東京地方裁判所 平成15年(ワ)22160号 判決 2005年6月21日
原告
X1
ほか二名
被告
Y
主文
一 被告は、原告X1に対し、金二四一六万七九五四円及びこれに対する平成一五年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、金一九七八万九九五四円及びこれに対する平成一五年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告X1及び原告X2のその余の各請求並びに原告株式会社バンズの請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの、その余を被告の各負担とする。
五 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(主位的請求)
一 被告は、原告X1に対し、金一億〇七八五万四三七四円及びこれに対する平成一五年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、金一億〇七六七万四三七四円及びこれに対する平成一五年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告株式会社バンズ(以下「原告会社」という。)に対し、金三四一二万六〇〇〇円及びこれに対する平成一五年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
一 被告は、原告X1に対し、金一億四一九八万〇三七四円及びこれに対する平成一五年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2に対し、金一億〇七六七万四三七四円及びこれに対する平成一五年一〇月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二争いのない事実又は証拠により容易に認められる事実
一 交通事故の発生
(1) 日時 平成一三年三月一三日午後六時二五分ころ
(2) 場所 東京都目黒区<以下省略>
(3) 加害車両 普通貨物自動車(車両番号・<省略>、以下「被告車」という。)
運転者 被告
(4) 被害者 A(以下「故A」という。)
(5) 事故態様 被告車が横断歩道を横断中の故Aを跳ねとばして死亡させた。(甲一、以下「本件事故」という。)
二 責任原因
被告は、過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、損害賠償責任を負う。
三 当事者について
(1) 故A
故Aは、古文書・和歌・俳句・書・旧家の伝統等についての専門知識と教養を身につけており、a高等学校の国語科の非常勤講師として教鞭を執り、タブロイド新聞「サンケイリビング」のフリーレポーターとして活躍し、さらに、専門学校お茶の水スクール・オブ・ビジネスの商業実務専門課程ビジネス学科国語担当教師として教鞭を執っていた。
本件事故当時においても、これらの専門的知識と教養をもって原告X1の執筆等の解読、解説を引き受けていただけでなく、社団法人日英協会で活動したり、「八ヶ岳高原を愛する会」の会長として活動をするなど幅広く活躍する一方、ゴルフやドライブを楽しむ日常生活を送っていた。(甲八~一四<各枝番を含む。>、原告X1)
(2) 原告X1
原告X1は、故Aの次女であり、成蹊大学大学院修士課程を卒業し、ジャーナリスト(料理、伝統行事等)、出版物の企画と編集、TV番組や百貨店催事等のプランナー、CMコーディネーターなどとして活躍しているものであり、マルチ才女といわれている。
主な著書には「○○さんの保存食メニュー」「全国名品とりよせ図鑑」等があり、「家庭画報」の連載「招福樓・おりふしのこと」「美の極み」「茶のこころ」「姫君の雛祭り」や創刊四五周年特別企画「利休の美」等々の企画・取材・文を担当し、テレビ朝日の「おかずのクッキング」番組及び同番組の出版の企画と編集を担当し、その他多数の出版物の取材・文等を担当している。
