東京地方裁判所 平成15年(ワ)22540号 判決 2004年5月19日
原告
X
被告
株式会社竹中工務店
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人支配人
B
上記訴訟代理人弁護士
加茂善仁
同
岩﨑通也
同
緒方彰人
同
奥貫布子
主文
1 本件訴えのうち原告を総合職として認めることを請求する部分を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,456万円及びこれに対する平成15年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告を総合職として認める。
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
ア 原告
(ア) 原告は,昭和45年,a建築大学を卒業し,b大学専修学校を修了して,昭和47年,1級建築士の資格を取得し,昭和48年,被告に入社し,平成16年3月31日,被告を定年退職した。
(イ) 原告は,被告入社後,昭和59年,1級施工管理技士,昭和63年,インテリアプランナーの各資格を取得したほか,労働大臣指定通信教育OJTマスターコース,革新管理者実践コースをそれぞれ修了し,さらに,社外でも様々な社会的活動を行っている。
イ 被告は,大阪,東京に本店を有する株式会社であり,主として,総合建設業を営業の目的とし,全国各地に支店・営業所を置き,全国的に営業している。
(2) 総合職に関する主張
ア 原告は,前記(1)アのとおり,種々の資格を有し,社会的活動を行っている外,現実の職務においても,被告内の工事技術賞,開発技術賞等を受賞した外務本省新館の設計や三菱信託銀行栃木芳賀ビルの設計を担当し,さらに社内において先見性のある意見を述べるなど,一般的能力,設計能力,管理能力において,十分なものがある。そして,原告には,上司がなく,被告は,原告と同等の業務を行っていた外注先に月額100万円を支払い,また,三菱地所設計に対し,原告の設計料として,1.5人分の額を請求していた。
イ ところで,被告の就業規則には,社員を総合職と実務職に区分する旨の規定があり,原告は,実務職に区分されている。
ウ(ア) しかし,総合職と実務職は勤務地の差異があるにすぎず,現実の担当職務において差異はない。
(イ) そして,原告の同世代の85%は管理職であり,前記アの原告の能力からすれば,原告は管理職に値する要件を備えており,最低でも総合職に値する。
エ 給与月額46万5300円(平成11年度及び同12年度)の原告と総合職の間では,月額で10万円以上の給与の差(課長代理の給与は最低でも55万4000円である)が生じているが,このような差別取扱いは,憲法14条,労働基準法3条の趣旨に反し,民法90条に違反する。
オ よって,原告は,被告に対し,原告を総合職として認めることとともに,不法行為に基づき,総合職の給与と原告の給与の差額として,別紙債権目録「月別差額」欄載(ママ)に記載された金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年10月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(3) 暫定給に関する主張
ア 被告における一般職(総合職・実務職)の基本給は,年齢給及び資格給から構成されていたところ,被告は,平成12年4月,給与制度を改定し,資格給の級職・号俸を廃止して,初期基本給と上限基本給を定め,上限基本給と従前の基本給の差額を暫定給と名付けて,給与をカットしやすくした。
イ 原告の暫定給月額7650円は,平成15年4月から支給されなくなったが,暫定給カットの対象者は,50歳以上が多く,差別である。
ウ 被告は,このような取扱いの根拠として,原告の加入する社員組合との労働協約を挙げるが,当該労働協約は,組合員の一部の者に著しい不利益をもたらし,組合員間に実質的不平等を生じさせ,組合員の労働組合及び団体交渉への合理的期待に著しく反するもので,非常事態にあるものでもないから,無効である。
