東京地方裁判所 平成15年(ワ)29536号 判決 2005年8月29日
原告
太陽自動車労働組合
(以下「原告組合」という。)
上記代表者執行委員長
X1
原告
X1
外27名
(以下、原告組合を除く原告らを「原告ら組合員」という。)
上記29名訴訟代理人弁護士
宮坂浩
同
山内一浩
同
佐々木亮
同
蒲田哲二
同
永野靖
同
富沢伸江
同
町田伸一
被告
太陽自動車株式会社
(以下「被告太陽自動車」という。)
上記代表者代表取締役
Z
被告
北海道交運事業協同組合
(以下「被告北海道交運」という。)
上記代表者代表理事
Y3
被告
Y3
(以下「被告Y3」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士
小代順治
同
向井諭
同
大野慶樹
主文
1 被告太陽自動車は、原告組合に対し、金200万円及びこれに対する平成16年1月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告組合のその余の請求及び原告ら組合員の各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告組合に生じた費用の3分の1と被告太陽自動車に生じた費用の2分の1を合算し、その2を原告組合の、その1を被告太陽自動車の負担とし、また、原告組合及び被告太陽自動車に生じたその余の費用と原告ら組合員、被告北海道交運、被告Y3に生じた費用を原告らの負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告組合に対し、連帯して、金408万円及びこれに対し被告太陽自動車については平成16年1月10日から、被告北海道交運及び被告Y3については同月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、連帯して、原告X1に対し金12万9350円、同X2に対し金9万4144円、同X3に対し金9万0374円、同X4に対し金13万1284円、同X5に対し金15万0019円、同X6に対し金13万0792円、同X7に対し金9万4510円、同X8に対し金14万2067円、同X9に対し金14万5317円、同X10に対し金15万4211円、同X11に対し金8万7824円、同X12に対し金7万4698円、同X13に対し金16万6547円、同X14に対し金15万4023円、同X15に対し金15万5132円、同X16に対し金10万3342円、同X17に対し金3万5112円、同X18に対し金15万6185円、同X19に対し金21万5768円、同X20に対し金14万5455円、同X21に対し金16万7028円、同X22に対し金15万3556円、同X23に対し金9万6383円、同X24に対し金6万8002円、同X25に対し金20万0664円、同X26に対し金7万7944円、同X27に対し金5万2904円、同X28に対し金6万9105円及びこれらに対し被告太陽自動車については平成16年1月10日から、被告北海道交運及び被告Y3については同月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告ら組合員は、タクシー業等を営む被告太陽自動車に雇用されているタクシー運転手であり、原告組合は、原告ら組合員を含む被告太陽自動車の従業員等により組織された労働組合である。また、被告北海道交運は、中小企業等協同組合法に基づき設立された、被告太陽自動車等タクシー業を営む会社を組合員とする協同組合であり、被告Y3は、被告北海道交運の代表理事である。本件は、被告らが被告太陽自動車の平成13年度の賃金体系変更に反対した原告らに対し、同年度夏季一時金を支給しないなどして不誠実団交をしたこと、会社施設の利用、チェックオフ、組合事務所の賃料の会社支払、組合掲示板、在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払等便宜供与の中止ないし廃止をしたこと、被告北海道交運ないしは被告太陽自動車と原告組合との間で合意した翌14年度に原告ら組合員の賃率を平均63%とすることなどを内容とする7項目の合意の実施を意図的に遅らせたことが、原告らに対する不法行為に当たると主張し、また、上記合意の実施の遅延は、被告北海道交運ないし被告太陽自動車の原告らに対する債務不履行にも当たると主張して、被告らに対して、損害賠償請求をした事案である。
1 争いのない事実等(証拠により認定した事実は、当該証拠を文末の括弧内に記載した。)
(1) 当事者等
ア 被告太陽自動車
(ア) 被告太陽自動車は、昭和24年9月16日に設立された一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)等を目的とする株式会社である。被告太陽自動車は、昭和55年7月12日、経営悪化のため株式を被告北海道交運の組合員会社等に売却し、被告北海道交運の組合員となった。被告太陽自動車は、平成15年12月当時、車両台数約300台を保有し、乗務員約800名を雇用していた。
(イ) 被告太陽自動車では、平成13年当時、C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)が代表取締役に就任していた。Cは、平成13年10月30日に死亡し、同人の妻Eが、同年12月から被告太陽自動車の代表取締役に就任した。被告太陽自動車では、平成14年6月30日にEが、同15年7月4日にDが、いずれも代表取締役を退任し、同日、Z(以下「Z社長」という。)が代表取締役に就任した。(甲2、3)
(ウ) 被告太陽自動車では、平成15年7月4日までの間、札幌市在住のDらが代表取締役に就任してきたため、これとは別に取締役を社長として、東京都に常駐させてきた。被告太陽自動車では、平成11年12月21日から同13年4月20日までの間被告Y3が、同月21日から同14年3月31日までの間F(以下「F社長」という。)が、同年4月1日から同年12月16日までの間G(以下「G社長」という。)が、同15年2月1日からZ社長がそれぞれ社長に就任している。(甲5)
イ 被告北海道交運
被告北海道交運は、昭和46年8月30日、中小企業等協同組合法に基づき、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)を営む法人を組合員として、組合員の取り扱う自動車並びに自動車部品、付属品及び燃料の共同購入等を目的として設立された協同組合である。被告北海道交運の組合員は、被告太陽自動車のほか、共同交通株式会社(札幌市所在)、札幌交通株式会社(札幌市所在)、相互交通株式会社(函館市所在)、旭川合同自動車株式会社(旭川市所在)、釧路交通株式会社(釧路市所在)、有限会社日の丸交通(帯広市所在)、東京太陽株式会社(東京都所在)、青森タクシー株式会社(青森市所在)、有限会社上磯合同タクシー(青森県東津軽郡所在)、弘前タクシー株式会社(弘前市所在)、平和交通株式会社(仙台市所在)である。被告北海道交運では、平成13年10月30日までの間、C及びDが代表理事に就任していた。
ウ 被告Y3
被告Y3は、昭和63年6月から平成5年2月までの間、同9年8月21日から同11年2月末日までの間、同年12月21日から同13年4月20日までの間、それぞれ被告太陽自動車の社長の地位にあった。また、被告Y3は、平成3年9月に被告北海道交運常務理事、同13年2月に同専務理事、同年11月12日に同代表理事にそれぞれ就任した。(乙30、被告Y3【1頁】)
エ 原告組合
原告組合は、昭和28年3月18日に被告太陽自動車の社員により結成された労働組合であり、平成13年当時の組合員数は約280名であった。原告組合は、上部団体である全国自動車交通労働組合総連合会東京地方連合会(以下「自交総連東京地連」という。)に加盟している。(甲122、乙29、証人L【1頁】、原告X2【1頁】)
オ 併存組合
被告太陽自動車の労働組合には、原告組合のほか、太陽自動車葛飾労働組合(平成13年当時の組合員数約70名、以下「葛飾労組」という。)、太陽自動車従業員労働組合(平成13年当時の組合員数約45名、以下「従業員労組」という。)が存在する(乙29、証人L【1頁】)。
カ 原告ら組合員は、被告太陽自動車に雇用され、原告組合に加入している。
(2) 被告太陽自動車の賃金体系
ア A型賃金体系、B型賃金体系、AB型賃金体系について
タクシー会社の賃金体系には、大きく分けるとA型、B型、AB型がある。A型賃金体系は、月例給与のほか、賞与を支給し、一般的に退職金制度が設けられている賃金体系である。B型賃金体系は、月例給与に賞与の原資分を含み、これを月例給与として支給し、賞与の支給をしない賃金体系であり、その支給額は営業収入に対する歩合で決まる賃金体系である。AB型賃金体系は、B型賃金体系と同じく営業収入に対する歩合で支給額が決まるが、賃金の一部を月例給与として支給せず、プールして数か月に1回プール金として支給する賃金体系である。(乙29、証人L【1頁】)
イ 被告太陽自動車では、平成12年度までA型賃金体系をとっており、退職金制度が設けられており、足切額、基本給、手当などの賃金支給基準、支給額については、毎年3月から4月にかけて、労使間で団体交渉を行って決めていた。また、夏季及び冬季の賞与については、毎年5月ないし12月に労使間で団体交渉を行い、具体的支給基準を決めていた。(乙29、証人L【1頁】)
(3) 平成13年春闘
ア 被告太陽自動車は、当時社長であった被告Y3が平成13年2月9日に脳梗塞で倒れたため、平成13年春闘の被告太陽自動車側交渉担当者として同社営業部長H(以下「H営業部長」という。)を任命した。H営業部長と原告組合との間では、平成13年3月7日、同月17日、同月23日、同年4月4日開催の団体交渉において、従前のA型賃金体系を廃止し、AB型賃金体系へ移行することについて話合いがされた。(乙29、30、証人L【1頁】、被告Y3【1頁】)
イ H営業部長は、平成13年4月28日、被告太陽自動車を退職した。また、被告太陽自動車では、平成13年4月21日、被告Y3に代わって、F社長が社長に就任した。(乙29、証人L【1頁】)
ウ F社長は、平成13年5月10日開催の原告組合との団体交渉において、以下のとおり、平成13年度賃金協定案(以下「本件賃金協定案」という。)を提案した。すなわち、①A型賃金体系からAB型賃金体系に変更する、②勤務体系は、隔日12勤務とする、③隔日勤務の足切額を51万6000円とする、④賃率(営業収入に対する割合のこと、以下同じ。)については、隔日勤務で足切額を達成した満勤務者56%、プール金・年3回(3月、7月、11月)対象稼働期間の営業収入の5%、トータル賃率61%とする、⑤有給休暇補償については、前3か月の支給額(公出を除く。)の90分の1に取得日数を乗じた額とする、⑥平成13年度夏季賞与は、営業収入の3%に加えて9万7000円を支払う、⑦退職金については3年未満の規定上不支給となる者に対しても支払うなどの提案をした。また、被告太陽自動車は、葛飾労組及び従業員労組に対しても、原告組合と同様の提案をした。
エ 被告太陽自動車と原告組合は、本件賃金協定案について、同年5月10日、同月16日、同月30日、同年7月18日、同年8月10日にそれぞれ団体交渉を行ったが、合意に至らなかった。他方、被告太陽自動車は、平成13年6月6日に葛飾労組との間で、また、同月11日に従業員労組との間で、それぞれ本件賃金協定案の内容で賃金協定をした。
(4) 平成13年度夏季一時金の支給
被告太陽自動車は、平成13年6月15日、従業員に対し、平成13年度夏季一時金を支給したが、原告組合に所属する組合員及び同組合に交渉権を委任した乗務員については支給しなかった。
(5) 不当労働行為救済申立て
原告組合は、平成13年8月31日、東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)に対し、被告太陽自動車を被申立人とし、夏季一時金の支給、会社施設貸与を求める不当労働行為救済申立てをした(以下「本件救済申立て」という。)。
(6) 便宜供与の廃止
被告太陽自動車は、平成13年9月4日、原告組合に対し、①チェックオフ、②組合掲示板、③組合事務所の賃料の会社払い、④会議室及び会社施設の利用、⑤在籍専従の廃止を通告すると記載した書面を交付した(甲6、以下、これら5つの便宜供与を併せて「本件便宜供与」といい、当該通告を「本件通告」という。)。
(7) 7項目改善点
被告Y3は、平成13年12月21日、原告組合の執行委員長であったJ(以下「J委員長」という。)に対し、以下の内容の書面に記名押印して交付した(甲21、以下「本件書面」又は「7項目改善点」という。)。
「北海道交運本部交渉
2001年12月18日 於・理事長室
12月18日午前10時、東京地連・K副委員長とJで交運本部を訪れ、Y3理事長と01春闘問題について話合いを行った。F社長も本部に呼ばれたが同席はせず三人での交渉となった。交渉は昼食を挟んで午後2時まで行われ、下記の考え方が示された。
冒頭、01春闘問題がデッドロックになっている現状をどう考えているのかとの問いかけに交運4,500人の従業員の内4,000人が既に同意している、この人たちとの信頼関係を変えることは出来ないが、乱暴な提案だったと承知している。2002年を見据えたとき、この賃金政策は雇用政策とリンクしない。02ではこの点の改善を考えている。
但し、今年はこれで集約することが前提であり、会社は一人一車も視野に入れている。主たる改善点は下記のとおり
① 有給問題は足切り額をスライドし、有給手当は過去3ヶ月平均で支払う。隔日勤務は90分の2とする。
② 足切り額の見直しをする。(516,000円より下げる)曜日変動も考慮する。
③ 最低賃率48%の見直し、50%以上とする。
④ 賃率を平均63%とする。
⑤ 便宜供与は今後双方前向きに協議する。
⑥ 実施時期は4月度賃金を原則的に考えているが、現場で合意すれば早めても良い。
⑦ 会社が行った設備投資(クレジットカード機器)については現状を維持する。<手数料は乗務員負担としない>
※組合がこの点を了解すれば夏期一時金は年内支給する。」
(8) 本件書面作成後の事情
ア 被告太陽自動車と原告組合は、平成13年12月22日、賃金体系をAB型賃金体系とする本件賃金協定案どおりの賃金協定を締結した。被告太陽自動車は、上記賃金協定に基づき、賃金の精算をするとともに、原告組合の組合員らに対し、平成13年度夏季一時金を支払った。
イ 原告組合は、平成13年12月27日、本件救済申立てを取り下げた。
ウ 被告太陽自動車は、平成14年度賃金協定において、有給休暇取得時に足切額をスライド減額し、足切対象者の賃率を48%から50%に引き上げることとし、さらに、同15年度賃金協定において、月間足切額を51万6000円から48万円に引き下げたが、有給休暇補償を除く賃率については61%から変更していない。
2 争点
(1) 本件書面(7項目改善点)は法的拘束力を有する確定的合意が成立した書面といえるか。ことに、本件書面中、「賃率平均63%」に有給休暇補償分は含まれていないのか、また、賃率平均63%の実施時期は平成14年4月からか。
(2) 被告北海道交運及び被告太陽自動車の原告らに対する債務不履行の成否
