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東京地方裁判所 平成15年(ワ)20194号 判決 2005年1月31日

原告

子山一郎

上記訴訟代理人弁護士

武内秀明

被告

日本ヒューレット・パッカード株式会社

上記代表者代表取締役

癸山恒男

上記訴訟代理人弁護士

岡田和樹

伊藤多嘉彦

船橋由多香

上記3名訴訟復代理人弁護士

片山昭人

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  原告が被告との雇用契約に基づき従業員の地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、金137万0651円及び平成15年9月1日以降本判決確定まで毎月25日限り金92万3700円を支払え。

第2  事案の概要

本件は、被告が平成15年7月17日に従業員である原告に対しセクシュアル・ハラスメント行為(以下「セクハラ行為」という。)を理由に懲戒解雇したところ、原告が、セクハラ行為の事実を否認し、また手続的要件を履践していないので懲戒解雇は無効であると主張して、被告に対し、雇用契約に基づく従業員の地位にあることの確認並びに137万0651円(平成15年7月17日から同年8月31日までの賃金)及び平成15年9月1日以降本判決確定までの間の賃金(1か月につき各92万3700円)の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(証拠により認定した事実は、当該証拠を文末の括弧内に記載した。)

(1) 当事者等

ア 被告

被告は、卓上型・携帯型計算機、電子計算機、電子計算機用周辺機器、民生用電気機械器具、電子応用装置、通信機械器具等の研究開発及び製造等を目的とする株式会社である。被告は、米国カリフォルニア州のシリコンバレーに本社を置き、160か国以上の国でコンピューター関連の事業を展開するヒューレット・パッカード社の子会社であり、資本金100億円、年間売上高2174億円(平成14年10月期)、従業員数約6000名の会社である。被告は、平成14年11月5日、コンパックコンピュータ株式会社(以下「コンパック」という。)を合併した(以下「本件合併」という。)。

イ 原告

原告(昭和○○年○○月○○日生)は、大学卒業後日本NCR株式会社に入社し、同社に勤務していたが、平成11年12月同社を退社し、同月コンパックに入社した。原告は、本件合併により被告の従業員となり、以後同社の金融営業本部長の地位にあった。被告には、平成15年7月当時、取締役(6名)、執行役員(20名)がいたが、原告はこれに次ぐ地位にあり、本部長の肩書を持つ従業員は原告を含め12名であった。

(2) 金融営業本部について

金融営業本部は、平成15年7月当時、本部長である原告の下、部長6名を含む約80名の従業員が所属しており、そのうち10名が女性(正社員3名、派遣社員7名)であった。また、金融営業本部と同じフロアには、原告の直属の部下以外にも8名の女性従業員(セールス・コーディネーター)が勤務していた。

(3) 懲戒解雇

被告は、平成15年7月17日、原告には就業規則60条に該当する事由があるとして同人を懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

本件懲戒解雇当時の原告の平均賃金は、1か月92万3700円であった。

(4) 被告就業規則

被告の就業規則には以下の規定が存在する。

(目的)

1条 この社員就業規則は、社業の円滑な運営を図るために、労働基準法の精神に基づき社員の就業に関する事項を定めたものである。したがって、会社、社員ともにその本分と責務を自覚し、常に誠意をもってこの規則および会社が定める関連諸規定を守らなければならない。

(懲戒)

60条 会社は、社員が次の各号の一に該当するときは、懲戒処分にする。

1) 故意または重大な過失で会社に損害を与え、あるいは業務上支障を及ぼしたとき。

8) 素行不良で会社の秩序を乱したとき。

11) この規則に定められた事項に違反し、懲戒に値すると認められたとき。

12) その他前各号に準ずる行為のあったとき。

(懲戒の決定)

61条 懲戒は賞罰委員会の合議により決定する。

(懲戒の種類)

62条 懲戒の種類は、譴責、減給、出勤停止、諭旨退職および懲戒解雇とする。

5) 懲戒解雇は、予告期間を設けず即時解雇する。所轄労働基準監督署長の認定を経た場合は、予告手当を支払わないが、他の場合は、予告手当を支払う。

(5) 業務上の行動指針(乙2)

被告は、「業務上の行動指針(Standards of Business Conduct)(以下「SBC」という。)」を制定しているところ、SBCには以下の規定が存在する。

1.1 適用および遵守

HP(被告を指す、以下同じ)は、妥協なき倫理観をもって事業を行っています。HPのコミュニティのすべてのメンバー、即ち、取締役、幹部、マネージャ、社員およびビジネス・パートナーは、適用されるすべての法律を守り、高水準の業務倫理規程に従う義務を負います。

SBCは、HPのビジネスに適用される法律と倫理の基本原則を定めたものであり、HPが社員に対して期待している行動についての唯一の情報源・ガイダンスというわけではなく、他のHPのポリシーやガイドラインの基準となることが意図されています。

・ 社員。HPのすべてのレベルの社員は、この規程、関連するポリシーおよびガイドラインを守らなければいけません。これを怠った場合は、不正行為とみなされ、解雇される場合があります。

10.2 社員関係

・ HPの基本的価値には、個人に対する信頼および尊重が含まれます。HPは、多様性と包括性が、創造力、技術革新および発明を促進する重要な役割を果たすと考えます。皆さんは日常の活動において、こうした価値を具体化し、促進する義務を負います。また全労働者の取扱に関するすべての法律とHPのポリシーを守らなければいけません。

・ 差別または嫌がらせの禁止。HPは、差別や嫌がらせのない業務環境を維持することを約束します。皆さんは、同僚や他の労働者、HPへの訪問者など関係するすべての人に対して敬意をもって丁寧に対応するよう求められます。民族、信条、人種、宗教、性別、国籍、性的指向、年齢、身体障害、ベトナム退役軍人という経歴、などについて、個人の尊厳や個人の感情を軽視したコメントまたは行動を行ってはいけません。

・ 不正行為。通常、不正行為とは、HPおよびその社員を巻き込み、またはこれに悪影響を及ぼす、不法または有害な行動を指します。不正行為には、とりわけ、このSBCの違反、窃盗、記録改ざん、違法薬物との関わり、アルコールの認められない使用、暴力、脅迫、嫌がらせ、武器の所持、および不服従が含まれます。不正行為に従事した場合は、直ちに解雇されます。

