東京地方裁判所 平成15年(ワ)19275号 判決 2004年12月22日
原告
X
被告
Y1
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自一一〇万円及びこれに対する平成一四年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを九分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この裁判は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金九一三万七二〇円及びこれに対する平成一四年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 前提事実
(1) 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
ア 日時 平成一四年四月二四日
イ 場所 東京都新宿区<以下省略>首都高速五号線下り車線
ウ 加害車両 事業用大型貨物自動車(<番号省略>。以下「被告車」という。)
運転者 被告Y1
エ 被害車両 自家用普通乗用自動車(<番号省略>。以下「原告車」という。)
所有者及び運転者
原告
オ 態様 被告車が渋滞で停止していたA運転の自動車(以下「A車」という。)に追突し、さらにその反動で、A車が原告車に追突した。
(2) 被告Y1の過失及び被告らの責任
被告Y1は、前方不注視の過失により、本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により本件事故による損害を賠償する責任がある。また、被告Y1は、被告東和運輸株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であり、同社の業務の遂行中に本件事故を起こしたものであるから、被告会社は民法七一五条一項により本件事故による損害を賠償する責任がある。
二 争点
(1) 損害及びその額
(原告の主張)
ア 修理費 四九二万七二〇円
本件事故による原告車の修理費は四九二万七二〇円を下らない。原告車は日本に一二台しかない希少価値を有する自動車であり、強固な安全性と耐久性のために原告が長年使用してきたもので、主観的にも、客観的な希少性においても代替性のない車両である。一般大衆車と異なりクラシックカー的な要素を有し、現在、中古車市場に出まわっていない上、もともと市場価格という概念は存在しない車両である。したがって、経済的全損の場合に車両時価の賠償がなされれば中古車市場で同種同等の中古車を取得できるという理論は当てはまらず、被害物件を修理する以外に同種の物を入手することができないような特別の事情があるというべきであり、修理費が損害となる。
イ 代車費用 二八八万円
原告車は、修理期間が六か月かかると予想されている。また、原告は、仕事の関係においても奈良県と東京都を往復するために原告車を使用しており、代車使用の必要性がある。代車は、原告車と同等の安全性・耐久性を備えたものでなければならず、車種は日産スカイラインが相当であるところ、同車のレンタカー料金は、一日あたり一万六〇〇〇円であるから、その一八〇日分に相当する二八八万円が代車費用として損害になる。
ウ 慰謝料 五〇万円
原告車は、極めて希少性の高い自動車であり、原告の原告車に対する愛情は極めて高く、原告は、本件事故により原告車が損傷したことにより相当程度の損害を被った。この精神的苦痛を慰謝するためには、物的損害に対するものではあっても、慰謝料として五〇万円が相当である。
エ 弁護士費用 八三万円
オ 合計 九一三万七二〇円
カ 信義則違反ないし禁反言(予備的主張)
被告会社が加入している関東自動車共済(以下「共済」という。)は、被告らの車両事故の示談代行をしていたところ、同共済の物損処理担当者であるBは、平成一四年六月三日、原告車の修理を承諾した。しかし、同共済が損害の調査を依頼している株式会社東京損害保険調査事務所の担当であるCらは、平成一四年六月六日、前記Bの修理の承諾を覆し、原告車を廃車すること、買替車両代金として二五〇万円、代車費用として四五万円を支払うことの提案をしてきた。原告は、原告車の修理を強く希望し、Cらの二九五万円の提示にもかかわらず、再度修理を要望したが、Cらは、原告に対し十分に説明し、原告の理解を得るように真摯を努力をすることなく、直ちに訴訟による解決しかないと原告に告げ、これまでの交渉の経過を無視したものである。損害査定について専門的な知識・経験を有するCらは、原告車の価格を調査しようと思えば容易に調査し得たにもかかわらず、原告に対し、二九五万円の損害額を確定的に表示したのであるから、本件訴訟における車両損害が、上記提示額を下回る六五万円にとどまるという被告らの主張は、信義則及び禁反言の原則に反し、許されない。
よって、仮に、原告が請求する損害金額が認められないとしても、原告の損額として、少なくとも二九五万円は認められるべきである。
(被告らの主張)
ア 修理費について
仮に、原告車が希少価値を有する自動車で、中古市場価格が判明困難な自動車であったとしても、極めて古い自動車であり、年式、走行距離に照らすならば、時価は六五万円程度であると考えられ、同額を超える損害は認められない。
イ 代車料
原告は代車を使用しておらず、損害は生じていない。
