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東京地方裁判所 平成15年(ワ)24649号 判決 2006年6月26日

原告

甲野花子

訴訟代理人弁護士

本山信二郎

訴訟復代理人弁護士

藤田城治

被告

アットホーム従業員持株会

代表者理事長

石井規利

被告

石井規利

被告

アットホーム株式会社

代表者代表取締役

松村文衞

被告ら訴訟代理人弁護士

石上晴康

訴訟復代理人弁護士

田口大輔

主文

1  原告の被告石井規利に対する各訴え,被告アットホーム株式会社に対する解散決議不存在確認及び株式持分等確認の各訴え並びに被告アットホーム従業員持株会に対する解散決議不存在確認の訴えを,いずれも却下する。

2  被告アットホーム株式会社は,原告に対し,金70万円及びこれに対する平成15年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告アットホーム株式会社に対するその余の請求及び被告アットホーム従業員持株会に対するその余の請求を,いずれも棄却する。

4  訴訟費用は,原告と被告アットホーム株式会社との間においては,原告に生じた費用の8分の1を同被告の負担とし,その余は各自の負担とし,原告と被告石井規利及び被告アットホーム従業員持株会との間においては全部原告の負担とする。

5  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  原告と被告らとの間で,被告アットホーム従業員持株会の同持株会を解散する旨の決議が存在しないことを確認する。

2  原告と被告らとの間で,原告が被告アットホーム株式会社の株式1077.674株に相当する持分及び繰越金90万3647円を被告アットホーム従業員持株会に対して有することを確認する。

3  被告アットホーム株式会社は,原告に対し,金100万円及びこれに対する平成15年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告アットホーム株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員であり,被告アットホーム従業員持株会(以下「被告持株会」という。)の会員である原告が,被告持株会を解散する際には会員総会を開催するべきであるのにこれを開催しなかったのであるから,その解散は無効であり,解散が無効である以上,解散に基づいてなされた被告持株会と被告会社との間の株式売買契約も無効であるとして,被告らとの間で被告持株会を解散する決議が存在しないこと及び原告が被告会社の株式の持分及び繰越金を有していることの確認を求め,また,原告が被告石井規利(以下「被告石井」という。)及び被告会社代表取締役の松村文衞から勤務時間中に被告持株会解散に同意するよう強要され,それに従わなかったため配置転換されたこと及び勤務時間中に被告会社の従業員からセクシャルハラスメント(以下「セクハラ」と略称する。)などを受けたことが不法行為を構成するとして,被告会社に対し損害賠償100万円及び遅延損害金(訴状送達の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合)を請求する事案である。

1  前提事実(争いがない事実)

(1)  当事者

ア 原告は,被告会社に23年間(本件訴訟提起時まで)勤務する従業員であり,被告持株会の会員であった者である。

イ 被告会社は,不動産業界向けの物件情報提供サービス,雑誌発行などを行っている株式会社である。被告会社は,定款により株式の譲渡につき取締役会の承認を必要とするいわゆる閉鎖会社である。松村文衞は,被告会社の代表取締役である(以下「松村社長」という。)。

ウ 被告持株会は,昭和62年,会社との一体感の高揚及び従業員の財産形成などの福利厚生を目的として設立された団体である。

エ 被告石井は,被告会社の総務部長であった者であり,被告持株会の理事長を兼務し,その後,被告持株会の清算人の職務を行っていた者である。

(2)  被告持株会の概要

ア 被告持株会は,規約(以下「本件規約」という。)によれば,被告会社の従業員がその会員資格を有し,その会員が毎月一定額(1口1000円,上限は1万円)を被告持株会に対して拠出し(なお,拠出金の5%は被告会社が奨励金として支給),当該拠出金をもって,被告持株会が被告会社の株式を購入し,被告持株会の会員は,その拠出金に対応する持分を取得することになっていた。

イ 被告持株会は,昭和63年,会員の拠出金などにより,被告会社の株式1万0564株を購入し,その後も平成9年2月までに2万5251株を購入し,株式配当分1万6518株を加えて,平成15年3月当時,合計で全体の21.45%に当たる5万2333株を保有していた。

ウ 原告は,被告持株会に対し,同年1月末時点で,持分株数1077.674株,繰越金90万3647円を有していた。

(3)  被告持株会の解散

被告石井は,平成15年3月6日付けの文書をもって,被告持株会の会員に対して,被告持株会が保有する全持株を1株当たり3000円で被告会社に売却し,被告持株会を解散することを説明し,会員総会を開催する代わりに同月15日までに同意書の提出を求め,会員数の過半数の同意をもって承認可決とすることを通知した。

原告は,同月14日,被告石井に対し,会員総会を開催しないとしていること,同意書の提出期限が1週間という短期間の上,実際には被告会社の社員によって有無を言わさぬ同意書集めが行われていること,3000円という単価が適正か分からないことなどを理由として,被告持株会の解散について異議を述べた。

しかし,被告持株会は,平成15年3月31日付けで,会員に対し,その過半数の同意を得た(以下「本件解散決議」という。)として,民法670条(組合の業務の執行の方法)の定めにより,同年4月末日に解散する旨報告した。

その後,被告持株会は,同年4月14日,被告会社の株式5万2333株を被告会社に売却し(以下「本件株式売買契約」という。),同月末日,解散した。

被告持株会は,同年4月23日から8月23日までに会員136名に対し合計2億1371万8098円を払い戻し,原告に対しても,同年8月6日,原告の持分株数相当額及び繰越金の合計364万1375円を振込送金した。

(4)  原告の配置転換

原告は,営業企画部営業管理グループ(以下「営業企画部」という。)城南三センター担当係長として提携取引先との連絡窓口を担当する職にあったが,同年4月22日,被告会社より,ITP事業部管理グループ企画管理チーム(以下「ITP事業部」という。)に異動する旨の内示を受け,同年5月21日,その旨の辞令を受け,同所に異動となった(以下「本件配置転換」という。)。

