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東京地方裁判所 平成15年(行ウ)300号 判決 2004年9月14日

原告 甲

被告 東村山税務署長 佐藤孝一

被告指定代理人 中村葉子

同 信本努

同 郷間弘司

同 木下茂樹

同 宮前仁

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告の原告に対する平成13年3月9日付け平成11年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をそれぞれ取り消す。

第2  事案の概要

本件は、弁護士業と不動産貸付業を営む原告が、平成11年分の所得税申告について、借地権設定のための貸付金等の貸倒損失を所得の必要経費として申告したところ、被告が当該貸倒損失は必要経費に算入することができないとして、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行ったことから、これらの取消を求めた事案である。

1  前提事実(いずれも争いがない。)

(1)  原告は、弁護士業と不動産業を営んでいる。

(2)  原告は、平成12年3月15日、別紙課税処分等の経緯のとおり、平成11年分の所得税の申告を行い、平成13年2月13日、同年分について修正申告を行った。

(3)  被告は、これに対し、平成13年3月9日付けで、別紙課税処分等の経緯のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)を行った。

(4)  原告は、平成13年4月16日、本件各処分を不服として異議申立を行ったが、被告は、同年7月6日、異議を棄却する決定をした。

(5)  原告は、平成13年8月2日、国税不服審判所長に対して審査請求を行ったが、平成15年4月9日棄却裁決を受け、同年5月13日、本訴を提起した。

(6)  法令の定め

所得税法51条2項は、資産損失の必要経費算入について、「居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。」と定めている。

2  争点

本件の争点は、原告の訴外A株式会社(以下「A」という。)に対する以下の(1)ないし(4)の債権(合計2億2777万4327円)の存否ないし、これらが、Aが平成11年12月26日に清算によって解散したこと(争いがない。)に伴って、事業の遂行上生じた貸倒損失として、原告の平成11年分の所得税申告における所得税法51条2項の必要経費に該当するか否かである。なお、平成11年分所得税課税におけるその余の原告の所得額、所得控除額については争いがない。

(1)  原告がAに貸し付けたとする2億円

(2)  原告がAに対する顧問料及び監査役報酬の未収金が貸付金に振り替えられたとする合計1170万円

(3)  原告が事業所得(Aに対する弁護士顧問料)の未収金であるとする30万円

(4)  原告が雑所得として申告していたAに対する貸付金の未収利息1577万4327円

(以下、(1)ないし(4)の各債権についてそれぞれ争点(1)ないし(4)とする。)

3  被告の主張

(1)  本件更正処分の適法性

ア 総所得金額 4903万6645円

上記金額は、以下の(ア)ないし(ウ)の合計額から(エ)の損失額を控除した金額である。

(ア) 事業所得の金額 3975万9998円

上記金額は、原告が平成13年2月14日付けで被告に提出した原告の平成11年分所得税の修正申告書に記載された事業所得の金額4505万9998円から、未収顧問料に係る貸倒損失の金額540万円を控除し、青色申告特別控除額10万円を加算した後の金額である。

(イ) 不動産所得の金額 1377万6647円

上記金額は、修正申告書に記載された不動産所得の金額△2億1421万5661円に、原告の主張する貸倒損失の否認額2億3317万4327円を加算し、土地等を取得するために要した負債の利子の額(租税特別措置法41条の4第1項により生じなかったとみなされた額)508万2019円及び青色申告特別控除額10万円を控除した後の金額である。

(ウ) 配当所得の金額 0円

上記金額は、修正申告書記載の金額と同額である。

(エ) 譲渡所得の金額 △450万円

上記金額は、修正申告書記載の損失額と同額である。

イ 所得控除額 186万1785円

上記金額は、以下の(ア)ないし(ウ)の合計額である。

(ア) 医療費控除 35万785円

上記金額は、修正申告書記載の「支払った医療費の額」45万785円から所得税法73条1項の規定による10万円を控除した金額である。

(イ) 配偶者特別控除 0円

総所得金額が4903万6645円であり(上記(1)参照)、合計所得金額(総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額所得税法2条1項30号)が1000万円を超えるため、同法83条の2、2項の規定により配偶者特別控除が適用されない。