被告北海道交運及び被告太陽自動車は、原告らに対し、本件書面(7項目改善点)に基づき、平成14年4月以降有給休暇補償を除く賃率を63%にする義務を負っていたか否か。
(3) 被告らの原告らに対する不法行為の成否
ア 被告らは、原告らに対し、違法に不誠実団交、便宜供与の中止ないし廃止、7項目改善点実施の意図的遅延を行ったか。また、このことが原告組合に対する不法行為を構成するか。
イ 被告らは、違法に7項目改善点実施の意図的遅延を行ったか。また、このことが原告ら組合員らに対する不法行為を構成するか。
(4) 原告らの被告らに対する債務不履行又は不法行為が認められる場合の損害額は幾らか。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 本件書面の効力、7項目改善点の合意の成否(争点1)
【原告ら】
ア 原告組合は、平成13年12月21日、被告北海道交運との間で、翌年4月から、被告太陽自動車において、7項目改善点を実施することを合意した。
イ (予備的主張)
被告太陽自動車は、前記アに先立ち、被告北海道交運に対し、7項目改善点を合意をすることを委任した。
ウ 【被告ら】の主張イは争う。被告Y3は、豊富な労務管理経験の持ち主であり、J委員長が原告組合を説得するために必要な書面であるとの言葉を易々と信用し、本件書面に記名押印するなどということはあり得ず、本件書面の記載内容(7項目改善点)が被告北海道交運と原告組合間に法的拘束力を持つと認識していた。7項目改善点についての合意は、原告組合と被告北海道交運、被告太陽自動車との間において私法上の契約としての効力を有している。
【被告ら】
ア 【原告ら】の主張ア、イは否認する。
イ 本件書面は、被告Y3が、J委員長から平成13年春闘を終結するため、原告組合を説得するための書面を求められたのに対し、被告太陽自動車が、今後労使間で交渉する議題を確認するとの認識で記名押印した書面にすぎない。したがって、被告太陽自動車、被告北海道交運は、本件書面に基づき、原告らに対し、平成14年4月以降、賃率平均63%にする義務など負っていない。
(2) 被告北海道交運及び被告太陽自動車の原告らに対する債務不履行の成否(争点2)
【原告ら】
ア 被告北海道交運の債務不履行責任
(ア) 原告組合に対する債務不履行責任
a 前記(1)【原告ら】主張ア記載のとおり、被告北海道交運は、原告組合に対し、7項目改善点についての合意をした直接の当事者として、原告ら組合員の賃率を平成14年4月以降平均63%にすべき義務があるのに、これを履行しない。
b 被告北海道交運は、被告太陽自動車の社長任命権、人事権、業務の実質的決定権を掌握していること、被告太陽自動車を含め被告北海道交運傘下の各会社に対する労務政策を一元的に決定・管理していること、両者の資本、資金関係等からすれば、両者は実質的に一体のものといえる。そうだとすると、被告北海道交運は、原告組合に対し、実質的に一体の関係にある被告太陽自動車をして7項目改善点についての合意に基づき、賃率を63%にするよう指導する義務を負っているのに、これを履行しない。
c 原告組合は、被告北海道交運の上記a、bの各債務不履行により、組合員からの信頼の喪失、組合員の減少、職場における権威・団体行動力・規制力の減退、弱体化を余儀なくされるなどの無形損害を被った。
(イ) 原告ら組合員に対する債務不履行責任
a 被告北海道交運は、原告ら組合員に対し、7項目改善点についての合意をした直接の当事者として、原告ら組合員の賃率を平成14年4月以降平均63%にするなど労働条件を改善する義務を負っているところ、これを履行しない。
b 被告北海道交運は、原告ら組合員に対し、前記(ア)bのとおり実質的に一体の関係にある被告太陽自動車をして、原告ら組合員の賃率を平成14年4月以降平均63%にするなど労働条件を改善するよう指導する義務を負っているのに、これを履行しない。
c 原告ら組合員は、被告北海道交運の上記a、bの各債務不履行により、賃率63%と同61%の差額相当額の損害を被った。
イ 被告太陽自動車の債務不履行責任
(ア) 原告組合に対する債務不履行責任
a 被告太陽自動車は、7項目改善点についての合意の直接の当事者ではないが、前記ア(ア)bのとおり、被告北海道交運と実質的に一体である。したがって、被告太陽自動車は、原告組合に対し、直接の当事者である被告北海道交運とともに7項目改善点についての合意に基づき、原告ら組合員の賃率を平成14年4月以降平均63%にすべき義務を負っているのに、これを履行しない。
b 仮に被告太陽自動車が被告北海道交運と実質的に一体であると認められないとしても、被告太陽自動車は、平成13年春闘問題の解決を被告北海道交運に委任した。7項目改善点についての合意の効果は、委任者である被告太陽自動車に帰属するので、同社は、原告組合に対し、同合意に基づき賃率を63%にすべき債務を負っているところ、これを履行しない。
c 原告組合は、被告太陽自動車の前記a、bの各債務不履行により、組合員からの信頼の喪失、組合員の減少、職場における権威・団体行動力・規制力の減退、弱体化を余儀なくされるなどの無形損害を被った。
(イ) 原告ら組合員に対する債務不履行責任
a 被告太陽自動車は、前記ア(ア)bのとおり、被告北海道交運と実質的に一体であり、原告ら組合員に対し、7項目改善点についての合意に基づき、賃率を63%にする義務を負っているところ、これを履行しない。
b 仮に被告太陽自動車が被告北海道交運と実質的に一体であると認められないとしても、前記(ア)bのとおり、被告太陽自動車は、平成13年春闘問題の解決を被告北海道交運に委任したのだから、7項目改善点についての合意の効果は、委任者である被告太陽自動車に帰属する。したがって、被告太陽自動車は、原告ら組合員に対し、7項目改善点についての合意に基づき、原告ら組合員の賃率を平成14年4月以降平均63%にする義務を負っているのに、これを履行しない。
c 原告ら組合員は、被告太陽自動車の前記a、bの各債務不履行により、平成14年4月以降、賃率63%と同61%の差額相当額の損害を被った。
【被告ら】
ア 被告北海道交運の債務不履行責任
(ア) 原告組合に対する債務不履行責任
a 前記(1)【被告ら】主張イのとおり、本件書面は、J委員長が原告組合を説得するための資料にすぎなかった。また、本件書面の記載内容は、抽象的なものであり、これにより原告組合と被告北海道交運との間の債権債務の内容が確定し得るものではない。
b 被告北海道交運と被告太陽自動車は、実質的に一体ではない。両者の関係は、中小企業等協同組合法における組合本部とその加盟会社の関係にすぎず、法人格濫用の事実も、法人格形骸化の事実もない。被告北海道交運は、事業体としての被告太陽自動車の経営について協議することはあっても、同社の労働条件や人事について指示したことはない。
c したがって、被告北海道交運は、原告組合に対し、債務不履行責任を負わない。
(イ) 原告ら組合員に対する債務不履行責任
a 前記(ア)aのとおり、被告北海道交運は、原告ら組合員に対し、7項目改善点についての合意に基づき、具体的債務を負わない。
b 前記(ア)bのとおり、被告北海道交運と被告太陽自動車は、実質的に一体ではない。
c したがって、被告北海道交運は、原告ら組合員に対し、債務不履行責任を負わない。
イ 被告太陽自動車の債務不履行責任
(ア) 原告組合に対する債務不履行責任
被告太陽自動車は、7項目改善点についての合意の当事者ではなく、また、被告北海道交運とは実質的に一体ではない。したがって、被告太陽自動車は、賃金体系について、被告北海道交運と原告組合との間の合意に拘束されず、原告組合に対し、債務不履行責任を負わない。
(イ) 原告ら組合員に対する債務不履行責任
前記(ア)と同様に、被告太陽自動車は、賃金体系について、被告北海道交運と原告組合との間の合意に拘束されない。したがって、被告太陽自動車は、原告ら組合員に対し、債務不履行責任を負わない。
(3) 被告らの原告らに対する不法行為責任の成否(争点3)
【原告ら】
ア 被告太陽自動車の不法行為責任
(ア) 原告組合に対する不法行為責任
a 7項目改善点実施の意図的遅延
(a) 原告組合は、被告北海道交運の代表理事であった被告Y3が、平成14年4月に7項目改善点を完全実施すると約したので、被告太陽自動車との間で、同社提案の本件賃金協定案どおりの賃金協定を締結し、本件救済申立てを取り下げるなどして一連の労働争議を終結させた。ところが、被告太陽自動車は、7項目改善点のうち賃率を平均63%とするとの改善を意図的に遅延した。この結果、原告組合は、組合員からの信頼を失い、組合員数が減少する等の損害を被った。被告太陽自動車は、原告組合の弱体化を企図して、7項目改善点に基づく賃率改定を意図的に遅延しており、当該行為は違法であり、原告組合に対し、不法行為責任を負う。
(b) 7項目改善点のうち「賃率平均63%」の中には、有給休暇補償分は含まれていない。このことは、以下のことからも明らかである。すなわち、7項目改善点は、平成14年4月以降の賃金の改善点の合意であるのに、同13年の協定と同じ賃率を記載することはあり得ないこと、被告Y3は、本件書面作成の際、「賃率平均63%」の中に有給休暇補償を含むと指摘していないこと、本件書面のうち、「最低賃率48%の見直し、50%以上とする」部分の「賃率」には、有給休暇補償が含まれないのは明らかであるところ、何の断りもなく同一文書中の「賃率」の意味が異なることなどあり得ないこと、通常、タクシー会社において「賃率」という言葉を使用する場合、この中に有給休暇補償が含まれることはないことなどから明らかである。
b 不誠実団交等
原告組合と被告太陽自動車は、平成13年春闘において、5回にわたる交渉を経て、同年4月中旬ころ、AB型賃金体系への変更の条件について、賃率を62.5%とすること、月間の足切額を1営業日につき4万3000円とすること、有休取得出番数に応じて足切額をスライド減額することなどについて概ね合意した。ところが、被告太陽自動車は、前記概ね合意が成立した直後ころ、会社側の交渉担当者であったH営業部長を、突如解雇した。H営業部長に代わって交渉を引き継いだF社長は、平成13年5月10日開催の団体交渉において、概ね合意に達していた新賃金体系についての協議内容を反古にし、賃率を61%とすること、有休取得出番数に応じて足切額をスライド減額しないことなど、大幅な賃下げと有給休暇取得がほぼ不可能となるような提案を行った。さらに、被告太陽自動車は、原告組合に対し、賃下げ提案の合理的理由を明らかにしないまま、本件賃金協定案に応じなければ原告ら組合員に対し夏季一時金を支給しないと通告し、原告組合の解決策の打診に対しても、一切の譲歩を拒否した。このような被告太陽自動車の交渉態度は、最初から合意を形成する意思のない交渉態度であり、誠実義務に違反するとともに、原告組合員の行動を抑制するなど原告組合の弱体化を企図した違法なものである。実際、被告太陽自動車の原告組合員に対する平成13年度夏季一時金不支給により約50名が原告組合を脱退した。当該被告太陽自動車の行為は違法であり、原告組合に対し、不法行為責任を負う。なお、被告太陽自動車では、一時金支払請求権は、労働契約として成立しており、新賃金体系について合意しなかった原告組合員も、被告太陽自動車に対し、一時金支払請求権を有していた。
c 本件便宜供与の中止ないし廃止
(a) 会議室等会社施設の使用禁止
原告組合は、被告太陽自動車内にある会議室を明番集会、中央委員会、執行委員会等の会議に使用してきた。ところが、被告太陽自動車は、平成13年6月5日、原告組合が明番集会を開催するため会社施設の使用を申し入れたところ、これを拒否し、それ以降、原告組合からの会議室等会社施設の使用申入れをすべて拒否した。原告組合は、被告太陽自動車から会議室等会社施設の使用を禁止されたことにより、集会等を社外で行わざるを得なくなり、出席率が低下するなどの不利益を受けた。被告太陽自動車が、原告組合に対し、会議室等会社施設の使用を禁止したのは、新賃金協定を締結せず、不当労働行為救済申立てをした原告組合に対する報復目的であり、不法行為責任を負う。
(b) チェックオフの廃止
被告太陽自動車は、昭和47年ころから約30年間にわたり、原告組合に対し、チェックオフを行っていた。ところが、被告太陽自動車は、本件通告により、原告組合に対するチェックオフを廃止した。原告組合は、被告太陽自動車のチェックオフの廃止により、個々の組合員から組合費等を集金せざるを得なくなり、納入率の低下、組合員の脱退、事務煩瑣等の事態が生じ、組合活動に重大な支障が生じた。被告太陽自動車が、原告組合に対するチェックオフの廃止を通告したのは、原告組合が本件救済申立てをした直後の平成13年9月4日であり、当該チェックオフ廃止が不当労働行為意思に基づくことは明らかである。なお、原告組合は、平成6年に2時間の時限ストライキを実施したが、被告太陽自動車は、これに対しチェックオフを廃止するなどの措置はとっておらず、チェックオフ等の便宜供与が原告組合において争議行為等を行わないことや事前通告なしに監督官庁への申入れを行わないことを前提としていたということはない。さらに、原告組合は、被告太陽自動車から、平成11年にチェックオフの廃止を申し込まれたこともなく、また、これまで原告組合に対するチェックオフが労働基準法違反であると主張されたこともない。
(c) 組合掲示板の撤去
原告組合の組合掲示板は、昭和55年以降、被告太陽自動車の点呼場入口付近に設置されており、組合事務所が職場内にない原告組合において、組合員に対する情報伝達手段として重要な役割を果たしていた。被告太陽自動車は、このような事情を知悉しながら、一方的に、原告組合の組合掲示板だけを撤去した。被告太陽自動車による原告組合の組合掲示板撤去は、原告組合に対する差別的取扱いであり、違法である。
(d) 組合事務所の賃料肩代わりの廃止
被告太陽自動車は、新社屋建設後、25年以上にわたり、原告組合の事務所賃料を負担していたが、これを一方的に廃止した。原告組合は、これにより1か月4万5000円の賃料支払を余儀なくされ、組合財政に支障が生じた。被告太陽自動車の原告組合事務所の賃料負担廃止を正当化する理由はなく、不当労働行為意思に基づくものというほかない。なお、被告太陽自動車の原告組合に対する平成11年3月23日付け通知は、同組合が組合事務所として使用していたアパートの契約更新ができないため、新たな賃貸物件を探してほしいとの要望であり、同事務所の賃料負担廃止の通知ではない。
(e) 在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払の廃止
被告太陽自動車は、原告組合との間の昭和55年10月4日付け組合専従者協定書により、在籍専従者を認め、20年以上にわたり、在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の支払をしてきた。原告組合は、被告太陽自動車が在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の支払を一方的に廃止したことにより、財政的な負担を負わされることになった。これも、被告太陽自動車の不当労働行為意思に基づくものである。
(イ) 原告ら組合員に対する不法行為責任