(甲二の二、一五~一九<各枝番を含む。>、原告会社代表者、原告X1)
(3) 原告X2
原告X2は、故Aの三女であり、東京大学大学院人文科学研究科東洋史学専攻博士課程を修了し、東京外国語大学外国語学部の教授である。(甲二の一、二〇、原告X2)
(4) 原告会社
原告会社は、雑誌、書籍の企画、編集及び出版を主な業とする会社であり、原告X1の執筆・構成・企画等による収入を同社の取締役の業務として、同社の収入としていた会社である。(甲三一、原告会社代表者)
第三争点及び当事者の主張
本件における争点は、本件事故と相当因果関係ある損害の範囲及び損害額である。
一 原告らの主位的請求及び主張
(1) 積極損害 一三六二万六二二六円
(原告X1及び原告X2が二分の一ずつ負担)
ア 治療費及び入院雑費 二万二三〇〇円
イ 葬儀費用 一〇八九万三六五二円
ウ 必要諸証明書等費用 四万〇二四〇円
エ 故Aの自宅安全対策費用 二六七万〇〇三四円
故Aが死亡したため、故Aの自宅は住む者がいなくなり、空き家同然とならざるを得なくなり、空き巣に入られ、安全対策として管理人を雇わざるを得なくなった等したものである。これら自宅安全対策費用は、平成一五年四月までで一四七万〇〇三四円かかっているものであり、今後とも、管理人の費用(一か月五万円)が故A(当時八〇歳)の就労可能年数(四年間)までとしても一二〇万円はかかるものである。
(2) 故Aの逸失利益 四一七二万二五二二円
(原告X1及び原告X2が二分の一ずつ相続)
ア 年金の逸失 一八九二万二五二二円
故Aは、本件事故により死亡した当時、年金を年一八五万八七九四円受領していた。八〇歳の女性の平均余命は一〇・一八年であり、本件事故により年金合計一八九二万二五二二円を逸失した。
185万8794円×10.18=1892万2522円
イ 校閲報酬の逸失 三六〇万円
故Aは、原告会社が編集・制作するテレビ朝日出版の「おかずのクッキング」の校閲を同社より一冊三〇万円で依頼されていたものであり、本件事故当時、少なくとも平成一三年六・七月号から同一五年四・五月号まで一二冊の校閲の依頼を受けていた。本件事故により上記校閲が不可能となり、その報酬合計三六〇万円を失った。
三〇万円×一二冊=三六〇万円
ウ 解読及び解説等による報酬の逸失 一九二〇万円
原告会社は、故Aに原告X1の執筆等のため古文書・和歌・俳句・書・旧家の伝統等の解読及び解説等を引き受けてもらっており、原告X1においてその報酬として月四〇万円を支払っていた。本件事故により上記解読及び解説等が不可能となり、少なくとも就労可能な四年間の報酬合計一九二〇万円を失った。
(3) 原告X1の逸失利益 一八万円
原告X1は、ニューファミリー新間(ニューファミリー新聞社)から「○○流料理塾」の執筆を請け負っていたが、本件事故により九本休筆せざるを得ず、一八万円(2万円×9)の収入を逸失した。
(4) 原告会社の損害 三二六二万六〇〇〇円
原告会社は、原告X1の執筆・構成・企画等を同社の取締役の業務として請け負っていたものであるが、原告X1が本件事故により執筆・構成・企画等ができなかったため、少なくとも次のとおりの収入を逸失し、出費を余儀なくされた。
ア 家庭画報(世界文化社)休筆と執筆者チェンジ 一五〇万円
(ア) 連載「茶のこころ」休筆五本 一〇〇万円(20万円×5)
(イ) 「私の茶菓子自慢六月号」執筆者チェンジ 五〇万円
原告会社は、平成一三年六月号に掲載予定であった特集「私の茶菓子自慢」を、原告X1が取材、撮影と文を執筆することで依頼を受けていたものであり、同年三月一四日から二二日まで出張取材及び写真撮影の予約を取り付けていた。しかし、本件事故により、出張取材、撮影に行くことが不可能となり、世界文化社に他の者に変更してもらうしかなかった。