(ウ) その他の所得控除 151万1000円

上記金額は、修正申告書記載の医療費控除及び配偶者特別控除以外の所得控除の合計額と同額である。

ウ 課税総所得金額 4717万4000円

上記金額は、上記アの金額から上記イの金額を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数切り捨て)である。

エ 納付すべき税額 1390万3500円

上記金額は、以下の(ア)の金額から(イ)ないし(エ)の合計額を控除した後の金額(ただし、国税通則法119条1項により100円未満の端数切り捨て)である。

(ア) 課税総所得金額に対する税額 1496万4380円

上記金額は、上記ウの課税総所得金額4717万4000円に、所得税法89条1項規定の税率(「経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律」4条を適用したもの)を乗じて算出したものである。

(イ) 定率減税額 25万円

上記金額は、「経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律」6条により算出された金額である。

(ウ) 源泉徴収税額 15万2400円

上記金額は、修正申告書記載の源泉徴収税額と同額である。

(エ) 予定納税額 65万8400円

上記金額は、修正申告書記載の予定納税額と同額である。

オ 以上のとおり、被告が本訴において主張する原告の平成11年分所得税の納付すべき税額は1390万3500円であり、本件更正処分における納付すべき税額と同額であるから、本件更正処分は適法である。

(2)  本件賦課決定処分の適法性

原告の過少申告加算税の額は、国税通則法65条1項に基づき平成11年分所得税の更正処分により新たに納付すべき税額1471万円(ただし、同法118条3項により1万円未満の端数を控除した金額)に100分の10の割合を乗じて算出した147万1000円と、同法65条2項に基づき新たに納付すべき税額1471万4300円から50万円を差し引いた後の金額1421万円(ただし、同法118条3項により1万円未満の端数を控除した金額)に100分の5の割合を乗じて算出した金額71万500円を合計した額218万1500円である。これは、本件賦課決定処分による原告の過少申告加算税の額218万1500円と同額であるから、本件賦課決定処分は適法である。

(3)  争点(1)について

ア 所得税法26条2項は、不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とすると定めている。そして、所得税法51条2項により、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準じる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入することができるから、原告主張の貸付金が、不動産所得を生ずべき事業の遂行上生じた貸付金、すなわち、当該事業の業種業態からみて、その遂行上通常一般的に必要であると客観的に認められ、かつ当該事業による収入と相当因果関係のある貸付と認められれば、同項の規定により当該貸付金の貸倒損失は全額必要経費に算入されることになる。

イ 原告は、昭和60年8月、Aに対して5000万円の権利金を支払って武蔵野市境南町に所在する598.01平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)を賃借し(以下「本件賃貸借」という。)、昭和61年ころ、本件土地に地上3階建てのマンションを建築して各室を賃貸するようになり、平成9年5月までAに土地の賃借料を支払っていた。原告は、本件賃貸借契約の締結にあたり、Aに2億円の貸付を行っていた(以下「本件貸付」という。)ところ、平成11年12月26日にAが解散したため、貸倒損失が生じたと主張する。しかし、本件賃貸借契約にあたり、原告がAに2億円を貸し付けていたことは証拠上認められないし、仮に本件貸付の事実があったとしても、土地の借地人が土地の所有者に対し、億単位の多額の貸付けを行わなければならない必然性は通常認められない。

ウ Aは、不動産の賃貸及び売買を業として、昭和47年7月19日に設立された株式会社で、原告の兄乙が代表取締役であり、設立時においては、発行済株式総数200株のうち原告が100株、原告の妻丙が40株を保有し(乙2)、解散時においては、発行済株式総数1600株のうち原告が260株、原告の妻子が合計1000株を保有し、その他の株式も原告の親族が保有する同族会社であった(乙3)。

原告は、昭和53年頃よりAに運転資金を貸付けるようになり、昭和59年9月より借地権設定のために更に本件貸付を含めた多額の貸付を行っていた旨主張しているが、このようなAに対する長期間にわたる多額の金銭貸付けに関し、原告とAとの間で金銭消費貸借契約書を全く作成していないのであって、原告からの貸付は、原告の不動産所得の獲得のためではなく、自己及び親族が株式を保有し、原告の兄を代表者とする会社であるAの運転資金に充てるためのものにすぎない。したがって、原告のAに対する金銭の貸付は、不動産所得を生ずべき事業の遂行上通常一般的に必要であると客観的に認め得るものではない。

