東京地方裁判所 平成15年(行ウ)559号 判決 2006年10月26日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が原告に対し平成13年4月25日付けでした次の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい,本件各更正処分と併せて「本件各処分」という。)をいずれも取り消す。
(1) 原告の平成9年4月1日から平成10年3月31日までの事業年度(以下「平成10年3月期」という。)の法人税の更正処分のうち所得金額8億8744万9595円,納付すべき法人税額3億0261万0300円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分
(2) 原告の平成10年4月1日から平成11年3月31日までの事業年度(以下「平成11年3月期」という。)の法人税の更正処分のうち所得金額9億2228万8029円,納付すべき法人税額2億7700万9000円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分
(3) 原告の平成11年4月1日から平成12年3月31日までの事業年度(以下「平成12年3月期」といい,前記(1)及び(2)の各事業年度と併せて「本件各事業年度」という。)の法人税の更正処分のうち所得金額9億8525万7737円,納付すべき法人税額2億5497万4700円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分
第2事案の概要
本件は,原告が外国法人である訴外子会社に金銭を貸し付け,その受取利息を本件各事業年度における益金として法人税の申告をしたところ,所轄税務署長である被告が,当該貸付取引に租税特別措置法(以下「措置法」という。)66条の4に定める「移転価格税制」を適用し,被告の算定した独立企業間価格と上記受取利息との差額を損金不算入額として本件各更正処分を行い,さらに本件各賦課決定処分をしたことから,原告が,本件各更正処分は措置法66条の4の解釈適用を誤り,租税法律主義に違反し,及び理由に不備があると主張して,本件各更正処分のうち前回更正処分ないし確定申告に係る所得金額及び納付すべき法人税額を超える部分,並びに当該部分に係る過少申告加算税に係る本件各賦課決定処分の取消しを求める事案である。
1 関係法令等の定め
本件に関係する法令等の定めは,別紙記載のとおりである。
2 前提となる事実(証拠等の付記のない部分は当事者間に争いがない。)
(1) 本件各貸付の状況等
ア A Ltd.(以下「訴外子会社」という。)は,平成9年1月にタイ王国において設立された外国法人であり,原告がその株式の95%を保有する原告の子会社である。(<証拠省略>)
イ 原告は,訴外子会社に対し,平成9年1月から平成10年11月までの間において,6回にわたり,利率を年2.5ないし3.0%の固定金利,貸付期間を各10年とし,利息の支払は年1回の後払,元本の返済は貸付の4年後から1年ごとに7回に分けて均等に返済するとの約定で,総額1億2822万5000タイバーツの貸付を行った(以下「本件各貸付」といい,各回の貸付を順に「第1回貸付」ないし「第6回貸付」という。)。本件各貸付の詳細は,別表1-1<省略>及び1-2<省略>記載のとおりである。(<証拠省略>)
ウ 訴外子会社は,原告に対し,平成10年3月期には,第1回貸付に係る利息として75万タイバーツを,平成11年3月期には,第1回貸付及び第2貸付に係る利息として合計138万タイバーツを,平成12年3月期には,第1回貸付ないし第6回貸付に係る利息として合計311万3844タイバーツを,それぞれ支払った。(<証拠省略>)
エ 訴外子会社は,原告に対し,平成11年10月5日には,第1回貸付及び第2貸付に係る元本を,平成12年11月27日には,第3回貸付ないし第6回貸付に係る元本を,それぞれ全額返済した。(<証拠省略>)
(2) 本件各処分等の経緯
ア 本件各事業年度に係る原告の確定申告及び本件各処分等の経緯は,別表2<省略>記載のとおりである。
イ 原告は,平成13年4月25日付けの本件各処分を不服として,同年6月18日,異議申立てをしたところ,同年9月14日付けでこれを棄却する旨の決定を受け,さらに,同年10月12日,国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ,平成15年7月9日付けでこれを棄却する旨の裁決を受けたため,同年10月6日,本件訴訟を提起した。
3 本件各処分の根拠及び適法性に関する被告の主張
(後記5の争点に係る部分を除き,計算の基礎となる金額及び計算方法について当事者間に争いはない。)
(1) 本件各更正処分の根拠及び適法性
被告が本件訴訟で主張する原告の本件各事業年度の法人税の所得金額及び納付すべき法人税額は,次のとおりであり,いずれも本件各更正処分における所得金額及び納付すべき法人税額と同額であるから,本件各更正処分はいずれも適法である。
ア 平成10年3月期(別表3-1<省略>)
(ア) 更正処分前の所得金額 8億8744万9595円
