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東京地方裁判所 平成15年(行ウ)44号 判決 2004年4月28日

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,Aに対し,1374万0405円及び内690万9525円については平成15年1月21日から支払済みまで,内683万0880円については同年4月5日から支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を請求せよ。

第2事案の概要

本件は,東京都小金井市の住民である原告らが,小金井市長を被告として,同市長の職にあった者が同市の予算を流用のうえ,公金を同市議会が否決した費途に充てる旨の支出命令を発したことは,同市議会の予算審議権を侵害し,違法であると主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,上記の者に対して上記支出命令に基づく支払額相当額の損害賠償請求をすることを求めている事案である。

1  法令の定め等

(1)  普通地方公共団体の長の権限に関する地方自治法の定め

普通地方公共団体の長は,予算を調製し,これを執行する権限を有している(地方自治法149条2号)。

(2)  普通地方公共団体の議会の権限に関する地方自治法の定め

ア 普通地方公共団体の議会は,次に掲げる事件を議決しなければならない(地方自治法96条)。

a 予算を定めること(同条2号)

b 決算を認定すること(同条3号)

イ 議会は,予算について,増額してこれを議決することを妨げない。ただし,普通地方公共団体の長の予算の提出の権限を侵すことはできない(地方自治法97条2項)。

(3)  普通地方公共団体の予算に関する地方自治法及び同法施行令等の定め

ア 総計予算主義の原則

一会計年度における一切の収入及び支出は,すべてこれを歳入歳出予算に編入しなければならない(地方自治法210条)。

イ 予算の調製及び議決

a 地方自治法の定め

普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に,議会の議決を経なければならない(地方自治法211条1項)。

普通地方公共団体の長は,予算を議会に提出するときは,政令で定める予算に関する説明書をあわせて提出しなければならない(同条2項)。

b 予算に関する説明書についての地方自治法施行令の定め

地方自治法211条2項に規定する政令で定める予算に関する説明書は,次のとおりとする(地方自治法施行令144条1項)。

① 歳入歳出予算の各項の内容を明らかにした歳入歳出予算事項別明細書及び給与費の内訳を明らかにした給与費明細書(同項1号)

② 継続費についての前前年度末までの支出額,前年度末までの支出額又は支出額の見込み及び当該年度以降の支出予定額並びに事業の進行状況等に関する調書(同項2号)

③ 債務負担行為で翌年度以降にわたるものについての前年度末までの支出額又は支出額の見込み及び当該年度以降の支出予定額等に関する調書(同項3号)

④ 地方債の前前年度末における現在高並びに前年度末及び当該年度末における現在高の見込みに関する調書(同項4号)

⑤ その他予算の内容を明らかにするため必要な書類(同項5号)

前項1号から4号までに規定する書類の様式は,総務省令(地方自治法施行規則15条の2)で定める様式を基準としなければならない(地方自治法施行令144条2項)。

ウ 繰越明許費

歳出予算の経費のうちその性質上又は予算成立後の事由に基づき年度内にその支出を終わらない見込みのあるものについては,予算の定めるところにより,翌年度に繰り越して使用することができる(地方自治法213条1項)。

前項の規定により翌年度に繰り越して使用することができる経費は,これを繰越明許費という(同条2項)。

エ 予算の内容

予算は,次の各号に掲げる事項に関する定めから成るものとする(地方自治法215条)。

a 歳入歳出予算(同条1号)

b 継続費(同条2号)

c 繰越明許費(同条3号)

d 債務負担行為(同条4号)

e 地方債(同条5号)

f 一時借入金(同条6号)

g 歳出予算の各項の経費の金額の流用(同条7号)

オ 歳入歳出予算の区分

a 歳入歳出予算は,歳入にあっては,その性質に従って款に大別し,かつ,各款中においてはこれを項に区分し,歳出にあっては,その目的に従ってこれを款項に区分しなければならない(地方自治法216条)。

b 歳入歳出予算の款項の区分は,総務省令で定める区分を基準としてこれを定めなければならず(地方自治法施行令147条1項),予算の調製の様式は,総務省令で定める様式を基準としなければならない(同条2項)。

なお,地方自治法施行規則は,歳入歳出予算の款項の区分並びに目及び歳入予算に係る節の区分,歳出予算に係る節の区分について,別紙「予算に関する説明書様式」のとおり定める旨規定する(地方自治法施行規則15条1項及び2項)。

カ 予備費

予算外の支出又は予算超過の支出に充てるため,歳入歳出予算に予備費を計上しなければならない。ただし,特別会計にあっては,予備費を計上しないことができる(地方自治法217条1項)。

予備費は,議会の否決した費途に充てることができない(同条2項)。

キ 予算の執行及び事故繰越し

a 普通地方公共団体の長は,政令で定める基準に従って予算の執行に関する手続を定め,これに従って予算を執行しなければならない(地方自治法220条1項)。

歳出予算の経費の金額は,各款の間又は各項の間において相互にこれを流用することができない。ただし,歳出予算の各項の経費の金額は,予算の執行上必要がある場合に限り,予算の定めるところにより,これを流用することができる(同条2項)。

繰越明許費の金額を除くほか,毎会計年度の歳出予算の経費の金額は,これを翌年度において使用することができない。ただし,歳出予算の経費の金額のうち,年度内に支出負担行為をし,避けがたい事故のため年度内に支出を終わらなかったもの(当該支出負担行為に係る工事その他の事業の遂行上の必要に基づきこれに関連して支出を要する経費の金額を含む。)は,これを翌年度に繰り越して使用することができる(同条3項)。

b 普通地方公共団体の長は,次の各号に掲げる事項を予算の執行に関する手続として定めなければならない(地方自治法施行令150条1項)。

① 予算の計画的かつ効率的な執行を確保するため必要な計画を定めること(同項1号)

② 定期又は臨時に歳出予算の配当を行なうこと(同項2号)

