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東京地方裁判所 平成15年(行ウ)52号 判決 2003年8月29日

原告

甲山太郎

被告

台東区長

吉住弘

台東区

代表者区長

吉住弘

上記2名指定代理人

加藤克典

岡島芳彦

主文

一  被告台東区長が原告に対して平成15年1月23日にした転居届不受理処分を取り消す。

二  被告台東区は,原告に対し,金25万円及びこれに対する平成15年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告台東区に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用のうち,原告に生じた費用の2分の1と被告台東区長に生じた費用は被告台東区長の負担とし,原告に生じたその余の費用と被告台東区に生じた費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告台東区の負担とする。

五  この判決は,第二項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主文第一項と同旨

二  被告台東区は,原告に対し,金100万円及びこれに対する平成15年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は,宗教団体・アレフ(以下「アレフ」という。)の信者である原告が,被告台東区長の補助職員は,原告に対し,住民基本台帳法(以下「法」という。)及び住民基本台帳法施行令(以下「施行令」という。)等に違反する違法な転居届不受理処分をしたと主張して,被告台東区長に対し,上記転居届不受理処分の取消しを求めるとともに,被告台東区長による上記処分及びアレフの信者の転居届を受理しない旨の方針を決定し,現在も維持しているという一連の住民登録拒否行為により精神的苦痛等の損害を被ったと主張して,被告台東区に対し,国家賠償法1条1項に基づいて,慰謝料100万円及びこれに対する上記不受理処分の日である平成15年1月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

一  前提となる事実

以下の事実は,当事者間に争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実である。

1  被告台東区長の補助職員は,平成11年9月3日,東京都足立区谷中4丁目所在のオウム真理教(以下「教団」という。)の拠点施設からの教団の信者の転入届を受理しない旨の方針を決定した(乙1)。

2  被告台東区長は,平成12年7月12日,教団又はアレフの信者の転入届及び転居届を受理しない旨の方針を確認した(乙2)。

3  原告は,アレフの信者であるが,平成15年1月23日,東京都台東区東上野4丁目所在の台東区役所東上野出張所において,被告台東区長に対し,肩書地を住所と記載した転居届(以下「本件転居届」という。)を提出した(以下,この提出行為を「本件届出」という。)。

4  被告台東区長の補助職員は,原告に対し,平成15年1月23日,原告がアレフの信者であることを理由として,本件転居届を受理しない旨を通知した(以下「本件不受理」という。)。

二  争点

本件の争点は,①原告の肩書地は,原告の住所であるか否か,②市町村(東京都特別区を含む。)の長は,転居届をした者に関し,地域の秩序を破壊し,住民の生命や身体の安全を害する危険性が高度に認められるといった特別の事情の存否について審査し,転居届を受理しない旨の処分をする権限を有しているか否か,③被告台東区の責任の有無及び慰謝料の額である。

三  原告の主張

1  原告の住所について

原告は,平成14年9月30日,肩書地に生活の本拠を定めたのであり,原告の肩書地は,原告の住所に当たるというべきである。

2  市町村長の権限について

(一) 住民基本台帳の法的効果について

市町村長が法7条に基づいて住民票の記載をする行為は,住民の居住関係に関する事項を証明し,それに公の証拠力を与える公証行為であり,それ自体により新たに国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定する法的効果を有するものではない。

しかし,法15条1項は,選挙人名簿の登録は,住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有するものについて行うものとすると規定し,公職選挙法21条1項は,選挙人名簿の登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き3箇月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うと規定していることからすると,市町村長が法7条に基づいて住民票の記載をする行為は,その者が選挙人名簿に登録されるか否かを左右する法的効果を有するというべきである。そして,公職選挙法42条1項本文は,選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができないと規定しているのであり,住民基本台帳に記録されていない者は,選挙権を行使することができないこととなる。

また,国民健康保険法5条は,市町村の区域内に住所を有する者は,当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とすると規定しているところ,同法9条10項は,法28条が法の規定による届出をすべき者が国民健康保険の被保険者であるときは,その者は,当該届出に係る書面に,その資格を証する事項で政令で定めるものを附記するものとすると規定しているのを受けて,法22条から24条まで又は25条の規定による届出があったときは,その届出と同一の事由に基づく届出があったものとみなすと規定し,法に基づく届出と国民健康保険法に基づく届出とを連動させている。そのため,法に基づく届出が受理されないと,国民健康保険法に基づく届出がされていないこととなり,事実上,国民健康保険の被保険者の資格を得ることができないこととなる。