被告が平成13年4月25日付けでした原告の平成10年3月期の法人税の更正処分(以下「平成10年3月期更正処分」という。)前の所得金額で,被告が平成10年12月25日付けでした原告の同期の法人税の更正処分(以下「前回更正処分」という。)における所得金額と同額である。
(イ) 国外移転所得の損金不算入額 584万2917円
第1回貸付の受取利息の額75万タイバーツの円換算額189万7500円(原告が第1回貸付に係る受取利息について益金とした際の円換算額と同額)を国外関連取引の対価の額とし,後記4のとおり算定した独立企業間価格たる金利に基づき算出した金額774万0417円(別表5<省略>の「円換算額(⑥)」欄の「合計」欄)との差額である。
(ウ) 更正処分に係る所得金額 8億9329万2512円
前記(ア)の金額に,前記(イ)の金額を加算して計算した金額である。
(エ) 所得金額に対する法人税額 3億3498万4500円
前記(ウ)の金額に国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項の規定を適用して1000円未満の端数を切り捨てた後の金額8億9329万2000円に,法人税法(平成10年法律第24号による改正前のもの)66条の規定に基づく税率を乗じて計算した金額である。
(オ) 控除対象所得税額等 3018万2990円
前回更正処分後の所得金額に対する法人税額から控除される所得税額等の額と同額である。
(カ) 納付すべき法人税額 3億0480万1500円
前記(エ)の金額から前記(オ)の金額を控除した残額3億0480万1510円に,通則法119条1項の規定を適用して100円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
(キ) 差し引き納付すべき法人税額 219万1200円
前記(カ)の金額から,前回更正処分後の納付すべき法人税額3億0261万0300円を控除した残額である。
イ 平成11年3月期(別表3-2<省略>)
(ア) 確定申告に係る所得金額 9億2228万8029円
原告の平成11年3月期の法人税の確定申告書に記載された所得金額である。
(イ) 国外移転所得の損金不算入額 1762万3498円
第1回貸付及び第2貸付の受取利息の合計額138万タイバーツの円換算額440万2200円(原告が当該各受取利息について益金とした際の円換算額と同額)を国外関連取引の対価の額とし,後記4のとおり算定した独立企業間価格たる金利に基づき算出した金額の合計2202万5698円(別表6及び7<省略>の各「円換算額(⑥)」欄の「合計」欄の合計)との差額である。
(ウ) 損金の額に算入される事業税相当額 70万1000円
原告の平成11年3月期の法人税の所得の金額の計算上,損金の額に算入される平成10年3月期更正処分により増加する原告の同期の法人税の所得金額に対応する事業税相当額である。
(エ) 更正処分に係る所得金額 9億3921万0527円
前記(ア)の金額に,前記(イ)の金額を加算し,前記(ウ)の金額を減算して計算した金額である。
(オ) 所得金額に対する法人税額 3億2402万7450円
前記(エ)の金額に通則法118条1項の規定を適用して1000円未満の端数を切り捨てた後の金額9億3921万円に,法人税法66条の規定に基づく税率を乗じて計算した金額である。
(カ) 控除対象所得税額等 4118万0300円
被告が平成13年4月25日付けでした原告の平成11年3月期の法人税の更正処分(以下「平成11年3月期更正処分」という。)により,同期の所得金額及び所得金額に対する法人税額がいずれも増加したため,再計算した法人税法69条1項に規定する外国法人税額の控除限度額3954万4944円(円未満の端数切り捨て後)に,原告の同期の法人税の確定申告書に記載された控除対象所得税額163万5356円を加算して計算した金額である。
(キ) 納付すべき法人税額 2億8284万7100円
前記(オ)の金額から前記(カ)の金額を控除した残額2億8284万7150円に,通則法119条1項の規定を適用して100円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
(ク) 差し引き納付すべき法人税額 583万8100円
前記(キ)の金額から,原告の平成11年3月期の法人税の確定申告書に記載された納付すべき法人税額2億7700万9000円を控除した残額である。
ウ 平成12年3月期(別表3-3<省略>)
(ア) 確定申告に係る所得金額 9億8525万7737円
原告の平成12年3月期の法人税の確定申告書に記載された所得金額である。
(イ) 国外移転所得の損金不算入額 3435万3933円
第1回貸付ないし第6回貸付の受取利息の合計額311万3844タイバーツの円換算額838万2554円(原告が当該各受取利息について益金とした際の円換算額と同額)を国外関連取引の対価の額とし,後記4のとおり算定した独立企業間価格たる金利に基づき算出した金額の合計4273万6487円(別表8ないし13<省略>の各「円換算額(⑥)」欄の「合計」欄の合計)との差額である。
(ウ) 損金の額に算入されない経費の額 130万7974円
