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東京地方裁判所 平成15年(ワ)4753号 判決 2004年4月19日

原告

甲野太郎

上記訴訟代理人弁護士

大村健

被告

社会福祉法人Y会

上記代表者理事

乙山春男

上記訴訟代理人弁護士

堀内稔久

主文

1  原告が被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,平成13年9月1日から本判決確定の日まで,毎月25日限り月額68万2460円の割合による金員及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  本件訴えのうち,原告が被告に対し本判決確定の日の翌日以降の賃金及び期末勤勉手当並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める部分を却下する。

4  原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

6  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  主文第1項同旨

2  被告は,原告に対し,平成13年9月1日から,毎月25日限り月額68万2460円の割合による金員,毎年3月15日限り30万5230円,毎年6月15日限り128万1966円及び毎年12月15日限り173万9811円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,特別養護老人ホーム等を経営する被告に雇用されていた原告が,被告から平成13年8月31日付けでされた解雇が無効であるとし,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに解雇後の賃金,期末勤勉手当及びこれらに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実

(1)  被告は,福祉サービスを必要とする者が,心身ともに健やかに育成され,又は社会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるとともに,その環境,年齢及び心身の状況に応じ,地域において必要な福祉サービスを総合的に提供されるように援助することを目的として設立された社会福祉法人であり,特別養護老人ホームサンシャインビラ(以下「本件施設」という。)及び同第2サンシャインビラ(以下「第2施設」という。)の設置運営等の社会福祉事業を行っている。

(2)  被告では,理事長1名及び理事長以外の9名の理事で構成される理事会が最高機関として設置されており,その下に施設長,副施設長及び事務長が置かれている。職員構成は,本件施設及び第2施設ともに,職種として,施設長,医師,事務員,生活相談員,介護支援専門員,介護職員,機能訓練指導員,介助員等,栄養士,調理員,宿直者からなっている。職員数は,常勤,非常勤を合わせて本件施設が約71名,第2施設が約116名である。定員は,本件施設が入所者100名,ショートステイ2名であり,第2施設が入所者154名,ショートステイ16名である。

(3)  原告は,平成6年1月,被告との間で雇用契約を締結し,当初は,本件施設の事務長として,平成8年3月以降は本件施設の副施設長として,主として,従業員及び本件施設の監理業務に従事しており,平成11年9月からは被告の事務局長を兼任している。

(4)  被告の理事長は,原告が雇用契約を締結した平成6年から本件解雇に至る平成13年8月まで乙山春男であり,本件施設の施設長は,平成8年3月に第2施設が開設されるまでは理事長の妻である乙山夏子であり,その後乙山春男が兼務している。なお,乙山夏子は,平成8年3月に第2施設の施設長に就任すると同時に総施設長となり,常に原告の上司の立場にあった(以下,乙山春男を「理事長」又は「施設長」と,乙山夏子を「総施設長」という。)。

(5)  原告は,被告から,平成13年7月30日付け書面により,同年8月31日をもって解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)を受けた。

(6)  本件施設で就労する職員に適用される就業規則(乙2)によれば,解雇について,下記のとおりの定めがある。

第23条(解雇)

職員が次の各号の1に該当するときは解雇する。

(4) 勤務状態及び業務の遂行に必要な能力が,

著しく不良で就業に適さないと認めたとき

(7)  原告は,平成13年6月当時,被告から,本俸45万4200円,調整手当4万5420円,管理職手当11万0840円,住居手当9000円,扶養手当1万3000円,その他支給5万円の合計68万2460円を月額賃金として支給されていた。被告の賃金は,前月16日から当月15日までの分が当月25日に支給されている。また,原告は,被告から,平成12年12月15日に173万9811円を,平成13年3月15日に30万5230円を,同年6月15日に128万1966円を,それぞれ期末勤勉手当として受給した。

(8)  原告は,本件解雇を不当として,東京地方裁判所八王子支部に被告を債務者として地位保全等仮処分事件(東京地方裁判所八王子支部平成13年(ヨ)第371号)を申し立てたところ,同支部は,平成14年9月30日,「債務者は,債権者に対し,平成14年9月以降平成15年8月に至るまで,毎月25日限り金60万円を仮に支払え。債権者のその余の申立てを却下する。」との決定(甲6)をした。

2  争点及び当事者の主張

(1)  退職合意の存否(争点1)

【被告の主張】

被告は,平成8年12月及び平成13年6月に,原告との間で,それぞれ,原告が1年以内に被告を退職する旨の合意をした。

【原告の主張】

否認する。

(2)  解雇事由の存否(争点2)

【被告の主張】

原告には下記事由があり,就業規則23条4号(勤務状態及び業務の遂行に必要な能力が,著しく不良で就業に適さない)に該当する。

ア 入所者の生命身体及び健康の軽視

(ア) 医務部門に対する介入

原告は,次のとおり,本件施設の医務部門に介入してトラブルを起こしたため,優秀な看護師が次々と退職し,その結果,原告が就職する以前と比べて本件施設の入所者の死亡者数が増加した。

a 原告は,看護主任にさえ,原告の許可なく救急車を要請することを許さず,緊急事態であるにもかかわらず原告への説明を求めて平気で時間を浪費した。また,原告は,救急隊員と看護師が必死に処置をしている際に,不謹慎な言動をすることがあった。

b 原告は,平成9年4月4日に入所者のKが心臓に異常を来した際,看護主任のA(以下「A看護主任」という。)から,救急車による搬送の申出を受けたが,Kの容態を見て,今は落ち着いている旨述べて,本件施設の車で病院へ搬送するよう指示した。Kは,本件施設の車で病院へ搬送される途中,容態が急変し,目的の病院まで行くことができず,途中にある病院に連絡して受診したが,結局死亡した。

c 原告は,入所者のLが発作を起こした際,A看護主任が病院から至急救急車で来院するよう指示を受けたにもかかわらず,本件施設の車で病院まで搬送するよう指示した。

d 原告は,精神科医(痴呆専門医)が痴呆により精神症状(せん妄,妄想,不穏)がある入所者に対して処方した内服薬について,医学書や薬の本を見て,服用を中止するよう指示した。

e 原告は,看護師に対して,侮辱的な発言をすることがあり,また,退職を申し出た看護師を慰留しなかった。

(イ) 原告は,平成9年7月末ころ,36名の入所者がいる本件施設3階フロアーの担当者から,お茶飲みやレクリエーションに利用されるベランダ側デイルームに冷房を設置してほしい旨進言されたのに対し,「職員が暑いと言って(入所者を出しにして)冷房を入れさせようということだろう。」とはねつけた。その結果,猛暑のため入所者が口から泡を吹いて気を失うという危険な事態が発生した。なお,本件施設における平成6年から平成8年にかけての各入所者の居室のエアコン設置は,理事長及び総施設長が計画を立てたものであって,原告の功績によるものではない。

(ウ) 原告は,現場を重視して現場に足を運んでほしいとの部下からの進言に激昂し,「コンビニ等で幹部が現場に行かないと管理ができないといったらお笑いだぞ。」と怒鳴り,生きた人間である高齢者をコンビニ商品同然の感覚で暴言を吐き,現場に足を運ぼうとしなかった。

イ 入所者に対する不公正な処遇

(ア) 原告は,入所者のMが体調を崩した際に,面会に来た同人の家族に対して,「とても手がかかる。」と述べるなど,同人を侮辱するような発言をした。

(イ) 原告は,平成13年5月18日,入所者のNが居室変更の指示を拒否した際に,同人の居室を訪れ,同人に対し,「指示に従えないなら出ていけ。」,「私にはNさんをここから出すことができる。」などと述べ,居室変更に応ずるよう強く指示した。このため,Nは,精神的に不安定な状態となり,そのまま本件施設を退所した。

(ウ) 他方で,原告は,裕福な家庭環境にあるPに対しては,同人の家族に自宅の電話番号を教えていた。また,原告は,Pが死亡した際,葬儀業者のあっせんその他葬儀一切の手配を行い,同人の位牌と同人の遺族を乗せて本件施設の周囲を車で運転した。さらに,原告は,Pの葬儀について,本件施設の職員には一切知らせず自分だけが出席して個人的に香典を出し,その結果,Pの遺族から謝礼として5万円を受け取った。

(エ) 原告は,職員に対し,友人の母親であるRについて手厚い看護をするよう指示した。

ウ 職員に対する言動

(ア) 原告は,平成6年2月ころ,寮母のBから38度の熱があるので休ませてほしい旨の電話を受けた際,「声は元気。出てきなさい。」と述べてBが休暇をとることを拒否した。Bは,無理して出勤したため,3日間入院することとなった。また,原告は,Bから退院した旨の連絡を受けた際,翌日から通常の日勤業務をするよう命じた。