(二) 市町村長の権限について

地方自治法10条1項は,住民の意義について,市町村の区域内に住所を有する者と明確に規定しており,その他の要件を付加していない。そして,法4条は,住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法10条1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならないと規定している。したがって,法上の住民については,市町村の区域内に住所を有する者,すなわち,当該市町村の区域内に居住の事実があり,居住の意思も認められる者という解釈しかあり得ないのであり,市町村長が転居届の目的,転居届をした者の思想信条,所属団体等を審査し,転居届を不受理とすることを認めるのは,住民の意義に新たな要件を加えるものであって,絶対に許されない解釈である。

地方自治法13条の2は,市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないと規定しているのであり,市町村長に住民基本台帳に記録することを拒否する裁量を認める法的根拠はない。

住民基本台帳は,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う制度であり,住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とするものである(法1条)。市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに(法3条1項),住民基本台帳の正確な記録を確保するため必要な措置を講じなければならない(法14条1項)。そして,市町村長は,届出があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載等を行わなければならない(施行令11条)。これらの規定からすると,市町村長は,当該市町村の区域内に住所を有する者からされた届出を受理する義務を負っているというべきである。

被告らは,市町村長は,地域の秩序を維持し,住民の安全,健康及び福祉を保持するという重大かつ基本的な責務を負っているなどと主張する。しかし,このような責務があるからといって,法の解釈を歪める根拠とすることはできないし,住民の生命,身体,財産等の安全を確保する責務は,本来,都道府県の警察が担うべきものであり,関係機関と連絡を取り合い,不断の監視等を行うことにより十分にその目的は達成されているというべきである。

(三) 本件不受理による憲法上の諸権利の侵害について

原告は,本件不受理により,生存権,参政権,職業選択の自由,財産権,営業の自由及び人身の自由等の憲法上の基本的人権を侵害されている。

すなわち,上記のとおり,住民基本台帳に記録されていない者は,選挙権を行使することができないことから,原告は,選挙権を行使することができない。また,上記のとおり,法に基づく届出が受理されないと,国民健康保険法に基づく届出がされていないこととなり,事実上,国民健康保険の被保険者の資格を得ることができないことから,原告は,国民健康保険に加入し,利用することができない。そのほか,原告は,本件不受理により,居住移転の自由,思想及び良心の自由並びに法の下の平等を侵害されている。

このように,本件不受理は,原告の憲法上の諸権利を侵害しているのであり,その憲法適合性は,厳格な審査基準により判断されるべきものである。そして,原告が本件不受理により被っている不利益は,憲法上の諸権利を全く行使することができないというものであり,その深刻度からすると,本件不受理は,当然に取り消されるべきものである。

また,仮に,原告の権利を規制する必要性があるとしても,その程度及び手段は,必要最小限のものでなければならないところ,本件不受理により原告の居住自体を排除することができるわけではなく,目的と手段との関連性が存在しないのに対し,本件不受理により原告の選挙権,生存権等が全面的に排除されるのであるから,本件不受理は,必要最小限の規制ではなく,取り消されるべきものである。

(四) 教団の危険性について

教団が松本サリン事件,地下鉄サリン事件等の一連の刑事事件を引き起こした要因としては,教祖であった乙川次郎こと訴外乙田二郎(以下「乙川」という。)の宗教的指導者としての立場,乙川を神格化した予言の影響力,乙川に対する絶対的帰依を作り上げた人的関係,タントラ・ヴァジラヤーナの教義等が考えられるが,アレフは,教団を承継しつつ,乙川を経典の解釈者としてのみ位置付け,崇拝の対象から排除する,予言を教義から外し,乙川を予言された救世主と認めないこととする,タントラ・ヴァジラヤーナの教義を破棄するなど,数々の根本的改革を行ったのであり,危険性は,全くない。

(五) 本件不受理の違法性について

法及び施行令には,居住の実態以外の事由を住民登録の要件とする規定は存在しない。市町村長の実質的審査権は,あくまでも居住の実態等の届出事項に関するものであり,これを逸脱する事項(届出人の信仰,所属団体,届出人及びその所属団体の危険性等)を調査することは許されない。ところが,被告台東区長の補助職員は,本件転居届の記載や添付書類に脱漏はなく,本件転居届は,形式的要件を具備する適法な届出であったにもかかわらず,上記のような逸脱事項を調査の上,原告がアレフの信者であることを理由に,本件不受理をしたのであるから,本件不受理は,違法である。