原告が平成12年3月期の法人税の所得の金額の計算上,経費として損金の額に算入していた金額のうち,平成11年12月17日に設立登記された原告の英国子会社であるB社の設立日以後の経費の金額で同社が負担すべき金額であるため,原告の同期の法人税の所得の金額の計算上,損金の額に算入することができない金額である。
(エ) 貯蔵品計上漏れ額 16万2645円
原告が平成12年3月期の法人税の所得の金額の計算上,広告宣伝費等として損金の額に算入していた金額のうち,原告の株式公開に先立ち社内又は得意先等へ配付した図書カードの同期末において残ったものにつき,貯蔵品として資産計上すべき金額である。
(オ) 損金の額に算入される事業税相当額 186万1400円
原告の平成12年3月期の法人税の所得の金額の計算上,損金の額に算入される平成11年3月期更正処分により増加する原告の同期の法人税の所得金額に対応する事業税相当額である。
(カ) 更正処分に係る所得金額 10億1922万0889円
前記(ア)の金額に,前記(イ)ないし(エ)の金額を加算し,前記(オ)の金額を減算して計算した金額である。
(キ) 所得金額に対する法人税額 3億0576万6000円
前記(カ)の金額に通則法118条1項の規定を適用して1000円未満の端数を切り捨てた後の金額10億1922万円に,法人税法66条及び「経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律」16条の規定に基づく税率を乗じて計算した金額である。
(ク) 控除対象所得税額等 4060万2392円
被告が平成13年4月25日付けでした原告の平成12年3月期の法人税の更正処分により,同期の所得金額及び所得金額に対する法人税額がいずれも増加したため,再計算した法人税法69条1項に規定する外国法人税額の控除限度額3993万3326円(円未満の端数切り捨て後)に,原告の同期の法人税の確定申告書に記載された控除対象所得税額66万9066円を加算して計算した金額である。
(ケ) 納付すべき法人税額 2億6516万3600円
前記(キ)の金額から前記(ク)の金額を控除した残額2億6516万3608円に,通則法119条1項の規定を適用して100円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
(コ) 差し引き納付すべき法人税額 1018万8900円
前記(ケ)の金額から,原告の平成12年3月期の法人税の確定申告書に記載された納付すべき法人税額2億5497万4700円を控除した残額である。
(2) 本件各賦課決定処分の根拠及び適法性
本件各更正処分はいずれも適法であるところ,原告の本件各事業年度の差し引き納付すべき法人税額に係る過少申告加算税の額を計算すると,次のとおりとなり,いずれも本件各賦課決定処分の額と同額であるから,本件各賦課決定処分はいずれも適法である。
ア 平成10年3月期 21万9000円
前記(1)ア(キ)の金額219万1200円に,通則法118条3項の規定を適用して1万円未満の端数を切り捨てた後の金額に対して,同法65条1項の規定を適用して100分の10の割合を乗じて計算した金額である。
イ 平成11年3月期 58万3000円
前記(1)イ(ク)の金額583万8100円に,通則法118条3項の規定を適用して1万円未満の端数を切り捨てた後の金額に対して,同法65条1項の規定を適用して100分の10の割合を乗じて計算した金額である。
ウ 平成12年3月期 101万8000円
前記(1)ウ(コ)の金額1018万8900円に,通則法118条3項の規定を適用して1万円未満の端数を切り捨てた後の金額に対して,同法65条1項の規定を適用して100分の10の割合を乗じて計算した金額である。
4 本件各貸付に係る独立企業間価格の算定方法に関する被告の主張
(1) 本件各貸付の独立企業間価格(受取利息)は,措置法66条の4第2項2号を通用して算定することとなるが,同号イの方法を適用するには,同項1号イからハまでの方法(以下「基本三法」という。)を適用する場合と同様に,比較対象取引となる個別具体的な取引が必要となるところ,原告及び訴外子会社は特殊の関係にない者(以下「非関連者」という。)との間で融資取引を行っておらず,非関連者間の融資取引についても,平成9年ころのタイ国内企業の資金調達方法は,金融機関からの短期借入が一般的で,長期資金の需要に対しては,一般的には,短期資金の借換えにより延長する方法で対処されていたことから,本件各貸付時における本件各貸付と比較可能な個別具体的な取引(タイバーツでの長期貸付)を見出すことができないため,同項2号イの方法を用いることができない。
(後記4のとおり,本件各貸付がそもそも国外関連取引として移転価格税制の対象となるかどうかは本件の争点の一つであるが,仮に移転価格税制の対象となるとした場合,上記(1)の限りでは当事者間に争いはない。)。
(2) そこで,本件では,措置法66条の4第2項2号ロを適用し,独立価格比準法(同項1号イの方法)に準ずる方法と同等の方法として,非関連者である金融機関等から,本件各貸付と同時期に同通貨による同金額,同期間の借入をした場合を想定し,これを比較対象取引として,その際に付されるであろう金利を基に独立企業間価格(受取利息)を算定する方法を採用した。具体的には,訴外子会社が,非関連者である金融機関等からスプレッド融資(金融機関等が市場から調達する金利に,スプレッド(金融機関等が得るべき利益に相当する金利。事務経費等に相当する部分や借手の信用リスクに相当する部分を含む。)を加算した金利による融資)を受けた場合を想定して,その金利を求めた。