イ おかずのクッキング(テレビ朝日出版)執筆者チェンジ 一五六一万四〇〇〇円
原告会社は、テレビ朝日の番組「週刊おかずのクッキング」のテーマ・メニュー企画と雑誌「おかずのクッキング」の全体企画、構成、進行(制作管理)、編集及び原稿執筆を原告X1が行うことで、平成一三年六・七月号から正式に依頼を受けていた。
同年六・七月号の雑誌「おかずのクッキング」(同年五月二一日発売、見本本できあがり同月一三日、校了同月四日、原稿締切四月下旬)と番組「週刊おかずのクッキング」は、プレテーマ会議が三月中旬に、テーマ会議が四月上旬に、メニュー会議が同月中旬に予定されており、取材と写真撮影を同月中旬から下旬にかけて行う予定になっていた。
ところが、原告X1は、本件事故により、三月中旬に予定されていた最初のプレテーマ会議に出席できなくなり、その後の一連のテーマ会議、メニュー会議、取材、写真撮影等が遂行できなくなった。
同年八・九月号の雑誌「おかずのクッキング」と番組「週刊おかずのクッキング」以降については、原告X1が自宅でできる全体企画を何とか遂行したが、雑誌「おかずのクッキング」の構成、編集、原稿執筆及び進行(制作管理)については、原告会社として、急遽、テレビ番組のメニュー企画、雑誌の企画・構成、編集及び原稿執筆を編集ライターに、進行(制作管理)についてはレイアウトデザイナーに、無理矢理頼み込まざるを得なくなり、今後も継続的に仕事を発注することを条件に引き受けてもらった。
これにより、原告会社は以下の利益を逸失した。
同年六・七月号二三一万円、同年八・九月号一三五万五〇〇〇円、同年一〇・一一月号一三七万円、同年一二・一月号一三五万四〇〇〇円、同一四年二・三月号一三三万円、同年四・五月号一三七万円、・同年六・七月号一二八万五〇〇〇円、同年八・九月号一三〇万円、同年一〇・一一月号一三〇万円、同年一二・一月号一三七万円、同一五年二・三月号一二七万円
ウ 「今夜のおかずを何にする」(集英社) 五五二万八〇〇〇円
執筆者チェンジ(平成一三年夏号、同年秋号、同年冬号、同一四年春号、同年夏号、同年秋号)
エ 「竹内冨貴子の低カロリーでたっぷり食べる」(世界文化社)執筆者チェンジ 一〇八万四〇〇〇円
オ 家庭画報の特集(世界文化社) 五〇万円
予定していた取材に行けなくなり執筆者チェンジ
(ア) 平成一四年三月号「雛人形」 二〇万円
原告会社は、世界文化社より家庭画報同年三月号に掲載予定の特集「雛人形」の取材、撮影及び文の執筆を、原告X1が行うことで引き受け、原告X1は、同年四月三日と四日に、旧暦の雛祭りの取材及び撮影を行う予定を組んでいた。
しかし、原告X1は、本件事故のため、前記取材及び撮影を行うことができなくなり、世界文化社の了解を得て、急遽、原告X1の知人に依頼せざるを得なくなった。このため、原告会社は二〇万円を逸失した。
(イ) 同一四年五月号「春日大社」 三〇万円
原告会社は、世界文化社より家庭画報同年五月号に掲載予定の特集「春日大社」の取材、撮影及び文の執筆を、原告X1が行うことで引き受けていた。この特集は、春日大社の一年間の祭を追い、取材、撮影することになっていた。
本件事故当時、原告X1は、既に春日大社の取材をすすめ、同一三年三月一五日に行われる春日大社の一年の最初の祭当日の取材及び撮影の了解をようようにして得ていたものであるが、本件事故により故Aが亡くなり、取材、撮影ができなくなったものである。
このため、特集「春日大社」のページ数も減少し、構成自体も変わらざるを得なくなった。このため、原告会社は三〇万円を逸失した。
カ 家庭画報の一二回連載予定「榊莫山家」(世界文化社)
中止(20万円×12回) 二四〇万円
キ 故A死去による損害 六〇〇万円
前述したとおり、故Aは、古文書・和歌・俳句・書・旧家の伝統等についての専門的知識と教養を身につけていた人であり、原告会社は、同人に原告X1の執筆等のため古文書・和歌・俳句・書・旧家の伝統等の解読及び解説等を引き受けてもらっていたものである。