2  争点及び当事者の主張

(1) 原告に懲戒解雇事由は存在するか(争点1)。

【被告】

ア 原告は、被告の女性従業員に対し、以下のようなセクハラ行為を行ったのであり、原告には懲戒解雇事由が存在する。

(ア) 甲野和子に対するセクハラ行為について

原告は、被告金融営業本部に勤務する原告の部下である女性従業員甲野和子(以下「甲野」という。)に対し、以下のようなセクハラ行為を行った。甲野は、原告のセクハラ行為により体調不良となり、被告を退職することまで考えるようになった。

a 原告は、平成13年4月ころから約1か月間、甲野に対し、執拗に大阪出張への同行を求めた。

b 原告は、平成14年8月に甲野が原告の秘書になった以降、甲野に対し、日常的に「やらせろよ」などと言った。原告は、甲野に対し、「胸がないから豊胸手術でも金を出してやるからしろよ」と言った。原告は、甲野に対し、バイアグラ(勃起不全治療薬)のようなものを見せて、「使ってみれば」と言った。原告は、同僚の本部長に対し、甲野の面前で体調不良を訴えていた同人について、「甲野ちゃんの生理、おれが止めちゃったんだよ」と言った。

c 原告は、甲野に対し、日常的に手を握ったり、肩を揉んだり、腰を触ったりした。原告は、金融営業本部長室での会議中に、お茶を入れに来た甲野の腰に手を回し、膝の上に座らせた。

d 原告は、平成15年1月20日、甲野と飲食を共にし、上野のスナック「ハートのエース」から帰るため乗ったエレベーター内で、同人の意思に反して右頬の唇付近にキスをした。原告は、平成15年5月、甲野と飲食を共にし、浅草ビューホテルからの帰途、自動車内で、甲野の意思に反してキスをした。

e 原告は、平成15年5月午後11時過ぎ、甲野の自宅に赴き、同人を呼び出したうえ自分の自動車に乗車させた。そして、原告は、自動車を甲野の自宅から15分程離れた暗くて交通量の少ない場所で停め、甲野と同車内で約1時間にわたり同人の異動についての話をした。その際、原告は、甲野に対し、「俺のこと好きか」などと言ったり、同人の手を握るなどした。

(イ) 乙野花子に対するセクハラ行為について

原告は、被告金融営業本部において派遣社員として勤務していた乙野花子(以下「乙野」という。)に対し、以下のようなセクハラ行為を行った。乙野は、原告のセクハラ行為により被告を退職した。

a 原告は、乙野に対し日常的に、「やらせろよ」「いつやらせてくれるんだ」「お前胸ないな」などと言った。

b 原告は、乙野と金融営業本部長室で話をする際、同人の手を握るなどした。

c 原告は、平成14年12月の仕事納めの日、会議室において、書類へのサインを求めて来た乙野に対し、「サインをするから、お前ここに座れよ」などと命じて、同人を自分の膝の上に座らせた上、「5時半過ぎだからいいだろ」などと言って、同人の胸を触った。

d 原告は、平成15年4月ころ、退社する乙野を待ち伏せした上、自分の自動車への乗車を強要し、秋葉原駅まで同人を送る間、助手席に座った同人の手を握った。

(ウ) その他の日常的な言動について

原告は、本件合併後、職場内において日常的に、以下のようなセクハラ行為を多数の女性従業員を対象に公然と行った。

a 原告は、女性従業員に対し、「やらせろよ」「いつやらせてくれるんだよ」「胸がない」「色気がない」「バイアグラを使わないか」などと言った。

b 原告は、女性従業員の肩を揉んだり、手を握ったり、膝に座ったり、女性従業員を自分の膝に座らせたりした。

イ 原告が被告の女性従業員に対し前記アの(ア)ないし(ウ)のセクハラ行為をしたことは、前記争いのない事実等(5)で記載したSBCの規定に違反し、また、前記争いのない事実等(4)で記載した被告就業規則60条1項、8項、11項、12項に該当する。原告は、被告金融営業本部の80名の従業員のトップとして、人事考課の最終決定権を持つなど絶大な権限を有しており、本来組織の長としてセクハラ行為を防止すべき義務と責任を有する地位にあった。しかるに、原告は、かかる責任を放棄するだけでなく、あろうことか自らの地位を利用して前記セクハラ行為を行ったのであり、その責任は極めて重大であり、その行為の悪質性からして被告が原告を懲戒解雇したのは当然の処分である。

また、原告は、被告に合計3180万円を不正に支出させたとして、平成14年10月、減給の懲戒処分を受けており、就業規則等の社内規定を尊重せず、規範的意識が希薄であることが明らかである。

ウ 原告の主張に対して

被告においては、取締役及び執行役員の約半数は、コンパック出身者であり、4つの事業統括のうち3つにおいてコンパック出身者がその長に就くなど各組織の責任者にもコンパック出身者が多数就いており、被告においてコンパック出身者がHP出身者に比べて不平等に扱われているということはない。

【原告】

ア 被告は、甲野と乙野からの事情聴取に基づいて賞罰委員会を開催し、本件懲戒解雇をしたのであるから、懲戒解雇事由の存否についても、賞罰委員会で判断材料となった甲野及び乙野の陳述書(乙13、35)に記載された原告のセクハラ行為だけを問題とすべきである。

イ 被告が主張するセクハラ行為はすべて否認する。

(ア) 甲野に対するセクハラについて

a 原告は、甲野と大阪にあるユニバーサル・スタジオ・ジャパンについて話をしたことはあるが、甲野を大阪出張に誘ったことはない。

b 原告が甲野に再三話をしようと言っていたのは、原告の秘書をしていた甲野の遅刻が多く、朝のミーティングに支障が生じていたため、その改善について話合いを申し入れていたにすぎない。原告は、甲野に対し、「胸がないから豊胸手術でも金を出してやるからしろよ」などと言っていない。訴外丙野良子が「豊胸手術をしたいからお金を出してよ」と言ったことが、原告の発言とすり替えられている。原告は甲野から生理がないと告げられたので、病院に行くことを勧めたにすぎず、そのことを第三者に話したことはない。

c 原告は、甲野と2人で2、3回食事に行ったことはあるが、慰労の目的で誘ったものであり、その際セクハラ行為などしていない。原告が平成15年1月20日に甲野と一緒に行った上野のスナック「ハートのエース」は、原告の同級生が経営する店であり、帰り際にはその同級生が駐車場近くまで原告と甲野を送って来たのであるから、エレベーター内で原告が甲野にキスをすることなどはあり得ない。

d 原告は、平成15年5月、甲野から仕事上のミスに関する謝罪のメールを受信し、その内容がいつもに比べ深刻な内容であったため、同人のことを心配して同人の自宅付近まで赴き、自動車内で仕事に関する助言をしただけであり、その際セクハラ行為などしていない。

e 甲野は、平成15年11月17日及び同月25日、元上司である丁山和男(以下「丁山」という。)と飲食をした際、丁山に対し、被告の人事部の者から他部署へ異動させてもらえることをほのめかされたので、原告にセクハラ行為があったと虚偽の申告をしたと自認していた。

