東京地方裁判所 平成15年(ワ)19503号 判決 2004年7月15日
原告
有限会社ソワニエ
同代表者取締役
A
同訴訟代理人弁護士
佐藤正八
橋本愼一
被告
石川島プラント建設株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
丹羽一彦
萩原唯考
被告補助参加人
株式会社SFCG
同代表者代表取締役
C
同代理人支配人
D
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、訴訟告知及び補助参加に係る費用は被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の請求
被告は、原告に対し、金四二〇万円及びこれに対する平成一五年九月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第2当事者の主張
1 請求の原因
(1) 株式会社興和エンジニアリング(代表取締役・E、以下「興和」という。)は、平成一四年六月一五日ころ、被告から、茨城県東海村所在のJNC東海事業所における排ガスの減容装置入替工事(以下「本件工事」という。)を下記条件により請け負った。
①工期 平成一四年六月一八日から同月二六日
②代金 工事完成後、工事出来高を基準として当事者合意のうえ確定する。
なお、興和は、被告の指示にしたがって、平成一四年七月一九日、工事代金四二〇万円(うち二〇万円は消費税分)の見積書を提出した。
(2) 興和は、平成一四年六月二八日までに本件工事を完成した。
(3) 興和は、被告の指示にしたがって、平成一四年七月一九日、工事代金四二〇万円(うち二〇万円は消費税)の見積書を提出した。これにより本件工事代金は四二〇万円と合意されたものであるが、仮にそうでないとしても、平成一四年一〇月一五日に四二〇万円と合意された。
(4)(イ) 原告は、平成一四年九月一〇日興和に対し金一〇〇〇万円を貸し付け、同日、貸付金の担保として、興和から本件工事の請負代金債権(金額四二〇万円)を譲り受けた。なお、本件工事代金は前記のとおり完成後の協議により確定されるものとされていたが、従前の取引において代金は見積金額どおりとされるのが通例であったことから、本件工事代金も見積金額によったものである。
(ロ) 興和は、平成一四年一〇月七日配達の内容証明郵便をもって、被告に対し、上記債権譲渡の事実を通知した。
(5) よって、原告は、被告に対し、本件工事代金四二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求の原因に対する認否等
(1) 請求の原因(1)ないし(3)について
興和との間で本件工事の請負契約を締結し、興和が工事代金四〇〇万円の見積書を提出したこと、及び興和が本件工事を完成させたことは認めるが、工期・代金の約定、完成時期及び代金の合意時期は否認する。
興和が本件工事に着手したのは平成一四年四月一八日ころであり、工事が一通り終了したのが同年六月二八日ころである。しかし被告が本件工事の検収を完了したのは同年一〇月二一日であり、同日、本件工事代金は四〇〇万円と合意された。
(2) 請求の原因(4)(イ)は不知。
同(ロ)の内容証明郵便を受領したことは認める。しかし、後記のとおり譲渡債権の特定を欠いているから、本件工事代金債権の譲渡は無効であるか、これを被告に対抗できない。したがって、請求の原因(5)(本訴請求)は争う。
(3) 被告の主張
(イ) 譲渡債権が特定されず債権譲渡が無効であること等
譲渡債権の特定については、「譲渡の目的とされる債権がその発生原因や譲渡に係る額等をもって特定される必要があることはいうまでもなく、将来の一定期間内に発生し、又は弁済期が到来すべき幾つかの債権を譲渡の目的とする場合には、適宜の方法により右期間の始期と終期を明確にするなどして譲渡の目的とされる債権が特定されるべきである」と解されている(平成一一年一月二九日最高裁判決)。そこで本件における債権の特定についてみると、債権譲渡契約書(≪証拠省略≫)では債権の種類として単に「工事売掛代金債権」と記載されているに過ぎず、債権発生の時期及び発生原因が全く記載されていない。また金四二〇万円との金額についても、前記のとおり本件工事代金が確定したのは平成一四年一〇月二一日であるから、同年九月三〇日の債権譲渡時には金四二〇万円の債権は存在しない。したがって本件債権譲渡において如何なる債権が譲渡されたのかを識別することは不可能であって、その特定を欠くといわざるを得ないから、本件債権譲渡は無効である。
次に、債権譲渡通知書(≪証拠省略≫)においても譲渡債権が特定されていないから、本件債権譲渡を被告に対抗することはできない。すなわち、債権譲渡通知書には単に「工事売掛代金債権 金四百弐拾万円也」と記載されているのみであって、そもそも債権譲渡通知時に代金額が確定していなかった本件においては、これが既発生債権なのか将来債権なのかも特定されていなければならないところ、これでは譲渡債権を識別し得る程度にその内容が特定されるとは到底いえない。
(ロ) 抗弁(債権の準占有者に対する弁済)
