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東京地方裁判所 平成15年(ワ)24336号 判決 2004年7月13日

原告

甲野某

訴訟代理人弁護士

杉浦幸彦

被告

株式会社A

代表者代表取締役

猿橋望

訴訟代理人弁護士

寺村温雄

永山在浩

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,金96万8000円及びこれに対する平成15年10月29日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者の主張

1  請求原因

(1)  詐欺を理由とする取消

原告は,平成13年12月14日,語学に関する役務提供事業者である被告との間で,語学レッスンに関する登録ポイントを600ポイント分購入した(以下「本件契約」という。)。

被告は,原告に対し,本件契約の締結に際し,中途解約の精算条件が従前のものと異なる内容のものとなった場合,その変更内容を説明すべき義務を負っていたにもかかわらず,敢えて,変更された中途解約の場合の精算方法を説明せず,原告が最初にレッスンポイントを購入した同11年8月2日時点の精算方法と同一であるかのように原告を欺き,その旨誤信させた上,本件契約を成立させた。

すなわち,原告は,同11年8月1日,被告の××校(被告××校)において,被告従業員の乙山春子(乙山)から,「レッスン料のご案内」と題する書面(甲1号証)を提示された上,レッスン料,授業制度等の説明を受けた。その際,乙山は,原告に対し,「多量のレッスンポイントを購入した方がレッスン単価が安い。」旨強調し,また,中途解約について,「万一,中途解約することになっても,使用期限が3か月以上残っていれば,未使用のレッスンポイントは残量の一番近いレッスンのパック単価に乗じて計算して,残金から手数料を差し引いて返金してもらえる。」として,リスクやデメリットは手数料ぐらいで済む旨を説明した。こうして,原告は,同11年8月2日,被告に入学する手続を取り,レッスンポイント100回分(使用期限は1年)とVOICEチケット30枚を購入した。その後,原告は,被告××校の丙田夏美(丙田)から「今月中なら5パーセント引きですから,是非とも追加購入して下さい。」と勧められたため,同11年9月25日,レッスンポイントを追加購入した。そして,原告は,被告××校の丁野秋子(丁野)から上記と同様の勧誘を受け,同13年12月14日,購入したレッスンポイントが残っていたにもかかわらず,本件契約に係る600ポイント(本件レッスンポイント)を追加購入した。その際,原告は,丁野から,契約条件が従前の内容と変更になるとか,中途解約に関する条件が変更になるなどといった説明を一切受けなかったため,従前聞いていた条件(当初の精算条件)と同一であると信じて,上記の追加購入に応じてしまった(そもそも,被告が業とする外国語会話教室のような継続的役務の提供に係る取引は,契約期間が長期間にわたることが多く,契約期間の途中で事情が変更し,契約の継続が困難となることもある。また,提供を受ける役務の内容等が役務受領者の思惑と齟齬することもあって,役務受領者が契約からの離脱を求めることが少なくない。このような事情からすると,消費者にとって,中途解約に関する精算条件は非常に重大な契約条件となっていることが明らかである。)。その後,原告は,自己都合により,同15年7月30日,被告××校に中途解約の申入れをして,精算金の支払を求めたが,原告が想像していた額よりも著しく低いものであった。被告××校の戊川一郎作成の同15年7月30日付け書面(甲5号証)には,「各登録ポイント数には,有効期限が定められています。有効期限は登録ポイントのうち最初の3分の1が契約日より1年,次の3分の1が契約日より2年,最後の3分の1が契約日より3年です。」と記載され,返済額は25万5834円と記載されていた。原告が,入校した際の説明と違うので,さらに説明を求めると,被告は,被告××校の戊川一郎作成の同15年8月5日付け書面(甲6号証)を交付した上,本件レッスンポイント購入時の精算条件(購入時の精算条件)によると,返済額は19万2993円となるが,現行の精算条件(現行の精算条件)によると25万5834円となるので,原告に有利な現行精算条件による精算金を返金する旨回答した。

上記のとおり,本件契約は被告の詐欺により成立したものであるから,原告は,被告に対し,本訴状により,本件レッスンポイントの購入に係る本件契約における買受けの意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

(2)  詐欺を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求

上記のとおり,被告が原告に本件契約を締結させたのは詐欺行為に当たり,不法行為を構成するというべきである。

原告は,被告の上記詐欺行為により,精神的苦痛を被ったが,これを慰謝するには25万円をもってするのが相当である。

(3)  要素の錯誤による無効

上記のとおり,外国語会話教室等の継続的役務の提供を受ける消費者(役務受領者)にとって,中途解約に伴う精算条件は,重要な契約条件であり,契約の要素と見るべきものである。

