東京地方裁判所 平成15年(ワ)20250号 判決 2004年2月23日
原告
X
被告
東日本電信電話株式会社
代表者代表取締役
B
支配人
C
訴訟代理人弁護士
外井浩志
同
木村恵子
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一六万一〇六九円及び一二万一四六九円に対する平成一三年一二月一一日から、三万九六〇〇円に対する平成一四年四月一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の従業員であった原告が、被告がした特別手当及び退職金の成績査定に契約上の義務違反等があるとして、正当な査定評価をした場合との差額について、特別手当の請求、及び、債務不履行に基づく損害賠償等の請求をした事案である。
1 争いがない事実(証拠によって認定したものは括弧内に証拠番号を示す)
(1) 当事者及び雇用契約
被告は、地域電気通信事業等を営むこと等を業とする株式会社である。
原告は、被告に雇用され、平成一一年七月一九日から平成一四年四月三〇日まで、東京千代田区営業支店第一営業部営業推進担当として午前一〇時から午後三時四〇分までを勤務時間とする短時間制特別社員として勤務していた。
原告は、被告を含むNTTグループの構造改革のため、平成一四年四月三〇日付けで被告を退職し、平成一四年五月一日株式会社エヌ・ティ・ティサービス東京(以下「NTTサービス東京」という)に採用され、平成一五年三月三一日付けでNTTサービス東京を定年退職した(以下「平成一五年退職」という)。なお、原告は、定年後、NTTサービス東京に再雇用され、本件口頭弁論終結時においても同社に勤務していた。
(2) 特別手当について
ア 原告は、平成一三年一二月一〇日支給の年末特別手当(以下「本件手当」という)において、業績評価でD評価を受け、その結果、定率部分(基準内給与×二・六か月×七五パーセント)のみの支給を受けた。
イ 本件手当の評価対象期間は平成一三年四月一日から同年九月三〇日まで(以下「平成一三年度下期」という)であり、短時間制特別社員が業績評価でCとされた場合には、定率部分に一二万一四六九円が加算されて支給される。
(3) 退職金について
ア 平成一五年退職当時、NTTサービス東京からの退職金支給においては、月単位で、勤続要素、資格要素、成果要素を累積させることとされていた。成果要素は、AないしDの四区分で評価され(Aが最上位、Dが最下位)、原告がNTTサービス東京において位置づけられていたビジネス資格三-二級の地位におけるD評価の累積額は〇円、C評価の累積額は五万二八〇〇円(一年当たり)とされていた。
イ アの成果要素において、原告のNTTサービス東京における在籍期間のうち、平成一四年五月一日から平成一五年一月三一日までの九か月については、被告における平成一三年度総合評価(対象期間平成一二年一〇月一日から平成一三年九月三〇日まで。以下、この期間を「平成一三年度」という。同年度の始まりから六か月間を「平成一三年度上期」という)が反映されるところ、原告の平成一三年度総合評価はDであった。
ウ 仮に、平成一三年度総合評価がCであった場合には、原告がNTTサービス東京から支給される平成一五年退職の際の退職金には、五万二八〇〇円の一二分の九である三万九六〇〇円が成果要素として累積加算される。
(4) 本件訴訟前の不服申立て等
原告は、本件手当及び平成一五年退職の退職金の査定に関し、平成一三年一月二一日、職場苦情処理委員会に苦情解決請求を行い、平成一四年四月一〇日苦情処理共同調整会議に異議申立てを行ったが、いずれも苦情処理に関する協約一二条二号に該当するとして却下された。
原告は、平成一五年四月三〇日、東京労働局に対し、あっせん申立てをしたが(以下「本件あっせん申立て」という)、被告があっせんの手続に参加する意思がない旨表明したため、同年五月一六日、東京紛争調整委員会においてあっせんが打ち切られた。(書証略)
2 争点
原告は、平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価でC評価をそれぞれ受けるべき権利があり、被告がしたD評価には査定義務違反があるか。
3 争点についての原告の主張
(1) 原告がC評価を受ける権利(被告の査定義務)の根拠
原告が、平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価でC評価をそれぞれ受けるべきであったとする根拠は以下のとおりである。
