東京地方裁判所 平成15年(ワ)24695号 判決 2004年11月25日
原告
オリエンタル新宿コーポラス管理組合法人
同代表者理事
田島照子
同訴訟代理人弁護士
篠原みち子
被告
東洋開発株式会社
同代表者代表取締役
藤田利勝
同訴訟代理人弁護士
遠藤順子
主文
一 被告は、原告に対し、五六万円及びこれに対する平成一五年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、九三万四五〇〇円及びこれに対する平成一四年一二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
原告は、オリエンタル新宿コーポラス(以下「本件マンション」という。)の管理組合法人であり、被告は、本件マンションの地下一階駐車場(以下「本件駐車場」という。)の区分所有者であるが、原告は、本件マンションの共同部分に当たる本件駐車場躯体部分のコンクリートが劣化したことから、コンクリート劣化抑制工事(以下「本件工事」という。)を実施し、その際、本件工事の一部をなすものとして、被告が区分所有権を有する本件駐車場の壁面塗装工事を実施した。上記事実関係の下において、原告が、被告に対し、主位的に事務管理に基づく費用償還請求権に基づき、予備的に不当利得返還請求権に基づき、本件工事費用の一部である九三万四五〇〇円及びこれに対する本件工事完了の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による利息の支払を求めるのが本件事案である。
一 争いのない事実等(争いのない事実には当事者が争うことを明らかにしない事実を含み、認定事実については末尾に証拠を掲記する。)
(1) 原告は本件マンションの管理組合法人であり、被告は本件駐車場の区分所有者である。
(2) 本件マンションの管理規約によれば、本件マンションの躯体部分は、区分所有者全員の共有に属する共用部分として原告が管理を行うものとされ、専有部分である設備のうち共用部分と構造上一体となった部分の管理を共用部分の管理として一体として行う必要があるときは、原告がこれを行うことができるものとされている。
(3) 原告は、共同部分である本件駐車場躯体部分のコンクリートが劣化してきたことから、平成一四年五月二一日、集会(以下「本件集会」という。)の決議を経た上で、同年一〇月三〇日、本件工事を東方工業株式会社(以下「東方工業」という。)に代金四六七万二五〇〇円(消費税を含む。)で発注して、同年一二月二四日までにこれを完成させ、平成一五年二月七日までに、増加工事代金を含む四九八万七五〇〇円(消費税を含む。)を支払った。
(4) 本件駐車場躯体部分のコンクリート劣化抑制工事の工法としては、鉄筋の露出箇所を亜硝酸リチュウムが配合されたモルタルで整形し、塗料(ソフトリカバリー一回、ハイクリーンシリコン二回)でコンクリートを保護する工法(以下「A工法」という。)と鉄筋の露出箇所を亜硝酸リチュウムが配合されたモルタルで整形し、亜硝酸リチュウムの水溶液を塗る工法(以下「B工法」という。)が提案されたが、原告はA工法を選択した。
二 争点に関する当事者の主張
(1) 事務管理の成立
【原告】
A工法に含まれる本件駐車場壁面の塗装工事は、共用部分である本件駐車場躯体部分と構造上一体をなす被告の専有部分の壁面に塗料を塗布するものであり、原告にはこれを行うべき義務はないが、原告は、壁面塗装工事を含む本件工事を実施することにより、共用部分である躯体部分のコンクリート劣化をB工法を採用した場合よりも〇・四倍から〇・五倍遅らせることができると同時に、被告の専有部分である本件駐車場の照度が上がり、防犯等の管理の適正化と美観の向上が図られることから、壁面塗装工事を実施したものであり、原告が本件工事の一部として壁面塗装工事を実施したことについては事務管理が成立する。
【被告】
被告は、本件集会以前に、第三〇回通常総会議案書と題する書面などを受け取り、本件駐車場躯体部分のコンクリート劣化抑制工事を集会の議題とすること、原告が工事費の二〇パーセントを被告に負担させる考えであることを知らされただけであり、コンクリート劣化抑制工事について二つの工法が存在することや、その作業内容、効果の違い、各工法を選択した場合それぞれにおける被告の利害の存否、大小等は全く知らされていなかった。このような事実関係の下においては、本件工事は、最も本人の利益に適すべき方法によって行われたとはいえないし、また、本人の意思を知りたるとき又は推知し得るときは、その意思に従うべきことを定めた民法六九七条二項の要件も充足せず、事務管理は成立しない。
(2) 有益費用の額
【原告】
以下の事実に照らすならば、原告が被告のために支出した有益費用の額は、原告が支出した本件工事代金から消費税を控除した額である四六七万二五〇〇円の二〇パーセントに相当する九三万四五〇〇円を下回るものではない。
ア 本件工事に含まれる壁面塗装工事を実施することにより、コンクリートの劣化を遅らせることができただけでなく、本件駐車場の照度が上がり、これにより、本件駐車場の防犯管理の適正化が図られ、美観が向上するなどの利益が被告にもたらされる。したがって、本件工事代金のうち壁面塗装工事代金に相当する約二六〇万円、又は少なくともその二分の一は、被告が負担すべき金額というべきである。