(イ) 乙野に対するセクハラについて

a 乙野は、親しい同僚に対し、原告以外の男性従業員から平成14年12月の仕事納めの日に胸を触られたと言っていた。

b 乙野は、平成15年7月11日、被告におもねるため、原告にセクハラ行為があったという虚偽の申告をしたものである。

ウ 被告では、本件合併前の日本ヒューレット・パッカード株式会社の社員(以下「旧HP派」という。)と同合併前のコンパックの社員(以下「旧コンパック派」という。)が激しく対立しており、本件懲戒解雇も旧HP派が被告の最大の営業組織である金融営業本部の本部長であり、旧コンパック派であった原告を排除し、旧HP派を同本部長に就かせるために行ったものである。被告において旧コンパック派が虐げられているのは、金融営業本部において旧コンパック派44名中16名が退職し、2名が降格・異動しているのに対し、旧HP派は16名中退職者が1名もいないことなどからも明らかである。

(2) 本件懲戒解雇は、手続的要件を履践しておらず無効か(争点2)。

ア 賞罰委員会の決定があったか。

イ 被告は原告に対し、弁明の機会を与えたか。

【原告】

ア 被告における懲戒の決定は、被告就業規則61条により賞罰委員会の合議によって決定しなければならないが、本件懲戒解雇については賞罰委員会の合議による決定がされていない。平成15年7月16日の時点では、賞罰委員会委員長であった被告取締役副社長己山信男(以下「己山副社長」という。)は、原告に事実確認をした後に判断をしようと考えていたのであり、また、同委員会委員であった被告取締役副社長庚山政男(以下「庚山副社長」という。)は、原告がセクハラ行為をしていたことが既に確認されたという誤った前提の下、本件懲戒解雇に賛成したものであり、賞罰委員会の合議による決定がされているとはいえない。

イ 懲戒解雇においては、適正手続保障の見地から懲戒解雇事由を具体的に明らかにした上で被解雇者に弁明の機会を与える必要があるが、原告は被告の執行役員人事統括本部長辛山邦男(以下「辛山執行役員」という。)から具体的な事実を摘示されることなく、「賞罰委員会の決定が覆ったことは一度もない」などの脅迫的言辞をもって一方的に本件懲戒解雇を通知された。

【被告】

ア 被告の平成15年度の賞罰委員会は己山副社長、庚山副社長、辛山執行役員の3名で構成されていたところ、辛山執行役員は、平成15年7月16日、己山副社長、庚山副社長と持ち回りで合議した上で、賞罰委員会の決定として本件懲戒解雇を決めた。前記賞罰委員会において決議された本件懲戒解雇は、被告代表取締役会長壬山英男(以下「壬山会長」という。)、代表取締役社長癸山恒男(以下「癸山社長」という。)の決裁を経て原告に通告されたものであり、何ら手続上の瑕疵はない。

イ 弁明の機会の付与は、被告就業規則上、懲戒解雇の要件とされておらず、一般的に言っても弁明の機会の付与がなければ懲戒解雇が違法無効となるものではない。

また、辛山執行役員は、本件懲戒解雇通知の際、原告に対し、同人が女性従業員に対し「やらせろ」と言ったり、体に触るなどセクハラ行為を行った旨告知し、弁明の機会を与えた。辛山執行役員が、被害者保護の観点から、原告に対し、詳細な事実関係を明らかにしなかったのは合理性があり、前記のとおり問題となった行為は伝えており、弁明の機会としては十分なものを付与したということができる。

第3  争点に対する判断

1  前提事実

証拠(文中又は文末の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる(なお、争いのない事実については証拠等を掲記しない。)。

(1) 甲野の被告での勤務等

甲野(昭和××年××月××日生)は、平成10年4月に日本DECに入社し、同年10月に日本DECとコンパックが合併したことに伴いコンパックの従業員となり、本件合併により被告の従業員となった。甲野は、平成12年1月ころ、コンパックに入社してきた原告と出会った。甲野は、平成13年1月以降丁山の秘書をしていたが、同14年8月ころ以降原告の秘書になった。(乙13、証人甲野【1ないし3】、同丁山【1頁】)

(2) 乙野の被告での勤務等

乙野(昭和△△年△△月△△日生)は、平成14年8月、株式会社リクルートスタッフィング(以下「リクルートスタッフィング」という。)から派遣されてコンパックで勤務するようになり、本件合併により被告で勤務するようになった。乙野は、コンパック及び被告で金融営業本部営業第三部長丑山次男(以下「丑山部長」という。)の秘書をしていた。(乙35、36、証人乙野【1頁】)

(3) 本件懲戒解雇に至る経緯

ア 甲野は、平成15年5月ころ、原告のセクハラ行為について金融営業本部営業第六部長寅山正男(以下「寅山部長」という。)に相談したところ、寅山部長はこれを営業本部長卯山行男(以下「卯山営業本部長」という。)に伝えた。辛山執行役員は、平成15年6月ころ、卯山営業本部長から原告が女性従業員の胸や腰を触っているとの話を聞き、また、原告と同じフロアに勤務していたセールス・コーディネーター辰山智子係長から原告の所属部署である金融営業本部において日常聞くにふさわしくない言動がされているとの話を聞いた。(証人辛山【4ないし6、21、22頁】、同寅山【2、8ないし12頁】、同甲野【23ないし25、50、51頁】)

イ 被告人事統括本部リソースマネージメント本部キャリアセンター長として社員のキャリア自律支援のほかハラスメントに関する社内の苦情処理を担当している巳山恵子(以下「巳山」という。)は、平成15年7月11日、辛山執行役員から依頼を受けて、甲野、乙野ほか1名の事情聴取を行った(以下「本件事情聴取」という。)。巳山は、本件事情聴取において、原告が、①職場で性的発言を繰り返していること、②女性従業員の身体に触ること、③執拗に女性従業員を食事等に誘うこと、④甲野を執拗に大阪出張に誘っていたこと、⑤平成14年12月の仕事納めの日に乙野の胸を触ったこと、⑥平成15年1月20日に甲野と食事に行った際、エレベーター内でキスをしたこと、⑦同年5月15日の深夜に甲野の自宅に自動車で押し掛けてきて、同車内で長時間異動に関する話をした上、同人の手を握ったことなどを聞いた。巳山は、辛山執行役員に対し、本件事情聴取の結果を報告した。(乙11、13、14、32、35、証人辛山【1、7、8、23、24頁】、同甲野【1、25、57頁】、同乙野【1頁】、弁論の全趣旨)

