大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成15年(ワ)26914号 判決 2004年7月26日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成一五年一二月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  前提事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(1)  事故の発生

次の事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

ア 日時 平成一四年一月二八日午後一一時ころ

イ 場所 山形県酒田市<以下省略>路上

ウ 加害車両 普通乗用自動車(<番号省略>。以下「本件車両」という。)

同運転者 A

同保有者 被告

エ 態様 本件車両が走行中、進路左側から自車進路上に転倒したB(以下「被害者」という。)の頭部を轢過した。

(2)  被害者に対する責任原因

ア Aは、前方不注視の過失があるから、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負う。

イ 被告は、本件車両の保有者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく損害賠償責任を負う。

(3)  保険関係

ア Aは、平成一三年八月八日、原告との間で、保険期間を同日から平成一四年八月八日まで、対人賠償の保険金額を無制限とすることを内容とする家庭用総合自動車保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲四)。同契約に係る普通保険約款(以下「本件約款」という。)には、他車運転危険担保特約がある。

イ 被告は、本件事故当時、本件車両に関する自動車損害賠償責任保険契約(以下「自賠責保険契約」という。)を締結していなかった。

(4)  原告の保険金支払(甲七、九ないし一三)

原告は、Aとの間の本件契約に基づき、被害者の相続人であるC(以下「相続人」という。)との間において、四二〇六万三八七四円を支払う旨の示談を成立させ、平成一五年三月二七日、相続人に対し、これを支払った。

二  争点

(1)  被告が、本件車両に関する自賠責保険契約を締結していなかったことが、被害者に対する不法行為となるか。仮に不法行為であるとして、原告は、被害者の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を代位取得するか。

ア 原告の主位的主張

被告は、自賠法五条の締約強制規定に反して、自賠責保険に加入しないまま、本件車両を運行の用に供していた。自賠責保険の締約されていない自動車によって交通事故が発生した場合、被害者は、自賠責保険による基本補償が得られなくなり、本来、加害者に賠償能力のない場合に保証された自賠法一六条の被害者請求権も取得できない結果となり、被害者は、損害賠償請求権の実効性を失わされて、事故による傷害に加えて基本的補償を得られないという二重の実損害を被ることになる。自賠責保険の締約されていない自動車を走行させる運行供用者は、それ自体によって、当該自動車によって惹起される可能性のある不特定多数の被害者に対して、潜在的に権利(期待権)侵害を行っているに等しい。自賠法五条の締約強制義務は公法上の義務であるとしても、それによって権利を侵害される者があれば、民法七〇九条に基づく不法行為を構成すると理解することに何ら支障はない。そして、本件において、被害者は、被告が自賠責保険に加入しなかったばかりに、被告の自賠責保険による基本補償額(死亡保険金三〇〇〇万円)を受領することが不能となり、同額の損害を被った。

他方、原告は、Aとの自動車保険契約の他車運転危険担保特約によって、相続人との間において示談を成立させ、自賠責保険三〇〇〇万円の立替分と評価できる部分を含む示談金四二〇六万三八七四円を支払った。

したがって、原告は、商法六六二条一項及び本件約款第七章一般条項二三条、民法四二二条により、被害者の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を取得した。

イ 被告の反論

自賠責保険契約を締結されている車両でなければ運行の用に供してはならないが、これは公法上の義務であって私法上の義務ではない。被告が、本件車両について自賠責保険契約を締結すべき義務を被害者に対する関係で負っているわけではない。また、立替払いというのは、そもそも立て替えられる者の支払義務を前提とするものであり、被告が自賠責保険契約を締結していない以上、自賠責保険金の支払要件がないのであるから、立替払いという法律関係は発生しない。

原告は、被保険者たるAの損害賠償義務を保険者として支払ったのであり、被告の被害者に対する損害賠償義務を代行したのではない。したがって、被害者の被告に対する損害賠償請求権を代位取得することはない。保険約款の規定に照らしても、原告が代位取得できるのは、あくまでAが被告に対し、何らかの損害賠償請求権を有している場合に限られる。被告が自賠責保険を締結していなかったからといって、Aは、被告に対し、何らの権利も有しない。

なお、被告は、本件車両をカー雑誌の中古車広告を見て購入することにしたのであり、その広告にはすべての車両に車検期間一年以上ありとの記載があったため、漠然と登録年月日平成一三年二月二八日から一年あると思いこんでいた。購入するときも車検期間については何らの説明もなく、購入先が地元でなく仙台市であったため、車検期間満了の通知も来なかった。車検期間を徒過したことは、本件事故後警察から指摘されて初めて気がついたのである。被告は、任意の自動車保険契約として、日本興亜損害保険株式会社との間で、対人無制限の契約を締結していた。

