東京地方裁判所 平成15年(ワ)26720号 判決 2005年7月25日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
徳住堅治
同
雪竹奈緒
被告
株式会社東急エージェンシー
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
堤義成
同
田宮武文
同
依田修一
同
中村しん吾
同
栁澤泰
同
村上智裕
同
永井誠
主文
1 被告は,原告に対し,2456万6050円及びこれに対する平成15年11月29日から完済まで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告に雇用され,一旦は希望退職優遇制度の適用を承認された原告が,被告に対し,諭旨解雇に相当する事由があるとして被告からされた上記制度の適用を解除する旨の意思表示が無効であるとして,通常退職金の不足分(675万1050円)と退職特別加算金(1700万円)の支払を求めるとともに,年次有給休暇残日数の買い上げ分の金員(81万5000円)の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を掲記した事実以外は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。)
(1) 被告は,各種広告の代理業務を業とする会社である。
原告は,昭和58年4月,被告に雇用されて営業に従事し,平成10年10月から平成15年3月まで営業部長として,同年4月から媒体本部メディア営業部メディアディレクターとして勤務していた。
(2) 原告は,平成10年ころから,a美容形成外科(以下「a美容」という。)に対する営業を担当し,平成12年ころから,a美容より,テレビ放送のスポットコマーシャル(以下「スポットCM」という。)を受注するようになっていたが,同年ころ,a美容のB宣伝部長(以下「B」という。)より,bプランニング(以下「b社」という。)が制作する年に2本程度のプロモーション用ビデオ(以下「本件ビデオ」という。)の制作費を被告において負担してもらえないかという話を持ちかけられ,クライアントサービスとしてこれに応じることとした。
このとき,原告は,本件ビデオ制作費については,被告と取引関係にあるc株式会社(以下「c社」という。)を介して,b社に支払うこととし,c社には1割のマージンを支払うこととした。
こうして,被告は,平成12年11月から平成14年11月までの間,5回にわたってc社に対し,本件ビデオ制作費として合計1097万2500円を支払った。
ところが,本件ビデオは実際には制作されておらず,c社を介して被告に対してなされた本件ビデオ制作費の請求は架空なものであった(<証拠・人証略>)。
なお,a美容との広告宣伝に関する取引は,平成12年度の売上高が約3億8000万円(利益約5000万円)であったのに対して,平成14年度には売上高が約9億円(利益約1億2000万円)に増加した。
(3) 被告は,希望退職優遇制度を適用した希望退職募集を行い,原告に対し,通常退職金1364万5000円,退職特別加算金1700万円との試算を示した。
原告は,平成15年8月14日,退職日を同年9月30日として希望退職を申込み,退職届を提出した。
被告は,同年8月29日,原告に対し,希望退職優遇制度の適用を決定し,原告の退職を認めた上で,退職日を同年9月30日とする旨通知した。
なお,同制度の適用に際しては,退職日までの間に,就業規則に定める懲戒解雇,諭旨解雇に相当する懲戒処分に該当する場合には,同制度の適用が解除されても異議を申し立てることができないこととされていた(<証拠略>)。
(4) 被告は,平成15年10月24日付けで,原告に対し,諭旨解雇の懲戒処分をした(以下「本件諭旨解雇」という。)。
被告が作成した懲戒処分通知書には,「貴殿は,平成10年10月から平成15年3月まで営業部長の職にあったが,平成12年10月から平成14年10月にかけて,担当していたa美容形成外科の宣伝部長から当社のテレビスポットマージン増額を条件として持ちかけられた,宣伝部長の指定する広告制作会社bプランニングから請求されるプロモーションビデオ制作の架空請求を,独自の判断でc株式会社を経由させ,担当者にエビデンス等の指示をし,当社に請求させることにより,3年間で1097万2500円の多大な損失を当社に発生させるとともに会社の社会的信用を大きく損なわせた。当社では常々コンプライアンス経営についての徹底を図っており,かような行為は部長職にあったものとして為すべからざる行為であり,会社の基本ルールにも著しく反するものである。これは就業規則第88条14号,16号,20号により懲戒解雇に該当するが,営業行為であったことを勘案し,貴殿を平成15年10月24日付で,「諭旨解雇」の懲戒処分とする。」と記載されていた。
