁判所同年(モ)第10224号事件)は,これを認可する。
4 この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,原告と被告との間の別訴の和解調書の正本に基づき,被告が強制執行をしようとして,裁判所書記官から条件成就による執行文の付与を受けたことに対し,原告が被告に対し,上記和解調書正本に基づく強制執行の不許を求めるために提起した執行文付与に対する異議訴訟である。
2 前提事実(証拠を掲記しないものは,争いのない事実に基づく。)
(1) 本件訴訟の原告は,本件訴訟の被告から,東京都中央区八丁堀4丁目<番地略>所在の10階建て店舗・事務所・居宅(乙野ビルディング)の1階店舗部分68.38平方メートル(以下「本件建物」という。)を賃借しラーメン店を営業しているが,その賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)をめぐって,本件訴訟の被告が「原告」となって本件訴訟の原告を「被告」とする本件建物の明渡請求訴訟(東京地方裁判所平成14年(ワ)第13517号建物明渡請求事件。以下「別訴」という。)が提起され,別訴において,平成15年4月10日の第13回弁論準備手続期日において,和解が成立した(以下「本件和解」という。)(甲1,弁論の全趣旨)。
(2) 本件和解の調書には,6項として,本件訴訟の原告は,本件訴訟の被告に対し,「本件建物の使用について,特に次の諸点を履行する。」と定められ,その諸点の(3)ないし(5)として,以下のとおりの定めがある(以下「本件和解6項(3)」のようにいう。)。
(3) 本件建物の1階南側階段の手すりに玄関マットを干したり,階段下やその周囲に物品を置かないよう注意し,整理整頓を心がける。
(4) ラーメン店の業務に必要な作業は,原則として本件建物の厨房内で実施することとし,やむを得ず厨房以外で作業をする場合には1回当たり30分以内とし,作業終了後直ちに掃除を励行し,ゴミなどが本件建物の周囲に散乱しないようにする。
(5) 本件建物の周囲で野良猫に餌を与えたり,乙野ビルディングの管理地内に野良猫のためにダンボール箱を置いたりしない。
また,本件和解の調書には,本件履行条項の義務に違反した場合の効果を定める7項に,その(2)ないし(4)として,以下のとおりの定めがある(以下「本件和解7項(2)」のようにいう。)。
(2) 原告(なお,本件和解の調書上は,「被告」であるが,以下,原告及び被告の表記は,本件訴訟を基準に表記することとする。)が本件和解6項(3)ないし(6)の義務を怠り,被告から文書による催告を受けたのに,その翌日までに当該義務を履行しない場合には,原告は,被告に対し,1回当たり金1万円の違約金を支払うものとする。
(3) 原告が上記(2)の支払を怠り,その額が10万円に達した場合には,被告は,原告に対し,何らの催告を要することなく,文書をもって本件賃貸借契約を解除することができる。
(4) 上記(3)により本件賃貸借契約が解除された場合には,原告は,被告に対し,上記契約解除の文書を受け取った日(原告が正当な理由なく上記文書の受取を拒絶した場合には被告が原告に対して上記文書を呈示した日)の翌日から30日以内に,内装工事により本件建物と一体化した付加物や造作を収去して原状に回復した上,直ちに本件建物から退去して,これを被告に明け渡す。
(以上甲1)
(3) 被告は,原告が本件和解6項(3)ないし(5)に違反しているとして,原告に対し,平成15年4月25日付け(同月26日到達),同年5月1日付け(同月2日到達),同月8日付け(原告が受取を拒絶)及び同年6月3日付け(原告が受取を拒絶)の4通の内容証明郵便(本件和解6項(3)違反を理由とする同年5月1日付けのもの以外の3通は,本件和解6項(3)ないし(5)に違反していることを理由とする。)により,義務の履行を催告した(以下全体を「本件催告」といい,各催告を時間の順に従って「本件催告1」のようにいう。)(乙3ないし6の各1・2)。被告は,本件催告によっても,原告の義務が履行されず,本件和解7項(2)による違約金の額が10万円に達したとして,原告に対し,同年7月4日,本件和解7項(3)に基づき,本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(甲2)。
その上で,被告は,本件和解7項(その(3))の条件が成就した(被告が証明すべき事実が到来した。)として,東京地方裁判所の裁判所書記官に対し,同年6月ころ,本件和解の調書正本に対する執行文付与の申請をし,その根拠として原告の違反を撮影した写真数葉を付した陳述書(乙1。以下「本件違反写真」という。)を提出した。同裁判所書記官は,同年7月29日,執行文を付与した(以下「本件執行文」という。)(甲2)。