③ 歳入歳出予算の各項を目節に区分するとともに,当該目節の区分に従って歳入歳出予算を執行すること(同項3号)

前項3号の目節の区分は,総務省令(地方自治法施行規則15条)で定める区分を基準としてこれを定めなければならない(地方自治法施行令150条2項)。

(4)  小金井市における予算事務の取扱い

小金井市予算事務規則(昭和39年5月18日規則第6号)は,予算事務の取扱いについて,次のとおり規定する。

ア 歳入歳出予算の款項及び目節の区分

歳入歳出予算の款項の区分並びに目及び歳入予算に係る節の区分は,毎会計年度歳入歳出予算の定めるところによる(同規則3条1項)。

歳出予算に係る節の区分は,地方自治法施行規則15条2項に規定する歳出予算に係る節の区分のとおりとする(同条2項)。

イ 歳出予算の流用

課長は,予算に定める歳出予算の各項の流用又は歳出予算の目もしくは節間の流用を必要とする場合は,予算流用(充当)申請票兼通知票を企画財政部長に提出しなければならない(同規則18条1項)。

企画財政部長は,提出された予算流用(充当)申請票兼通知票を審査し,意見を付して市長の決定を求めるものとする(同条2項)。

(乙7)

2  前提事実(各項末尾の証拠等により認められる。)

(1)  当事者等

原告らは,東京都小金井市の住民であり,Aは,平成13年ないし平成15年当時,小金井市長(以下「市長」という。)の職にあった者である。

(当事者間に争いのない事実)

(2)  平成13年度小金井市一般会計補正予算(第4回)の否決に至る経緯

ア 平成13年第1回市議会定例会(平成13年3月2日の期日)

小金井市議会(以下「市議会」という。)は,平成13年3月2日,平成13年第1回市議会定例会において,平成13年度小金井市一般会計予算(以下「平成13年度一般会計予算」という。)を可決した。

同予算には,α駅南口第1地区第一種市街地再開発事業(以下「本件再開発事業」という。)に係る都市計画に関する図書作成業務(その1)委託料(以下「本件図書作成業務委託料①」という。)1795万5000円,α駅周辺まちづくり整備計画作成業務委託料(以下「本件まちづくり業務委託料①」という。)5869万4000円が計上されていた。

(当事者間に争いのない事実)

イ 本件各契約①の締結

小金井市は,住宅・都市整備公団(現在は都市基盤整備公団,以下「公団」という。)との間で,平成13年8月14日には本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その1)委託契約(以下「本件図書作成業務委託契約①」という。)を,同年12月19日にはα駅周辺まちづくり整備計画作成業務委託契約(以下「本件まちづくり業務委託契約①」といい,両契約を併せて「本件各契約①」という。)をそれぞれ締結した。

(当事者間に争いのない事実)

ウ 平成14年第1回市議会定例会(平成14年3月23日の期日)

市長Aは,本件再開発事業が当初の予定より大幅に遅れ,本件各契約①に基づく各業務が平成13年度内に完了する見込みが立たなかったため,本件図書作成業務委託料①及び本件まちづくり業務委託料①について,地方自治法213条に従って繰越明許費として翌年度へ繰り越すことを決定し(以下,この繰越明許費を「本件繰越明許費」という。),これを計上した平成13年度小金井市一般会計補正予算(第4回)(以下「平成13年度補正予算(第4回)」という。)を平成14年第1回市議会定例会に提出したが,市議会は,平成14年3月23日,これを否決した(以下,この議決を「本件否決」という。)。

(甲1,乙3,弁論の全趣旨)

エ 平成14年第1回市議会臨時会(同年3月27日の期日)

市長Aは,上記補正予算(第4回)を再議に付すことなく,同月27日の平成14年第1回市議会臨時会において,本件繰越明許費部分を削除した平成13年度小金井市一般会計補正予算(第5回)(以下「平成13年度補正予算(第5回)」という。)を提出し,市議会は,同日,これを可決した。

本件否決に伴い,小金井市は,公団との間で,平成13年度中に本件各契約①を変更のうえ,終了させた。

(甲17,弁論の全趣旨)

(3)  本件予算流用に至る経緯

ア 小金井市は,市長Aの指示の下,平成14年3月28日,公団に対し,本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)及びα駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)の各委託の見積りを依頼した。

(甲4,5)

イ 予算流用の手続

市長Aは,同年4月22日,公団の見積り結果を踏まえて,上記各業務の委託料合計1374万1000円につき,平成14年度小金井市一般会計予算(以下「平成14年度会計予算」という。)の「(款8)土木費」,「(項4)都市計画費」,「(目1)都市計画総務費」,「(節17)公有財産購入費」(1億8239万3000円)から同目内の「(節13)委託料」(α駅南口地区第一種市街地再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)委託料,α駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)委託料)に流用する手続をとった(以下「本件予算流用」という。)。

(当事者間に争いのない事実)

ウ 支出負担行為(本件各契約②の締結)

市長Aは,小金井市を代表して,同年5月14日,公団との間で,α駅南口地区第一種市街地再開発事業に係る都市計画についての図書作成業務(その2)に関する委託契約(以下「本件図書作成業務委託契約②」という。)及びα駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)に関する委託契約(以下「本件まちづくり業務委託契約②」という。)をそれぞれ締結した(以下,両契約を併せて「本件各契約②」という。)。

(当事者に争いのない事実)

(4)  支出命令及び支出等

公団は,平成14年12月,小金井市に対し,本件図書作成業務委託契約②に基づき,「都市計画書」・「参考図書」・「都市計画関連図」・「附属資料」から成る冊子(乙18の体裁のもの)5部を,本件まちづくり業務委託契約②に基づき,平成15年3月,「住宅市街地整備総合支援事業整備計画調査報告書」(乙11の資料18の1)及び「都市活力再生拠点整備事業街区整備計画調査報告書」(同資料18の2)各100部をそれぞれ納入した。