(5) 被告は,本件諭旨解雇に伴って,原告に対し,希望退職優遇制度の適用を解除するとともに,原告の退職金を2分の1に減額する旨通知し,平成15年10月24日に689万3950円を支払った。
(6) 被告の就業規則(以下「就業規則」という。)には,次のとおりの規定がある。
88条 会社は,従業員が次の各号の一に該当する行為をしたときは,懲戒解雇する。ただし,情状によっては諭旨解雇,降職または停職にとどめることがある。
14)故意または不注意によって,会社に多大な損害を与えたとき
16)業務の内外を問わず会社の信用を害し,または対面を汚す行為のあったとき
20)会社の諸規定,令達または指示に違反し,情状悪質なとき
(7) 被告には,クライアントの各種広告・宣伝活動に伴う受注及び企画提案業務を外部の業者に外注する場合について定めた発注取引管理規程(以下「発注取引管理規程」という。)があり,その3条では次のとおり規定されている。
3条 発注取引業務については,以下の各項を厳守しなければならない。
1)制作ならびに制作品業務担当者(以下担当者という)は,常に公正なる立場で適正な発注取引先に適時,適正な価格にて発注しなければならない。
2)担当者は,発注取引に際して業務権限規定に基づく所定の承認手続を経なければならない。
(8) 被告には,被告における各職位の権限・責任事項について定めた業務権限規程(以下「業務権限規程」という。)があり,発注取引先への発注に関し,1件1000万円以上の場合には,部長が立案し,局長が審査し,本部長が決裁することとされ,1件1000万円未満の場合には,部長が立案し,局長が決裁することとされていた。
(9) 被告の退職金支給規程には,次のとおりの規定がある。
6条 2)情状により諭旨解雇となる者については,自己都合の場合の支給乗率によって計算された退職金額の5割の範囲内で支給することができる。
(10) 被告においては,退職日において退職者に年次有給休暇の残日数がある場合には,被告が,残日数1日につき,「平成15年度支給額ベース改訂通知書の基準内賃金(基準級+グレード給)×1/30)(ママ)」により算出した額で退職者の残存年次有給休暇を買い上げることとされていた。
原告の「平成15年度支給額ベース改定通知書の基準内賃金(基準級+グレード給)」は62万7200円であり,原告は,平成15年9月末日の時点で39日の年次有給休暇を有していた。(<証拠略>)
2 被告の主張
(1) 原告には,次のとおりの懲戒解雇事由がある。
<1> 原告は,上長の決裁を得ることなく本件ビデオ制作費を負担することとした上,本件ビデオが実際には制作されておらず,c社を介して被告に対してなされた本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを確定的または未必的に知りながら,被告をしてその支払をさせ,被告に対して1000万円を超える損害を与えた。
また,仮に,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が知らなかったとしても,原告に過失があったというべきである。
このような原告の行為は,就業規則88条14号及び16号に該当する。
<2> 上記<1>のような原告の行為は,発注取引管理規程3条1号に違反しているばかりか,本件ビデオ制作費の負担について業務管理規程に従った上長の決裁を得ていない点で,発注取引管理規程3条2号にも違反している。
したがって,このような原告の行為は,就業規則88条20号に該当する。
(2) なお,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が確定的に知っていたことは,次のとおりの事情から明らかである。
<1> 原告は,本件ビデオ制作費について,原告と取引関係にあるc社に1割のマージンを与えてまで,本件ビデオの発注先がc社であることを仮装した。
しかも,原告は,受注書の決裁を営業局長から受けるに際しては,発注先をc社とし,本件ビデオ制作に関する予定売上や予定利益もあることを受注書に記載して,c社に対する通常の発注行為であって,クライアントサービスではないことを仮装した。
さらに,原告は,本件ビデオに関するc社との対応を自ら行うこととし,制作されたビデオの見本としてBから渡されたビデオ(以下「本件見本ビデオ」という。)を直接c社に渡した上,c社に対しては,直接被告のクリエイティブ局業務統括部に請求書やエビデンス(ビデオの外装部分。以下「本件エビデンス」という。)を提出するよう指示することによって,本件エビデンスが被告の営業部員で,a美容の担当であったE(以下「E」という。)の目に触れないようにしていた。