エ よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,別紙債権目録「暫定給廃止による減額」欄に記載された金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年10月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(4) 昇給に関する主張
ア 原告は,通常であれば毎年3000円昇給すべきであるところ,平成12年4月以降,昇給がなくなり,逆に,同年3月以前の給与と比較して,同年4月以降は月額3000円,平成14年4月以降は6000円,平成15年4月以降は8200円の減額を受けている。
イ 前記(3)ウに同じ。
ウ また,原告は,被告から低査定を受けている。しかし,被告が採用する成果主義においては,賃金が,職務,役割,職種に即しており,人事考課と賃金・処遇の決定が,成果・能力に照らして公正でなければならず,評価方法及び評価結果が,労働者にフィードバックされる必要があり,労働者の職務選択権の保証も重要であるところ,原告には,被告からのフィードバックや原告の適性やキャリアに見合った職務を与えられず,当該人事考課は権利の濫用となる。しかも,原告に対する低査定は,後記請求原因(7)のとおり,査定権を濫用してされたものであり,違法である。
エ よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,別紙債権目録「通常昇給すべき額」及び「査定による基本給の減額」欄に記載された金員並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成15年10月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める。
(5) 平成13年下期賞与に関する主張
ア 被告における平成13年下期賞与の平均支給額は,118万5000円であるところ,原告のそれは,66万2000円と低額であった。
イ 原告は,総合職と同内容の業務に従事しており,前記アの差額は違法である。
ウ 前記(4)ウに同じ。
エ よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,前記アの差額52万3000円のうち52万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年10月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める。
(6) 平成15年上期賞与に関する主張
ア 被告における平成15年上期賞与の平均支給額は,85万円(原告と同世代の一般職が110万円程度の支給を受けており,その8割相当額)であるところ,原告のそれは,約31万円と低額であった。
イ 原告の平成15年上期賞与が約31万円となったのは,平成14年下期賞与の算定方法に関する労働協約(以下「平成14年下期協約」という)を前提としたものであるが,同労働協約は,次の理由により効力がない。
(ア) 被告は,平成14年下期賞与について,業績悪化を理由として,支給基準について,「基本給×1.0×計算期間出勤率+賞与基本額×資格別評価係数」から「基本給×0.7×計算期間出勤率+賞与基本額×資格別評価係数」と変更し,更に「資格別評価係数」も変更することを社員組合に申し入れ,社員組合は,これを受け入れた。
(イ) 原告は,社員組合に加入しており,平成14年下期協約の結果,「資格別評価係数」を零とされ,基本給を基準とした客観的基準に基づく支給も3割削減された。
(ウ) しかし,労働協約の不利益変更には,労働組合の目的達成という観点からみた合理的理由が必要であり,変更された労働協約の内容が,組合員の労働組合及び団体交渉への合理的期待に著しく反し,現行の労働協約に対する組合員の信頼を侵害するような場合,組合員の一部に著しい不利益をもたらし,組合員間の実質的不平等を生じさせるような場合には,規範的効力を持ち得ない。また,労働協約の内容は,民主的に形成されることが必要であり,形成された労働協約の内容について,組合員個人の同意が必要というべきである。組合員は必ずしも自己決定により労働組合に加入しているわけでなく,労働組合の決定に服することが自己責任と評価できる状況にはない。
(エ) 平成14年下期協約は,賞与に関する労働協約であるが,社員に支給される賞与が賃金の後払いの性質を有していることからすれば,客観的基準に基づく支給を3割も削減するような極端な不利益変更は,公序良俗違反であり,労働協約といえども,組合員の個別の同意が必要である。
