東京地方裁判所 平成15年(ワ)29312号 判決 2005年1月27日
原告 HTCパートナーズ2、L.P.
上記代表者ジェネラル・パートナー 株式会社 エイチ・ティ・シー
上記代表者代表取締役 A
上記訴訟代理人弁護士 重田樹男
被告 Y1
上記訴訟代理人弁護士 行方國雄
同 荻野敦史
同 安藤誠悟
同 鈴木真紀
被告 Y2
他1名
上記両名訴訟代理人弁護士 岸和正
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、二億八〇〇〇万円及びこれに対する被告Y1は平成一六年一月八日から、被告Y2及び被告ネクストネット株式会社は同月一五日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、投資目的で未公開株式を取得することを業とする原告が、被告ネクストネット株式会社(以下「被告会社」という。)の代表者である被告Y2(以下「被告Y2」という。)及び被告Y1(以下「被告Y1」という。)から、監査役について虚偽の説明を受け、そのことを誤信し、被告会社の未公開株式を二億八〇〇〇万円で引き受けたが、その価値が〇円になったとして、被告らに対し、不法行為に基づき、二億八〇〇〇万円の損害賠償を求めた事案である。
一 前提となる事実(いずれも当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、英領ケイマン諸島法に基づき設立された非課税リミテッド・パートナーシップ形式の投資ファンドであり、構成員の加入、脱退、総会の開催、構成員の多数決による決議、代表の方法、主たる事務所等団体としての組織を有する権利能力なき社団であり、日本及びアジア諸国にある未上場企業のうち、インターネット、通信またはそれに関連する事業を営み、かつ、数年内に株式の公開が見込まれる会社について、株式公開によるキャピタルゲインを得ることを目的に株式投資をすることを業としている。
株式会社エイチ・ティ・シーは、上記事業を運用するジェネラル・パートナー(業務執行組合員)である。
イ 被告会社は、情報処理及び情報通信ネットワークに関するシステムのコンサルティング及び研修等を目的として、平成一〇年五月一五日に設立された、いわゆるベンチャー企業と呼ばれる株式会社である。
ウ 被告Y1は、被告会社設立の日から平成一二年六月二九日まで、被告会社の代表取締役であった。
エ 被告Y2は、被告会社設立の日から現在に至るまで、被告会社の代表取締役である。
オ B(以下「B」という。)は、被告会社の設立時の株主(当時二〇株保有)であり、かつ、被告会社設立時から平成一一年三月三一日までの期間(以下「第一期営業年度」という。)、監査役の地位にあった。
カ C(以下「C」という。)は、Bの夫である。
(2) 投資契約
原告は、平成一二年三月一七日ころ、被告会社の新株を、一株あたり四〇〇万円で七〇株引き受け、被告会社に対し、株式払込金として二億八〇〇〇万円を払い込んだ(以下「本件投資」という。)。
(3) 被告会社の業績
被告会社は、平成一五年三月三一日当時、年間の売上高が二六五一万三八八円、未処理損失が四億二五四〇万一四六〇円、資本の欠損が九四〇五万八一八〇円であって債務超過状態に陥っていた。
二 原告の主張
(1) 勧誘行為の違法性
被告Y2及び同Y1は、平成一二年二月から三月にかけて、原告に対し、被告会社に投資するよう勧誘し、その交渉(以下「本件投資交渉」という。)の過程において、原告担当者に対し、被告会社の監査役にはBが就任していること、Bの夫であるCはa株式会社の名誉会長であり、日本銀行政策委員会審議委員を務める財界の要人であること、Cは実質上の監査役であり、Bの監査について十分サポートするなどと説明し、被告会社の平成一二年二月七日付登記簿謄本(以下「本件登記簿」という。)を交付した。同登記簿の「役員に関する事項」欄には、「監査役B」「平成一一年六月二九日重任」と記載されていた。
原告は、上記説明を信じ、財務諸表に基づいて投資額を決め、前記のとおり、被告会社に対し、二億八〇〇〇万円を払い込んで、本件株式七〇株を引き受けた。
ところが、Bは、第一期営業年度(平成一〇年五月一五日から平成一一年三月三一日まで)は監査役に就任し、同年六月二九日に開催された第一回定時株主総会において、第二期営業年度(平成一一年四月一日から平成一二年三月三一日)の監査役に再任する旨決議されたが、その就任を承諾しなかったので、同総会終了時をもって、任期満了により退任した。