イ 原告が本件工事の監理を依頼した株式会社改修設計(以下「改修設計」という。)が本件集会前に提示したA工法及びB工法それぞれについての積算価格(A工法四五〇万九〇四八円、B工法三二〇万八八四八円)を対比すると、その差額は、被告の専有部分である壁面の塗装が加わることによるものであると理解できる。上記差額は、原告が選択したA工法の積算価格の二八・八パーセントを占めていることからすると、本件工事代金から消費税を控除した四六七万二五〇〇円のうち、上記割合を被告に有利に修正した二〇パーセントに相当する九三万四五〇〇円が、被告のために支出した有益費用の額を下回るものではないことが明らかである。
【被告】
原告の主張は争う。
(3) 不当利得の成否
【原告】
仮に事務管理の成立が認められないとしても、上記(1)及び(2)に述べたところからすれば、被告は、法律上の原因なく、原告の損失の下に、九三万四五〇〇円を下回ることのない利得を得ている。
【被告】
不当利得返還請求に基づき被告が返還義務を負うのは、現存する利益に限られる。原告の主張するところによっても、A工法とB工法との差額や、A工法によって実施された本件工事代金のうち壁面塗装工事代金が被告の利得とはいえないことは明らかである。なぜならば、原告の主張によっても、A工法を選択し、壁面を塗装することにより、B工法を採った場合よりも、コンクリートの劣化を〇・四倍から〇・五倍も遅らせることができるというのであるから、壁面塗装の主たる効果は、躯体部分のコンクリートの劣化抑制にあり、本件駐車場が明るくなるというのはあくまでも副次的な効果というべきであるからである。
第三当裁判所の判断
一 事務管理の成否について
(1) ある者が、義務なくして、本人のために事務の管理を始めた場合には、それが、本人のために不利なこと又は本人の意思に反することが初めから明らかな場合を除き、事務管理が成立するものというべきである。以下、この見地から本件について検討をする。
(2) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告の理事会では、本件駐車場躯体部分のコンクリート劣化抑制工事を実施するに当たり、その監理を依頼した改修設計からA工法とB工法の二工法について積算書の提出を受け、A工法は、B工法よりもコンクリートの劣化を〇・四倍から〇・五倍遅らせることができる上、A工法によれば、本件駐車場の照度が上がり、防犯上も美観上も優れていることから、A工法を選択し、本件工事を実施することを決定した。
イ 原告の理事会では、A工法によって本件駐車場の壁面を塗装することは、被告に利益をもたらすものであり、被告に費用負担を求めるのが相当であると判断し、平成一四年五月一二日開催予定の本件集会において、本件工事費用の二〇パーセントを被告に負担させることを提案することとした。
ウ 原告は、被告に対し、上記提案が記載された本件集会の議案書を送付したほか、被告代理人に対し、平成一四年四月二一日付けで書簡を送付し、本件集会で本件工事について協議する予定であること、原告としては、本件工事費の二〇パーセントを被告に負担してもらうことを集会にはかる予定であることなどを知らせた。
エ 被告は、原告から上記提案を含む本件集会議案書の送付を受け、議案書に記載されていた見積額について積算根拠となる資料の送付を求めたため、原告は、その求めに応じて、壁面塗装工事の項目を含む見積項目が記載された見積書の用紙を被告に送付した。
オ 被告は、本件集会には出席しなかったが、被告が推薦する業者が原告による本件工事の事前説明会や見積合わせに参加し、原告との間で工事内容について質疑の機会を得た上で、見積書も提出した。
カ 原告は、被告代理人に対し、本件集会以後平成一四年一〇月三〇日に本件工事が発注されるまでの間に数回にわたり、本件工事費用の負担について協議を求める書面を送付したが、被告が協議に応ずることはなかった。
キ 原告は、被告との間で本件工事費用の負担について合意ができないまま、東方工業に本件工事を発注し、本件工事を実施したが、被告は、原告が本件工事を行うために本件駐車場の契約車両を移動させたいと申し出た際には、原告に契約者の連絡先を通知するなどして、本件工事の実施に協力した。
(3) 上記(2)に認定したところに弁論の全趣旨を総合すれば、本件工事に含まれる本件駐車場壁面の塗装工事は、共用部分である躯体部分のコンクリート劣化を抑制する効果が高いだけでなく、被告が所有する専有部分である本件駐車場の壁面を改修、美化するものであり、その照度を上げることによって、防犯管理にも資するものということができ、原告は、壁面塗装工事が上記のような効果を有することから、A工法による本件工事を実施したものというべきである。したがって、本件工事のうち、壁面塗装工事の実施は、原告が管理する共用部分である躯体部分のコンクリートの劣化を抑制するという原告の事務の一面を有するとともに、被告が所有する本件駐車場の壁面を塗装し、これを改修、美化するという一面をも有し、その限りにおいて、原告は、被告のための事務を行ったものということができる。