2  争点

(1)  請求1項及び2項について

ア 被告持株会の本件解散決議の不存在確認の訴えに,確認の利益が認められるか否か(争点1)。

イ 被告会社及び被告石井に対する各確認の訴えに,被告適格が認められるか否か(争点2)。

ウ 被告持株会は,平成9年末までに,その目的である事業の成功の不能により当然に解散したか否か(争点3)。

エ 被告持株会の本件解散決議は,書面決議により有効に成立したか否か(争点4)。

オ 本件株式売買契約の有効性(争点5)

(2)  請求3項について

ア 本件配置転換の違法性(争点6)

イ 被告会社の従業員のセクハラ発言等の有無及び違法性(争点7)

ウ 上記ア及びイによる損害の有無ないしその額(争点8)

3  当事者の主張

(1)  争点1(本件解散決議の不存在確認の訴えの確認の利益)について

(被告らの主張)

確認の訴えの利益は,当該事件における具体的事実関係に照らし,原告の請求について本案判決することが現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的解決に適するものか否かとの観点から判断されるものであるところ,本件においては原告が前記請求2項で求める「原告が被告会社の株式1077.674株に相当する持分及び繰越金90万3647円を被告持株会に対して有していること」という積極的確認についての判断が下されれば,直接的に原告の目的は達成され,また,仮に判決により被告持株会の本件解散決議の不存在が確認されたとしてもその判決の既判力をもって原告が有する持分が確定されるわけではなく,また,その判決は対世効を有しないのであるから,本件解散決議の不存在確認という消極的確認についての本案判決は,本件紛争の直接かつ抜本的な解決に適するものではない。

したがって,原告の本件解散決議の不存在確認の訴えには確認の利益が認められない。

(原告の主張)

被告らの主張は争う。

本件訴訟の中心的争点は,本件解散決議の存否及び有効性の判断にあり,現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のためには本件解散決議の不存在を確認することが必要,適切であるから,確認の利益が認められる。

(2)  争点2(被告会社及び被告石井に対する確認の訴えの被告適格等)について

(被告らの主張)

訴訟における当事者適格は,特定の訴訟物について,誰が当事者として訴訟を追行し,また,誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義であるかという観点から決せられるべき事柄である。

原告は,被告持株会との間で権利関係を確認すれば本件の紛争解決のために必要かつ十分であり,原告と被告会社及び被告石井との間の判決の効力は被告持株会には及ばない。よって,被告会社及び被告石井との間で上記権利関係を確認しても本件の紛争解決に資するものではなく,本件解散決議の不存在及び原告の被告持株会に対する株式の持分等の確認の訴えについて,被告会社及び被告石井には被告適格がない。

(原告の主張)

被告らの主張は争う。

被告持株会は,既に実体が存在しない可能性が高く,同被告との間で権利関係を確認しても社会的紛争の解決という点では実効性が乏しいから,被告会社及び被告石井は被告適格を有するというべきである。

また,原告の被告持株会に対する持分に相当する株式は被告会社に売却されているため,被告会社を被告としなければ原告の正当な権利の確認はできないことからしても,被告会社は被告適格を有するというべきである。

(3)  争点3(被告持株会は当然に解散したか否か)について

(被告らの主張)

ア 被告持株会が被告会社とは別個の活動をしていること,被告会社の従業員であればほとんど誰でも加入できること,一時は200名以上の多数の会員がいたこと,独自の名称で,独自の規約に基づき活動していることからすれば,団体としての組織を備え,多数決の原則が行われ,構成員の変更にもかかわらず団体が存続し,団体としての主要な点が確定しているということができるから,被告持株会は,権利能力なき社団である。

イ そして,被告持株会は,遅くとも平成9年末までに,その目的である事業の成功の不能が確定しており,法律上当然に解散していたものであるから(民法68条),原告の請求には理由がない。

すなわち,被告持株会は,出資金を持って被告会社の株式を取得し,もって各従業員の財産形成の一助とすることを目的とする。そして,このような福利厚生目的を成功させるためには,被告持株会に対して,外部から継続的に新たな株式の供給がなされることが不可欠である。

ところが,被告会社が,平成9年に,株式公開はせず,第三者割当増資も行わないという方針を採った結果,被告持株会が外部から新たな株式を調達する方法は,被告会社の個人株主である被告会社の従業員又は役員が退職する際,その保有する株式を買い取る方法に限定されることとなったが,次に被告持株会が株式を取得できる機会は平成22年2月(現在の社員株主のうち最初に定年を迎える者の退職予定時期)であり,しかもその数は500株に過ぎず,さらに,それ以降の退職者も7名,合計株式数3182株に過ぎなかった。他方,会員からの拠出金残高は,2715万6015円となっていた。

そのような状況の下,そのまま新規会員の募集を継続すると,被告持株会に入会し,拠出金を出資しても被告持株会が保有する被告会社の株式に対して持分を取得できず,拠出金残高がいたずらに増加するだけである。

そこで,原告は,平成9年7月10日付けの新規会員募集を最後に,新規会員の募集を停止した。この措置により被告会社の従業員は,被告持株会に入会したくても入会できないこととなった。

福利厚生の機会は,被告会社の従業員に対し平等・公平に与えられなければならないところ,上記のとおり,従業員間に不平等・不公平が生まれたことから,遅くとも平成9年末までには,その目的である事業の成功の不能により被告持株会は解散したものである。

(原告の主張)

被告らの主張は争う。

ア 被告持株会は,本件規約1条2項に定めるように,民法667条1項に基づく組合である。

イ 民法上の組合の解散事由を定める同法682条にいう「目的である事業の成功の不能」とは,社会観念に従って確定的に成功の見込みがなくなることである。

そして,株式を公開するか否かは被告会社の経営者の判断であり,従業員が関与・決定できることではなく,被告会社が株式公開や第三者割当による増資を行わないという方針に転換したことは,被告持株会の存否に直接影響を与える事由ではない。