(イ) 原告は,厨房職員のCが業務上負傷した際,同人に対し,「そんなけが,私用中か就業中に起きたか怪しいもんだ。」と述べ,また,労災申請についても,「そんなけが認められるわけがない。」,「自分で労働基準監督署へ行き,労務士と話をして所定の用紙に自分で記入して持参し,その後用紙の記載内容で判断する。」と述べるなど冷淡な対応をした。また,原告は,Cが労災と認定された後も,同人に対し,「普通,労災が認められて,長期休職するようになるなら,職場の方々に迷惑をかける前に,自分から退職願を書き,自主退職するものだ。」と退職を強要するような発言をした。

(ウ) 原告は,平成13年2月8日に寮母のDが業務上負傷した際,同人に対し,「打撲でよかった。人がいないんだから明日から仕事に出て来なさい。」と指示し,また,労災申請についても,「ただの打撲だよ。労災扱いなんてとんでもない。」,「人がいないんだから,こんなに休まれては困るんだよ。他にも働きたい人は大勢いるんだから。」と述べるなど,冷淡な対応をした。

(エ) 原告は,管理者として,部下職員に公平に対応し,全職員が十分に能力を発揮できる明るい職場を作るよう努める義務を負っている。しかし,原告は,職員との協調性に欠ける上,もとから福祉の世界で育ってきた職員に劣等感を抱き,優秀な職員であればあるほど嫉妬し,執拗に嫌がらせをして退職に追い込んだ。また,原告は,入所者や部下職員を高圧的かつ一方的に押さえつけ,公然と侮辱的発言を加えるなどして独善的な施設運営を行い,原告に従わなかったり気に入らない部下職員に対しては差別的な人事支配を行い,その一方で,平成8年に部下職員であったEと不貞関係を持って職場規律を乱した。さらに,原告は,理事長や総施設長から,独断的,強圧的な運営方法を廃し,部下職員や入所者が家庭的な雰囲気で明るく過ごせるようにせよと再三注意されてきたにもかかわらず,改善しようとせず,反抗的な態度に終止し,何ら反省の態度を示さなかった。このように,原告には上司として一般的に必要とされる資質及び能力が欠けている。

エ 不正ないし疑惑の存在

(ア) 遺留金品単独引渡

東京都指導に係る「老人ホーム生活指導員の手引事務編」の「第14条返還の取り扱い」には,死亡した入所者の遺留金品を遺族に引き渡す手続(この手続を,以下「遺留金品引渡」という。)は,複数の職員の立会いの下で実施すべき旨が定められている。ところが,原告は,副施設長になった平成8年3月以降遺留金品引渡を単独で行っていたため,平成12年1月17日及び同月18日に実施された東京都の指導検査においてこの点が改善指摘事項とされた。そこで,総施設長は,原告に対し,東京都の指導を遵守するよう指示したが,原告はこれに従わなかった。また,原告は,総施設長の指示を受けたケースワーカーのF(以下「F」という。)から総施設長の指示であるから遺留金品引渡に立ち会う旨言われてもこれを拒否し,Fに退席を命じた。Fが,複数人立会いを実行するために遺留金品引渡の際作成する「お引渡書」等の書類の書式を変更して複数名分の立会人欄を設けても,原告は職員に盲判を押させ,これを形骸化させた。かかる原告の行為は,遺留金品引渡の際,遺族から個人的に心付けを受け取っているのではないかとの疑惑を招くものである。

(イ) 機器購入の際の言動

原告には,以下のとおり,本件施設において機器を購入する際に,業者との癒着をうかがわせる言動があった。

a 原告は,保温冷配膳車の購入に当たり,ナショナル製品を希望していた厨房職員に対しては経営者からホシザキ製品を指示されていると述べ,経営者に対しては厨房職員がホシザキ製品を希望していると述べた。その結果,原告は,職員から経営者,職員の双方を騙してホシザキ製品を購入させようとしていると疑われた。

b 介護保険関連システムの購入に当たり,本件施設及び第2施設で共通機種を選定するための打合せ会議を行った際,第2施設の専門職員が実地テストの結果株式会社ワイズマン(以下「ワイズマン」という。)のシステムが他のものよりも優れているとしてこれを推薦したのに対し,原告は蝶理情報システム株式会社(以下「蝶理」という。)のシステムを推薦したが,その理由を明確に説明できなかった。それにもかかわらず,原告は本件施設で蝶理のシステムを購入することとし,本件施設と第2施設とが共通機種を設置して円滑に業務を提携遂行することを妨害した。

c 原告は,タイムカード方式を採用することが既に決定されていたのに,これを覆して不必要で莫大な費用のかかる勤務割作成システムソフトを購入させようと考え,事務主任のG(以下「G主任」という。)及び給料計算担当職員に賛同を求め,同人らから反対されると立腹し,同人らに対し,語気強く「なぜ協力しないのか。」と迫った。

(ウ) 募集広告掲載

原告は,本件施設への入所希望者は大勢いて募集広告を行う必要は全くないのに,電話帳に毎年80万円以上支払って募集広告を掲載し,職員からバックリベートを受けているのではないかとの疑惑を受けた。

(エ) 入所者の単独受入決定

入所者の受入決定は,入所待機者ないし希望者の順番や職員側の受入態勢との総合的な調整と公平性を図る必要があり,また施設が裏金を貰って入所決定したような疑いを受けないように,多くの職員に全情報を開示し合議制で行うことが望ましい。そのため,第2施設では入所調整連絡会を設置しているが,原告は,平成12年6月末ころ,同人が入所を依頼した者について,第2施設が入所調整連絡会を開催し,受け入れないとの結論を出したことに逆上し,電話でその主要構成員に対し,「何で駄目なんだ。俺の顔を潰す気か。」,「何で俺に一言も報告せずにそんな委員会を作ったんだ。」と怒鳴りつけた。また,原告は,平成13年2月20日ころ,本件施設の入所者の決定を,受付順や職員側の受入態勢を無視し,単独で行うようになった。

(オ) 電動チェーンソーの購入

原告は,平成11年10月8日,本件施設の防災用品として電動チェーンソーを1万0290円で購入した。これは,原告が新築した自宅の庭木を手入れするために必要であったものを,本件施設の防災用品名目で購入したものである。

オ 出張費の請求,受領

(ア) 出張費の不正請求

原告は,管理者として全職員の能力や資格の向上を図るよう指導し,平等に研修等を受講させる義務があるのに,これを怠り,約50名の本件施設の全職員を対象とする平成12年度の交通費及び日当(以下「出張費」と総称する。)の予算総額55万8678円のうち29万5080円を自ら費消し,本来受講させるべき部下職員に研修会が開催されることを知らせず握り潰した。また,別紙記載の出張(以下「本件出張①」などという。)は,同「不正な理由」記載の理由により,支払うべき理由がないのに,原告は,これを不正に請求し,受領した。

このほか,原告は,次のとおり,出張費を不正に請求,受領した。すなわち,被告の給与規程では,「資格,免許取得等のための管内出張」は日当を請求することができない旨明記されており,また,原告は,職員に対し,自分の資格,免許取得等のための管内出張については,公休又は有給休暇の使用を義務づけ,かつ参加費も自己負担を強制しているにもかかわらず,原告は,自己の本件出張file_4.jpgfile_5.jpgfile_6.jpgfile_7.jpgfile_8.jpgfile_9.jpgについて,公休又は有給休暇を使用せず出勤扱いの研修とし,参加費の3万円も自己負担するどころか被告の負担で参加し,日当まで請求しこれを受領した。原告は,福生市地域福祉計画推進委員会に出席した場合には福生市から,従事者共済会代議員会に出席した場合には東京都社会福祉協議会から,いずれも日当が支給されるにもかかわらず,被告に対しても日当を請求しこれを受領した。原告は,1日に2回出張をした場合であっても,両出張について日当を請求しこれを受領した。

(イ) 出張命令簿兼領収書

原告は,平成12年度の出張費を請求,受領するに当たり,出張と認定されるために必要な施設長の事前の命令を出張命令簿兼領収書の命令者印によって受けなかった。

(ウ) 業務日誌及び研修報告書

平成12年に行ったとされる原告の82回の出張のうち22回については,業務日誌にその記載がなく,また,原告は,必ず提出すべき研修報告書による報告を行わなかった。これらは,原告が実際に出張に行っていないのではないかとの疑いを生じさせる行為である。

【原告の主張】

ア 入所者の生命身体及び健康の軽視について

(ア) 医務部門に対する介入について

原告は,本件施設の医務部門に介入してトラブルを起こしたことはない。また,看護師の退職は原告とは無関係である。

a Kについては,原告は,被告に就職した当時,総施設長から「大騒ぎになるから,できるだけ救急車は呼ばないように。」との指示を受けていたこと,Kの容態が本件施設を出発する際には安定していたので本件施設の車で病院へ搬送したのであり,何ら問題はない。

b Lについても,本当に緊急事態であれば,原告が救急車の要請を拒否することはあり得ない。

c 精神科医が処方した内服薬については,介護職員やケースワーカーの目線で「薬が少し多いのではないか。」という会話をすることは,入所者本位の健全なものである。

(イ) 原告が本件施設3階ベランダ側デイルームに直ちにエアコンを設置しなかったことは事実である。しかし,原告の当該措置は,エアコンの設置に頼るよりも職員でやれることを優先してやるべきであるという意図に基づくものであり,上記事実があるからといって,原告の入所者の健康に対する配慮の欠如を示すことにはならない。原告は,エアコンが全く導入されていなかった本件施設の入所者居室に,平成6年から平成8年にかけて徐々にエアコンを設置しており,入所者の健康に対する配慮をしている。