今後も継続する他に依頼することによる損害及び断っているる原稿依頼も加えると、その損害は六〇〇万円を下らない。
(5) 慰謝料
ア 故A 五〇〇〇万円
原告X1及び原告X2が二分の一ずつ相続した。
イ 原告X1 五〇〇〇万円
ウ 原告X2 五〇〇〇万円
(6) 弁護士費用
ア 原告X1 五〇〇万円
イ 原告X2 五〇〇万円
ウ 原告会社 一五〇万円
(7) 合計
ア 原告X1 一億〇七八五万四三七四円
イ 原告X2 一億〇七六七万四三七四円
ウ 原告会社 三四一二万六〇〇〇円
二 原告らの予備的請求
(1) 原告X1 一億四一九八万〇三七四円
仮に前記一(4)の原告会社の損害について、原告会社が間接被害者として損害賠償請求の主体となり得ない場合には、これは原告X1個人の損害とみることができるので、上記一(7)アの金額に同ウの金額を加算した額を請求する。
(2) 原告X2 一億〇七六七万四三七四円
前記一(7)イに同じ。
三 被告の認否及び主張
(1) 積極損害について
ア 治療費及び入院雑費は、不知。
イ 葬儀費用は、不知かつ本件事故との因果関係を争う。本件事故と相当因果関係ある葬儀費用としては、通常一五〇万円が相当とされている。
ウ 必要諸証明書等費用は、不知。
エ 故Aの自宅安全対策費用は、不知かつ本件事故との相当因果関係を争う。
(2) 故Aの逸失利益について
ア 年金の逸失は、不知。
年金受給の事実が認められたとしても、八〇歳女性の平均余命は約九年であり、かつ将来の年金逸失利益を算定するにあたっては中間利息を控除すべきであり、九年のライプニッツ係数七・一〇八を用いるべきである。また、生活費控除がなされるべきであることも言うまでもない。
イ 校閲報酬の逸失は、不知。
ウ 解読及び解説等による報酬の逸失は、不知。
(3) 原告X1の逸失利益について
不知かつ本件事故との因果関係を争う。
(4) 原告会社の損害について
ア 原告らの主張はつまるところ、<1>原告会社と原告X1は経済的に同一体であることから、原告会社の企業損害が認められるべきである、<2>原告X1は、本件事故後仕事を減少させたが、これは本件事故と相当因果関係ある損害である、という二点であると思われる。
<1>の点については、いわゆる企業損害について、「法人とは名ばかりの、俗にいう個人会社であり、その実権は代表者個人に集中して、同人には会社の機関としての代替性がなく、経済的に同人と会社とは一体をなす関係にある」場合に限り認めるのが判例の立場であるところ(最判昭和四三年一一月一五日等)、本件においては故Aは原告会社の役員であったわけではなく、これらの判例と前提を異にしている。すなわち、原告会社は本件事故につき損害賠償請求の主体となる余地はないと言わねばならない。
<2>については、原告X1が故Aの死去により精神的痛手を受けたであろうことは否定しないが、そのような精神的損害については慰謝料として算定すべきことは言うまでもない。仮に、原告X1が仕事を減少させた事実があったとしても、それは原告X1の情意に基づいた行動であり、本件事故より通常生じ得る、予見可能な損害の範囲を遙かに逸脱していると言わざるを得ない。
イ 原告会社の損害のうち、故A死去による損害については、原告会社が故Aに委託していた業務の内容が不明確であるとともに、そもそも原告会社の企業損害については通常予測される損害の範囲には含まれないと言うべきである。
(5) 慰謝料については、いずれも金額の相当性を争う。
(6) 弁護士費用については、争う。
(7) 予備的請求(原告X1固有の損害請求)について
本件事故による直接の被害者は、本件事故により受傷し死亡するに至った故Aであるから、損害賠償請求の主体は故Aであり、原告X1及び原告X2は故Aの損害を承継した範囲において請求主体となるものである。
原告会社の請求に代わるものとしての原告X1の請求は、間接被害者の原告X1固有の損害であり、本件事故による損害として認める余地はないものと言わねばならない。
