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東京地方裁判所 平成15年(ワ)6071号 判決 2004年1月14日

原告

被告

パワーテクノロジー株式会社

上記代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

込山和人

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原告が,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は,原告に対し,65万9516円及びこれに対する平成15年1月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告に対し,平成15年2月から毎月25日限り70万5000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告から,<1>身体又は精神の障害により業務に耐えられないと判断したとき,<2>業務状況が著しく不良で,就業に適し(ママ)ないと認めるときに該当するとして解雇された原告が,解雇事由はないとして解雇の無効を争い,従業員としての地位の確認及び解雇期間中の賃金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実(証拠等で認定した事実は文末に当該証拠等を掲記した)

(1)ア  被告は,コンピューターソフトの設計,開発等を業とする株式会社である。

イ  原告は,平成元年9月10日,期限の定めなく被告に雇用された(以下「本件契約」という)。

(2)ア  原告は,平成9年4月11日,被告から解雇されたが(以下「平成9年解雇」という),東京地方裁判所に対し,解雇は無効であるとして,労働契約上の地位の確認及び解雇後の賃金の支払を求める訴訟を提起し,平成11年12月28日,同庁は,原告の請求を認容する判決を言い渡し,同判決は確定した。

イ  原告は,平成12年1月25日,職場に復帰した。

ウ  原告は,被告の社員2名に対し,違法な平成9年解雇に加担していたとして,損害賠償を請求する訴訟を別個に東京地方裁判所に提起し,同庁は,平成12年11月30日に社員1名に対する請求を棄却する判決を言い渡したが,他方,平成13年4月26日には社員1名に対する請求を一部認容する判決を言い渡した(<証拠省略>)。

(3)ア  被告は,原告に対し,平成14年2月28日(以下,平成14年については,年の表記を省略する),概略,次のとおりの業務を命じた(以下「本件業務命令1」という)(<証拠省略>)。

(ア) 3月1日から派遣先を株式会社a(以下「a社」という)とする。

(イ) b総研株式会社(以下「b総研」という)が受注したc製薬株式会社(以下「c製薬」という)の情報系のデータベース構築作業を命じる。作業内容は,基本設計,詳細設計,プログラム製造,テストである。

(ウ) なお,作業形態は,客先常駐型の派遣とし,指示命令に関しては,現場担当者及び被告のB課長の指示に従うこととする。

イ  被告は,原告に対し,5月24日,原告は,次の理由で就業規則54条11号「業務上の指揮命令に違反した時」に該当するから,55条3項に定める懲戒処分として,同月27日から6月4日までの間,原告の出勤を停止し,その間の賃金を支払わない旨通知した(以下「本件出勤停止処分」という)(<証拠省略>)。

(ア) 原告は,2月28日付けの業務命令書で3月1日から派遣先をa社とし,b総研が受注したc製薬の情報系のデータベース構築作業を客先常駐型の派遣作業にて従事していたが,自身の判断で上長の許可なく顧客との契約を無視して作業を終了させた。

(イ) 被告の今までの調査で,原告は客先常駐型の契約であるのに自身の判断で,体調を理由に持ち帰って作業をしたい旨直接顧客と交渉した。

(ウ) 被告は事前に対策が講じられず,顧客との契約が不履行となり,多大な損害が生じた。

ウ  原告は,本件出勤停止処分は違法であるとして,9月27日,東京地方裁判所に対し,被告を相手方として,出勤停止期間中の賃金等の支払を求める訴えを提起した。

(4)  被告は,原告に対し,11月28日,概略,次のとおりの業務を命じた(以下「本件業務命令2」という)(<証拠省略>)。

ア 12月2日から派遣先をd有限会社(以下「d社」という)とする。

イ d社の技術者情報管理システム等のプログラム構築作業を命じる。作業内容は,基本設計,詳細設計,プログラム製造,テスト等である。

ウ なお,作業形態は,客先常駐型の派遣とし,指示命令に関しては,現場担当者及び被告のC部長の指示に従うこととする。

(5)  被告は,原告に対し,12月27日,次のとおりの内容の解雇通告書を送付した(以下「本件解雇」という)(<証拠省略>)。

ア 原告が,3月1日から作業を開始したa社との契約に基づく就労について,高血圧を理由に作業を中止し,そのため被告は,a社との契約を遂行できない状態になった。

イ 原告が,12月2日から作業を開始したd社との契約に基づく就労について,異臭などを理由に作業を中止し,このため被告は,d社から契約解除の予告通知を受ける事態となった。

ウ 原告の一連の行為は,故意に業務の遂行を妨げる行為(就業規則54条4号),正当な事由なく,しばしば無断欠勤し,業務に不熱心なとき(同条6号),業務上の指揮命令に違反したとき(同条11号)などにも該当し,原告に有利な事情を最大限考慮しても,通常解雇事由である,身体又は精神の障害により業務に耐えられないと判断したとき(同61条1号),業務状況が著しく不良で,就業に適し(ママ)ないと認めるとき(同条2号)に該当すると判断して,原告を即時解雇する。

(6)ア  本件契約の賃金は,月額70万5000円であり,その支払方法は,毎月末日締め当月25日払である。

イ  原告は,平成15年1月10日まで勤務を継続し,それに対する対価として,被告は,原告に対し,4万5484円を支払った。

(7)  就業規則等の定め

本件出勤停止処分及び本件解雇時,被告の就業規則には以下の定めがあった(<証拠省略>)。

ア(ア) 会社は業務の都合により,従業員に対して転勤,配置転換,職種変更,その他の人事異動を命ずることがある。その場合には正当な理由がなくしてこれを拒むことができない(24条)。

(イ) <1>会社は業務の都合により,従業員を社外の事業所に出向・派遣を命ずることがある。<2>出向・派遣者の労働条件,その他については,その都度定めるものとする。<3>出向・派遣先構内で勤務する場合は,その出向・派遣先の諸規則,達示事項及び指示に従わなければならない(25条)。

イ(ア) 従業員が次の各号の1つに該当する時は,次条の規定により制裁を行う(54条)。

a 故意に業務の能率を阻害し,又は業務の遂行を妨げたとき(4号)

b 正当な事由なく,しばしば無断欠勤し,業務に不熱心なとき(6号)

c 業務上の指揮命令に違反したとき(11号))(ママ)