(3) 調達金利は,ロンドン金融市場において本件各貸付と同時期に同通貨による同金額,同期間の資金調達をする場合の金利スワップによる利率(スワップレート)(<証拠省略>)を用いた。本件各貸付は,いずれも原告が訴外子会社に対し,原告において日本円をタイバーツに交換して貸付を行ったものであり,貸付期間を各10年とし,貸付の4年後から1年ごとに7回に分けて元本を均等に返済するという融資取引であるため,本件各貸付の各元本を返済日ごとの7口に分割し,各口分につき,それぞれの返済に要する期間(年数)に対応するスワップレートを適用した(別表4ないし13<省略>)。なお,別表4<省略>の「スワップレート金利」欄に記載のない部分は,当該期間に応じたスワップレートが不明の部分で,この部分については,前後の期間の金利のうち低率な期間の金利を適用した。
(4) スプレッドは,原告を対象とし,本件各貸付の各貸付実行日の円の新短期プライムレート(<証拠省略>)から円のライボー(LIBOR。ロンドン市場での銀行間で行われる短期の貸出金利で,円の調達金利である。)(<証拠省略>)を差し引いた後の金利(小数点第2位未満切り捨て)とした(別表4<省略>)。
(5) スプレッド融資における金利は,前記(3)の調達金利に,前記(4)のスプレッドを加算して算定した金利(小数点第1位未満切り捨て)とした(別表5ないし13<省略>の各「金利(③)」欄)。
(6) 本件各貸付に係る独立企業間価格(受取利息)は,本件各貸付の各返済元本に前記(5)の金利を乗じたものに,本件各貸付の返済日(4年目から返済開始)を基準日とした為替レートを乗じて計算した(別表5ないし13<省略>)。なお,平成12年3月期における第1回貸付及び第2回貸付に係る独立企業間価格の計算(別表8及び9<省略>)における「利息額(⑤)」欄の算定については,第1回貸付及び第2回貸付がいずれも平成11年10月5日に返済されたため,貸付期間の日数を第1回貸付においては247日,第2回貸付においては222日として,その算定を行った。
5 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,本件各更正申分の適法性に関し,①国外関連取引該当性(本件各貸付がそもそも国外関連取引として移転価格税制の対象となるかどうか),②措置法66条の4第2項2号ロ該当性(被告の主張する独立企業間価格の算定方法が措置法66条の4第2項2号ロに規定する算定方法として適法なものであるかどうか),③租税法律主義適合性(被告の主張する独立企業間価格の算定方法が納税者の予測可能性を害し租税法律主義に反する違法なものであるかどうか),④理由の適法性(本件各更正処分に理由不備の違法があるかどうか)であり,さらに②の争点は,(ⅰ)比較対象取引の要実在性,(ⅱ)本件各取引との比較可能性,(ⅲ)融資形態としての合理性,(ⅳ)被告主張の金利によることの経済的合理性の各項目に分けることができる。これらの争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1) 争点①(国外関連取引該当性)について
(原告の主張)
本件各貸付は,国外関連取引ではない。本件各貸付は訴外子会社の生産設備の取得に充てられたものであり,貸付開始後4年以内に全額が増資という形で資本金に振り替えられているのであるから,実質的には投資であり,出資として扱うのが相当である。
(被告の主張)
本件各貸付は,国外関連取引である。原告が,訴外子会社に対し,ローン契約に基づいてタイバーツによる資金を融資したことは事実であるから,仮に,本件各貸付が数年後に一括返済され,別途増資がされたとしても,本件各貸付が取引当初に遡って投資となるものではない。
(2) 争点②(措置法66条の4第2項2号ロ該当性)について
ア 比較対象取引の要実在性について
(原告の主張)
独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法を用いる以上は,実在の個別具体的な取引を比較対象取引としなければならず,この点で,被告の想定する取引は,比較対象取引としての適合性がない。
措置法66条の4第1項にいう「独立企業」,同条2項1号イにいう「特殊の関係にない売手と買手」などは,いずれも同条1項にいう「国外関連者」以外の法人をいうと解されるところ,「国外関連者」以外の法人としては,当然実在の法人が想定されているというべきである。次に,措置法施行令39条の12第14項では,国外関連取引や比較対象取引において特殊の関係が存在するかどうかの判定は「それぞれの取引が行われた時の現況による」と規定されており,「現況」という以上,比較対象取引は個々の実際の取引をいうものと解すべきである。また,経済協力開発機構(以下「OECD」という。)が1995(平成7)年に公表した「多国籍企業と税務当局のための移転価格算定に関する指針」(以下「OECD多国籍企業ガイドライン」という。)(<証拠省略>)では,比較可能性を検討する際の独立企業間取引は「一又は複数」とされており(用語集「比較可能性分析」の項),実在する個々の取引を前提としていると考えられる。さらに,OECD多国籍企業ガイドラインには,独立企業原則は関連者と独立企業とを税務上同等に置くこと(タックス・パリティ)を主たる目的としていることが明記されているところ(パラグラフ1.7),実在しない取引では税務上同等に置くことができない。以上によれば,比較対象取引は実在する取引でなければならないのであり,逆に実在する取引でなくてもよいというのであれば,その旨法律等による明示が必要である。