また,社員が必ず定年まで在職するとは限らず,全体の58%の株式を有していた松村社長が保有株式の一部を供給する可能性が全く考えられないわけではなく,持分を有する会員が退会する場合にも他の会員の持分数を増やすことができるのであるから,確定的に成功の見込みがなくなったとはいえない。

そもそも,被告持株会が遅くとも平成9年末にはその目的である事業の成功の不能により当然に解散していたというのであれば,その時点で告知すべきであり,かつ,そうしていたはずである。そして,上記解散の主張は,被告石井が平成15年3月に被告持株会解散に関し同意を求める通知書を配布したことと明らかに矛盾している。

また,被告持株会は,被告らが解散していたと主張する平成9年末以降,平成15年3月まで5年以上,会員から拠出金を募って株式相当の持分を付与し続け配当を毎年行ってきたのであり,解散していないことは明白である。被告らはこれらの活動を保存行為的なものに過ぎないと主張するが,上記活動は被告持株会の本来的な活動であり,保存行為的なものにとどまらない。そして,保有財産の適切な処分方法及び代替の福利厚生手段について具体的な方法が決定するまでの間に5年以上要するとは考えがたいから,被告らの主張には理由がない。

(4)  争点4(本件解散決議は書面決議により有効に成立したか否か)について

(被告らの主張)

仮に,目的である事業の成功の不能により法律上当然に解散となっていないとしても,被告持株会は,平成15年3月15日に会員から解散についての同意書の交付を受けたことにより,書面決議によって解散している。

すなわち,本件規約には会員総会についての定めがなく,書面決議以外の決議方法については規定がない一方で,理事の選任,規約の変更等の重要事項についても書面決議の方法が採用されていることからすれば,解散に当たっても会員らによる書面決議で足りるというべきである。

そして,被告石井は,会員全員に対し,被告持株会の解散について会員総会を開く代わりに会員の過半数の同意書の提出をもって承認可決とする旨の趣意書を送付し,全会員136名のうち原告を除く135名から同意書の提出を受けたのであるから,被告持株会は,書面決議により解散している。

また,被告持株会は,権利能力なき社団であり,民法の社団法人の規定が適用されるべきであるから,同意書の提出は民法68条2項1号の「総会の決議」としても有効である。

(原告の主張)

被告らの主張は争う。

被告持株会の存続が前提である規約の変更と,解散とを同列に論ずることはできない。

本件においては,解散につき規約の定めがない以上,当初想定していた範囲外の団体の消滅という組織法上の重大事項についての意思決定は,民法の原則に沿った適正な手続を要すると考えるべきである。

会議体における意思決定の正当性は十分な説明を前提とする意見表明の協議の中にのみ存するものであり,例えば,株式会社の株主総会では,説明義務違反が決議方法の法令違反とされ,会議を省略して書面決議により決定することは認められておらず,取締役会においても書面決議は認められていないように,被告持株会の解散についても会員総会における会員の協議と総意によって行う必要があるというべきである。

また,仮に書面決議で足りるとしても,被告らは当初,民法670条に基づき解散した旨主張していたが,解散は業務執行に当たらないから上記解散の法的根拠は誤りであったこと,会員に対し株式の売却価格が客観的価値より低廉であることなどについて十分な説明を怠ったこと,同意書には同意欄しかなく解散に賛成するか反対するか賛否を問う決議の体裁をなしていないこと,各会員の同意が不十分な意思に基づくこと,解散という重要事項にもかかわらず過半数の賛成で足りるとしていたことなどの事情に照らせば,有効な決議とはいえないというべきである。

したがって,書面決議により解散したとする被告らの主張には理由がない。

(5)  争点5(本件株式売買契約の有効性)について

(原告の主張)

被告持株会の解散が無効である場合,現在も同被告は存続しており,かつ以下の各理由で本件株式売買契約も無効となるから,原告は同被告に対して株式の持分等を有していることになる。

まず,解散を当然の前提に就任した清算人は適法な権能を有しないから,被告石井が行った本件株式売買契約も無効である。そして,本件においては株式の譲受人である被告会社も被告持株会の解散につき事実関係を把握し,かつ,法律上の疑義がある旨の指摘を受けており,無効事由について悪意・重過失があるから,本件株式売買契約は被告会社との関係でも無効である。

また,被告石井は,被告持株会の理事長として会員の共同財産である資産の維持・増加に努め,これを処分する場合,可能な範囲でできる限り高額で処分する職務上の義務(民法644条参照)を負っているところ,被告会社の株式の客観的価値については純資産価額を基準に計算すると1株3万9000円であったにもかかわらず,株式の客観的な価値の算定を行わず,漫然と被告会社に対し1株3000円で株式を売却したものであり,この被告石井の行為は,理事の権限濫用・任務違背行為というべきである。そして,理事の権限濫用・任務違背行為については民法93条ただし書が類推適用され,取引の相手方が違法事由を知り又は知り得べき場合には無効を主張することができるところ,被告会社は被告石井の権限濫用・任務違背について知り又は知り得べきであったから,本件株式売買契約は被告会社との間でも無効である。

(被告らの主張)

原告の主張は争う。

被告持株会は,被告会社の株式を1株1500円から2000円で購入していること,会員は5%の奨励金を被告会社から受け,株式の配当金を取得することができることからすれば,本件株式売買契約における1株当たりの価額が3000円とされたことは合理的である。

(6)  争点6(本件配置転換の違法性)について

(原告の主張)

被告会社は,平成15年4月22日,原告に対し,それまでの職務である提携先との連絡窓口担当の係長職から,本社に隣接する工場内での印刷原稿の校正係の一般職へ,本件配置転換をすることを内示し,同年5月21日にその辞令を交付した。