(オ) 平成14年下期協約により不利益を受けたのは,一部の数パーセントの社員であり,同協約は,被告の御用組合である社員組合が,一部の組合員のみを不利益に取り扱うことを受け入れたもので,労働組合の目的を逸脱した違法なものであり,公序良俗に反する。現に,平成14年下期賞与については,追加支給があったにもかかわらず,原告ら不利益取扱いを受けた者には追加支給はなかった。
(カ) 平成14年下期協約は,従前,社員組合と被告が年間の賞与額について交渉していたという慣行に反して合意されたものであるが,これは,被告が不利益変更を容易にする目的で行ったものであり,他方,社員組合においても,完全な御用組合であり,被告での出世の登竜門に位置付けられる執行部が,独断でこれに応じたものである。
(キ) 平成14年下期協約は,被告の非常事態宣言の下,半脅迫的,詐欺的状態で締結されたものであるが,被告は非常事態というような状況になかったものであり,不利益変更の根拠がなく,重大な瑕疵がある。
ウ 前記(4)ウに同じ
(7) 慰謝料に関する主張
ア 次のとおり,被告らは原告の人格権を侵害する行為を行った。
(ア) 原告については,被告により,原告の査定を低査定とする目的をもって,原告の能力に見合った仕事を与えず,座席を部屋の出入口の正面とし,その結果,原告の査定がB5などの低い評価がされているもので,故意・悪意による低査定がされている。
(イ) すなわち,原告は,平成8年3月,リノベーションセンターの設計グループの辞令を受けが(ママ),場所がないという理由で,第1総括事務所に席を置いた。最初は,Cの指示で竣工図データ化の計画であったが,仕事量により,毎日あるわけでなく,以前の職場の仕事をやったりしていた。そのうち,設計グループのグループ会議に出席するようになり,D上司(以下「D」という)に業務の催促を何度としたが無視され,たまに設計部の標準原紙をオート・キャド版に変換した。
(ウ) その後,原告は,情報グループに変更になり,業務は竣工図データ化のため,15年間位の竣工図を選定していた。その後,業務はのらりくらりで,座席も情報グループでない出入口に面する設備グループの席に設けられたりした。
(エ) このように原告は,リノベーションセンターの設計グループにいた平成9年7月から業務の必要もないのに情報グループに異動となった平成10年10月ころまでの1年以上にわたって,仕事を与えられなかった。この間,原告は,デジタル化のための竣工図の整理・選別やマイクロステーションで作成したものをオート・キャドで使えるようにするといった作業を行っており,主たる仕事(設計業務)がなかった。そこで,原告は,自らの判断で,被告の業務として,外務本省新館の業務等を行っていた。外務本省新館の業務については,外務省作業所長と打合せはしたが,所属部門の指示は受けておらず,また,マンションの図面も作成していた。
また,原告は,情報グループに異動後も,本業として決まった仕事はなく,「ちんたら」した(ママ)おり,積算を3か月やったりした後,入力シートを担当するよう(ママ)なった。
(オ) 以上のとおり,原告は,仕事外しを受け,衆目にさらされ,著しい精神的損害を被るとともに,原告の成績考課で不利益に評価されるべき事情として,勘案されていた。
(カ) さらに,被告は,労働協約に基づき,原告に対し,暫定給の廃止,昇給のマイナスという不利益を課しているが,社員組合との労働協約は,請求原因(3)ウのとおり無効である。
イ 前記のような原告に対する人格権侵害による精神的損害を慰謝する慰謝料としては,110万円が相当である。
2 請求原因に対する認否及び反論
(1) 請求原因(1)(当事者)について
請求原因(1)のうち,原告がa建築大学を卒業したこと,b大学専修学校を修了したこと及び原告の社外活動は不知で,原告が昭和48年に被告に入社したこと,原告主張に係る各資格を原告が取得したこと,平成16年3月31日,被告を定年退職したことは認める。
(2) 請求原因(2)(総合職)について
ア 請求原因(2)のうち,イの事実,原告の給与月額が,46万5300円(平成11年度及び平成12年度)であったことは認め,その余は争う。