3  被告台東区の責任及び慰謝料の額について

(一) 被告台東区の責任について

市町村長の実質的審査権は,あくまでも居住の実態等の届出事項に関するものであり,これを逸脱する事項を調査することは許されないことは,実務上確定していた。したがって,本件不受理はもちろん,アレフの信者の転居届を受理しない旨の方針を決定し,現在も維持しているという一連の住民登録拒否行為全体も,原告に対する違法な加害行為に当たり,被告台東区長に故意があったことは明らかである。仮に,被告台東区長に故意があったと認められないとしても,被告台東区長は,職務上要求される注意義務を怠り,本件不受理及び上記方針の違法性を認識すべきであったのに,これを認識しなかったのであるから,被告台東区長に過失があったことは明らかである。そして,被告台東区長は,その職務を行うについて上記加害行為をしたのであるから,被告台東区は,国家賠償法1条1項により,原告が被った損害を賠償する義務を負うというべきである。

(二) 慰謝料の額について

原告は,本件不受理により,選挙権を行使することができず,国民健康保険被保険者証の交付を受けることができなかったほか,生活保護,介護保険,年金保険等の社会福祉を受けることができなかったのであり,生存権や参政権等の憲法上の諸権利を侵害されたというべきである。また,原告は,本件不受理により,運転免許証の更新手続,印鑑登録証明書の交付を受けることができず,パスポートを取得することができないなど,日常生活の極めて広い範囲にわたって,著しい不便を被った。原告は,これらの著しい不便を被ったこと及びアレフの信者であることを理由に差別的な取扱いを受けたことにより,計り知れない精神的苦痛を被ったのであり,これに対する慰謝料は,少なくとも100万円を下るものではない。

四  被告らの主張

1  原告の住所について

住所とは,生活の本拠であり,その認定は,居住の事実と居住の意思とを要素としてすべきものである。ところで,原告の肩書地には,既に3名の原告と親族関係を有していない居住者がいるなど,その居住形態は,極めて不自然である。被告台東区長は,居住の事実を確認することができず,居住の事実を証明するための賃貸借契約書等の提出を求めなければならなかったことから,本件届出を受理しない旨の処分をしたのであり,本件不受理は,適法である。

2  市町村長の権限について

(一) 市町村長の責務について

市町村長は,当該市町村に関わるすべての権限を行使する総合行政庁であり,地方自治の本旨である住民自治に基づいて住民の福祉の向上のためにその権限を行使しなければならない。したがって,市町村長は,行政の執行として法律を適用するに当たり,その法律の規定に固執することなく,住民福祉の観点から,自らの権限に属する各法律間の調整を図り,その運用を図らなければならない。

(二) 市町村長の実質的審査権について

法の解釈も,憲法の基本原理ないし理念に基づいて行われるべきであるから,無差別大量殺人行為を行った団体の信者がした転居届という特別の事情がある場合には,市町村長は,これを受理すべきか否かを,単に法の趣旨だけから判断するのではなく,憲法上の公共の福祉の観点から信者が居住する地域の平穏と住民の安全の確保という極めて重要な要請との間の利益衡量をすることにより判断すべきである。市町村長は,転居届を受理しないことができるすると,法が実現しようとしている住民に関する記録の正確性,統一性が部分的に損なわれることとなる。しかし,他方,地方自治法2条2項所定の地域における事務には,地方公共の秩序を維持し,住民及び滞在者の安全,健康及び福祉を保持することが含まれるのである(平成11年法律第87号による改正前の地方自治法2条3項1号は,これらを地方公共団体の事務と定めていた。この規定は,上記改正により削除されたが,これは,地方分権の拡大推進の観点から,地方公共団体の事務について例示規定を設けるのは適当でないと考えられたためでしかない。)。このように,市町村長は,地域の秩序を維持し,住民の安全,健康及び福祉を保持するという重大かつ基本的な責務を負っているのであるから,法が地域の秩序が破壊され,住民の生命や身体の安全が害される危険性が高度に認められる特別の事情がある場合にまで転居届の受理を義務づけていると考えることは妥当でない。このような特別の事情がある場合には,住民の安全を確保するために執った措置により,法が実現しようとしている住民に関する記録の正確性,統一性が部分的に損なわれてもやむを得ないというべきである。