ウ 被告における従業員の懲戒は、賞罰委員会の合議により決定することになっていた(被告就業規則61条)。被告の平成15年度の賞罰委員会は、委員長己山副社長、委員庚山副社長、同辛山執行役員の3名により構成されていた。辛山執行役員は、本件事情聴取後、庚山副社長に対し、電話で本件事情聴取に至る経緯を報告した。庚山副社長は、原告について、「そういう悪質なセクハラ行為をしているのであれば解雇もやむを得ないと思う。弁護士に相談して法的に問題がないということであれば解雇することに賛成する。その後の措置は人事に任せる」などと述べた。辛山執行役員は、平成15年7月14日、被告代理人弁護士岡田和樹(以下「岡田弁護士」という。)に対し、原告の懲戒解雇の是非を相談した。岡田弁護士は、セクハラ行為の存在を前提とすればという留保付きで、解雇が相当な事案であると回答するとともに、被害者の証言を陳述書という形にすることで、セクハラ行為の内容を確認しながら懲戒解雇手続を進めるのが相当であると助言した。辛山執行役員は、岡田弁護士の助言を受けて、巳山に対し、本件事情聴取をした3名の陳述書の作成を指示した。巳山は、甲野及び乙野の本件事情聴取の内容を陳述書の形式にし、同人らはこれを補足した上で署名押印をし、こうして甲野、乙野両名の陳述書(乙13、35)は作成された(なお、本件事情聴取をしたもう1名については、強く匿名を希望したため陳述書を作成することができなかった。)。一方、辛山執行役員は、壬山会長及び癸山社長に対し、電話で岡田弁護士に相談した結果や庚山副社長の意見について報告し、賞罰委員会を経た上で原告を懲戒解雇することについての了承を得た。そこで、辛山執行役員は、持ち回りで賞罰委員会を開催することにし、庚山副社長に架電し、改めて原告の懲戒解雇について意見を求め、賛同を得た。さらに、辛山執行役員は、平成15年7月15日、己山副社長に対し、甲野の陳述書の草稿をファックスで送信し、翌16日に架電し、本件事情聴取の内容や甲野のほかにも2名が同様の供述をしていることなどを報告した。己山副社長は、辛山執行役員に対し、事実を確認すること、原告から話を聴くことなどを指示した上、事実であることが確認できれば懲戒解雇でやむを得ないとの意見を述べた。(乙6、7、11ないし13、32、証人辛山【1、9ないし13、24ないし26、35、36頁】、同甲野【1頁】、同乙野【1頁】、弁論の全趣旨)。

エ 原告は、平成15年7月17日午前8時30分ころ、常務執行役員第一営業統括本部長午山義男(以下「午山常務」という。)に呼ばれて同人の個室に赴いたところ、間もなく、辛山執行役員と事務局の未山が入室してきた。そして、辛山執行役員は、原告に対し、同人のセクハラ行為について3名から申告があったこと、その申告に基づいて賞罰委員会は持ち回りで審議し懲戒解雇が妥当と決定したこと、壬山会長及び癸山社長の決裁も得ていることを告知した。この際、辛山執行役員は、原告に対し、賞罰委員会の決定は過去1度も覆ったことがないと述べたほか、問題となっているセクハラ行為について、被害を訴えた者を匿名としたが、「あなたは女性数人から『やらせろ』と言ったり、深夜自宅に押し掛けたり、胸の話をしたとして人事に訴えが起こされている」「就業規則に照らし合わせると、あなたのした行為は懲戒解雇に値します」と述べた。これに対し、原告は、「私、そんなのやってませんよ」「確かに私の部は乗りが良くて非常に乱暴なことはあるかもしれないが、セクハラそのものは全然ない」「ただ、いろいろな言葉の受け答えの中で相手によったらそういうふうに取られてしまう言葉があったのかもしれないですよね」「私だって営業のプロなんだから、何を相手に、相手にどんなことを言ったら相手が本当に嫌がるとか、そんなことは十分わきまえていますし、私はそういった意味からも断じてセクハラなんてのはやってません」などと述べた。これに対し、辛山執行役員は、原告に対し、「ブー、立派なセクハラです」と述べ、改めて懲戒解雇する旨を通告し、社員証を返却して1時間以内に退社するよう伝えた。なお、壬山会長、癸山社長、己山副社長は、平成15年7月17日に辛山執行役員が原告に対し本件懲戒解雇を通告することは知らなかった。辛山執行役員は、前記通告後、従業員から原告が1時間を過ぎても退社していないとの連絡を受けて原告のもとに赴き、携帯電話及びIDカードの返却を受けた上、原告をエレベーターまで誘導し、退社を促した。(乙8、12、32、証人辛山【1、13ないし17、27、28頁】、原告本人【27ないし29頁】(前記認定に反する部分を除く。)、弁論の全趣旨)

オ 甲野は、平成15年7月17日本件懲戒解雇後、辛山執行役員の指示で金融営業本部のあった天王洲オフィスから高井戸オフィスに移動し、その後も、同月22日から同月25日までの間、高井戸オフィスに出社することになり、通勤には警備員が配置された。甲野は、原告が報復のため自宅付近まで来ることを恐れ、平成15年7月18日、被告のセキュリティ担当者とともに警察に相談に行った。その後、甲野は、被告人事統括本部に異動になった。(乙11、14、32、証人辛山【1頁】、同甲野【1頁】、弁論の全趣旨)

カ 乙野は、平成15年7月17日本件懲戒解雇後、コーヒーショップ「タリーズ」で、原告の部下である申山弘子(以下「申山」という。)から陳述書に署名をしたのならこれを取り消してほしいなどと言われた。乙野は、平成15年7月17日は寅山部長の指示で早退し、同月18日は被告人事統括本部の指示で金融営業本部のあった天王洲オフィスではなく高井戸オフィスに出社したが、被告人事統括本部とリクルートスタッフィングの担当者であった酉山明子(以下「酉山」という。)らとの話合いの末、翌日から派遣契約が終了する同月末日まで出社しないことになった。乙野の被告への派遣契約は、平成15年7月31日をもって終了した。(乙11、19、32、36、証人辛山【1頁】、同乙野【1、30ないし32頁】、弁論の全趣旨)

(4) 本件懲戒解雇後の事情

ア 原告は、平成15年7月18日付けで、原告代理人を介して、壬山会長、癸山社長、己山副社長、午山常務、辛山執行役員に対し、原告がセクハラ行為を行ったとの主張は事実無根であり、原告に弁明の機会を与えず、賞罰委員会の合議もせずにされた本件懲戒解雇は無効であるとして、本件懲戒解雇の即時撤回を求めるとの警告書(以下「本件警告書」という。なお、配達はいずれも同月22日である。)を送付した(甲2の1及び2)。