イ 被告の社員については,役職付,一般職(総合職及び実務職)の区分があり,総合職及び一般職とは次のとおり区分されている。
(ア) 総合職とは,既存の全ての業務のみならず,新規に発生する課題又は開発する業務を含め,広範囲の業務に対応すべく義務付けられ,このため社命により国内各地はもとより,海外への異動が前提とされる社員であって,現在及び将来にわたり通常の会社業務はもとより管理・指導若しくは,高度な専門業務を担当することを前提として職務を遂行する社員をいう。
(イ) 実務職とは,各本・支店を単位として遂行される通常の会社業務の範囲内において,本人の能力に適すると判断された職務を概ね一貫して担当すべく義務付けられ,このため本・支店をまたがる異動は原則として行われず,本人が入社した当該本・支店の管轄範囲内においてその職務を担当する社員をいう。
(ウ) なお,実務職から総合職へのコース変更の制度がある。
ウ 原告は,総合職と実務職の間に現実の担当職務の差はないと主張するが,かかる職務の具体的内容については主張がなく,不明であるし,そのような事実はない。
エ 総合職と実務職は,職域,期待される能力,責任の軽重,配転の範囲等,労働契約の基本的内容において,異なっており,両者の資格・給与制度に差異があることは,契約自由の範疇として当然に認められるものであって,何ら違法とされるものではないから,実務職である原告が総合職の職員の給与との差額を請求できる根拠はない。
(3) 請求原因(3)(暫定給)について
ア(ア) 請求原因(3)アのうち,暫定給により給与をカットしやすくしたことは否認し,その余は認める。
(イ) 同イのうち,原告が,平成15年4月以降,暫定給月額7650円の支給を受けられなくなったことは認め,その余は争う。
(ウ) 同ウは争う。
イ 平成12年4月の資格・給与制度の改定及び暫定給廃止について
(ア) 被告は,被告の社員をもって組織される竹中工務店社員組合(以下「社員組合」という)とユニオンショップ協定を結んでおり,原告は,昭和63年,社員組合に加入している。
(イ) 被告は,平成12年4月1日,社員組合と労働協約を締結し(以下「平成12年4月協約」という),同年度以降の資格・給与制度の改定を実施したが,それによって,資格区分「実4」に位置付けられた原告の給与は,平成11年度の月額46万5300円(資格給+年齢給)から月額45万円(基本給)に減額されることとなったが,その差額1万5300円については,暫定給として支給されることとなった。
(ウ) 被告は,平成14年4月8日,社員組合に対して,平成15年度以降の暫定給廃止を申し入れ,社員組合と協議を重ねた結果,平成15年3月20日,被告と社員組合は,平成15年度から暫定給を平成14年度の50%に減額する旨の労働協約を締結し(以下「平成15年協約」という),その結果,原告の暫定給は,月額7650円削減された。
(エ) 平成12年4月協約及び平成15年協約は,特定の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたものでなく,規範的効力を有し,原告に当然適用される。
(4) 請求原因(4)(昇給)について
ア 原告が平成13年4月以降,前年度の基本給からカットを受けていることは認めるが,その余は争う。
イ 平成12年4月協約により,実務職の昇給は,資格区分「実1」を除き,年齢的要素が排除され,平成13年度からは,資格区分(「実2」から「実5」)と能力把握の結果(「A1」から「A5」で50%)及び実績評価の結果(「B1」から「B5」で前期後期各25%)に対応して定められることとなり,「実4」の場合,A4・B4の評価であれば,昇給額は零円,A5・B5の評価であれば,月額3000円の減額とされることになった。
ウ(ア) 原告は,平成12年の能力把握がA5,実績評価が前期後期ともB5であったため,平成13年度の基本給は,平成12年度のものより月額3000円削減された。
(イ) また,原告は,平成13年度の能力把握がA5,実績評価が前期後期ともB5であったため,平成14年度の基本給は,平成13年度のものより月額3000円削減された。
(ウ) さらに,原告は,平成14年度の能力把握がA5,実績評価が前期B5,後期B4であったため,平成15年度の基本給は,平成14年度のものより月額2200円削減された。