原告は,本件契約に当たり,本件レッスンポイント購入時の精算条件について認識しておらず,当初の精算条件のままであると信じていたのであるから,契約の要素に錯誤がある(被告においては,慢性的にインストラクターが不足しており,予約が満足に取れない状態にあって,レッスンポイントの消費有効期限,精算条件が厳しくなったことを知っていたら,原告は,敢えて600ポイントという多数のレッスンポイントを追加購入することなどなかった。)。

よって,本件契約は無効である。

(4)  特定商取引に関する法律49条に基づく解除

被告が本件契約において提供することとされた外国語会話教室に係る役務は,特定商取引に関する法律における「特定継続的役務」と看做されている。

原告は,平成15年7月30日,本件契約を中途解約する旨申し入れた。

本件契約に関し,被告が主張している精算条件は,購入時の精算条件,現行の精算条件のいずれにおいても,実際に使用されていないレッスンポイントをも使用したものと看做しているのであるから,「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」を超えて控除しているというほかない。そうすると,被告主張の精算条件は特定商取引に関する法律49条に違反し無効である。特定商取引に関する法律49条によれば,役務提供事業者は,特定継続的役務提供契約が解除され,それが特定継続的役務の提供開始後である場合,提供された特定継続的役務の対価に相当する額及び当該特定継続的役務提供契約の解除によって通常生ずる損害の額として同法41条2項の政令で定める役務ごとに政令で定める額を合算した額にこれに対する法定利率による遅延損害金の額を加算した金額を超える額の金銭の支払を特定継続的役務の提供を受ける者に対して請求することができないとされている。本件において,「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」は71万8200円×138/600=16万5186円であり,「語学の教授」に関する「契約の解除によって通常生ずる損害の額として41条2項の政令で定める役務ごとに政令で定める額」は,5万円又は契約残額の100分の20に相当する額((71万8200円−16万5186円)×20/100=11万0602円)のいずれか低い額であるから,5万円となる。そこで,本件解除に伴って,被告が原告に支払うべき金額は50万3014円となる(71万8200円−16万5186円−5万円=50万3014円)。

(5)  返還合意

仮に,上記(1)(3)(4)の各主張が認められないとしても,被告は,原告に対し,平成15年7月30日付け書面(甲5号証)によって,25万5834円を返金する旨約した。

2  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)のうち,原告と被告との間で,平成13年12月14日,本件契約が成立したこと,被告従業員の乙山が,原告に対し,同11年8月1日,被告××校において,「レッスン料のご案内」と題する書面(甲1号証)を提示して,レッスン料,授業制度等について説明したこと,原告が,同11年8月2日,被告に入学する手続を取り,有効期間を1年とするレッスンポイント100回分を購入したこと,原告が,同11年9月25日,600ポイント(有効期限3年)を追加購入したこと,そして,原告が,同13年12月14日,本件契約に係る600ポイント,すなわち本件レッスンポイントを追加購入したこと,原告が,被告に対し,本件訴状により,本件契約における買受けの意思表示を取り消す旨の意思表示をしたことは認めるが,その余の事実は不知ないし否認する。

被告は,中途解約の場合の精算方法については,生徒登録申込書(甲4号証)の裏面にこれを記載しているところ,原告はこの記載を承諾の上で,登録の意思を決定して申し込んだのである。仮に,被告担当者が,中途解約の場合の精算方法について口頭の説明をしなかったとしても,原告に交付された上記の生徒登録申込書の裏面には明確に上記精算方法の記載がされているのであるから,一応の告知がされており,欺罔行為があったということはできない。被告が,欺罔により表意者である原告に錯誤を生ぜしめ,これによって意思表示をなさしめようとする故意があったということもできない。

(2)  請求原因(2)の詐欺の事実は否認する。本件契約に当たり,被告は,中途解約条項につき説明をしているから,詐欺と非難されるべき理由はない。

(3)  請求原因(3)の錯誤の事実も否認する。原告は,被告から,中途解約の精算方法が変更されたとの説明を受けていないので,平成11年8月の受講契約締結時の解約条件がそのまま適用されるとの認識で,本件契約を申し込んだとするのであるが,原告の錯誤は,いわゆる動機の錯誤にすぎない。そして,原告のこの動機は表示されていないから,原告の錯誤無効の主張が認められる余地はない。