(4) 被告は,本件執行文が付与された本件和解の調書正本に基づき,東京地方裁判所執行官に対し,本件建物明渡しの強制執行を申し立て,同執行官は,平成15年8月4日,原告に対し,本件建物を同月26日までに任意に明け渡すよう催告し,明け渡さない場合には,同日に明渡しの強制執行を実施する旨告げた。そこで,原告は,同月11日,東京地方裁判所に,本件訴訟を提起するとともに,上記本件和解の調書正本による強制執行を停止する裁判を求める申立てをし,同裁判所は,同月19日,上記本件和解の調書正本に基づく強制執行を,本案訴訟(本件訴訟)において当該決定に対する裁判があるまで停止する旨の強制執行停止決定(同裁判所同年(モ)第10224号事件)をした(甲14,当裁判所に顕著な事実)。
3 争点
(1) 原告が本件和解6項(3)ないし(5)に違反し,本件和解7項の解除の要件を満たしているか。
(原告の主張)
本件和解6項(3)は,物品を置かないように「注意し」とか,整理整頓を「心がける」という曖昧な表現を用いていることから明らかなとおり,物品を置く場合には整理整頓をするとの意味で絶対に物品を置いてはいけないという趣旨ではない。本件和解6項(3)関係の本件違反写真には,原告が仕事の都合でダンボール箱等を一時的に置いた状況が写されているが,そうした物品は,原告において手が空いた時点で整理整頓をしており,違反とはならない。むしろ,本件違反写真中には,原告の関係者がいない際に,何者かによって1階南側階段に移動された上で写されたものも少なくない。
また,被告代表者は,本件和解成立直後から,原告の本件和解(3)ないし(5)違反の証拠を収集すべく,朝早くから夕方までカメラを持って本件建物の周囲を見張るようになっており,本件和解6項(4)違反関係の本件違反写真は,3回とも,被告代表者が原告の従業員の作業中に至近距離から撮影をし,事情を知らない従業員が驚き作業を中断し,店内の原告代表者を呼びに行く等したために,30分以内に作業が終了しなかったものである。被告代表者の撮影行為による作業の妨害による中断時間をカウントすることは,公正ではない。
さらに,本件和解6項(5)は,本件建物の周囲での猫の餌を問題にしているのであり,本件違反写真中,本件建物の周囲にいる猫や,本件建物内の猫の餌が写されたものは,違反を証明するものとはいえない。そもそも,本件建物の内外を問わず,原告が猫用の餌を置いたことはなく,本件違反写真に写された餌は,他の第三者が置いたものであるから,違反とはいえない。
また,本件催告には,違反の日時場所が記載されていないなど,違反の具体的な事実の記載がなく,原告が何をすべきか分からないものであり,本件催告は,義務違反を解消して義務の履行を催告するという,催告の本来の条件を満たしていない。
(被告の主張)
本件和解6項の「特に次の諸点を履行する。」等の表現から見て,本件和解6項(3)は,原告の不作為義務を定めている。「整理整頓を心がける。」点も,「物を置く場合には」といった限定が付されていないことからも,1階南側階段付近に物を置かないようにするためのものであることが明らかである。本件違反写真には,ダンボール箱に限らず多数の物品が写されており,これらを一時置いたものではないことが明らかであるし,公道上のことでもあるから,被告代表者が撮影に当たって物品等に手を触れたことは一切ない。
また,本件違反写真に写された餃子用のキャベツを刻む作業は,本来店舗の厨房内で行うのが普通であって,原告の従業員がこうした作業を公道に面した1階南側階段付近で行っていること自体が,常識を逸脱している。本件和解6項(4)は,こうした作業について,やむを得ない例外的な取扱いとして30分以内に収めることを厳重に要求しているのであり,原告の義務違反は,明らかである。
さらに,本件違反写真中には,容易に猫の餌と分かるものが厨房内に置かれていることや,厨房内やその周囲に猫が存在することが写されており,この点の原告の義務違反も否定しようがない。
また,本件催告に,義務違反の日時場所等の記載がないとしても,本件違反写真を見れば,原告が義務に違反していることは明らかであり,原告において十分認識しているのであるから,義務の履行を求める催告として瑕疵があることにはならない。
(2) 被告の権利行使(本件執行文の付与申請,明渡執行の申立て)が権利の濫用に当たるか。
(原告の主張)