被告太陽自動車は、原告ら組合員に対し、7項目改善点についての合意に基づき、平成14年春闘において、有給休暇補償分を除き賃率63%を実施すべき義務を負っていた。ところが、被告太陽自動車は、前記義務を怠り、原告ら組合員に対し、平成14年4月以降得べかりし賃率平均63%に基づく賃金請求権を失わせた。したがって、被告太陽自動車は、原告ら組合員に対し、同人らが失った得べかりし賃金を賠償すべき不法行為責任を負っている。
イ 被告北海道交運の不法行為責任
(ア) 原告組合に対する不法行為責任
a 被告北海道交運の指示に基づく不当労働行為
被告太陽自動車の前記ア(ア)aないしcの各不法行為は、原告組合の弱体化を企図した被告北海道交運の意思に基づき、その指導、決定に基づいて行われたものである。したがって、被告北海道交運は、被告太陽自動車の前記ア(ア)aないしcの各不法行為について、原告組合に対し、被告太陽自動車と共同して不法行為責任を負う。
b 被告北海道交運と被告太陽自動車の実質的一体性
前記(2)【原告ら】主張ア(ア)bのとおり、被告北海道交運と被告太陽自動車は、実質的に一体である。したがって、被告北海道交運は、被告太陽自動車の前記ア(ア)aないしcの各不法行為について、原告組合に対し、同社と共同して不法行為責任を負う。
(イ) 原告ら組合員に対する不法行為責任
被告北海道交運は、7項目改善点についての合意締結の当事者であり、原告ら組合員に対し、被告太陽自動車をして有給休暇補償分を除く賃率63%を実施させるべき義務を負っていた。ところが、被告北海道交運は、前記義務の履行を怠ったものであり、原告ら組合員に対し、被告太陽自動車と共同して不法行為責任を負う。
ウ 被告Y3の不法行為責任
(ア) 原告組合に対する不法行為責任
被告Y3は、原告組合を弱体化させることを企図して、7項目改善点を実現するかのように見せかけて、原告組合との間の労働争議を終結させた。被告Y3は、被告北海道交運の代表理事として、また、7項目改善点についての合意締結に主導的な役割を果たした者として、原告組合に対し、被告太陽自動車をして7項目改善点を実現させるように指導監督すべき義務を負っていたのに、これを懈怠した。これにより、被告太陽自動車は、原告組合との間で不誠実団交を繰り返し、本件便宜供与を中止ないし廃止し、7項目改善点の実現を意図的に遅延している。したがって、被告Y3は、原告組合に対し、被告北海道交運、被告太陽自動車と共同して不法行為責任を負う。
(イ) 原告ら組合員に対する不法行為責任
被告Y3は、被告北海道交運の代表理事として、また、本件書面作成者として、原告ら組合員に対し、被告太陽自動車をして7項目改善点を実現させるように指導監督すべき義務を負っていた。ところが、被告Y3は、前記義務を懈怠しており、原告ら組合員に対し、被告北海道交運、被告太陽自動車と共同して不法行為責任を負う。
【被告ら】
ア 被告太陽自動車の不法行為責任
(ア) 原告組合に対する不法行為責任
a 7項目改善点の意図的遅延
(a) 被告太陽自動車と原告組合は、平成13年9月21日、同月28日、同年10月5日、同月6日、同月12日、同月13日、被告Y3及び自交総連東京地連副委員長であったK(以下「K東京地連副委員長」という。)も交えて団体交渉を行ったが、新賃金協定について合意することができなかった。J委員長及びK東京地連副委員長は、平成13年12月18日、札幌にある被告北海道交運本部事務所を訪れ、同年11月に同協同組合の代表理事に就任した被告Y3と話合いを行った。J委員長は、平成13年12月21日、再び被告北海道交運本部事務所を訪れ、同人が作成した書面(甲20、以下「甲20号証書面」という。)を被告Y3に提示し、押印を求めた。しかし、被告Y3は、甲20号証書面は、平成13年12月18日に行った話合いの内容と異なっていたため、押印を拒否した。そこで、J委員長と被告Y3は、有給休暇は足切額を従前どおりスライド減額すること、有給休暇補償は過去3か月平均で支払い、隔日勤務は90分の2とすること、足切額の見直しをし、曜日変動も考慮すること、最低賃率48%を見直し50%以上とすることについては、今後の交渉で解決する議題とし、原告組合は争議を終結させるとの合意をした。この際、本件便宜供与の復活は、当面不可能であるとして合意に至らず、今後双方前向きに協議することとなった。また、有給休暇補償を含む賃率平均63%は、被告太陽自動車の提案のままであり問題とならないことが確認された。したがって、被告太陽自動車が、7項目改善点を意図的に遅延したことはない。
(b) 7項目改善点のうち「賃率平均63%」の中には、有給休暇補償分が含まれている。原告組合は、被告太陽自動車が更に賃率を下げることをおそれて、本件書面に「賃率を平均63%とする」と記載したにすぎない。このことは、原告組合の機関誌の記載からも明らかである。被告太陽自動車による本件賃金協定案は、有給休暇補償について、従来の足切減額による補償ではなく、有給休暇を取得した際に一定の手当を支払うというものであり、同協定案がAB型賃金体系であることからしても、「賃率」に有給休暇補償等の手当を含んだ賃率であることは当然の前提であった。タクシー会社の賃金の支給方法は、乗務員の営業収入によって歩合で支給するというのが実態であり、歩合の支給率の計算の中には、一般的に、実際に支払う月例給与、プール金、諸手当のほか有給休暇補償なども含まれている。
(c) 以上のとおり、被告太陽自動車は、原告組合に対し、7項目改善点について、不法行為責任を負わない。
b 不誠実団交等
(a) 平成13年春闘の経緯等
被告太陽自動車は、最初から合意を形成する意思のない交渉態度をとっておらず、何ら団体交渉における誠実義務に違反していない。すなわち、被告太陽自動車は、規制緩和等によるタクシー業界の競争を生き抜くため、乗務員の賃金体系を成果主義的賃金体系に変更し、東京都内の平均的賃率に近づけるべく、平成12年秋ころ、原告組合、葛飾労組及び従業員労組に対し、賃金体系をA型からAB型に変更したいとの提案を行った。被告太陽自動車は、その後、原告組合との間で、平成13年3月7日、同月17日、同月23日に団体交渉を行い、さらに、同年4月4日、具体的な賃金体系を提案し、同年5月10日、同月16日、同月30日、同年7月18日、同年8月10日にも団体交渉を行った。また、被告太陽自動車は、原告組合に対し、乗務員の営業収入の増加を図るため、クレジットカード決済装置を同社の費用で搭載するなどの提案も行った。被告太陽自動車の新賃金体系は、葛飾労組及び従業員労組との間では合意が成立しており、非組合員を含めれば被告太陽自動車の乗務員の約6割の者が本件賃金協定案に同意しており、同協定案は合理性を有する内容であった。
(b) 平成13年度夏季一時金の不支給
被告太陽自動車では、賞与について、従前は、組合との間で具体的支給基準について合意して支払っていたが、新賃金体系では月例給与の一部をプールして4か月に1度プール金を支払うことにした。被告太陽自動車は、A型賃金体系からAB型賃金体系への変更に当たり、平成13年度夏季賞与に限り、新賃金体系に基づくプール金のほか、平成13年度の営業収入の3%及び9万7000円の加給金を支払うことにしたのであって、新賃金体系に同意していない原告組合員に対し支給することができないのは当然のことであった。
c 本件便宜供与中止ないし廃止
(a) 会議室等会社施設の使用禁止
原告組合は、平成13年5月10日開催の団体交渉において、被告太陽自動車からチェックオフの廃止通告を受け、その対策として、同年6月9日、同社の許可なく、会社施設内において、組合員に対し、労働金庫への給与等の振込口座開設の勧誘を行った。これに対し、被告太陽自動車は、原告組合に対し、会社施設内で組合活動を行うことを禁止する通告をしたにすぎず、会社施設を不貸与としたものではない。また、被告太陽自動車は、葛飾労組及び従業員労組に対しても、書面で会議室等会社施設の組合活動での使用を禁止すると通告した。さらに、被告太陽自動車は、原告組合に対し、平成13年12月28日以降、従前どおり会議室等会社施設の使用を許可している。以上のとおり、被告太陽自動車の原告組合に対する会議室等会社施設の使用禁止は、同組合が本件救済申立てを行ったことに対する報復措置ではなく、不法行為には当たらない。
(b) チェックオフの廃止
被告太陽自動車は、原告組合が一時期を除いて過半数組合でなく、また、同組合との間で書面による協定がないまま、同組合員についてチェックオフを行ってきたものであるが、このような手続は労働基準法24条1項の例外要件を欠くため廃止したにすぎない。また、被告太陽自動車は、同社に存在する3つの労働組合のうち原告組合と葛飾労組についてだけチェックオフを行っていること、既に平成11年にチェックオフの廃止を申し入れており、原告組合が争議行為や事前通告なしに監督官庁に申入れを行わないことなど便宜供与の前提条件に違反したことなどから、同13年5月16日、同月30日、同年7月18日、同年8月10日開催の団体交渉において、チェックオフの廃止を申し入れたものである。さらに、被告太陽自動車は、平成13年5月25日、葛飾労組に対しても、チェックオフの廃止を申し入れ、同年9月から廃止している。以上のとおり、被告太陽自動車の原告組合に対するチェックオフの廃止は、原告組合の本件救済申立てに対する報復として行ったものではなく、不法行為には当たらない。
(c) 組合掲示板の撤去
被告太陽自動車は、平成13年5月30日開催の団体交渉等において、原告組合に対し、組合掲示板の撤去を申し入れたがこれを拒否された。そこで、被告太陽自動車は、原告組合に対し、本件通告により改めて組合掲示板の撤去を申し入れ、同年9月8日、これを撤去した。しかし、原告組合は、再度掲示板を設置し、結局、撤去に至っていない。被告太陽自動車は、葛飾労組及び従業員労組に対しても、組合掲示板の撤去を申し入れており、原告組合掲示板の撤去は原告組合の弱体化を意図したものではなく、不法行為には当たらない。
(d) 組合事務所の賃料肩代わりの廃止
被告太陽自動車は、原告組合及び葛飾労組に対し、営業所の一部を組合事務所として貸与していたところ、新社屋建設に伴い、同事務所の明渡しを求める代わりに、当面、同組合らが組合事務所として借りるアパートの賃料を負担することになった。被告太陽自動車と原告組合及び葛飾労組との間では、組合事務所に関する協定書は締結していなかった。被告太陽自動車は、平成11年3月23日、原告組合及び葛飾労組に対し、一定期間が経過したとして、組合事務所の賃料負担の拒絶を通知し、その後交渉を申し入れたが、拒絶された。被告太陽自動車は、原告組合に対し、本件通告により改めて組合事務所の賃料負担廃止を通知したが、葛飾労組に対しても同様の通知をしており、原告組合の弱体化を意図したものではなく、不法行為には当たらない。
(e) 在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払の廃止
被告太陽自動車は、原告組合との関係を正常化するため、在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払を廃止したのであって、原告組合の弱体化を意図したものではなく、不法行為には当たらない。
(イ) 原告ら組合員に対する不法行為責任
前記(ア)と同様に、被告太陽自動車は、7項目改善点に基づき、平成14年度賃金協定において、原告ら組合員に対し、有給休暇補償を除く賃率63%を実施すべき義務を負っていたとはいえない。したがって、原告ら組合員の被告太陽自動車に対する不法行為の主張は、主張の前提を欠き、理由がない。
イ 被告北海道交運の不法行為責任
(ア) 原告組合に対する不法行為責任
a 被告北海道交運の指示に基づく不当労働行為
被告北海道交運は、被告太陽自動車に対し、不誠実団交、平成13年度夏季一時金不支給、本件便宜供与廃止、7項目改善点の不実施を指示したことはない。
b また、被告北海道交運は、被告太陽自動車と実質的に一体ではないので、被告太陽自動車の不法行為の責任を負担するいわれはない。
c 以上のとおり、仮に被告太陽自動車が原告組合に対し不法行為責任を負うとしても、被告北海道交運は、原告組合に対し、不法行為責任を負うことはない。
(イ) 原告ら組合員に対する不法行為責任
仮に被告太陽自動車が原告ら組合員に対し不法行為責任を負うとしても、前記(ア)a、bと同様に、被告北海道交運は、被告太陽自動車をして賃率63%を実施させるべき義務を負っておらず、原告ら組合員に対し、不法行為責任を負わない。
ウ 被告Y3の不法行為責任
(ア) 原告組合に対する不法行為責任
被告Y3は、被告太陽自動車に対し、不誠実団交、平成13年度夏季一時金不支給、本件便宜供与廃止、7項目改善点の不実施を指示したことはない。また、被告Y3は、本件書面における「賃率平均63%」は、有給休暇補償分2%を含むものであり、本件賃金協定案の内容どおり既に実施されているとの認識であった。したがって、仮に被告太陽自動車ないし被告北海道交運が原告組合に対し不法行為責任を負うとしても、被告Y3が、原告組合に対し、不法行為責任を負うことはない。
(イ) 原告ら組合員に対する不法行為責任
仮に被告太陽自動車ないし被告北海道交運が原告ら組合員に対し不法行為責任を負うとしても、被告Y3は、被告太陽自動車をして賃率63%を実施させるように指導監督すべき義務を負っていない。したがって、原告ら組合員の被告Y3に対する不法行為の主張は、主張の前提を欠き、理由がない。
(4) 原告らが被った損害は幾らか(争点4)
【原告ら】
ア 原告組合は、被告らによる不誠実団交、平成13年度夏季一時金不支給、本件便宜供与廃止、7項目改善点(特に賃率63%)実施の意図的遅延等の不法行為ないし債務不履行によって、組合員数の減少、組合費の徴収率の低下、組合活動への支障等多大な無形損害を被ったところ、その損害額は、300万円を下ることはない。
イ 原告組合は、被告太陽自動車が原告組合事務所の賃料肩代わりを廃止したことにより、平成13年10月から同15年9月までの間、賃料相当額108万円(賃料1か月4万5000円×24か月)の損害を被った。
ウ 原告ら組合員は、被告らが7項目改善点に基づく賃率平均63%を実施しなかったことにより、平成14年4月から同15年9月までの間、別紙損害額一覧表記載のとおりの損害を被った。
【被告ら】
被告太陽自動車において、平成14年4月以降、原告ら組合員の有給休暇補償を除く賃率を63%と仮定した場合の賃金と実際に支給された賃金との差額が、別紙損害額一覧表記載のとおりであることは認めるが、その余の原告ら主張の損害額は争う。
第3 争点に対する判断
1 争点1(本件書面の効力、7項目改善点についての合意の成否)
(1) 本件の最大の争点は、原告組合と被告北海道交運ないしは被告太陽自動車との間で、7項目改善点が合意として成立しているか、換言すると、7項目改善点が被告北海道交運、被告太陽自動車を法的に拘束する効力を有しているのか否かという点である。この点に関し、原告らは、7項目改善点、とりわけ「賃率平均63%」は、被告太陽自動車において平成14年4月以降原告ら組合員の賃率を平均で63%(有給休暇補償分を含まない。)に上げるというものであり、この点について合意が成立したからこそ、原告らは平成13年度の労働争議を終わらせたのであると主張する。これに対し、被告らは、7項目改善点について、原告らの主張するような合意は成立しておらず、本件書面は、被告太陽自動車が今後労使間で交渉する議題を確認するとの認識で作成した文書であり、7項目改善点は、今後、原告組合と被告太陽自動車間での交渉議題にすぎないと反論する。そこで、まず、この点について判断することにする。