本件配置転換は,原告が,被告持株会の解散に異議を述べたことをその理由とするものであり,被告会社の意向に従わぬ者に対する報復人事というべきであって,人事権の裁量を逸脱し,原告の人格権を侵害する違法な行為であることは明らかというべきである。

(被告らの主張)

原告の主張は争う。

本件配置転換は,業務上の必要性に基づき原告の事情も十分に考慮した上で行った合理的なものであり,何ら違法性は存しないとともに,そもそも被告持株会の解散とは何ら関係がない。

(7)  争点7(被告会社の従業員のセクハラ発言等の有無及び違法性)について

(原告の主張)

被告会社が原告を配置転換した部署においては,セクハラ発言が日常化しており,原告は多大な精神的苦痛を受けた。また,原告がその点について苦情の申立てをするや,セクハラ発言を繰り返す男性従業員が,かつて原告に対してストーカー行為をしていた外注業者従業員の連絡先を探すように発言するなどした。

これらの一連のセクハラ的言動は,それ自体原告に精神的苦痛を与えるものであるが,被告会社が原告に与えた業務の内容及び違法状態の日常化というべき職場環境を考えると,原告を自主的に退職させるための嫌がらせ・報復的処遇というべきであって,違法な行為であることは明らかというべきである。

(被告らの主張)

原告の主張は争う。

(8)  争点8(損害の有無ないしその額)について

(原告の主張)

原告は,上記違法な本件配置転換及び上記セクハラ発言により,精神的苦痛を被っており,これを金銭的に評価すれば,前者の違法行為につき50万円,後者の違法行為につき50万円を下らない。

(被告らの主張)

原告の主張は争う。

第3  当裁判所の判断

1  前提事実に後記認定事実中に掲げた各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

(1)  被告会社の概要

被告会社は,昭和45年8月12日,松村社長によって設立された株式会社であり,平成14年5月決算当時における発行済株式総数は24万4000株,資本金は1億4200万円,純資産額は94億6600万円,年間売上は約170億円,従業員数は約1000名であった(甲17,弁論の全趣旨)。

被告会社は,東京に本社を置くほか,札幌,仙台,大宮,所沢,松戸,千葉,船橋,横浜,厚木,沼津,静岡,浜松,豊橋,名古屋,京都,大阪,神戸,明石,北九州,福岡,大分,鹿児島等約50か所の営業所を有し,海外にもニューヨーク,ロスアンゼルス,ホノルルに事業所を有している(甲17,乙9)。

(2)  被告持株会の概要

被告持株会は,昭和62年,従業員の会社との一体感高揚,従業員の財産形成等の福利厚生を目的として設立され,本件規約(甲2)を設けた。

本件規約によれば,被告会社の従業員は,被告持株会の会員となって,毎月1口1000円として上限10口までの範囲で資金を拠出することができ,その拠出金の5%は被告会社が補助をすることとなっており,会員は被告会社から配当を得ることができるとされていた。また,被告会社は株式を公開していなかったことから,定期的に市場より被告会社の株式を購入することができなかったため,会員から拠出された金員は,被告会社の株式を購入するまでの間,安全性の高い方法で運用がなされることとなっていた。そして,被告持株会は,株式を購入するに当たり,一定の計算方法により算定された価格を基準に購入価格を決定することとされており,実際には,1株1500円から2000円で株式を購入していた。株式に対しては,毎年,額面価額の20%から40%という高率の配当が継続されてきた。一方,被告持株会は,被告会社の従業員であることを会員資格としており,会員が被告会社を退職し,又は被告持株会を退会した場合には,会員資格を失うこととされ,その場合には,退会する会員に対し,株式購入前においては,拠出金,奨励金及び運用益を返還することとされ,株式購入後においては,持分に応じた株式を1株1500円から2000円という株式取得価額で換算して被告持株会が買い取り,現金で返却することとされていた。

本件規約には,解散についての規定がなく,一方,理事の選任及び規約の変更については,理事会が文書を作成の上会員に交付し,会員から一定数の書面による異議がない場合に,理事が選任され又は規約が変更されることとされていた。

(3)  被告持株会の解散に至る経緯

被告持株会は,昭和63年,当時の被告会社の株主から合計1万0564株の株式を譲り受けて発足し,その後,平成9年2月までの間に,被告会社の従業員株主の退職に伴い,合計2万5251株を取得した。また,被告持株会は,株式配当によっても合計1万6518株を取得し,合計で5万2333株を保有するに至った。

しかし,平成9年12月,被告会社の役員の間で,株式の公開及び第三者割当増資を行わないという方針が固まったことから,被告持株会は,市場から株式を調達することが困難となり,一方で,被告会社の株主である従業員で退職する者の人数もその保有する株式数もごくわずかであったため,会員の拠出金に見合う株式を調達することが困難な状況になった。そのため,被告持株会は,平成9年7月10日付けの新規会員募集(乙12)を最後に,これを中止した。会員は最大時で250名であった(乙13,19,被告石井)。

もっとも,それ以前に会員となった者からは依然として毎月拠出金を募り,また,それらの会員に対して,被告持株会が解散する予定であるなどの通知をしたことはなかった(被告石井)。

被告会社は,平成14年7月30日,定時株主総会において,被告持株会が保有する被告会社の株式を1株3000円を上限として取得することを承認する議決をした(乙16)。

(4)  被告持株会の解散の連絡

ア 被告持株会は,平成15年3月6日付けで「持株会解散ならびに受託株式の処分に関する同意について(お願い)」と題する文書(甲3の2。以下「同意書」という。),「趣旨書」と題する文書(甲3の3。以下「趣旨書」という。),「持株会所有株式の譲渡に伴う税務上の手続について」と題する文書(甲3の4)及び「持株会持分残高・繰越金明細」と題する文書(甲3の5)を,被告持株会の会員に送付した。