(イ) 制裁は,その情状により次の区分により行う(55条)。

a 出勤停止 7日以内出勤を停止し,その期間中の賃金は支払わない(3号)。

b 懲戒解雇 予告期間を設けることなく,即時解雇する(7号)。

ウ 会社は,従業員が次の各号の1つに該当する場合には解雇する(61条)。

ア(ママ) 身体又は精神の障害により業務に耐えられないと判断したとき(1号)

イ(ママ) 業務状況が著しく不良で,就業に適し(ママ)ないと認められるとき(2号)

2  争点―本件解雇は,解雇権を濫用したもので無効か。

【被告の主張】

(1) 本件業務命令1に対する原告の対応及びその結果について

ア 原告は,本件業務命令1に基づいてc製薬の事業所での作業に従事中,上長に相談することなく,4月1日,b総研の現場担当者Dに,同月5日,a社の担当者Eに,それぞれ,自分の体調不良を理由に,持ち帰って仕事したい旨の申入れをした。そして,a社のEが,原告に対し仕事の継続の意思を尋ねた際,原告は,上長に相談することなく,仕事の終了を選択した。この行為は,本件業務命令1に反する行為であり,就業規則54条11号「業務上の指揮命令に違反した時」に該当する。

なお,本件業務命令1にいう「客先常駐型の派遣」とは,派遣契約を意味するのでなく,就労場所の指定を意味する。また,作業内容の性質上,機密保持が要求され,自宅での作業は許されなかった。

イ その結果,被告は,a社から業務遂行の意欲を疑われて業務委託契約を打ち切られ,a社との1年契約により得られるはずであった受託金のほとんどを失った。

ウ なお,原告は,労働契約上の自己保健義務に違反し体調不良となったもので,高血圧があることや病歴について被告に知らせることもなかった。

(2) 本件業務命令2に対する原告の対応及びその結果について

ア 被告は,d社との間で,11月25日,業務委託基本契約を,同月28日,業務請負個別契約をそれぞれ締結した。また,作業内容の性質上,機密保持が要求されており,自宅での作業は許されなかった。

イ 被告は,原告に対し,11月28日,前記アの業務委託基本契約締結に際してd社に提示した見積書を交付の上,本件業務命令2を命じた。これに対し,原告から,作業の遅延について,原告の責任を問わないことを求められたので,被告は,これを了承した。

ウ 原告は,12月2日及び3日,d社の指定する事務所(東京都立川市<以下省略>,以下「本件事務所」という)に出社したが,同日夕刻,C部長に対し,<1>d社との見積調整がつかない,<2>作業場所の部屋の臭いのため気分が悪くなる,<3>部屋の臭いがなくなるまで自宅で作業する,<4>本件事務所が立川駅から徒歩で遠く,通勤時間が片道2時間以上かかる上,閉鎖的な環境であるので,見積りの作業工数に1.5の係数を乗じた,<5>同月4日は休む,とのファックスを送信した。

エ その後,原告は,被告会社でd社部長と話合いを持ったが,本件業務命令2は,<1>嫌がらせの作業指示である,<2>本件事務所にいると気分が悪くなる,<3>d社との契約は見積作業中であり,契約は成立していないなどと主張し,本件事務所には出勤せず,同月10日付けの書面で,「仕事を引き受けるつもりはない」と業務命令を拒否する姿勢を明確にした。

オ 被告は,同月10日,本件事務所の室内化学物質の測定を検査業者に依頼して実施したが,結果は許容範囲内であった。

カ d社は,同月13日,被告に対して,12月末までに作業が行われない場合には,契約を解除する旨予告した。

キ 被告は,同月20日,原告に対し,同月24日から本件事務所での作業を再開するよう命じたが,原告は,これに従わなかった。

(3) 前記一連の原告の行為は,故意に業務の遂行を妨げる行為(就業規則54条4号),正当な事由なく,しばしば無断欠勤し,業務に不熱心なとき(同6号),業務上の指揮命令に違反したとき(同11号)に該当する行為であり,懲戒処分の対象となり得たが,被告は,原告の将来を考え,就業規則61条1号(身体又は精神の障害により業務に耐えられないと判断したとき),2号(業務状況が著しく不良で,就業に適し(ママ)ないと認めるとき)に該当するとして,通常解雇としたものである。

なお,原告は,自ら積極的に営業活動をしようとせず,営業担当者が持ち込む仕事にはクレームを付け,平成14年中に顧客先に仕事で出かけたのは,3月,4月及び12月の一部だけであり,被告の売上げに何ら貢献しなかったもので,かかる点からも就業規則61条2号に該当する。

以上によれば本件解雇には合理的理由がある。

(4) なお,原告は,d社の業務を架空であるなどと主張するが,原告の妄想である。また,本件事務所までの通勤時間が片道2時間を超えることはなく,通常の通勤の流れとは逆方向であり,かえって楽な通勤となっている。

さらに,原告は,解雇予告手当を異議なく受領しており,本件解雇を争うことは許されない。

【原告の主張】

(1) 本件業務命令1について

ア(ア) 原告は,3月1日からc製薬の事業所で仕事を始めたが,暑さのため風邪をひき体調がすぐれない状況であった。原告は,同月28日,B課長に対し,原告の体調がすぐれないことを報告した。

(イ) 原告は,4月1日,b総研の現場担当者Dに,体調がよくないので,持ち帰って仕事できないかと聞いたところ,Dは,上司のFに確認した上,一時的なら構わないが継続的にはできないと返答した。原告は,同月2日,病院の診察を受け,持病である高血圧について,検査や継続的治療が必要と診断された。

(ウ) 原告は,同月5日,来訪したa社社員のEに対し,職場環境の影響で体調が悪く,一週のうち何日か持ち帰って仕事をしたい旨伝え,前記(イ)の経緯も伝えたところ,Eから,仕事の終了と継続のどちらを希望するかなどとの問いかけを突然受け,後者を希望する旨伝えた。

(エ) このように,原告は,a社の営業担当に相談しただけであって,直接顧客と交渉したものではない。Eは,前記(ウ)の原告とのやりとりの後,B課長と協議し,B課長は,同月5日,原告に対し,Eから連絡があったこと及び引継ぎは同月8日の週になる旨伝えてきた。その後,原告は,a社のG部長から4月末まで作業を継続してほしい旨言われ,その旨をB課長に伝えた。結局,4月末で契約が終了したのは,B課長がa社と協議して決めたものである。