このことは、登記簿の登記申請書にBの就任承諾書が添付されておらず、「被選任者から即時就任の承諾を得ている旨報告した」と記載された株主総会議事録が添付されていただけであったことからも明らかである。
そして、被告会社は、同総会において、B以外の監査役を選任しなかったから、本件投資時、被告会社には監査役が存在していなかった。
このように、被告Y2及び同Y1は、監査役に関する虚偽の事実を告げて、原告を欺罔し、本件投資をさせたものであるから、上記勧誘行為は違法である。
(2) 本件投資と因果関係
原告は、投資家から資金を預かり、七年間の運用期間内に公開が見込まれる非上場企業に投資し、株式公開によるキャピタルゲインを得て、投資家に分配することを業としている。したがって、商法上要求される役員が現実に就任し、商法等に基づく決算と監査が実施されている会社のみを投資の対象としている。また、監査役については、商法特例法上の大会社以外の会社においては、財務諸表の正確性・信用性を担保するのは、監査役による監査のみであり、株式会社において、監査役の不在は、商法違反となる。
このように、監査役の存在は、投資先候補企業の財務面及び法務面の適正確認するために極めて重要な事項であるので、原告は、被告会社に監査役が不在であることを知っていたならば、本件投資を行うことはなかった。
(3) 責任
被告Y2及び同Y1は、監査役について虚偽の登記をした上、共同して違法な勧誘行為を行ったのであるから、原告に対し、連帯して民法七〇九条の不法行為責任を負い、また商法二六六条の三第一、二項の責任を負う。また、同被告らは、被告会社の代表取締役であるから、被告会社も民法四四条一項に基づき不法行為責任を負う。
(4) 損害
被告会社の株式の価値は、平成一五年三月三一日当時、△△円である。
したがって、原告の払込金二億八〇〇〇万円は、被告らの不法行為に基づく原告の損害となる。
(5) よって、原告は、被告会社、被告Y2及び同Y1に対し、民法七〇九条、商法二六六条の三第一、二項、民法四四条一項に基づき、連帯して二億八〇〇〇万円及びこれに対する訴状が各被告に送達された日の翌日である被告Y1は平成一六年一月八日から、被告Y2及び被告会社は同月一五日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
三 被告らの主張
(1) 勧誘行為の適法性
ア 原告は、有望な投資先候補企業を探していたので、平成一二年二月ころ、被告Y1に対し、その紹介を依頼した。被告Y1は、これに応じて、被告会社を紹介し、被告Y2を原告担当者と引き合わせたところ、本件投資交渉が始まった。
原告は、当初から本件投資に積極的であり、本件投資交渉開始からわずか数週間後には、出資することを決め、被告会社の株価を一株あたり四〇〇万円と算定した。
イ 被告Y2は、本件投資交渉において、原告担当者に対し、被告会社の監査役は、実質上はa株式会社の前名誉会長であるCであるが、同人は、被告会社の設立直前に日本銀行政策委員会審議委員に就任したため、役員として名前を出すことはできず、名義上はBが就任すると説明した。
Cは、真実、被告会社の実質的監査役を務めていた。すなわち、被告Y2が、平成一一年六月二六日、ファミリーレストランにおいて、Cに対し、被告会社の決算書類を提示して決算内容を報告したところ、同人は、これらを点検し、監査報告書に捺印している。
また、B及びCは、第一回定時株主総会において、Bの監査役再任決議がなされたことに応じて、Bの名目上の監査役就任及びCの実質的監査役就任を承諾した。このことは、Bが被告会社に対して返送した、「議決権行使に関する委任状」(以下「本件委任状」という。)の記載から明らかである。すなわち、同委任状は、被告会社が、各株主に対し、株主総会招集通知とともに送付したもので、各株主が、同総会で決議を予定する議案について議決権の代理行使の賛否を記載して返送することを予定した書面であるところ、Bは、同人の監査役再任決議案(第三号議案)の賛否に関し、「賛」の文字に丸を付して返送しているのである。
したがって、原告が、本件投資をした平成一二年三月一七日の時点で、被告会社の名義上の監査役はBであり、実質上の監査役はCであった。
ウ 上記のとおり、被告らの説明は、全て事実と合致するものであり、何ら虚偽の事実を告げるものではなかったから、被告らの一連の勧誘行為に違法性はない。
(2) 因果関係の欠如
ア 原告は、投資の可否を判断する際の要素として監査役の存在が重要であると主張する。