ウ 慰謝料
本件事故による財産的損害が回復されれば十分であり、それ以上の損害はない。
エ 信義則ないし禁反言の原則違反について
紛争の早期解決という観点から、示談段階においては、被告らが厳密な証拠収集をせずに、ラフな形で金額を提案することは通常であり、和解に至らず、訴訟に移行した場合には、厳密な主張・立証を要することは当然である。原告は、被告側が原告車両の損害が最低でも二九五万円を下らないことを表示したと思ったというが、それは、一方的な思いこみにすぎない。
第三争点についての判断
一 (損害及びその額)について
(1) 修理代(車両損害) 一〇〇万円
証拠(甲四)によれば、原告車は、本件事故による損傷の修理費として四九二万七二〇円を要するとの見積書が作成されていること、原告車は、初年度登録が昭和五〇年七月であり、事故時に既に三〇年近くが経過し、走行距離が二〇万七〇二三キロメートルに及んでいることが認められる。
また、証拠(甲八、乙一)によれば、平成一五年三月末現在、原告車と同型のインペリアルルバロンYK四四型は、普通乗用車及び特殊用途車合わせて日本国内に一二台しか登録されていないこと、インターネットの検索においては、類似車両であるインペリアルクラウンは、一四八万円の価格で掲載されていたものの、原告車と同型であるインペリアルルバロンは見当たらなかったこと(乙一)が認められる。
一般に、古いこと自体がその価値を高めるクラシックカーのような特殊な車両や特に愛好者間で高額で取り引きされるような希少価値のある車両であれば格別、車両の経済的価値は登録年度からの経過年数、走行距離に応じて減少するというべきである。そして、初年度登録からの年数が長期間経過すれば、同型車両の登録台数は減少し、需要も減るため、取引事例が少なくなるのは当然であるが、それが車両の希少性による客観的価値を裏付けるものではないことは明らかである。したがって、そのような既に市場性の失われた車両について、当該車両の客観的・経済的価値を著しく上回る修理費を損害として認めるのは、公平を欠くものといわなければならない。
原告車については、その車種が雑誌に紹介されているものの、クラシックカーとして登録年度からの経過年数がその価値を高めているような事情を認めるに足りる証拠はなく、また、現在の登録台数が少ないというだけで、希少性による客観的・経済的価値の存在を裏付ける証拠もない。
また、証拠(甲九、一〇)によれば、原告は、原告車が安全性・耐久性に優れているとして、同車を長年使用してきたことが認められるが、原告の主観的価値をいうにすぎず、そのことのみで、修理を相当とするべき事情があるということはできず、事故当時の時価を上回る修理費を損害と認める特別な事情があるとはいえない。
してみると、前記初年度登録からの年数及び走行距離からして、既に車両としての客観的・経済的価値は相当程度低下しているといわざるを得ず、原告車の新車時の価格は六五五万円から六七六万円である(甲五、乙一)が、被告らが提出するオートガイド社のDからの電話聴取書によれば、初年度登録からの年数、走行距離、類似車両の価格から、原告車の時価は新車価格の一割程度である六五万円から大事に乗られている程度のよい車両であるなら一〇〇万円までと評価されていること(乙一、二)からすれば、本件事故当時の価額は一〇〇万円を超えないものと認められる。そして、原告車の維持・保管の程度は不明であるため、時価が一〇〇万円を下回る可能性があるものの、原告車は、通常の使用は十分可能な状態であった上、経済的全損の場合、車両の時価そのもののみならず、買替えに伴う諸費用等を加えた金額を損害とすることを考慮すれば、本件事故による原告車の車両損害は一〇〇万円とみるのが相当である。
(2) 代車費用 〇円
代車の必要性及び原告が代車を使用した事実を認めるに足りる証拠がない。
(3) 慰謝料 〇円
前記(1)のとおり、原告車の車両損害が認められ、それによって、原告の財産的損害は回復されるといえるから、精神的損害を認めることはできない。
(4) 弁護士費用 一〇万円
本件事案の難易、審理の経過、請求額、認容額のほか諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金一〇万円とするのが相当である。
(5) 合計 一一〇万円
(6) 信義則違反及び禁反言について
証拠(甲九)によれば、訴訟提起前に被告会社の加入している共済の担当者から、本件事故による損害賠償額として二九五万円の提示があったことが認められるところ、本件訴訟においては、被告らがそれより低い損害額を主張しているが、交渉時における提示金額は、早期解決のためのものであって、証拠を検討した上、攻撃防御としてなされる訴訟上の主張とは異なるものであるから、被告が訴訟前の交渉時に提示した金額を下回る金額を主張をすることが信義則ないし禁反言の原則に反するとはいえない。車両損害について、原告と被告側の交渉経過が原告の主張どおりであったとしても、交渉時の提示額に拘束されなければならない事情があるものとは認められない。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、被告らに対し各自金一一〇万円及びこれに対する平成一四年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を求める限度で理由がある。
(裁判官 髙取真理子)