(ウ) 原告が,生きた人間である高齢者をコンビニ商品同然に表現したり,現場に足を運ぼうとしなかったという事実はない。

イ 入所者に対する不公正な処遇について

(ア) Mは,頻繁に部屋替えを要求し,当初はこれに応じていたが,余りに頻繁に部屋替えを要求するため,原告が,M及び同人の家族に対してこれ以上部屋替えに応じることはできない旨を説明し,納得してもらったものである。

(イ) 原告は,Nに対して居室変更を求めたところ,同人が,自分にはこの部屋にいる権利があると主張したため,契約の話をして退所の可能性を話し,「月曜には替わってもらいますからね。」と告げたにすぎない。また,Nの退所については,従前からNの家族がNの引取りを検討しており,それが実現したにすぎず,同人の退所と原告の言動とは何の関係もない。

(ウ) 原告がPの家族に対し自宅の電話番号を教えたのは,折り返し電話をもらう必要があったからであり,これは,他の入所者に対する取扱いと異なるものではない。また,葬儀業者のあっせんその他の葬儀の手配も,入所者の遺族から依頼されれば,常に行っていることである。さらに,Pの位牌と同人の遺族を乗せて本件施設の周囲を車で運転したことも,身寄りが少ない他の入所者の場合にも行っている。また,原告は,朝礼の場で,他の職員に対し,Pの葬儀について伝えている。

ウ 職員に対する言動について

(ア) Bについては,一般的に,部下が上司に対し「体調が悪い。」と連絡をしてきた際に,上司が部下に対して「本当に出てこられないのか。」といったやりとりをし,部下が不愉快な思いをすることは,よくあることである。また,原告とBとの間には一定の信頼関係ができていたため,原告は,被告が主張するような言動をしたものである。

(イ) Cについては,原告は,厨房の主任からCがスキーをしている時に膝を痛めそれが再発したとの報告を受けていたため,Cに対して膝痛の原因について確認したにすぎない。また,労災の申請手続も適正に行っている。なお,原告はCに対し退職を強要するような発言をしたことはない。

(ウ) Dについては,原告は,同人からお尻を打ったと聞かされ心配したところ,同人が,骨には異常がないと述べたため,「明日出られるようだったら出て。」と述べたにすぎない。また,原告は,労災の申請手続も適正に行っている。また,原告がDに対し,「人がいないんだから,こんなに休まれては困るんだよ。他にも働きたい人は大勢いるんだから。」と述べたことはない。

(エ) 原告がEと不貞関係にあったのは本件解雇から5年以上前のことであり,本件解雇を正当化する理由とはならない。このほか,原告には,上司として一般的に必要とされる資質及び能力に欠けるところはない。

エ 不正ないし疑惑の存在について

(ア) 遺留金品単独引渡について

原告は,総施設長から東京都の指導を遵守するよう指示されたことはなく,またFから総施設長の指示であるから遺留金品引渡に立ち会う旨言われたこともない。原告は,総施設長から指示されていた入所者遺族に対する寄付の募集を,遺留金品引渡の際に行っており,この行為に良心の呵責を感じていてこの場に他の職員を立ち会わせるのが忍びなかったことや,遺留金品引渡に約1時間要するので職員に負担がかかるのを避けるため,遺留金品引渡を単独で行っていたものである。単独立会でも被告における厳重な手続の下では寄付金を着服することは不可能であるから,不正が行われる心配はない。

(イ) 機器購入の際の言動について

a 原告が,保温冷配膳車の購入に当たり,厨房職員と経営者に対して被告主張のように述べたことはない。原告は,保温冷配膳車の購入について職員から相談を受けた際,使い易い方を選べばよい旨助言し,職員の選択を尊重してナショナル製品を購入している。

b 原告が蝶理のシステムを導入することを勧めたのは,国民健康保険団体連合会の介護保険給付請求管理担当課長から蝶理のシステムが他のものよりも優れているとの情報を入手していたこと及び価格が安かったからである。また,本件施設で蝶理のシステムが導入されたのは,このような原告の意見が通ったからである。

(ウ) 募集広告掲載について

原告が電話帳に入所者募集広告を掲載したのは,条件に合致した者を本件施設に定員数入所させる必要があったからであり,また,募集広告の掲載は,本件施設の知名度を高め,社会的信用を高めるという効果もある。また,理事長も広告費を出捐することについて了承している。なお,原告はバックリベートなど得ていない。

(エ) 入所者の単独受入決定について

原告が入所調整連絡会の構成員を被告主張のように怒鳴りつけたことはない。原告は,総施設長の指示により入所を直接担当するようになったものであり,入所者の決定については,ケースワーカー及び看護主任から確認を受け意見を聴取した上で行っている。

(オ) 電動チェーンソーの購入について

電動チェーンソーは,阪神大震災後に各種の防災用品を購入した際,併せて購入したものであり,それをたまたま原告が自宅で使用したにすぎない。原告が自宅で使用するために電動チェーンソーを購入したものではない。

オ 出張費の請求,受領について

(ア) 出張費の不正請求について

原告は本件施設の副施設長の地位にあり,その出張手当は一般職員より高かったこと,原告が参加しなければならない研修,会議は多数存在していたところ,特に平成12年度は介護保険制度開始に備え多数回出張を行う必要があったこと,原告は理事長,施設長代行として出張することが少なくなかったことに照らせば,原告がその裁量権を逸脱して出張費を個人的に費消したとは到底いえないし,原告が職員に研修会開催を知らせずに握り潰したということもない。また,出張費の請求,受領についても,平成13年1月23日の4340円以外は明確な理由が存在しない請求はないし,ましてや不正請求など存在しない。上記4340円については,当日予定されていた行事の開催日が変更されたのに,原告が誤って請求,受領してしまったものであり,上記請求,受領は不正な動機・目的によるものではなく,これを就業規則23条4号所定の事由を認める事実の一つとすることはできない。

(イ) 出張命令簿兼領収書について

出張命令簿兼領収書への施設長の押印漏れがあったとしても,押印をするのは施設長の仕事であり,原告が責任を問われる筋合いのものではない。

(ウ) 業務日誌及び研修報告書について

業務日誌の記載は正確なものではなく,これに記載がないことをもって当該出張が架空であるとはいえない。また,原告は,研修報告書の提出を求められたことはなく,研修報告書の不提出をもって当該出張が架空であるとはいえない。なお,原告は,施設長に対し,何らかの形で研修報告をしている。

(3)  解雇権の濫用の成否(争点3)

【原告の主張】

ア 原告は,入所者及びその家族の幸せを第一に考えその信望を得るという福祉施設の職員として最も重要な資質を有し,かつ本件施設の発展に寄与してきた。

イ 本件解雇は,理事長と総施設長との間の二女丙川秋子が被告の理事に就任することについて,原告が定款違反であるとして反対したためにされたものにすぎない。

ウ 上記ア及びイ記載の事実に照らせば,本件解雇は解雇権の濫用に当たり,無効というべきである。

【被告の主張】

争う。

第3  当裁判所の判断

1  争点1(退職合意の存否)について

(1)  被告は,平成8年12月及び平成13年6月,原告との間で,原告が1年以内に被告を退職する旨の合意をしたと主張し,証人乙山はこれに沿う証言をする(証人乙山【28頁】)。

しかしながら,理事長及び総施設長が原告に対して退職届の提出を求めたにもかかわらず原告は結局これを提出していないこと(弁論の全趣旨)及び原告が反対趣旨の陳述及び供述をしていること(甲26【1頁】,原告本人【20頁】)に照らし,証人乙山の上記証言を直ちに採用することはできず,他に上記事実を認めるに足りる証拠は存在しない。

(2)  したがって,原被告間において原告が1年以内に被告を退職する旨の合意をしたとの被告の上記主張を採用することはできない。

2  争点2(解雇事由の存否)について

(1)  入所者の生命身体及び健康の軽視について

ア 医務部門への介入について

証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 原告は,被告に就職した当時,総施設長から救急車をむやみに呼ばずに,本件施設の車で搬送するようにとの指示を受けた。その後,本件施設においては,原則として,救急車を要請してはいけないこととされていた。(証人F【5頁】,原告本人【19,20,43頁】)

この点,被告は,原告が同人の許可なく救急車を要請することを許さなかったと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない(乙70にはこれに沿う記載があるが,伝聞にすぎないこと及び原告が反対趣旨の供述をしていること(原告本人【43,56頁】)に照らし,直ちに採用することはできない。)。