<2> また,原告がBから受け取った本件見本ビデオは,かつてa美容が自らの宣伝のために制作し,雑誌にも掲載されたものであったところ,これらのビデオを掲載した雑誌広告に関する営業を担当したのが原告であった。
(3) 被告が,本件諭旨解雇の事由として,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が未必的に知っていたことや,原告が過失によって架空請求であることに気付かなかったことを主張することは当然に許される。
すなわち,懲戒処分通知書においては,もともと使用者が懲戒事由とした事実の全てが網羅的に記載されているとは限らず,代表的な事由のみを例示的に記載することが多いのであって,本件のように,懲戒処分通知書に非違行為として摘示された行為と一連ないし密接不可分といえる行為については,懲戒事由から除外する旨が明示されているなどの特段の事情がない限り,これを懲戒事由として主張することも許される。
3 原告の主張
(1) そもそも原告には懲戒解雇事由に該当する事実はない。また,仮に懲戒解雇事由に該当すると見られる事由があったとしても,これをもって諭旨解雇するには社会通念上の相当性もないから,原告に諭旨解雇を相当とするような事由があったとはいえない。
<1> 原告は,平成12年ころ,a美容のスポットCMを受注するようになったが,当初は,a美容のハウスエージェンシーで,Bが取締役を務める株式会社e企画(以下「e企画」という。)との間でマージン折半がされていた。
原告は,同年の5月か6月ころ,Bから,e企画とのマージン折半の解消と発注額の増加を条件として,本件ビデオ制作費の負担(1本200万円程度で,年に2本程度)を持ちかけられたところ,これに応じれば,a美容のスポットCMによる被告の年間利益が3000万円程度から5600万円程度に増加することが見込まれたので,G営業局長(以下「G」という。)の決裁を得た上で,a美容に対するクライアントサービスとしてこれに応じることとした。その際,原告は,c社を通して本件ビデオ制作費の支払を行うことについても,Gの決裁を得た。
また,原告は,Gの後任のH営業局長,I営業局長(以下「I」という。)に対しても,本件ビデオ制作費の負担がマージン折半解消に伴うクライアントサービスであり,c社を通して本件ビデオ制作費の支払を行うことを説明し,その決裁を得た。
このように,被告は,本件ビデオ制作費を被告が負担することによる利益を得ているのであって,被告に多大な損害が生じたとはいえないし,原告は,上長の決裁を得た上で,これらの処理を行ったものである。
<2> しかも,原告は,本件ビデオが実際に制作されていると考えていたのであって,c社を介して被告に対してなされた本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることは知らなかった。
(2) 本件諭旨解雇は,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が確定的に知っていたことを前提としており,未必的に知っていたとか,原告に過失があったことを懲戒解雇事由として追加主張することは許されない。
すなわち,使用者が労働者に対して行う懲戒処分は,労働者の企業秩序違反行為を理由として一種の秩序罰を課(ママ)すものであるから,具体的な懲戒の適否は,その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものであり,懲戒当時使用者が認識していなかった非違行為をもって当該懲戒の有効性を基礎付けることはできないところ,使用者が当時認識していた事実は,懲戒処分通知書の記載を前提に判断されるべきであり,これに記載されていない事由は,特段の事情がない限り,使用者が認識していなかったと判断すべきである。
本件においては,被告が作成した懲戒処分通知書によれば,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が確定的に知っていたことを前提として本件諭旨解雇がされていることは明らかである。
(3) なお,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が未必的に知っていたとか,過失によって架空請求であることに気付かなかったという事情もない。
4 争点
(1) 原告に懲戒解雇事由があるか。
<1> 本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることを原告が確定的または未必的に知っていたと認められるか。
<2> 本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が知らなかったとしても,原告に過失があったと認められるか。
<3> 原告が被告の諸規定等に違反したと認められるか。
(2) 上記(1)のような懲戒解雇事由が原告に対する諭旨解雇を相当とするような事由と認められるか。