この点について,原告は,住民の生命,身体,財産等の安全を確保する責務は,本来,都道府県の警察が担うべきものであると主張する。しかし,市町村も,保健衛生行政,公害防止行政,災害対策等多方面において,住民の生命,身体,財産等の安全を確保するための行政を展開しているのであり,都道府県の警察だけが住民の生命,身体,財産等の安全を確保する責務を担うべきものではないのであるから,上記主張は,失当というべきである。

また,市町村長は,居住の事実があり,居住の意思があったとしても,届出の内容のとおりの記載をする義務を負うわけではなく,届出の内容が事実であるか,住所地はどこにすべきであるかを居住の継続性,安定性を重要な要素として判断し,具体的な事実に基づいて住所を認定するのである。したがって,届出人は,市町村長に対し,届出内容をそのまま住民基本台帳に記録するように申請する権利を付与されているのではない。住所の具体的な認定は,市町村長が届出に拘束されずに職権に基づいて行うものである。教団の出家信者が同一の住所に複数人の転入届又は転居届をし,短期間で転出を繰り返すことは,周知の事実であり,単なる個人の主観的な居住の意思にとどまらず,組織的な団体の意思が存在することが推測される状況にあるのであって,このように,一般的な転入届又は転居届と明らかに異なる場合にまで,機械的に転入届又は転居届を受理しなければならないとすることは,居住の実態を著しく無視するものというべきである。

(三) 特別の事情としての教団の危険性について

教団は,松本サリン事件,地下鉄サリン事件等の無差別大量殺人行為を行い,これらの行為を正当化する教義だけではなく,宗教的又は心理的に信者の内面をコントロールし,教団の活動にとって障害となる多様な事実関係について,信者の目を塞ぎ,又は信者がこれを正しく評価することを困難とし,このようなコントロールを基礎として,信者の経済力等を組織し,結集してきた。教団は,平成12年2月4日,アレフという名称で新たに発足したが,一連のサリン事件について教団の犯行が疑われていた当時,マスコミ等を利用してこれを否認していた訴外丙谷三郎が代表になるなど一連の無差別大量殺人行為に関する反省に真実味が乏しいことなどからすると,その実態は教団の体質を受け継いだものといわざるを得ない。

(四) 本件不受理の適法性について

憲法上,犯罪行為を目的とする結社又は憲法の基礎秩序を暴力により破壊することを目的とする結社は,保障の対象とならないとされていることからすると,条理上又は緊急避難として,転入届又は転居届を受理しないことが認められる特別な場合があるというべきである。このような観点からすると,市町村長は,単に届出事項が事実に合致しているかを審査するだけでなく,届出をした者に関し,地域の秩序を破壊し,住民の生命や身体の安全を害する危険性が高度に認められるといった特別の事情があるか否かについても審査することができるというべきである。原告は,教団の構成員であり,教団は,不特定多数の者に対する無差別殺人を実行し,無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(平成11年法律第147号。以下「団体規制法」という。)に基づく公安調査庁長官の観察に付する旨の処分の対象となった団体であって,被告台東区の住民の生命に対する危険を有している。何よりも尊重されなければならない生命の危険に対し,これを回避しようとすることは,人間としての自然の摂理であり,なんぴともこれを非難することはできない。絶対価値である生命を守るためにとられる行為が是認されるのは,実定法の基礎にあるこのような条理によるのである。被告台東区長は,このような観点から,教団について権限を有する国の機関によりその危険性が解消されたと認定されていないこと,原告の不利益は従前の住所を維持することで容易に回避することができることなどを総合衡量し,住民の生命の安全の確保のため,条理に基づき,本件届出を受理しない旨の処分をしたのである。したがって,本件不受理は,適法である。

3  慰謝料の額について

慰謝料の算定に当たっては,原告は,前住所地で住民基本台帳に記録されており,選挙権,国民健康保険,国民年金等の権利を侵害されているわけではないこと,教団又はその信者による被害者等に対する謝罪等について,未だ教団が意図するような危険性の解消に関する住民の理解は得られていないこと,教団は,団体規制法に基づく公安調査庁長官の観察に付する旨の処分の対象となった団体として,観察を受けている状況にあること,原告は,被告台東区長が教団の信者の転入届又は転居届を受理しない旨の方針を定めていることを知り,本件不受理がされることを十分に予測しながら,敢えて転居をしたのであり,教団の運営資金を得ることを目的としているとも推測されることを参酌すべきである。

