東京地方裁判所 平成15年(ワ)464号 判決 2003年9月29日
原告
X
被告
株式会社アイ・ライフ
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
後藤栄一
同
藤原剛
主文
一 被告は、原告に対し、一九二六万五一三六円及びこれに対する平成一四年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、二一二六万三七六〇円及びこれに対する平成一四年五月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告を退職した原告が、被告に対し、退職金規程に基づく退職金の支払を求めた事件である。
1 前提事実(証拠を掲げないものは、争いがない)
(1) 被告は、金銭貸付業務等を業とする会社である。
(2) 原告は、昭和四九年、金融業を営む株式会社アイチに入社し、管理課、審査課勤務を経て、営業部長をつとめた後、昭和六二年四月二四日、取締役に就任した(書証略)。
(3) アイチは、平成八年二月七日に解散し、同月九日に特別清算を申し立てた。同年六月一九日、特別清算が開始した(書証略)。
(4) 原告は、アイチから被告に移籍した(ただし、移籍の時期には争いがある)。
(5) 原告は、平成一四年五月二〇日、被告を退職した。
(6) 原告の平成一四年四月分の給与は、九五万四九四三円(内訳 基本給七〇万六二〇〇円、役職手当四万五〇〇〇円、職務手当一九万一八〇〇円、通勤交通費一万一九四三円)であった(書証略)。
(7) 被告には、就業規則及び退職金規程が存在する(証拠略)。
2 争点
(1) 従業員の地位の有無
(原告の主張)
原告は、平成八年に被告に営業部長として入社しており、役員に就任したこともなかったから、従業員の地位にあった。被告の商業登記簿には、原告が平成一一年五月二六日に被告の監査役に就任したと記載されているが、原告がそのころ監査役への就任を承諾した事実はない。
(被告の主張)
原告は、被告から年間一五一二万円もの高額の報酬の支払を受けており、役員としての待遇を受けていた。原告が被告に移籍した際、役員就任登記は経ていないが、原告は無任所役員であり、従業員としての地位を有していなかった。
(2) 退職金額
(原告の主張)
ア 被告の退職金規程には、次の定めがある。
(ア) 退職金の金額は、基本給に勤続年数に応じた別紙(略)の支給率を乗じた金額とする。
(イ) 勤続年数で一年未満の端数があるときは、月割計算とする。一か月未満は、一五日以上をもって一か月に切り上げる。
(ウ) 退職金は、退職後二か月以内に支払う。
イ 被告は、平成七年までに、アイチの従業員と顧客を引き継ぎ、同社の営業を継続した。その際、被告は、従業員のアイチにおける就業条件を承継し、アイチにおける勤続年数を被告における勤続年数と通算することを承認した。
ウ 原告の退職金算定の基礎となる勤続年数は一六年(アイチの取締役就任から被告の退職までの期間)であるから、支給率は三〇・四である。したがって、被告が原告に支払うべき退職金は、二一二六万三七六〇円である。
(計算式)
706,200×30.4=21,468,480>21,263,760
エ よって、原告は、被告に対し、退職金規程に基づき、退職金二一二六万三七六〇円及びこれに対する退職日の翌日である平成一四年五月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
ア 被告の本社内には、退職金規程の文書は見当たらない。
イ 被告の退職金規程には、原告主張の定めはない。被告作成の「希望退職者募集について」と題する書面(書証略)は、金融機関からの圧力を受けリストラを実施するため従業員に配布したものであり、原告のような役員に対して配布したものではない。この文案の作成経過は不明であり、これに記載されている「退職金規程」という文言は、文例集などに倣ったものと推察され、さしたる意味はない。
ウ 被告がアイチから移籍した従業員の同社における勤続年数を被告における勤続年数に通算することを承認した事実はない。原告は、アイチの取締役であったから、その在任期間を従業員としての勤続年数に通算する根拠はない。
第三争点に対する判断
1 事実関係
証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和六二年四月二四日、アイチの取締役営業部長に就任した。原告は、そのころ、アイチを退職する手続を行い、少なくとも約七〇〇万円の退職金の支給を受けた(証拠略)。