(3) 被告が,原告に対する諭旨解雇を相当とする事由として,本件ビデオ制作費の請求が架空請求であることを原告が未必的に知っていたことや,原告が過失によって架空請求であることに気付かなかったことを主張することは許されるか。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 被告は,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることを原告が確定的または未必的に知っていたと主張するので,まずこの点について検討する。
<1> 原告は,前記前提事実(2)のとおり,c社に1割のマージンを支払った上で,本件ビデオ制作費の支払をc社を介して行うこととしているところ,原告は,甲13,本人尋問において,このようにした理由として,b社と被告との間に取引実績がないだろうとBから説明され,b社の取引口座を新たに開設するのは手続的に面倒である上,被告の支払手続は複雑なので慣れていないと大変だと考えたことによるものであると供述している。
しかしながら,乙16,J(以下「J」という。)の証言によれば,発注先の会社等の取引口座を新規に開設するのは手続上も容易であると認められるのであって,原告がc社を介在させることをEや歴代の営業局長に明らかにしていたと認めるに足る証拠もないことを考慮すれば,このような原告の行動に不自然な点があることは否めない。
また,Eは,エビデンスを制作プロダクションに渡す場合には営業担当のEが行うのが通常であるにもかかわらず,本件見本ビデオに関しては,原告自らが被告のロビーにc社の担当者を呼んで直接渡しており,原告がEの目に本件見本ビデオが触れないようにしていたと考えられるという趣旨の証言をしており,この証言を前提とすれば,原告が本件見本ビデオの受け渡しという点においても不自然な行動をしていたと見る余地はある。
なお,Eは,乙14において,制作プロダクションが営業担当に提出する請求書にはエビデンスが付けられているのが被告における一般的な手続であるところ,本件ビデオに関しては,原告が,c社をして,営業担当に請求書を提出する際にはエビデンスを付けないようにしていたと述べ,原告がEに本件エビデンスを見せないようにしていたかのように陳述している(なお,Eの証言,弁論の全趣旨によれば,成果物に関するエビデンスが請求書に添付されるようになったのは平成13年10月以降であると認められるから,Eのこの陳述は,同月以降の状況について述べられたものと思われる。)が,証人尋問の際には,営業担当は,制作プロダクションから提出された請求書に検印等をして制作プロダクションに返戻し,返戻を受けた制作プロダクションが請求書にエビデンス等を付して業務統括部に提出することになると証言しているのであって,結局のところ,乙14のようなEの陳述を採用することはできない。
<2> ところで,被告は,本件において,原告がクライアントサービスではない通常の発注行為であることを仮装したと主張しているので,この点について検討する。
ア この点に関し,被告は,証人及び原告本人の各尋問が終了した後に乙19(Eの陳述書)を提出しているところ,Eは,同号証において,クライアントサービスに関する受注書は「維持計画費」として処理されなければならず,実際にも被告においてはそのように処理されてきたと陳述し,この観点からすれば,本件ビデオ制作に関して作成された受注書(乙12の1ないし5)がいずれも維持計画費で処理されることとされてはいないことをもって,クライアントサービスとして作成されたものではあり得ないと陳述したいものと解される。
しかしながら,Eは,証人尋問の際には,このような証言を一切していない。
しかも,乙12の1ないし5,乙14,Eの証言,弁論の全趣旨によれば,Eは,昭和56年に被告に入社して以来,長期間にわたって被告の営業部員として勤務しており,被告における受注書作成業務にも精通していたと認められるところ,原告から,マージン折半の解消を条件に,クライアントサービスとして本件ビデオ制作費の負担をすることになったとの説明を受けたにもかかわらず,何の疑問も持たずに,原告の指示に従って,これに関する受注書として乙12の2ないし5を作成していることが認められるばかりか,Eの前任者であるKも,本件ビデオ制作費を被告において負担することになったとの説明を受けた上で,これに関する受注書として乙12の1を作成したと認められるにもかかわらず,特にKがこの取扱いに疑問を持ったという形跡もない。
のみならず,乙12の1ないし5の受注書がクライアントサービスとして作成されたものと見ることができるかどうかについて問われたGやIも,乙19のEの陳述に沿うような証言は一切していないし,Jが作成した陳述書(乙16)にもそのような陳述はない。