イ 同意書の上段部分には,同年2月13日に被告持株会の理事会において被告持株会を解散することが妥当である旨の判断をしたこと,解散に伴い受託株式のすべてを被告会社に売却するとともに,受託財産のすべてを換価の上,現金による清算を行いたいと考えていること,同年3月15日までに同意書の提出を求めること,同意書は,会員に参集してもらう代わりに書面をもって決議をするためのものであり,必ず期限内に提出するよう求めること,本件決議に当たっては,会員数の過半数の同意をもって承認可決とすることが記載されていた。

また,同意書の下段部分には,

「わたくしは,下記事項について異議なく同意いたします。

1  来る平成15年4月末日をもってアットホーム従業員持株会を解散すること

2  理事長石井規利が清算人となるべきこと

3  清算人は,会員から信託されたアットホーム株式会社株式のすべてについて,1株あたり3,000円をもってアットホーム株式会社に売却すること

4  清算人は,会員から信託されたその他財産のすべてを換価し,会員の出資に応じて現金で分配すること

5  右分配期限は,平成15年5月16日までとすること」

との記載があり,その下に署名捺印欄が設けられていた。

ウ 一方,趣旨書には,「(趣旨)」との表題の下,株式公開をしても被告会社としてメリットを享受できず,また,被告持株会を対象とした第三者割当増資も特に必要性がないことから,それらを行う見込みがなく,被告持株会としてそれ以後の保有株式の増加が見込まれない状況であること,会員から拠出を受けている金員の運用リスクが増大する可能性があること,そのため,平成9年を最後に新規会員の募集を停止し,入会希望者と既存会員との間に不公平感が台頭してきたこと,このことは従業員の平等な福利厚生を目指す被告会社の基本姿勢に反するものであり,被告持株会の存続が困難であることが記載されていた。

また,趣旨書には,「(提議)」との表題の下,被告持株会の全ての持株を被告会社に売却して解散することを会員に諮るものであること,株式の売却価格は,株式取得価額の最高価格が1株当たり2000円であったことを勘案し,1株3000円を提案することが記載されていた。

(5) 原告の対応及び被告持株会の解散

ア  原告は,平成15年3月14日,被告石井に対し,被告持株会の解散に当たり会員総会を開催していないこと,同意書の提出期限が短期間である上,被告会社の社員によって強引な同意書集めが行われていること,株式の売却価格が適正か否かが不明であることなどを理由として,解散に異議を述べた(甲16)。

イ  被告持株会は,同月31日付けで「持株売却ならびに持株会解散に関するお知らせ」と題する文書(甲4の1),「持株会株式及び運用拠出金精算要領」と題する文書(甲4の2),「持株会売却個別精算書(予定額)」と題する文書(甲4の3),退会届出書(甲4の4),振込依頼書(甲4の5)を被告持株会の会員に対して交付した。「持株売却ならびに持株会解散に関するお知らせ」と題する文書には,同意書の集計の結果,被告持株会の会員136名中125名から同意書の提出を受けたこと,そのため,民法670条の定めにより,同年4月14日に被告持株会の所有する株式を被告会社に売却し,同月24日に株式売却代金及び拠出金精算を行い,同月30日に被告持株会を解散することが記載されていた。また,退会届出書及び振込依頼書は,同月7日までに提出することとされていた。

ウ  原告は,同年4月5日付けで,被告持株会及び被告会社の松村社長に対し,異議申立書と題する書面(甲5)を提出した。

異議申立書には,本件規約には解散についての規定がなく,また,解散は重大かつ終局的な事項であり業務執行には該当しないので,民法670条による解散はできないはずであるから,解散に異議を述べること,解散を強行する場合には,原告の持分に応じた株式を原告名義に変更してもらいたいことが記載されていた。

エ  原告は,同月10日,被告会社の松村社長と面談したが,松村社長は原告が希望していた上記株式の個人所有を断った(甲16)。

オ  被告持株会と被告会社は,同月14日,被告持株会の有する被告会社の株式5万2333株を1株3000円の代金で被告会社に売却する旨の本件株式売買契約を締結した。同契約において,代金の支払期日は同月21日とされ,その代金の支払と同時に株式が移転することとされた(乙4)。

カ  原告は,同月21日,解散に異議を述べていた他の被告持株会の会員と共に被告会社の松村社長及び被告石井と面談した際,同人らから解散に同意して振込依頼書を提出するよう要求された(甲16,原告本人)。

その席で,松村社長は,被告持株会の解散に当たり強引な点があったことを謝罪するなどしたが,原告は,解散に同意しなかった(甲16)。

一方,原告を除く被告持株会の会員は,結局,被告持株会に対し,振込依頼書に署名の上交付した(乙18)。

キ  被告持株会は,同月25日,会員に対し「持株会清算に関するご報告ならびにアンケートご協力のお願い」と題する書面(甲7)を交付し,解散に対しての意見を募った。

ク  被告持株会は,同年5月22日,「持株会アンケート結果の報告」と題する書面(甲9)を配布した。上記アンケートの回答結果は,会員136名中134名が回答し,うち解散に「異議なく賛成」が58名,「やむを得ず賛成」が69名,「賛成できない」が7名であった。

ケ  被告持株会は,同年8月23日までに全会員に対し,株式及び拠出金の清算金を振込送金した(乙5,18の1〜136)。

コ  被告会社は,同月28日,その従業員に対し,被告持株会に代わる新たな従業員の福利厚生の制度として「アットホーム35周年記念営業利益連動型特別金利付財形貯蓄制度」を開始することを説明し,同年9月からこれを開始した(乙7)。

(6) 原告の配置転換

ア  被告会社の組織変更

被告会社は,原告が本件配置転換前に所属していた「財務部受注管理グループ」の行っていた社外の不動産情報業者の物件間取り図の作成等の業務が,本来財務部の行う業務ではなく,それぞれの地域を管轄する営業所の業務であると考えたことから,平成15年1月,同業務を同年5月から城南営業所に移管することとした。