本件和解7項(2)ないし(4)は,被告の本件和解6項(3)ないし(5)違反の認定が不公正な場合であっても,原告は,違約金を支払わなければならず,原告が支払わなかった場合には,被告が本件賃貸借契約を解除して本件建物の明渡しを求めることを認めるものであり,原告に極めて不利益な条項である。したがって,被告が信義誠実に運用することが当然の前提となっているが,被告は,本件和解成立直後から,原告の違反探しをし,10回の違反を作り出し本件和解の調書正本に本件執行文の付与を得て本件建物の明渡しの強制執行の申立てをしており,こうした被告の一連の権利行使は,権利の濫用に当たって許されない。訴訟上の和解に基づく強制執行等の権利行使であっても,権利の濫用に当たることが当然あり得るものである。
(被告の主張)
被告の本件執行文付与申請等権利行使は,訴訟上の和解条項である本件和解7項に従ったものであって,権利の濫用に当たることはあり得ない。
第3 争点に対する判断
1 争点1(原告が本件和解6項(3)ないし(5)に違反し,本件和解7項の解除の要件を満たしているか。)について
(1) 証拠(甲8ないし14)によれば,別訴において本件和解が成立するまでの経過は,次のとおりであると認めることができる。
① 別訴の平成14年11月27日の弁論準備手続期日から,原告が被告に対し,未払賃料を支払うことなどにより,本件賃貸借契約を継続する方向での和解を具体的に検討することとなった。
そして,同年12月13日の弁論準備手続期日では,裁判所から書面による和解条項案(甲8)が当事者双方に提示されたが,その5項で,原告は,「本件建物の使用について,特に,次のことに留意する。」とした上で,その(3)ないし(5)として次のとおり定められていたが,同書面には,本件和解7項に相当する条項はなかった。
(3) 本件建物の1階南側階段の手すりに玄関マットを干したり,階段下やその周囲に物品を置かないように注意し,整理整頓を心がける。
(4) やむを得ず厨房以外で仕事をした場合には,直ちに掃除を励行し,ゴミなどが本件建物の周囲に散乱しないようにする。
(5) 野良猫に餌を与えたり,寝床代わりにダンボールを提供したりしない。
② 平成15年1月14日の弁論準備手続期日を経て,同年2月13日の弁論準備手続期日に向けて,同月10日に,裁判所から書面による和解条項案(甲9)が当事者双方に提示されたが,その5項で,原告は,被告に対し,「特に次の諸点を誠実に履行するものとする。」とした上で,その(3)ないし(5)として上記①(3)ないし(5)と同様な事項が定められていた。その(3)は,上記①(3)とほぼ同じであるが,「置かないように」が「置かないよう」と改められ,本件和解6項(3)と同じ表現となっており,その(4)及び(5)も,本件和解6項(4)及び(5)と同じ表現となっていた。また,原告がこの(3)ないし(5)の義務を怠った場合の効果についての6項が設けられ,その(2)ないし(4)として次のとおり定められていたが,この6項は,被告の強い希望により挿入されたものである。
(2) (前略)被告から催告を受けたのに直ちに義務を履行しない場合には,原告は,被告に対し,1回当たり金1万円の違約金を支払うものとする。
(3) 原告が上記(2)の支払を怠り,その額が10万円に達した場合には,本件賃貸借契約は何らの催告を要することなく,当然に解除されたものとする。
(4) 上記(3)により本件賃貸借契約が解除された場合には,原告は,被告に対し,解除の効果が発生した日の翌日から30日以内に,本件建物を原状に回復した上,これを被告に返還する。
③ 平成15年3月6日に,裁判所から当事者双方に提示された和解条項案(甲10)では,原告の義務を定める5項の頭書が「履行する。」と改められ,本件和解6項と同じ表現になり,また,義務違反の効果を定める6項のうち,(2)及び(3)について,催告及び解除を文書によることと改められて,本件和解7項(2)及び(3)と同じ表現となり,(4)もそれを受けて「解除の効果が発生した日」が「上記契約解除の文書を受け取った日(原告が正当な理由なく上記文書の受取を拒絶した場合には被告が原告に対して上記文書を呈示した日)」と,さらに,本件建物を「被告に返還する。」が「明け渡す。」とそれぞれ改められ,本件和解7項(4)と同じ表現となっている。
次に,同月25日に,裁判所から当事者双方に提示された和解条項案(甲11)では,原告の義務を定める条項が6項,その義務違反の効果を定める条項が7項となり,その7項の(4)で本件建物の明渡しの前提として,原告が「直ちに本件建物から退去して」が加えられたほか,変更はなかった。
④ 被告は,平成15年3月28日に,「裁判についての所感(H15.3.28)」との表題で,被告が和解の過程で,多数の要求を譲歩させられ不利な扱いを受けているとの苦情を述べ,改めて多数の要求をする書面(甲12)を提出して同日の弁論準備手続期日を欠席した。同書面による要求の中には,本件建物の1階南側階段下及び周辺に一切の物品を置かないようにし,そこにダンボール箱を置いた場合には月額3万円の違約金の支払を定めること,同階段手すりで玄関マットを干すこと,路上でキャベツを刻むことや野良猫への餌やり等を禁止することが含まれていた。