(4)  請求原因(4)のうち,原告が平成15年7月30日に本件契約を中途解約する旨申し入れたことは認めるが,特定商取引に関する法律49条1項違反の主張は争う。

被告が平成15年7月30日付け書面で提案した中途解約に伴う精算条件は,実際に使用されていないレッスンポイントを使用したものとみなすわけではなく,有効期間を徒過したものについてこれを無効とするものであるから,特定商取引に関する法律に違反するものではない。

3  抗弁

(1)  被告は,平成16年1月29日の弁論準備手続期日において,原告の主張する特定商取引に関する法律に基づく解約精算金50万3014円とこれに対する同15年10月29日(訴状送達日の翌日)から同16年1月29日まで年5パーセントの割合による遅延損害金6408円の合計50万9422円につき弁済の提供をした。

(2)  原告は,平成16年1月29日の弁論準備手続期日において,被告のした上記(1)の弁済の受領を拒絶した。

(3)  被告は,平成16年2月19日,東京法務局に,被供託者を原告として,供託番号同15年度金第82897号をもって上記精算金債務50万9422円を弁済のため供託した。

4  抗弁に対する認否

抗弁は争う。被告は,原告が本件契約を中途解約したときは直ちに解約清算金を支払う義務があったというべきところ,原告が解約を申し入れたのは平成15年7月30日であって,原告の主張する解約精算金50万3014円に対する遅延損害金の始期は同15年7月31日ということになるから,被告は債務の本旨に従った適法な弁済の提供をしたとはいえない。

理由

1  請求原因(1)のうち,原告と被告との間で,平成13年12月14日,本件契約が成立したこと,被告従業員の乙山が,原告に対し,同11年8月1日,被告××校において,「レッスン料のご案内」と題する書面(甲1号証)を提示して,レッスン料,授業制度等について説明したこと,原告が,同11年8月2日,被告に入学する手続をとり,有効期間を1年とするレッスンポイント100回分を購入したこと,原告が,同11年9月25日,600ポイント(有効期限3年)を追加購入したこと,そして,原告が,同13年12月14日,本件契約に係る600ポイント,すなわち本件レッスンポイントを追加購入したこと,原告が,被告に対し,本件訴状により,本件契約における買受けの意思表示を取り消す旨の意思表示をしたこと,請求原因(4)のうち,原告が平成15年7月30日に本件契約を中途解約する旨申し入れたことは,いずれも当事者間に争いがない。

2  本件における事実の経過

上記当事者間に争いがない事実と証拠(甲1ないし10号証,14号証,乙1ないし5号証,証人戊川一郎,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件における事実の経過として,次の各事実が認められる。

(1)  原告(昭和35年2月23日生)は,英会話教室に通うことを考え,平成11年8月1日,被告のパンフレットを入手するため,被告××校(被告××校)に赴き,担当者にその旨を伝えた。これに対し,被告従業員の乙山は,原告をブース(間仕切りした区画)に案内した上,原告に対し,「レッスン料のご案内」と題する書面(甲1号証)を提示して,レッスン料,授業制度等の説明をした。その際,乙山は,原告に対し,レッスンポイントを多く購入すると,レッスン単価が安くなるので得である旨を強調し,また,原告が中途解約について質問すると,「万一,中途解約することになっても,使用期限が3か月以上残っていれば,未使用のレッスンポイントは残量の一番近いレッスンのパック単価に乗じて計算して,残金から手数料を差し引いて返金してもらえる。」旨の説明をした。

上記「レッスン料のご案内」と題する書面(甲1号証)には,「中途自主退学は,原則的に可とする(ただし,受講期間が3か月以上の場合に限る。)。」とした上,レッスン開始後の中途解約に伴う精算方法については,レッスン料及びVOICE料総額から,①消化レッスン精算額(消化ポイント数に応じてポイント単価を決定する。受講済みのポイント数以下で最も近いコースのポイント単価に消化ポイント数を掛け合わせた金額)②VOICE料精算額③中途自主退学手数料(原則として,レッスン総額及びVOICE総額から消化レッスン精算額とVOICE料精算額を控除した残金の20パーセント)をそれぞれ差し引いた残金を返還する旨等が記載されている。