ア 原告は、ネットワーク担当で販売取次、AM(アカウント・マネジャー。被告における法人顧客の営業担当者の呼称。以下「AM」といい、AMの業務の補助を「AM支援」という)支援、オーダー綴り込み、ケンタくんの受付を担当した。
査定評価はチャレンジシート(書証略)をどこまで達成したかによる。平成一二年四月一日から平成一三年三月三一日までのチャレンジシート(書証略)に記載があるとおり、原告の作業は単純だが、物量が多く、平成一二年一一月、一二月には、上長の承認を得て残業もして貢献した。原告は、AM支援の一環の打ち出しサポート基本情報、各種商品を、六月~九月は五五三九枚、一〇月~三月は八三二四枚、指定期日に遅れることなく支援した。
イ 原告は、被告の勧める自己啓発のメニューから選択して、平成一三年九月三日、通信訓練(介護福祉士)を受講し、平成一四年一月五日修了し、平成一三年一一月二二日技能認定書を受けた。チャレンジシートにも重点を置くものとして丸印が付けられている。
ウ マイラインの契約獲得では、時間外、土日を問わず、知人親戚の不幸の際などに機会ある度に勧誘し、平成一三年一〇月に一件受注に至った。本件あっせん申立ての際、東京労働局では、原告の訴えに対し、「あなたは内勤ですか、外勤ですか」と問い、内勤の原告がマイライン獲得に奔走したことに驚いていた。マイライン獲得のとき、社員は、街頭活動、個別訪問、電話勧誘をしていたというが、原告はそのような営業活動を教えられたことはなかった。
エ カスタム(被告の顧客管理システム)の作業ができなかったのは、端末が不足し、上司も教えてくれなかったためであり、原告の意欲が低かったせいではない。課長代理からは、平成一四年二月に「端末が不足して悪かった」と言われた。
また、原告が「自分にできることは」と主査に問うと、「端末がないのでできない」と答えられ、「端末を使用しない仕事とは」と尋ねたが、指示はなかった。
オ 定時に出社退社して人材派遣会社の職員と同じと言われたが、そのような理由は納得できない。
(2) 特別手当について
ア 原告は、前記(1)のとおり、平成一三年度下期業績評価でC評価を受けるべきであったから、本件手当のうちC評価を受けた場合に得られる一二万一四六九円分が未払である。
イ よって、原告は被告に対し、本件手当として一二万一四六九円及びこれに対する支払日の翌日である平成一三年一二月一一日から支払済みまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。
(3) 退職金について
ア 原告は、前記(1)のとおり、平成一三年度総合評価で雇用契約上C評価を受けるべき権利があったところ、被告がD評価をしたことは、雇用契約上の債務不履行であるから、原告がこれにより被った損害である、NTTサービス東京から原告が支給される退職金の成果要素の累積加算分三万九六〇〇円と退職金支払日の翌日からの遅延損害金を賠償すべき義務がある。
イ よって、原告は、被告に対し、債務不履行に基づき三万九六〇〇円及びこれに対する退職金支給日の翌日である平成一四年四月一日から支払済みまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。
4 被告の反論
3(1)(2)(3)はいずれも争う。
第三当裁判所の判断
1 弁論の全趣旨及び後掲各証拠によれば、以下の各事実が認められる。
(1) 被告の人事評価制度
原告に対する平成一三年度下期業績評価及び平成一三年度総合評価は、平成一三年四月一日に導入された被告の人事評価制度(以下「本件制度」という)にしたがってなされた。本件制度の概要は以下のアないしキのとおりであった。
(書証略)
ア 職員を「一般」、「エキスパート」、「医療」等に区分される資格グループに分け、資格グループごとの等級格付けを行い、格付けられた社員資格基準に基づく社員の職務遂行行動及び業績に着目して評価を行う。なお、一般資格グループの社員資格基準は別紙一(略)のとおりであった。
イ 評価期間は毎年一〇月一日から翌年九月三〇日までとする。
ウ 評価者を複数とし、一次、二次、調整者の三段階で評価調整を行うのを原則とする。
エ 一般資格グループの職務遂行行動にかかわる評価観点別の行動評価基準は別紙二(略)のとおり、職務遂行の結果である業績を評価する基準としての業績評価基準は別紙三(略)のとおりとする。
オ 総合評価は、行動評価と業績評価を総合し、評価段階は、A(期待し要求する程度を著しく上回る)、B(期待し要求する程度を上回る)、C(期待し要求する程度であった)、D(期待し要求する程度を下回る)の四段階に評価する。業績評価がDのときは、行動評価にかかわらず総合評価をDとする。