(2) 認定事実
前記争いのない事実等、証拠(文中又は文末に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(証拠等を掲記しないものは当事者間に争いのない事実である。)。
ア 平成13年度夏季一時金不支給に至る経緯
(ア) 被告太陽自動車は、平成12年当時、A型の賃金体系をとっていた。すなわち、足切額44万円(1乗務4万円)を超えた者に対しては、足切額を超えた部分の45%を歩合給として支払うというものであった。この賃金体系による従業員の平均賃率は、被告太陽自動車の試算によれば、有給休暇補償分を含めれば約67%であった。当該賃率は、当時の東京都内の同業他社の平均賃率62%(有給休暇補償分を含む。)に比較し、高かった。そこで、被告太陽自動車の社長であった被告Y3は、今後タクシー業界は規制緩和により競争が激化することに危機感を持ち、競争に勝ち抜くためには、賃金体系をこれまでのA型から営業収入に比例したいわゆる成果型賃金体系であるB型ないしはAB型に変更するとともに、賃率を引き下げる必要があると考えた。
そこで、被告Y3は、平成12年度秋期の労使協議会において、原告組合等に、賃金体系をA型からB型に変更し、賃率(有給休暇補償分を含む。)を約67%から約63%に変更したいと述べた。このため、平成13年春闘においては、賃金体系の変更と賃率の引き下げが最大の交渉課題となった。(乙7、29、30、証人L【1頁】、被告Y3【1、3ないし6頁】)
(イ) 被告太陽自動車は、社長であった被告Y3が平成13年2月9日に脳梗塞で倒れたため、同年春闘の会社側の交渉担当者としてH営業部長を任命した。H営業部長と原告組合は、次のとおり、4回にわたり団体交渉をしたが、交渉は成立するまでには至らなかった。(前記争いのない事実等(3)ア、乙29、30、証人L【1、6頁】、被告Y3【1、6頁】)
a 第1回団体交渉
H営業部長は、平成13年3月7日開催の第1回団体交渉において、原告組合に対し、口頭で賃金体系をA型からAB型に変更することを提案した(乙7、29、証人L【1頁】)。
b 第2回団体交渉
H営業部長は、平成13年3月17日開催の第2回団体交渉において、原告組合に対し、①東京太陽株式会社の賃金体系をモデルとして、AB型賃金体系に移行すること、②有給休暇補償・交通費込みで賃率63%を支給すること、③ただし、隔日勤務で1日4万5000円を足切額とし、未達成者には48%を支給すること、④1か月12勤務とすること、⑤退職金は満額支払う旨の確認書を発行することなどを提案した。なお、原告組合は、第2回団体交渉で、国際自動車株式会社(いわゆるKMタクシー)の賃金体系の資料を被告太陽自動車に示し、KMタクシーでは交通費・有休手当込みで平均賃率は58%であると説明した。(乙8、26、29、証人L【1、6、7頁】)
c 第3回団体交渉
H営業部長は、平成13年3月23日開催の第3回団体交渉において、原告組合に対し、AB型賃金体系で有給・交通費込みで賃率63%を了解することを条件に、退職金の満額補償、一時金の支給、加給金4万8000円の支払をすること、足切額については検討の余地があることなどを提案した。これに対し、原告組合は、有給休暇取得時の足切額のスライド減額、実質上の有給休暇手当の獲得、11勤務プラス1公出の確保等を強く要求した。(乙9、27、29、証人L【1頁】)
d 第4回団体交渉
H営業部長は、平成13年4月4日開催の第4回団体交渉において、原告組合に対し、①足切額は、51万6000円(4万3000円×12勤務)とすること、②有給休暇補償は、健康保険法に定める標準報酬日額によること、③賃率は平均63%(月例給与56%+プール金5%+有給休暇補償2%)とすること、④足切未達成者の支給率は48%とすること、⑤プール金の支給月は3月、7月、11月の年3回とすること、⑥退職金は満額補償するよう努力することなどを提案した。これに対し、原告組合は、賃率平均63%が有給休暇取得を入れての賃率であれば、有給発生日数の上限を24日にすることなどを要求したが、H営業部長は、20日から変更するつもりはない旨答えた。そこで、原告組合は、平成13年4月10日、中央委員会を開催し、全面的に闘争態勢に突入することを決議し、これを原告組合員に伝えた。(乙5、10、28、29、証人L【1頁】、ただし、乙5については前記認定に反する部分を除く。)
ところで、原告らは、H営業部長と原告組合との団体交渉等で平成13年4月中旬ころには、賃率を62.5%(有給休暇補償分を除く。)とすること等でほぼ合意ができており、残る交渉事項は月間勤務日数を12勤務とするか(被告太陽自動車側)、従来どおり11勤務プラス1公休出勤とするか(原告組合側)だけであったと主張するが、これを証するに足りる客観的証拠は存在せず、前記のとおり原告組合において全面的に闘争態勢に突入することを決議したこと等に照らすと、この点の原告らの主張を採用することはできない。
(ウ) H営業部長は、平成13年4月28日、被告太陽自動車を退職した。また、被告太陽自動車では、平成13年4月21日、被告Y3に代わって、F社長が社長に就任し、F社長が会社側の交渉担当者となった。F社長は、平成13年5月10日、同月16日、同月30日、同年7月18日、同年8月10日の5回にわたって原告組合と団体交渉したが、交渉は妥結しなかった。その概要は次のとおりである。(前記争いのない事実等(3)イ、乙29、30、証人L【1、8頁】、被告Y3【1頁】)
a 第5回団体交渉
F社長は、平成13年5月10日開催の第5回団体交渉において、原告組合に対し、本件賃金協定案を説明したが、同協定案の内容は、概略、以下のとおりであった。
① 平成13年度賃金協定は、A型賃金体系からAB型賃金体系に変更する。
② 勤務体系は、隔日12勤務とする。
③ 隔日勤務の場合の足切額を51万6000円とする。
④ 賃率については、足切達成の隔日勤務、満勤者で56%とする。
⑤ プール金は、年3回(3月、7月、11月)に支給し、対象稼働期間の営業収入の5%とする。
⑥ 足切達成の隔日勤務、満勤者のトータル賃率61%とする。
⑦ 有給休暇補償については、前3か月の支給額(公出を除く。)の90分の1に取得日数を乗じた額とする。
⑧ 出来高給 プール金は支給しない。
51万6000円に到達しない者 48%(隔日勤務者)
50万以上51万6000円部分積算給2%を加算支給する。
⑨ 平成13年度夏季賞与
年間稼働額の3%(足切達成部分対象)
有給休暇補償・条件付きで、加給金あり。
支給日 平成13年6月15日
⑩ 退職金制度は、平成13年5月18日で凍結する。
退職金は満額とし、確認書を発行し、退職時に支払う。
⑪ 平成13年5月19日から実施する。
これに対し、原告組合は、従前、有給休暇取得時の足切額のスライド減額が提案されていたと主張し、H営業部長の回答より更に賃下げされた本件賃金協定案に応ずることはできないと返答した。(甲81、100、乙11、29、証人L【1頁】)
なお、F社長は、併存組合である葛飾労組及び従業員労組に対しても、前記原告組合に示したと同様の提案(本件賃金協定案)をした(前記争いのない事実等(3)イ、甲98)。
b 第6回団体交渉
F社長は、平成13年5月16日開催の第6回団体交渉において、原告組合に対し、社会情勢、地域的適正分配率等に理解を求めるなど、改めて本件賃金協定案の趣旨説明をした。これに対し、原告組合は、本件賃金協定案には応ずることはできない旨述べ、改めて有給休暇取得時の足切額のスライド減額に言及した。(甲82、101、乙12、29、証人L【1頁】)
c 第7回団体交渉
F社長は、平成13年5月30日開催の第7回団体交渉において、原告組合に対し、改めて地域的適正分配率等から本件賃金協定案の趣旨説明を行い、増収の方策として今後クレジットカード決済機の導入を考えているなどと述べた。これに対し、原告組合は、本件賃金協定案は承認できないとした上で、F社長に対し、「社長は変えられないと言っているが、それでは団交当事者としての資格が無い。私達は札幌本部と交渉してくる。飾りの社長だけの事だ、団交の意味がない。」などと述べた。また、F社長は、第7回団体交渉において、原告組合に対し、チェックオフの廃止、組合掲示板の会社施設内からの撤去を申し入れた。(乙13、29、証人L【1頁】)
d 第8回団体交渉
被告太陽自動車は、第7回団体交渉後、原告組合からの団体交渉開催の申入れを拒否していた。J委員長ら原告組合の有志41名は、平成13年7月16日及び翌17日、札幌市のC理事長宅、被告北海道交運本部事務所に赴き、団体交渉要請、抗議行動を行った。これに対し、C理事長は、J委員長らに対し、東京で交渉をするように回答した。こうして、被告太陽自動車と原告組合との団体交渉が再開されることになった。
F社長は、平成13年7月18日開催の第8回団体交渉において、原告組合に対し、改めて本件賃金協定案の趣旨説明をした上、増収の方策として、高速洗車機の代替、クレジットカード決済機の導入などを提案した。これに対し、原告組合は、本件賃金協定案が地域の相場からかけ離れていること、一時金の支給等について言及した。また、F社長は、同団体交渉において、改めて、原告組合に対し、チェックオフ等便宜供与廃止の申入れをした。(甲78、乙14、29、証人L【1頁】)
e 第9回団体交渉
F社長は、平成13年8月10日開催の第9回団体交渉において、原告組合に対し、同業他社の賃率等を引き合いに出したり、クレジットカード決済機の導入による増収について説明するなどして、本件賃金協定案を受け入れるよう理解を求めた。これに対し、原告組合は、収支の資料で黒字であるのに賃下げには納得できないとして、本件賃金協定案を受け入れることはできないとの態度を堅持した。また、F社長は、同団体交渉において、チェックオフ等便宜供与の廃止については、後日改めて文書をもって申し入れる旨述べた。(甲84、乙15、29、証人L【1頁】、ただし、甲84については前記認定に反する部分を除く。)
(エ) 併存組合との交渉妥結、不当労働行為救済申立て等
a 前記のとおり、被告太陽自動車は、原告組合との間では、平成13年度賃金協定を締結することができなかったが、併存組合との間では、賃金協定を結ぶことに成功した。すなわち、被告太陽自動車は、平成13年6月6日に葛飾労組との間で、また、同月11日に従業員労組との間で、それぞれ本件賃金協定案と同一内容で賃金協定をした。その結果、被告太陽自動車の乗務員約800名のうち約6割が、前記のとおりの賃金協定を会社と締結した。これを受け、被告太陽自動車は、平成13年6月15日、前記のとおり賃金協定をした併存組合の組合員らに対し、前記協定案に従って同年度夏季一時金を支給したが、協定の成立していない原告組合に所属する組合員及び同組合に交渉権を委任した従業員に対してはこれを支給しなかった。(前記争いのない事実等(3)ウ、甲99、乙29、証人L【1頁】)
b そこで、原告組合は、平成13年8月31日、都労委に対し、本件救済申立てをした。他方、被告太陽自動車は、平成13年9月4日、原告組合に対し、チェックオフ等本件便宜供与を廃止するとの本件通告をした。(前記争いのない事実等(5)(6)、甲6)
イ いわゆる対角線交渉等について
(ア) 原告組合は、都労委に対する本件救済申立てとは別に、会社側との間で交渉による解決の方法も模索した。原告組合は、F社長との交渉で解決を図ることは困難と考えた。そこで、J委員長、K東京地連副委員長らは、平成13年9月18日、札幌の被告北海道交運本部事務所を訪れ、同代表理事であり、被告太陽自動車の代表取締役でもあったC理事長に面会を求め、話合いを申し入れた。C理事長は、労使交渉は、被告太陽自動車の社長であるF社長の権限であり、東京で行うしかないと回答した。J委員長らは、F社長との交渉で局面を打開することは困難と考え、被告太陽自動車の交渉担当者として、過去3回同社の社長を務め、当時被告北海道交運の専務理事をしていた被告Y3をあててほしいと要望した。C理事長はJ委員長らの要望を受け入れ、原告組合との交渉担当者として、被告Y3を指名した。こうして、原告組合と被告太陽自動車は、双方の担当者だけではなく、原告組合側はK東京地連副委員長らを、また、被告太陽自動車側は被告Y3を交えた形のいわゆる対角線交渉をすることになった。対角線交渉における被告太陽自動車の交渉担当責任者は被告Y3であった。(甲123、乙30、証人K【3ないし5頁】、被告Y3【8、9頁】、弁論の全趣旨)
(イ) 第1回対角線交渉
被告太陽自動車と原告組合は、平成13年9月21日、第1回対角線交渉を行った。被告Y3は、同交渉において、賃金体系移行の趣旨説明を行い、今後の交渉の方針等を話し合った。(甲79、乙16、29、30、証人L【1頁】、被告Y3【1、8、9頁】、ただし、甲79については前記認定に反する部分を除く。)
(ウ) 第2回対角線交渉
被告太陽自動車と原告組合は、平成13年9月28日、第2回対角線交渉を行った。被告Y3は、同交渉において、本件賃金協定案について、原告ら組合員以外の他の従業員は同協定案に同意しており、これと異なる賃金を原告組合に所属する組合員にだけ認めることはできないと述べた。これに対し、原告組合は、H営業部長が提示した条件とF社長が提示した条件が違う旨主張し、また、被告太陽自動車に対し、賃金について調整の用意があるか、本件賃金協定案と同一内容の協定を締結した場合、同年度の冬季賞与はどういう扱いになるのか、チェックオフをどうするのかなどについて言及した。(乙17、29、30、証人L【1、12、13頁】、被告Y3【1、9、10頁】)
(エ) 第3回対角線交渉
被告太陽自動車と原告組合は、平成13年10月5日、第3回対角線交渉を行った。被告Y3は、同交渉において、原告組合に対し、有給休暇取得時の足切額のスライド減額を導入する考えがないことを明らかにしたが、原告組合はこれについて被告太陽自動車の再考を促した。また、被告Y3は、同交渉において、原告組合に対し、既に他の併存組合とは本件賃金協定案と同一内容で合意が成立しており、原告組合についてだけ違った賃金を認めることは二重賃金になるため認められないこと、原告組合の提案については、今後の交渉で解決するほかないことなどの見解を示した。(乙18、29、30、証人L【1頁】、被告Y3【1、9、10頁】)
(オ) 第4回対角線交渉
被告太陽自動車と原告組合は、平成13年10月6日、第4回対角線交渉を行った。被告Y3は、同交渉において、原告組合に対し、平均賃率63%の内訳は、有給休暇の取り方により、63%以下もあれば超える場合もあること、平均として63%(56%+5%+非稼働分)を目安にセットした賃金であると説明したが、原告組合は同意しなかった。被告Y3は、再度、原告組合の提案については、今後の交渉で解決するほかないとの見解を示した。(乙19、29、30、証人L【1頁】、被告Y3【1、9、10頁】)
(カ) 第5回対角線交渉