(2)  こうして,原告は,被告に入学することとし,平成11年8月2日,入学手続を取り,レッスンポイント100回分(使用期限は1年)とVOICEチケット30枚を合計32万0775円で購入した(上記100ポイントは,同11年8月3日から同11年11月4日までの間にすべて消化された。)。

その後,原告は,被告××校に通い,購入したレッスンポイントを消化していたところ,同11年9月,丙田から,今月中なら5パーセント引きであるとして,レッスンポイントの追加購入を勧められたため,同11年9月25日,生徒登録申込書(甲3号証)に基づいて,600ポイントを5パーセント引きで追加購入した(上記申込書上の契約条件は,上記「レッスン料のご案内」と題する書面(甲1号証)と同じであり,格別の変更はなかった。なお,追加購入された上記600ポイントは,同11年11月4日から同14年4月26日までの間にすべて消化された。)。

(3)  その後,平成11年10月22日,訪問販売法を一部改正する法律が施行され,また,同13年6月1日,特定商取引に関する法律が施行され,被告のような特定継続的役務の提供事業者には,契約締結時の書面の交付義務等が定められた。

被告は,特定商取引に関する法律の趣旨に沿って,契約締結関係書類を改めた。

(4)  原告は,平成13年12月ころ,被告××校の丁野から上記(2)同様の勧誘を受けたため,同11年9月25日に購入していたレッスンポイントが残っていたものの,レッスンポイントを追加購入することとし,同13年12月14日,同13年12月14日付け生徒登録申込書(甲4号証)に基づいて本件契約に係る600ポイントを5パーセント引きで追加購入した。

上記生徒登録申込書(甲4号証)には,「生徒登録にあたっては,以下の事項をよくお読み下さい。」とした上,「精算の発生/特定商取引に関する法律第42条第2項の書面を受領した日から起算して8日を経過した後は将来に向かって特定継続的役務提供契約の解除を行うことができる。」「当該契約の解除があった場合における受講料その他の既に提供を受けた役務の対価その他金銭の精算方法/特定継続的役務提供開始後の登録解除の場合は当該契約の受領済総額から①消化済受講料(受講開始後特定継続的役務提供契約の解除の申出があった場合,当該契約解除の申出以前の役務の取扱については出欠の如何に関わらず役務の提供を受けたものと看做し消化済受講料を算出する。ただし,レギュラーコースの場合は標準受講ポイント数によって算出された役務提供済ポイント数に契約日からの経過週数を掛けたポイント数を役務提供済ポイント数を看做す。ただし,実際に受講したポイント数が,標準受講ポイント数によって算出された役務提供済ポイント数を超える場合は,実際の受講済のポイント数を役務提供済ポイント数とする。役務提供済ポイント数に,対応する規定のポイント単価を掛けた金額を消化済受講料とする。),②消化済VOICE利用料,③マルチメディア施設利用料,④中途登録解除手数料,⑤教材費の税込金額を差し引いた残金を返還する。」旨が記載されている。

しかし,その際,被告従業員の丁野は,原告に対し,上記生徒登録申込書を交付したものの,契約条件が従前の内容と変更になるとか,中途解約に関する条件が変更になるなどといった説明をすることはなかった。

(5)  原告は,被告××校において,英会話のレッスンを受けていたが,予約が取りにくい状況になっていたこともあって,次第に被告××校の運営に疑問を抱くようになった。

その後,原告は,自己都合で,本件契約を中途解約することとし,平成15年7月30日,被告に対し,「仕事を始めることにしたので,続けていくことができなくなった。」などと述べて,中途解約の申入れをし,既に消化していた138ポイントを差し引いた残りのポイントに係る解約精算金の支払を求めた。原告は,中途解約に伴う精算条件については,同11年8月1日に乙山から説明を受けた内容のものと思っていたところ,被告から,上記精算条件よりも低い額の提示を受けたため,これに驚き,被告に対して計算書の提出を求めた。

これを受けて,被告××校の戊川一郎は,「各登録ポイント数には,有効期限が定められています。有効期限は登録ポイントのうち最初の3分の1が契約日より1年,次の3分の1が契約日より2年,最後の3分の1が契約日より3年です。」旨,返済額が25万5834円となる旨記載した同15年7月30日付け書面(甲5号証)を作成して,これを原告に送付した。

これに対し,原告は,入校した際の説明と違うなどとして,さらに説明を求めたところ,被告は,戊川一郎作成の同15年8月5日付け書面(甲6号証)を交付して,本件レッスンポイント購入時の精算条件(購入時の精算条件)によると,返済額は19万2993円となるが,現行の精算条件(現行の精算条件)によると25万5834円となるので,原告に有利な現行精算条件に従った精算金を返金する旨回答した。