また,貸主である金融機関や融資する場所などが具体的に特定されなければ,比較対象取引としての基準を満たすかどうかの判断もできない。
被告は,比較対象取引として個別具体的な取引を不要とする理由として,利益分割法(措置法施行令39条の12第8項)による課税を挙げているが,本件各更正処分の根拠は「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」であるところ,利益分割法は独立価格比準法とは全く別途の課税方法であり,これを本件各更正処分の適法性の根拠とすることはできない。
(被告の主張)
金融市場において提示される利率は,個別具体的な多数の取引が収歛した結果により導かれるものであり,かつ,金融機関等の市場参加者がこの提示されるレートでの取引を申し込めば,同レートでの取引が成立するのであるから,実在する取引における利率と同視できるものである。独立企業間価格とは,支配従属関係のない独立した企業間において,取引条件その他の事情が同一又は類似の状況の下で取引が行われたとした場合に成立するであろう対価の額であるから,上記のように現実の取引を参照して想定した比較対象取引を用いることは,独立価格比準法に「準ずる方法」と同等の方法として適法であり,比較対象取引が個別具体的な実在の取引でないことにより違法となるものではない。
移転価格税制は,特殊な関係にある法人間における取引を通じた所得の海外移転に対処し,諸外国と共通の基盤に立って適正な国際課税を実現することを目的としていること,「取引」を基準としない「利益分割法」による独立企業間価格の算定を認めていること(措置法施行令39条の12第8項)を考えれば,比較対象取引として個別具体的な取引を特定できなければ移転価格税制が適用されないとする趣旨でないことは明らかである。
措置法施行令39条の12第14項において,「現況」により判定されるのは,取引当事者間に関連者とされるような特殊な関係が存在するかどうかという点なのであり,本件のように比較対象取引において想定される当事者間に特殊な関係がないことが明らかな場合に同条項を適用する必要はないから、同条項を根拠に比較対象取引が実在の個別具体的な取引でなければならないという論理に必然性はない。OECD多国籍企業ガイドラインの記載についても,金融市場においては,金銭の貸借や金利そのものを対象とする取引が日々大量に行われており,このような金融市場で取引される利率(市場レート)が金融市場外においても相対取引の利率の基準となっているのであるから,当該利率を基準として貸出利率を定めた貸付を比較対象取引とすることにより,関連者と非関連者をタックスパリティにおくことになるのであって,個別具体的な実在の取引が特定される必要があることの根拠とはなり得ない。
イ 本件各取引との比較可能性について
(原告の主張)
(ア) 貸付を業としない一般企業の行う貸付と金融機関の行う貸付とでは,考慮すべき要素が異なるから,被告の想定する比較対象取引は本件各貸付との比較可能性がない。
(イ) 独立企業間利率算定の基準地は,債務者国の金融市場とすべきであり(<証拠省略>),ここでの当該貸付に係る通貨の金利を基準とし,関連者取引と同一の市場から非関連者間取引を見つけ出すことが求められる。本件では,基準となる金利は,タイの国内金融市場におけるタイバーツの金利であり,非関連者間取引としては,タイ国内企業への日本からの融資取引を見つけ出すことが必要となる。ところが,被告の想定する比較対象取引は,日本の国内金融市場での取引であるから,上記の基準地及び同一取引市場の要件を満たさず,比較可能性はない。
措置法施行令39条の12第14項において,比較可能性の有無の判定は,「それぞれの取引が行われた時の現況による」と規定されており,「現況」という以上,取引の場所,市場も当然判定要素となると考えるべきであること,OECD多国籍企業ガイドラインにおいては,比較可能性を決定する諸要素の一つとして,「独立企業と関連者が事業を行っている市場が類似していること」と規定され(パラグラフ1.30),OECDが1979(昭和54)年に公表した財務委員会の報告書(以下「OECD1979年報告書」という。)(<証拠省略>)においても,貸付金の比較可能性を決定する諸要素を挙げた上で,「貸主の所在地国の金融市場における条件と借主の所在地国の条件」の相違する場合の金利確定の方法についての記述があること(パラグラフ200),国税庁発行の『昭和61年改正税法のすべて』(<証拠省略>)においても,比較可能な貸付を決定する諸要素の一つとして「市場」が挙げられていること(205頁)などからして,比較可能性の有無を判定するにあたっては,取引の場所,市場の特定が不可欠である。