エ なお、不動産所得以外の貸倒損失に該当するかどうかについて検討したとしても、原告は貸金業者としての登録をしておらず、原告が貸金業を営んでいる事実も認められないから、Aに対する2億円の貸付が原告の事業所得を生ずべき事業の遂行上必要なものとはいえない。

オ また、原告は、本件貸付金は、Aが原告に対して借地権を設定することによって法人税法施行令137条の認定課税を受けることを回避するために、Aに経済的利益を得させる目的で行われたものであり、原告とAとの間の賃貸借契約と密接な関連性を有すると主張するが、認定課税を避けるためには、地主が借地人から権利金又は相当の地代を受領すれば足りるはずであって、借地権設定にあたって地主が認定課税を受けることを避けるために借地人が地主に多額の貸付をする必然性があるとは考えられない。

さらに、原告がAに対して支払っていた地代は、Aが法人税法施行令137条の認定課税を受けるような低額のものではない上、原告はAに対して、本件貸付金(2億円)を市中金利と同様の利息で貸し付けているのであるから、Aに経済的利益を与えたことにもならない。

(4)  争点(2)について

原告は、本訴で主張する貸倒損失には、Aに対する弁護士顧問料及び監査役報酬の未収金から貸付金に振替えられた合計1170万円が含まれていると主張する。

しかし、原告の提出する証拠からは、Aの当該顧問料の未払金が翌年度以降支払われたのか、借入金に振り替えられたのか、未払金として残っているかが不明である。

そして、そもそも、原告に対するAの顧問料の未払金及び監査役報酬の未払金が残っているのであれば、原告の側において、売上帳、売掛帳又は貸借対照表に、売掛金、未収金、未収顧問料又は未収監査報酬等として計上されるはずであるところ、原告は、作成し備え付けるべき売上帳又は売掛帳を備え付けておらず、また、原告の昭和61年分の一般用青色決算書の貸借対照表(甲19の2)及び平成11年分の一般用青色決算書及び不動産所得用青色決算書の貸借対照表(乙8及び9)には、売掛金、未収金、未収顧問料又は未収監査報酬等の記載は全くない。

したがって、1170万円については、根拠となる顧問料、監査役報酬の未収状況について、帳簿に基づく立証がなされていない。

また、原告作成に係る一覧表(甲2の2)によれば、この1170万円には、監査役報酬の未収金も含まれているところ、Aの総勘定元帳によれば、原告は、Aから、昭和61年7月より平成2年7月まで、監査役として、月額10万円の監査役報酬を得ている。監査役報酬は、役員報酬であって、所得税法28条2項に規定する給与等の収入金額に該当するところ、「給与所得」の収入金額から控除できる額は、所得税法28条2項に規定する給与所得控除額及び所得税法57条の2に規定する特定支出に限られ、未収給与の貸倒金は給与所得の収入金額から控除できない。したがって、監査役報酬の未収金は、仮に未収金があったとしても、これを貸倒損失として給与所得から控除することはできない。

(5)  争点(3)について

原告は、被告が貸倒損失として認定した540万円以外にもAに対して30万円の未収金があると主張している。

しかし、被告が認定した540万円以上に、30万円の貸倒損失が存在したことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、被告の調査によれば、原告のAに対する顧問料及び監査役報酬の貸倒損失は540万円を下回るものであったことが判明している。

(6)  争点(4)について

原告は、毎年雑収入として申告してきたAに対する貸付金利息の未収金が1577万4327円あり、これを事業所得の貸倒損失として認定すべきであると主張している。

たしかに、原告提出の平成元年分ないし同7年分所得税の確定申告書控えによれば、平成元年分から同7年分までについては、貸付金の利息を得て、それを雑所得として申告しており、平成7年分までに貸倒損失が発生した場合は、その損失の生じた日の属する年分の雑所得の金額を限度として、当該年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入することができることになる(所得税法51条4項)。しかし、原告自身、平成8年1月からは利息を放棄している旨述べており、平成8年分以降は、所得税の確定申告に際し雑所得の申告を行っておらず、Aの総勘定元帳にも、平成8年1月以降の支払い利息が計上されていない。したがって、平成8年1月以降、原告の金銭の貸付行為から所得は発生しておらず、原告の平成11年分の所得税について、雑所得の金額は全くないため、貸倒損失があったとしても、所得税法51条4項の規定によりこれを所得金額から控除することはできない。