これを受けて,市長Aは,同市を代表して,本件各契約②に基づく各委託料の支出命令をそれぞれ行い(以下,これらの支出命令を併せて「本件支出命令」という。),同市は,公団に対し,平成15年1月20日に本件図書作成業務委託契約②に基づく委託料(以下「本件図書作成業務委託料②」という。)690万9525円を,同年4月4日に本件まちづくり業務委託契約②に基づく委託料(以下「本件まちづくり業務委託料②」という。)683万0880円をそれぞれ支払った(以下,両委託料を併せて「本件各委託料②」といい,また,これらの支出を併せて「本件支出」という。)。

(本件支出命令及び本件支出については当事者間に争いがなく,公団による納入及びその時期について乙11,18,弁論の全趣旨)

(5)  監査請求

原告らは,平成14年11月8日付けで,小金井市監査委員に対し,本件予算流用の違法性を主張して,本件各契約②の破棄,公金支出の差止め等を求める監査請求を行ったが,同市監査委員は,平成15年1月6日,上記監査請求を棄却した。

(当事者間に争いのない事実)

(6)  原告らは,平成15年2月5日,当裁判所に対し,上記監査請求結果を不服として,本件訴えを提起した。

(当裁判所に顕著な事実)

3  当事者の主張

(原告らの主張)

(1) 本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令の違法性

ア 地方自治法は,一般会計年度における一切の収入及び支出は,すべてこれを歳入歳出予算に編入すべきこと及び普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に,議会の議決を経なければならない旨規定し(同法210条,211条),併せて議会に予算を定める権限を付与し(同法96条1項2号),その予算修正権の実効性を担保するため,予備費を議会の否決した費途に充てることを禁止している(同法217条2項)。このような地方自治法における議会による予算統制の制度に照らせば,議会において当該事業の実施を否定して予算から削除したにもかかわらず,地方公共団体の執行機関が,その議会の意思を無視して予算流用の方法を用いて当該事業の費途に充てた場合には,議会の予算審議権を侵害するものであって違法であり,かかる流用を受けて行われた財務会計行為も違法であると解すべきである。

なお,地方自治法は,目・節間における流用について禁止していないものの,上記に記載した同法の定めに加え,地方公共団体の長は,予算を議会に提出する際に提出義務を課されている「予算に関する説明書」において目節の内容を明らかにしなければならないとして(同法211条2項,同法施行令144条2項,同法施行規則15条の2),予算審議の際に議会が当該予算の目節の内容についても考慮できるように定めたことに照らせば,目節間における予算の流用についても上記と同様に解すべく,議会の否決した費途に充てる予算執行は違法であると解すべきである。

イ 本件において,市議会は,平成14年第1回定例会において,本件繰越明許費を計上した平成13年度補正予算(第4回)を否決し(本件否決),その後間もなく開催された平成14年第1回臨時会において,本件繰越明許費を削除した平成13年度補正予算(第5回)を可決していることに照らせば,市議会が本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務及びα駅周辺まちづくり整備計画作成業務の委託(以下「本件各委託」という。)を否定すべく上記補正予算(第4回)を否決したことは明らかである。

それにもかかわらず,市長Aは,市議会が否定した本件各委託を実施すべく,本件予算流用を行ったものであるから,本件予算流用は違法であるといわざるを得ず,これに伴う本件支出命令も違法である。

加えて,市長Aは,上記補正予算(第4回)につき再議に付すことなく,かつ,平成14年第1回臨時会において,本件繰越明許費を削除した上記補正予算(第5回)を提出した際の提案理由において,本件否決に係る市議会の意思を尊重する旨発言し,同市財政担当者も同様の発言をしているが,その後公団に上記各委託の見積り依頼を出し,2か月後には本件予算流用を経て本件各契約②を締結していることを考慮すれば,上記補正予算(第5回)の提出時には既に本件予算流用を念頭に置いていたことが窺われる。そうすると,市長Aは,市議会を欺く上記発言をすることによっても市議会の予算審議権を侵害したと評価できる。

ウ なお,本件否決以後も,市議会は本件予算流用を追認する内容の議決をしたことはなく,かえってその審議経過に照らせば,本件予算流用を含め本件再開発事業の実施について問題としていたことは明らかであり,本件予算流用及び本件支出命令の違法性が治癒する余地はない。

(2) 損害の発生

ア 市議会が本件繰越明許費を計上した平成13年度補正予算(第4回)を否決し,それを削除した同年度補正予算(第5回)を可決することによって本件再開発事業に係る本件各委託の必要性を否定した以上,これらの実施のためにされた本件支出による公金の減少自体が損害であり,結局,小金井市は,本件各契約②に基づく本件各委託料②相当額を損害として被ったと解すべきである。

実質的にも,本件再開発事業については,同事業の対象区域の地権者の中にも反対意見が多く,地権者の中には本件再開発事業の実施を妨げるべく,本件再開発事業の対象区域に諸々の建築物を新築するなどしている者も相当数見受けられ,また,同市の財政状況も悪化し,本件再開発事業に必要な資金の捻出が困難であることにも照らせば,市長Aが本件予算流用を実施し,本件各契約②を締結した平成14年当時から現在に至るまで,本件再開発事業の実施は事実上不可能な状態にあったと考えられる。

そうすると,本件再開発事業の実施に向けられた本件各契約②を締結しても無意味であるから,結局,小金井市は,本件各委託料②相当額の損害を被ったものである。

イ なお,上記のとおり,本件において,本件各契約②を締結する必要性がなかったことに照らせば,公団から本件各契約②に基づく成果物が納入されたことを理由とする損益相殺が行われるべき事案ではない。

(3) 責任原因

Aは,小金井市の市長として適法に同市の予算執行を行うべき義務を有するにもかかわらず,市議会が本件繰越明許費を否決したことにより本件各委託を実施してはならないことを認識しながら,違法な本件予算流用によって違法な本件支出命令等を行い,よって同市に損害を与えたものであるところ,Aにはこの点に関し故意又は過失があることは明らかである。