(2)  原告が被告に対し、求償権を有するか。

ア 原告の予備的主張

Aと被告は、本件車両につき、共同の運行支配及び運行利益を有する立場にある。すなわち、被告とAを含む四名は友人関係にあり、本件事故当日、被告とDが飲酒し、Eも加わり、被告がAを呼び出し、その後四名で飲酒し、被告が飲食街のある中町に行って飲み直そうと提案し、一番飲酒量の少なかったAが本件車両を運転することとなり、他の三名がこれに同乗して中町に向かう途中で本件事故が発生した。以上の事実関係に立てば、被告ら四名は本件車両について共同の運行の利益・運行支配を有すると考えて差し支えなく、いずれも共同運行供用者として被害者に対する損害賠償義務を負担すると考えられる。

そうすると、原則的には被告ら四名はそれぞれ均等の負担割合(四分の一)によって損害賠償義務を負担すべきものと解されるが、被告は、<1>本件車両の所有者であり、Aが飲酒運転をしていることを知りながら自ら車両の提供を申し出、同人に鍵を渡して運転させたこと、<2>運転前にAに焼酎の水割りを作って提供したこと、<3>助手席に乗り、自らも運転者の速度等について注意できる立場にありながら、Aが時速六〇kmで走行していることや、被害者の発見に特段注意した形跡がないこと、<4>本件事故後、一瞬停車を逡巡したAに対し、「逃げろ。」と指示したこと、<5>Aと共謀して、本件車両のタイヤに付着した被害者の髪の毛を採取して焼き、痕跡をはぎ取るなど偽証工作をしたことなどの特段の事情がある。他方、本件事故の発生原因は、酩酊した被害者が本件車両の直前に倒れ込んだことが主因とみられ、Aの過失は軽微で、むしろ不可抗力とさえいわれていることを考え併せると、共同運行供用者のうち、被告の責任負担割合は他の三名に比較して著しく重大であり、少なくとも七五%相当と解される。

そして、原告は、相続人に対し、損害賠償債務を履行したのであるから、商法六六二条一項及び本件約款第七章一般条項二三条に基づき、被害者ないし相続人の被告に対する損害賠償請求権を代位取得した。

イ 被告の反論

Aが運行供用者であるかは疑問であるが、それはさておき、Aと被告が共同運行供用者であるか否かと求償権の有無とは無関係である。共同運行供用者であれ共同不法行為者であれ、求償関係は共同者間の内部事情によって決せられる。

本件において、若干問題となるのは、Aが飲酒しているにもかかわらず、同人に本件車両を運転させていたことが被告の不法行為となるかである。しかし、本件事故当時のAの飲酒量は、薄めに作った酎ハイをコップで半分程度飲んだだけであり、酒酔い運転はもちろん酒気帯び運転にも該当しない。もちろん、本件事故自体、被害者の車両直前への倒れ込みによるものであり、Aが酎ハイをコップ半杯程度飲んだこととは全く無関係である。Aと被告との責任割合は一〇〇対〇であり、Aは被告に対し、何らの求償権も有していない。

また、原告が履行したのは、Aが被害者ないし相続人に対して負う損害賠償債務であって、被告の被害者ないし相続人に対する損害賠償債務ではないから、原告が、被害者ないし相続人に代位して、被告に対する損害賠償請求権を取得するいわれはない。

(3)  被害者の過失割合並びに損害及びその額

ア 原告の主張

被害者の損害及びその額は、<1>葬儀費一〇〇万〇〇〇〇円、<2>逸失利益四〇三九万一二四九円、<3>慰謝料一八七〇万〇〇〇〇円の合計六〇〇九万一二四九円につき、三割の過失相殺をした四二〇六万三八七四円である。

イ 被告の主張

争う。本件事故の態様として、被害者は、本件車両の直前に倒れ込んで来たのであり、被害者にも相当の過失があり、自賠責保険でも三割減五割減の可能性のある事案である。ちなみに、Aは業務上過失致死罪での起訴はされていない。

第三判断

一  争点(1)について

自賠法五条は、同法一〇条に規定する適用除外自動車を除くすべての自動車について、自賠責保険の契約締結を義務づけ、その違反に関して同法八六条の三に罰則を設けているが、これは、自賠法三条に基づく賠償責任を負う者の賠償能力を確保することによって、被害者保護の目的を達成しようとする趣旨に基づくものである。したがって、被害者との関係では、自賠法三条に基づく賠償責任と別個に、自賠法五条に基づく締約強制違反それ自体を不法行為として捉える必要性も実益もない。