(2) 株式会社オリエンタルコーポレーション(旧商号 株式会社アイ・ライフ)は、平成六年から、グループ会社であるアイチの従業員と顧客の一部を譲り受け、金融業を開始した。被告(旧商号 株式会社アイエムエフ)は、平成七年から、グループ会社であるオリエンタルコーポレーションの従業員と顧客を引き継ぐとともに、アイチの残りの従業員と顧客を引き継ぎ、金融業を開始し、同年八月二一日、商号を「株式会社アイ・ライフ」に変更した(書証略)。
(3) 原告は、平成八年二月ころ、他の役員とともに、アイチから被告に移籍した。被告においては、企画部が貸付業務を統括し、その下に、営業第一部から第五部と支店が置かれていた。原告は、営業第一部長(ただし、組織変更後は営業部長)として、同部門の責任者の地位にあった(証拠略)。
(4) 平成一一年、被告の主要な取引金融機関である東京相和銀行が経営破たんしたため、被告は、大規模な人員削減の実施を決定し、従業員に対し、同年六月一六日付け「希望退職者募集について」と題する別紙(略)の文書を配布し、希望退職者を募集した(書証略)。
(5) 原告は、平成一四年一一月一一日、被告代表者に対し、新規事業を開始するため金融機関からの融資が必要であるとして、退職金の支払及び退職金明細書の交付を求めた。被告代表者は、原告に対し、計算期間を一五年八か月、退職金額を二一三六万三七六〇円とする「退職金明細書」と題する別紙(略)の文書を交付した(証拠略)。
2 被告代表者の供述
被告代表者は、社内の手続を経ず、オーナーの了解を得ることなく、自らの一存で退職金明細書を作成したと供述する。しかし、仮に被告代表者が原告に対する退職金の支払義務がないと考えていたならば、原告の要求に応じる必要はない。被告は、原告から融資を受けるために金融機関に提出するとの説明を受けていたから、原告から求められるままあえて事実に反する文書の作成に応じ、不正な行為に加担するというのは不自然である。また、退職金明細書には、金額、所得控除額、課税退職金額、所得税、市民(区民)税、県民(都民)税が具体的に記載されており、被告代表者が何らの準備をすることなく短時間でこれを作成することが可能であったとは言い難い。したがって、被告代表者の前記の供述は採用することができない。
3 従業員の地位の有無(争点(1))について
前記1の認定事実によれば、原告は、被告に移籍した後、一貫して営業第一部長または営業部長の地位にあり、取締役に就任したことはなかった。被告の原告に対する報酬は給与として税務処理されており(書証略)、原告は、退職当時、雇用保険に加入しており、他方で、代表取締役であるBは雇用保険に加入していなかった(書証略)。
被告の商業登記簿には、原告が平成一一年五月二六日に被告の監査役に就任したとの登記があるが(書証略)、原告はその登記後も営業部長の地位にあり、所属部署と業務内容に変更はなかったから(人証略)、監査役就任の登記は形式的・名目的なものといわざるを得ない。
もっとも、証拠(略)によれば、原告は被告に移籍して以降、年間約一五〇〇万円余りの多額の報酬の支払を受けていたこと、原告の退職当時の月額報酬は、代表取締役であるBの月額報酬よりも若干高額であったことが認められ、原告は報酬面において役員と同等の待遇を受けていたといえる。しかし、原告は、被告に移籍してから退職するまでの約六年間、取締役に就任しておらず、取締役会に出席するなど取締役としての職務を遂行していた事情は見当たらない。また、被告代表者は、被告の実権はオーナーであるCが握っており、被告代表者でさえ総務・管理業務全般を管掌していたにすぎないと述べている(書証略)。
以上によれば、原告は、被告に移籍してから退職するまでの間、従業員としての地位を有していたというべきである。
4 退職金額(争点(2))について
(1) 退職金規程の内容
「希望退職者募集について」(書証略)は、被告が従業員に配布した正式な文書であるから、ここにある退職金の計算方法や退職金の支給時期に関する記載部分は、当時の被告の退職金規程の内容をそのまま引用したものと認められる。これによれば、被告の退職金規程には、<1>退職金は、基本給に、勤続年数に対応する退職金支給率を乗じる方法により算定されること、<2>勤続年数一年から一〇年までの支給率は別紙(略)のとおりであること、<3>勤続年数で一年未満の端数がある場合は月割り計算とすること、<4>一か月未満の月数は、一五日以上をもって一か月に切り上げること、<5>退職金は退職後二か月以内に支払うことが定められていた事実が認められる。