イ 被告は,従前,4月分の作業報酬について,a社からペナルティとして支払を拒否された旨主張していたが,虚偽の主張であることが判明し,これを訂正した。このような経緯からすると,被告がa社から契約を解除されたとの主張にも疑義があり,むしろ,9月に原告がa社の仕事の要員が増員されるとの話を聞いたことからすれば,被告とa社との契約は,5月以降も継続していた可能性がある。

ウ 原告は,3月28日,B課長に体調不良を伝え,その指示に従って,4月2日,同月6日,同月7日及び同月12日,医療機関を受診し,検査や治療を受けている。

(2) 本件業務命令2について

ア(ア) 本件業務命令2に基づく就労場所は,d社が新規に賃借した本件事務所であったが,JR立川駅から徒歩28分,原告宅からの通勤に片道2時間以上要する場所であり,そこに勤務していたのは,原告のみで,原告が1人でその場所で作業する必然性は全くなかった。

(イ) また,被告がd社から受注した業務はプログラム開発であるが,原告はその経験が皆無に近く,原告を開発担当者とする理由はない。

(ウ) さらに,被告がd社から委託を受けた業務について,経験が皆無に近い原告が10月30日に見積もった作業日数とd社が見積もった作業日数には,3倍の開きがあり,採算がとれる契約内容ではなかった。なお,d社に業務を発注したとされる株式会社e(以下「e社」という)代表者は,原告に対し,開発期間は,平成15年3月までで,余り余裕のある仕事でないと言っていた。

(エ) 他方,d社の代表者H(以下「H社長」という)は,d社は1人の会社で,今はいい仕事がなく,資金繰りが大変で,仕事を見つけるいい方法はないかと原告に聞いてくる状況であり,新規に事務所を賃借する余裕はなかった。

(オ) そして,被告とd社間で交わされた契約書には,不明確で,意味不明の内容が多く含まれている。しかも,H社長は,原告に顧客のデータの入ったCDを交付しており,作業を社外に持ち出せないことはなかった。

(カ) 以上からすれば,d社の被告に対する業務の発注は,架空の仕事であり,被告が本件業務命令2を命じたのは,本件出勤停止処分に対して,原告が訴訟を提起したことに対する嫌がらせであった。

イ また,原告は,本件事務所での作業により,めまいを感じ,胸が苦しくなるといった症状に見まわれた。そこで,原告が,12月4日,病院で診察を受けたところ,肝機能障害が認められた。

ウ そこで,原告は,被告に対して,被告の本社又は原告宅での勤務を要請し,また,仕事の不自然性について質問し,明確な回答を求めたが,十分な回答がなかったことから,d社での仕事を引き受けることを断った。

エ これに対し,被告は,原告の代替要員を探すなどの行為はしておらず,被告とd社との契約が架空であったことは明らかである。

オ なお,原告が平成14年中に顧客先に仕事で出かけたのは,被告が主張する期間であり,その他は,社内の会議室で研修していたが,原告が望んだことでなく,被告がパソコン環境も与えず指示したものである。また,原告は,C部長が原告のスキルを理解せずに仕事を持ってきたことに対し,その旨指摘をしたことがあるだけで,原告に問題があったのではない。

(3) 以上によれば,被告が主張する解雇理由の基礎となる事実は全く存在せず,また,被告が,d社の業務について,遅延したとしても原告の責任は問わないなどとしていたことに照らすと,本件解雇は,就業規則に基づかずに解雇権を濫用してされたもので,無効である。

なお,本件業務命令1及び2について,被告は,作業の請負であると主張するが,実質は労働者派遣契約であり,被告は,職業安定法44条違反の行為を行っている。

また,H社長は,原告に対し,業務命令書その他の文書に記載がない本件事務所の管理を指示しているが,被告は,そのことを知りながら原告にd社での業務を命じたもので,本件業務命令2は労働基準法に違反し,また,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)にも違反する。

第3争点に対する判断

1  認定事実

前記争いのない事実等,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(認定に特に用いた書証を文末に掲記した)。

(1)  原告は,平成元年9月10日,被告に入社し,平成4年4月に事業推進部の部長に就任した。平成9年解雇の後,原告は,平成12年1月25日,職場に復帰し,被告が請け負ったり,受託されたソフトウェアの設計業務に従事し,そのような仕事がないときは,被告事業所において研修をしていた。

(2)ア  被告は,2月25日,a社との間で,被告がa社の注文する開発業務を受託する旨の基本契約を締結した(<証拠省略>)。

イ  同基本契約に基づく個別契約に先だって,a社は,被告に対し,個別契約の条件として,作業者はソフトの基本設計ができることなどを要求し,被告は,同月26日,作業者候補として,原告をb総研及びa社の担当者と面談させた。面談の際,原告は,a社及びb総研の担当者から,個別契約により被告の作業者が従事する作業は,c製薬の情報系のデータベース構築であること,作業に従事する場所は,東京都世田谷区三軒茶屋所在のb総研の事業所(以下「三軒茶屋の作業場」という)か,東京都新宿区高田馬場所在のc製薬の事業所(以下「高田馬場の作業場」という)となる見込みであること,作業の期間は3月上旬から9月末までを予定していることなどを告げられた(<証拠省略>)。

ウ  a社は,前記アの基本契約に基づいて,2月28日ごろ,被告に対し,c製薬の情報系のデータベース構築業務を注文し,被告はこれを承諾した(以下「本件個別契約1」という)。本件個別契約1の被告の営業担当者はB課長であった。本件個別契約1の対象となった業務は,c製薬がユーザー兼注文者であり,請負業者がb総研,孫請業者がa社で,a社が被告に「業務委託契約」との形式でその一部の開発業務を有償で委託するという関係であった。本件個別契約1に当たってa社が作成した3月1日付け注文書には,件名は「AFLAC向け契約集信システム」,受託期間は「平成14年3月1日から平成15年2月28日」,受託金額「月額68万円」,特約事項「受託者:原告,休日,休暇,就業時間はすべて客先と同一とする。1か月の基本実働時間を160時間とし,±20時間は清算しない。」とするほか,作業時間作業日数に応じて,報酬を増減する旨の定めが記載されている。(<証拠省略>)

エ  被告は,原告に対し,2月28日,本件業務命令1を書面で発した(<証拠省略>)。

(3)ア  原告は,本件業務命令1に基づいて,3月1日から,a社から指定された高田馬場の作業場(c製薬の事業所)で開発業務に従事し始めた。原告は,高田馬場の作業場の室温が高すぎ,換気も悪いと感じ,風邪をひいて体調がすぐれない状況で勤務していた。原告は,同月24日の日曜日にハイキング中に軽い脳貧血を起こしたが,一時的なことと考え翌週も勤務した。(<証拠省略>)