また、例外的に、近親者等のいわゆる間接被害者も損害賠償の請求主体と認められるのは、上記請求権が、いずれも実質的には直接被害者が被った損害ないしその変形物を内容とする損害賠償請求権にほかならず、それを認めても、加害者に加重の負担を負わせることにはならないからである。
四 原告らの反論
(1) 第一に、本件において請求している原告X1の仕事上の財産的損害について
原告X1が仕事を遂行できなかった原因は、本件事故に直接起因するものであり、原告X1の精神的打撃に起因するものではない。
(2) 第二に、原告X1も本件事故による重大な被害者であり、事故の直接被害者以外の被害者の損害も請求し得る。
(3) 第三に、原告X1が仕事を遂行できなかったことによる財産的損害は原告会社の損害である。
企業損害は、事故の直接被害者が代表者の場合に限られない。また、原告X1と原告会社の実態は一体である。
(4) 第四に、故Aの解読・解説等を失ったことによる損害について
故Aは、古文書・和歌・俳句・書・旧家の伝統等の解読・解説等のプロである。故Aが原告X1の古文書・和歌・俳句・書・旧家の伝統等の解読・解説等を行っていたことは動かし難い事実である。故Aの解読・解説等を失ったことにより損害が発生している。
(5) 第五に、原告X1の仕事上の財産的損害は精神的打撃による財産的損害としても、賠償請求が認められる。精神的打撃と精神的打撃による財産的損害は表裏一体である。
本件事故及び故Aの突然の死によって原告X1が受けた精神的的打撃は極めて大きい。原告X1が精神的打撃により相当期間にわたって執筆ができなかったことは動かし難い事実である。精神的打撃による財産的損害としても賠償は当然である。精神的打撃と精神的打撃による財産的損害は表裏一体である。
(6) 第六に、原告らが請求している慰謝料は相当である。
故Aの精神的打撃は計り知れないほど大きい。原告X1の精神的打撃は極めて大きい。原告X2の精神的打撃も極めて大きい。
第四争点に対する判断
本件における争点は、本件事故と相当因果関係ある損害の範囲及び損害額であるので、以下、検討する。
一 主位的請求について
(1) 積極損害
ア 治療費及び入院雑費 二万二三〇〇円
弁論の全趣旨により、損害(未払分)と認める。
イ 葬儀費用 一五〇万円
証拠(甲二二)によれば、葬儀費用として四〇六万八三〇〇円(甲二二<25>、<26>)を上回る金額を支出していることが認められるが、本件事故と相当因果関係ある損害として、一五〇万円の限度で認めるのが相当である。
ウ 必要諸証明書等費用 四万〇二四〇円
証拠(甲三四)及び弁論の全趣旨により、上記金額を損害と認める。
エ 故Aの自宅安全対策費用 〇円
本件事故と相当因果関係ある損害と認めるに足りる的確な証拠はない。
(2) 故Aの逸失利益 一〇四一万七三六八円
ア 年金の逸失 二三六万一二八八円
(ア) 証拠(甲二三の一)によれば、故Aは、本件事故により死亡した当時、国民年金(老齢年金)を年六一万一五九八円受領していたことが認められる。故Aの死亡時の年齢八〇歳女性の平均余命は約一〇年であり(平成一三年簡易生命表)、生活費控除率を五〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息を控除して(ライプニッツ係数七・七二一七)、逸失利益を算定すると、以下のとおり二三六万一二八八円となる。
61万1598円×(1-0.5)×7.7217=236万1288円
(イ) 原告らは、故Aが本件事故当時受領していた遺族厚生年金についても逸失利益である旨主張するが、遺族厚生年金は、受給権者自身の生計の維持を目的とした給付であること、社会保障的性格の強い給付であること等から、損害としての逸失利益には当たらないと解するのが相当である(最高裁三小平成一二・一一・一四判決)。
イ 校閲報酬の逸失 一六七万三四六〇円