4  原告の主張

(1)  原告は、Aに対して合計2億3317万4327円の債権を有していたところ、Aは、平成11年12月26日、清算により解散したため、当該債権はすべて回収不能となった。原告は、上記債権を原告の事業の遂行上生じた貸倒損失として平成11年分の所得税申告を行ったが、本件更正処分は、上記債権のうち、争点(1)ないし(4)の合計額2億2777万4327円については、貸倒損失に当たらないと判断した。しかし、いずれも、以下のとおり原告の事業の遂行上生じたものであるから、所得税法51条2順の貸倒損失に該当するものである。

(2)  争点(1)(2億円)

原告は、昭和59年8月ころ、本件土地について、Aとの間で本件賃貸借契約を締結した。本件賃貸借契約には、原告がAに対して金5000万円の借地権設定に係る権利金を支払うこと、賃貸借継続期間中は、原告からAに対し、Aが本件土地を担保に提供することを条件に金2億円までの継続的な貸付を行うことが条件となっていた。

原告は、昭和59年9月26日、Aに2億円の貸付金の一部として金1億円を支払い、残金は、昭和63年3月25日及び同月28日に小切手で支払った。なお、原告は、Aに対し、昭和60年8月1日ころ、借地権設定に係る権利金として5000万円を支払っている。

原告は、本件貸付金の返済を受けていないから、本件貸付金にかかる2億円は、原告の事業の遂行上生じた貸倒損失として必要経費に算入されるべきである。

被告は、借地人がその借地を利用して不動産業を開始するに当たり、地主に対して億単位の貸付を行わなければならない必然性がないと主張する。

しかし、借地人が地主に対して金銭を貸し付けたり、前渡金を渡すのは経済界では日常茶飯事であって異常な行為ではない。本件貸付金は、Aが法人税法施行令137条による権利金相当額の認定課税を受けるおそれがあったので、それを避けるために同条に定める「相当の地代」をAが得られるようにするために貸し付けたものであって、本件賃貸借契約と密接な関連性を有する。

(3)  争点(2)(1170万円)

原告は、昭和47年のAの設立と同時に同社の顧問弁護士となり、平成3年12月まで、顧問料として月額30万円の収入を得ていた。

また、原告は、昭和61年7月からAの監査役となり、平成2年12月まで、監査役として月額10万円の報酬を得ていた。

これらのうち、実際には未収となっていた1170万円は、原告からAに対する貸付金に振り替えられ、その後のAの解散により回収不能となったものであるが、未収金であっても貸付金であっても、原告の事業の遂行上生じた損失であることは異ならないのであるから、原告の事業の遂行上生じた貸倒損失として必要経費に算入されるべきである。

(4)  争点(3)(30万円)

被告は、事業所得の未収金として原告が申告した570万円のうち、540万円のみを貸倒損失として認定したが、残りの30万円についても未収であったから、貸倒損失として認定されるべきである。

(5)  争点(4)(1577万4327円)

原告は、上記のとおりAに対して多額の貸付を行ってきたもので、これらの貸付金から生じた利息収入を長年にわたり雑所得として申告していたが、実際には未収の利息が1577万4327円に達している。これは原告の事業の遂行上生じたものであって、そもそも雑所得ではなく、事業遂行上の貸倒損失として認定されるべきである。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  本件貸付の存否について

原告は、本件賃貸借契約には、原告がAに2億円の継続的な貸付を行うことが条件として付加されており、原告は実際にAに対し2億円を貸し付けたと主張している。

しかし、原告の主張を裏付ける直接的な証拠(本件賃貸借契約書あるいは原告とAとの間の金銭消費貸借契約書など)は提出されておらず、原告の主張事実をそのまま認めることは困難というほかない。ただし、原告が、昭和59年9月26日付けで、B銀行株式会社(渋谷支店)から1億円の貸付を受けた際の金銭消費貸借契約書には、借入金の使途として「借地権取得資金」との記載があること(甲5の1)、また、同銀行の昭和59年8月10日付けの稟議書には、原告から新規で1億円の貸付の申し込みがあったことが記載され、資金使途として借地権取得金と記載されていること(甲28)、さらに、原告が、平成8年以降利息収入を放棄するに至るまで、Aに貸し付けた金員の利息を雑所得として計上し申告していること(甲19の1ないし3、20の1ないし3、21の1ないし3、22の1、2、23、24の1、2、25、26の1、2及び弁論の全趣旨)が認められるから、これらの事実に照らせば、金額は明らかとはいえないが、原告がAに対し相当程度の資金の貸し付けを行っていた事実を認めることはできる。