(イ) 本件施設及び第2施設における救急車の要請回数は,下記のとおりである(乙134,調査嘱託の結果)。

平成10年4月から平成12年12月まで

本件施設  0回  第2施設 11回

平成13年1月から同年7月まで

本件施設  5回  第2施設  5回

平成13年8月から平成15年9月まで

本件施設 19回  第2施設 26回

(ウ) 原告は,平成9年4月4日に本件施設の入所者であるKが心臓に異常を来した際,A看護主任から救急車による搬送の申出を受けたが,原告がKのところに行くと,既に,同人は薬を飲み症状が安定していたことから,本件施設の車で病院へ搬送するよう述べた。Kは,本件施設の車で病院へ搬送される途中,容態が急変し,目的の病院まで行くことができず,途中にある病院に連絡の上,受診したが,結局死亡した。(甲45【3ないし5頁】,乙69,証人F【17,18頁】,原告本人【18,19頁】)

(エ) 原告は,平成9年ないし平成11年ころ,入所者のLがてんかんの発作を起こした際,病院から救急車により至急来院するよう指示を受けたA看護主任から救急車による搬送の申出を受けたが,本件施設の車で病院へ搬送するよう述べた(甲45【5,6頁】,乙69,原告本人【1頁】)。

(オ) 原告は,精神科医が入所者に対して処方した薬について,医学書や薬の本を調べて,服用を中止するよう指示したことがあった(乙69,弁論の全趣旨)。

(カ) 本件施設においては,平成6年には1名,平成8年には3名,平成9年には2名,平成11年には4名,平成12年には2名の看護師が退職している(乙133)。

(キ) 本件施設における死亡者数は,平成3年度(平成3年4月から平成4年3月まで,以下同様である。)が11名,平成4年度が8名,平成5年度が6名,平成6年度が15名,平成7年度が6名,平成8年度が15名,平成9年度が18名,平成10年度が8名,平成11年度が18名,平成12年度が15名,平成13年度が18名,平成14年度が19名,平成15年度上半期が3名である(乙118ないし122)。

(ク) なお,被告主張によれば,原告は,緊急事態であるにもかかわらず原告への説明を求めて平気で時間を浪費し,また,救急隊員と看護師が必死に処置をしている際に不謹慎な言動をすることがあった,原告は看護師に対して侮辱的な発言をすることがあり,また,退職を申し出た看護師を慰留しなかったなどと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない(乙71には,これに沿う記載があるものの,当該記載は極めて抽象的なものにすぎず,上記事実を認めるに足りる証拠とは評価し難い。)。

上記認定事実によれば,原告は,救急車を要請するか否かあるいは精神科医が処方した薬の服用について,看護主任や看護師に対して意見を述べたことは認められるものの,これらの事実は看護師が退職を決意するような事由とまでは認め難く,原告が医務部門に介入してトラブルを起こしたため,優秀な看護師が次々と退職し,その結果,原告が就職する以前と比べて本件施設の入所者の死亡者が増加したものとまでは認定することは困難であるというほかない。

イ その他の事実について

証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 原告は,平成9年7月末ころ,36名の入所者がいる本件施設3階フロアーの担当者であるHから,お茶飲みやレクリエーションの際に利用される同階のベランダ側デイルームが暑いので冷房を設置してほしいと要望された。これに対し,原告は,「職員が暑いと言って冷房を入れろということだろう。」と述べて,すぐには設置せず,平成11年7月8日に本件施設3階デイルームの窓際付近にいた入所者のSが,口から泡を吹き出し意識を失うという出来事があり,漸く同所にエアコンを設置した。(乙30(枝番を含む。以下同じ。),62ないし64,弁論の全趣旨)

(イ) 原告は,平成11年10月3日,本件施設3階フロアーの担当者であるHから,「副施設長は余り現場に足を運ぶことがないので,現場の厳しさを知らない。」,「もっとよく現場を見た上で議論してほしい。」と言われた。これに対し,原告はHに対し,「現場に行かなければ何も分からないというのか。だけど,今時,コンビニなんかで幹部がいちいち現場に行かないと商品の管理ができないなんて言ったらお笑いだぞ。」と述べた。(乙30の1,弁論の全趣旨)

(2)  入所者に対する不公正な処遇について

証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,本件施設の入所者であるMが部屋替えをしてほしい旨をボランティアの人に告げ,そのことが理事長及び総施設長の耳に入り,原告や他の職員が理事長及び総施設長から叱責されたことについて,平成12年1月2日,Mの家族に,「Mさんのした事について誠に迷惑している。」と述べた。なお,Mは,それまでにも部屋替えを求め,当初はこれに応じていたが,Mの部屋を替えると他の入所者にも影響があることから,平成8年5月ころからはこれに応じなくなっていた。(甲46,乙73,126【16ないし20頁】,原告本人【1頁】)

イ 原告は,平成13年5月18日,本件施設の入所者であるNが職員からの居室変更指示を拒否した際,同人に対し,職員の指示に従うよう説得した。しかし,Nが,自分にはこの部屋にいる権利があると指示に従おうとしなかったため,原告は,「指示に従わないのなら,出ていくように。」,「私にはNさんをここから出すこともできる。」と述べた。Nは,その翌日,急遽外泊することになり,結局そのまま本件施設を退所した。なお,Nについては,従前から,長女のOが引き取る旨の話があった。(甲47,乙74ないし76,原告本人【1頁】)

ウ 原告は,本件施設の入所者であるPの家族に対し,折り返し電話をもらう必要があったことから,自宅の電話番号を教えたことがあった。また,原告は,Pが死亡した際,同人の遺族に対し,葬儀業者のあっせんをし,葬儀の代行手配をしたほか,葬儀の後,Pの位牌と同人の遺族を乗せて,本件施設の周囲を車で運転した。もっとも,原告の上記のような取扱いは,Pの場合に限られるものではなく,また,原告が入所者の遺族にあっせんするのは,原告が被告に就職する以前から本件施設と付き合いがある葬儀会社であった。原告は,Pと重病を患っていたその長男との橋渡し役を,同人の妻Qの電話や手紙を通して長時間務めていたことなどから,QからPの生前に1万円相当の,死後に2万円相当の商品券を個人的に受け取っており,他方,原告は,Pの葬儀に出席し,香典を渡している。原告は,Pの葬儀について,本件施設の職員に知らせていない。(甲28【3,4頁】,48,乙66,77ないし79,80の1,同81ないし83,126【11ないし16頁】,証人F【19ないし21頁】,原告本人【9,47ないし49頁】。甲48の記載中,上記認定に反する部分は採用しない。)

エ 被告は,原告が職員に対して友人の母親であるRについて手厚い看護をするよう指示したと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

(3)  職員に対する言動について

証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,平成6年2月ころ,寮母のBから,38度の熱があるので休ませてほしい旨の電話を受けた際,「声は元気。出てきなさい。」と述べた。そのため,Bは出勤したが,結局体温が39.2度まで上昇し,3日間入院することとなった。また,原告は,Bから退院した旨の連絡を受けた際,同人に対し,翌日から通常の日勤業務に就くよう述べた。(甲49【1,2頁】,乙84,原告本人【44ないし46頁】)

イ 原告は,厨房職員のCが業務上負傷した際に,厨房の主任から,Cがスキーをしている時に膝を痛めそれが再発したとの報告を受けていたため,Cに対し,「そんなけが,私用中か就業中に起きたか怪しいもんだ。」と述べ,労災申請については,「自分で,労働基準監督署へ行き,労務士と話をして所定の用紙に自分で記入して持参し,その後用紙の記載内容で判断する。」と述べた。Cは,その後,労災の認定を受けた。(甲49【2頁】,乙85,原告本人【46,47頁】)

この点,被告は,原告がCに対して「普通,労災が認められて,長期休職するようになるなら,職場の方々に迷惑をかける前に,自分から退職願を書き,自主退職するものだ。」と述べたと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない(乙85にはこれに沿う部分があるが,反対趣旨の甲49の記載に照らし,直ちに採用することはできない。)。

ウ 寮母のDは,平成13年2月8日,勤務中に約3週間の安静加療を要する尾骨骨折の疑いのある臀部打撲のけがをした。Dは,その後,労災の認定を受けた。(乙14,15)

この点,被告は,原告がDに対して,「打撲で良かった。人がいないんだから,明日から仕事に出てきなさい。」,「ただの打撲だよ。労災なんてとんでもないよ。」,「人がいないんだからこんなに休まれては困るんだよ。他にも働きたい人は大勢いるんだから。」と述べたと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない(乙13,43,86にはこれに沿う部分があるが,反対趣旨の原告の供述(原告本人【43,44頁】)に照らし,直ちに採用することはできない。)。

エ 原告は,平成8年ころ,部下の女性職員Eと不貞行為を行った。なお,これについては,被告は,事件が一段落した後は特に問題としてこなかった(甲25【8頁】,乙51,弁論の全趣旨)。