証拠(甲二四の一・二、原告会社代表者)によれば、故Aは、原告会社が編集・制作するテレビ朝日発行の「おかずのクッキング」の校閲を同社より一冊三〇万円で依頼されていたものであり、本件事故当時、少なくとも平成一三年六・七月号から同一五年四・五月号まで一二冊の校閲の依頼を受けていたこと、本件事故により上記校閲が不可能となったことが認められる。生活費控除率を五〇パーセントとし、上記二年間につき中間利息を控除して(ライプニッツ係数一・八五九四)、逸失利益を算定すると、以下のとおり一六七万三四六〇円となる。
30万円×6=180万円(年収)
180万円×(1-0.5)×1.8594=167万3460円
ウ 解読及び解説等による報酬の逸失 六三八万二六二〇円
証拠(甲三二の一・二、三二の三の一~三二の二一、原告会社代表者、原告X1)によれば、原告会社は、故Aに原告X1の執筆等のため古文書・和歌・俳句・書・旧家の伝統等の解読及び解説等を引き受けてもらっており、原告X1においてその報酬として少なくとも月三〇万円を支払っていたこと、本件事故により上記解読及び解説等が不可能となったことが認められる。生活費控除率を五〇パーセントとし、就労可能な四年間につき中間利息を控除して(ライプニッツ係数三・五四五九)、逸失利益を算定すると、以下のとおり六三八万円二六二〇円となる。
30万円×12×(1-0.5)×3.5459=638万2620円
エ 合計
以上アないしウを合計すると、一〇四一万七三六八円となる。
(3) 原告X1の逸失利益 四万円
証拠(甲三一、原告会社代表者、原告X1)によれば、原告X1は、ニューファミリー新聞(ニューファミリー新聞社)から「○○流料理塾」の執筆を請け負っていたこと、本件事故により平成一三年四月及び五月の二本の休筆をせざるを得ず、四万円(二万円×二)の収入を逸失したことが認められる(これを超えて本件事故と相当因果関係ある損害を認めるに足りる証拠はない。)。
(4) 原告会社の損害
本件事故の直接被害者は故Aであり、原告X1は間接被害者というべきであるところ、原告らの主張によっても、原告会社は、原告X1の執筆・構成・企画等の活動に基づく収入を原告会社の収入とする形式をとっているものであるから、原告会社は、再間接被害者というべきであり、原告会社の企業損害を本件事故と相当因果関係ある損害ということはできない。
なお、原告らは、予備的主張として、形式的には原告会社の収入となるとしても、その実質は原告X1個人の損害と評価し得るものであることを前提に、原告会社の損害として認められない場合には、原告X1の損害である旨主張するので、この点について判断する。
仮に、本件事故による影響で、原告X1が仕事を減少させた事実があったとしても、原則的に間接被害者の損害として損害賠償の対象とならないが、例外的に本件事故と相当因果関係ある損害として認め得るのは、本件事故直後の期間(せいぜい一~二週間)において、葬儀に出席又は関与する等の事情から延期又は中止せざるを得なかった仕事の範囲にとどまると解するのが相当であり、これを超える部分については、予見可能な損害の範囲を逸脱していると言わざるを得ない。この点については、後記原告X1固有の損害(予備的請求)において具体的に検討する。
(5) 慰謝料
故Aの死亡による慰謝料としては、同人の年齢、職業等に照らして、二〇〇〇万円と認めるのが相当である。
また、証拠(原告X1、原告X2)によれば、原告X1及び原告X2が本件事故による故Aの死亡により多大の精神的苦痛を受けたことが認められるところ、固有の慰謝料としては、各二〇〇万円と認めるのが相当である。
二 予備的請求について
前記のとおり、原告会社の企業損害については、これを認めることはできないが、原告X1個人の損害として認める余地があるので、以下、検討する。