(2)  貸倒損失について

原告は、Aの解散によってAに対する本件貸付が回収不能となったから、これを貸倒損失として認定すべきであると主張する。

ところで、所得税法51条2項は、資産損失の必要経費算入について、「居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた売掛金、貸付金、前渡金その他これらに準ずる債権の貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。」と定めている。ここにいう必要経費とは、所得を得るために必要な支出のことを意味するものであるが、ある支出が必要経費として控除され得るためには、それが事業活動と直接の関連をもち、事業の遂行上必要な費用であることが必要である。そして、事業の遂行上必要であるか否かは、関係者の主観的判断ではなく、客観的一般的に通常必要とされるものと認められるかどうかを基準として判断すべきものと解される。この点、原告は、Aに対する貸付は、本件賃貸借契約の条件として付加されていたものであるから借地権の取得のために必要な貸付であり、また、Aに対して貸付を行ったのは、当時、本件土地の地価が高額であったため、本件賃貸借契約の権利金の額(5000万円)と地代の設定額のみでは、Aが法人税法施行令137条による権利金相当額の認定課税を受けるおそれがあり、これを避けるためにAに利益を得させる目的で行ったものであるから、原告の不動産事業の遂行上必要な貸付であったと主張する。

しかし、本件賃貸借契約締結に際して原告がAに対して継続的に2億円を貸し付ける旨の条件が付加されていたことを認めるに足りる証拠はない上、仮に、このような条件が設定されていたとしても、事業の遂行上必要であるか否かは、当事者の主観的判断ではなく、客観的一般的に必要であるか否かが検討されるべきところ、不動産事業を営むに当たって、地主に多額の資金を貸し付けることが事業者にとって客観的一般的に必要とされる行為であるとは認められないし、借地人が、地主の課税負担回避に協力することを動機として地主に金銭の貸付を行うことが一般的に必要とされていると解することもできない。そして、原告とAとの後記のような特殊な関係や、原告は、昭和53年ころから、Aに対し、多額の金員を貸し付けていたこと(甲3の1)等の事情を考慮すると、仮に原告が、実際に、Aの課税負担回避に協力する目的でAに対して本件貸付を行ったとしても、それは、Aは、原告及び原告の親族が株式を保有し、原告の兄が代表取締役を務める会社である(乙2、3)という原告とAとの特殊な関係によるものと理解するのが相当であり、このような事情の下において行われた本件貸付が、原告の不動産事業の遂行上客観的一般的に必要なものであったとは到底認めることができない(なお、B銀行の稟議書に、原告の借地権取得資金として1億円の融資をする旨の記載があることは前認定のとおりであるけれども、銀行が貸付金の使途をどのように認定するのかという問題と、その貸付金が、経費性のある使途に用いられたと認められるかどうかという問題は、別個の問題といわざるを得ないのであるから、上記の事実は直ちに原告の主張の裏付けとなり得るものではない。)。

よって、原告のAに対する本件貸付が回収不能となったことによる貸倒損失は、所得税法51条2項の必要経費には該当しないというほかない。

2  争点(2)について

原告は、原告のAに対する弁護士顧問料及びAの監査役としての報酬で未収となっていたもののうち、甲2の2のとおり合計1170万円が原告のAに対する貸付金に振り替えられており、これが原告の事業の遂行上生じた貸倒損失であると主張する。