イ  原告は,同月28日,B課長とファミリーレストランで会い,同課長に対し,血圧が高めで,体調が悪いこと,原因は作業場所が暑く換気がよくないためと考えられると報告した。B課長は,原告の顔色が悪いと感じたため,原告に対し,医療機関を受診してほしいなどと伝え,原告は承知した(<証拠省略>)。

ウ  原告は,体調不良の原因が作業環境にあることは明らかであると判断して,4月1日,隣席のb総研の現場担当者Dに対し,体調が悪いので,持ち帰って仕事できないかと聞いた。Dは,b総研のF職員に相談した上,一時的なら構わないが継続的にはできない旨原告に伝えた。また,その際,Dは,原告に対し,高田馬場の作業場から三軒茶屋の作業場に換わることも難しい旨伝えた(<証拠省略>)。

エ  原告は,同月2日,休暇を取って,f医科大学付属g病院を受診し,血圧が高いため検査や治療が必要である旨告げられた(<証拠省略>)。

オ  原告は,同月5日,打合せのため来訪したa社のEとファミリーレストランで打合せをし,打合せ後,Eに対し,高田馬場の作業場は暑くて作業環境が悪く,原告の体調が不良であるため,週のうち何日か持ち帰って仕事をしたいこと,Dにも同様に伝えたが,持ち帰りは一時的なものに限定され,他の事業所に作業場所を換えることもできないなどと言われたことを伝えた。その際,同席したa社の契約社員Iは,原告のように血圧の高い者には,高田馬場の作業場の環境は厳しいとの意見を述べたりした。Eは,その場で,原告に対し,Dが今聞いたとおりの意見ならば,作業場所を変更することは相談しても難しいので,原告としては,このまま仕事を続けるのか,ある期間で仕事を終了するか,要望としてはどちらを選ぶかと聞き,原告は,体調が悪いまま作業を続けることはできないと考えていたことから,終了する方を選ぶ旨答えた。Eは,原告に対し,被告の担当者とも相談してみる旨告げて帰った。(<証拠省略>)

カ  原告は,3月28日にB課長に報告した以外は,体調が悪いため高田馬場の作業場で作業を継続することが難しいと感じられることについて,B課長,被告代表者及びその他の上司に相談したり,報告したことはなかった。(<証拠省略>)

(4)ア  Eは,4月5日,B課長に電話し,原告が作業場所の環境が悪いので作業を終了したい旨言っていること,原告の代わりのソフト技術者がいるか同月11日までに検討してほしいことを告げた。これを受けたB課長は,原告に対し,電話で,Eから連絡があったこと,引継ぎは来週である旨告げた(<証拠省略>)。

イ  B課長は,電話でのEの態度から,原告を作業者としたまま本件個別契約1を維持することは難しいと感じたため,他の技術者を被告社内外に探したが,他の仕事に就いている者ばかりであったため,代替者を用意することができなかった。

ウ  そこで,B課長は,同月11日ごろ,その旨をEに伝えた。他方,原告は,その同日,Eらa社の社員と面談したところ,Eから,b総研から同月末までに基本設計を納品するよう言われているが,被告からは代替の作業者の都合がつかないと言われているので,同月末までは原告が作業を続けてほしいと告げられ,B課長に対し,これを報告した。そして,B課長は,同日ごろ,Eとの間で,本件個別契約1は同月末をもって終了すること,原告は同月末までは作業に従事することを確認した。(<証拠省略>)

エ  原告は,同月5日から同月30日まで,同月12日に通院のため有給休暇を取得した以外は,高田馬場の作業場で勤務し,基本設計書作成に従事し,業務引継を終えた(<証拠省略>)。

オ  なお,原告は,同月6日及び7日の週末に,h循環器病院で診察を受けた(<証拠省略>)。

(5)ア  被告代表者は,B課長に命じて,Eに本件個別契約1が終了した理由について問い合わせ,Eは,同月23日,B課長に対し,電子メールを送り,4月の初め,原告から,空調が暑すぎ作業環境が悪くこれ以上作業が続けられない旨直接話があった上,顧客の現場リーダーにも健康状態がよくなるまで週何日か自宅で作業が可能か相談していた模様でもあったことから,B課長に電話相談し,事実の確認を要請したところ,B課長からの連絡で,原告が4月末で作業終了となるが,交代要員の調整ができないとの連絡を受けた旨答えた(<証拠省略>)。

イ  被告代表者は,5月になってから,本件個別契約1が4月末で終了となった経緯について報告するよう命じ,原告は,5月7日,被告代表者に対し,前記(3)の経緯について記載した報告書を提出した。被告代表者は,B課長からの報告,Eの電子メール及び原告の報告書を検討し,Eに電話して原告の報告書のとおりの経過であったことを確認した上,同月24日,本件出勤停止処分を決定した(<証拠省略>)。

ウ  なお,被告は,a社から3月分と4月分の報酬を受領し,その後しばらくしてから,a社から別の仕事を委託されたこともあった。

エ  他方,原告は,5月10日,株式会社iの,同月16日,j総合法律事務所の,同月21日,k税務法律事務所の各面談を受けたが,3者からの業務の依頼はなかった(<証拠省略>)。

(6)ア  その後,原告は,被告に対し,本件出勤停止処分に抗議する文書を送付し,被告からは,同処分が正当であるとの文書が原告に送付された(<証拠省略>)。

イ  また,原告は,出勤停止期間経過後,10月下旬までの間,被告事業所において,UML,Javaの研修を行っており,その間,l銀行総合システム,m社の面談を受けたが,業務の依頼はなかった(<証拠省略>)。

ウ  そして,原告は,9月27日,東京地方裁判所に対し,被告を相手方として,出勤停止期間中の賃金等の支払を求める訴えを提起した。

(7)ア  d社は,平成9年,H社長が設立したコンピュータ関係のコンサルテーション,ソフトウェアの開発及び販売を業とする会社で,H社長1人が,同人の住居を住居兼事務所として使用して業務を行っており,年商は500万円ないし600万円で,黒字は確保できない経営状態であった。