(4) よって,原告らは,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,Aに対しては本件支出命令によって生じた損害金1374万0405円,及び内690万9525円については本件図書作成業務委託料②の支払がされた日の翌日である平成15年1月21日から支払済みまで,内683万0880円については本件まちづくり業務委託料②の支払がされた日の翌日である同年4月5日から支払済みまでそれぞれ民法所定年5分の割合による遅延損害金についての損害賠償請求をすることを求める。

(被告の主張)

(1) 本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令の適法性について

ア 目節間の流用は予算執行機関の裁量にゆだねられていること

地方自治法220条2項は,歳出予算の経費につき各項間の流用を原則として禁じるものの,同法上,目節間についてはその流用を禁じる規定がない。そして,そもそも議会における歳入,歳出予算の議決対象は款,項であり,目,節については各項の内容を明らかにするために設けられたにすぎず,予算提出の際,普通地方公共団体の長に提出義務が課される「予算に関する説明書」(同法211条2項)において目,節の記載が要求されるのも上記と同じ趣旨であることも併せ考慮すれば,目節間の流用については,執行機関に対し現実の情勢の変化に臨機応変に対応すべく,普通地方公共団体の長の裁量にゆだねたものと解するのが相当である。

なお,他の地方公共団体においては,目節間の流用についてこれを禁じる旨の予算規則を制定する例も見受けられるが,小金井市においてはそのような予算規則が存しないから,市長について上記裁量を肯定していることは明らかである。

イ 本件予算流用及び本件支出命令がやむを得なかったことについて

本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務は,都市計画決定ないし変更までの手続に沿って関係機関と調整を行いながら都市計画の図書(都市計画法14条)を作成していくものであり,α駅周辺まちづくり整備計画作成業務は,同駅周辺地区の計画的なまちづくりを推進するため,住宅市街地整備総合支援事業及び都市活力再生拠点整備事業の整備計画を作成するものという内容のもので,これにより作成された計画を基に小金井市が行う道路整備等のための補助金を国に申請することとなっており,いずれの業務も本件再開発事業を推進するに当たっては必要不可欠のものである。

本件否決により本件各委託料②(相当額)を支出することができず,よって本件各委託ができない場合,公団を始め東京都,JR等の関係機関,そして地権者との信頼関係を損ない,その結果,本件再開発事業について都市計画決定がされず,本件再開発事業が頓挫する可能性があったことから,市長Aは,やむを得ず,本件予算流用の手続をし,本件支出命令を行ったものであり,これらの事情に加え,市議会も,本件図書作成業務委託料①,本件まちづくり業務委託料①を計上した平成13年度一般会計予算を可決し,また,本件再開発事業についての都市計画決定後に執行する再開発用地取得費を計上した平成14年度一般会計予算も可決しており,本件各委託を含め本件再開発事業に理解を示していた経緯に照らせば,本件予算流用及び本件支出命令について違法とまではいえないと解すべきである。

(2) 市議会による追認

仮に本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令に違法な点があるとしても,市議会がこれを追認した場合には,その違法性が治癒されるものと解すべきである。

本件では,市議会は,本件再開発事業が都市計画決定されたことを踏まえ,平成15年5月27日に都市再開発法120条に基づく再開発事業分担金2億0900万円,同法121条に基づく再開発事業に係る公共施設整備負担金1億2000万円が計上された平成15年度小金井市一般会計予算を可決しているところ,本件予算流用に係る本件各委託料②は,上記分担金,負担金と密接な関連性を有するものであることから,上記一般会計予算の成立をもって,本件予算流用又は本件支出命令について追認があったものと評価でき,また,同年11月28日,本件予算流用を含む平成14年度一般会計歳入歳出決算(以下「平成14年度決算」という。)を認定していることからも,市議会がこれらを追認したことは明らかである。

(3) 損害が発生していないこと

小金井市は,本件各契約②に基づき本件各委託料②を支出し,公団は,本件各契約②に基づく履行(報告書等の納品)をしたところ,当該報告書等の価値は本件各委託料②に見合うものであり,かつ,これらの報告書等を踏まえて,平成14年9月に本件再開発事業について都市計画の決定がされ,本件再開発事業に関連する住宅市街地整備総合支援事業の整備計画書が国土交通大臣に承認されて,同市が平成15年度の市街地再開発事業補助金と住宅市街地整備総合支援事業補助金の交付決定を受けられたことに照らせば,本件支出命令による損害は生じていないと解すべきである。

4  争点

以上によれば,本件における争点は,次のとおりである。

(1)  本件予算流用は違法であるか。本件予算流用が違法とされた場合,本件支出命令は違法であるか。

(2)  本件予算流用又は本件支出命令につき,市議会により追認されたか。追認された場合に,本件支出命令の違法性は治癒されるか。

(3)  損害発生の有無

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件予算流用等の違法性の有無等)について

(1)  本件予算流用の違法性等について

ア 被告は,目節は予算の執行科目であり,目節間の流用については普通地方公共団体の長の裁量にゆだねられるものであるから,節間での流用にすぎない本件予算流用も適法であり,これに伴う本件支出命令も適法である旨主張するため,まず,一般的に,目節間の予算の流用が許されるかどうかについて検討する。