エ 平成12年4月協約は,特定の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたものでなく,規範的効力を有し,原告に当然適用される。
オ なお,被告が原告の査定について,査定権を濫用した事実はない。そもそも,評価・査定は,会社の人事考課制度の枠内における裁量的判断に基づくものであり,信条・男女の差別,不当労働行為等を理由とした差別的意思をもって不当に低い賃金査定を行ったなど裁量権を濫用したような特殊な場合を除き,違法とされる余地はない。
(5) 請求原因(5)(平成13年下期賞与)について
ア(ア) 請求原因(5)アのうち,平成13年下期賞与について,平均額が118万5000円であったこと,原告の同期賞与が66万2000円であったことは認め,その余は争う。
(イ) 同イ,ウは争う。
イ 被告従業員のうち,社員組合に属する者の賞与請求権は,被告と社員組合が賞与の支払時期毎に支給基準を協議・決定し,被告がこれに基づき,組合員各人の業務実績を評価し,資格別評価係数を適用するなどして支給額を決定して初めて,具体的請求権として成立するところ,原告に対する査定の結果,原告の同期賞与は66万2000円となったもので,同金額以上の賞与は発生していない。
ウ なお,被告が原告に対し違法不当な評価を行っていないのは,前記(4)オのとおりである。
(6) 請求原因(6)(平成15年上期賞与)について
ア(ア) 請求原因(6)アのうち,平成15年上期賞与の社員平均が85万円であったこと,原告の同期賞与が31万円であったことは認め,その余は争う。
(イ) 同イのうち,(ア)の事実,(オ)のうち,平成14年下期賞与で追加支給があったが,原告が追加支給を受けられなかったことは認め,その余は争う。
(ウ) 同ウは争う。
イ 前記(5)イのとおり,原告の賞与請求権は,被告の査定があって初めて生じるところ,被告の査定の結果,原告の同期賞与は31万円となったもので,同金額以上の賞与は発生してない。
ウ なお,平成15年上期の賞与請求権の支給基準は,当該賞与についての被告と社員組合の協議により決定し,これに基づく被告の査定がされた結果生じるもので,平成14年下期賞与の支給基準の影響を受けるものでない上,平成14年下期賞与に係る労働協約についても,被告と社員組合が労使交渉を経て締結したもので,特定の者を殊更不利益に取り扱うことを目的としたものでないから,何ら瑕疵はない。
(7) 請求原因(7)(慰謝料)について
ア 請求原因(7)ア(ア)について
原告の座席が出入口の正面となったことがあったこと,原告の評価がB5となったことがあったことは認め,その余は否認する。
イ 同ア(イ)ないし(エ)について
原告が,竣工図のデジタル化作業や外務本省本館における業務,マイクロステーションで作成したものをオート・キャドで使えるようにするといった作業,積算業務,入力シートの担当をしていたことは認める。原告の上司は,原告の適性,能力を勘案して,これらの作業を指示していたもので,原告に仕事がなかったということはない。
ウ 同ア(オ)(カ)及びイは争う。
エ 原告は,請求原因(7)をもって被告に対して慰謝料を請求しているが,その法的根拠が不明であり,請求を基礎付ける具体的事実の主張もない。
第3判断
1 請求の趣旨第2項について
原告が,平成16年3月31日,被告を定年退職した事実は当事者間に争いがなく,口頭弁論終結の時点で,原告は,被告社員としての地位を有しないことは明らかであって,原告に総合職にあることの確認を求める利益はない。よって,当該部分の訴えは,訴えの利益を欠く不適法なものであり,却下を免れない。
2 請求原因(2)について
(1)ア 請求原因(2)のうち,被告の就業規則は,社員を総合職と実務職に区分する旨の規定があり,原告は,実務職に区分されていること,原告の給与月額が,46万5300円(平成11年度及び平成12年度)であったことは,当事者間に争いがない。
イ また,証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,被告における総合職及び実務職の区分等は,以下のとおりであることが認められる。
(ア) 総合職とは,既存の全ての業務のみならず,新規に発生する課題又は開発する業務を含め,広範囲の業務に対応すべく義務付けられ,このため社命により国内各地はもとより,海外への異動が前提とされる社員であって,現在及び将来にわたり通常の会社業務はもとより管理・指導若しくは,高度な専門業務を担当することを前提として職務を遂行する社員をいう。