退職金支給率は、勤続年数一年から五年までは一年当たり一・〇ずつ増加し、五年から一〇年まではこれに〇・八加算して一年当たり一・八ずつ増加するところ、一一年から一五年まではこれに〇・八加算して二・六ずつ増加し、一五年から二〇年まではさらに〇・八加算して三・四ずつ増加すると仮定すると、別紙(略)のとおり、一五年に対応する支給率は二七・〇、一六年に対応する支給率は三〇・四となる。他方で、退職金明細書の「計算期間 一五年八か月」は、原告が昭和六一年にアイチの取締役に昇任したことを前提に、同社における取締役在任期間と被告における勤続年数を通算したものであるところ(証拠略)、退職金明細書に記載された退職金額である二一三六万三七六〇円を原告の基本給七〇万六二〇〇円で割ると、支給率は三〇・二五となり、これは、前記の勤続年数一五年と一六年の間の支給率に相当する。そうすると、勤続年数一一年以上の支給率を前記のとおり解することは、一応合理的に説明することができる。
そして、原告は、退職金規程を所持しておらず、所轄の労働基準監督署に照会したところ、保管期間経過を理由にこれを入手することができなかったから(弁論の全趣旨)、退職金支給率について他に立証の方法を有していない。他方で、被告は、極めて容易に提出可能なはずの退職金規程を本件の証拠として提出せず、何ら的確な反証をしない。被告は、原告と同じく平成一四年五月二〇日に退職した従業員であるDに所定の退職金を支払ったから(証拠略)、当時、退職金規程が被告本社内に現存していたと推認できるところ、被告代表者は、過去に退職金規程を作成したことはあり、希望退職者を募集した当時もこれは存在したが、その後の事業の縮小に伴い紛失したと不合理かつ不自然な供述をしている。
以上によれば、退職金規程には、原告主張のとおり、勤続年数一一年以上に対応する支給率を別紙(略)のとおりとする定めが存在したものと推認せざるを得ない。
(2) 勤続年数の通算
前記で認定したとおり、退職金明細書に記載された計算期間は、アイチにおける取締役在任期間と被告における勤続年数を通算したものである(なお、被告代表者は、「旧アイチの役員として勤続年数を通算してほしいとの意向を含めて作成した」と供述する)。そして、退職金明細書が金融機関から融資を受けるための便宜上作成されたものとは認められない。
また、原告と同時期に退職したDの基本給は一八万九五〇〇円であり、退職金額は一六八万四八〇〇円であるから(書証略)、その支給率は八・八九であるところ、これは、同人の勤続年数六・八年(書証略)に対応する支給率を若干上回る。
さらに、従業員がアイチから被告に移籍した際に、アイチが当該従業員に同社における勤続年数に応じた退職金を支給した事情は見当たらない。
以上によれば、被告は、グループ会社であるアイチから従業員を受け入れた際、同社との間で同社における勤続年数を被告における勤続年数に通算することを承認した事実を推認することができる。
(3) 原告の退職金額
原告は、アイチの取締役に就任した際、いったん退職の手続をとり退職金の支給を受けたが、引き続き営業部長の職にあり、その業務内容に顕著な違いを見いだすことはできないから、取締役就任後も従業員の地位を兼務していたということができる。そうすると、本件の退職金の計算においては、アイチにおける取締役在任期間を被告における勤続年数に通算するのが相当である。
原告が被告を退職した当時の基本給は七〇万六二〇〇円である。原告は、昭和六二年四月二四日にアイチの取締役に就任し、平成一四年五月二〇日に被告を退職したから、通算勤続年数は一五年一か月(一か月未満の端数は一五日を超えるので、一か月に切り上げる)であり、これに対応する支給率は二七・二八である。したがって、原告の退職金額は、一九二六万五一三六円と算定される。
(計算式) 27.0+(30.4-27.0)×1/12=27.28
706,200×27.28=19,265,136
退職金の支払日は、退職の二か月後である平成一四年七月二〇日である。
5 結論
以上によれば、原告の請求は、退職金一九二六万五一三六円及びこれに対する弁済期の翌日である平成一四年七月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 龍見昇)
別紙一~三(略)