しかし、一般に、投資ファンドが投資の可否を判断する際、最も重要な事実は、投資先企業の事業の収益及び将来性であるところ、投資先企業監査役のヒアリング等が行われたとしても、その目的は財務内容の分析であり、監査役の個性や、監査内容が重視されるものではない。原告も、本件投資交渉において、BやCに対するヒアリングさえ行っておらず、このことからも、監査役の存在を、投資の可否を決する上での重要な要素としていなかったことが明らかである。
原告は、被告会社の業績が悪化し、保有する被告会社株式の価値が減じたため、投資金を回収する目的で、不法行為の主張をしているにすぎない。
イ なお、被告会社は、現在、本店移転登記は未了であるものの、千代田区飯田橋のオフィスで業務を行っており、決算内容も大幅に改善される見込みであって、平成一五年三月三一日の時点でも、株価が〇円であったとはいえない。
(3) よって、原告の請求には理由がなく、棄却されるべきである。
第三当裁判所の判断
一 本件紛争に至る経緯
(1) 前記前提となる事実に<証拠省略>を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。
(2) 当事者
ア 原告は、二〇〇〇年(平成一二年)二月二一日に設立された投資ファンド(権利能力なき社団)であり、その事業内容は、投資家から資金を預かり、これを、インターネット、通信またはそれに関連する事業を営む日本、アジア諸国の未上場会社のうち運用期間内に公開が見込まれる会社の株式に投資し、運用期間中に当該会社に対し経営支援を行って早期の株式公開の実現を図り、株式公開後、株式市場において取得株式を売却し、これによって得られるキャピタルゲインを投資家に分配するものであり、その運用期間は設立から七年間と定められていた。
原告への出資者は、主に企業であり、出資単位は一億円と定められており、また、原告の投資先企業は約四〇社に及び、被告会社はその中の一つであった。
イ 被告会社は、平成一〇年五月一五日に設立された情報処理及び情報通信ネットワークに関するコンサルティング並びに研修等を目的とする、いわゆるベンチャー企業であり、設立から現在まで、主に被告Y2によって運営されている。
被告会社は、事業発展のため、他からの投資を受け入れて、平成一二年二月当時、原告以外の投資事業会社から株式投資について打診を受けていた。
(3) 被告会社の監査役
ア Cは、a株式会社の常任監査役、代表取締役、名誉会長等を務め、日本銀行政策委員会審議委員になるなど財界の要人であったが、被告会社設立当時、被告会社に対する支援を約束した。その結果、ベンチャー企業の役員に就任することに差し障りのあるCに代わって、Cの妻であるBが被告会社に一〇〇万円(二〇株)を出資したほか、監査役(任期は第一期営業年度である平成一〇年五月一五日から平成一一年三月三一日まで)に就任し、Cがこれをサポートすることを約した。
イ B、C及び被告会社は、いずれも、Bの監査役就任は、名目的ないし形式的なものと理解していたところ、被告会社の第一期営業年度について、Bが実際に監査の業務に従事したことはなく、ただ、監査報告書(乙ロハ二)の監査役欄にBの意思に基づいてBの捺印がされただけであり、このことはCも了解していた。
ウ(ア) 被告会社は、第二期営業年度(平成一一年四月一日から平成一二年三月三一日まで)の監査役の選任等のため、平成一一年六月二九日に第一回定時株主総会を開催した。
(イ) その直前のころ、被告会社は、株主であるBに対し、「第一回定時株主総会招集ご通知」と題する書面(乙ロハ三)、「議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」と題する書面(乙ロハ四)及び議決権代理行使の委任状用紙を郵送した。
「第一回定時株主総会招集ご通知」と題する書面には、第三号議案として「監査役一名選任の件」と記載され、「議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」と題する書面には、第三号議案について、「監査役B氏は、商法第二七三条第二項の規定により、本総会終結の時をもって任期満了となりますので、あらたに監査役一名の選任をお願いするものであります。監査役候補者は次のとおりであります。」と記載された上、次の欄にBの氏名のみが記載されていた。
これに対し、Bは、同月二六日ころ、上記委任状用紙に自ら署名押印して、上記議決事項の議決について代理行使を委任する旨の委任状(本件委任状、乙ロハ六)を作成した上、これを被告会社に返送した。