そうすると,乙19のようなEの陳述を採用することは到底できないといわざるを得ない。
イ また,Gは,乙12の1ないし5の受注書に予定売上,予定利益,予定利率がそれぞれ記入されていることを理由として,これらの受注書がクライアントサービスとして作成されたものと見ることはできないと証言し,Iもこれに沿う証言をしているほか,Jも,乙16において,これに沿う陳述をしているところ,原告は,甲13,本人尋問において,クライアントサービスの場合であっても,受注書の予定売上等の欄には決裁上差し障りのない数字を記入する取扱いになっていたと述べ,Gらの証言と異なる供述をしている。
この点に関しては,乙14,Eの証言によれば,クライアントサービスとして本件ビデオ制作費の負担をすることになったとの説明を受けたEが,原告の指示に基づいて,乙12の2ないし5の受注書に予定売上等を記入して何の疑問も持たなかったというのであるから,被告における受注書作成業務においては,原告が供述するとおりの取扱いがされていたとしか考えられないのであって,前記のようなGらの証言等を採用することはできない。
ウ そうすると,乙12の1ないし5の記載内容を根拠として,原告が,クライアントサービスとして本件ビデオ制作費の負担をするという意図を秘し,歴代の営業局長を欺こうとしていたと認めることはできない。
のみならず,前記のとおり,原告は,KやEに対して,クライアントサービスとして本件ビデオ制作費の負担をすることになったと説明していたのであるから,原告が,歴代の営業局長に対してであれ,被告の社内においてこのような事情を秘密にしようとしていたとは到底思われないのである。
エ そして,仮に,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることを原告が未必的にであれ知っており,原告がこれをEらに発覚しないようにしていたとすれば,本件のように,決して少額とはいえないクライアントサービスを行うことを原告がEらに説明していたというのもいささか不自然であると思われる。
<3> 次に,甲13,Eの証言,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨によれば,原告は,その都度,Bから,封筒に入れられた本件見本ビデオを受領し,これをそのままc社の担当者に渡していたことが認められる。
このような事情に,前述のとおり,成果物に関するエビデンスが請求書に添付されるようになったのは平成13年10月以降であること,Eの証言,乙10の3ないし5によれば,成果物に関するエビデンスが添付されるようになってからも,エビデンスとしてはビデオの外装部分があれば足りると認められることをも考え合わせれば,原告が,Bと意を通じるなどして,当初から本件ビデオが実際には制作されないことを知っていたとは考え難い。
この点に関連して,Eは,原告がBから渡された本件見本ビデオを見ていないことはあり得ず,これを見ていれば新たに作成されたビデオではないことに気付いたはずであると証言し,GやJは,原告が本件見本ビデオを見ていないこと自体が,原告が実際には本件ビデオが制作されていないことを知っていた事実を裏付けるという趣旨の証言をしている。
しかしながら,原告は,甲13,本人尋問において,本件ビデオのような販促ビデオは,それ自体が広く市販されることを予定したものではなく,これらのビデオの広告をすることによって実質的にはa美容の広告をするという目的のために制作されるものであるから,内容はそれほど重要なものとは考えておらず,一般に販促ビデオについては中身を見ないことが多かったと供述しているところ,このような原告の供述が一概に不自然であるとは言い難いし,本件ビデオ制作費の負担が後述するとおりの関係を有するBからの依頼であったことをも考慮すれば,本件見本ビデオを見なかったという原告の供述が不自然であるとも言い難い。
そうすると,原告がBから渡されたビデオを見ていないことはあり得ず,これを見ていれば新たに作成されたビデオではないことに気付いたはずであるとも,このビデオを見ていないこと自体が,原告が実際には本件ビデオが制作されていないことを知っていた事実を裏付けるとも認め難い。
<4> また,(証拠略),Eの証言によれば,本件エビデンスの一つとして,かつてEが制作を担当したビデオの外装部分と同じものが添付されていたことが認められるが,仮に本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることを原告が未必的にであれ知っており,原告がEらに発覚しないようにしていたとすれば,このようなものを成果物に関するエビデンスとして漫然と添付していたというのも不自然である。