イ 平成15年7月22日に開催された被告の経営会議であるジャパン・マネージメント・ミーティング(以下「JMM」という。)において、本件懲戒解雇及び本件警告書が議題となった。その中で、癸山社長らから本件懲戒解雇手続の正当性、退去方法等について疑問が呈されたことから、法務本部長戌山秋男(以下「戌山法務本部長」という。)及び弁護士立会いの下、再度原告の弁明を聴取することになった。

戌山法務本部長及び岡田弁護士は、平成15年7月29日午前9時ころから午前10時30分ころまでの間、同弁護士の事務所において原告及び原告代理人と面談した。原告側は、この面談で、本件懲戒解雇通告の際に具体的な事実の摘示がなく、十分な弁明の機会が付与されなかったこと、適正に賞罰委員会の決定がなされたか疑問であることなど主に手続上の問題について言及した。また、原告は、岡田弁護士の「貴方は、部下の女性の自宅に行ったということはないか。セクハラ行為を行った自覚はないのか」との問い掛けに対し、「飲みに行ったときなどには皆で送って帰ったりしたことはある。私にはセクハラ行為をしたという認識はない」などと述べた。また、岡田弁護士の「貴方は、職場にバイアグラを持って行ったことはないか。バイアグラを女性社員に見せたことはないか」「『やらせろよ』との発言を日常的にしていなかったか」との問い掛けに対し、原告は、いずれもこれを否定した。結局、この日の面談において、原告側は本件懲戒解雇の手続上の瑕疵を指摘し、少なくとも被害者が誰かについては明らかにすべきであると主張したのに対し、被告側はこれを明らかにする必要はなく本件懲戒解雇の手続は適正であると主張して、話合いは平行線のまま終わった。(甲27の1、乙9、32、証人辛山【1、18、19頁】、弁論の全趣旨)

ウ 己山副社長、庚山副社長及び辛山執行役員は、平成15年8月1日、癸山社長、戌山法務部長とともに本件懲戒解雇に関する今後の対応を協議した。その後、癸山社長と己山副社長は、懲戒解雇処分協議決定書に署名をした。前記協議の結果は、平成15年8月4日開催のJMMで報告され、本件懲戒解雇の結論が維持された。(甲27の2、乙7、12、32、証人辛山【1頁】、弁論の全趣旨)

2  争点1(懲戒解雇事由の存否)について

(1) 原告は、本件懲戒解雇において問題とされるべき懲戒解雇事由は、本件事情聴取に基づき作成された甲野及び乙野の各陳述書(乙13、35)に記載された原告のセクハラ行為に限られるべきであると主張する。この点、使用者が従業員に対して行う懲戒は、従業員の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないと解するのが相当である(最一小判平成8年9月26日判例時報1582号131頁以下山口観光事件参照)。もっとも、従業員の反復継続する多数の非違行為をまとめて懲戒の対象とするような場合は、後に明らかになった同種の行為についてももともと懲戒の対象に含まれていたと解することができるから、例外的にかかる行為についても当該懲戒の有効性の根拠とすることが許されるものと解するのが相当である。これを本件についてみると、本件懲戒解雇は、原告の反復継続する多数のセクハラ行為をまとめて懲戒の対象とするものであるから、被告が本件懲戒解雇時に認識していなかったセクハラ行為を本件懲戒解雇の有効性を判断する際の根拠とすることも許されるものと解するのが相当である。そうだとすると、本来は、被告が争点1【被告】の主張の項で列挙するすべてのセクハラ行為について逐一その有無を判断すべきところであるが、甲野及び乙野の各陳述書(乙13、35)に記載された原告のセクハラ行為が本件懲戒解雇の中核をなす部分であり、前記各陳述書に記載された事実が認められれば、それだけで懲戒解雇に値する事由と解するのが相当である。そこで、以下ではまず甲野及び乙野の各陳述書(乙13、35)に記載された原告のセクハラ行為について、その存否を検討することにする。

(2) 甲野に対するセクハラ行為について

ア 認定事実

証拠(文中又は文末の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 原告は、平成13年4月ころ、当時丁山の秘書をしていた甲野に対し、度々、個室となっている金融営業本部長室などで、大阪に出張しないかと誘った。それは出張とはいうものの、金曜日の夜に大阪に行って食事をし、翌日はユニバーサル・スタジオ・ジャパンで遊ぶというものであった。(乙13、証人甲野【1、3ないし6頁】)

(イ) 原告は、甲野に対し、日常的に「甲野ちゃん、やらせてよお」などと言った。原告は、甲野に対し、「胸がないからちょっと豊胸手術でもお金を出してやるからしろよ」「Cカップだったら幾らで、Fカップだったら幾ら」などと言った。原告は、甲野に対し、バイアグラのようなものを机の中から出して見せ、「使ってみれば」「やるよ」などと言った。原告は、甲野の面前で同僚の本部長に対し、体調不良を訴えていた甲野について、「甲野ちゃんの生理、おれが止めちゃったんだよお」と言った。(証人甲野【7ないし10、12、13頁】)

(ウ) 原告は、甲野に対し、日常的に同人の手を握ったり、肩を揉んだりした。また、原告は、金融営業本部長室での会議中に、お茶を入れに来た甲野の腰に手を回し、膝の上に座らせたこともあった。(証人甲野【10ないし12頁】、同寅山【5ないし7、24、25頁】)

(エ) 原告は、平成15年1月20日、甲野と2人で飲食を共にし、上野のスナック「ハートのエース」から帰ろうとして乗ったエレベーター内で、甲野の意に反して突然同人の右頬の唇付近にキスをした(証人甲野【13ないし17、42ないし44頁】)。

(オ) 甲野は、平成15年5月14日ころ、かつての上司である丁山に対し、原告の秘書を辞めたいとの話をしたところ、丁山はこれを原告に伝えた。原告は、平成15年5月15日午後11時ころ、在宅していた甲野の携帯電話に架電し、秘書を辞めたい理由を問い質した上、直接話がしたいので会ってほしいと申し入れた。原告は、同日午後11時過ぎ、自分の自動車で甲野の自宅付近まで行き、甲野を呼び出し、自動車に乗せた。そして、原告は、自動車を甲野の自宅から15分程離れた暗くて人通りの少ない場所に停め、甲野と同車内で約1時間にわたり同人の異動について話をした。その際、原告は、仕事が合わないので異動したいという甲野に対し、「俺のこと嫌いか?」「じゃ、俺のこと好き?俺が何か悪いことした?」などと聞き、甲野が同年7月末まで原告の秘書を続けることを了解したところ、甲野の手を握るなどした。なお、甲野は、自宅を出る際、母親に対し、1時間くらい経っても帰宅しなかったら携帯電話に架電してほしいと言って出掛けた。甲野の母親は、約1時間経過したころ、甲野の携帯電話に電話をしたが、甲野は、原告に気兼ねして電話には出なかった。(乙13、51、53の1ないし3、証人甲野【1、19ないし23頁】、同丁山【37頁】(前記認定に反する部分を除く。)、弁論の全趣旨)