(6)  原告は,上記の解約精算金の支払に関する被告の対応に納得がいかなかったため,東京都消費者相談センターに相談するなどした上,平成15年10月24日,被告を相手方として本訴を提起した。

被告は,同16年1月29日の弁論準備手続期日において,原告の主張する特定商取引に関する法律に基づく解約精算金50万3014円とこれに対する同15年10月29日から同16年1月29日まで年5パーセントの割合による遅延損害金6408円の合計50万9422円につき弁済の提供をしたところ,原告は,弁済の受領を拒絶した(その際,原告は,特定商取引に関する法律に基づく解約精算金の請求について,その遅延損害金の起算日が,解約を申し入れた同15年7月30日の翌日であって,訴状送達日の翌日であるなどという異議を唱えることはなかった。)。そこで,被告は,同16年2月19日,東京法務局に,原告を被供託者として,供託番号同15年度金第82897号をもって上記精算金債務50万9422円を弁済のため供託した。

3  詐欺及びこれを理由とする不法行為の成否について

まず,原告は,被告には,中途解約の精算条件が従前のものと異なる内容のものとなった場合,その変更内容を説明すべき義務があったのに,敢えて原告に中途解約の場合の精算方法を説明せず,平成13年12月14日,本件契約の締結に際し,原告が最初にレッスンポイントを購入した同11年8月2日時点の精算方法と同一であるかのように原告を欺き,その旨誤信させた上,本件契約を成立させた旨主張する。

なるほど,本件のような外国語会話教室の受講に係るレッスンポイントの多量購入契約においては,その性格上,契約期間が長期に及ぶこともあって,役務受領者側に役務の提供を受けることが困難となり,また,提供された役務の効果に疑問が生ずるといった事態が生じることが少なくなく,この種の契約において,中途解約に伴う精算方法は重要な問題であるから,中途解約に伴う精算条件については役務受領者に説明しておく義務があるというべきである。特に,契約締結後に中途解約に伴う精算条件が変更され,変更後の精算条件によって解約精算金の支払を行う場合は,役務受領者に対し,その変更内容を知らせるべく格別の措置を取る義務があるというべきである。

しかし,原告の主張によっても,同13年12月14日に成立した本件契約は,従前のレッスンポイントの購入契約とは別個の契約であるというのである。そして,上記2認定のとおり,原告は,生徒登録申込書(甲4号証)に基づいて,本件契約に係る600ポイントを購入しているところ,上記生徒登録申込書に係る約款は,その体裁からして読みづらく,必ずしも読解し易いものではないけれども,冒頭に,生徒登録にあたっては,以下の事項をよくお読みくださいと明記して注意を喚起した上,中途解約の場合の精算方法についても詳細な記載がされているのである。原告は,本件契約当時,その精算条件が同11年8月2日に乙山から説明を受けた内容のものと思っていたとしても,被告が原告の上記事情を知った上,これを利用して,故意に,原告を欺罔して錯誤におとし入れ,この錯誤によって本件契約に係る意思表示をさせようとしたとまでは認め難い。

以上のとおりであって,原告の詐欺を理由とする取消及び不法行為の主張はいずれも理由がない。

4  錯誤無効について

次に,原告は,本件契約上,中途解約に伴う精算条件は契約の要素と見るべきところ,本件契約当時の精算条件につき,原告は当初の精算条件のままであると信じていたから,契約の要素に錯誤がある旨主張する。そして,原告は,その本人尋問において,本件レッスンポイントを購入した理由につき,「入学時に乙山から受けたときの中途解約の条件が頭にありました。変更の説明を受けていませんでしたので,万が一,600ポイントを使い切れてなくても,中途解約ができるんだということを頭に置いて,まだポイントが残っているのに購入しました。」旨供述している。

しかし,原告が,本件契約当時,中途解約に伴う精算条件が同11年8月2日に乙山から説明を受けた内容のものと思って本件契約を締結したとしても,これはいわゆる動機の錯誤であって,当時,原告が,被告に対し,その動機を表示し,被告がこれを知っていたという事情も窺われないから,原告の錯誤無効の主張も理由がないというべきである。