本件委任状には、議決が予定された議案について代理権行使の指示を記載する欄(以下「本件賛否欄」という。)が設けられていたところ(「賛」ないし「否」の各文字を丸で囲むようになっている。)、被告会社が現在所持している本件委任状の三号議案賛否欄には、「賛」の文字に丸が付されている。
なお、各株主から返送されたそれぞれの委任状(乙ロハ一三ないし一六)は、賛否欄に何ら記載のないものがあったり、記載したものがあったりし、また、文字の丸の囲み方は、各委任状ごとに異なっている。
(ウ) Bが欠席した上記株主総会において、Bが第二期営業年度の監査役に再任され、被告Y2は、平成一一年七月一六日、その旨の登記手続をした。(甲二)
なお、被告会社は、当時、Bに対し、監査役再任の許否を直接確認したことはなく、Bも、被告会社に対し、監査役再任について、許否を含む何らかの意思を表示したこともなかった。
エ 被告会社の監査役については、その後もBについて監査役重任手続がされた旨登記され(甲一九)、これが第五期営業年度(平成一四年四月一日から平成一五年三月三一日)まで続いていたが、第六期営業年度(平成一五年四月一日から平成一六年三月三一日まで)は、Bに代わって小倉啓吾公認会計士が監査役に就任している(甲四)。
Bは、第二期営業年度から第五期営業年度までの間、実際に被告会社の監査に従事していたことはなく、また、Cが上記監査に関与したこともなかった。また、第四期営業年度において、監査役B名義で作成された監査報告書(甲八)は、被告Y2がBの了解なく作成し、無断で、Bの氏名を記載し、その名下に自己所有のB名義の三文判を捺印したものであった。
オ Bは、現在、第二期営業年度の監査役の再任に同意しておらず、したがって、監査役の任期は第一期営業年度で終了していたと述べている。
(4) 原告の被告会社に対する投資
ア 株式会社エイチ・ティ・シーの社員であった太田伸広(国内投資部統括部長。以下「太田」という。)は、設立が予定されていた原告の投資先を探す事務に従事していたところ、平成一二年二月中旬ころ、被告Y1から被告会社を紹介され、被告会社に投資を打診したところ、被告会社もこれを受け入れる用意がある旨回答した。
イ そこで、太田は、被告会社に指示して、商業登記簿謄本、印鑑証明書、原本証明付定款、その他第一期決算書、事業計画書等の財務諸表を提出させた上、代表取締役である被告Y2に直接会ってヒアリングを行い、もって、被告会社の業務内容、財務内容、投資適格等に関する資料を収集した。
原告は、投資委員会を組織し、同委員会において、上記資料に基づき、被告会社の財務内容を分析し、被告会社の業績と将来性に対する判断を行った結果、被告会社は近い将来発展し七年以内に株式公開することが可能であり、被告会社の株式に投資すれば、多額のキャピタルゲインが得られるであろうと判断し、被告会社の株式に投資することを決めた。
そして、原告は、被告会社の新株七〇株(一株の額面金額五万円)を一株当たり四〇〇万円で引き受けることを決定し、平成一二年三月一七日、被告会社の新株七〇株を上記条件で引き受け、その対価である二億八〇〇〇万円を被告会社に払い込んだ。
ウ なお、原告は、被告会社の財務状況について、公認会計士等の専門家による調査、分析等の慎重な検討は行わず、上記資料のみにより約一か月という短い期間で投資を決定したが、被告会社の事業の収益性及び将来性を検討する資料である財務諸表等の内容には、何ら不正、不当な点はなかった。
(5) 被告Y2の監査役についての説明
ア 本件投資交渉の際、被告Y2は、太田に対し、被告会社の監査役にはBが就任していること、Bの夫であるCはa株式会社の名誉会長であり、日本銀行政策委員会審議委員を務める財界の要人であること、Bは名義だけの監査役であり、実際はCがBの監査をサポートしていること等を説明し、Bが平成一一年六月二九日に監査役に重任されていることが記載された被告会社の平成一二年二月七日付け登記簿謄本(本件登記簿謄本、甲二)を交付した。
イ しかし、原告は、Cの関与を特に重視することはせず、また、監査役が誰であるかについても格別関心を示さず、監査の実情について、BやCに問い合わせることもしなかった。
(6) 被告会社の業績不振
ア 原告は、本件投資により、被告会社発行済株式の約一六%の株式を取得し、被告会社の大口株主となった。そして、その後、毎月被告会社から財務諸表を提供させ、毎回被告会社の株主総会に出席し、その業務状況を常時監視するようになった。