(イ) 実務職とは,各本・支店を単位として遂行される通常の会社業務の範囲内において,本人の能力に適すると判断された職務を概ね一貫して担当すべく義務付けられ,このため本・支店をまたがる異動は原則として行われず,本人が入社した当該本・支店の管轄範囲内においてその職務を担当する社員をいう。
(ウ) なお,実務職から総合職へのコース変更の制度がある。
(2) 以上によれば,総合職と実務職は,職域,期待される能力,責任の軽重,配転の範囲といった労働契約の基本的内容が,異なっており,実務職から総合職へのコース変更の制度もある以上,両者の資格・給与制度に差異があるとしても,違法ということはできない(このことは原告も自認するところである)。
そして,原告は,原告が現実に担当する業務が総合職と同じであると主張するが,総合職と同一内容のものとして,具体的な職務を指摘していない上,入社以来の職務が総合職の社員と全く同一であったと主張するものでもないから,前記の総合職及び一般職の区分に照らし,総合職と同一賃金を求める根拠として失当である。
なお,原告は,請求原因(7)において,被告から仕事外しを受けていたとの請求原因(2)の主張とは明らかに矛盾する主張をしているところであって,この点からしても,原告の主張は採用できない。
3 請求原因(3)及び(4)について
(1) 証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告においては,ユニオンショップ制が採用されており,社員の労働条件については,社員組合との労働協約によって,多くの事項が定められており,原告は,社員組合に昭和63年加入した(<証拠省略>)。
イ 被告と社員組合は,平成12年4月1日,従前の資格・給与制度を改め,次のとおりとすることを合意した(平成12年4月協約)。なお,社員組合は,平成12年4月協約について,新しい給与制度の導入であることから,調査研究を行った上,社員への広報,懇談会,職場会,臨時大会等の議論,被告との協議を経て,被告との締結に至ったものである。(<証拠省略>)
(ア) 新制度導入の目的は,従来の年功序列的処遇から競争力重視の業績貢献度に応じたメリハリのある処遇への転換を図り,よりチャレンジャブルな業績達成欲の醸成を実現することにある。
(イ) 実務職の資格・給与について,従前,7種の資格区分と2種の級職に応じ5段階,8段階又は10段階の俸給(資格給)が定められるとともに,年齢給が支給されていたところ,資格区分を「実1」から「実5」までとし,「実1」については,8段階の俸給を定めるものの,「実2」ないし「実5」については,次のとおり,基本給の上限と下限を定め,その範囲において,評価結果に基づき,昇給額を定めることとし,年令給は廃止する。
<省略>
(ウ) 昇給に関する評価ランクは次のとおりとする。
<省略>
(エ) 制度変更により,平成12年3月給与よりも新給与が下がった場合は,その差額全額を暫定給として支給する。
(オ) 以上の外,実務職から総合職への転換や上限基本給の額を超えるチャレンジ昇給の制度も設ける。
ウ 平成12年4月協約により,旧制度下で「実B」「2職級」「8俸給」に位置付けられていた原告は,新制度下においては,「実4」に位置付けられた。その結果,旧制度下で資格給33万9300円,年令給12万6000円の合計46万5300円であった原告の給与(月額)は,「実4」の上限基本給45万円となり,その差額1万5300円について,暫定給が支給されることとなった。(<証拠省略>)
エ 被告と社員組合は,平成12年7月1日,新制度における実務職の評価ランクについて,次のとおり,改めることを合意した(以下「平成12年7月協約」という)(<証拠省略>)。
オ(ア) 原告は,平成12年の能力把握がA5,実績評価が前期後期ともB5であったため,平成13年度の基本給は,平成12年度のものより月額3000円削減された。
<省略>
(イ) また,原告は,平成13年度の能力把握がA5,実績評価が前期後期ともB5であったため,平成14年度の基本給は,平成13年度のものより月額3000円削減された。