被告会社は,原告に対し上記営業所への転勤を打診したところ,拒否された。原告は,被告会社の「協会・団体情報処理室」への異動を希望したが,被告会社は,同部署はIT知識を要する部署であり原告にその適性がないと判断したことからこれを受け入れなかった。

一方,被告会社は,役職名と実際の職責とが一致していない場合が散見されたことから,組織改革の一環として,従来の役職制度を実際の組織・職責等に合致するよう見直しを検討し,その結果,同年5月20日付けで,従来の役職制度を廃止し,新たな役職制度を創設することとした(乙2,3,26,証人山口)。

イ  本件配置転換

原告は,営業企画部城南三センター担当係長として提携取引先との連絡窓口を担当する業務を行っていたが,同年4月22日,被告会社より,ITP事業部に異動する旨の内示を受け,同年5月21日,その旨の辞令を受け,同所に異動となった。原告は,同所において,住宅間取り図の印刷原稿及びカレンダー原稿の校正等の業務に従事した(甲16)。

(7) 原告に対する被告会社の従業員らの発言等

原告は,異動したITP事業部において,被告会社の男性職員から,その男性の性体験にまつわる話など性的な発言を受けたことなどから,それに対し苦情を申し立てたところ,当該男性職員は,原告の面前で,原告がかつて自分に対してつきまとい行為を行っていたと考えている人物の名前を挙げ,その者が現在どこにいるのか,連絡先はどこであるかなどと,暗にその者に連絡を取るかのような発言をした(甲13の1,14の1,16,20,乙26,原告本人)。

一方,ITP事業部においては,毎年,働きやすい職場環境とするために「新入社員を迎えるにあたって」及び「セクシャル・ハラスメント防止のために」と題する書面を事業部内のグループ長らに配布し,また,被告会社は,セクハラの相談・苦情の窓口を設置し,それを社内報において従業員らに告知するなどしていた(乙26,28ないし30)。

ITP事業部長は,上記男性職員の発言に対する原告からの抗議を受けて,当該男性職員に対して,上記のような発言をしないよう注意を与えた(乙26)。

2 争点1(本件解散決議の不存在確認の訴えの確認の利益)について

被告らは,本件においては,原告が被告持株会に対して被告会社の株式の持分及び繰越金を有していることの確認を求めれば足りるから,本件解散決議の不存在確認の訴えには確認の利益が認められない旨主張する。

確認の利益は,判決をもって法律関係等の存否を確定することが,その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し,当事者の法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために必要,適切である場合に認められる。団体の意思決定に際しての決議は,当該団体における諸般の法律関係の基礎となるものであるから,その決議の存否に関して疑義があり,これが前提となって,決議から派生した法律上の紛争が現に存在するときに,決議の存否を判決をもって確定することが,紛争の解決のために必要,適切な手段である場合があり得る(最高裁昭和47年11月9日第一小法廷判決・民集26巻9号1513頁,同平成16年12月24日第二小法廷判決・判タ1176号139頁参照)。したがって,被告持株会の本件解散決議が存在しないことの確認を求める訴えは,決議の存否を確定することが当該決議から派生した現在の法律上の紛争を解決し,当事者の法律上の地位ないし利益が害される危険を除去するために,必要,適切である場合には許容されると解するのが相当である。

本件において,原告は,本件解散決議から派生して現に存する法律上の紛争として,原告が被告持株会に対して被告会社の株式の持分及び繰越金を有しているか否かという点の紛争以外には具体的な内容を主張していない。そして,原告は本訴において,原告の具体的権利の存在について確認の訴えを提起しているのであるから,この判断の前提として本件解散決議の存否やその効力について判断すれば足りるのであって,これと別に本件解散決議の不存在確認の訴えの確認の利益を認めることはできない。

3 争点2(被告会社及び被告石井に対する確認の訴えの被告適格等)について

被告らは,原告と被告会社及び被告石井との間で,本件解散決議の不存在及び原告が被告持株会に対して株式持分等を有することの確認をすることは,紛争の解決に必要ではなく,被告会社及び被告石井は被告適格を有しない旨主張する。

しかしながら,確認の訴えにおいては,確認の利益の判断自体が当該当事者間の紛争について確認判決による紛争解決が必要,適切かをめぐってなされるから,当事者適格の有無の判断は,確認の利益の問題に吸収されることになる。

したがって,原告と被告会社及び被告石井との間における確認の訴えの適法性は,結局,確認の利益の有無の問題として,両者の間で本件解散決議の存否を確定することが,紛争の抜本的解決のために必要,適切な手段であるといえるか否かによって判断されることになる。

本件において,原告は,被告会社及び被告石井に対しても確認の利益があると主張するが,問題は,仮に本件解散決議が不存在であり,あるいは原告が被告持株会に対して株式持分等を有するとしたら,原告は被告会社及び被告石井に対してどのような請求をすることができるかという点である。その点を明らかにした請求をしないまま,単に上記のような確認を求めたところで,かえって紛争を拡大しかねないのであり,紛争の抜本的解決のために必要,適切な手段であるとはいえない。この点は,被告持株会の実体が既に存在しないとしても左右されない。

したがって,原告の被告会社及び被告石井に対する各確認の訴えについては,いずれも確認の利益を認めることはできない。

4  争点3(被告持株会は当然に解散したか否か)について

被告らは,被告会社が平成9年末までに,株式を公開しないこと等を決定したことから,被告持株会として新たに継続的に被告会社の株式を取得することができなくなり,被告会社の株式を取得することによって従業員の財産形成の一助とするという福利厚生目的の達成が不可能となったこと,被告持株会として新規会員募集を停止せざるを得ず,被告会社の従業員間に不平等・不公平が生じたことによって,被告持株会は,平成9年末までに,その目的である事業の成功の不能により当然に解散した旨主張する。

確かに,前記認定のとおり,被告会社は,平成9年12月ころ,被告会社の株式を公開しないこと及び被告持株会に対して被告会社の株式の第三者割当をしないことを決めたため,遅くともそのころには,被告持株会は,被告会社の株式を継続的に購入することが困難になったと認めることができる。