イ 甲野供述の信用性等について

(ア) 証人甲野は、前記アの(ア)ないし(オ)の文末で摘示した部分等で前記アで認定したとおりの供述及び陳述(以下「甲野供述」という。)をし、他方、原告は、基本的には、甲野に対し、セクハラ行為をしたことはないと供述する。すなわち、原告は、前記アのうち、平成15年1月20日に甲野と二人で飲食をしたこと、同月15日午後10時過ぎに甲野に電話し、同人の自宅付近まで行って甲野を自分の自動車に乗せ、話合いをしたことなどは認めるものの、甲野に対するセクハラ行為については否定する供述をしている。また、平成15年1月20日、原告が甲野にエレベーター内でキスしたことを否定する「ハートのエース」の経営者甲川里子(以下「甲川」という。)の陳述書が存在する(甲31)。そして、原告は、甲野が原告からセクハラ行為を受けたというのは虚偽であり、同人が虚偽の申告をしたのは、被告人事部から異動をほのめかされたためであると主張する。このように、甲野供述と原告の供述等とは真っ向から対立するところ、当裁判所は、甲野供述の方が信用性があり、前記事実認定の証拠に供するのが相当と考え、他方、原告の供述等は信用することができずこれを採用しなかったのであるが、その理由は、以下のとおりである。

(イ)  まず、原告のセクハラ行為に関する甲野供述は、前記アで認定に供したとおり、多岐にわたるもので、それぞれが具体的かつ詳細であり、不自然・不合理な点は見当たらない。また、甲野供述は、本件事情聴取におけるものから既に具体的かつ詳細なものであり(乙13参照)、その後も当審の証言まで概ね一貫している。さらに、争いのない事実等(1)イのとおり、原告は被告において役員に次ぐ重要な地位にあったのに対し甲野はその秘書にすぎず、甲野が本件合併以前から原告の下で勤務し、本件事情聴取の約1年前からは原告の秘書を務め、同人からも概ね高い評価を得ていたこと(乙54の1ないし3参照)など、原告と甲野との関係からすれば、甲野が殊更虚偽の供述をしてまで原告を陥れなければならないような事情はうかがえない。そもそも甲野が異動を希望していた理由は、原告のセクハラ行為から逃れるためであったのである(証人寅山【8ないし12頁】、同甲野【23ないし25頁】)から、甲野が被告の人事部から異動をほのめかされて虚偽のセクハラ行為を申告したとは考え難い。加えて、本件事情聴取当時27歳で独身であった甲野が、原告から身体を触られたりキスをされたと第三者に述べることは、相当な心理的抵抗があったものと推認することができ、実際、甲野が本件事情聴取に応ずるに至った経緯は前記1(3)アないしウのとおりであって、甲野自身が被告に対し積極的に訴えたというものではなく、むしろ本件事情聴取においては当初供述することを拒んでさえいたのである(乙11)。これらの事情に照らしてみれば、甲野供述は信用性が高いというべきである。したがって、前記アの事実認定に使用するのが相当であると思料したわけである。他方、原告の主張及びこれに沿う原告の供述ないし甲川の陳述書は、甲野供述と真っ向から異なる内容であるところ、甲野供述に信用性がある以上、甲野供述に反する前記原告の供述等は採用することができない。

(ウ) ところで、証人丁山の証言中には、甲野が原告のセクハラ行為について被告に虚偽の申告をしたことを認めていたとする部分がある(証人丁山【15、21頁】)ので、当該証言の信用性について、当裁判所の見解を述べておくことにする。

確かに、証拠(乙14、証人甲野【1頁】、同丁山【13、14頁】(後記認定に反する部分を除く。))によれば、甲野は平成15年11月25日に丁山と飲食を共にした際、「下手な芝居をうってごめんなさい」などと述べたことが認められる。しかし、当該甲野の発言は、同人が本件懲戒解雇後、乙野の申告により原告のセクハラ行為が発覚したのだと丁山らに述べ、自らが申告したことを隠したことについての謝罪の弁であって、およそ被告に対し原告のセクハラ行為について虚偽の申告をしたことを認めた発言と解することはできない(乙14、証人甲野【1頁】)。また、証人丁山は、甲野から、本件事情聴取に壬山会長、庚山副社長、亥山国男取締役経理統括本部長も出席し、同人らは甲野に対しセクハラ行為の申告を強要したと聞いた旨証言している(証人丁山【15頁】)。しかし、甲野はこれを強く否定している(証人甲野【58頁】)上、同日事情聴取を受けた乙野については何らこのようなことが述べられておらず(乙36、証人乙野【1頁】)、甲野についてだけ壬山会長らが虚偽の申告を迫ったということ自体不自然というほかない。したがって、これらの事情を根拠に甲野が原告のセクハラ行為について被告に虚偽の申告をしたことを認めていたとする証人丁山の証言は信用性に乏しく、採用することができない。

以上のとおり、証人丁山の証言は、甲野供述の信用性を覆すに足りる証拠ということはできない。

ウ 以上ア、イの検討結果によれば、原告は甲野に対し、前記アのとおりセクハラ行為を行ったことが認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

(3) 乙野に対するセクハラ行為について

ア 認定事実

証拠(文中又は文末の括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 原告は、乙野に対し、日常的に、「おまえ、いつやらせてくれるんだよ」などと言った(乙35、36、証人乙野【1、13、14、18頁】)。

(イ) 原告は、乙野が書類にサインをもらいに来たときに、「おまえの部、どうにかしろよ」、「おれの味方はおまえしかいないんだよ」などと言いながら手を握ったり、乙野の側を通るときに、「数字を上げるように、おまえ頑張れよ」などと言いながら同人の肩を揉んだりした(乙35、36、証人寅山【14頁】、同乙野【1、13頁】)。

(ウ) 被告では、平成14年12月27日(仕事納めの日)午後4時ころから酒が振る舞われていたが、乙野は仕事を続けていた。原告は、平成14年12月27日午後6時ころ、書類への承認サインを求めて来た乙野をミーティングルームに誘い入れた。原告は、ミーティングルームにおいて、乙野に対し、「ここに座ってよ」などと言って自分の膝の上に座らせた上、「5時半過ぎだからいいよね」などと言って、右手で乙野の胸を鷲掴みするように触った。なお、この際、ミーティングルームには、乙川と丙川も同席していた。(乙35、36、証人乙野【1ないし6、24、25頁】)