(4)  不正ないし疑惑の存在について

証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 遺留金品単独引渡について

(ア) 東京都指導に係る「老人ホーム生活指導員の手引 事務編」の「返還の取り扱い(第14条)」には,立会人相互で監視する体制を採ることにより職員による遺留金品の着服行為等の不正を防止するとともに,第三者から不正が行われているのではないかとの疑いを持たれないようにするために,遺留金品引渡は複数の職員で立ち会うべき旨が定められている(乙31,弁論の全趣旨)。

(イ) 本件施設における遺留金品引渡は,平成8年3月までは当時事務長であった原告と他の職員が同席して行っていた。しかし,原告が副施設長となった平成8年3月以降は原告が単独で行うようになった。(乙10の1,同25【5ないし7頁】,31,弁論の全趣旨)

(ウ) 被告は,平成12年1月17日及び同月18日に実施された東京都の指導検査において,遺留金品引渡の原告による単独実施を改め,必ず複数の職員で対応し,対応した職員の氏名を受領書に記載するようにとの指導を受け,原告は東京都からこのような指導を受けたことを認識していた(甲25【3ないし5頁】,乙10の1,同25【5ないし7頁】,116,原告本人【53頁】)。

(エ) 本件施設のケースワーカーであるFは,原告に対し,遺留金品引渡を複数の職員で実施するよう婉曲に進言するとともに,遺留金品引渡の際作成する「お引渡書」の立会人氏名欄に2名分の欄を設けて複数立会実行のための改善策を講じた。しかし,原告は,遺留金品引渡に立ち会おうとする職員に対し,退席を促し,滅多に複数立会いを実行せず,「お引渡書」の立会人氏名欄には実際に立ち会っていない職員に記名押印をさせた。(甲25【3ないし5頁】,乙10,25【5ないし7頁】,原告本人【53頁】)

(オ) 原告が遺留金品引渡を単独で行ってきた理由は,総施設長から遺族に寄付を募るようにとの指示を受けており,この指示を遺留金品引渡の機会を利用して実行していたからである。遺族に寄付を募る行為には,言外に本件施設が遺族に代わって入所者を最期まで世話したのだから遺族は寄付をするのが当たり前であるとの含みがあり,原告は,遺族の弱みに付け込んだ嫌な行為であると感じており,そのような場に部下を同席させることを嫌ったためと,遺留金品引渡は職員が纏めたリスト等を1時間程かけて書き写すセレモニー的業務であることから,職員の立会いは時間の無駄であると考えたためである。(甲25【3ないし5頁】,原告本人【5ないし8頁】)

(カ) 原告は,理事長又は総施設長から,東京都の指導を遵守し遺留金品引渡の単独実施を止めるよう指示されたことや遺留金品引渡の際にFから総施設長の指示だから立ち会う旨の申出を受けたことはなかった(原告本人【7,8,53頁】)。

この点,Fの陳述書(乙25)中には,同人は,総施設長から遺留金品引渡は必ず複数で行うよう指示され,その後遺留金品引渡が行われた際,原告に対し,総施設長の指示だから立ち会うと述べた旨の記載があるが,この点に関するFの記憶は曖昧であること(証人F【30頁】)及び原告はFから上記の申出を受けていない旨の供述をしていること(原告本人【7頁】)に照らし,直ちに採用することはできない。

イ 機器購入の際の言動について

(ア) 本件施設において保温冷配膳車を購入するに当たり,平成13年2月ころから同年7月にかけて,栄養士と厨房職員がホシザキ及びナショナルの各業者と話し合い,両社の製品をデモンストレーションした上で,その希望に従い,ナショナルの製品を購入した(甲25【9頁】,26【5,6頁】,乙27,弁論の全趣旨)。

この点,被告は,原告がナショナル製品を希望していた厨房職員に対しては経営者からホシザキ製品を指示されていると述べ,経営者に対しては厨房職員がホシザキ製品を希望していると述べたと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

(イ) 本件施設及び第2施設の両施設では平成12年4月の介護保険制度の開始に備えて新たにシステムを導入することになり,当初は両施設に共通の機種を導入することが計画されていた。原告は,国民健康保険団体連合会の介護保険給付請求管理担当課長から蝶理のシステムの方が他のものよりも優れていると聞いていたことや価格が安いと感じたことから,蝶理のシステムを導入したいと考えた。両施設の職員が集まって機種選定の打合せをした際,第2施設の職員はワイズマンのシステムを,原告は蝶理のシステムをそれぞれ推薦したが,原告は蝶理のシステムを推薦する理由を第2施設の職員に納得させることができなかった。原告は蝶理のシステムを導入するように総施設長及び理事長を説得し,その結果,本件施設には蝶理,第2施設にはワイズマンのシステムが導入されることとなった。本件施設で蝶理のシステムを担当する職員は蝶理のシステムによりいかなる作業が可能であるかを把握していなかった。本件施設においては,請求書・領収書の一括印刷及び入所者に請求する金額計算を,蝶理のシステムを用いて行うことができず,第2施設の職員がそれに対応するためのシステム作りを命じられ,これらはワイズマンのシステムでは容易に処理可能であった。なお,第2施設の職員は,本件施設が第2施設と異なる機種を導入することを了解していなかった。(甲25【6,7頁】,乙18,23,38,原告本人【1頁】,弁論の全趣旨)

また,上記のとおり蝶理のシステムを担当する職員が蝶理のシステムによって行い得る作業を把握していなかったことからすれば,原告と実際にソフトを使用する担当者との間において,機種の性能及び選択等に関する話合いが十分されてこなかったことが推認される。

(ウ) 本件施設では従来押印で行っていた出退勤管理を,タイムカードに要項を記入する方式に変更することが決定されていた。そこで,原告は,平成13年2月末ころ,業者にソフトの開発を依頼して,出退勤,残業及び食事代の管理をタイムレコーダ方式により行うことが労力的にもコスト的にも合理的であると考え,その構想を経理担当のG主任及び給料計算担当事務員に説明し賛同を求めた。これに対し,原告の案に賛成しかねたG主任が「私には決められない。」等と述べると,原告は立腹し,G主任に対し,「どうして協力してくれないの。」と強い語気で述べた。G主任は,原告とのやりとりから原告が本当に職員の作業を楽にするために考えたことなのか疑問を持った。(乙13【2,3頁】,弁論の全趣旨)

ウ 募集広告掲載について

本件施設では,約85名の入所希望者が存在したところ,原告は,性別,要介護度,介護内容,個人負担金支払能力及び健康状況等を勘案し,適切な者を定員数入所させるためには上記の入所希望者がいるだけでは不十分であり,入所者募集広告を掲載することが必要であると考えた。そこで,原告は,平成12年12月18日,東日本電信電話株式会社に対し,西多摩及び東京都新宿・渋谷の電話帳に料金80万5200円で本件施設に関する入所者募集広告を掲載する申込みを被告名義で行った。原告は,上記申込みに当たり,理事長に広告掲載の必要性を説明して了承を得,理事長に電話帳広告申込書に被告の法人印を押印してもらった。(甲50,乙26,原告本人【11頁】)

この点,被告は,募集広告を行う必要は全くなかったと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はなく,かえって,上記認定のとおり,本件施設の入所状況を熟知している副施設長の原告及び理事長が共に必要性を認めていたことからすれば,電話帳に本件施設への入所者募集広告を掲載することは,被告にとって必要のあることであったと推認するのが相当である。

エ 入所者の単独受入決定について

(ア) 本件施設の入所に関する業務は,平成12年4月1日の介護保険制度の開始を挾み平成11年12月から平成13年2月ころまではケースワーカーのFが担当していたが,稼働率を上昇させるために総施設長の指示によってそれ以降は原告が直接担当するようになり,Fは直接の担当から外れた。原告がFから業務を引き継いだ時に,2名の入所希望者の入所事務が滞ることがあった。(乙25【1ないし5頁】,弁論の全趣旨)

(イ) 原告は,入所申込書が受け付けられた時点でケースワーカーや看護師から内容の確認を受け,その上で入所させるか否かを決定していた。原告は,入所の受入決定に当たり,必要に応じ,ケースワーカー,看護師及びフロア主任から意見を聴取した。(弁論の全趣旨)

(ウ) 被告は,原告が本件施設の入所者の決定を受付順や職員側の受入態勢を無視して行ったと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。また,被告は,原告が,平成12年6月末ころ,入所を依頼した者について,第2施設が入所調整連絡会を開催し,受け入れないとの結論を出したことに逆上し,電話でその主要構成員に対し,「何で駄目なんだ。俺の顔を潰す気か。」,「何で俺に一言も報告せずにそんな委員会を作ったんだ。」と怒鳴りつけたと主張する。そして,Iの陳述書(乙24の1)には被告の主張に沿う記載があるが,証拠(甲52)によれば,Iは,上記入所希望者の入所には何ら関与していないことが認められ,同人の陳述書の記載を直ちに採用することはできず,他に上記事実を認めるに足りる証拠は存在しない。