イa 地方自治法は,歳出予算の経費の金額について,各款の間又は各項の間において相互にこれを流用することができない旨規定する(同法220条2項本文)が,歳入歳出予算として,議会の議決の対象となるのは,款及び項であり(同法216条),目及び節は,予算の執行科目にすぎず(同法220条1項,同法施行令150条1項3号),議決の対象とはならないものであること,地方自治法上も,目節の間における予算の流用については,明文をもってこれを禁止していないことに照らせば,当該普通地方公共団体の財務規則等に別段の定めがある場合は別として当然に普通地方公共団体の長が目節の間における予算の流用をすることが禁止されているものとは解されない。

b しかし,①地方自治法は,普通地方公共団体の議会に予算議決権を付与し(同法96条1項2号,97条2項本文),その予算議決権の実効性を担保すべく,予備費を議会の否決した費途に充てることを禁止していること(同法217条2項),②一会計年度における一切の収入及び支出は,すべてこれを歳入歳出予算に編入すべきものとし,普通地方公共団体の長は,毎会計年度予算を調製し,年度開始前に,議会の議決を経なければならない旨定めるとともに(同法210条,211条),別紙「予算に関する説明書様式」のとおり,普通地方公共団体の長が予算を議会に提出するときにあわせて提出しなければならない「予算に関する説明書」においては,目節の内容を明らかにしなければならないものとされ(同法211条2項,同法施行令144条2項,同法施行規則15条の2),議会が予算について議決するに際し,執行科目である目節の内容についても配慮できるようにしていること,③普通地方公共団体の執行機関は,当該普通地方公共団体の条例,予算その他の議会の議決に基づく事務を誠実に管理し及び執行する義務を負い(同法138条の2),また,普通地方公共団体の長は,歳入歳出予算の各項を目節に区分するとともに,当該目節の区分に従って歳入歳出予算を執行するための手続を定めたうえで予算を執行すべき義務も負うこと(同法220条1項,同法施行令150条1項3号)に照らせば,目節間の予算の流用についても無制約に許されると解すべきではなく,普通地方公共団体の長が,予算流用の方法を用いて,普通地方公共団体の経費を,議会が当該事業の実施を否定して予算から削除した事業の費途に充てることを目的とする予算執行は,議会に与えられた予算議決権を一部空洞化させ,議会による予算統制を定めた地方自治法の趣旨に反するとともに,普通地方公共団体の長が当該目節の区分に従って歳入歳出予算を執行するための手続を設けた趣旨にも反するものであるから,違法というべきである。そうすると,議会が当該事業の実施を否定して予算から削除した事業の費途に充てることを目的とする財務会計行為もまた同様に違法であるというべきである。

ウ 以上によれば,普通地方公共団体の長の裁量によって目節間の予算の流用は当然に許されるとする旨の被告の上記主張は採用できない。

(2)  そこで本件についてみるに,前記前提事実及び各項末尾に掲記の証拠等によれば,本件予算流用,本件支出命令に至る経緯は,次のとおりであることが認められる。

ア α駅南口まちづくり事業の経緯

a 本件再開発事業の経緯とその概要

小金井市は,JRα駅南口周辺地区の整備を進めるべく,同地区の再開発事業の計画を立てていたが,東京都知事により,都市計画法18条1項に基づき,平成6年5月,JR中央本線連続立体交差事業の一環として,都市計画である「小金井都市計画都市高速鉄道」の決定が行われ(乙11の資料1),これを受けて,建設大臣(当時)から,都市計画法59条2項に基づき,平成7年11月,上記都市計画に関する事業について認可を受けた(同資料2)。

その後,平成8年5月に,東京都知事による「市街化区域及び市街化調整区域の整備・開発又は保全の方針」(同資料3)に基づく上記都市計画の変更により,α駅南口周辺地区が再開発促進地区に位置付けられた。

同市の地元組織は,平成9年6月から同年7月にかけて,同市及び公団に対し,α駅南口地区市街地再開発事業の施行要請を行い(同資料4),同市も,同年7月28日,公団に対し,上記再開発事業の施行を依頼した(同資料5)。

そのような中で,公団は,平成10年4月8日,上記再開発事業について国から地区採択を受け,同市は,同月21日,公団との間で,上記再開発事業に関する基本協定を締結した(同資料6)。

そして,同市は,平成12年3月22日,「α駅南口地区市街地再開発事業に係る市の方針」(案)を作成のうえ,同年7月4日,上記方針(同資料8)を決定し,上記再開発事業を推進すべく,同月7日,公団に対し,上記再開発事業について事業化に向けた覚書を交換したい旨申し入れ(同資料9),同月17日,公団より事業化の目処が立った段階で覚書を交換したい旨の回答(同資料10),平成13年6月18日には,(南口地区)第1地区については事業化の目処が立ち,(南口地区)第2地区については引き続き事業化に向けて取り組んでいく旨の回答がそれぞれあった(同資料11)。

そこで同市は,先行的に(南口地区)第1地区について再開発を進めることとし,上記地区を対象とする本件再開発事業(対象区域は小金井市β,γ及びδ各地内)の計画が立案された。同計画においては,対象区域における道路の拡幅,新設のほか,建設物の整備等が方針として含まれている。

そして,平成14年9月27日,東京都知事より,都市計画法18条1項に基づき,「小金井都市計画第一種市街地再開発事業」が決定され(同資料17),上記計画の中に本件再開発事業が定められた。

(甲1,乙2の1及び2,乙11)

b α駅南口地区地区計画の概要

小金井市は,JRα駅南口地区(対象区域は,小金井市ε,β,γ及びδ各地内)を調和のとれた複合的な都市拠点機能の充実を図るべく,同地区の地区計画(都市計画法12条の4第1号)を定めた(平成14年9月に変更。以下,変更前,後のものを併せて「本件地区計画」という。)。上記計画の中には,建築物等の用途の制限,壁面の位置の制限等を定めることが方針とされている(乙11の資料18の1の21頁,18の2の19頁ないし24頁)。

(甲1,乙2の1及び2,乙11)

イ 平成13年における市議会における審議経過等

a 平成13年第1回市議会定例会(平成13年3月2日)

市議会は,平成13年3月2日,同年の第1回定例会において,「第3次小金井市基本構想の策定について」が可決された(なお,同基本構想には,ζ駅周辺市街地整備が基本的施策として謳われている。)。