乙野は、平成15年1月6日、原告に胸を触られたことを派遣会社の担当者である酉山に報告し、翌7日、酉山と直接会って原告から受けたセクハラ行為について報告した。酉山は、平成15年1月16日、乙野の依頼により同人の上司であった丑山部長と面会し、同人に対して、乙野が原告から受けたセクハラ行為について伝え、丑山部長は善処することを約束した。しかし、乙野は、原告に言うと仕事がしづらくなるという丑山部長の助言に従い、原告への抗議はしなかった。(乙19、35、36、証人乙野【1頁】、弁論の全趣旨)

イ 乙野供述の信用性等について

(ア) 証人乙野は、前記アの(ア)ないし(ウ)の文末で摘示した部分等で前記アで認定したとおりの供述及び陳述(以下「乙野供述」という。)をし、他方、原告は、基本的には、乙野に対し、セクハラ行為をしたことはないと供述する。すなわち、原告は、前記アのうち、乙野と握手をしたことなどは認めるものの、乙野に対するセクハラ行為については否定する供述をしている。また、原告が平成14年12月27日に乙野の胸を触ったことを否定する乙川康男(以下「乙川」という。)の陳述書(甲33)が提出されている。さらに、原告は、乙野は平成15年6月で被告を辞めさせられそうになり、同年7月ないし8月まで派遣契約を延長してもらうため、原告からセクハラ行為を受けたとの虚偽の申告をしたと主張し、これに沿う供述をしている(原告本人【24頁】)。このように乙野供述と原告の供述等とは真っ向から対立するところ、当裁判所は、乙野供述の方が信用性があり、前記事実認定の証拠に供するのが相当と考え、他方、原告の供述等は信用することができずこれを採用しなかったのであるが、その理由は、以下のとおりである。

(イ)  原告のセクハラ行為に関する乙野供述は、前記アで認定に供したとおり、それぞれ具体的かつ詳細であり、本件事情聴取の際に述べられた出来事のほか原告に秋葉原駅まで自動車で送られた際の顛末がその後付加されているものの、その供述は本件事情聴取から当審の証言まで概ね一貫したものである。また、乙野は、平成15年1月6日、前年の仕事納めの日(平成14年12月27日)に原告に胸を触られたことを酉山らに相談しており、本件事情聴取において初めて第三者に述べられたものではないこと(このような相談がなされたこと自体は丑山部長も認めている(甲14))、平成14年11月初めころ、酉の市の酒席で酔余の上、原告ら男性社員に自らの胸を触らせたことなどの不名誉な出来事についても夫がある身でありながら正直に述べていること(乙36、証人乙野【1、7、8頁】)、本件事情聴取に至ったのは、乙野自身が積極的に被告に訴えたというものではなく、むしろ本件事情聴取においては当初供述することを拒んでいたこと(乙11)などが認められる。これらの事情に照らすと、乙野供述は信用性が高いというべきである。

(ウ) 他方、原告は、前記(ア)のとおり、乙野が平成15年6月で被告を辞めさせられそうになり、同年7月ないし8月まで派遣契約を延長してもらうため、原告からセクハラ行為を受けたとの虚偽の申告をしたと主張し、これに沿う供述をする。しかし、証拠(乙11、19、35、36、証人乙野【1頁】)及び弁論の全趣旨によれば、乙野の派遣契約は3か月単位であり、契約期間は平成15年7月末日までであったこと、乙野は同年6月ころには派遣会社に契約終了の意向を伝えており、同年7月末日で契約を終了する予定であったことが認められる。そうだとすると、平成15年6月ころに派遣契約打切りの話があったということ自体にわかに措信し難いし、仮に乙野が雇用期間の延長を求めていたのだとしても、わずか1、2か月の雇用期間延長のため本件事情聴取において原告に胸を触られたなどと虚偽の事実を述べるということ自体不自然というほかなく、実際乙野は同年7月末日で被告での派遣契約が終了されていることをも考慮すると、乙野が被告に雇用期間を延長してもらうため虚偽の申告をしたとの原告の主張及びこれに沿う原告の供述は信用性に乏しく、採用することができない。

(エ) 以上のとおり、乙野供述は信用性が高く、前記アの事実認定の証拠資料として採用したわけである。他方、原告の供述及び乙川の陳述書は、乙野供述と真っ向から異なる内容であるところ、乙野供述に信用性がある以上、乙野供述に反する前記原告の供述等は採用することができない。

ウ 以上ア、イの検討結果によれば、原告は乙野に対し、前記アのとおりセクハラ行為を行ったことが認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

(4) 当裁判所の判断

原告は、甲野及び乙野に対し、前記(2)、(3)で認定したとおりセクハラ行為を行ったことが認められるところ、原告のセクハラ行為は、甲野及び乙野に対し日常的に性的な発言をしたり、身体的接触を繰り返した上、甲野に対し飲食を共にした際に無理やりキスをしたり、深夜自宅付近まで押し掛けて自動車に乗せ、車中で手を握るなどし、乙野に対し残業中に胸に触ったりしたというものであって、いずれも悪質なものである。また、原告は、被告において役員に次ぐ地位にあり、約80人の従業員を管理監督する立場にあったにもかかわらず、立場上拒絶が困難な甲野及び乙野に対し自らセクハラ行為を行っていたのであって、その責任は極めて重い。しかも、被告では、SBCにおいて差別や嫌がらせの禁止、これに違反した場合に懲戒解雇を含む厳罰を科する旨明示するとともに、本件合併前には全管理職に対し、SBCに関する教育を実施した(証人辛山【3頁】)。そして、被告は、平成15年6月25日のイントラネット上に「セクシュアル・ハラスメントのない職場づくりに向けて」と題する書面を掲示して、改正男女雇用機会均等法のセクハラに関する規定の説明、セクハラがSBC違反、被告就業規則における懲戒処分に該当する不正行為とみなされ、免職を含めた懲戒処分が適用されること、管理職においてセクハラに関する法律、SBCの規定等が遵守されるよう周知徹底すべきことを告知していた(乙1)。それにもかかわらず、原告は被告の前記措置を軽視し、前記セクハラ行為に及んだものである。前記のようなセクハラ対策を講じてきた被告が、セクハラ被害を申告した者や他の女性従業員への影響を考慮して、セクハラ行為を行った者に対し厳正な態度で臨もうとする姿勢には正当な理由があるというべきである。

これらの事情に鑑みれば、原告の甲野及び乙野に対するセクハラ行為は、甲野及び乙野の各陳述書(乙13、35)に記載されたもののみを取り上げただけでも、これに記載された行為が事実として認められる以上、被告就業規則60条1号、8号、11号、12号に定める懲戒解雇に該当する事由が存在するといえる。したがって、被告が主張するその余のセクハラ行為について判断するまでもなく、本件懲戒解雇は相当なものであり、社会的相当性を欠き、客観的な合理性がないということはできない。