被告は、以上のとおり本件債権譲渡の通知では譲渡債権が特定されていないと判断したが、他方で、被告補助参加人(株式会社SFCG、ただし当時は株式会社商工ファンド)に対する本件工事代金債権譲渡の通知及び神田社会保険事務所からの同債権差押の通知ではいずれも譲渡債権の特定がされていたので、本件工事代金債務の弁済として、劣後譲受人である被告補助参加人に内金一六〇万二〇〇〇円を、劣後差押債権者である神田社会保険事務所に内金二五九万八〇〇〇円をそれぞれ支払った。そして、本件の債権譲渡通知書が前記のとおりである以上、被告がこれに譲渡債権不特定の瑕疵があるため対抗力がないと判断したことには相当な理由があるから、仮に本件債権譲渡が有効であり被告に対抗することもできると判断されるとしても、被告がそうではないと誤信したことについて過失はない。そうすると、以上の被告補助参加人及び神田社会保険事務所に対する弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効な弁済とされる(昭和六一年四月一一日最高裁判決)から、本件工事代金債務は既に消滅した。よって原告の請求は理由がない。
3 被告の主張に対する反論
(1) 譲渡債権の特定について
本件債権譲渡において、譲渡債権である本件工事代金債権は「債権者及び債務者が特定され、発生原因が特定の商品についての取引とされることによって、他の債権から識別できる程度に特定され」ているというべきである(最高裁平成一二年四月二一日判決)。すなわち、本件工事代金債権は単一の請負工事に基づく債権であり、その金額が債権譲渡後に確定するという意味では将来債権であるとしても、債権の発生時期又は代金の確定時期によって初めて特定される債権であったわけではない。しかも、本件工事は債権譲渡前に完了し、本件工事後に興和が被告から請け負った工事はなく、また、債権譲渡時に興和は他に被告に対する債権を有していなかった。代金が確定していなかったとはいえ、既に見積額も提示され、その金額が明示されている。したがって、本件債権譲渡及びその被告に対する通知において、譲渡債権である本件工事代金債権は他の債権と明確に識別できる程度に特定されているから、本件債権譲渡は有効であり、これを被告に対抗することができる。
(2) 抗弁について
被告は本件債権譲渡における譲渡債権が本件工事代金債権であることを認識していたのであり、その特定性に疑義があるのであれば供託すべきであったというべきであるから、被告補助参加人らに弁済した点について過失があることは明らかであり、これが債権の準占有者に対する弁済に当たるとはいえない。
第3当裁判所の判断
1 興和が被告から本件工事を請け負ってこれを完成させたこと、本件工事代金が平成一四年一〇月中旬ころまで四〇〇万円(及び消費税)と合意されたことは当事者間に争いがない。
2 証拠(≪証拠省略≫及び証人E)によれば、興和が平成一四年九月一〇日原告から一〇〇〇万円を借り入れ、同日、借入金返済の担保として本件工事代金債権を原告に譲渡したことが認められる。なお、被告が主張するとおり、債権譲渡契約書(≪証拠省略≫)の記載からは、興和が譲渡した被告に対する債権が本件工事代金債権であることを当然に読み取ることはできないが、そうであるからといって譲渡債権が特定されていないということはできず、興和の代表者であるEの証言によれば、興和が本件工事代金債権を譲渡したことが認められる。
3 証拠(≪証拠省略≫及び証人E)によれば、前項の債権譲渡を被告に通知するため興和代表者・Eの意思に基づいて債権譲渡通知書(≪証拠省略≫)が作成されたことが認められ、これが内容証明郵便をもって平成一四年一〇月七日被告に配達されたことは当事者間に争いがない。
本件の最大の争点は、この債権譲渡通知書において譲渡債権が特定されており前項の本件工事代金債権の譲渡を被告に対抗することができるか否かであるところ、同通知書における譲渡債権の表示は次のとおりである。
「種類 工事売掛代金債権
金額 金四百弐拾万円也」
被告は被告自身が譲渡債権を他と識別して特定できなかったかのようにいうが、当時興和に対する未払債務は本件工事代金債務以外にはなかったのであるから(これは争いがない。)、被告としては譲渡債権が本件工事代金債権を指すものであることを認識したものと認められる。しかし、債権譲渡の通知は他の債権譲受者及び差押債権者との間での優劣をも決するものであるから、同通知における譲渡債権の特定は単に債務者が譲渡債権を認識し得ればよいというものではなく、その記載自体から譲渡債権の内容及び範囲が特定されるものでなければならないと解すべきであり、そのような譲渡債権の特定を欠く通知は無効であるというべきである(なお、そのうえで譲渡を承認することはもちろん可能である)。そのような観点からみると、上記のとおりの譲渡債権の表示では債権の発生原因及びその具体的な内容が不明であり、しかも期間的な範囲の限定もなく、これにより客観的に譲渡債権を特定することができないから、本件の債権譲渡通知は無効であり、原告は本件工事代金債権の取得を被告に対抗することができないというべきである。
4 よって、本訴請求は理由がないので、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤和彦)