被告太陽自動車と原告組合は、平成13年10月12日、第5回対角線交渉を行った。被告Y3は、同交渉においても、原告組合に対し、従前の提案による合意を求めたが、原告組合はこれを拒否した。原告組合は、同交渉において、被告太陽自動車に対し、チェックオフの再開を強く要望した。被告Y3は、原告組合との交渉をこれ以上続けても妥結の見通しはないと判断して交渉決裂を宣言しようとした。これに対し、J委員長、K東京地連副委員長は、もう一度原告組合で考えたいので、翌日、対角線交渉の日程を入れてほしいと要望し、被告Y3はこれを受け入れた。(乙20、29、30、証人L【1頁】、被告Y3【1、9ないし12頁】)
(キ) 第6回対角線交渉
被告太陽自動車と原告組合は、平成13年10月13日、第6回対角線交渉を行った。被告Y3は、同交渉において、原告組合に対し、賃金については本件賃金協定案で提案したとおりであること、同年度の冬季賞与についても賞与のない賃金体系に移行するので支給できないこと、チェックオフ等便宜供与も段階を経て廃止したものであり、他の併存組合も了承しており復活させることはできないと回答し、原告組合は被告太陽自動車の提案を拒否し、交渉は決裂した。(乙21、29、30、証人L【1、14頁】、被告Y3【1、9、10、12、13頁】)
ウ 本件書面が作成されるまでの経過等
(ア) 原告組合と被告太陽自動車とは、平成13年度の賃金協定について9回の団体交渉、6回の対角線交渉をしたが交渉成立に至らず、原告ら組合員は同年度の夏季一時金を受領できない状態が続いていた。このような状況の中、原告組合員数は、平成13年春闘が始まるころは320名いたのが、同年12月末ころには約160名に減少していき、原告組合に交渉権を委任していた非組合員も闘争開始のころは110名もいたのに、夏季一時金不支給のころから減り始め、10名程度に減少していた。原告組合は、組合員数の減少に歯止めをかけるべく、被告太陽自動車の提案を呑むか、それとも闘争を継続するかの岐路に立たされていた。また、被告北海道交運でも、平成13年10月30日、C理事長が死亡し、同年11月12日、被告Y3が、同協同組合の代表理事に就任した。(甲4、122、証人X2【8頁】、弁論の全趣旨)
(イ) 原告組合は、平成13年12月16日、組合事務所の大掃除を行っていた。そこへ、J委員長とK東京地連副委員長が現れた。J委員長は、原告組合事務所にいた組合役員らに対し、被告Y3が被告北海道交運の代表理事に就任したので、紛争解決について打開案が出せるかもしれない、ついては、札幌に行き、被告Y3と交渉したいと提案した。原告組合は、急遽、その場にいた役員達で臨時執行委員会を開き、J委員長に対しどのような交渉権限を与えるかについて討議した。当該委員会では、これ以上闘争を継続すると組合員が離れていくので会社提案を呑むという意見と、闘争を終結した場合賃下げ遡及があるとして闘争を継続すべきであるという意見が対立した。結局、当該委員会では結論はでず、J委員長が被告Y3とどのように交渉するかの条件等も付けずに、北海道で被告Y3と交渉することを認めた。J委員長及びK東京地連副委員長は、会社提案を呑んで闘争を集約することも場合によってはやむなしという腹づもりであった。
J委員長は、平成13年12月16日、被告Y3に対し、同月18日、札幌に行くので、被告太陽自動車の未解決問題について話し合いたいと申し入れた。被告Y3は、J委員長の申出を了承し、被告太陽自動車のF社長、I営業部長(以下「I部長」という。)に対し、J委員長が札幌で交渉したいと言ってきているので、12月18日に被告北海道交運本部事務所に来るよう指示した。(甲122、123、乙30、証人X2【18、19、23、51】、同K【11、12頁】、被告Y3【13頁】、弁論の全趣旨)
(ウ) 被告Y3は、平成13年12月18日、J委員長、K東京地連副委員長と、被告北海道交運本部事務所の理事長室で面談した。F社長、I部長も、被告北海道交運本部事務所で待機していたが、前記面談には参加しなかった。F社長らが、前記面談に加わらなかった理由について、被告Y3は、J委員長らが、会社提案どおりで協定すると述べ、後は、来年以降の春闘について、種々の問題点があることを雑談の中で述べたので、F社長、I部長を同席させるまではないと考えたからであると述べる(被告Y3【15、16頁】)。これに対し、K東京地連副委員長は、会社提案を呑む条件として、7項目、すなわち、「①有給問題は足切り額を従前どおりスライドし、有給手当は過去3ヶ月平均で支払う、隔日勤務は90分の2とする、②足切り額の見直しをする(516000円より下げる)、曜日変動も考慮する、③最低賃率48%の見直し、50%以上とする、④賃率を平均63%とする、⑤便宜供与を復活させる、⑥実施時期は4月度賃金を原則的に考えているが、現場で合意すれば早めても良い、⑦会社が行った設備投資(クレジットカード機器)については現状を維持する(手数料は乗務員負担としない。)」を順に一つずつ被告Y3に確認したところ、同人はこれに応じたと証言する(証人K【13、14、28頁】)。しかし、被告Y3は、前記認定のとおり賃率を平均63%(有給休暇補償分を除く。)にすることに一貫して反対していること、併存組合とは平均賃率61%で協定を締結しており、何故原告組合だけ優遇しなければならないのか合理的根拠が見い出せないこと、被告Y3が前記7項目改善点の履行を約したのなら何故これを書面化していないのか疑問が残ること等を考慮すると、証人Kの前記証言は採用することは困難であり、むしろ、被告Y3の供述は、それまでの同人の行動、被告太陽自動車のとってきた対応、F社長らが同席しなかったこと等に沿った供述であり信用に値すると評価することができる。そうだとすると、被告Y3が、平成13年12月18日に、J委員長らに対し、同14年4月以降、前記7項目改善点について実施することを約したと認めることは困難であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
(エ) J委員長らと被告Y3との前記会談を受け、原告組合は、平成13年12月19日、中央委員会を開催した。J委員長は、当該中央委員会に、「北海道交運本部交渉」と題する1通の書面(甲20号証書面)を提出し、被告Y3との間で、前記7項目合意ができ、当該合意は平成14年度の春闘で実施されることになっているので、同13年度春闘は、会社提案の賃金協定案を呑むことで、闘争を終わらせたいと提案した。J委員長が提出した甲20号証書面の記載内容は次のとおりであった。
「北海道交運本部交渉
2001年12月18日 於・理事長室
12月18日午前10時、東京地連・K副委員長とJで交運本部を訪れ、Y3理事長と01春闘問題について話合いを行った。F社長も本部に呼ばれたが同席はせず三人での交渉となった。交渉は昼食を挟んで午後2時まで行われ、下記の考え方が示された。
冒頭、01春闘問題がデッドロックになっている現状をどう考えているのかとの問いかけにY3理事長は今年の会社提案は私の居ないところで提案されたものだが、交運4,500人の従業員の内4,000人が既に同意している、この人たちとの信頼関係を変えることは出来ないが、乱暴な提案だったと承知している。2002年を見据えたとき、この賃金政策は雇用政策とリンクしない。02ではこの点の改善を考えている。但し、今年はこれで集約することが前提であり、会社は一人一車も視野に入れている。
主たる改善点は下記のとうり
① 有給問題は足切り額を従前どおりスライドし、有給手当は過去3ヶ月平均で支払う。
隔日勤務は90分の2とする。
② 足切り額の見直しをする。(516000円より下げる)曜日変動も考慮する。
③ 最低賃率48%の見直し、50%以上とする。
④ 賃率を平均63%とする。
⑤ 便宜供与は復活させる。
⑥ 実施時期は4月度賃金を原則的に考えているが、現場で合意すれば早めても良い。
⑦ 会社が行った設備投資(クレジットカード機器)については現状を維持する。<手数料は乗務員負担としない>
※組合がこの点を了解すれば夏期一時金は年内支給する。」
なお、甲20号証書面には、当事者の表示もなく、被告Y3の署名捺印がされていなかった。(甲20、122、123、証人X2【19、20頁】、同K【15頁】)
(オ) 平成13年12月19日開催の原告組合中央委員会では、甲20号証書面には、被告Y3の署名捺印がなく、単なるメモ書き程度のものであり、甲20号証書面の記載内容を信頼することができないこと、会社提案の本件賃金協定案を受け入れると7か月分の賃下げ遡及を受けることになることから、J委員長の闘争終結の提案は否決された。翌20日、原告組合では、上部団体役員、弁護士などを交え、支援共闘会議が開催された。当該支援共闘会議では、闘争を終結させるためには、前記7項目改善点を書面化することが必要であるとの結論に達した。(甲20、122、123、証人X2【19ないし21頁】、同K【15、16頁】)
(カ) そこで、J委員長は、平成13年12月21日、単身、札幌の被告北海道交運本部事務所を訪れ、被告Y3に対し、甲20号証書面を示し、闘争を終結させるためには、原告組合を説得する材料として、甲20号証書面に被告北海道交運の記名押印がほしいと述べた。被告Y3は、甲20号証書面を受け取り、これを元に、秘書に一部文書を打ち直させ、これを本件書面として作成し、J委員長に渡した。甲20号証書面と本件書面とで異なる部分は次のとおりである。
a 冒頭の文章中、甲20号証書面には、「Y3理事長は今年の会社提案は私の居ないところで提案されたものだが、」という部分が記載されていたが、本件書面では削除されている。
b 改善点(1)について、甲20号証書面では、「有給問題は足切り額を従前どおりスライドし」となっていたのが、本件書面では、「従前どおり」が削除され、「有給問題は足切り額をスライドし」と変更している。また、改善点(5)について、甲20号証書面では、「便宜供与は復活させる。」と記載されていたのが、本件書面では「便宜供与は今後双方前向きに協議する。」と変更されている。
c 甲20号証書面には、日時、当事者の表示がないのに、本件書面には、日時として「平成13年12月21日」が、また、「北海道交運事業協同組合 代表者理事 Y3 印」が記載されている。
(甲20、21、123、乙30、証人K【17頁】、被告Y3【16ないし21頁】)
(キ) 原告組合は、平成13年12月22日、中央委員会を開催した。J委員長は、本件書面を示し、会社提案の本件賃金協定案を受け入れ、闘争を終結させようと提案した。これに対し、賃金引き下げの遡及を受け入れることはできないとして、闘争の継続を主張する意見も述べられ、議論は大紛糾した。結局、夏季一時金の不支給が続けば組合員が減少することが目に見えており、前記7項目が実現されるのであれば、また、原告組合を盛り上げていくこともできるのではないかとの考えが多数を占め、本件賃金協定案どおりの内容で協定することにした。(甲122、証人X2【21ないし23頁】、弁論の全趣旨)
(ク) こうして、原告組合は、平成13年12月22日、被告太陽自動車との間で、本件賃金協定案と同一内容の賃金協定を締結し、同年5月19日から遡及して同協定が実施された。被告太陽自動車は、上記賃金協定に基づき、賃金の精算をするととともに、原告組合の組合員及び同組合に交渉権を委任していた乗務員らに対し、平成13年度夏季一時金を支払った。原告組合は、平成13年12月27日、本件救済申立てを取り下げ、同年春闘を巡る労働争議は終了した。(前記争いのない事実等(8)ア、イ、甲22、122、証人X2【1頁】、弁論の全趣旨)
エ 平成14年春闘以降の交渉内容等
(ア) 平成14年春闘
a 原告組合は、平成14年2月18、19日に、同13年春闘の報告をすべく第48回臨時大会を開催した。原告組合は、平成14年2月12日、臨時大会に参加を呼びかける機関誌(太陽・710号)に、7項目改善点について、次のような記載をしている。すなわち、「7項目合意を取りきろう」との見出しに続き、「昨年の闘争集約は『7項目は改善しよう』との基本合意があっての事でした。今年はその基本合意を取りきる春闘とならざるを得ません…(中略)…今度の臨時大会では、7項目合意の完全実施を求める交渉も含んだ『02春闘』を具体化します」と記載している。(乙6、弁論の全趣旨)
b 原告組合は、平成14年2月28日、被告太陽自動車に対し、概略、以下の内容の平成14年春闘要求書を交付した(甲37)。
原告組合は、機関会議において、以下の要求をまとめ、被告太陽自動車に改善を申し入れる。
① 有給休暇取得時には、足切額をスライド減額し、支給額は、過去3ヶ月の賃金総額の90分の1を1日分とし、隔日勤務は2日分を支給すること。
② 足切額については、曜日波動を取り入れ、全体の足切額を下げること。
③ 最低賃率48%を見直し、50%以上とすること。
④ 賃率については、平均63%とすること。
⑤ 会社が行った設備投資「クレジットカード機器」については現状を維持し、手数料等は徴取しないこと。
⑥ 会社が停止した「組合への便宜供与」を復活させること。
⑦ 第2、第4車庫・4F駐車場に、洗車用の屋根を設置すること。
⑧ 週40時間を堅持し、11勤務、1指定公休に改めること。
⑨ 車両の使用は、4年代替えとすること。
⑩ 運賃については、上限張り付きとし、ダンピング等は行わないこと。
c 被告太陽自動車と原告組合は、平成14年3月6日、第1回団体交渉を行った。原告組合は、同交渉において、被告太陽自動車に対し、平成14年春闘の最大の課題は7項目改善点の早急な実施であるとして、誠意ある回答を求めた。これに対し、F社長は、7項目改善点の合意は知らないと答えた。(甲23、乙22、29、証人L【1頁】)
d F社長は、平成14年3月6日の団体交渉後に被告太陽自動車を定年退職し、同年4月1日、G社長が同社社長に就任した(乙23、29、証人L【1頁】)。
e 被告太陽自動車と原告組合は、平成14年4月15日、第2回団体交渉を行った。原告組合は、同交渉において、被告太陽自動車に対し、足切額の見直し等を求めた。これに対し、G社長は、次回の団体交渉で原告組合、葛飾労組及び従業員労組の3労組に対し回答を示すと述べ、7項目改善点についての合意は知らないと答えた。(甲24、乙23、29、証人L【1頁】)
f 被告太陽自動車と原告組合は、平成14年4月17日、第3回団体交渉を行った。被告太陽自動車は、同交渉において、概略、以下のとおり、平成14年度賃金協定案を示した。
① 基本給・諸手当・有給休暇補償は平成13年度と同様とする。
② 有給休暇取得時には、足切額のスライド減額を採用する。
③ 賃率は、平成13年度と同様、満勤者で足切額達成者につき平均63%(月例給与56%+プール金5%+非稼働分約2%)とするが、足切額未達成者の賃率は48%から50%に引き上げる。
これに対し、原告組合は、上記協定案について次回交渉までに検討することとし、7項目改善点、チェックオフ等便宜供与について解決を要請した。しかし、G社長は、改めて、7項目改善点についての合意は知らないと述べ、便宜供与の復活については、今後の交渉で解決するほかないと述べた。(甲25、乙24、29、証人L【1頁】)