なお、原告は、本件懲戒解雇は、旧HP派が旧コンパック派であった原告を排除し、被告最大の営業組織である金融営業本部の本部長に旧HP派を就かせるために行ったものである旨主張する。しかしながら、本件懲戒解雇は前記判示したとおりそれ自体合理的な理由があるものであること、本件懲戒解雇を決めた賞罰委員会の委員長はコンパック出身の己山副社長であり、辛山執行役員は本件懲戒解雇前にコンパック出身の庚山社長の了承も得ており、本件懲戒解雇を告知した際にはコンパック出身の午山常務も立ち会っていたこと(前記1(3)ウ、エ、乙10)、旧HP及び旧コンパックそれぞれの出身者が構成員に含まれるJMMにおいても、本件懲戒解雇について格別旧HP派と旧コンパック派が対立するということなく、そのようなことが問題とされたこともなかったこと(甲27の1ないし4、乙10)などに照らしてみると、前記原告の主張は理由がなく、採用することができない。

(5) 小括

以上によれば、原告は甲野及び乙野に対し同人らが作成した陳述書(乙13、35)に記載された内容のセクハラ行為をしたと認められ、そうだとすると、原告には被告就業規則60条1号、8号、11号、12号に規定する懲戒解雇に該当する事由があるというべきである。

3  争点2(手続的要件についての瑕疵の存否)について

(1) 賞罰委員会の決定の存否について

ア 原告は、本件懲戒解雇について、賞罰委員会の合議による決定がされていないので無効であると主張するので、以下検討する。

イ 被告においては、懲戒は賞罰委員会の合議により決定する旨定めているものの、合議方法等については定めがない(被告就業規則61条参照)ため、これまで同委員会委員が任意の方法で合議していた(証人辛山【8、9頁】、弁論の全趣旨)。本件懲戒解雇は、前記1(3)ウで認定したとおり、辛山執行役員が主導的に行ったものであるが、賞罰委員会委員長己山副社長及び同委員庚山副社長に対しては電話で本件事情聴取の状況等を報告し、それぞれ懲戒解雇に賛成する旨の意見を得て、持ち回り方式で合議がされたものである。

ウ 確かに、己山副社長は、庚山執行役員に対し、「事実ならそういうこと(懲戒解雇)でやむを得ない。ただ、人事として、本人に話をする必要はあると思う」と述べていたことが認められる(乙12、弁論の全趣旨)ものの、これは本件懲戒解雇通告の際に原告に弁明の機会を与えるべきであることを示唆したものにすぎず、事実確認後に再度本件懲戒解雇の当否を判断するとの意思表示と解することはできない(乙12、証人辛山【11頁】、弁論の全趣旨)。また、本件全証拠を検討するも、庚山副社長が事実誤認をして本件懲戒解雇に賛成したと認めるに足りる証拠も存在しない。なお、壬山会長、癸山社長及び己山副社長には、辛山執行役員が原告に対し本件懲戒解雇を通告する具体的日時が知らされていなかったことが認められる(前記1(3)エ)が、前記のとおり事前に賞罰委員会の合議による懲戒解雇の決定がされている本件にあっては、このことにより本件懲戒解雇の決定が無効になることはないというべきである。

エ 以上から明らかなとおり、本件懲戒解雇について賞罰委員会の合議による決定がされていないとの原告の主張は理由がなく、採用することができない。

(2) 弁明の機会の付与の存否について

ア 原告は、本件懲戒解雇においては、解雇事由を具体的に明らかにした上での弁明の機会が与えられておらず、適正手続の保障がされていないので無効であると主張するので、以下検討する。

イ  被告の就業規則には、従業員を懲戒処分するに当たって、被懲戒者に弁明の機会を与えなければならないとの規定は存在しない(甲1)。確かに、一般論としては、適正手続保障の見地からみて、懲戒処分に際し、被懲戒者に対し弁明の機会を与えることが望ましいが、就業規則に弁明の機会付与の規定がない以上、弁明の機会を付与しなかったことをもって直ちに当該懲戒処分が無効になると解することは困難というべきである。

以上によれば、原告の主張は、主張自体失当として排斥を免れない。

ウ(ア)  のみならず、仮に、原告の主張するとおり、弁明の機会が与えられることなく懲戒解雇された場合には当該懲戒解雇処分は無効になるとの立場を前提としても、原告の主張には理由がない。その理由は、以下述べるとおりである。

(イ) 証拠(乙12、証人辛山【11、12頁】)及び弁論の全趣旨によれば、辛山執行役員は、己山副社長から原告の話を聞くようにとの示唆を受けたところ、事前に弁明の機会を与えると原告が被害を申し立てた者を探し始め、本件事情聴取に応じた3名に迷惑が掛かることを懸念して、本件懲戒解雇の通告と同時に原告に弁明の機会を与えることとし、原告と辛山執行役員との間で、本件懲戒解雇通告時に前記1(3)エで認定したとおりのやりとりがされたことが認められる。

(ウ) この点、原告とセクハラ行為の被害者である甲野及び乙野との関係(争いのない事実等(1)イ、前記1(1)、(2)参照)に照らすと、原告に事前に弁明の機会を与えた場合、甲野及び乙野に対し有形、無形の圧力が加えられることは容易に推認することができ、本件懲戒解雇の通告と同時に原告に弁明の機会を与えたことはやむを得ない措置であったといえるし、辛山執行役員は原告に対し本件懲戒解雇で問題とされたセクハラ行為の概略については告げており、本件事情聴取に応じた者を秘匿するためにはこの程度の事実の告知でもやむを得なかったということができ(実際、前記1(3)カで認定したとおり、乙野は本件懲戒解雇通告後、申山から乙野が作成した陳述書について署名の取消しを迫られている)、他方、原告も前記1(3)エで認定したとおりの弁明をしている。

(エ)  以上によれば、本件懲戒解雇については、原告は、被告から一応弁明の機会を付与されていたものと評価するのが相当である。

エ 以上から明らかなとおり、本件懲戒解雇は、懲戒解雇事由を具体的に明らかにした上での弁明の機会が与えられておらず、適正手続の保障がされていないから無効であるとの原告の主張は理由がなく、採用することができない。

(3) 小括

以上によれば、本件懲戒解雇は、手続的要件を履践しておらず無効であるということはできない。

4  結論

以上の検討結果から明らかなとおり、被告の原告に対する本件懲戒解雇処分は有効である。そうだとすると、本件懲戒解雇が無効であることを前提とする原告の本訴請求はいずれも理由がないということになる。よって、原告の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・難波孝一、裁判官・三浦隆志、裁判官・知野 明)

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