仮にこれを観念し得るとしても、原告が取得するのは被保険者(本件約款第六章一般条項二三条)又は保険契約者(商法六六二条一項)の権利であるところ、本件において、被保険者及び保険契約者たる(甲四、甲九の一、弁論の全趣旨)Aが、自らの損害賠償債務を履行したからといって、本件事故に関して被害者の有する権利義務の一切につき代位するわけではない。Aが、被害者の被告に対する権利を取得するいわれはない。

したがって、原告の主位的主張には理由がない。

二  争点(2)について

(1)  Aと被告がいずれも運行供用者であるとすれば、本件事故の態様、本件車両の運行支配、運行利益の程度等を考慮して、それぞれの責任の割合を定めるのが相当であり(最高裁平成三年一〇月二五日第二小法廷判決・民集四五巻七号一一七三頁)、Aがその負担部分を超えて損害を賠償した場合には、その超える部分につき、被告に対し、その負担部分の限度で求償し得ると解される。Aが不法行為者として、被告が運行供用者としてそれぞれ責任を負う場合においても、本件事故の態様、A及び被告の本件事故の発生への具体的な寄与度等を考慮して、それぞれの負担部分を定めるべきである。

(2)  関係各証拠(甲一ないし三、一五ないし二九、乙一ないし六、九)によれば、本件の経過として、次の事実が認められる。

被告は、本件事故当日、仕事を終えてDとパチスロをして遊び、午後八時三〇分過ぎころに、Dとともにカラオケボックスで飲酒し、Eのいるボックスルームに赴いた。被告は、午後一〇時ころ、Aを呼ぼうと思った。Aは、本件事故当日、仕事を終えて自宅でテレビを見たりしていたところ、午後一〇時ころ、被告から酒を飲みに出てこないかという誘いの連絡を受け、途中で替わったEからも誘われたので、カラオケボックスに赴いた。Aは、焼酎のウーロン茶割(これを被告が作ったと断定することはできない。)に何回か口をつけて飲んでいたが、Aが着いて二〇分くらいで、酒田市中町のスナックで飲み直すことになった。

タクシーを利用するか否かが話題になったが、結局、飲酒量の最も少ないAが本件車両を運転することとなった。運転席にA、助手席に被告、運転席の後部座席にE、助手席の後部座席にDが乗った。四人は、車をどこに停めるかとか、中町のどの店で酒を飲むかなどを話しながら中町に向かった。被告は、気分が良くなって女友達に電話をかけようとして携帯電話の電話帳を見ていた。

Aは、最高速度時速四〇kmの道路を時速約六〇kmの速度で進行していたところ、前方約一二・六mの左側の歩道から車道の方に倒れ込む人を認識し、ハンドルを右に転把して回避しようとしたが、間に合わず、本件車両の左前方のタイヤで被害者を轢過した。本件事故現場の状況は、別紙(平成一四年二月一一日付け実況検分調書《乙四》添付の現場見取図)のとおりである。

本件事故後、Aは、本件車両を停止させることなく進行させ、被害者を救護しなかった。被告は、人を轢いたことを認識しながら停止しなかったAに対し、逃走を促したり、本件車両に付着した髪の毛を燃やすなどの証拠隠滅行為にも関与した。

(3)  以上によれば、Aは、速度を超過して本件車両を運転して、本件事故を発生させた不法行為者である。Aを運行供用者と解することもできるが、いずれにしても、本件事故を発生させた第一次的な責任を負うのはAであることに疑いはない。

他方、確かに被告は、本件車両の所有者であり、本件事故当時、本件車両に同乗していた。運転者であるAは、少量とはいえ飲酒し、速度を超過して本件車両を進行させていた。しかし、本件事故当時、Aがアルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったため、被告において運転を制止すべきことが強く要請されていたというわけではないし、被告が、Aの前方不注視を助長する行為を行ったわけでもない。本件事故は、被害者にも相当の過失があると認められる事案である。本件事故後の被告の態度は非難されるべき点が多々あるとはいえ、そうした事情をもって、被告が、本件事故の発生に具体的に寄与したとはいい難い。このような事案において、仮に車両の所有者が賠償責任を果たして運転者に対して求償した場合、必ずしも制限されるわけではないと思われるし、求償が制限されるべきであるにしても、直ちに所有者側に固有の負担部分があることが推認されるわけではない。

そうすると、一般論としては、運転者から車両の所有者に対する求償(いわゆる逆求償)を認めるべき場合はあり得るであろうが、本件において、Aが被告に対して求償し得ると解すべき程度の事情は認められない。

したがって、原告の予備的主張にも理由がない。

第四結論

よって、その余の点を検討するまでもなく、原告の本訴請求には理由がない。

(裁判官 本田晃)

(別紙)交通事故現場見取図

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例