イ  e社は,社員30数名の土木・建築関係の施工監理・測量・設計及び積算業務を業とする株式会社であり,「技術者情報管理システム」「ハードウェア監視ソフトウェア」「小規模Webサイト作成」(以下「本件各ソフト」という)を企画し,作成しようとしていた。しかし,e社代表取締役J(以下「J社長」という)は,ソフトウェアについて詳しくなかったことから,従前から取引があり,個人的にも親しいH社長が経営するd社に対し,平成15年3月を目途として,本件各ソフトの開発を依頼していた。

ウ  なお,d社及びe社ともに東京都立川市柴崎町に事務所がある(<証拠省略>)。

(8)ア  H社長は,J社長から本件各ソフトの開発について依頼を受けたが,当時,他のソフトウェア開発業務の引き合いがあった上,人材派遣の事業も手掛けようとして準備をしており,多忙であったことから,以前から知り合いで,7月からB課長に代わって被告の営業担当となっていたC部長に対し,10月ころ,本件各ソフトの開発業務を引き受けるつもりはないかと声をかけた。

なお,e社は,d社が本件各ソフト開発業務を外注することは了解しており,e社とd社間の本件各ソフト開発業務に係る代金は,d社が外注代に(ママ)10ないし20%の利益を確保することで,両社が了解していた。

イ  C部長は,社内研修を行っていた原告にd社から打診のあった業務を担当させることを考え,H社長に原告の技術者経歴書を交付した(<証拠省略>)。

ウ  C部長は,原告に対し,10月23日,次の内容の業務を命じ,同月25日,面接があることを知らせた(<証拠省略>)。

(ア) 同月24日から11月1日までの期間,HTMLの自己研修を命じる。

(イ) 学習マニュアルは被告所蔵の本を使うこと。

(ウ) 11月から具体的な作業が発生すると思われるので,しっかり学習すること。

(9)ア  C部長は,10月25日,原告に対して,d社作成の「技術者情報管理システム」「ハードウェア監視ソフトウェア」「小規模Webサイト作成」要求仕様書を交付し,同日午後3時,JR立川駅で待ち合わせるよう指示した(<証拠省略>)。

イ  原告は,同日午後3時,C部長と合流して,e社を訪問し,H社長も同席して,J社長と面談した(<証拠省略>)。

ウ  J社長は,本件各ソフトの大まかな説明をし,納期は平成15年3月末くらいであり,作業はd社で行うようにと説明した。J社長は,業務内容の詳しい説明をH社長に委ね,H社長は,原告に対して,前記アの要求仕様書に基づいて,本件各ソフトの開発について説明し,見積りのため,本件各ソフトの説明資料及び参考となるプログラムが入っているCD―Rを原告に交付した。その際,H社長は,自分がやれば3か月程度,他の人でも6か月程度でできる内容であり,また,ソフトの開発に当たっては,e社の機密情報を取り扱うこととなるので,d社の事務所で作業を行うこととなると説明した。(<証拠省略>)。

(10)ア  原告は,H社長が説明した内容が,プログラムの開発であって,原告がこれまで手がけてきたプログラムの設計は限られた部分であったこと,また,開発言語として未経験の言語を用いる上,デバイス関連の仕事,Web関連の企画から作成など未経験の分野の作業が多いことから,原告が担当する場合,相当な開発期間が必要となると考え,同月30日,作業期間として合計21か月以上を要するとの見積書(以下「本件原告作成見積書」という)を作成し,C部長に提出した(<証拠省略>)。

イ  C部長は,原告に対して,原告の見積りは,H社長の説明と3倍の開きがあるとして,同月31日までに,最短時間の見積書を再度提出するよう求めた(<証拠省略>)。

ウ  これに対し,原告が,C部長は原告の経歴を理解していないと反論したことから,C部長は,原告に対し,11月1日までに技術者経歴書を再提出するよう求め,同日,原告は,担当した業務を具体的に説明した技術者経歴書を再提出した上,前記アの見積り内容は変わらないなどと回答した(<証拠省略>)。

エ  C部長は,原告に対して,プログラムの開発経験が皆無に近いことを前提として,向いている仕事,不向きな仕事等について,レポート提出するよう求めたところ,原告は,基本設計,詳細設計等の業務プロジェクト管理の業務に向いており,プログラムのみの作成,修正には向いていないなどとするレポートを提出した(<証拠省略>)。

オ  その後,原告とC部長は,双方の態度を非難する文書のやりとりをしたに止まり,原告からH社長が納得するような見積書の提出はなく,C部長は,原告の同意を得ないまま,作業期間を合計8か月とする見積書を提出することとした(<証拠省略>)。

(11)ア  被告は,H社長に対し,11月25日,次の内容の見積書(以下「本件被告作成見積書」という)を提出した(<証拠省略>)。

請負代金 529万2000円(消費税込み)

納期 技術者情報管理システム 平成15年4月末

ハードウェア監視システム 平成15年6月末

Webサイト構築 平成15年7月末

開発責任者 原告

イ  他方,H社長は,被告の外,株式会社n(以下「n社」という)に対しても,見積りを出すよう求めており,10月31日,同社から代金546万円(消費税込み),作業として合計7人月を要するとの見積書の提出を受けていたが,本件被告作成見積書を比較して,被告に業務を発注することとし,被告とd社は,11月25日,業務委託基本契約を締結した(<証拠省略>)。

ウ  次いで,被告とd社は,同月28日,次の内容の業務請負個別契約を締結した(以下「本件個別契約2」という)(<証拠省略>)。

(ア) 契約形態 作業請負

(イ) 作業内容 d社の指定する作業

(ウ) 期間 12月2日から作業終了まで

(エ) 作業場所 d社の指定する場所

(オ) 納入物件 d社の指定するもの(毎月作業時間報告書他)

(カ) 検収 仕様書及びプログラムを以て検収完了とする。

(キ) 勤務時間 標準時間午前9時から午後5時30分 納期遵守のため残業可能

(ク) 請負金額 本件各ソフト合計504万円

(ケ) 守秘義務 d社から提供する資料,データを被告は作業場所以外に持ち出してはならない。また,作業終了後においても第3者に知り得た情報を漏洩してはならない。

(コ) 作業者名 原告

エ  被告は,原告に対し,11月28日,本件業務命令2を命じた(<証拠省略>)。

オ  なお,e社とd社間においては,本件各ソフトの開発に要する期間について,従前から,H社長からJ社長に対して,実際には6,7か月かかる旨の話がされており,本件個別契約2の締結を受けて,同期間を平成15年6月ないし7月まで延長する旨合意された。