なお,措置法通達(別紙記載第3の通達をいう。以下同じ。)66の4(5)-4が,仮に被告主張のとおりの趣旨であるとしても,本件各貸付後の平成12年に発遣されたものであり,本件への遡及的適用は許されない。
(ウ) 本件各貸付と被告の想定する比較対象取引とで条件が同一であるのは,通貨,貸付日及び金額だけであり,貸出期間(原告の第1回貸付は期間が10年(4年据置,7年均等返済)であるのに対し,被告の想定する貸付は期間が4年から10年(返済期間ごとに1本の貸付として扱う方式)である。),貸出方式(原告の貸付は長期固定金利であるのに対し,被告の想定する貸付は短期金利で1年ごとの借り換え方式である。)及び信用度(原告の訴外子会社に対する信用度は100%である。)は異なるから,両取引間に比較可能性はない。
(エ) 被告の主張する利率は,実在する取引に付された利率ではなく,推定値であるところ,法人税法131条が青色申告者に対する推計課税を禁止し,措置法66条の4第7項が特に推定課税についての規定を設けていることからすれば,特別の規定のない限り推定課税は認められず,同条2項で推定課税を行うことは違法である。
また,被告の主張するような利率を用いた取引が実際に存在したかどうかは大いに疑問である。
(被告の主張)
(ア) 特殊な関係のない当事者間で融資が行われる場合の貸付利率としては,金融機関による貸付利率が標準的である。経済合理性を追求する借手と貸手の交渉の中で貸付利率が決まるとすると,銀行等が非関連者に金銭を貸し付ける場合に付されるであろう利率が一般企業の当該利率と異なるとする理由はない。
(イ) 金銭の貸付について比較可能性の有無を判定する場合に検討すべき諸要素は,措置法通達66の4(5)-4に例示する「通貨等の諸条件」であり,取引の場所はここに含まれない。現代では,コンピュータ及び通信技術が進歩し,世界各地の金融市場及び市場参加者はオンラインによる通信網により結ばれており,国際金融市場に参加する金融機関等は,世界のいずれの場所からいずれの金融市場にも即時に参加して資金調達等の取引が可能であり,また,相場水準についても,いずれの金融市場においてもほぼ均一となっていること(<証拠省略>)などから,比較対象取引の選定においては,いずれの市場であるかについては考慮する必要がない。
措置法施行令39条の12第14項に規定する「それぞれの取引が行われた時の現況による」とは,納税者が行った取引が関連者間取引に該当するかどうかの判断に際し,当該取引が「行われた時」の状況によるとするものであるから,取引の場所,市場も当然判定要素となる旨の原告の主張は失当である。また,金銭の貸付に係る利率は,同一通貨同一条件の貸付であれば,たとえ取引がされた市場が異なっていても,その価格(利率)はほぼ一致するのであり,取引場所(市場)の違いは,価格(利率)に影響を及ぼさないものであるところ,市場の差異が価格に影響しない場合には,比較可能性の有無の判定において,いずれの市場の取引であるかについては考慮する必要はないのであり,これは,OECD多国籍企業ガイドライン及びOECD1979年報告書にも反するものではない。
措置法通達66の4(5)-4は,金銭の貸借取引に係る独立企業間価格の算定について,従来からの法令解釈を明確にしたものであり,同通達により新たに独立企業間価格の算定に係る規定が創設されたものではないし,そもそも,通達とは,行政機関の長が,その機関の所掌事務について,所管の機関及び職員に対して発する,その事務の細目的事項,法令の解釈,運用方針等に関する示達であるから,通達を遡及適用したとの原告の主張は,失当である。
(ウ) 貸出期間の点は,被告は,本件各貸付の元本について,当初の約定に決められた分割して返済される元本の返済期間ごとに7口に分け,7口それぞれに適用されるべき利率を基にそれぞれの利息の額を計算したものであり,本件各貸付に係る貸付期間を変更したものではない。貸出方式の点は,被告は,本件各貸付と同様,長期固定金利で計算している。信用度の点は,融資取引における借主の信用度とは,借主の返済能力という客観的な尺度で測られるものであり,貸主が原告かそれ以外の者かで異なるものではないから,原告の主張は失当である。
(エ) 本件における独立企業間価格の算定は,措置法66条の4第2項2号ロの規定を適用して行ったのであり,同条7項の規定を適用して行ったのではないから,推定課税は行っておらず,また,推計課税を行ったものでもない。
ウ 融資形態としての合理性について
(原告の主張)
(ア) 銀行が外貨建てのスプレッド融資(インパクト・ローンともいわれる。)の原資を調達する市場は,銀行同士が短期間の貸し借りをする市場であるユーロマネー市場であり,このうち,ロンドンのユーロマネー市場において,ロンドンの大手銀行が提示する銀行間の短期貸出金利がライボーであり,各通貨ごとに金利が示され,これがユーロマネー市場全体の基準金利ともなっている(<証拠省略>)。したがって,本件においても,銀行がバーツを調達する場合の調達金利となるのはバーツライボーというべきであり,スワップレートはここでの調達金利とは無関係である。
スワップ取引は,単に変動金利と固定金利とを交換する取引に過ぎず,実際の貸付に当たって使われる金利ではない(<証拠省略>)。このことは,法人税法上も,会計処理上も,スワップ取引については,元本の授受のない取引であることから金利とは取り扱われていないこと(<証拠省略>)からも明らかである。