また,市議会が同日可決した平成13年度一般会計予算には,本件再開発事業の都市計画に関して,「款8 土木費」,「項4 都市計画費」(24億9583万5000円)の中に,本件図書作成業務委託料①(1795万5000円),本件まちづくり業務委託料①(869万4000円)が計上されていた。

(甲1)

b 本件各契約①の締結

小金井市は,同年8月23日,公団との間で本件再開発事業の事業化に向けた覚書を締結し,また,同年8月14日,公団との間で,本件図書作成業務委託契約①,同年12月19日,本件まちづくり業務委託契約①をそれぞれ締結した。しかしながら,本件再開発事業が当初の予定より大幅に遅れることになり,平成13年度に予定していた上記各業務は,同年度中に完了する見込みが立たなかった。

(甲1)

ウ 本件否決に関わる市議会における審議経過等

a 平成14年第1回市議会定例会(平成14年2月ないし同年3月)

市長Aは,本件図書作成業務委託料①と本件まちづくり業務委託料①の合計2664万9000円を,地方自治法213条に従って繰越明許費として翌年度へ繰り越すことを決定し,本件繰越明許費ほかを計上した平成13年度補正予算(第4回)を平成14年第1回市議会定例会に提出したが,市議会は,平成14年3月23日,上記の各業務委託料を翌年度に繰り越して支出することは認められないとして,これを否決した(本件否決)。

なお,市長Aより提出された平成14年度一般会計予算には,「(款8)土木費」,「(項4)都市計画費」(28億3981万8000円),「(目1)都市計画総務費」の同目内に,「(節17)公有財産購入費」(1億8239万3000円)が,「(節19)負担金補助及び交付金」(2552万円)がそれぞれ計上されており(「平成14年度小金井市一般会計・特別会計歳入歳出予算事項明細書」(乙3)における「説明」欄には,「(節17)公有財産購入費」については「再開発地取得費」と,「(節19)負担金補助及び交付金」については「全国市街地再開発協会負担金」として8万円,「α駅南口第1地区第一種市街地再開発事業分担金」として2544万円の記載(乙3の309頁)がある。),市議会は,同日,上記予算につき,小金井市職員の再任用関係経費を予備費に組み替えたうえで修正可決した。

(甲1,乙3,弁論の全趣旨)

b 平成14年第1回市議会臨時会(同年3月27日)

市長Aは,上記補正予算(第4回)を再議に付すことなく,平成14年第1回臨時会において,同月27日,本件繰越明許費部分を削除した平成13年度補正予算(第5回)を提出し,市議会は,これを可決した。

市長Aは,上記補正予算(第5回)の提案理由として,上記補正予算(第4回)の否決(本件否決)について,平成14年度第1回定例会本会議においては再議に付す旨の発言をしていたものの,「議会での審議等を踏まえまして,議案の内容について再検討いたしました。その結果,再議には付さないこととし,繰越明許費並びに少年自然の家使用料関係と,それに伴う数字等を改めて提案させていただくことといたしました。」(甲17(平成14年3月27日開催に係る平成14年第1回市議会臨時会第1号議事録)の3頁),また,「再議に付すかどうかということも慎重に判断をしてまいりました。小金井市の財政計画,そして今の事務執行状況などを勘案して,再議に付さざるを得ないだろうという考えを持っておりました。その後,議会との議論などを再度確認し,さらに事務作業などを確認する中で,再議に付さず,議会の意思を尊重すべきだということ,これも慎重に判断させていただきました。」(甲17の7頁),そして,「第4回の補正が否決されたという部分は,すべてがこの部分だけではなく,幾つか問題があったのかなと判断をしております。市議選以来,議会の構成が変わったというのは痛いほど感じておりまして,この議決に至らずとも強く感じております。今後のことに関しては,議会のご理解をいただくよう最大限の努力をしていきたいと思いますし,平成14年度の一般会計予算は一部修正はありますけれども,可決していただいたという現実もありますので,議会のご理解を頂く努力をしながら進めてまいりたいと思っております。」(甲17の10頁)と説明している。

また,同市の財政担当者(企画財政部長B)も,上記補正予算(第5回)について,否決された平成13年度補正予算(第4回)と予算整理の考え方を同じにするも,市議会での審議等の経過を踏まえ,本件繰越明許費を削除した旨説明し(甲17の4頁),本件各契約①については精算払いをするのかどうかという質問に対しては,「結果的に,繰越明許の予算措置ができないということでございまして,ご質問者が言われているとおり13年度につきましては,そういう形の対応を考えているところでございます。14年度につきましては,現在,内部で検討中でございまして,結論は出てございません。」(甲17の6頁)と答述している。

なお,本件否決に伴い,同市は,公団との間で,平成13年度内に本件各契約①を変更のうえ,終了させた。

(甲17)

エ 本件予算流用の経緯

小金井市は,市長Aの指示の下,同月28日,公団に対し,本件再開発事業に係る都市計画に関する図書作成業務(その2)及びα駅周辺まちづくり整備計画作成業務(その2)の各委託の見積りを依頼した。

そして市長Aは,同年4月22日,公団の見積り結果を踏まえて,本件予算流用を行った。なお,上記見積りについて,担当部署である同市都市建設部開発課が作成した同日付け「平成14年度Ⅰ会計歳出予算流用伺書」(甲6)には,本件予算流用を行う理由として,「当該委託料は,当初予算措置がなされていない。しかし,13年度予算繰越明許費の議案上程に対する議決不成立により急遽上記2件を都市基盤整備公団に業務委託することになった。なお,補正予算措置はしかるべき時期に行う予定」との記載がある。

(甲6)

オ 本件支出命令及び本件支出等

市長Aは,小金井市を代表して,同年5月14日,公団との間で,本件各契約②をそれぞれ締結した。その後,市長Aは,同市を代表して,本件支出命令を行い,同市は,公団に対し,平成15年1月20日に本件図書作成業務委託料②690万9525円を,同年4月4日に本件まちづくり業務委託料②683万0880円をそれぞれ支払った(本件支出)。