オ 電動チェーンソーの購入について

本件施設では,阪神大震災後,防災用品の整備を行っていたところ,原告は,平成11年10月8日,被告名義で電動チェーンソーを代金1万0290円で購入した。原告は,その数日後,上記電動チェーンソーを自宅に持ち帰って使用し,その後,これを本件施設に返還した。なお,原告以外にも,理事長,総施設長,主任等も,被告の備品等を私的に使用したことがある。(甲51,乙88,89,原告本人【1頁】)

この点,被告は,原告が新築した自宅の庭木を手入れするために必要であったものを本件施設の防災用品名目で購入したと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠は存在しない(被告は,上記電動チェーンソーが購入後一度も使用されていないこと及び電動式では災害の際に役に立たないことを根拠に,原告が私的に必要であったものを本件施設の防災用品名目で購入したものであると主張する。しかし,防災用品としての購入であるから購入後一度も使用されていなくとも何ら不自然ではなく,また,本件施設では災害に備えて発電機を購入しており(甲51,原告本人【1頁】),電動式であっても災害時に使用することは可能であり,被告が主張する上記各事実は,原告が私的に必要であったものを本件施設の防災用品名目で購入したとの根拠足り得ないというべきである。)。

(5)  出張費の請求,受領について

ア 証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 被告の給与規程には,下記のとおりの定めがある(甲16,乙93)。

第36条(出張の種類)

1 管内出張とは,東京都内及び近県出張で施設所在地から目的地に至るまでの片道所要時間が3時間以内で,かつ片道距離が100Km以内で宿泊を要しない出張をいう。

第37条(旅費の支給)

1 旅費は原則として,本規定の別表7に基づき,任務終了後所定の出張報告書(旅費精算書)により支給するが,必要に応じて旅行前に概算額を支給し,帰任後精算することができる。

2 交通費は実費支給する。ただし,職員が施設の車輌を使用して出張した場合は,必要と認めた実費以外の交通費は支給しない。

3  日当は日数により,宿泊費は宿泊数により支給するが,他の団体等で負担する場合は,宿泊費は支給しない。

4  職員が,資格,免許取得等のための管内出張については,日当は支給しない。

5  旅行は,普通列車を利用することを原則とするが,命令を受けて急行料金,特別料金を徴する列車等を使用した場合,または航空機・タクシーを利用した場合はその運賃を支給する。

(イ)  原告は,平成12年度(平成12年4月1日から平成13年3月31日まで)に別紙の出張用務記載の理由で行った出張につき,被告に出張費を請求し,請求どおりの金員の支給を受けた(乙49の2,同60,弁論の全趣旨)。

(ウ)  原告に出張費を支給する根拠となった原告作成に係る平成12年度の出張命令簿兼領収書の命令者欄には施設長の押印がされていなかった(乙49の2,同59,60,104)。

(エ)  原告は,平成12年度中の82回の出張のうち22回の出張については,業務日誌に記載していない。なお,東京都の指導に係る社会福祉施設等指導検査関係規程においては,業務日誌について,施設の状況を的確に把握するため,施設日常業務を一覧できる内容である必要があるとした上で,①利用者の特記事項(入所,退所等),②行事,③利用者の状況(現員,外泊等),④職員の状況(休暇,出張)及び⑤来訪者が必要事項とされている。(乙94ないし96,109,130,131)

(オ)  原告は,研修を受けた後,研修報告書を提出して報告しなかった(乙47)。

(カ)  原告は,約50名の本件施設全職員を対象として計上された平成12年度旅費交通費予算総額55万8678円のうち52.8パーセントに相当する29万5080円を使用した(乙47,57)。

この点,被告は,原告が,本来受講させるべき部下職員に研修会が開催されることを知らせず握り潰したと主張するが,証拠(乙13【3,4頁】,27,97の1)によっては未だこれを認めることができず,他にこれを認めるに足りる証拠は存在しない。

イ 被告は,原告がした別紙記載の出張費の請求,受領等が,不正なものであると主張するので,まず,この点について検討する。

証拠(甲14,15,17ないし21,27,54,乙100,102,103,132,原告本人【26ないし34,55頁】)によれば,以下の事実が認められる。

(ア)  被告が「郵便で良い」と主張する本件出張①は,東京都から指導された事項についての対応予定を,東京都福祉局指導検査課に持参するためにした例年どおりの出張であり,このように持参することについては理事会で報告済みである。

(イ)  被告が「郵便で良い」,「指示なし」と主張する本件出張⑮は,東京都から呼出しを受けて原告が施設長代理として行った出張である。

(ウ)  被告が「開催なし」と主張する本件出張②⑦file_10.jpgは,福祉施設全体を対象とする従事者共済会において行われた年金の給付率改正に関する会合や代議員会出席等のためにした出張である。

この点,被告は,平成12年4月17日に「従事共済会」に行ったとする本件出張②は第1回従事者共済会代議員会が同年5月15日に開催されていること,本件出張②は実費弁償領収の記録(乙132参照)がないこと,東京都社会福祉協議会の老人福祉部会事業報告(乙103の3)に上記会議が記載されていないことを根拠に,本件出張②に係る会議は開催されていないと主張する。しかし,上記出張は,従事者共済会の代議員会ではなくその参加者の一部からの意見聴取であったこと(甲27),そもそも老人福祉部会事業報告には従事者共済会に関する記載はされていないこと(乙103の3)に照らすと,被告の主張する上記事実は,いずれも,上記認定を覆すものということはできない。

(エ)  被告が「近郊」,「市内」と主張する本件出張③⑨⑩⑪⑰⑲⑳file_11.jpgfile_12.jpgfile_13.jpgfile_14.jpgfile_15.jpgfile_16.jpgfile_17.jpgfile_18.jpgfile_19.jpgは,あきる野市,羽村市及び瑞穂町等の近郊や福生市内の出張である。原告は,本件施設ではこのような出張についても従来出張扱いとしていたことから,この取扱いに従って請求したものである。なお,出張先が近郊や市内であることは給与規程36条及び37条において出張費の支給除外事由とはされていない。

(オ)  被告が「確認できず」と主張する出張のうち,本件出張④file_20.jpgfile_21.jpgは例年どおり総施設長及び理事長代行としてした出張,本件出張⑥⑫は介護保険の保険給付請求書を東京都国民健康保険団体連合会に持参するためにした出張である。本件出張⑧は,平成12年9月から本件施設の増改築工事を実施するに先立ち,その会計処理等につき東京都福祉局に相談するためにした出張である。東京都の担当者と協議することについては理事会で報告済みである。本件出張⑯file_22.jpgfile_23.jpgは,移行時特別積立金取崩しのために必要な協議を行うための出張であり,この協議が必要なことは理事会で報告済みである。本件出張file_24.jpgは,介護保険制度に定められた苦情解決を具体化する事業に関する研修に出席するためにした出張であり,出張したことについては理事会で報告済みである。

(カ)  被告が「出張ではない」,「該当せず」と主張する本件出張⑪file_25.jpgfile_26.jpgfile_27.jpgfile_28.jpgfile_29.jpgfile_30.jpgfile_31.jpgfile_32.jpgは,施設外行事に時間外あるいは休日に参加したり,入所者が逝去した際時間外に病院等に緊急出動した出張であり,本件施設では,従来,事務長及び副施設長に対しては,このような場合に出張扱いとしていたことから,原告はこの取扱いに従って請求したものである。

(キ)  被告が「指示なし」と主張する本件出張⑬⑱file_33.jpgfile_34.jpgfile_35.jpgfile_36.jpgfile_37.jpgfile_38.jpgfile_39.jpgfile_40.jpgfile_41.jpgfile_42.jpgfile_43.jpgfile_44.jpgfile_45.jpgfile_46.jpgfile_47.jpgは,本件施設で介護実習をしている専門学校と親睦を図るために同校生徒の企画するコンサートに出席したもの,東京都経営支援費を受ける上で出席が義務付けられた東京都社会福祉事業団の研修に理事長代理で出席したもの,社会福祉法制定の折に同法の説明会に出席したもの,福祉先進各国の製品の展示会や福祉器具の講習会に出席したもの,厚生省の介護保険法関連審議会の諮問委員をパネリストとするシンポジウムや特別養護老人ホームと介護療養型病院を一緒に経営する法人の報告会に出席したもの,資格を維持継続する上で必要な介護支援専門員有資格者の現任研修に出席したもの,東京都福祉局法人課主催の説明会に出席したもの,国民健康保険団体連合会中央会の構成員等による介護保険の今後の見通し等の報告が行われたセミナーに出席したもの,青梅ハローワークが主催する人事採用担当者向けのセミナーに出席したもの及び老人福祉部会の労働基準法研修委員会が主催する研修に出席したものである。

上記認定事実によれば,上記各出張はいずれも原告の業務遂行に必要か,あるいはこれと密接な関連を有するものであるから,命令者である施設長の明示又は黙示の命令に基づくものであったと推認することができる。