しかしながら,民法682条ないし68条の「目的である事業の成功の不能」というためには,法律上・事実上目的の達成が不可能なことが客観的に確定的となることを要すると解すべきである。

本件においては,被告会社が株式を公開しないこと及び被告持株会に対して株式の第三者割当をしない方針を決めたとはいえ,その後の経営方針の変更によっては,それらの方針を転換する可能性も残されており,また,被告会社の既存株主らから被告会社の株式を取得する可能性も残されていたのであり,単に新規に株式の調達が困難となったことをもって,従業員の財産形成などの福利厚生を図るという被告持株会の目的の達成が法律上・事実上不可能なことが客観的に確定的となったということはできない。また,前記認定の平成9年末以降の被告持株会の活動や本件解散決議に至る経緯は,被告持株会が平成9年末に当然に解散したことと明らかに矛盾するものというほかはない。

したがって,被告持株会が平成9年末までにその目的である事業の成功の不能により当然に解散したとの被告らの主張は,採用することができない。

5  争点4(本件解散決議は書面決議により有効に成立したか否か)について

(1)  被告持株会の解散決議は書面決議で足りるか否かについて

被告らは,被告持株会は,平成15年3月15日までに会員の過半数から同意書を得たことをもって有効な解散決議がなされた旨主張する。

これに対し,原告は,本件持株会の解散は,団体法上,会員の権利義務に重大な影響を及ぼす事項であるから,会員総会における会員の協議と総意によって行う必要がある旨主張する。

そこで,被告持株会の解散決議が書面決議で足りるか否かについて検討する。

本件においては,被告持株会が民法上の組合であるか権利能力なき社団であるかについて当事者間に争いがあるものの,被告持株会の法的な性格がそのいずれであるかによって解散決議の要件が直ちに左右されるわけではなく,当該要件は,その団体の実質,すなわち,当該団体の規模,目的,その意思決定の方法,当該団体の構成員の結合形態等の事情を考慮して解釈すべき問題であるというべきである。

そこで検討するに,まず,被告持株会は,被告会社の全従業員にその入会資格があるところ,被告会社は,昭和45年に設立された後,規模を拡大し,平成15年ころまでに従業員は約1000名程度となり,被告持株会の会員は最大で248名,平成15年3月当時も136名であったことが認められる。これらに照らすと,被告持株会は相当に大規模な団体であるということができ,また,被告会社は日本全国及び海外に営業所を有しており,被告持株会の会員もそれに応じて点在していたことが認められる。

さらに,被告持株会の目的は,被告会社の株式を取得することによって被告会社の従業員の財産形成の一助とするという福利厚生であって,会員は毎月一定額を出資し被告会社の株式の持分を保有することが予定されているものの,会員各自において何らかの事業活動を行うことは予定されていない団体であると認められる。

一方,本件規約によれば,理事の選任及び規約の変更について,理事会が書面を作成した上,それを各会員に通知し,これに異議のある会員は理事長に対し書面で申出を行い,この異議が一定数以上に達しない場合には,理事会の書面のとおり決定するという方法が定められていた。

上記の理事の選任及び規約の変更について書面決議の方式が規定されたのは,被告持株会が多人数の会員を有しており,また,それらの会員が日本全国ないし海外に点在していること,会員各自が実際に何らかの事業活動を予定しているわけではないことから,団体の意思決定の方法として会員総会を招集しその決議を要すると規定することは馴染まないと考えられたためであると解される。

そうすると,被告持株会の解散に当たっても,会員総会を開催することは必ずしも必要ではなく,書面決議をもって足りると解するのが相当である。

なお,本件規約には,規約の変更(27条)の規定はあるが,解散の手続について直接明記した規定は見当たらない。しかし,被告持株会がおよそ解散があり得ない団体ではない以上,少なくとも,まず規約の変更をして解散の手続に関する規定を明文化した上で,それに従って解散するという2段階の手続により解散することが妨げられないことは明らかである。そして,さらに進んで考えると,上記のような2段階にわたる迂遠な手続をあえて踏むまでもなく,規約の変更に準じた手続により解散することも許されないわけではないと解される。なぜなら,被告持株会が保有する全持株を1株当たり3000円で被告会社に売却して解散するとの内容の本件解散決議は,実質において本件規約全体を変更し廃止するものと解され,他に明文の規定がない本件規約の下では,規約の変更に準じた手続を踏むことにより,これを行うことができると解されるからである。

(2)  本件解散決議が書面決議として有効なものであるか否かについて

原告は,仮に解散決議が書面決議で足りるとしても,同意書には同意欄しか設けられていないこと,各会員の同意が不十分な意思に基づくこと,過半数の同意をもって可決としていることなどから,有効な決議とはいえない旨主張する。

確かに,前記認定のとおり,同意書には同意欄しか設けられておらず,各会員が解散に賛成するか反対するかの決議の方法としては望ましくないものであった点は否めない。また,本件規約上,規約の変更には少なくとも3分の2の賛成(3分の1以上の異議がないこと)が必要であることからすれば,本件解散決議にあっても3分の2以上の賛成をもって可決とするのが相当であり,過半数の同意をもって可決としたことについては問題がないわけではない。

しかしながら,前記認定のとおり,被告持株会は同意書の上欄の記載ないし趣旨書において解散の理由について会員に説明を行っていること,同意書の記載内容自体は不明確なものではないこと,同意しない場合には同意書を提出しないとか反対する旨の書面を提出するとかの方法により意思表示をする手段が存在すること,同意書に不明な点がある場合には被告石井に連絡するよう記載されていること,会員は1株当たり1500円から2000円で被告会社の株式の持分を取得して(しかも,拠出金の5%は被告会社から支給されている。)毎年かなり高率の配当額を得てきたことからすれば,1株3000円とする売却価格も不当に低廉であるとはいえないこと,当時の会員136名中125名から同意書を得ていることからすれば,結果的には優に3分の2以上の賛成を得て決議されたものであって,過半数の同意を要件とした手続の問題性は実質的には治癒したといえる(当初同意書を提出しなかった11名のうち,原告を除く10名がその後振込依頼書を提出したことにより,最終的には原告を除く135名が本件解散決議を受け入れたといえる)ことに照らせば,同意書の提出をもってした本件解散決議は,有効であるというべきである。