(3)ア  上記(2)の各事実及び証拠(甲17)によれば,平成14年第1回定例会において,本件繰越明許費ほかが計上された平成13年度補正予算(第4回)が否決されたのは,本件繰越明許費は認められないとされたためであり,その4日後に開催された平成14年第1回臨時会において,これを削除して新たに提出された平成13年度補正予算(第5回)は議会において可決され成立したこと,それにもかかわらず,市長であるAは,上記補正予算(第5回)が成立した翌日には公団に見積り依頼を出し,その1か月後には本件予算流用の手続をして,結局,本件支出命令を行ったものであることが認められる。

したがって,これらの事実に照らせば,このような予算の流用を前提として行われた本件支出命令は,流用後の経費を,市議会がその実施を否定して予算から削除した本件各委託の費途に充てる目的でされたものであることが明らかであって違法であるといわざるを得ず,上記のような経緯に照らせば,市長であるAには,このような違法な本件支出命令を行うについて故意又は過失があったものと認められる。

イ  なお,被告は,本件予算流用及び本件支出命令の必要性を指摘し,また,従前の市議会の意思に照らせば,本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令が違法ではない旨主張するが,市議会が本件図書作成業務委託料①と本件まちづくり業務委託料①の繰越しを否定することによって,当該年度におけるこれらの業務委託料の支出を否定すべき意思を明らかにしていたのであるから,かかる議会の意思に反して行われた本件予算流用及びこれに伴う本件支出命令を適法なものとして扱うことは,前記(1)に説示した,議会による予算統制を定めた地方自治法の趣旨を没却するものとして許されないというべきである。

2  争点(2)(本件予算流用等に対する市議会の追認の有無等)について

(1)  被告は,市議会が本件予算流用又は本件支出命令を追認している以上,それらの違法性は治癒された旨主張するため,まず,市議会が本件予算流用等を追認したものと認められるかどうかにつき検討する。

(2)  前記前提事実,前記1(2)の認定事実及び各項末尾に掲記の証拠等によれば,本件予算流用後の市議会における審議経過等について,次の各事実を認めることができる。

ア 平成14年第2回市議会定例会(平成14年6月5月から同月26日まで)

小金井市は,平成14年6月に開催された平成14年第2回定例会において,本件予算流用によって不足が生じた「(款8)土木費」,「(項4)都市計画費」,「(目1)都市計画総務費」の中の「(節17)公有財産購入費」を補填するため,都市開発整備基金から本件各委託料②相当額の1374万1000円を繰り入れることを内容とする補正予算を提出したが,市議会は,これを否決した。

また,市議会は,「市議会が否決した再開発事業予算を勝手に執行し,独断専行で契約を強行したA市長の責任を問う決議」を可決した。

(当事者間に争いがない事実)

イ 東京都知事は,都市計画法18条1項に基づき,同年9月17日,都市計画決定を行った(乙11の資料17)。なお,上記計画の中に本件再開発事業が定められている。

ウ 平成15年第1回市議会定例会(平成15年2月26日から同年3月26日まで)

市長Aは,平成15年3月3日,本件地区計画を改正する条例案を提出した。上記条例案は,①本件地区計画の対象区域(本件再開発事業の対象区域を含む。)と,②本件再開発事業とは関係ない小金井市ηの地区計画を条例化するものであり,上記各区域における建築物の建築を規制することを内容とするものであった。

しかし,市議会議員より,同月25日,上記条例案のうち,上記①に係る部分を削除した内容の修正案が提出され,結局,当該修正案が可決された。

また,市議会は,市長Aより提出された平成15年度一般会計予算(以下「本件平成15年度当初予算」という。)のうち,本件再開発事業に要する経費等を削除し,結局,上記予算については暫定予算として可決した。

なお,本件平成15年度当初には,「(款8)土木費」,「(項4)都市計画費」,「(目1)都市計画費」のうち,「市街地再開発事業等の事業に要する経費」(2億3692万6000円)の中で「(節19)負担金補助及び交付金」としてfile_2.jpg「α駅南口第1地区第一種市街地再開発事業分担金」(2億0920万円),file_3.jpg「α駅南口第1地区第一種市街地再開発事業に係る公共施設整備負担金」(1200万円)が計上されており,上記科目のうちfile_4.jpgは,小金井市が本件再開発事業等に関して公団に支払うべき分担金(都市計画法120条),file_5.jpgも同じく公団に支払うべき負担金(同法121条)に充てるためにそれぞれ計上された。

(甲19,乙10,弁論の全趣旨)

エ 平成15年第1回市議会臨時会(同年3月28日)

市長Aは,地方自治法176条1項に基づき,上記ウの修正案の議決につき再議に付したところ,同年3月28日,上記議決につき法定数以上の同意に達しなかった。

(弁論の全趣旨)

オ 平成15年第2回市議会臨時会(同年5月19日から同月27日まで)

市議会は,市長A提出に係る本件平成15年度当初予算を可決した。

また,市長Aは,同年5月27日,再度,上記ウと同内容の条例案を提出したところ,市議会議員より上記①の点を削除した修正案が提出され,結局,当該修正案が可決された。

(甲26,乙10,弁論の全趣旨)

カ 平成15年第2回市議会定例会(同年6月5日から同月26日まで)

市長Aは,市議会が削除した上記①の点を含む,本件地区計画を条例化する内容の条例案(名称は「小金井市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例の一部を改正する条例」)を提出するも,市議会は,これを否決した。

(弁論の全趣旨)

キ 平成15年第3回市議会定例会(同年9月4日から同月29日まで)

市長Aは,上記カと同内容の条例案を提出するも,市議会は,これを否決した。

(甲28,弁論の全趣旨)

ク 平成15年第4回市議会定例会(同年11月28日)