(1) 原告会社の損害について前記一(4)で説示したとおり、原告X1が仕事を減少させた事実があったとしても、本件事故と相当因果関係ある損害として認め得るのは、本件事故直後の期間(せいぜい一~二週間)において、葬儀に出席又は関与する等の事情から延期又は中止を余儀なくされた仕事の範囲にとどまると解するのが相当であり、その後の期間にわたる部分については、予見可能な損害の範囲を逸脱していると言わざるを得ず、相当因果関係あるものとは認め難い。
(2) 以下、各項目ごとに検討する。
ア 家庭画報(世界文化社)休筆と執筆者チェンジ 五〇万円
(ア) 連載「茶のこころ」休筆 〇円
証拠(甲二五、三一、原告会社代表者)によれば、連載「茶のこころ」については、既に入稿していた平成一三年五月号のほか、時期のずれはあったものの、同年七月号及び八月号に掲載されていることが認められる。他方、本件事故とその後の休筆等との間に相当因果関係を認めるに足りる的確な証拠はない。
(イ) 「私の茶菓子自慢六月号」執筆者チェンジ 五〇万円
証拠(甲二六、三一、原告会社代表者)によれば、原告X1は、平成一三年六月号に掲載予定であった特集「私の茶菓子自慢」を、原告X1が取材、撮影と文を執筆することで依頼を受けていたものであり、同年三月一四日から二二日まで出張取材及び写真撮影の予約を取り付けていたこと、しかし、本件事故により、出張取材、撮影に行くことが不可能となり、世界文化社に他の者に変更してもらうしかなかったことが認められる。
よって、原告X1は、これにより、その得べかりし収入五〇万円を失ったことが認められる。
イ おかずのクッキング(テレビ朝日出版)執筆者チェンジ 二三一万円
証拠(甲二七、三一、原告会社代表者)によれば、原告会社は、テレビ朝日の番組「週刊おかずのクッキング」のテーマ・メニュー企画と雑誌「おかずのクッキング」の全体企画、構成、進行(制作管理)、編集及び原稿執筆を原告X1が行うことで、平成一三年六・七月号から正式に依頼を受けていたこと、同年六・七月号の雑誌「おかずのクッキング」(同年五月二一日発売、見本本できあがり同月一三日、校了同月四日、原稿締切四月下旬)と番組「週刊おかずのクッキング」は、プレテーマ会議が三月中旬に、テーマ会議が四月上旬に、メニュー会議が同月中旬に予定されており、取材と写真撮影を同月中旬から下旬にかけて行う予定になっていたこと、しかし、原告X1は、本件事故により、上記プレテーマ会議に出席ができなくなり、その後の一連のテーマ会議、メニュー会議、取材、写真撮影等も遂行できなくなったこと、このため、原告会社は、急遽、テレビ番組のメニュー企画、雑誌の企画・構成、編集及び原稿執筆を編集ライターに、進行(制作管理)についてはレイアウトデザイナーに、無理矢理頼み込まざるを得なくなり、今後も継続的に仕事を発注することを条件に引き受けてもらったこと、原告X1は、これにより、同年六・七月号の二三一万円の収入を逸失したことが認められる。
なお、原告らは、これに続く同年八・九月号から同一五年二・三月号まで雑誌「おかずのクッキング」の構成、編集、原稿執筆及び進行(制作管理)を編集ライターとレイアウトデザイナーに遂行してもらわざるを得なかったのは、前記のとおり、本件事故によるものであるとして、同一三年八・九月号から同一五年二・三月号までの収入を逸失した旨主張するが、前記(1)説示の、例外的に認め得る本件事故直後の事情により生じた相当因果関係ある損害として、認めるに足りる的確な証拠はない。
ウ 「今夜のおかずを何にする」(集英社)執筆者チェンジ 八二万八〇〇〇円
証拠(甲二八、三一、原告会社代表者)によれば、原告X1は、本件事故による影響で、平成一三年三月二一日から二六日まで予定していた撮影及びその後の取材をすることができなかったこと、原告X1は、これにより、同年夏号の八二万八〇〇〇円の収入を逸失したことが認められる。
原告らは、これに続く同年秋号から同一四年秋号までの収入を逸失した旨主張するが、前記(1)説示の、例外的に認め得る本件事故直後の事情により生じた相当因果関係ある損害として、認めるに足りる的確な証拠はない。