(ウ) さらに,原告は,平成14年度の能力把握がA5,実績評価が前期B5,後期B4であったため,平成15年度の基本給は,平成14年度のものより月額2200円削減された。
カ 被告は,平成14年4月8日,社員組合に対して,平成15年度以降の暫定給廃止を申し入れ,被告と社員組合の複数回に及ぶ協議を経て,平成15年3月20日,被告と社員組合は,平成15年度から暫定給を平成14年度の50%に減額する旨の労働協約を締結し(平成15年協約),その結果,原告の暫定給は,月額7650円削減された(<証拠省略>)。
(2) 以上によれば,平成12年4月協約,平成12年7月協約及び平成15年協約により,原告の給与(月額)は,平成12年度が46万5300円であったものが,平成13年度に46万2300円,平成14年度に45万9300円,平成15年度に44万9450円となったもので,原告が問題とする暫定給の廃止や,通常昇給がなく,かえって査定により基本給が減額されていることには,いずれも正当な理由があるというべきであり,請求原因(3)及び(4)は理由がない。
(3) この点,原告は,被告・社員組合間の労働協約が無効であると主張する。しかし,平成12年4月協約及び平成15年協約は,いずれも,社員組合内での十分な検討や複数回に及ぶ被告との協議といった真剣かつ公正な取組を経て合意されたものであり,平成12年7月協約も平成12年4月協約で定められた評価ランクをより具体化したものにすぎない以上,これらの労働協約は,変更の必要性及び内容について,特段の不合理性がない限り,有効であり,組合員である原告を拘束するというべきである。そして,これらの労働協約が,特定の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたものとは認められず,他に特段の不合理性はないというべきであるから,これらの労働協約は有効であって,原告はこれらの拘束を受けるものである。
また,原告は,被告による原告の査定が違法であると主張するが,後記6のとおり,採用できない。
よって,原告の主張は理由がない。
4 請求原因(5)について
(1) 請求原因(5)のうち,平成13年下期賞与について,平均額が118万5000円であったこと,原告の同期賞与が66万2000円であったことは当事者間に争いがない。
また,弁論の全趣旨によれば,被告における賞与については,被告・社員組合間の労働協約により,6月及び12月の支給日在籍者に対して支給されることがあるもので,支給額は,実績評価により組合員各人の業務実績を評価して定められ,支給基準については,その都度協議して決定されるとされていること,平成13年下期賞与については,被告・社員組合間の協議により,「基本給×1.0×計算期間出勤率+賞与基本額(7万1600円)×資格別評価係数」との算式により算定されることとなったこと,原告については,被告による資格別評価係数の決定の結果,66万2000円となったことが認められる。
(2) この点,原告は,総合職と同一内容の業務を行っており,総合職と同額の賞与を受給する権利がある,支給額の前提となる査定において違法な低査定を受けていると主張する。
しかし,原告が総合職と同一賃金を受給し得る地位にあるといえないのは,前記2のとおりである。
また,被告による原告の査定が違法といえないのは,後記6のとおりである。
よって,請求原因(5)は理由がない。
5 請求原因(6)について
(1) 請求原因(6)のうち,平成15年上期賞与の社員平均が85万円であったこと,原告の同期賞与が31万円であったこと,被告は,平成14年下期賞与について,業績悪化を理由として,支給基準を「基本給×0.7×計算期間出勤率+賞与基本額×資格別評価係数」と変更し,更に「資格別評価係数」も変更することを社員組合に申し入れ,社員組合が,これを受け入れたこと(以下「平成14年協約」という),平成14年下期賞与では,追加支給があったが,原告は追加支給を受けられなかったことは当事者間に争いがない。
(2) また,証拠(<省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 平成14年協約は,複数回に及ぶ被告・社員組合間の協議,社員組合臨時大会での議論を経て,被告の業績悪化を踏まえて,合意された。