<5> のみならず,前記前提事実(1)のとおり,原告は,平成15年4月,営業部長から媒体本部メディア営業部メディアディレクターへ異動しているところ,仮に,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることを原告が未必的にであれ知っており,原告がEらに発覚しないようにしていたというのであれば,この異動に際して何らかの対応をしてしかるべきであると考えられる(なお,原告本人尋問の結果によれば,原告は,異動後も,a美容との取引に関わって欲しいと指示されていたことが認められるが,担当部長でも,Eの上司でもなくなった以上,原告が対処できる範囲が狭まったことは容易に想定できる。)にもかかわらず,原告がそのような対応をした形跡は全くない。
<6> こうしてみると,前記<1>のような事情があるからといって,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることを原告が未必的にであれ知っていたと認めることは困難であるといわざるを得ない。
(2) しかしながら,乙5の1ないし3,乙16,Jの証言によれば,b社という会社が実態(ママ)を有する会社であるかについては疑いがあると認められる上,原告本人尋問の結果によれば,b社という会社は,原告としても初めて名前を聞く会社であったというのであるし,Bの提案自体も,被告が本件ビデオの制作に直接関わるというものではなかったのであるから,原告としては,b社の実態を調査したり,本件ビデオの内容をチェックするなりすべきであったというべきであり,原告にはこれを欠いた過失があったといわざるを得ないし,原告がこのような注意義務を尽くしていれば,本件ビデオが実際には制作されていないことが判明した可能性は高かったと認めることができる。
そして,本件ビデオが制作されてはいなかったにもかかわらず,被告は1000万円を超える支払を余儀なくされたのであるから,原告には,就業規則88条16号に該当する事由があったとはいえないとしても,同条14号に該当する事由があったというべきである。
(3) また,被告は,原告の行為が就業規則88条20号に該当するとも主張するので,この点について検討する。
原告は,甲13,本人尋問において,乙12の1ないし5の受注書を歴代の営業局長に提出して決裁を受けた際に,クライアントサービスとして行うことを説明したと供述しているのに対して,Gは,乙13,証人尋問において,また,Iも,乙15,証人尋問において,原告が供述するような説明はなかったとしており,両者の供述は対立している。
また,甲13,Iの証言,原告本人尋問の結果によれば,被告には,クライアントサービスについての権限規程がないと認められるから,仮に,原告がクライアントサービスであることを歴代の営業局長に説明していなかったとしても,直ちに被告の内規等に違反しているとも言い難いが,かといって,クライアントサービスに関してはもっぱら営業部長の権限に属していたとも認め難い。
なお,Iは,ビデオ制作費を負担することもクライアントサービスとしてはあり得るが,b社がビデオを制作し,その費用だけを被告が負担することは,そもそもクライアントサービスとして許されるものではないと証言しているが,他方で,Gは,本件ビデオが実際に作成されていれば,その費用を被告がクライアントサービスとして負担することもあり得ると証言している上,本件では,a美容から受注した被告がc社に外注に出すという形式が採られているのであって,被告にクライアントサービスに関する取扱いを定めた規程などもなかったことをも考慮すれば,上記のようなIの証言を採用するには疑問がある。
もっとも,原告がc社を介在させることを歴代の営業局長に説明していたと認めるに足る証拠がないことは前述したとおりである。
そこで,上記のような争点についての判断はひとまず措いて,原告がc社を介在させることを歴代の営業局長に説明しなかったことが被告の内規に違反しており,また,原告が被告の内規に違反してクライアントサービスであることを歴代局長に説明しなかったと仮定して,検討を進めることとする。
2 争点2について
(1) 原告が,過失によって,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることに気付かず,被告に1000万円を超える損害を与えたこと,原告が,被告の内規等に違反して,c社を介在させること及びクライアントサービスとして行うことを歴代の営業局長に説明しなかったことが原告に対する諭旨解雇を相当とするような事由と認めることができるかどうかについて検討する。
(2) 確かに,本件ビデオが実際には制作されておらず,本件ビデオ制作費の請求が架空なものであることを原告が知らなかったとはいえ,本件ビデオ制作費の負担によって被告に生じた損害は大きいし,原告がc社を介在させることを歴代の営業局長に説明せず,独断で決定したことにも少なからぬ問題があったといわざるを得ない。