g 被告太陽自動車と原告組合は、平成14年4月23日、第4回団体交渉を行った。原告組合は、同交渉において、被告太陽自動車が提案した前記平成14年度賃金協定案に概ね合意したが、有給休暇取得時の足切額のスライド減額について、曜日別の足切額を設定するよう要請し、併せてチェックオフ等便宜供与の復活を要求した。(甲26、乙25、29、証人L【1頁】)
h 被告太陽自動車と原告組合は、平成14年4月26日、前記平成14年度賃金協定案の内容で賃金協定を締結した。平成14年度賃金協定においては、賃率に変更はなかったが、有給休暇取得時の足切額のスライド減額が採用され、足切額未達成者の賃率が48%から50%へと労働者側に有利に変更された。(甲27)
(イ) 平成15年春闘等
a 原告組合では、平成14年9月14日開催の第49回定期大会において、J委員長が退任し、原告X1が執行委員長に選出された。なお、J委員長は、現在も被告太陽自動車の従業員であり、原告組合員であるところ、本件書面作成の経緯を知る原告ら側の重要な証人と思われるのに、原告らは何故かJ委員長を証人申請しない。他方、被告太陽自動車では、平成15年1月、Z社長が社長に就任した。(証人X2【37頁】、原告組合第49回定期大会議事録、弁論の全趣旨)
b 原告組合は、平成15年3月6日、被告太陽自動車に対し、概略、以下の内容の平成15年春闘要求書を交付した(甲39)。
① 賃金の支給率を63%以上に引き上げること。
② 足切額未達成者の支給賃率を58%に引き上げること。
③ 公休出勤の支給率は65%を守ること。
④ 足切額はシフト毎に見直すこと。
⑤ 出番については、週40時間労働の枠内で、勤務体系ごとにそれぞれの実態に合わせて設定すること。
⑥ 営業車の使用は、4年を限度とすること。
⑦ 会社が一方的に停止した便宜供与を復活させること。
ⅰ 組合費等のチェックオフを再開すること。
ⅱ 組合事務所を貸与すること。
(以下、省略)
c 被告太陽自動車と原告組合は、平成15年3月18日、第1回団体交渉を開催した。原告組合は、同交渉において、平成15年春闘要求書の趣旨説明をした上、被告太陽自動車に対し、7項目改善点のうち賃率を63%とすることの実施を求めた。(甲30)
d 被告太陽自動車と原告組合は、平成15年4月14日、第2回団体交渉を開催した。Z社長は、同交渉において、7項目改善点についての合意は知らないと述べた。(甲31)
e 被告太陽自動車と原告組合は、平成15年4月18日、第3回団体交渉を開催した。Z社長は、同交渉において、原告組合に対し、賃率平均63%について、有給休暇補償分を入れると63%を超えており、現状を維持すると述べた。また、被告太陽自動車は、同団体交渉において、月間足切額について、51万6000円から48万円に引き下げるとの回答をした。(甲32)
f 被告太陽自動車と原告組合は、平成15年4月24日、平成15年度賃金協定を締結した。平成15年度賃金協定では、賃率に変更はなかったが、月間足切額について、51万6000円から48万円に引き下げられ、労働者側に有利に変更された。(甲33)
(3) 当裁判所の判断
ア 本件書面に記載されている「賃率平均63%」の意味について
前記争いのない事実等(7)のとおり、本件書面には、「賃率を平均63%」とする旨の記載がされていることが認められる。当該賃率63%の意味について、原告らは有給休暇補償分2%を含まない趣旨であると主張し、被告らは、これを含む趣旨であると主張する。
そこで検討するに、本件書面が作成された平成13年12月21日当時、被告太陽自動車の賃率は有給休暇補償分2%を含めると63%であり、当該賃率で併存組合と賃金協定を締結していること、したがって、賃率を被告らのいう意味と理解すると、何ら改善しなくてよくなり、本件書面で改善点として採り上げる意味がないことになる。また、本件書面では、改善点(3)でも「最低賃率48%を見直し、50%以上とする」と記載しているところ、この賃率が有給休暇補償分を除いていることは争いがなく、同じ書面内で何らの限定も付けず「賃率」を違う意味で使用することは通常ないこと等に照らすと、本件書面の改善点(4)で使用されている「賃率」とは、有給休暇補償分を含まないものであると認めるのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
イ 本件書面に記載されている7項目改善点についての法的拘束力
(ア) 前記のとおり、本件書面に記載されている「賃率を平均63%とする」の意味は、「有給休暇補償分2%を含まない賃率を平均63%とする」意味と解するのが相当であるところ、原告らは、本件書面に記載されている主たる改善点は、被告太陽自動車において、平成14年4月から実施する義務のある合意内容であると主張する。これに対し、被告らは、本件書面に記載されている主たる改善点は、被告太陽自動車が今後労使間で交渉する議題を確認するとの認識で記載されたものであり、平成14年4月から実施する義務内容が記載されたものではないと反論するので、この点について判断する。
(イ) 本件書面の記載事項が法的拘束力を持った当事者双方の債権債務の内容になっているのか否かを判断するに当たって、最も重要な点は、本件書面の記載内容である。
これを本件についてみるに、前記争いのない事実等(7)及び前記(2)ウ(カ)によれば、①本件書面には、一方の当事者である原告組合の表示がないこと、②本件書面には、債務の履行当事者である被告太陽自動車が表示されておらず、契約の当事者にもなっていないこと、③本件書面で、被告北海道交運は、「02ではこの点の改善を考えている」として、主たる改善点は下記のとおりであるとして、7項目が記載されていること、④本件書面で、7項目を平成14年4月以降実施する旨の記載はないこと、便宜供与に至っては、前向きに協議するとの内容になっていることなどが認められ、本件書面の体裁、記載内容からは、本件書面の記載事項が法的拘束力を持った債権債務の内容になっていると読みとることは困難である。
また、前記争いのない事実等(7)及び前記(2)ウ(ウ)によれば、本件書面は、平成13年12月18日に被告北海道交運本部事務所理事長室でのやりとりを記載した文書であるところ、同日には、被告Y3とJ委員長、K東京地連副委員長の間には合意は成立していなかったのであり、そうだとすると、同日のやりとりを記載した本件書面にも合意内容が記載されることがないのが道理である。
(ウ) また、本件書面が法的拘束力のある債務内容を記載しているか否かを判断するに当たっては、本件書面の記載だけでなく、本件書面作成の前後の当事者の行動をも併せ考慮するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記(2)アイウによれば、被告太陽自動車及び被告Y3は、9回にわたる団体交渉、6回にも及ぶ対角線交渉で、賃率を61%にする態度を堅持していたのであり、原告組合以外の併存組合は賃率61%で交渉が成立しており、被告北海道交運傘下の従業員4500名のうち4000名もの従業員が会社側の提案を承諾している状況下で、被告太陽自動車のF社長を同席させることなく、被告Y3の独断で、平成14年4月以降、原告ら組合員の賃率を63%に引き上げることについて合意が成立したと考えることは説明が困難である。ことに、平成13年12月に賃率61%で交渉が妥結しながら、その約3か月後に賃率を2%上げる合意があったとすることは、そのことにより会社は約9500万円の負担増になること(証人L【15頁】)、平成14年度の収支見通しも不明確な段階であること等に照らすと不自然というべきである。仮に、原告らのように7項目改善点について私法上の効力を有する合意が成立し、平成14年4月から実施されるのであれば、本件書面を受領後に開催された原告組合の中央委員会が大紛糾することは考え難い。すなわち、本件書面に記載された7項目は、平成14年春闘以降の協議事項であったからこそ、闘争を終了させるか否か紛議があったと考えるのが素直な解釈と考えられる。
また、前記(2)エで認定した事実によれば、①原告組合発行の平成14年2月12日付けの機関誌には、平成14年春闘で7項目合意を取りきろうとして、7項目合意は未だ確定した債権債務内容にはなっていないと受けとれる旨の記載がされていること、②原告組合は、平成14年春闘において、被告太陽自動車に対し、本件書面の7項目のうち、主として、足切額の見直し、有給休暇取得時の足切額のスライド減額について改善を求めたこと、③J執行委員長が退任した後の平成15年春闘において、7項目のうち、有給休暇補償を除く賃率63%の実施を求めるようになったことが認められる。賃率63%が平成14年4月から実施することが決まっている債務内容であれば、原告組合としては、平成14年春闘の交渉議題にする必要がないのに、これを交渉議題にすることは取りも直さず7項目改善点は、今後の交渉によって決まっていく事項と考えるのが相当である。
(エ) さらに、本件書面の記載内容が法的拘束力を持った具体的債務内容を記載した書面か否かを知る当事者は、被告Y3とJ委員長しかいないところ、被告Y3は被告北海道交運の代表者として出廷し、自己の言い分を述べているのに、J委員長は依然として原告組合の組合員の一員であるのに、証人として出廷しない。原告らとしては、重要な証人としてJ委員長を証人申請して然るべきところ、何故か申請しない。このような原告らの訴訟における態度は、本件書面の記載内容(7項目改善点)が法的拘束力を持った具体的債務内容を記載した書面であることを疑わせる一事情ということができよう。
(オ) 以上によれば、本件書面に記載されている主たる改善点7項目は、被告太陽自動車において、平成14年4月に実施する義務のある合意内容であると認めることはできず、今後労使間で交渉する議題を確認するとの認識で記載されたものであると認めるのが相当である。そうだとすると、被告太陽自動車、被告北海道交運は、平成14年4月以降、原告ら組合員らの賃率を平均63%(有給休暇補償分を除く。)に上げる等本件書面に記載されている7項目について、これを履行する具体的な義務を負っていないということになり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
2 争点2(債務不履行の成否)、争点3の一部(7項目改善点実施の意図的遅延)について
(1) 争点2(債務不履行の成否)
原告らは、被告北海道交運及び被告太陽自動車に対し、本件書面記載の7項目について、とりわけ有給休暇補償を除く原告ら組合員の賃率を平成14年4月以降63%にする義務を負っていたのに、これを履行しないという債務不履行が存在すると主張する。
しかし、既に前記1で詳述したとおり、被告北海道交運及び被告太陽自動車は、原告らに対し、原告ら組合員の賃率を平成14年4月以降63%にする義務を負っていない。そうだとすると、原告らの債務不履行の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
(2) 争点3の一部(7項目改善点実施の意図的遅延)
原告らは、被告らが本件書面に記載している7項目(特に「賃率を平均63%とする。」点)の実施を意図的に遅延していることが不法行為に当たると主張する。
しかし、既に前記1で詳述したとおり、本件書面に記載されている7項目は、法的拘束力を持って被告らの具体的債務内容を定めたものとはいえない。すなわち、被告らは、原告らに対し、本件書面に記載されている7項目を履行しなければならない法的義務を負っているとはいえない。そうだとすると、原告らの被告らが本件書面に記載されている7項目(特に「賃率を平均63%とする。」点)の実施を意図的に遅延していることを理由とする不法行為の主張は、主張の前提を欠いており、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
3 争点3の残部(不誠実団交、便宜供与の中止ないし廃止の違法性の成否)
(1) 不誠実団交について
ア 原告らは、被告らが、平成13年春闘において、従前の協議内容を反古にした上、賃下げ提案の合理的理由を明らかにしないまま、被告太陽自動車提案の本件賃金協定案に応じなければ同年度の夏季一時金を支給しないと通告し、一切の譲歩を拒否したことは、団体交渉における誠実義務に違反するとともに、原告組合の弱体化を企図したものであり、不法行為に当たると主張する。そこで、以下、この点について判断することにする。
イ 使用者は、正当な理由なく、労働組合等と団体交渉をすることを拒むことを禁止されているところ(労働組合法7条2号)、使用者が労働者の団体交渉権を尊重して、誠意をもって団体交渉に当たったとは認められないような場合には、同規定による団体交渉の拒否として不法行為に当たるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記1(2)アイで認定したとおり、被告太陽自動車は、原告組合との間で、平成13年春闘において、9回にわたり、団体交渉を行い、本件賃金協定案の趣旨説明を行ったほか、被告Y3らを交えて、6回にわたり、対角線交渉も行ったことが認められる。そして、前記認定事実によれば、被告太陽自動車ないし被告Y3は、団体交渉ないし対角線交渉において、社会情勢、地域的適正分配率等、本件賃金協定案の趣旨説明を行ったほか、増収の方策として、クレジットカード決済機の導入、高速洗車機の代替を検討していることなどの説明を行っていることが認められ、原告組合の要求に対し譲歩を示すことはなかったが、併存組合との間で本件賃金協定案の内容で平成13年度の賃金協定が成立していること等を考慮すると、原告組合の合意を得るため誠意をもって団体交渉に当たらなかったとまでいうことは困難である。
また、前記1(2)ア(エ)aで認定した事実によれば、被告太陽自動車は、本件賃金協定案に基づき、協定を締結した葛飾労組及び従業員労組の組合員等には平成13年度の夏季一時金を支給し、これに合意していなかった原告組合に所属する組合員及び同組合に交渉権を委任した乗務員については、これを支給しなかったにすぎないことが認められる。被告太陽自動車と原告組合との間に平成13年度の夏季一時金に関する合意がされていない以上、原告組合所属の個々の組合員には同年度の夏季一時金支払請求権は発生していないというべきであって、原告ら組合員に対する同年度の夏季一時金の不支給をもって原告らの団体交渉権を侵害したとまでいうことは困難である。
さらに、原告らは、被告太陽自動車が、H営業部長と原告組合との協議内容を反古にしたと主張し、証人X2はこれに沿う証言をしている(証人X2【1ないし6頁】)。しかしながら、前記1(2)ア(イ)dで認定したとおり、H営業部長は、平成13年4月4日の時点では、本件賃金協定案と同様に、賃率は有給休暇補償分を除けば61%を提示していたことが認められる。そして、その後、H営業部長が、平成13年4月中旬ころ原告組合との間で事務折衝を行ったことは認められる(証人L【16、17頁】)ものの、従前の交渉経過に照らして、突然、H営業部長が原告組合に対し賃率62.5%を提示したということ自体不自然というほかなく、他にこれを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。また、被告太陽自動車においては、従前の賃金体系において、有給休暇取得時の足切額のスライド減額があったところ、H営業部長は、平成13年度の賃金改定の説明の際、同スライド減額について言及しなかったため、原告組合は、これが含まれるものと誤解した可能性があると認められる(証人L【8、9頁】)。そうだとすると、被告太陽自動車が、H営業部長と原告組合との協議内容を反古にしたと認めるに足りる証拠は存在せず、上記原告らの主張及び証人X2の証言は採用することができない。