第三  当裁判所の判断

一  法令の定め

1  地方自治法の定め

地方自治法10条1項は,市町村の区域内に住所を有する者は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とするとし,同法13条の2は,市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないとしている。

2  法の目的等

法は,市町村において,住民の居住関係の公証,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り,あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もって住民の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする(法1条)ものであるところ,法4条は,住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法10条1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならないとしている。

3  市町村長の責務等

法5条は,市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,法7条(住民票の記載事項)に規定する事項を記録するものとするとしているところ,法3条1項は,市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないとし,また,法6条1項は,市町村長は,住民票を編成して,住民基本台帳を作成しなければならないとし,さらに,法34条2項は,市町村長は,必要があると認めるときは,いつでも法7条に規定する事項について調査をすることができるとしている。

法8条は,住民票の記載,消除又は記載の修正(以下「記載等」という。)は,政令で定めるところにより,届出に基づき,又は職権で行うものとしている。これを受けた施行令7条1項は,市町村長は,新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,次項に定める場合を除き,その者の住民票を作成しなければならないとし,同条2項は,市町村長は,1の世帯につき世帯を単位とする住民票を作成した後に新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者でその世帯に属することとなったものがあるときは,その住民票にその者に関する記載をしなければならないとし,施行令11条は,市町村長は,届出があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載等を行わなければならないとしている。

4  転居届

法23条は,転居(1の市町村の区域内において住所を変更することをいう。)をした者は,転居をした日から14日以内に,氏名,住所,転居をした年月日,従前の住所等を市町村長に届け出なければならないとしている。

二  被告台東区長に対する本件不受理の取消請求について

1  市町村長の権限等について

(一) 住民基本台帳の記録は,住民の居住関係を公証するもの,すなわち,住民基本台帳に記録された者が当該市町村の住民であることを公の権威をもって証明するものであり,本来,それ自体が私人の権利義務に変動を与え,又はその範囲を画する性質を持つものではない。しかし,住民基本台帳の記録は,選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎(法1条)と位置づけられており,法15条1項,公職選挙法21条1項により選挙人名簿の登録の要件とされるなど,法令の規定の中には,住民基本台帳の記録に対し,私人の重要な権利義務に法律上又は事実上の影響を及ぼす法的効果を付与するものが存在する。

(二) そして,法23条は,転居をした者に対し,届出義務を課しているところ,法8条の委任を受けた施行令11条が,市町村長は,届出があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載等を行わなければならないとしていることによれば,市町村長は,その市町村の区域内において住所を変更した旨の届出をした者に対して応答をする義務を課されているというべきである。

(三)  また,住民基本台帳は,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う制度(法1条)であること,法5条は,市町村は,住民基本台帳を備え,その住民につき,法7条に規定する事項を記録するものとするとしていること,住民基本台帳に記録されるべき者について,その他の要件を付加する法令の規定は存在していないこと,法3条1項は,市町村長は,常に,住民基本台帳を整備し,住民に関する正確な記録が行われるように努めなければならないとしていることによれば,市町村長は,その市町村のすべての住民につき,住民票の記載等を行い,住民基本台帳に記録しなければならず,その市町村の住民につき,住民票の記載等を行わないことは許されないというべきである。

(四)  これに加え,地方自治法13条の2は,市町村は,別に法律の定めるところにより,その住民につき,住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならないとし,法は,この規定を受けて,住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定めているのであるから,法上の住民を地方自治法上の住民と別異に解する理由はない。そして,地方自治法上の住民の意義について,地方自治法10条1項は,市町村の区域内に住所を有する者は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とすると規定しているにすぎず,その他の要件を付加する法令の規定は存在していないことを考慮すると,市町村長は,その市町村の区域内に住所を有するすべての者につき,住民票の記載等を行い,住民基本台帳に記録しなければならず,その市町村の区域内に住所を有する者につき,住民票の記載等を行わないことは許されないというべきである。