公正取引委員会が近時C銀行に対し行った独占禁止法違反による排除勧告の内容(<証拠省略>)からも明らかなとおり,実務上,金融機関は,変動金利による長期貸付と同時に,顧客に金利スワップ取引を行わせることにより,実質的にスワップレートによる長期固定貸付を実現しているに過ぎず,被告が主張するようにスワップレートによる長期固定金利貸付が一般化されている事実はない。銀行や住宅金融公庫等の政府系金融機関等の行う長期固定貸出において金利の代表的な指標とされているのは10年物の国債の流通利回りであり(<証拠省略>),被告の主張するようにスワップレートが基準とされている実情は存しない。
また,スワップレートは,予測能力の極めて低い先物的な金利であるインプライド・フォワード・レートを基に計算された金利であり(<証拠省略>),これを基準に長期固定金利貸付を行うことは合理性を欠き,そのような取引が一般化しているとは考えられない。
被告は,取引の順序を,短期変動金利建借入→スワップ取引→長期固定金利建貸付としているが,長期固定金利建貸付に対して金利上昇リスクをヘッジするためにスワップ取引を行うのであり,長期固定金利建貸付の前では何をヘッジするのか対象の特定ができないから,取引の順序は,短期変動金利建借入→長期固定金利建貸付→スワップ取引が正しく,被告の主張は前提を欠く。
仮にスワップレートを適用するとすれば,本件各貸付の実際の貸付期間に対応するスワップレートを通用すべきである。また,スプレッド融資の貸出期間は1年以内であり,金利は1,2,3,6か月ごとに見直すことになっているから(<証拠省略>),この見直し期間ごとに金利を付すべきである。
(イ) 短期プライムレートは,各銀行が資金の総調達コスト,金融環境,経費率などを総合的に判断して決められるものであるから(<証拠省略>),ここから調達コストの一つであるユーロ円金利を差し引いても,何の意味もない単なる数字合わせにすぎない。
原告が取引銀行から借り入れた短期資金は,全額,同銀行の定期預金に預け入れられており,原告としては実質的に銀行に対し100%の担保を提供している(<証拠省略>)。そのため,原告の取引銀行からの短期資金の借入については,短期プライムレートのほか,いかなる金利(スプレッド)も加算されていない(<証拠省略>)。それにもかかわらず,ここからスプレッドを算定すること自体,不合理である。
(ウ) 取引の実態上,スプレッド融資は,短期金利でしか行われていないのに(<証拠省略>),被告は,長期固定金利貸付にスプレッド融資を想定しており,不合理である。
金利スワップは,想定元本に対して固定金利による利息と変動金利による利息を交換するというもので,この変動金利の指標として通常ライボーが用いられ,固定金利による利息総額の現在価値とライボーによる利息総額の現在価値とが等しくなるように設定された固定金利がスワップレートであるところ,タイボーは日本版ライボーであることから,タイボーとスワップレートとは,タイボーが変動すると,変動金利サイドの現在価値に影響し,それに連動してスワップレートが計算されるという関係にある。このことからすれば,被告の引用する日本銀行の審議委員の発言は,「スプレッド貸付のベースとなるタイボーとタイボーを基に計算されるスワップレートが上昇した」という趣旨を述べたのみと解釈するのが合理的であり,スワップレートがスプレッド貸付の基礎とされていることを示す趣旨ではないと考える。
(被告の主張)
(ア) スワップレートは,国際金融市場において示された,短期金利と交換可能な長期金利の水準を示すもので,第三者間でも成立している取引である。
金融機関等においても,長期固定金利貸付を行うに当たっては,短期変動金利で資金を調達した上で,支払うべき変動金利を受領し固定金利を支払う金利スワップ取引を行うことで,実質的に長期固定金利の資金を調達したのと同様の債務状況とし,顧客に対する貸出金利は,そのスワップレートに一定の利ざや等のスプレッドを上乗せして決定する方法が一般的である(<証拠省略>)。なお,これは取引のおおまかな仕組みをいうのであって,取引の順序をいうのではないが,長期固定金利貸付に対して金利上昇リスクをヘッジするためにスワップ取引を行うという原告の主張を前提としても,スワップレートは取引当事者の一方が自由に決められるものではなく,実際には市場水準によって決まるのであるから,金融機関が長期固定金利貸付のヘッジ手段としてスワップ取引を行う場合,先に貸出取引をしてしまうと,その貸出利率と異なるスワップレートでしか取引できなければ,十分なリスクヘッジにならないので,スワップ取引の内容を確定した上で貸出金利を決める必要がある。
確かに,スワップ取引は,デリバティブ取引であり,借入そのものではない。しかしながら,被告は,「スワップ取引」を貸出としたのではなく,スワップレートを基に貸出利率を定めた「貸付取引」を比較対象取引としたのであり,スワップ取引が貸付取引でないことを根拠とする原告の非難は的はずれである。