カ 一般資格グループの行動評価と業績評価の割合は、行動評価三、業績評価七とする。
キ 業績の評価、能力開発等の参考とするため、担当業務にかかわる目標等を設定する。目標の設定は毎年度ごととし、その具体的内容は別紙四(略)(以下「チャレンジシート」という)のとおりとする。
(2) 平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価における原告の資格
短時間制特別社員は、本件制度において、「担当する業務分野において一般的能力を発揮し、自立的・主体的な職務遂行行動を通じて業績をあげる者」で構成する一般資格グループの二級として取り扱うこととなっていたため、原告は、評価において一般資格二級として扱われた。
(書証略)
(3) 平成一一年一月から平成一三年度ころまでの原告の担務、業務遂行状況
平成一一年一月から平成一三年二月まで、原告は、被告の東京千代田営業支店第一営業部営業推進担当の中のISDN担当部門に所属していた。原告は、ISDN担当部門に配属された当初は、同部門の業務であるITOS投入業務(顧客からISDNの注文を受けた場合に、ITOSと称される社内端末に接続して地域等の注文条件を入力し、工事部門が回答してきたISDN開通工事日を取得する業務)を担当したが、ミスが多い旨の苦情が上司に寄せられたため、平成一二年七月ころから、ISDN部門の担当ではないネットワーク受付業務(カスタムと称する被告の顧客管理システムのデータベースに接続し、通話料割引サービスの商品コードを入力する業務)及び他業務の支援をするよう指示された。ところが、原告は、上記カスタムの入力手順を自ら覚えられなかったため、主にAM支援のデータの打ち出し作業、販売情報連絡表の取次や、注文伝票のファイリング等の比較的簡易な業務を行うこととなった。データの打ち出し作業等には原告は意欲的に取り組み、多量のデータの打ち出しを行い、必要な場合には残業も行った。
原告のチャレンジシートは、平成一二年四月一日から平成一三年三月末まで、及び、平成一三年四月一日から平成一四年三月末までについて、それぞれ一通ずつ作成された。上記チャレンジシートの平成一三年度上期(平成一二年一〇月一日から平成一三年三月末日まで)の上司からのコメントは、原告のAM支援作業の労をねぎらう言葉と、今後は簡単なネットワーク割引商品のカスタム入力に挑戦してほしい旨の要望が記載されていた。また、上記チャレンジシートの平成一三年度下期(平成一三年四月一日から同年九月末日まで)の「業績の要点と今後の改善点」には、原告のデータの打ち出し作業に対して労をねぎらう言葉と、作業の速度と正確性をさらに重視すること、空き時間に他業務の支援を行うこと、業務途中で帰宅する際の主査への引継ぎを行うことを要望する旨が記載されていた。
なお、原告は、平成一四年度上期(平成一三年一〇月一日から平成一四年三月末日)には、「ケンタくん」という割引商品のカスタム入力業務に挑戦し、入力作業ができるようになったほか、マイラインの契約を平成一三年一〇月に一件獲得し(ただし、平成一三年四月当時の目標は同年一〇月までに二〇件であった)、平成一四年一月に介護福祉士の通信訓練講座を修了した。
(証拠略)
(4) 原告に対する平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価
平成一三年度下期業績評価においては、原告が同年度前に担当したネットワーク受付業務に必要な顧客管理システムの操作方法を覚えることができなかったこと、そのため原告に他の簡易な作業を割り振ることとなったこと、チャレンジシートの記載にあるように、上司から、作業の速度や正確性、時間に空きがあるときの他業務の支援及び帰宅前の引継について指導が必要であったこと、マイラインの契約獲得の目標二〇件に対し、評価対象期間中には一件の受注もなかったこと等を総合して、原告の業績評価はD(期待し要求する程度を下回る)とされた。
また、一三年度総合評価においては、上記の同年度下期業績評価に加え、同年度上期において、ネットワーク受付業務に必要な管理システムの操作方法を自ら覚えられず、他の簡易な作業を割り振ることになったこと等を総合し、AM支援では原告が物量が多い打ち出し等に意欲的に取り組んだことを考慮しても、D(期待し要求する程度を下回る)と評価された。
(書証略)
2 以上を前提に判断する。