(3) しかしながら,甲13,乙13ないし15,E,Iの各証言,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨によれば,a美容は原告が新規に開拓した顧客であり,原告は,Bと非常に懇意にしていたこと,a美容に対する営業は,当初はKと原告,その後はKの後任のEと原告によって行われていたが,重要な事項に関しては,もっぱら原告がBとの間で決定しており,KやEは,原告が決定した方針に従って現場進行や会計処理の業務を行っていたにすぎないこと,歴代の営業局長は,このような状況を認識した上で,a美容に対する売上も順調に伸びていたことなどの事情から,原告のa美容に対する営業活動に関してはこれを信頼して,原告に任せていたことが認められる。
(4) しかも,被告には,前記前提事実(8)のような業務権限規程があるとはいえ,乙13,14,E,Gの各証言によれば,被告においては,営業部長が現場の営業業務を管理,統括する責任者と認識されており,営業局長による受注書の決裁に関しても,明らかな不正や不備があればともかく,当該取引における被告の利益率を確認,検討するためのものとしてしか機能しておらず,1件1件の詳しい確認は営業部長が行い,営業局長はこのような確認をしないのが通例とされていたと認められるのであって,もともとこのような被告の決裁制度には不十分な点があったといわざるを得ない。
(5) ところで,原告が被告の内規に違反してクライアントサービスであることを歴代の営業局長に説明していなかったとしても,原告が歴代の営業局長に提出した乙12の1ないし5の受注書がクライアントサービスに関する受注書として不備のないものであったことや,被告にクライアントサービスに関する取扱いを定めた規程がなかったことは前記のとおりである。
しかも,G,Iの各証言によれば,営業局長は,毎月,顧客別の売上,利益,利益率についてチェックしていたと認められるところ,乙9のようなジャンルごとの明細を見れば,本件ビデオ制作費の負担がクライアントサービスとして行われていることが容易に判明したと思われるにもかかわらず,被告においては,顧客ごとに各ジャンルをまとめた数字しか営業局長に提出されない取扱いがされていたことが認められる。
のみならず,Gの証言によれば,本件当時,被告においては,受注書に応じて請求書が自動的に作成される仕組みにはなっておらず,顧客に対する請求が実際に行われているかについて確認する仕組みが整備されてはいなかったことが認められる。
このような事情からすれば,クライアントサービスに関する被告の取扱いに不備があったことも明らかである。
(6) また,甲13,乙9,Eの証言,原告本人尋問の結果によれば,原告が新規に開拓した当初のA'(ママ)美容との取引においては,e企画とのマージン折半やスポットCMの本数をサービスするといったクライアントサービスを行っていた関係で被告の利益率も低かったが,Bから,e企画とのマージン折半の解消と発注額の増加を条件として,本件ビデオ制作費を被告において負担して欲しいという話を持ちかけられ,原告がこれを受け入れた以降は,被告の利益率も増え,a美容に対する被告の売上も順調に増加したことが認められる上,a美容との広告宣伝に関する取引に関しては,平成12年度の売上高が約3億8000万円(利益約5000万円)であったのに対して,平成14年度には売上高が約9億円(利益約1億2000万円)に増加したことは前記前提事実(2)のとおりである。
そうすると,原告が担当するa美容との取引によって被告が多大の利益を得ていたことも明らかである。
これに対して,原告が,本件を含めたa美容との間の取引において,個人的な利益を得たことを窺わせる証拠は全くないのであって,原告が本人尋問において供述するとおり,本件ビデオ制作費を被告において負担するという判断も,被告の利益を確保するために行ったものであると認めることができる。
(7) このような事情に,原告が過去に懲戒処分を受けた経歴があるとも認められないことを考え合わせれば,前記(1)のような事由を理由として原告を諭旨解雇とすることは,懲戒処分として重きに失しているといわざるを得ず,客観的合理性を欠き,社会通念上も相当性を欠くというべきである。
したがって,前記(1)のような事由が原告に対する諭旨解雇を相当とするような事由に当たると認めることはできない。
3 そうすると,本件において,原告に対する諭旨解雇を相当とするような事由があったとは認められないから,被告が本件諭旨解雇に伴って原告に対してした希望退職優遇制度の適用の解除も,その効力を有しないというべきである。
したがって,争点(3)について判断するまでもなく,通常退職金の不足分と退職特別加算金の支払を求める原告の請求は理由がある。
4 また,前記前提事実(10)によれば,年次有給休暇残日数の買い上げ分の金員の支払を求める原告の請求も理由がある。
(裁判官 土田昭彦)