(五)  さらに,法8条の委任を受けた施行令7条1項及び2項は,市町村長は,新たに市町村の区域内に住所を定めた者その他新たにその市町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは,その者の住民票を作成し,又は既に作成された住民票にその者に関する記載をしなければならないとしている。したがって,市町村長は,その市町村の区域内において住所を変更した者からの届出があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載等を行い,住民基本台帳に記録しなければならず,当該届出の内容が事実であるにもかかわらず,住民票の記載等を行わないことは許されないというべきである。

(六)  以上のとおり,法令の規定の中には,住民基本台帳の記録に対し,私人の重要な権利義務に法律上又は事実上の影響を及ぼす法的効果を付与するものが存在すること,市町村長は,その市町村の区域内において住所を変更した者からの届出があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載等を行い,住民基本台帳に記録しなければならず,当該届出の内容が事実であるにもかかわらず,住民票の記載等を行わないことは許されないこと,市町村長は,その市町村の区域内において住所を変更した者からの届出に対して応答をする義務を課されていることからすれば,法23条は,その市町村の区域内において住所を変更した者に対し,届出義務を課しているだけでなく,市町村長に対して住民票の記載等を行って,住民基本台帳に記録するように申請する権利を付与しているというべきである。

2  本件不受理の適法性について

(一) 法4条は,住民の住所に関する法令の規定は,地方自治法10条1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈してはならないとしているところ,法23条は,法4条所定の住民の住所に関する法令の規定に当たるのであるから,法23条所定の住所について,地方自治法10条1項に規定する住民の住所と異なる意義の住所を定めるものと解釈することは許されないというべきである。また,地方自治法10条1項に規定する住民の住所は,生活の本拠をいい,その認定は,客観的な居住の事実を基礎とし,これに当該居住者の居住意思を総合してしなければならないというべきである。そして,甲第4ないし第7号証及び弁論の全趣旨によれば,原告は,東京都台東区北上野2丁目<番地略>○○コンドミニアムに住民票上の住所を有していたが,平成14年10月1日,肩書地に移転し,平成15年1月23日当時,同所に居住し,同所に居住する意思を有していたと認められる。したがって,原告は,被告台東区の区域内において住所を変更した者に当たるというべきである。

この点について,被告らは,原告の肩書地には,既に3名の原告と親族関係を有していない居住者がいるなど,その居住形態は,極めて不自然であり,被告台東区長は,居住の事実を確認することができず,居住の事実を証明するための賃貸借契約書等の提出を求めなければならなかったことから,本件届出を受理しない旨の処分をした旨主張する。しかし,甲第6号証によれば,原告の肩書地は,△△△号室と×××号室とを改造し,一つにした,複数の部屋を有するマンションの一室であると認められるから,仮に,被告らの主張に係る事実があったとしても,原告の居住の事実及び居住の意思が否定されるものではないというべきである。したがって,被告らの上記主張を採用することはできない。

(二) 上記のとおり,市町村長は,その市町村の区域内において住所を変更した者からの届出があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載等を行い,住民基本台帳に記録しなければならず,当該届出の内容が事実であるにもかかわらず,住民票の記載等を行わないことは許されない。そうすると,原告は,上記のとおり,被告台東区の区域内において住所を変更した者に当たるというべきであるから,被告台東区長は,本件転居届を受理し,住民票の記載等を行い,住民基本台帳に記録する義務があったというべきである。したがって,これに反する本件不受理は,違法な処分として,取り消されるべきものである。

(三) この点について,被告らは,前記第二,四2記載のとおり,市町村長は,地域の秩序を維持し,住民の安全,健康及び福祉を保持するという重大かつ基本的な責務を負っているのであるから,法が地域の秩序が破壊され,住民の生命や身体の安全が害される危険性が高度に認められる特別の事情がある場合にまで転居届の受理を義務づけていると考えることは妥当でなく,市町村長は,上記特別の事情があるか否かについても審査することができるというべきであり,被告台東区長は,住民の生命の安全の確保のため,条理に基づき,本件届出を受理しない旨の処分をしたので,本件不受理は適法である旨主張する。