(12)ア  原告は,被告に対し,11月29日,本件原告作成見積書と本件被告作成見積書との間では開発期間に2倍の差があり,開発環境,客先のサポートも未確定であることから,本件被告作成見積書では,スケジュールの遅延等により責任が持てない状況にあるとして,作業環境の詳細な提示等を含め,原告に対してスケジュールの遅延等による責任を問わないことを確約する書面を交付するよう依頼した(<証拠省略>)。

イ  C部長は,被告代表者を代行して,同日,原告に対し,「d社向け業務に関する確認書及び命令書」を交付して,前記アの申出に対し,次のとおり回答した(<証拠省略>)。

(ア) 開発スケジュールについては,H社長と話し合って調整すること。調整がつかず納期の延長等が必要な場合は,C部長に相談すること。原告が努力してもスケジュール遅延が大幅に発生し,納期延長がd社から受けられない場合,他の技術者の増員も含めて対応し,開発遅延に関する問題については,原告に責任を問わない。

(イ) 開発に必要な機器等は,d社が準備する。

(ウ) d社から開発に要する情報提供,資料等のサポートがある。

(エ) 12月2日からd社で作業に従事することを命ずる。

(13)ア  H社長は,人材派遣業を始めるに当たって,自宅兼事務所に第3者が出入りするのは好ましくないと判断したこともあって,11月末ころ,本件事務所を家賃6万2000円で賃借し,原告は,12月2日及び3日,d社の指定する本件事務所に出社したが,同月2日は,H社長との待ち合わせに遅れ,同月3日は,通勤時間の一部も就業時間と考えたとして,午前10時前に本件事務所に到着した。H社長と原告は,両日,作業工数について話し合ったが,原告が,当初は27か月,後に20.25か月を主張し,H社長は,本件被告作成見積書と(ママ)おりの期間を主張して,両者間の話は付かなかった。(<証拠省略>)

イ  原告は,同月3日夕刻,C部長に対し,<1>H社長から工数の短縮を要望され,見積りの調整がつかない,<2>本件事務所はリフォーム直後で,窓を閉め切った状況では,塗料等の臭いのため気分が悪くなる,<3>部屋の臭いがなくなるまで,被告事業所又は自宅で作業する,<4>本件事務所が立川駅から徒歩で遠く,通勤時間が片道2時間以上かかる上,閉鎖的な環境であるので,見積りに合計で1.5の係数を乗じた,<5>同月4日は休暇を取る,とのファックスを原告が被告作成見積書を見直した見積書(合計期間27か月),休暇届と共に送信した(<証拠省略>)。

ウ  これに対し,C部長は,同月3日,原告に対し,同月5日午前中,d社に行くとのメールを送信し,原告は,「はい,わかりました。」とのメールを返信した(<証拠省略>)。

エ  原告は,同月4日,f医科大学附属病院g病院の診察を受け,肝機能障害(一過性)との診断を受けた(<証拠省略>)。

オ  H社長は,同日,C部長に対して,原告が勤務時間を遵守しておらず,また,被告とd社との合意に著しく反する言動を多々取っていることから,徹底した指導をするよう求めるメールを送信した(<証拠省略>)。

カ  原告は,同月5日,本件事務所には出勤せず,午前9時に本件事務所に赴いたC部長が,午前10時30分ころ,携帯電話で連絡をとると,原告の自宅にいたことが判明した。C部長は,原告に対し,同日午後,被告事業所に出社するよう命じ,出社した原告に対し,次の内容の留意事項を遵守し,効率的に作業を行うよう命じた(<証拠省略>)。

(ア) 勤務場所 本件事務所(秘密保持契約の関係上,作業は本件事務所のみで行う)

(イ) 勤務時間 タイムカードを必ず押すこと

(ウ) 報告・連絡の徹底

(エ) 作業見積り等 通勤時間,作業環境という個人的理由等で,不当な見積りを提示するなどの嫌がらせ行為をしないこと

(オ) 作業態度 被告の代表として,客先に評価されるような言動,態度で行うこと(罵詈雑言を吐かない,個人的な誹謗中傷をしない,高圧的な態度を取らない,客先の指示に従う,被告の不利益となるような行動,発言,要望は慎む)

(カ) その他 留意事項が遵守されない場合は,被告に処分を要求する。室内の臭いについては,現地確認する。

キ  さらに,同日,被告代表者は,原告に対して,概略,次のとおり記載したの(ママ)業務命令書を発行した(<証拠省略>)。

(ア) d社から,原告は故意に作業に従事することを怠っているとして,クレームが届けられており,今後は真摯に業務命令に従うことを命ずる。

(イ) 同月6日以降,本件事務所に出社して,前記カ(オ)の内容を遵守し,これに従わないときは,就業規則に基づいて処分する。

ク  しかし,原告は,同月6日以降,本件事務所に出社しなかった。

(14)ア  その後,被告代表者及びC部長は,前記(13)カキの業務命令を遵守するよう原告に求めたが,原告は,<1>本件業務命令2は,嫌がらせの作業指示であり,これに従うことはできない,<2>本件事務所にいると気分が悪くなる,<3>d社との契約は見積作業中であり,契約は成立していない,<4>H社長の言動に悪意を感じるなどと主張し,本件事務所には出勤しなかった(<証拠省略>)。

イ  この間,被告は,同月10日,o株式会社に依頼して,本件事務所の室内化学物質の測定を実施したが,結果は許容範囲内であった(<証拠省略>)。

ウ  原告は,被告に対し,同月10日付けの書面で,再度,本件業務命令2について,「仕事を引き受けるつもりはない」との意思を確認した(<証拠省略>)。

エ  d社は,同月13日,被告に対して,12月末までに作業が行われない場合には,契約を解除する旨予告した(<証拠省略>)。

オ  被告は,同月20日,原告に対し,前記イの室内化学物質の調査結果を報告するとともに,同月24日から本件事務所での作業を再開するよう命じたが,原告は,これに従わなかった(<証拠省略>)。

カ  被告は,原告に対し,同月26日,解雇通知書を差し出し,同通知書は,同月27日,原告に到達した(<証拠省略>)。

(15)ア  被告は,d社から請け負った業務について,原告の代替者を補充することはなく,d社は,平成15年1月10日付けで,被告との業務委託基本契約及び業務請負個別契約を解除した(<証拠省略>)。

イ  d社とe社との契約は,現在も維持されており,H社長が本件各ソフトの一部について,開発を続けているが,作業は進んでいない。また,d社は,現在も本件事務所を賃借しているが,人材派遣業への進出がはかどっておらず,特に利用されていない。