ウ 以上の検討結果によれば、被告太陽自動車の原告組合に対する団体交渉の態度が不誠実であるとして不法行為に当たるとする原告らの主張及びこれを前提として被告北海道交運及び被告Y3が原告組合に対し不法行為責任を負うとの原告らの主張は、いずれも理由がなく採用することができない。
(2) 本件便宜供与の廃止について
ア 原告らは、平成13年春闘において本件賃金協定案を巡って争議期間中に、被告太陽自動車が「会社施設の使用」「チェックオフ」「組合事務所の賃料肩代わり」「組合掲示板の使用」「在籍専従者の社会保険料の事業者負担の会社支払」の本件便宜供与を廃止したことが違法であり、不法行為に当たると主張するので、以下、この点について判断することにする。
イ 認定事実
前記争いのない事実等、証拠(文中又は文末に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(証拠等を掲記しないものは当事者間に争いのない事実である。)。
(ア) 被告太陽自動車が原告組合等に認めてきた便宜供与
a 会議室等会社施設の使用
被告太陽自動車は、社屋内に約200名を収容できる会議室を持っている。被告太陽自動車は、約20年間にわたり、原告組合の施設使用許可の申出を受けて、被告太陽自動車の会議室を明番集会、中央委員会、執行委員会等に使用する許可をし、貸与してきた。(甲122、原告X2【1頁】、ただし、甲122については前記認定に反する部分を除く。)
b チェックオフ
被告太陽自動車は、昭和47年ころから約30年間にわたり、原告組合に対し、チェックオフを行っていた。原告組合は、毎月給与支給日前に、被告太陽自動車に対し、組合員名簿及び徴収すべき金額を書面で提出し、同社は、これに基づいて組合員の給与から組合費を徴収し、その合計額を小切手にして原告組合に交付していた。原告組合の組合費は、定額に各組合員の月例給与額に対する一定の比率額を加えたものであり、これを被告太陽自動車が計算し、原告組合に対し金額を確認した後、合計金額を小切手にして交付していた。被告太陽自動車と原告組合間では、チェックオフ協定を締結したことはなく、また、原告ら組合員が被告太陽自動車従業員の過半数を超えたのは、平成3年から同5年までの間だけであった。被告太陽自動車は、葛飾労組との間でも、チェックオフ協定を締結しないまま、原告組合と同じ手続で組合費の徴収を行ってきた。なお、原告組合は、平成6年に2時間の時限ストライキを行ったが、これに対し、被告太陽自動車はチェックオフ等の便宜供与を廃止するような措置はとらず、これを継続してきた。(甲8ないし11、122、原告X2【1、10頁】、証人L【3、4頁】、ただし、甲122、原告X2については前記認定に反する部分を除く。)
c 組合掲示板
被告太陽自動車は、昭和55年ころから、原告組合及び葛飾労組に対し、事務所の点呼場出入口付近の組合掲示板の使用を許可してきた。また、被告太陽自動車は、平成9年ころ、従業員労組に対しても、原告組合及び葛飾労組と同様に、組合掲示板の使用を許可した。(甲122、原告X2【1、13頁】、いずれも前記認定に反する部分を除く。)
d 組合事務所の賃料肩代わり
被告太陽自動車は、昭和52年ころから、原告組合及び葛飾労組に対し、営業所の一部屋を組合事務所として貸与していた。被告太陽自動車は、社屋新築に伴い、昭和57年2月から、原告組合が組合事務所として借りた東京都葛飾区四つ木<番地略>第一石田荘2階203号室(以下「本件組合事務所」という。)の賃料を原告組合に代わって支払い始めた。被告太陽自動車は、平成10年2月1日以降、原告組合事務所の賃料として4万5000円、共益費・管理費として1000円を支払っていた。(甲15ないし17、122、原告X2【1、14、15頁】、ただし、甲122、原告X2については前記認定に反する部分を除く。)
e 在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払
被告太陽自動車は、原告組合との間の昭和55年10月4日付け組合専従者協定書により、20年以上にわたり原告組合の在籍専従者を認め、在籍専従者の社会保険料の事業者負担分を支払ってきた(甲19、122、原告X2【1頁】、ただし、甲122については前記認定に反する部分を除く。)。
(イ) 本件便宜供与の廃止
a 原告組合と被告太陽自動車は、平成13年春闘において、同年度の賃金について本件賃金協定案で妥結するかどうかを巡って、厳しい交渉を繰り返した。両者間の団体交渉は9回、対角線交渉は6回に及んだ。ことに、被告太陽自動車の交渉担当者がH部長からF社長に交代した第5回団体交渉からは交渉は激しさを増した。平成13年5月30日開催の第7回団体交渉では、本件賃金協定案では承認できないとする原告組合と同協定案以上の譲歩は不可能とするF社長側で交渉が行き詰まった。このような中、原告組合は、F社長のことを飾りだけの社長であるとか、団交当事者としての資格がないとか非難し、札幌本部で交渉するなどの発言をした。これに対抗し、被告太陽自動車は、第7回団体交渉で、原告組合に対し、チェックオフの廃止、組合掲示板の撤去を申し出た。また、原告組合は、平成13年6月5日、被告太陽自動車に対し、明番集会に使用するため会議室の使用を申し出たが、同社はこれを拒否するとともに、同月7日に原告組合が予定している決起集会を会社構内で開くことの中止と組合掲示板を取り外すよう警告した。被告太陽自動車の原告組合に対する会議室等会社施設の使用不許可は、平成13年春闘を巡る紛争が続いていた平成13年12月22日ころまで続いたが、紛争解決後の同月28日以降は、使用が許可されるようになった。ちなみに、被告太陽自動車は、併存組合である葛飾労組及び従業員労組に対しては会社施設使用不許可の措置をとっていない。(前記1(2)アイ、甲122、乙4、証人X2【9頁】、弁論の全趣旨)
b F社長は、第7回団体交渉以降、原告組合からの団体交渉開催の申入れを拒否していた。他方、被告太陽自動車は、併存組合である葛飾労組との間では平成13年6月6日に、従業員労組との間では同月11日に、それぞれ本件賃金協定案どおりの内容で交渉を成立させ、本件賃金協定案どおりの賃金協定を受け入れた乗務員(全体の約6割)に対しては、同月15日、同年度夏季一時金を支払った。他方、被告太陽自動車は、平成13年度の賃金協定が成立していない原告組合所属の組合員及び同組合に交渉権を委任していた乗務員に対し、同年度の夏季一時金を支給しなかった。このため、平成13年7月ころには、原告組合員のうち約50名が組合を脱退したり、乗務員20名が退職したり、原告組合に交渉権を委任していた非組合の乗務員数が約110名から10名程度に減少するなどした。(前記1(2)ア、甲106、107、証人X2【8、23頁】、弁論の全趣旨)
c J委員長らが平成13年7月16、17日と札幌に赴き、C理事長に団体交渉を要請したことを契機として、原告組合と被告太陽自動車(F社長)との間で、団体交渉が再開されることになった。再開後の団体交渉は、平成13年7月18日(第8回団体交渉)、同年8月10日(第9回団体交渉)と2回開催されたが、本件賃金協定案を呑むか、呑まないかで平行線が続き、妥協線を見い出すことができず、交渉は決裂した。被告太陽自動車(F社長)は、原告組合に対し、第8回団体交渉の場で組合掲示板の撤去、チェックオフの廃止を通告し、第9回団体交渉の場でチェックオフ等便宜供与廃止は後日文書で申し入れると述べた。(前記1(2)ア、乙13ないし15、29、証人L【1、5頁】、弁論の全趣旨)
d 原告組合は、平成13年8月31日、都労委に対し、夏季一時金の不支給、会社施設の使用許可を求めて、本件救済申立てをした。これに対し、被告太陽自動車は、平成13年9月4日、原告組合に対し、本件便宜供与を廃止するとの本件通告をした。本件通告書には、「貴労働組合と太陽自動車株式会社は、正常な労使関係を前提に便宜供与をしてまいりましたが、今日に於いてはその関係も崩れ、今後は、労働組合本来の主体性、自主性をもって運営される様お願いし、来る、平成13年9月4日をもって従来行っていたチェックオフ、組合掲示板、組合事務所の賃貸料の会社支払い、会議室及び会社施設利用、在籍専従、慣行慣例等を含め、便宜供与を廃止することを通告する。」と記載されている。(前記1(2)ア(エ)ab、甲6)
e 被告太陽自動車は、平成13年9月分給与から、原告組合及び葛飾労組について、組合費の代替徴収を廃止した。
f 被告太陽自動車は、平成13年9月8日、原告組合の掲示板を自ら撤去したが、原告組合は、新たな掲示板を同じ位置に設置した。被告太陽自動車は、平成13年9月13日、原告組合に対し、会社施設に許可なく取り付けた組合掲示板を取り外すよう警告した。さらに、被告太陽自動車は、原告組合の掲示板を壁から外し、立て掛けておいたところ、原告組合は同掲示板を再び壁に設置した。ちなみに、被告太陽自動車は、併存組合である葛飾労組及び従業員労組に対しては掲示板撤去の措置をとっていない。(甲7、18の1ないし3、122、原告X2【1、13、14、68、69頁】、弁論の全趣旨、ただし、甲122、原告X2については前記認定に反する部分を除く。)
g 被告太陽自動車は、原告組合事務所の賃料について、平成13年11月分から肩代わりして支払うのを廃止した(当事者間に争いがない。被告ら平成16年3月29日付け準備書面(1)【17頁】(2)、原告ら同年5月27日付け準備書面(3)【11頁】3(2)参照)。
h 原告組合は、平成13年9月4日、被告太陽自動車から在籍専従者の社会保険料の事業者負担分を同社において負担しないとの通告を受け、当時在籍専従者であったJ委員長の負担額を同社に振り込むようになった(弁論の全趣旨)。
i 被告Y3は、平成13年12月18日、J委員長、K東京地連副委員長と面談した際、便宜供与の復活が平成14年春闘での議題の一つになることを話し合い、同月21日に作成した本件書面に改善点の5項として「便宜供与は今後双方前向きに協議する」との記載がされている(前記1(2)ウ(ウ)(カ)、甲21、弁論の全趣旨)。
ウ 当裁判所の判断
(ア) 会社の労働組合に対する便宜供与は、これが長期間反復・継続して行われ、労使間において事実上の行為準則として機能している場合において、会社がこれを破棄するためには、労働組合に対し、破棄の合理的理由を示して、当該準則変更のための交渉を行うべきであり、このような手続を履践せずに便宜供与の破棄を行う場合には、その目的・態様等によっては、労働組合に対する団結権の侵害として違法と評価でき、不法行為が成立することもあると解するのが相当である。すなわち、便宜供与が慣行として定着している場合においては、会社に便宜供与の廃止を必要とする合理的な理由が存在し、かつ、廃止に当たっては、労働組合の了解を得るとか、了解が無理な場合には労働組合側に不測の混乱を生じさせないよう準備のための適当な猶予期間を与えるなど相当な配慮をする必要があり、このような配慮をすることなく、組合活動に対する報復目的、対抗手段としてされた便宜供与廃止措置は違法と解するのが相当である。以上のような観点から、被告太陽自動車が原告組合に対して行った本件便宜供与の廃止が違法か否かについて検討を進めることにする。
(イ) 会議室等会社施設の使用の中止について
前記イ(ア)aで認定した事実によれば、被告太陽自動車は、約20年間にわたって、原告組合に対し、会議室等会社施設の利用を認めており、かかる便宜供与は、事実上の行為準則として労使慣行が成立していたと認めることができる。ところが、前記イ(イ)aで認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、①被告太陽自動車は、平成13年春闘を巡って、原告組合との団体交渉が一旦中断した後の平成13年6月5日に、会社施設の使用を許可しなくなったこと、②かかる措置は、平成13年春闘が解決するまで続き、解決後は解除されたこと、③併存組合に対しては会社施設の使用を許可していること、④被告太陽自動車において原告組合に対し会議室等会社施設を使用させることによって特段支障があるとは思えないこと、⑤被告太陽自動車は、原告組合に対し、会議室等会社施設の使用をさせないとの通告をするに際し、その理由を具体的に明らかにしていないことが認められる。
以上によれば、原告組合と被告太陽自動車との間で、会議室等会社施設の使用を認めることは労使慣行として確立していたところ、被告太陽自動車は、何ら合理的理由なくこれを廃止したというべきであり、廃止の期間が原告組合が被告太陽自動車の提案した本件賃金協定案に反対して労働組合活動を展開していた時期であることを考慮すると、被告太陽自動車の当該措置は、原告組合の活動を嫌悪して、不当労働行為意思に基づきされたものと認めるのが相当である。したがって、被告太陽自動車による会議室等会社施設の使用中止措置は、原告組合に対する不法行為と評価するのが相当である。
(ウ) チェックオフの廃止について
前記イ(ア)bで認定した事実によれば、被告太陽自動車は、約30年間にわたり、原告組合に対し、チェックオフの便宜を図っており、チェックオフの便宜供与は、事実上の行為準則として労使慣行が成立していたと認めることができる。ところが、前記1(2)ア(ウ)cないしe、同(エ)b及び弁論の全趣旨によれば、被告太陽自動車は、原告組合に対し、平成13年5月30日、同年7月18日、同年8月10日開催の団体交渉において、チェックオフの廃止を申し出、同年9月4日、本件通告でチェックオフを廃止したことを知らせたことが認められるものの、これらの申出ないし通告に際し、その理由について具体的に明らかにしたと認めるに足りる証拠は存在しない。また、前記1(2)ア(イ)ないし(エ)で認定した事実によれば、被告太陽自動車と原告組合は、平成13年5月10日以降、本件賃金協定案を巡り激しく対立し、同年8月31日には、原告組合が被告太陽自動車を被申立人として、本件救済申立てをするに至ったところ、被告太陽自動車は、その直後の同年9月4日に本件通告により原告組合に対しチェックオフを廃止する措置をとったことが認められる。これらの事実に、前記(イ)のとおり、本件通告で同時にされた会議室等会社施設の利用中止の措置が不当労働行為意思に基づいてされたことを併せ勘案すると、特段の事情がない限り、チェックオフの廃止措置も不当労働行為意思に基づく違法な措置であると推認するのが相当である。
この点に関し、被告らは、チェックオフの便宜供与を行っていたのは原告組合と葛飾労組についてだけであり、従業員労組については認めていなかったのであり、今回、原告組合、葛飾労組に対するチェックオフを廃止することにより、3組合平等に取り扱うことにしたと主張するのかもしれない。しかし、原告組合のみならず葛飾労組に対するチェックオフを廃止したからといって、これだけで特段の事情があるとするのは困難である。なぜならば、チェックオフの便宜供与は約30年も続いた労使慣行であり、平成6年の原告組合の2時間の時限ストライキの際も廃止されることなく続いた労使慣行であるところ、これを破棄した時期が、原告組合が被告太陽自動車の提案した本件賃金協定案に強固に反対し、都労委に対し本件救済申立てをした直後であることを考えると、やはり、被告太陽自動車の原告組合に対するチェックオフ廃止の措置は、被告太陽自動車提案の賃金協定案に同意しない原告組合を嫌悪して、不当労働行為意思に基づきされたものと認めるのが相当だからである。