原告のAに対する弁護士顧問料債権及び監査役報酬債権が貸付金に振り替えられたこと及びその合計額が1170万円であることについては、原告の提出する証拠(甲13の1ないし4、14の1ないし3、15の1ないし4、17の1ないし3、21の1ないし3)によっても明確とはいえないが、それをおいても、弁護士顧問料及び監査役報酬の未収金は、いずれもAに対する貸付金として振り替えられたことによって、それぞれ弁済されたこととなって消滅し、新たな貸金債権が発生したことになるのであるから(なお、原告は、未収金が貸付金へ振り替えられたことに伴い、未収金分を原告の収入として計上して申告したことを自認するものであるから、未収金の貸付金への振り替えは、Aが原告の承諾の下で行ったものであることが認められる。)、新たに発生した貸金債権について原告の事業遂行上必要な費用にかかる損失であったか否かについて検討する必要があるところ、原告の不動産事業の遂行に当たり、地主であるAに対して貸付を行うことが客観的一般的に必要であるとは認められないことは争点(1)において判示したとおりである。また、原告の弁護士業の遂行に当たっても、顧問先であるAに対して貸付を行うことが、事業の遂行上客観的一般的に必要であるとは認められない。

この点、原告は、会計上の名称が未収金から貸付金へと変更されたことのみで、事業との関連性が否定されることは不当である旨主張するが、前記のとおり、弁護士顧問料債権及び監査役報酬債権が貸付金に振り替えられたということは、単に会計上の名称が変更されたというのみならず、弁護士顧問料債権及び監査役報酬債権が消滅し、新たに貸金債権が発生したことを意味するのであり、前二者と後者では債権の性質が大幅に異なるのであるから、貸倒損失として認定されるか否かに際して取扱いを異にするのは当然のことであって、原告の主張は失当である。

3  争点(3)について

原告は、貸倒損失として申告したAに対する事業所得の未収金570万円のうち、被告が貸倒損失として認定しなかった30万円についても未収金が存在し、貸倒損失として認定されるべきであると主張するが、未収となっている30万円の具体的根拠については特段の主張をしておらず、本件全証拠によっても、被告が事業所得の未収金として認定した540万円を超えて、さらに原告の事業所得として30万円の未収金があった事実は認められない。

4  争点(4)について

原告は、Aに対する貸付金の利息収入が未収であったにもかかわらず、雑所得として申告していたところ、Aの解散によってこのうち合計1577万4327円が回収不能となったから、これについて、原告の事業所得上の必要経費として認定すべきであると主張する。

しかし、原告の事業(不動産事業及び弁護士業)の遂行上、Aに対して貸付を行うことが客観的一般的に必要であるとは認められないことは争点(1)において判示したとおりであって、その貸付金から生じる利息収入についても同様であるから、これを51条2項の必要経費として認定することはできないものというほかない。そうすると、Aに対する貸付金から生じた利息収入は、原告の雑所得として計上されるべきこととなり、雑所得に関して発生した損失は、所得税法51条4項の規定によって雑所得の枠内でのみ必要経費に算入することができるに過ぎないから、平成11年分について雑所得の申告がない原告については、当該損失を控除する対象が存在せず、原告の所得から控除することはできないこととなる。

なお、原告は、Aに対する貸付金の利息収入は、原告の継続的な事業から発生したものであって、そもそも雑所得として扱われるべきではないと主張する。しかし、原告自身、事業として貸金業を営んでいることを主張しているわけではなく、また、本件全証拠をもってしても、原告の資金の貸付先はA以外には見当たらないこと、また、Aが、前述のとおり、原告及び原告の親族が株式を保有し、原告の兄が代表取締役を務める関係にある会社であったことに照らせば、Aに対して資金の貸し付けを行うことが、客観的一般的に、原告の事業として行われたものと認めることは到底できないものというほかない。

5  結論

以上のとおりであって、原告の主張する貸倒損失は、いずれも原告の事業の遂行上生じた必要経費として認めることはできないものであり、このことを前提として原告の平成11年分の所得税を算定すると、本件更正処分と同額となる。また、原告は、平成11年分の修正申告において本件更正処分を下回る所得額を申告しており、これについて正当な理由があるとは認められないから、国税通則法65条1項によって過少申告加算税が賦課されるべきであり、その額は本件賦課決定処分と同額である。そうすると、本件各処分はいずれも適法であって、取り消されるべき違法性はない。

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 金子直史 裁判官 新谷祐子)

別紙

課税処分等の経緯(平成11年分)

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