5  特定商取引に関する法律49条に基づく請求について

原告は,実際に使用されていないレッスンポイントを使用したものとみなすという被告主張の精算条件は特定商取引に関する法律49条に違反し無効であり,同法49条の趣旨に沿って計算すると,本件解除に伴って被告が原告に支払うべき金額は50万3014円となる旨主張する。

被告が本件契約において原告に提供することを約した外国語会話教室に係る役務は,特定商取引に関する法律における「特定継続的役務」に当たる(同法41条)。

そこで,上記2認定の事実に基づいて,同法の規律に従って,本件契約における原告の中途解約に伴う精算条件について検討する。

原告も指摘するとおり,本件における外国語会話教室のような継続的役務の提供に係る取引は,契約期間が長期間にわたることが多く,契約期間の途中でその継続が困難となることがあり,また,役務受領者において,提供を受ける役務の内容等が当初の思惑と齟齬するなどして,中途解約を求めることが少なくないというのが実情である。このような事情からすると,役務受領者にとって,中途解約に関する精算条件は重大な関心事に属するということができる。ところが,証拠(甲12号証の1ないし7,13号証の1ないし7,14号証,証人戊川一郎,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,レッスンチケットの追加購入を勧める際,割引期間中であるとか,レッスンチケットを多量に購入する方が単価が安くなるなどと強調してレッスンポイントの追加購入を勧めるものの,消費有効期限があることなどの中途解約に伴う精算条件について口頭で説明することは少ないこと,追加購入の際,有効期限の経過により消化済みと看做すなどの精算条件の変更があっても,質問がない限り,その旨を口頭で説明することは少ないことが認められる。このような実態は特定商取引に関する法律の趣旨に沿わないというほかなく,同法49条2項の中途解約の場合の損害賠償等の上限に関する規定の趣旨や被告が原告に提供した役務の内容,レッスンポイントの勧誘に係る事情等からすると,本件における解約精算金額の算定に当たっては,実際に提供されていないレッスンポイントを有効期限の経過等を理由に消化済みのものとみなして計算することは許されないというべきである。

このような観点から,本件における中途解約に伴う精算方法について検討すると,本件における解約返済金額は次のとおりとなる。

特定商取引に関する法律49条2項によれば,特定継続的役務提供等契約が解除され,それが特定継続的役務の提供開始後である場合,役務提供事業者(被告)は,提供された特定継続的役務の対価に相当する額と当該特定継続的役務提供契約(本件契約)の解除によって通常生ずる損害の額として同法41条2項の政令で定める役務ごとに政令で定める額を合算した額にこれに対する法定利率による遅延損害金の額を加算した金額を超える額の金銭の支払を特定継続的役務の提供を受ける者(原告)に対して請求することができないとされている。本件において,上記の「提供された特定継続的役務の対価に相当する額」は,71万8200円(原告が被告に支払った本件レッスンポイント代金)×138(原告の消化したポイント)/600(本件レッスンポイント)=16万5186円となり,「語学の教授」に関する「契約の解除によって通常生ずる損害の額として41条2項の政令で定める役務ごとに政令で定める額」は,5万円又は契約残額の100分の20に相当する額((71万8200円−16万5186円)×20/100=11万0602円)のいずれか低い額であるから5万円となる。そうすると,本件契約が解除されたことに伴って,被告が原告に支払うべき金額は71万8200円から16万5186円と5万円の合算額21万5186円を控除した50万3014円となる。

したがって,原告の特定商取引に関する法律49条に基づく主張は理由がある。

6  抗弁(弁済供託)について

上記2(6)のとおり,被告は,平成16年1月29日の弁論準備手続期日において,上記の解約精算金50万3014円とこれに対する同15年10月29日(訴状送達日の翌日)から同16年1月29日まで年5パーセントの割合による遅延損害金6408円の合計50万9422円につき弁済の提供をしたところ,原告が弁済の受領を拒絶したため,同16年2月19日,東京法務局に,被供託者を原告として,上記精算金債務50万9422円を弁済のため供託したわけである。

そして,上記2(6)認定の事実と弁論の全趣旨によれば,上記弁済提供の時点において,原告が,本訴において,特定商取引に関する法律49条に基づき,被告に請求していた解約清算金は50万9422円とこれに対する同15年10月29日(訴状送達日の翌日)以降の遅延損害金であったものと認められるから,原告の特定商取引に関する法律49条に基づく請求に係る被告の上記債務は上記弁済供託により消滅したことになる。

よって,被告の抗弁は理由がある。

7  以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官・原敏雄)

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