しかし,上記のとおり,市町村長は,その市町村の区域内において住所を変更した者からの届出があったときは,当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して,住民票の記載等を行い,住民基本台帳に記録しなければならず,当該届出の内容が事実であるにもかかわらず,住民票の記載等を行わないことは許されないというべきであることからすると,このような解釈を採用することはできないというべきである。また,被告らが主張するとおり,市町村長は,地域の秩序を維持し,住民の安全,健康及び福祉を保持するという重大かつ基本的な責務を負っているとしても,上記のとおり,住民基本台帳の記録は,住民の居住関係を公証するもの,すなわち,住民基本台帳に記録された者が当該市町村の住民であることを公の権威をもって証明するものであり,本来,それ自体が私人の権利義務に変動を与え,又はその範囲を画する性質を持つものではない上,住民基本台帳の記録に対し,住民基本台帳に記録された者のみに当該市町村の区域内に居住することを許容し,当該市町村の区域内から住民基本台帳に記録されていない者を退去させるなどといった法的効果を付与する法令の規定は存在していないのであるから,上記のような市町村長の責務をもって不受理の適法性を基礎づけることはできないというべきである。したがって,被告らの上記主張を採用することはできない。

三  被告台東区に対する国家賠償請求について

1  前提となる事実に甲第1ないし第7号証及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。

(一) 被告台東区長の補助職員は,平成11年9月3日,東京都足立区谷中4丁目所在の教団の拠点施設からの教団の信者の転入届を受理しない旨の方針を決定した。

(二) 被告台東区長は,平成12年7月12日,教団又はアレフの信者の転入届及び転居届を受理しない旨の方針を確認した。

(三) 日本弁護士連合会は,平成13年1月24日付けで,茨城県三和町ほか18の地方公共団体(被告台東区は含まれていない。)の長に対し,居住の事実を確認した場合には,アレフの信者からの転入届を速やかに受理することを勧告した。

(四) 最高裁判所は,世田谷区長がしたアレフの信者に対する住民票消除処分に関する執行停止申立事件の特別抗告事件について,平成13年6月14日,市町村長が法に基づき住民票を調製するに際し,地域の秩序が破壊され,住民の生命や身体の安全が害される危険性が高度に認められるような特別の事情の存否について審査権限を有するとは必ずしも即断し難いとの決定をした。

(五) 原告(昭和48年10月21日生)は,アレフの信者であり,東京都台東区北上野2丁目<番地略>○○コンドミニアムに住民票上の住所を有していたが,平成14年10月1日,肩書地に移転し,平成15年1月23日当時,同所に居住し,同所に居住する意思を有していた。

(六) 原告は,平成15年1月23日,東京都台東区東上野4丁目所在の台東区役所東上野出張所において,被告台東区長に対し,本件転居届を提出した。

(七) 被告台東区長の補助職員は,平成15年1月23日,原告がアレフの信者であることを理由として,原告に対し,本件不受理をした。

(八) 原告は,平成15年4月27日に投票が行われた台東区議会議員選挙の選挙人として,台東区選挙管理委員会から,「台東区議会議員選挙のお知らせ」と題する書面の送付を受けた。

2  上記認定事実からすると,被告台東区長の補助職員は,その職務を行うについて,本件不受理をし,故意又は少なくとも過失によって違法に原告に損害を加えたというべきであるから,被告台東区は,原告が本件不受理により被った損害を賠償する義務を負うというべきである。

この点について,原告は,アレフの信者の転居届を受理しない旨の方針を決定し,現在も維持しているという一連の住民登録拒否行為全体も,原告に対する違法な加害行為に当たると主張する。しかし,上記行為は,教団又はアレフの信者一般についてされたものにすぎず,直接原告に具体的な損害を被らせるようなものではないから,原告の上記主張を採用することはできない。

3  そこで,原告が本件不受理により被った損害について検討するに,原告が本件不受理により選挙権の行使,国民健康保険,生活保護等の社会福祉の受給,運転免許証の更新手続,印鑑登録証明書,パスポートの取得等において具体的な不利益を被ったことを認めるに足りる証拠はないこと,アレフの信者が被告台東区の住民基本台帳に記録されることについて,台東区民が不安を感ずることに全く理由がないとはいえず,本件不受理は,このことに配慮してされたものであること(この事実は,弁論の全趣旨により認めることができる。),その他本件の一切の事情を考慮すると,原告が本件不受理により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,25万円をもって相当とすべきである。

第四  結論

以上によれば,本訴請求のうち,被告台東区長に対する本件不受理の取消請求は理由があるからこれを認容することとし,被告台東区に対する国家賠償請求は,慰謝料25万円及びこれに対する不法行為の日である平成15年1月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し,その余は失当であるからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文,65条1項ただし書を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・菅野博之,裁判官・内野俊夫,裁判官・村田一広)

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