原告は,未払賃料,名義書換え等他の条項において,原告の要望が相当程度受け入れられる方向で話し合いが進んでいたことから,裁判所での協議において,10回の違反が条件であるから,簡単には条件が成就することはないであろうと考え,被告が強く要望する本件和解7項に相当する義務違反の効果(10回の違反による本件賃貸借契約の解除,本件建物の明渡し)を受け入れるなどして,被告との調整をして和解の成立を図ることに同意した。
⑤ 平成15年4月8日に,裁判所から当事者双方に書面による和解条項案(甲13)が提示され,義務違反で解除され本件建物を明け渡す際に,原告が「本件建物の造作を収去して」行うとの表現が追加され,その後の調整で,この表現が「内装工事により本件建物と一体化した付加物や造作を収去して」と具体化され,同月10日の弁論準備手続期日で本件和解が成立した。
(2) 上記(1)の本件和解成立に至る経過を踏まえて,本件和解の内容を検討することとする。
まず,本件和解6項は,被告の強い要望が背景にあるとともに,当初の頭書きが「留意する。」との表現であった(甲8)ものが「履行するものとする。」との表現(甲9)を経て「履行する。」との表現になったこと(甲10)から,原告の法的な意味での作為義務を定める趣旨であると考えられる。しかし,その作為義務に違反しても,直接的な義務の履行を強制されるわけではなく,本件和解7項に基づき,文書による義務履行の催告及びそれに違反した場合の1万円の違約金を課すことを通じての,間接的な強制しか認められていないものである。特に,本件和解6項(3)の定める義務は,「物品を置かないように注意し,整理整頓を心がける。」という,通常であれば紳士協定的,訓示的な義務を定める際に用いられる表現となっていることから見て,その主眼は,整理整頓を要する状態を防止することにあるとしても,物品の置き方や態様によっては許容される場合があるなど,ある程度の幅があるものとして解釈運用されるべきである。
次に,本件和解7項は,原告が義務に違反した場合,直ちに違約金を課すのではなく,本件和解7項(3)により,催告による義務履行の機会を与えているのであるし,催告に反した場合には違約金1万円の制裁につながるのであるから,この催告においては,義務違反の事実を明確に特定することが必要であると解すべきである。
なお,その意味では,本件催告1,本件催告3及び本件催告4のように,1回の催告で複数の義務の履行を求める場合には,それに違反したことによる本件和解7項(2)の違約金は,履行を求められた義務の個数ごとに計算されるのではなく,催告の回数ごとに計算されるべきではないかとの疑問がある。しかし,別訴が係属し本件和解が成立した受訴裁判所の裁判所書記官が付与した本件執行文では,義務の個数で10回を計算した被告の執行文付与申請を認めていることから,以下は,義務の個数で計算する前提で検討することとするが,そうであればなおのこと,催告においては義務違反の事実を明確に特定すべきであると考えられる。
(3) 本件で問題となっている原告の義務違反は,次のとおりである(以下の日付は,いずれも平成15年のものであり,表記の(3)等は,本件和解6項(3)等を意味し,カッコ書き内部の頁数は,乙1号証の該当頁である。)(甲2,乙1)。
① 本件催告1(4月25日付け)で催告されたもの
(3) 4月24日(1頁)
(4) 4月24日午後3時30分から午後4時4分まで(ただし,作業は終了していない。3,4頁)
(5) 4月25日(餌,6頁)
② 本件催告2(5月1日付け)で催告されたもの
(3) 4月26日ないし28日及び30日(2,3,7頁)
③ 本件催告3(5月8日付け)で催告されたもの
(3) 5月2日,3日及び7日(8,9頁)
(4) 5月2日午後3時25分から午後4時28分まで(5,6,11,12頁)
(5) 5月3日(餌,7,15頁。猫,14頁)
④ 本件催告4(6月3日付け)で催告されたもの
(3) 5月9日,11日及び6月2日(10,11,16頁)
(4) 5月19日午後3時7分から午後4時5分まで(13,14,18,19頁)
(5) 5月10日及び19日(餌,15,21頁。)