(ク)  被告が「行っていない 第2施設職員が出席」と主張する本件出張⑭file_48.jpgは,原告が第2施設の職員と共にした出張である。

(ケ)  被告が「施設長向けなし サービス職員の研修のみ開催」と主張する本件出張file_49.jpgは,当該日は,都福祉事業団開催の職員研修のほかに都福祉人材派遣センター主催による社会福祉施設長研修が開催され,原告は後者に出席したものである。

(コ)  本件出張file_50.jpgは,平成13年1月23日に予定されていた老人福祉部会総会の開催日が同年3月14日に変更されたのに,原告が誤って変更前のまま交通費及び日当として4340円を請求しこれを受領したものである。

この点,被告は,本件出張file_51.jpgに係る出張命令簿兼領収書は,本件出張に行ったとされる日の直前である平成13年1月17日から同月23日までの間に命令者欄の押印を受けており,また,金銭の領収も出張に行ったとされる日から1週間以内にされているのであるから,原告は,本件出張file_52.jpgについて,虚偽であることを認識しつつ出張費を請求しこれを受領したものであると主張する。しかし,後記認定のとおり,出張命令簿兼領収書の命令者欄の押印は,出張後相当期間経過後にされていたのであり,また,証拠(乙49の2,同60)によれば,原告が上記出張費を受領したのは,本件出張file_53.jpgから約1か月が経過した同年2月19日であることが明らかであり,被告の上記主張はそもそも前提事実が認められず,失当というほかない。

(サ)  本件出張⑤file_54.jpgfile_55.jpgは,原告が,各用務のために出張したが,開催された日を1日誤って記載したものである。

(シ)  被告が資格,免許取得等のための管内出張であるから,日当を請求することができず,公休又は有給休暇を使用し,参加費も自己負担すべきであるとする本件出張file_56.jpgfile_57.jpgfile_58.jpgfile_59.jpgfile_60.jpgfile_61.jpgについては,原告は既に上記出張に係る研修会において取得できる資格に相当する資格を有しており,資格,免許取得等のための管内出張ではなかったため,日当を請求,受領し,公休又は有給休暇を使用せず,参加費も被告の負担としたものである(上記認定に反する乙108は採用しない。)。

(ス)  原告は,福生市地域福祉計画推進委員会に出席した場合には福生市から,従事者共済会代議員会に出席した場合には東京都社会福祉協議会から,それぞれ日当の支給を受けている。原告は,本件施設においては,従来,このような出張であっても日当が支給されていたことから,この取扱いに従って請求したものである。なお,給与規程36条及び37条においても,宿泊費については他の団体で負担する場合には支給しない旨の定めがあるが,日当にはそのような定めはない。

(セ)  原告は,平成12年10月22日には2回の出張を行い,両出張について日当の支給を受けている。しかし,給与規程36条及び37条によっても,そのような場合に日当を支給しない旨の定めはない。

上記認定事実によれば,原告のした別紙記載の出張費の請求,受領等のうち,原告が平成13年1月23日に老人福祉部会総会に出席したとして4340円を請求しこれを受領したのは理由がないが,これ以外に不正な請求と認めるべきものはない。

ウ 次に,出張命令簿兼領収書に命令者の押印がされないまま原告が出張をし出張費を受領した点について検討する。

旅費の支給については給与規程37条1項が,原則として,同規程の別表7に基づき,任務終了後所定の出張報告書(旅費精算書)により支給する旨定めているところ,証拠(甲27,乙49の2,同59,60,原告本人【10,11頁】)及び弁論の全趣旨によれば,本件施設における出張費の請求手続は,出張者は,施設長から命令を受けて出張し,その後毎月10日ころに出張命令簿兼領収書に所定事項を記入・捺印して経理担当者に提出し,経理担当者は,計算した上で出張命令簿兼領収書及び出金伝票を施設長に提出し,施設長から確認及び押印を受けた後出金して出張者に交付し,出張費を受領した出張者は受領印を押すという流れになっていたこと,しかしながら,実際には,上記の手続における施設長の押印は,出張費支払後相当期間が経過してからされていたことが認められる(乙47の上記認定に反する部分は採用しない。)。

上記認定事実によれば,出張命令簿兼領収書の命令者欄の印の有無は出張命令の有無を表すものではなく,また押印がないのは原告の責めによるものではないから,出張命令簿兼領収書に命令者の押印がされないまま原告が出張を行い出張費を受領したことをもって不正な行為ということはできない。

エ 被告は,平成12年度に行ったとされる原告の82回の出張のうち22回の出張について業務日誌に記載していないことが,原告が実際に出張に行っていないのではないかとの疑いを生じさせる行為であると主張する。

しかしながら,証拠(甲53,原告本人【1頁】)によれば,原告はすべての出張を業務日誌に記載していたわけではなかったことが認められ(このことは,甲15及び乙132から原告が出席したことが明らかな平成13年3月21日に開催された従事者共済会代議員会について業務日誌に当該記載がないことからも裏付けられる。),そうだとすると,業務日誌に記載がないからといって直ちに実際に当該出張に行っていないのではないかとの疑いが生じるものということはできない。

オ 被告は,原告が研修終了後に研修報告書による報告を行わなかったことが原告が実際に出張に行っていないのではないかとの疑いを生じさせる行為であると主張する。

しかしながら,本件証拠上,原告に研修報告書の提出を義務付ける根拠はうかがわれず(被告は,給与規程37条1項を根拠とするが,同条項の「出張報告書(旅費精算書)」とは出張命令簿兼領収書をいうものと解される。),また,証拠(甲54,原告本人【1頁】)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,受けた研修の内容に応じて,施設長に口頭で報告したり,主任会議で資料をコピーして説明したり,全体職員会議や朝礼で話をしたり,理事会で報告したり,勉強会を開いて講師役を務める等して常時情報還元していたことが認められる。したがって,副施設長である原告が,研修の結果報告を,研修報告書の提出によらずに上記のような形で行っていたことをもって,原告が実際に出張に行っていないのではないかとの疑いを生じさせる行為であるということはできない(乙48,98の記載中,上記認定に反する部分は採用しない。)。

カ 最後に,原告が,平成12年度旅費交通費の予算総額55万8678円のうち52.8パーセントに相当する29万5080円を使用したことについて検討する。

一般に,社会福祉法人内において,各職員の受講する研修の数や支給される研修費等の額が,その職責及び必要性に応じて差が生じるのはやむを得ないことである。加えて,証拠(甲27,原告本人【1頁】)及び弁論の全趣旨によれば,原告は副施設長の立場にあり,特に平成12年度は同年4月に介護保険制度が開始されるのに備え,数多くの出張を行う必要があったこと,原告は理事長・施設長代行として出張を行うことが少なくなかったこと,原告の出張手当は一般職員よりも高かったことが認められ,これらの点を考慮すると,原告が平成12年度旅費交通費の予算総額55万8687円のうち52.8パーセントに相当する29万5080円を使用したことをもって,原告が全職員の能力や資格の向上を図るよう指導したり平等に研修等を受講させる義務を怠ったということはできない。

(6) 原告の勤務状況等について

証拠(文章中に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,被告に就職してから本件解雇に至るまで,施設長代行として本件施設の施設運営及び対外活動の施設長業務全般,法人事務局業務,第2施設の設立準備行為等の重要な業務を委ねられて遂行してきた(甲25,原告本人【1頁】)。

イ 原告は,本件施設の入所者の生活を一般の人の生活に近づけるために,入所者の夕食時間を午後5時から,平成6年に午後5時30分に,平成8年には午後6時に変更し,勤務シフト・ローテーションの見直しをした。なお,入所者の夕食時間が午後6時に変更されたことにより,平成12年に介護保険制度が開始されてからは,年間720万円の加算額が支給されることとなった。(甲28,原告本人【1頁】)

ウ 原告は,被告に就職した当初,特定の支出科目を一定額費消すれば民間給与改善費が支給されることに気付き,理事長と相談の上,リハビリルーム及び居室エアコンの設置を行った。その結果,被告に,民間給与改善費が年間1000万円ないし2000万円支給されることとなり,措置制度が終了するまでの5年間に合計7000万円ないし8000万円の増収をもたらした。(甲28,原告本人【1頁】)

(7) 本件解雇に至る経緯について

証拠(甲3,4,12,25【3頁】,26,30ないし37,原告本人【1頁】)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 理事長は,平成13年1月25日に開催された理事会において,理事長と総施設長の二女である丙川秋子を,被告の理事候補として紹介した。

イ 原告は,平成13年3月6日ころ,被告の定款を調査するとともに,東京都の福祉局法人課に確認したところ,丙川が被告の理事に就任すると,被告定款の定数規定等に違反することが判明したため,まず理事長にその旨を告げ,次いで,同月27日,総施設長にその旨を告げた。これに対し,総施設長は,原告に対し,「全く融通が利かないんだから。何で東京都にいちいち聞かなくちゃならないのよ。後で怒られたら怒られたで良いじゃないの。」と述べた。原告が,総施設長に対し,親族規定にも違反するおそれがあることを告げると,「人間が決めていることなんだからできないことがある訳ないわよ。それとも私たちに敵対するつもり?」と述べた。