使用者が賞与等を決定するために行う人事評価は、使用者が企業経営のための効率的な価値配分を目指して行うものであるから、基本的には使用者の総合的裁量的判断が尊重されるべきであり、それが社会通念上著しく不合理である場合に限り、労働契約上与えられた評価権限を濫用したものとして無効となるというべきである。原告に対する平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価は、原告の特別手当及び退職金の金額に反映する人事評価であるから、この理があてはまり、使用者の総合的裁量的判断が尊重され、それが社会通念上著しく不合理である場合に限り、労働契約上与えられた評価権限を濫用したものとして無効となるというべきである。
3 前記1(1)(2)のとおり、平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価は、本件制度にしたがって行われたこと、本件制度において原告の評価の基準とされた一般資格二級の社員資格基準は別紙一(略)のとおり「部門業務に関わる必要な情報を収集し、客観的な分析・判断を行っており、会社の基本的な方針や戦略を自分の担当業務と関連づけている」等とされていたこと、業績評価については、この社員資格基準をもとに、別紙三(略)の量的側面、質的側面及び価値創造の側面から判定し「期待し要求する程度であった」と評価されて初めてC評価となること、総合評価においては、この業績評価と、別紙二(略)の一般資格二級に期待される行動評価基準による判定を総合して「期待し要求する程度であった」と評価されて初めてC評価となることからすれば、原告が、自らがC評価されるべき根拠として主張するところ(第二の3(1))は、原告が一般資格二級の社員資格基準に照らし期待し要求されていた目標について何ら言及するところがなく、自分で設定した目標であるチャレンジシートの目標を達成したことや(なお、前記1(1)キのとおり、チャレンジシートは業績の評価、能力開発等の参考となるものにすぎず、その達成度が直ちにAないしDの評価に反映されるものではない)、担当した業務の物量のみを強調するものであって、いずれも失当であるというべきである。
さらに、原告が、平成一三年度担当していたネットワーク受付業務に必要なコンピュータソフトの操作方法を原告が自ら覚えることができなかったこと、そのため原告に他の簡易な作業を割り振ることとなったこと、作業の速度や正確性、時間に空きがあるときの他業務の支援及び帰宅前の引継について上司から指導が必要であったこと、マイラインの契約獲得の目標二〇件に対し、評価対象期間中には一件の受注もなかったこと等に鑑みれば、原告が割り振られた作業において意欲的に大量の業務をこなしたことを考慮しても、原告に対する平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価を「期待し要求する程度を下回った」とするD評価としたことが、社会通念上著しく不合理であるということはできない。
4 なお、原告は、C査定をされるべき根拠として、第二の3(1)の主張のほかに、「ネットワーク受付担当になってから、上司と会話する機会はなかったし、特に注意されたことはない」、「平成一四年二月の上司との面談において、ケンタくんの受付業務を行っていた際の受付の棚の入れ間違いについて聞かれ『自分は知らない』と答えたら、『原告を手招きして注意した』旨覚えのないことを言われたことがあった」、「自分の机に他の人が書いた取次票が置いてあったのをそのままにして帰宅したところ、翌日まだ机に取次票が置きっぱなしになっていた。上司に申し出たら、そのまま帰宅したことについて自分が注意されてしまった。そのことは、平成一三年一〇月以降のことであるし、すぐ改善もした」、「『協調性がない』と言われたが、自分の終業時刻が来たらすぐ帰ることについて言われているようであった。納得できない」旨供述するが、前記3で説示したところに照らし、C評価をされるべき根拠として失当であるし、平成一三年度の原告の担務、業務遂行状況が1(3)のとおりであったことは、チャレンジシートの記載内容(書証略)からも認定できるのであって、原告の各供述が、前記3の判断を左右できるものではない。
5 したがって、平成一三年度下期業績評価及び同年度総合評価において、被告が原告についてしたD評価は、労働契約上与えられた権限を濫用したものとはいえず有効であり、原告にC評価を受けるべき権利があるということはできない。
以上から、原告の請求はいずれも理由がない。
(裁判官 伊藤由紀子)
<別紙略>