エ 「竹内冨貴子の低カロリーでたっぷり食べる」(世界文化社)執筆者チェンジ 〇円
証拠(甲二九、三一、原告会社代表者)によれば、原告X1は、平成一三年四月初めころから取材を始め、制作を開始する予定になっていたことが認められるが、それのみでは、前記(1)説示の、例外的に認め得る本件事故直後の事情により生じた相当因果関係ある損害として、認めるに足りない。
オ 家庭画報の特集(世界文化社)執筆者チェンジ 三〇万円
(ア) 平成一四年三月号「雛人形」 〇円
証拠(甲二六、三一、原告会社代表者)によれば、原告X1は、同一三年四月三日及び四日に取材を行う予定であったことが認められるが、それのみでは、前記(1)説示の、例外的に認め得る本件事故直後の事情により生じた相当因果関係ある損害として、認めるに足りない。
(イ) 同一四年五月号「春日大社」 三〇万円
証拠(甲二五、三一、原告会社代表者)によれば、原告会社は、世界文化社より家庭画報同年五月号に掲載予定の特集「春日大社」の取材、撮影及び文の執筆を、原告X1が行うことで引き受けていたこと、この特集は、春日大社の一年間の祭を追い、取材、撮影することになっていたこと、本件事故当時、原告X1は、既に春日大社の取材をすすめ、同一三年三月一五日に行われる春日大社の一年の最初の祭当日の取材及び撮影の了解をようようにして得ていたものであるが、本件事故により故Aが亡くなり、取材、撮影ができなくなったこと、このため、特集「春日大社」のページ数も減少し、構成自体も変わらざるを得なくなったこと、原告X1は、これにより、三〇万円の収入を逸失したことが認められる。
カ 家庭画報の一二回連載予定「榊莫山家」(世界文化社) 〇円
原告は、中止による損害として二四〇万円(二〇万円×一二回)を主張するが、取材等の予定の具体的日時が不明である等、前記(1)説示の、本件事故直後の事情により生じた相当因果関係ある損害として、認めるに足りる証拠はない。
キ 故A死去による損害 〇円
前記のとおり、故Aにつき、解読及び解説等による報酬の逸失利益を認定しており、これを超えて、本件事故と相当因果関係ある損害として認めるに足りる証拠はない。
三 損害の整理
(1) 積極損害 一五六万二五四〇円
弁論の全趣旨によれば、原告X1及び同X2が二分の一ずつ(各七八万一二七〇円)負担したことが認められる。
(2) 故Aの逸失利益 一〇四一万七三六八円
原告X1及び原告X2が、法定相続分により、二分の一ずつ(各五二〇万八六八四円)を相続したことが認められる。
(3) 原告X1の逸失利益 三九七万八〇〇〇円
ア ニューファミリー新聞からのもの 四万円
イ 予備的請求(原告会社の損害に代わるもの) 三九三万八〇〇〇円
ウ 合計 三九七万八〇〇〇円
(4) 原告会社の損害 〇円
(5) 慰謝料
ア 故Aの慰謝料 二〇〇〇万円
原告X1及び原告X2が、法定相続分により、二分の一ずつ(各一〇〇〇万円)を相続したことが認められる。
イ 原告X1固有の慰謝料 二〇〇万円
ウ 原告X2固有の慰謝料 二〇〇万円
(6) 小計
ア 原告X1 二一九六万七九五四円
イ 原告X2 一七九八万九九五四円
(7) 弁護士費用
本件事案の性質、内容、審理経過等に照らして、以下の金額が相当と認める。
ア 原告X1 二二〇万円
イ 原告X2 一八〇万円
(8) 合計((6)+(7))
ア 原告X1 二四一六万七九五四円
イ 原告X2 一九七八万九九五四円
第五結論
よって、原告らの請求は、被告に対し、原告X1が前記二四一六万七九五四円、原告X2が前記一九七八万九九五四円及び各金員に対する不法行為後(訴状送達の日の翌日)である平成一五年一〇月一八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、原告X1及び原告X2のその余の各請求並びに原告会社の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 芝田俊文)