ウ 理事長及び総施設長としては,現在の理事のうち1名に辞めてもらうか,あるいは,総施設長が理事を辞めることにより,丙川を被告の理事にすることも可能であった。また,丙川は,被告の理事に就任しなくとも,被告の理事会にオブザーバーとして出席することが可能であった。しかし,丙川は被告の理事に就任することを断った。

エ 理事長及び総施設長は,平成13年6月20日ころから,原告に対し,「甲野さんはうちのやり方と合わないから辞めてもらいたい。」などと述べて,依願退職するよう求め,理事長が作成した退職届と念書の見本を示した上で,退職届及び念書を作成するよう要求した。また,被告は,平成13年7月には,原告の後任者としてJを雇用することを決め,職員等に同人を原告の後任として紹介し,同年8月16日付けで,Jを雇用した。

オ 被告は,平成13年7月30日,原告に対し,「8月31日付の依願退職であるならば,通常の退職金+本俸の6か月分を予定している。もし依願退職が無理であるならば,法人としても弁護士と相談の上,解雇の方向で話を進めたい」との書面(甲3)を送付した。続いて,被告は,平成13年8月18日,原告に対し,「当法人は,さきに平成13年7月30日付書面をもって,原告に対し,8月31日付をもって依願退職しないときは解雇とする旨雇用契約の解約を申入れ済みであります。」との記載のある書面(甲4)を送付し,原告は同月19日これを受領した。

(8) 判断

以上の認定,判断に基づき,原告に就業規則23条4号(勤務状態及び業務の遂行に必要な能力が,著しく不良で就業に適さない)に該当する事由があるか否かにつき検討する。

前記認定事実によれば,①原告が,医師や看護主任の判断を尊重せず,KやLについて救急車ではなく本件施設の車により病院へ搬送するよう述べたこと及び精神科医が入所者に対して処方した薬について医師でもない原告が自分で医学書や薬の本を調べて服用を止めるよう述べたことは,不適切な行為であったといえる。このほか,原告には,②入所者の健康等を軽視するかのような言動がみられること(前記(1)イ),③入所者及びその家族に対する配慮を欠く言動がみられること(前記(2)アイ),④職員に対する配慮を欠く言動がみられること(前記(3)アイ),⑤職場の規律を乱す行為があったこと(前記(3)エ),⑥不正をしているのではないかとの疑いを受ける余地もある好ましくない行為をしたこと(前記(2)ウ,(4)ア,同イ(イ)(ウ)),⑦平成13年1月23日に老人福祉部会総会に出席したとして請求,受領した4340円は理由がないものであったこと(前記(5)イ(コ)),⑧業務日誌を正確に記載していなかったこと(前記(5)エ)等の問題点が存することが認められる。

しかし,上記①については,本件解雇に至るまで,特に問題とされてきた形跡がないこと(なお,証人乙山は,同人が,平成12年暮れころ,原告が医務室等へ立ち入ることを禁止したと供述するが(証人乙山【5ないし7頁】),被告は,原告に対して医務室等へ立ち入ることを禁止したのは丙川秋子であると主張していたこと(被告第2準備書面3頁等)及び原告が反対趣旨の供述をしていること(原告本人【16頁】)に照らし,証人乙山の上記証言を直ちに採用することはできない。),この点に関する被告の立証は,被告の元職員の陳述書にわずかな記載があるにすぎず,各入所者の当時の容態あるいは看護主任と原告とのやりとり等について何ら具体的な主張,立証がされていないこと等を考慮すると,原告の上記言動が重大な影響を及ぼすものであったと断言することはできないし,そもそも,K及びLについて救急車を要請しなかったことは総施設長の意向に沿うものであったということもできる。また,上記②ないし④については,必ずしも重大なものとはいえないものも多く,加えて,原告が被告に就職して以降本件解雇に至るまでの長期間の間に行われたものであること,上記⑤については,事件発生から本件解雇までの間に長期間が経過しており,事件が一段落した後は被告において特に問題としてこなかったこと,上記⑥については,必ずしも重大なものとはいえないものばかりであり,加えて,原告が不正な動機・意図に基づいて行ったとの事実は全くうかがわれないこと,上記⑦については,原告が故意に行ったものではなく過誤によるものであり,かつ,その金額も4340円とわずかであること,上記⑧については,これまで被告において特に問題とした形跡はうかがわれず,被告の業務に支障を来す程の重大な職務の懈怠ということはできないことの諸点を指摘することができる。

以上,指摘した点を考慮すると,原告における上記のような問題点は,必ずしも重大なものであるということはできない。そして,原告は平成6年1月に被告に雇用されて以来,当初は本件施設の事務長を,平成8年3月以降は本件施設の副施設長を務め,平成11年9月からは被告の事務局長を兼任し,施設長代行として本件施設の施設運営及び対外活動の施設長業務全般,法人事務局業務,第2施設の設立準備行為等の重要な業務を委ねられ,更に平成13年2月ころからは,総施設長の指示により,本件施設の入所に関する業務も担当するようになるなど,一貫して被告の重要な業務を委ねられていたところ,原告は被告から委ねられたこのような重要な業務の遂行に尽力し,実績を上げてきたことのほか(前記争いのない事実(3),前記(4)エ(ア),(6)),本件施設の入所者の家族から原告を評価する旨の陳述書等(甲38ないし44)が提出されていること,原告はこれまで一度も懲戒処分を受けていないこと(弁論の全趣旨。なお,被告の就業規則59条においては,戒告から諭旨解雇まで5段階の懲戒処分が定められている。),上記(7)で認定した本件解雇に至る経緯からうかがわれる事情(とりわけ,原告が理事長と総施設長の二女である丙川秋子が被告の理事に就任することについて理事長及び総施設長の意に添わない言動をしたことを理事長及び総施設長が不満に思い,このことが本件解雇の契機の一つとなったと考えられること)をも考慮すると,原告には被告の就業規則23条4号に定めるところの勤務状態及び業務の遂行に必要な能力が著しく不良で就業に適さないとまでの事由を認めることができないことは明らかである。したがって,原告には,被告の就業規則23条4号に定める解雇事由が認められず,本件解雇は無効であるというべきである。

(9) 小括

以上のとおり,本件解雇は,被告の就業規則に定める解雇事由が認められず,無効である。したがって,原告は,本件解雇以降も,被告の従業員として労働契約上の権利を有する地位にあるというべきである。

3 賃金及び期末勤勉手当の請求について

(1) 被告が平成13年9月1日以降原告の就労を拒否していることは当事者間に争いがなく,原告の労務提供は債権者である被告の責に帰すべき事由によって履行不能となったというべきであるから,被告は,原告に対し,原被告間の労働契約に基づき同日以降本判決確定の日まで賃金を支払う義務がある。

(2) しかし,期末勤勉手当については,原告は,平成12年12月,平成13年3月及び同年6月の原告の受給額を主張するのみで,原告が解雇されなかったならば原被告間の労働契約上少なくとも上記金額の期末勤勉手当が確実に支給されたであろうことについて何ら主張,立証をしていない(なお,被告の給与規程(甲16)31条によれば,期末勤勉手当は,本俸及び調整手当の合計額に支給率を乗じ,在職率及び出勤率を乗じて定めるものとするが(ただし,施設の財源の状況により特殊業務手当,管理職手当,職務手当及び資格手当を算定基準額に加えることができる。),期末勤勉手当の支給基準は,施設の財源の状況により増減することがあるとされている。)。よって,本訴請求中,原告が本件解雇後本判決確定の日までの間の期末勤勉手当の支払を求める部分は理由がないというべきである。

4  本判決確定の日の翌日以降の賃金及び期末勤勉手当等の請求について

原告は,本判決確定の日の翌日以降の賃金及び期末勤勉手当並びにこれらに対する遅延損害金の支払をも請求している。しかし,原告と被告との間に雇用契約関係が存在することを確認する本判決が確定すれば,特段の事情のない限り,この雇用関係を前提とする法律関係が構築されるものと解され,あらかじめこれを請求する必要があるとはいえず,訴えの利益を欠くと解するのが相当である。これを本件についてみるに,本件全証拠を検討するも,特段の事情は認められない。よって,本判決確定の日の翌日以降の賃金及び期末勤勉手当並びにこれらに対する遅延損害金の支払請求は不適法として却下を免れない。

第4  結語

以上のとおり,原告の本訴請求のうち,被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び平成13年9月1日から本判決確定の日まで毎月25日限り月額68万2460円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求する部分は理由があるからこれを認容し,本判決確定の日の翌日以降の賃金及び期末勤勉手当並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める部分は訴えの利益がないからこれを却下し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・難波孝一,裁判官・三浦隆志,裁判官・世森亮次)

別紙<省略>

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