ウ  路線の経路,運賃検索ソフトである「駅すぱあと」によれば,原告宅の最寄りである千代田線北綾瀬駅から本件事務所の最寄りである多摩モノレール柴崎体育館までの所要時間は,午前7時14分発,午前8時48分着の1時間34分(乗車76分,徒歩3分,その他15分)とされている(<証拠省略>)。

以上のとおり認められ,前掲各証拠のうち前記認定に反する部分は採用することができず,他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

2  本件業務命令1及び本件出勤停止処分について

(1)  前記認定1によれば,原告は,被告がa社から委託されたc製薬の情報系データベース構築の仕事に従事するため,a社の指定する場所で前記業務に従事するよう被告から業務命令(本件業務命令1)を受けて,その作業に従事していたものであるが,被告代表者やその指示に従うよう命じられていたB課長に何ら相談することなく,a社のEに対し,作業場所の変更を申し出,これを断ったEから,そのまま作業を継続するか,中止するか問われるや,作業環境のため体調が悪いので仕事を続けるより終了したい旨直接伝えたことが認められる。このように原告が被告代表者らに無断で,顧客から指定された作業場所での作業はできず,仕事を終了させる旨を顧客の社員に伝えた行為は,被告が顧客の指定する場所で受託業務に従事するよう命じた本件業務命令1に反する行為であり,就業規則54条11号(業務上の指揮命令に違反した時)に該当するというべきである。

(2)ア  これに対し,原告は,Eから仕事の終了と継続のいずれを希望するかとの問いかけを受けたのに対し,仕事の終了という飽くまで原告の希望を伝えただけであり,a社での原告の業務が4月末で終了することになったのは,EとB課長の合意によるものと主張する。

しかし,仕事の終了という本件個別契約1の根幹をなす事項について,契約当事者である被告に事前に了解を得ることなく,これを顧客に伝えることは,本件業務命令1に反する行為といわざるを得ない。また,本件証拠上,被告が自発的に契約の打切りを要望する合理的理由は認められず,しかも,原告に従事させる次の仕事が決まっていない段階であったことからすると(前記1(5)エ),被告は,a社から早急に原告の代替者の配置を要求され,これに応じることができなかったため,やむなく契約打切りを了承したとするのが自然であって,原告の主張は採用できない。

イ  また,原告は,本件個別契約1は,実質,労働者派遣であると主張するところ,その趣旨は,労働者派遣法で選任を要求されている派遣先責任者と同様の地位にある就労場所の責任者に原告が相談したのは適切であるとするところにあると解されるが,同法で派遣先責任者が負うのは派遣労働者からの苦情の申出であり(同法40条,41条),原告がEに対してa社での作業を4月末で終了させる旨伝える行為は,これを逸脱するものであって,仮に労働者派遣であったとしても正当化されるものではない。

ウ  原告は,高田馬場の作業場では,携帯電話の使用が禁止されていて,被告代表者やB課長に連絡をとることは困難であった旨供述するが(<証拠省略>),B課長やEとファミリーレストランで会っている上(前記1(3)イ,オ),電子メールやファクシミリで連絡をとることは可能であったと認められるから(弁論の全趣旨),このことを理由に被告代表者やB課長に相談せず契約の終了を希望したことが正当化されるものでない。

エ  なお,本件個別契約1に当たってa社が作成した3月1日付け注文書では,件名が「AFLAC向け契約集信システム」,受託期間が「平成14年3月1日から平成15年2月28日」とされているところ(前記1(2)ウ),「AFLAC」の意味は必ずしも明らかでなく,また,受託期間が原告の受けていた説明(同イ)と異なるが,原告がc製薬の高田馬場の作業所でb総研及びa社の職員と業務に従事していたことは明らかであって,これらの事情によって,本件個別契約1が虚偽のものとなるものではない。

オ  加えて,原告は,当初,被告がa社から4月分の報酬をペナルティとして支払ってもらえなかったと主張していたのを撤回したことから,被告の主張は虚偽であると主張するが,本件各証拠によれば,前記のとおり認定するのが相当であって,被告の主張の変遷によって左右されるものでない。

カ  そして,他に前記(1)の判断を左右するに足る証拠はない。

(3)  よって,原告の前記(1)の行為は,就業規則54条11号に該当するところ,それによって被告に与えた経済的損害及び信用段(ママ)損の程度は,1年間を予定していた業務を2か月で打ち切られるという軽くないものであることに加え,原告の当該行為は過誤に基づくものではないこと,原告がいわゆる管理職についていることを併せ考えると,本件出勤停止処分は,被告の有する懲戒権を濫用したものとは認められない。

3  本件業務命令2について

(1)  前記認定1によれば,原告は,被告がd社から受けたe社の本件各ソフトウェア開発の仕事に従事するため,d社の指定する場所で前記業務に従事するよう被告から業務命令(本件業務命令2)を受けたのに対し,当初の2日だけd社の指定する本件事務所に出勤したに止まり,C部長及び被告代表者から度々業務を行うよう指示,命令があったにもかかわらず,その後一切本件事務所に赴かず,本件各ソフトウェア開発の仕事を行わなかったもので,本件業務命令2を拒む正当な理由がない限り,業務命令に違反したこととなる。

(2)  この点,原告は,本件業務命令2に従わなかった理由として,被告とd社との本件個別契約2は架空であると主張し,その根拠として,<1>交通の便の悪い本件事務所で原告1人が作業を行わなければならない必要性がないこと,<2>原告は本件各ソフトウェア開発の仕事に向いていないこと,<3>開発期間について,e社,d社,原告の間の認識が一致していないこと,<4>d社の経営状態は良好でなく,新規に本件事務所を賃借する余裕はないこと,<5>被告とd社間の契約書には不明確で,意味不明の内容が多く含まれていること,<6>本件各ソフトウェア開発の仕事は,持ち帰って作業することができない内容でないことを挙げる。

ア しかし,e社がd社に対し,本件各ソフトウェア開発の仕事を依頼したものであることは,原告もこれを自認しており(<証拠省略>),本件証拠上,前記1(7)イ,(8)アのとおり認定するのが相当であるところ,d社は,東京都立川市柴崎町に事務所があるのであるから(前記1(7)ウ),本件事務所を賃借する合理的理由があるというべきであり,また,被告とd社が,本件各ソフトウェア開発の仕事に従事する者として,1人を選択したことも不合理な内容ということはできず,原告の主張する事実によって,本件個別契約2が架空となるものでない。