(3) したがって,本件解散決議は,平成15年3月15日の各会員からの同意書の提出をもって有効になされたものということができる。

6  小括

以上で検討したとおり,被告持株会の本件解散決議は有効に存在したものというべきであるから,同被告は既に解散し,もはや存続していないことになる。そして,争点5(本件株式売買契約の有効性)の原告の主張は,上記解散が無効であることを前提として,原告が同被告に対して株式持分等を有することの確認を求める請求2項に関する主張であると位置付けられている(第7回口頭弁論調書)。

よって,その余の点について検討するまでもなく,原告の確認請求はすべて理由がない。

7  争点6(本件配置転換の違法性)について

原告は,本件配置転換は,原告が被告持株会の解散に異議を述べたことを理由とするものであり,人事権の裁量を逸脱し,原告の人格権を侵害する違法な行為であると主張する。

この点,使用者の行った配転命令が不法行為を構成するか否かについては,当該配転命令が発せられた経緯,その業務上の必要性,配転候補者選定上の人選基準及び具体的人選の合理性,当該従業員の経歴,その他諸般の事情を総合勘案して判断するのが相当である。

これを本件についてみると,被告会社は,平成15年1月に,原告が従前所属していた「財務部受注管理グループ」の職務内容が本来財務部の業務ではないことから,これを同年5月から営業所に移管することを決定したこと,原告に対し,同営業所への転勤を打診したところ拒否されたこと,原告が被告会社の「協会・団体情報処理室」への異動を希望したところ,被告会社が同部署はIT知識を要する部署であり原告はその適性がないと判断したことからこれを受け入れなかったこと,一方,被告会社は,組織改革の一環として,従来の役職制度を実際の組織・職責に合致するよう見直すため,同年5月20日付けで従来の役職制度等を廃止し,新たな役職制度を創設したことが認められる。

しかしながら,本件配置転換の内示がなされた同年4月22日は,原告が同年3月14日以降,被告持株会の解散に反対する旨の意思を表示した後,同年4月21日,松村社長自ら振込依頼書を提出するよう要求したことに対し,原告がこれを断った翌日であること,本件配置転換後のITP事業部における原告の職務は,図面等に誤りがないか点検する作業であり,それまで行っていた業務に比べると機械的な作業であったこと,本件訴訟において,被告会社の総務統括部統括部長(取締役)である証人山口が,原告が本件訴訟を取り下げれば通常の従業員として遇すると証言したことに照らすと,本件配置転換は,原告が被告持株会の解散に強く反対したことをその理由とするものであったと推認することができる。

そして,本件配置転換は,被告会社に長年勤務してきた原告にとって著しい不利益を伴うものであるというべきであり,これらの事情に照らすと,被告会社の本件配置転換命令は,不法行為を構成する違法なものであるというべきである。

8  争点7(被告会社の従業員のセクハラ発言等の有無及び違法性)について

(1)  原告は,被告会社の従業員らにより,セクハラ発言を受けた旨主張する。

前記認定のとおり,原告が本件配置転換を受けた部署において,被告会社で働く男性が性的な発言を繰り返し,それに対し,原告が苦情を申し立てたところ,その男性が,かつて原告につきまとい行為を行っていた者の名前を挙げ,あたかもその者に連絡を取るかのような発言をしたことが認められる。これらの発言は,原告の平穏な職場環境において働く利益を違法に侵害するものというべきである。

これに対し,被告らは当該発言があったことを否認するが,被告会社自身,原告の指摘するような発言の存在を認めていたこと(甲14の1),この点に関する原告本人の供述は具体的で信用性が高いことからすれば,被告らの主張は採用することができない。

(2)  そして,上記発言はいずれも,被告会社で働く男性によって勤務時間中になされたものであるから,被告会社は,民法715条に基づき,原告に生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。

(3)  なお,被告会社はセクハラを防止するための対策は講じていた旨主張している。確かに,被告会社は,セクハラの防止に努めるように,管理職に対して書面を交付し,従業員に対して社内報を交付するなどしていたものの,それをもって選任及び監督について相当の注意をしたものということはできないから,被告会社は免責されないというべきである。

9  争点8(損害の有無ないしその額)について

(1)  上記のとおり,被告会社が原告に対し本件配置転換をした行為は違法であるというべきである。そして,原告は,被告持株会の解散に対し反対の意思表示をすること自体は何ら不利益を課されるべき事柄でないにもかかわらず,これを理由に本件配置転換をされたものであり,多大な精神的苦痛を受けたと認められ,その慰謝料額は50万円と評価するのが相当である。

(2)  また,上記のとおり,被告会社の従業員の発言は違法であるというべきところ,原告はこれによって多大な精神的苦痛を受けたと認められ,その慰謝料額は20万円と評価するのが相当である。

10  小括

以上7ないし9で検討したとおり,原告の被告会社に対する損害賠償請求は,70万円及びこれに対する遅延損害金請求の限度で理由がある。

第4  結論

以上のとおりであるから,原告の被告石井に対する各訴え及び被告会社に対する各確認の訴え並びに被告持株会に対する本件解散決議の不存在確認の訴えは,いずれも不適法であり,被告持株会に対する株式持分等の確認請求は理由がなく,また,被告会社に対する損害賠償請求は,主文第2項の限度で理由があるが,その余は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・荒井勉,裁判官・竹内浩史裁判官・長谷川秀治は転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官・荒井勉)

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