イ ところで、平成一二年三月当時、IT関係業界は、平成一〇年ころから続いていたいわゆるITバブルと呼ばれる好景気の中にあり、IT関係のベンチャー企業の将来性が高く評価されていた。しかし、平成一二年四月にITバブルが終焉し、また、同年秋に台湾で発生した地震によって被告会社が製造を委託していた台湾企業の設備が破壊されたこと等により、同年一一月以降、被告会社の業績は下降した。
ちなみに、被告会社の第三期営業年度の売上は一億八九八九万四〇〇〇円であるが、経常利益は―一億九八六二万六〇〇〇円となり、第四期営業年度の売上は三二六〇万七〇〇〇円であるが、経常利益は―八七五四万八〇〇〇円となっていた。
なお、第五期営業年度の売上は約二六五一万円、当期利益約二〇〇万円、第六期営業年度の売上は約七七〇〇万円、当期利益約四三〇〇万円となっていて、業績はやや回復基調にある。
ウ 被告会社は、現在も、被告Y2らによって、運営されているが(従業員はいない。)、平成一五年三月三一日時点で、年間売上げ二六五一万三八八円に対し、未処理損失四億二五四〇万一四六〇円、資本欠損九四〇五万八一八〇円の債務超過状態に陥っている。もとより、株式上場の可能性はない。
原告の評価によれば、被告会社の現在の株式の価値は△△円であって、他に転売することも不可能な状況にある。
エ なお、被告会社は、平成一二年四月から、監査法人トーマツに依頼して、第一期営業年度も含む、毎営業年度の会計や業務の監査を依頼しているが、財務諸表等に不備や問題点があるとの指摘をされたことはない。
(7) 本件紛争の発生
ア 原告は、被告会社の運営状況が悪化したため、平成一四年二月ころ、被告会社について調査をしたところ、平成一二年一二月に株式分割の手続をしたが、株券の再発行手続がされていないこと、平成一三年六月に株主割当増資、同年七月に第三者割当増資をしたが、これについて株主総会の議決がされていないこと、法定期限内に定時株主総会が招集、開催されていないこと等の問題点が発覚した。
そこで、原告は、平成一五年二月五日ころ、監査役の登記がされていたBに対し、内容証明郵便を送付して、これらの点について問い合わせたところ、Bは、同年三月二〇日ころ、監査役への再任を承諾していないので監査役ではない旨回答した。
これにより、原告は、Bが監査役再任の承諾をしていない以上、本件投資当時、被告会社には監査役が不在であったと考えるようになった。
イ なお、原告においては、通常、投資対象会社について、監査役が不在等の法的要件を具備していないことが発覚すれば、それが解消されない状態のまま投資の対象とすることはない。
ウ 原告は、平成一五年ころ、被告Y2らに対し、被告会社の株式を買い取るよう求め、交渉したが、価格等の売買条件が合意に達しなかったので、同年一二月、本件訴訟を提起した。
二 原告は、被告Y2らが、原告に対し、Bが第二期営業年度において監査役に就任していなかったにもかかわらず、Bが監査役に就任した旨の虚偽の事実を登記簿に登載させた上、同様の虚偽の説明をし、原告は、これを誤信したため、本件投資をするに至り、その結果、投資額二億八〇〇〇万円に相当する額の損害を被ったと主張する。
そこで、上記一の事実に基づいて、原告の上記主張の当否を検討することにする。
(1) Bの監査役再任の有無
ア 原告は、被告会社の平成一一年六月二九日開催の第一回定時株主総会においてBを監査役に再任する旨決議されたが、Bがこれを同意しなかったので、Bは監査役に再任していないと主張する。
確かに、Bは、現在、上記監査役の再任に同意していないと述べている。
イ しかし、上記一のとおり、次の事実が認められるのである。
(ア) Cの被告会社に対する支援として、役員就任に差し障りのあるCに代わって、Cの妻であるBが被告会社の第一期営業年度の監査役に就任した。Bの監査役就任は、名目的ないし形式的なものであることが了解されていて、Bが実際に監査の業務に従事することはなく、Cがこれをサポートすることが約されていた。
(イ) 被告会社は、第二期営業年度の監査役の選任のため、平成一一年六月二九日に第一回定時株主総会を開催し、Bを監査役に再任する旨議決したが、事前に、Bに対し、「第一回定時株主総会招集ご通知」、「議決権の代理行使の勧誘に関する参考書類」と題する各書面を送付して、Bの監査役の任期が満了するので新たに監査役一名を選任すること、その候補者がBであることを通知した。
これに対し、Bは、監査役選任の議決について代理行使するとして、被告会社に対し本件委任状を送付し、上記株主総会を欠席した。