市議会は,同年11月28日,本件各委託料②を含む平成14年度小金井市一般会計歳出決算(以下「平成14年度決算」という。)を認定した(以下,この認定を「本件決算認定」という。なお,上記認定に付する際に市議会に提出された「平成14年度小金井市一般会計歳入歳出決算事項明細書」(乙17の2)には,本件予算流用が明記されている。)。

(乙17の1及び2)

(3)ア  上記の各事実によれば,被告が指摘するとおり,①市議会は,file_6.jpg「α駅南口第1地区第一種市街地再開発事業分担金」(2億0920万円),file_7.jpg「α駅南口第1地区第一種市街地再開発事業に係る公共施設整備負担金」(1200万円)を含む本件平成15年度当初予算を可決しており,これらの分担金等は,都市計画決定に伴い,都市計画法上必要とされているものであること,また,②本件予算流用を含む平成14年度決算が認定されていること(本件決算認定),がそれぞれ認められる。

しかし,市議会が可決した本件平成15年度当初予算は,小金井市が都市計画法上公団に支払うべき分担金等についての経費を含むにすぎないのであって,直接,本件予算流用に伴う本件各委託料②の支出を肯定又は追認する内容のものではないから,これをもって市議会が本件予算流用又は本件支出命令を追認したとみることは到底できない。

イ  むしろ,本件証拠上,市議会が本件予算流用又は本件支出命令について明示的にこれを許容する旨の決議等を行った事実は認められないのみならず,前記各事実及び証拠(甲18,25ないし29)によれば,①市議会は,本件予算流用の約2か月後に開催された平成14年第2回定例会において,本件予算流用による減少分を補填する内容の補正予算について否決するとともに,本件予算流用について市長の責任を問う旨の決議を行ったこと,②市議会は,本件再開発事業の対象区域について,建築規制を行うべく提出した条例案についてはいずれも否決したこと,③市議会は,本件再開発事業についてこれを問題視する内容の陳情をそれぞれ採択し(甲25ないし28),③同市議会議員24名中11名が平成15年12月16日付けで市議会に「(仮称)市民交流センター取得に関する覚書の締結中止と新たなまちづくり計画の立案を求める決議」案を提出し,その中で本件再開発事業についての見直しを求めていることが,それぞれ認められ,市議会は,本件否決前後を通じて一貫して本件予算流用を問題とする態度を示し,また,本件再開発事業のあり方についても疑問視し,あるいは見直しを求める態度を示しているものというべきである。

ウ  また,本件決算認定の点についても,上記認定の審議経過に加え,そもそも決算の認定(地方自治法96条3号)とは,議会が決算の内容を審査して,収入,支出が適法に行われたかどうかを確認するものにすぎず,その方法も決算全体について認定するか否かの方法で行い,一部につき認定し,一部については不認定とすることはできないものと解されていること,また,その認定の効力も,法的に執行機関の責任を免除するものとまでは解されないことに照らせば,本件決算認定をもって本件予算流用又は本件支出命令が追認されたとみる余地はないと解すべきである。

(4)  したがって,本件においては,市議会によって追認がされた事実は認め難いから,その効力について論ずるまでもなく,被告の上記主張には理由がない。

3  争点(3)(損害の有無)について

(1)  原告らは,小金井市は,本件支出命令によって支払われた本件各委託料②相当額の損害を被った旨主張する。

(2)  しかし,小金井市は,本件各契約②に基づいて,公団から,相当程度詳細な内容にわたる調査報告書等を受領しており(前記前提事実(4),乙11,18),これらの報告書等は,その後,本件再開発事業等について検討などをするに当たって利用されていることが窺われることからすれば,同市は,当該報告書等を受領することによって,本件各委託料②に見合う成果物を得たものと認められる。

(3)  ところで,原告らは,本件再開発事業は,地権者などの反対と小金井市の財政状況とに照らせば,その実施は不可能であって,本件各委託はその必要性がなかったものであり,公金減少を招いたこと自体をもって損害とみるべき旨主張する。

しかし,同市の財政状況から本件再開発事業の実施が不可能であると認めるに足る証拠はなく,前記認定事実及び証拠(甲1,乙1の1及び2,乙2の1及び2,乙11ないし15)によれば,①JR中央本線について,連続立体交差事業として平成6年5月に都市計画決定されて以降,JRα駅南口周辺地区を再開発しようとの気運が高まり,周辺住民が小金井市及び公団に本件再開発事業を実施して欲しい旨の要請をし,平成14年3月以降も,同地区の地権者及び地権者から構成された団体から小金井市に対し本件再開発事業の早期実現を求める趣旨の要望書が提出されていること,②同市も地権者を含め市民に対し本件再開発事業についての説明会を開催し,あるいは広報誌等によりその概要を説明することによって,本件再開発事業についての理解を求めていること,③本件再開発事業については,東京都知事により都市計画決定され,本件地区計画についても審議会による承認が得られたこと,④本件再開発事業と併行して行われている住宅市街地整備総合支援事業の整備計画については,平成15年3月31日付けで国土交通大臣からの承認を得て,同年4月1日付けで本件再開発事業と併せて国庫補助金の内定が出ていること,⑤市議会においても,本件再開発事業に係る負担金等を含む予算については可決していることがそれぞれ認められる。また,地権者らや同市住民の意向についても,将来とも不変であるとは限らないから,現時点で本件再開発事業に反対している者が存在したとしても,それだけで,本件再開発事業が確定的に実施不可能なものであると断ずることはできない。

そうであるとすれば,原告らが主張するように,本件再開発事業の実施は不可能であって,同市が公団から受領した前記報告書等が同市にとって不要なものであるということはできない。

(4)  したがって,上記(3)のような事情の下において,公団から,本件各委託料②に見合う成果物として前記報告書等を受領している以上,同市に本件各委託料②相当額の損害が発生したものと認めることは困難である。

4  結論

以上の次第で,原告らの請求には理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条及び65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 丹羽敦子 裁判官 寺岡洋和)

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