そこで、上記事務の管理が、本人のために不利なこと又は本人の意思に反することが初めから明らかであったか否かについて検討を進める。壁面の塗装工事を行うことが被告のために不利なものであるとの事情は、被告においても全く主張しておらず、これを認めるに足りる証拠もない。そして、上記(2)に認定したところによれば、① 被告は、本件集会の前に、原告が本件駐車場壁面の塗装工事を含む本件駐車場躯体部分のコンクリート劣化抑制工事の実施を計画していることを知っており、被告は、本件集会に出席し反対表明することは容易であったにもかかわらず、自らその機会を放棄しているとみざるを得ないこと、② その後も原告から協議の機会を設けることを求められながら、壁面塗装工事を含む本件工事を行うこと自体に反対するような対応はしていないこと、③ かえって、被告が推薦する業者も、原告が実施した事前説明会に参加し、見積書を提出している上、被告自身も、本件工事の実施に当たっては、駐車車両の移動に協力するなどして、これに協力していることが認められるのであって、これらの事実に加え、被告は、その本人尋問において、原告と費用負担について協議をするつもりがあったと供述していることをも考慮すると、壁面塗装工事を行うことが、被告の意思に反することが初めから明らかであったと認めるには足りないものというほかはない。
したがって、本件工事のうち壁面塗装工事は、原告の事務であるとともに、原告が被告のためにその事務を管理する一面をも有するものとして、事務管理が成立するものということができる。
二 有益費用の額
そこで、原告が被告に対して支払を請求することができる有益費用の額について検討する。
原告は、本件工事費用のうち壁面塗装工事に要した費用の全額又は少なくとも半額が被告が負担すべき有益費用の額に当たることを根拠として、原告が被告に対して請求することができる有益費用の額は、本訴請求金額を下回ることはないと主張する。しかしながら、壁面塗装工事は、本件駐車場躯体部分のコンクリートの劣化抑制の効果を有するものであり、これが専ら本件駐車場の壁面の改修、美化を目的として実施されたものではないことは既に説示したところであって、上記壁面塗装工事費用の全額が、原告が被告のために支出した有益費とみることはできないことは明らかである。また、《証拠省略》によれば、原告が、壁面塗装工事を含まないB工法によって本件駐車場躯体部分のコンクリート劣化抑制工事を行った場合には、壁面塗装工事に代わり、コンクリート劣化抑制の効果のみを有する亜硝酸リチュウム水溶液塗布工事が必要となること、原告が本件工事の監理を依頼した改修設計の積算によれば、A工法とB工法との工事費用の差額は約一三〇万円であって、上記金額は、上記積算に係る壁面塗装工事費用の約四一パーセントにとどまることが認められ、これらの事実に照らすと、壁面塗装工事に要した費用の半額が被告の負担する有益費用の額に当たると認めるには足りない。
次に、原告は、A工法とB工法との差額が被告が負担すべき有益費用に当たることを根拠として、原告が被告に対して請求することができる有益費の額は、本訴請求金額を下回ることはないと主張する。しかし、A工法は、B工法よりもコンクリートの劣化を〇・四倍から〇・五倍遅らせることができることは、既に認定したとおりであって、そうであれば、上記差額は、コンクリートの劣化の抑制効果を高める意味をも有するものであって、すべてが上記有益費用に当たると認めることはできず、その五〇パーセントが上記有益費用に当たると認めるのが相当である。そして、改修設計の積算によれば、A工法とB工法との差額は壁面塗装工事費用の約四一パーセントに相当することは上記認定のとおりであることに加え、《証拠省略》によれば、本件工事を実施した東方工業が提出した見積書の壁面塗装工事費用の見積額が塗装面積を実際の塗装面積よりも過大に算定している疑いがあること、原告が東方工事に対して支払った本件工事費のうち見積額から増加した部分が塗装工事にかかわることはうかがわれないことを考慮すると、東方工業が提出した見積書の塗装工事費用の見積金額の約二〇パーセントに相当する五六万円をもって、上記有益費の額と認めるのが相当である。
したがって、原告が被告に対して請求することができる有益費用の額は五六万円と認められる。
なお、原告は、予備的に不当利得返還請求権に基づく請求をしているが、この場合において原告が被告に対して返還を求め得る利得の額は、被告の損失の下に原告が利得した壁面の塗装による利益のうち、現存する利益の額に限られるのであって、その金額が、上記五六万円を超えるものではないことが明らかである。
三 利息請求
原告は、本件工事完成の日の翌日から起算して利息を請求しているが、事務管理に基づく有益費償還請求権については、民法七〇二条が同法六五〇条一項を準用していないことからすると、上記利息請求を認めることはできない。
しかしながら、原告の利息請求は、仮にこれが認められない場合における遅延損害金の支払請求の趣旨をも包含するものと解するのが相当であるところ、《証拠省略》によれば、原告は、被告代理人に対し、平成一五年一月二二日付けの内容証明郵便により、同月三一日までに有益費用を支払うことを催告しているものと認められるから、その翌日である同年二月一日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求することができるものというべきである。
四 結論
以上によれば、本訴請求は、被告に対して五六万円及びこれに対する平成一五年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 綿引万里子)