(ウ) 被告会社が現在保管している本件委任状には、監査役選任議案に関する本件賛否欄の「賛」の文字に丸が付されている。各株主から返送されたそれぞれの委任状は、賛否欄に何ら記載のないものがあったり、記載したものがあったりし、また、文字の丸の囲み方は、各委任状ごとに異なっていた。
(エ) Bは、上記のとおり、監査役候補者となったことが告知されていたが、被告会社に対し、これを拒絶する旨の意思を表示したことはなかった。
(オ) Bの監査役就任の有無は、つまるところCの意思に基づくものであるが、当時、Cが被告会社に対する支援を終了させようとするような状況の変化は何もうかがわれない。
(カ) Bは、第二期営業年度も、第一期営業年度と同様、実際に監査の業務に従事していない。
ウ 以上によれば、各株主から返送されたそれぞれの委任状が、賛否欄に何ら記載のないものがあったり、記載したものがあったりし、また、文字の丸の囲み方は、各委任状ごとに異なっていたことからすると、それぞれ名義人が記載したものと認められ、本件賛否欄の記載も同様であろうと推認されるのであって、被告会社が、後日、本件賛否欄の「賛」の文字に無断で丸を付したとは考え難い。また、Bの監査役就任の有無は、つまるところCの意思に基づくものであるが、Cが被告会社に対する支援を終了させるような状況の変化もうかがわれず、また、Bは形式的、名目的な監査役であって、実際の監査に従事するものでなかったのであるから、Bが監査役の再任を断る合理的な理由も見いだせず、現に、Bは、自己が監査役候補者となっていることを認識しながら、被告会社に対し監査役再任を拒否する旨の意思表示をしていない。
このような事情に照らすと、B自身が本件賛否欄の「賛」の文字に丸を付したものと推認される。
そうすると、Bは、自己が監査役に再任されることを承諾していたものと認めるのが相当である。
なお、仮に、Bが本件賛否欄の「賛」の文字に丸を付さなかったとしても、「否」の文字を丸で囲んでいない以上、本件委任状は、受託者に監査役選任を白紙委任する趣旨のものになるだけであるところ、Bは、監査役候補になっていたことを認識していたにもかかわらず、監査役再任を拒否する意思を表示していなかったのであるから、やはり、Bが監査役再任を黙示に承諾していたものと推認される。
(2)ア 以上の次第で、被告らが、原告に対し、Bの監査役再任について、虚偽の事実を登記簿に登載したり、虚偽の説明をした事実は、これを認めることができない。
イ なお、被告Y2は、CがBの監査をサポートすると説明し、Cのサポートが実際にあったか否かは明確でない。
しかし、原告は、Bが名義だけの監査役であり、実際はCがBの監査をサポートしているとの説明を受けても、Cの関与を特に重視することはせず、また、監査役が誰であるかについても格別関心を示さず、監査の実情について、BやCに問い合わせることもしなかったのであるから、Cのサポートの点は、投資の可否を判断する要素として重視していなかったものと考えられる。そうすると、仮に、この点に原告の誤解があったとしても、そのことによって、本件投資可否の判断を誤ったということはできず、また、そのことと出資額相当の損害の発生との間に相当因果関係があるということもできない。
ウ 更に付言すれば、原告は、監査役に誰が就任しているか、実質誰が監査業務を行うかについて関心がなく、誰かが監査役に就任してさえいればよいといった考え方であったものと認められるが、監査役が未就任の場合、その選任手続をしてこれを補正することは、困難なことではなく、容易に行い得ることである。また、被告会社の業績悪化は、ITバブルの終焉、台湾で発生した地震等の外部的要因によるものであって、被告会社の不正、不当な経営があったためではなく、もとより、監査役就任の有無とは全く関係のないことである。加えて、本件紛争は、原告が、被告会社の業績が悪化したことで、投資資金の回収のため、被告会社の関係者に対し本件株式の買戻しを要求したが、奏功しなかったため、たまたま、Bが監査役再任を承諾していないと述べていることを知ったので、これを取り上げて、本訴を提起したものと思われる。
そうすると、原告の損失の発生と監査役再任の有無の点との間には、そもそも相当因果関係がないというべきである。むしろ、原告の損失は、原告の投資判断の誤りというべきであって、原告自身が甘受すべきものである。
三 以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
よって、原告の本訴請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宇田川基 裁判官 石原直弥 丹下友華)