なお、被告太陽自動車は、平成11年12月ころ、原告組合に対し、チェックオフの廃止を申し入れたと主張し、証人L【4頁】、被告Y3【21、22頁】はこれに沿う供述をする。しかし、これらの供述は、書類等客観的資料に裏付けられたものではなく、チェックオフの廃止は原告組合、被告太陽自動車にとって重要な事項であるところ、これを証する書類が存在しない本件にあっては、前記供述は採用することができず、他に、平成11年12月当時、被告太陽自動車が原告組合に対しチェックオフの廃止を申し入れた事実を証するに足りる証拠は存在しない。
以上によれば、被告太陽自動車の原告組合に対するチェックオフ廃止の措置は、本件賃金協定案に同意しない原告組合を嫌悪して、不当労働行為意思に基づきされたものと認めるのが相当である。したがって、被告太陽自動車によるチェックオフ廃止の措置は、原告組合に対する不法行為と評価するのが相当である。
(エ) 組合掲示板の撤去について
前記イ(ア)cで認定した事実によれば、被告太陽自動車は、約20年間にわたって、原告組合に対し、会社施設内に原告組合の掲示板の設置を認めており、かかる便宜供与は、事実上の行為準則として労使慣行が成立していたと認めることができる。ところが、前記1(2)ア(ウ)cないしe、同(エ)b及び弁論の全趣旨によれば、被告太陽自動車は、原告組合に対し、平成13年5月30日、同年7月18日、同年8月10日開催の団体交渉において、組合掲示板の会社施設からの撤去を申し入れ、同年9月4日、本件通告で組合掲示板の廃止を知らせたことが認められるものの、これらの申入れないし通告に際し、その理由について具体的に明らかにしたと認めるに足りる証拠は存在しない。また、前記1(2)ア(イ)ないし(エ)、前記3(2)イ(イ)fで認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、被告太陽自動車と原告組合は、平成13年5月10日以降、本件賃金協定案を巡り激しく対立し、同年8月31日には、原告組合が被告太陽自動車を被申立人として、都労委に対し本件救済申立てをするに至ったところ、被告太陽自動車は、その直後の同年9月4日に本件通告により原告組合に対し組合掲示板を撤去する旨通知し、しかも原告組合の組合掲示板だけを撤去していることが認められる。
以上によれば、本件通告が出された時期等を考慮すると、被告太陽自動車による原告組合の掲示板を撤去し、掲示板を利用させない措置は、原告組合の組合活動ないしは原告組合の都労委に対する本件救済申立てに対する報復目的、換言すれば、本件賃金協定案に同意しない原告組合を嫌悪して、不当労働行為意思に基づきされたものと認めるのが相当である。したがって、被告太陽自動車による原告組合の掲示板撤去等の措置は、原告組合に対する不法行為と評価するのが相当である。
(オ) 組合事務所の賃料肩代わりの廃止について
前記イ(ア)dで認定した事実によれば、被告太陽自動車は、約20年間にわたり、原告組合に対し、組合事務所の賃料を肩代わりをしており、かかる便宜供与は、事実上の行為準則として労使慣行が成立していたと認められる。ところが、前記イ(イ)dで認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、被告太陽自動車は、平成13年9月4日、原告組合に対し、組合事務所の賃料肩代わりを廃止するとの通告をしたことが認められるものの、被告太陽自動車が当該通告に際し便宜供与廃止の理由を具体的に明らかにしたと認めるに足りる証拠は存在しない。さらに、前記1(2)ア(イ)ないし(エ)で認定した事実によれば、被告太陽自動車と原告組合は、平成13年5月10日以降、本件賃金協定案を巡り激しく対立し、同年8月31日には、原告組合が被告太陽自動車を被申立人として、都労委に対し本件救済申立てをするに至ったところ、被告太陽自動車は、その直後の同年9月4日に本件通告により原告組合に対し組合事務所の賃料肩代わりを廃止する措置をとったことが認められる。これらの事実に、前記(イ)ないし(エ)のとおり、本件通告で同時にされた会議室等会社施設の利用中止の措置、チェックオフ廃止措置、組合掲示板の撤去措置等がいずれも不当労働行為意思に基づいてされたことを併せ勘案すると、特段の事情がない限り、組合事務所の賃料肩代わりの廃止措置も不当労働行為意思に基づく違法な措置であると推認するのが相当である。
この点に関し、被告らは、組合事務所の賃料肩代わりの便宜供与を行っていたのは原告組合と葛飾労組についてだけであり、従業員労組については認めていなかったのであり、今回、原告組合、葛飾労組に対する組合事務所の賃料肩代わりを廃止することにより、3組合平等に取り扱うことにしたと主張するのかもしれない。しかし、原告組合のみならず葛飾労組に対する組合事務所の賃料肩代わりを廃止したからといって、これだけで特段の事情があるとするのは困難である。なぜならば、前記イ(ア)dで認定した事実及び証拠(甲13ないし17)及び弁論の全趣旨によれば、原告組合の事務所は、もともと被告太陽自動車の社屋内にあったのであり、新社屋建設の際も当初は新社屋内に無償で組合事務所を置き、これを利用することが予定されていたところ、新社屋の大きさ等から社外に組合事務所を設け、その費用は被告太陽自動車において負担するということで、当該便宜供与が行われるようになったことが認められるのであり、このような事情から始まった組合事務所の賃料肩代わりを考えると、被告太陽自動車が経営的に困難な状況にあり資金的に逼迫した状況にあることの窺われない本件にあっては、組合事務所の賃料肩代わりを廃止することに特段の事情を見い出し難いというべきだからである。
また、被告太陽自動車は、平成11年3月23日から原告組合に対し、組合事務所の賃料肩代わりを廃止したいと申し入れていたとして、同日付けの通知書(乙2)を提出する。しかし、当該通知書は、原告組合が組合事務所として使用していたアパートは契約更新ができないので、新たな賃貸物件を探すように通知したものであり、当該通知書をもって賃料肩代わりを廃止することの通知書と解することは困難である。のみならず、被告太陽自動車が、平成13年9月4日以前に、原告組合に対し、組合事務所の賃料を同社において負担することを廃止するとの申出をした客観的かつ的確な証拠は見当たらない。
以上によれば、被告太陽自動車の原告組合に対する組合事務所の賃料肩代わりの廃止措置は、本件賃金協定案に同意しない原告組合を嫌悪して、不当労働行為意思に基づきされたものと認めるのが相当である。したがって、被告太陽自動車による組合事務所の賃料肩代わりの廃止措置は、原告組合に対する不法行為と評価するのが相当である。
(カ) 在籍専従者の社会保険料の事業者負担の会社支払について
前記イ(ア)eで認定した事実によれば、被告太陽自動車は、約20年間にわたり、原告組合に対し、在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払をしており、かかる便宜供与は、事実上の行為準則として労使慣行が成立していたと認められる。ところが、前記イ(イ)d、hで認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、被告太陽自動車は、平成13年9月4日、原告組合に対し、在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払を廃止するとの通告をしたことが認められるものの、被告太陽自動車が当該通告に際し便宜供与廃止の理由を具体的に明らかにしたと認めるに足りる証拠は存在しない。また、前記1(2)ア(イ)ないし(エ)で認定した事実によれば、被告太陽自動車と原告組合は、平成13年5月10日以降、本件賃金協定案を巡り激しく対立し、同年8月31日には、原告組合が被告太陽自動車を被申立人として、都労委に対し本件救済申立てをするに至ったところ、被告太陽自動車は、その直後の同年9月4日に本件通告により原告組合に対し在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払を廃止する措置をとったことが認められる。これらの事実に、前記(イ)ないし(オ)のとおり、本件通告で同時にされた会議室等会社施設の利用中止の措置、チェックオフ廃止措置、組合掲示板の撤去措置等、組合事務所の賃料肩代わりの廃止措置がいずれも不当労働行為意思に基づいてされたことを併せ勘案すると、在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払を廃止する措置も不当労働行為意思に基づく違法な措置であると認定するのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
(キ) 以上によれば、被告太陽自動車の原告組合に対する「会社施設の使用」「チェックオフ」「組合事務所の賃料肩代わり」「組合掲示板の使用」「在籍専従者の社会保険料の事業者負担の会社支払」の各便宜供与中止ないし廃止措置は、いずれも違法であり、不法行為を構成するというべきである。
(ク) ところで、原告組合は、前記便宜供与の廃止を理由に、被告北海道交運及び被告Y3に対しても不法行為責任を追及しているので、その成否について検討することにする。
被告太陽自動車の不法行為が、被告北海道交運及び被告Y3との関係でも不法行為と評価することができるためには、被告北海道交運及び被告Y3において、被告太陽自動車の前記便宜供与中止ないし廃止措置を指示していたことが認められなければならないところ、本件全証拠を検討するも、これを認めるに足りる証拠は存在しない。
また、原告組合は、被告太陽自動車と被告北海道交運は実質的に一体であることを理由に、被告北海道交運は被告太陽自動車の不法行為の責任を負うべきであると主張する。そこで、この点について検討するに、前記争いのない事実等(1)アないしウ、証拠(甲1ないし4、108、120、121)及び弁論の全趣旨によれば、被告北海道交運と被告太陽自動車には、資本・資産関係、人的構成において密接な関係があることが認められるものの、被告太陽自動車が形骸化するなどして被告北海道交運と実質的に一体であるとまでは認めることはできない。そうだとすると、被告北海道交運は、被告太陽自動車の不法行為について責任を負う謂われはないということになる。
以上によれば、原告組合の被告北海道交運、被告Y3に対する、前記便宜供与の中止ないしは廃止を理由とする、不法行為に基づく損害賠償請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
4 争点4(損害額)
(1) 前記3で判断したとおり、原告組合は、被告太陽自動車が、「会社施設の使用」「チェックオフ」「組合事務所の賃料肩代わり」「組合掲示板の使用」「在籍専従者の社会保険料の事業者負担の会社支払」の本件便宜供与中止ないし廃止措置をとったことによって被った損害賠償を、同社に対し、請求することができる。そこで、以下、原告組合が被った損害について検討することにする。
(2) 会議室等会社施設の利用の中止
証拠(甲122、証人X2【1、16、17頁】)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。原告組合は、平成13年6月5日から同年12月18日までの間、会議室等会社施設を利用できず、会社外の四つ木地区センターを借りて、明番集会、中央委員会を開催せざるを得ず、このため出席率が低下する等組合活動に影響がでる等の損害を被った。
(3) チェックオフの廃止
証拠(甲122、証人X2【1、10ないし13、64ないし66頁】)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。原告組合は、被告太陽自動車が同組合に対するチェックオフを廃止したことから、原告組合において個々の組合員から組合費等を徴収せざるを得なくなった。すなわち、原告組合の役員が、給料日前後に、組合員に対する請求書を作成、交付し、組合員から組合費等を徴収する。徴収率は50%程度であり、組合員の帰庫時間がばらばらなので徴収に困難を極めた。組合員の中には、組合費等の未納額がたまり、原告組合をやめる者が出る始末であった。原告組合としては、役員が組合費徴収作業に時間をとられる結果、本来の組合活動に支障が生じる等の損害が発生した。
(4) 組合掲示板の撤去
証拠(甲18の1ないし3、同122、証人X2【1、13頁】)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。原告組合の掲示板は、組合員に対する情報伝達方法として重要な地位を占めていたところ、被告太陽自動車によって組合掲示板を撤去されたことにより、組合員に対する情報伝達等に支障を来したという損害を被った。
(5) 組合事務所の賃料肩代わり廃止
前記3(2)イ(イ)g、証拠(甲17、122、証人X2【1頁】、ただし、証人X2については下記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。原告組合の組合事務所の賃料は月額4万5000円であるところ、被告太陽自動車が平成13年11月分から肩代わりを廃止したことにより、原告組合において支払っているところ、平成15年9月までの賃料額は103万5000円(4万5000円×23=103万5000円)となる(ちなみに、原告組合は、本訴で平成13年10月分から同15年9月までの賃料合計108万円の支払を求めている。)。したがって、原告組合は、被告太陽自動車が組合事務所の賃料肩代わりを廃止したことにより、少なくとも103万5000円の損害を被っている。
(6) 在籍専従者の社会保険料の事業者負担の会社支払
弁論の全趣旨によれば、原告組合は、被告太陽自動車が平成13年9月4日に原告組合の在籍専従者の社会保険料の事業者負担分の会社支払を廃止するとの通告をし、これを実行したため、原告組合において前記負担分を支払うことを余儀なくされたという損害を被った。
(7) 前記(2)ないし(6)で認定した事実及び本件における顕れている諸般の事情を総合考慮すれば、原告組合の被った損害は、200万円を下らないと認めるのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。
5 結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、原告組合が被告太陽自動車に対し200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年1月10日から支払済みまで民法所定の年5分の支払を求める限度で理由があるのでその限度で認容し、原告組合のその余の請求部分及び原告ら組合員の請求は理由がないのでこれを棄却することにする。
(裁判長裁判官・難波孝一、裁判官・山口 均、裁判官・知野 明)
別紙損害額一覧表<省略>