イ 被告と社員組合は,平成14年協約とは別に,平成15年度の賞与算定式として,「0.7×基本給×計算期間出勤率+賞与基本額×資格別評価係数」とすること,資格別評価係数については,実務職の資格「実4」で評価ランクがB5の場合,「0」とすることを合意した。
(3)ア 原告は,平成15年上期賞与の額が,平成14年協約を前提に決定されたものであるところ,平成14年協約は,無効であるから,それ以前の支給基準に基づいた支給がされるべきであると主張する。
しかし,前記4(1)のとおり,被告の賞与は,その都度被告・社員組合間で合意される支給基準に基づいて支給額が決定されるのであり,平成15年上期賞与についても,同期における被告・社員組合間の合意に基づいて,支給額が決定されているのであるから,平成14年協約が無効であるからといって,平成15年上期賞与に係る支給基準が無効となるものでない。しかも,平成14年協約は,被告・社員組合間の真剣かつ公正な取組の結果合意されたもので,変更の必要性及び内容について,特段の不合理性がない限り,有効というべきところ,平成14年協約は,被告の業績悪化を受けたものであって,特定の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたものとは認められず,他に特段の不合理性はないというべきであるから,平成14年協約を無効ということはできない。
イ また,原告は,被告による原告の査定が違法であると主張するが,後記6のとおり,採用できない。
ウ よって,請求原因(6)は理由がない。
6 請求原因(7)について
(1) 原告は,被告ないしC,Dによる座席指定が原告に対する人格権侵害であると主張する。
しかし,出入口の正面に座席が与えられたからといって,直ちに原告の人格権が侵害されることにはならず,従業員の座席の割当てについては,使用者である被告ないしその権限を委ねられた原告の上司(D,Cら)が,その裁量によって指定できるというべきであるところ,請求原因(7)ア(ア)ないし(ウ),(オ)は,結局,原告がその所属するグループの同僚と隣り合った座席を与えられなかったとするにすぎず,被告らの権限行使がその裁量の範囲を逸脱していることを具体的に指摘するものでなく,原告に対する不法行為(原告に対する違法な権利侵害)を構成する事実と解することはできない。
(2) また,原告は,被告,D,Cから仕事外しを受け,このことが原告の昇給・賞与における人事考課において,違法な低査定を受けていると主張するが,同時に,原告は,Cの指示で竣工図データ化の作業に従事していた,設計グループのグループ会議に出席していた,設計部の標準用紙をオート・キャド版に変換した,竣工図データ化のため15年間位の竣工図を選定していた,外務本省新館の業務等を行っていた,マンションの図面も作成していた,積算を3か月やった,入力シートを担当したなどと主張し,加えて,請求原因(2)では,総合職と同一の業務を行っていたとまで主張しているのであって,その主張自体一貫せず明らかな矛盾があるといわざるを得ない。そして,原告が担当すべき具体的業務については,使用者である被告ないしその権限を委ねられたC,Dらが,その裁量によって指定できるというべきであるところ,原告の主張によっては,被告らの行為のいかなる点が裁量権を逸脱しているか明らかでなく,裁量権逸脱を根拠付ける具体的事実の主張があるともいえないから,不法行為に基づく損害賠償請求の主張として失当である。なお,原告の主張によれば,原告は,設計の仕事を与えられていなかったこととなるが,原告が担当すべき具体的業務については,使用者である被告ないしその権限を委ねられたC,Dらが,その裁量によって指定できるのは前記のとおりであり,設計の仕事を与えられなかったからとっ(ママ)て,被告らが裁量権を逸脱したことになるものではない。
(3) さらに,原告は,労働協約に基づく,暫定給の廃止,昇給のマイナスという不利益によって精神的損害を被ったと主張するが,原告が問題とする被告・社員組合間の労働協約が有効であるのは,前記3及び5のとおりである。
(4) よって,請求原因(7)は理由がない。
7 以上によれば,原告が被った損害の有無及びその額について判断するまでもなく,原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
8 よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 增永謙一郎)