イ また,前記1(10)ア,エのとおり,本件各ソフトウェア開発の仕事は,従来原告が手掛けてきた分野でない部分が大半を占めていたものであるが,原告が携わっていたソフトウェアの設計も一部含まれていたものであって,原告に担当させることが直ちに不合理ということはできない。

ウ 開発期間については,10月25日,J社長が平成15年3月末くらいと発言していたが(前記1(9)ウ),その後,H社長の見解を受け入れて,同年6月ないし7月までと変更され(同(10)オ),e社とd社の間に認識の食い違いは存しないところであり,これは,本件被告作成見積書の内容とも一致する。

他方,開発期間がd社と原告の間で一致しなかったのは,前記1(12)アのとおりであるが,原告の同意が本件個別契約2成立の要件となるものでもない。この点,<1>証拠(<証拠省略>)によれば,本件原告作成見積書は,研修に長期間を要する内容となっており,例えば,「小規模Webサイト作成」について,デザインの研修に1か月,イラストレータ,写真ソフト等の研修に1.5か月,JavaScript,Perlの研修に1か月を要するとされているが,原告は,7月から10月までWebプログラミングの自社研修を行っていたというのであって,同見積書に記載された研修期間の合理性に重大な疑義があること,<2>n社の提出した見積書が本件各ソフトウェア開発に7人月を要するとされていたこと(前記1(11)イ),<3>原告は,12月2日及び3日に作成した見積書で,通勤時間,作業環境を理由に作業工数に1.5を乗じるという態度を取っているが(同(13)ア,イ),原告自身,通勤期(ママ)間がかかるとの理由で見積金額に1.25を乗じた経験はないと供述している上(<証拠省略>),通勤時間と係数1.25の関係,作業環境と係数1.25の関係に関する原告供述(<証拠省略>)は,何ら合理性がない見解であり,独自の見解といわざるを得ないこと,<4>証拠(<証拠省略>)によれば,原告は,12月2日作成の見積書で,「小規模Webサイト作成」について,顧客との打合せに0.5か月,その他の作業に合計6か月としていたのに対し,同月3日作成の見積書では,前記のその他の作業が零か月となるや,顧客との打合せを2か月に変更しているところ,その増加について合理的理由があるとは考えられないことに照らすと,原告が本件各ソフトウェア開発に関し作成した見積書の作業工数には,いずれにも合理性が認められないというべきである。

エ 次いで,H社長は,12月当時,人材派遣業を新たに手掛けようとしていたものであり(前記1(8)ア),本件事務所を賃借したことを不自然ということはできない。

オ さらに,本件個別契約2は,それらのみでは必ずしも契約内容が明らかでない部分があるが,同契約は,d社と被告間の業務委託基本契約及び本件被告作成見積書を前提としたものであって,3者を併せて合理的に解釈するならば,特に不自然,不合理な点はないというべきである。

カ そして,本件個別契約2において,守秘義務が定められ,被告は作業場所以外に資料,データを持ち出してはならないとされている以上(前記1(11)ウ),原告が本件事務所以外で作業をすることができないのは当然である。この点,原告が交付を受けたCD―Rには,e社の機密情報が含まれていたが,これについては,H社長が,見積りを取る関係上やむを得ず行ったものであり(同(9)ウ),前記判断を左右しない。

以上によれば,前記<1>ないし<6>の原告の主張は,いずれも採用できない。

(3)  また,原告は,本件事務所での作業を拒否した理由として,事務所内の異臭を挙げるが,前記認定1(14)イのとおり,室内化学物質の測定で異常はなく,他に本件事務所の環境が原告の身体に悪影響を及ぼしたことを示す客観的証拠はない。

(4)  そして,前記1(14)アのとおり,原告は,C部長に対し,<1>本件業務命令2は,嫌がらせの作業指示であり,これに従うことはできない,<2>本件事務所にいると気分が悪くなる,<3>d社との契約は見積作業中であり,契約は成立していない,<4>H社長の言動に悪意を感じるなどと主張しているが,<1><2>に合理的根拠がないことは,前記(2)(3)のとおりであり,したがってまた,<4>についても合理性は認められず,<3>についても,本件個別契約2は,本件被告作成見積書によって,内容が確定しており,原告が作成した見積書のような大幅な期間の延長はできないというべきであって,被告が作業の遅延にかかる原告の責任は問わないと約していることに照らすと,作業を拒む合理的理由があるとは認められない。

なお,被告は,原告の代替者を探すことなく,d社からの契約解除に甘んじているが(前記1(15)ア),それも1つの経営判断であって,本件業務命令2が嫌がらせのために行われたということはできない。

(5)  以上によれば,原告が本件業務命令2に従わなかったことについて,正当な理由があるということはできないから,原告の行為は,業務命令違反に該当する。

4  本件解雇の適否について

(1)  前記2のとおり,原告は,5月24日,被告から業務命令違反を理由として,出勤停止処分を受けていたにもかかわらず,それから間もない12月,前記3のとおり,再度同種の業務命令に違反したものである。

よって,原告の前記一連の行為は,就業規則61条2号(業務状況が著しく不良で,就業に適し(ママ)ないとき)に該当するものである。

(2)  そして,本件業務命令1に反する行為によって,被告に与えた経済的損害及び信用段(ママ)損の程度は,軽くないものであり,また,本件業務命令2に反する行為によって被告に与えた経済的損害及び信用段(ママ)損の程度も,529万円の契約を解除されるという軽くないもので,前記3によれば,原告の当該行為は,過誤に基づくものではなく,むしろ,それが持つ意味を十分認識した上でされていると認められること,原告がいわゆる管理職についていることを併せ考えると,本件解雇は,やむを得ない措置として是認でき,合理的理由があるというべきであり,被告が解雇権を濫用したということはできない。

(3)  なお,原告は,被告が職業安定法,労働者派遣法に違反して,原告に業務を命じたとするが,原告は,被告が特定労働者派遣事業の届出をし,脱退はしていない旨供述している上(<証拠省略>),仮に被告について両法に違反する事由があったとしても,原告が本件解雇前にそれを問題としていた事実,原告がそれによって実害を受けた事実は,本件証拠上認められず,本件解雇の有効性を否定する理由とはならないというべきである。

(4)  以上によれば,原告の本訴請求は,その余の解雇理由について判断するまでもなく,理由がない。

(裁判官 增永謙一郎)

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