以上のうち,本件和解6項(3)関係については,原告は,一時的に物品を置いたところを写されただけであって,後で整理整頓していると主張し,これに沿う原告代表者の陳述(甲3,4,6。以下同じ)及び原告の従業員(丙田三郎)の陳述(甲5)がある。確かに,本件違反写真中には,物品が置かれているとはいえ,それ自体整理整頓されているとの評価が可能なものもあるが,頻繁に,しかも,本件催告を受けたにもかかわらず,その後も物品が置かれていることは明らかであるから,原告の上記主張や原告代表者の陳述等を勘案しても,本件和解6項(3)に違反していなかったと評価することは,困難である。
また,本件和解6項(4)関係については,原告は,原告の従業員が作業中に,被告代表者が至近距離からカメラを持って撮影するために,作業を中断せざるを得ず,制限時間を守れなかったと主張し,原告代表者及びその従業員もこれに沿う陳述をする。確かに,本件違反写真の撮影日や撮影頻度及び甲14号証によれば,被告代表者が本件和解の成立直後から原告の義務違反を発見すべく本件建物周辺をカメラを持って見回っていることを認めることができるとともに,被告の撮影行為が,その意図はともかく,結果的に本件違反写真に写された原告の作業に支障を生じさせた面があることを推認することができる。しかし,被告代表者の言動の当否はともかく,そうした事情があったとしても,原告の作業時間は,本件違反写真から判明する限度でも,作業終了が確認できるもので1時間と,30分という制限時間を大幅に超えており,本件和解6項(4)に違反することを否定することはできない。
さらに,本件和解6項(5)関係について,原告代表者は,原告側で猫の餌を置いたことはないと主張し,これに沿う陳述をするが,餌が置かれた場所が店内であることから,この主張・陳述は,直ちには採用できないし,仮に,第三者が置いたとしても,本件和解6項(5)で餌を与えないことを約束している以上,少なくとも店内には置かれないように注意することが当然のことであって,この点についても,本件和解6項(5)の違反がなかったとは評価できない。
しかし一方,本件催告は,催告の到達の翌日からの義務違反の是正を求めながら,いずれも本件和解6項の該当する条項を指摘するだけで,具体的な違反の日時と行為が記載されておらず,本件違反写真も添付されていない(乙3ないし6の各1,2。しかも,本件催告2を除いた本件催告は,複数の義務違反の是正を求めるものとなっている。)。上記(1)④で述べた原告が本件和解7項を受け入れるに至った経緯,また,本件催告のいずれもが違反を指摘している本件和解6項(3)が,上記(2)のとおり,解釈運用上幅のある条項と理解されることも合わせ考えれば,本件催告をもって,本件和解7項(3)による解除の前提が満たされたと評価することには,疑問が残らざるを得ない。そして,被告の陳述(乙2,7,8)によっても,本件執行文について,本件和解7項が定める条件が成就しているとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠がないから,本件執行文について債権者である被告の証明すべき事実が到来したとは認められない。
(4) 上記(3)のとおり,被告が証明すべき事実が到来しておらず(条件が成就しておらず),条件成就を争う原告の異議事由が認められる以上,争点2(被告の権利行使が権利の濫用に当たるか。)について判断するまでもなく,原告の本件異議の訴えは,理由がある。
なお,仮に,本件催告が,形式的には本件和解7項が定めるところに適合している面があるとして,本件執行文の付与申請が可能とする立場を採ったとしても,本件和解の成立過程(上記(1)のとおり),本件和解6項及び本件和解7項の関係(上記(2)のとおり),本件和解成立後,被告が原告の義務違反の発見に熱心であったこと(上記(3)のとおり),本件催告の態様(義務違反の内容を特定していないだけでなく,本件和解が成立してから2か月の間に4回も連続して行っていること)に加えて,本件和解6項(1)の背景には,原告がゴミ置き場を設けるよう求めていたのに対して,被告が消極的な対応しかしてこなかった事実があること(甲14号証及び原告代表者の陳述(上記採用しない部分を除く。)により推認することができる。)を総合すると,本件建物の強制執行のために,被告が執行文の付与を申請する行為は,少なくとも本件執行文については,権利の濫用に当たり許されないものと考えられ,いずれにせよ,原告の本件異議の訴えは,理由があると解される。
2 結論
以上のとおりであるので,原告の本件請求は,理由があるから認容することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を,強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言について民事執行法37条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官・林 道晴)