長期固定金利で貸し付けている場合の基準金利としてスワップレートが用いられていることは,国内の具体的な金融機関が,インターネットのホームページで,固定金利の事業者向け融資及び個人向け住宅ローンの利率をスワップレートを基準として決めていると公開していること(<証拠省略>),日本銀行の副総裁が,証券経済学会の全国大会において行った講演で,スワップレートを「金融機関間の調達金利」と述べていること(<証拠省略>)などの事実からも明白である。原告が指摘する,公正取引委員会がC銀行に対して勧告を行った事案における取引は,一つの事例にすぎす,これをもって,金融機関がスワップレートを基準として固定金利貸付の利率を決することが一般的であることが否定されるものではない。
原告は,スワップレートはインプライド・フォワード・レートを基に算出される計算値にすぎないかのように主張するが,『スワップの価格はこうして決まる』(<証拠省略>)においては,市場におけるスワップレートを基に将来の金利の理論値であるインプライド・フォワード・レートが算出される旨の説明がされており,原告の上記主張は,自ら提出した文献の説明を正解せずになされた誤った主張である。
貸手が契約上の貸付期間に見合う利率で利息を受領することは当然であるから,約定期限前に返済がされたからといって,これに対応するスワップレートを適用すべきとの主張は失当である。また,被告は,本件各貸付の貸出条件に従い「固定金利,長期貸付」に適用される利率を基に比較対象取引の利率を算出したのであり,これに対して原告が「変動金利,短期貸付」の利率計算方法により計算すべきである旨を主張するのは失当である。
(イ) 新短期プライムレートは,金融機関等が,市場金利に基づく調達コストに事務コスト,利ざや等から構成されるスプレッドを加えるという方法で決定しているのであるから,スプレッドの算出に当たって,新短期プライムレートから市場金利の利率を差し引くという方法によることは,合理的である。近時の短期プライムレートが調達コストに一定のスプレッドを上乗せして決定されること(<証拠省略>),調達コストは市場金利が中心となること,市場金利はいずれの市場によってもほぼ同一水準となっていることからすれば,短期プライムレートから市場金利であるライボーを差し引いた数値はスプレッドとほぼ同視できる。
また,訴外子会社は,設立後間もなく,金融機関等からの借入実績がなく,信用力においては親会社である原告に劣り,金融機関等から借り入れる場合の利率は,原告が借り入れる場合の利率を下回ることは考えられないことから,スプレッドとして原告が借り入れたと想定した場合の利率を用いることは,合理的である。
さらに,金融機関等が定めるスプレッドは貸出先単位で定められること,原告が取引銀行から円建て融資を受ける際に新短期プライムレートを適用されていたことからすれば,スプレッドとして上記のようなレートを用いることは,合理的である。
短期プライムレートは,それ自体が銀行の調達コストに一定のスプレッドを上乗せして発表されているものであるから,そこからスプレッドを算定できない旨の原告の主張は誤りであるし,仮に,原告の借入が実質的に全額担保付借入であったのであれば,無担保であった場合と比べてより信用度は高く評価されるはずであるが,被告は,訴外子会社の信用度を,高くとも原告と同等として独立企業間価格を算出したのであるから,原告の信用度がより高く評価されたとしても算出された独立企業間価格に不合理はない。
(ウ) 『変動する世界の金融・資本市場』(<証拠省略>)には,「ユーロバーツ市場の拡大により,香港などで発展してきたドルーバーツの通貨スワップをドル借入れに組み合わせ,実質的にバーツの固定金利長期資金調達とする事例も出てきた。」と記載されており,また,日本銀行の審議委員が記者会見の中で,短期金利の基準金利の一つであるタイボー(東京市場における銀行間の短期貸出金利)だけではなく,長期金利の基準金利であるスワップレートもスプレッド貸付の基礎とされていることを述べていること(<証拠省略>)からすると,一般的に,長期金利の基準たるスワップレートをベースに貸付利率を定める長期固定金利のスプレッド貸付がなされていることは明らかである。
日本銀行の審議委員の発言についての原告の主張は,スワップレートがライボーをもとに算出される理論値であることを前提とするものであるところ,スワップレートは,計算により算出されただけの理論値ではなく,スワップ市場において実際に取引されている数値であり,原告の主張はその前提において誤っており失当である。
エ 被告主張の金利によることの経済的合理性について
(原告の主張)
(ア) 原告は,手元資金の中から貸付を行い,2ないし3%の適正利息を徴収しているのであるから,原告に損はない。それにもかかわらず,被告のいうように10ないし19%もの利息を徴収しなければならないとするのは経済的合理性を欠く。
(イ) 仮に被告が計算するような金利で貸付が行われる例があるとしても,独立企業間においては,手持ち資金や経営状況,相手方の信用度等に応じて,被告の算出する金利とは異なる金利を設定することも十分考えられるから,被告の算出する金利を唯一の独立企業間価格として設定し,これとの差額につき課税を行った点において,本件各更正処分には合理性がない。
(被告の主張)
(ア) 特殊な事情のない非関連者間の金銭貸付であれば,金融機関が貸し付ける場合と同等以上の利率で貸し付けることが可能であると考えられ,これを大幅に下回る利率で貸し付けることは,営利企業の活動としての経済的合理性がない。本件各貸付時におけるタイ国内の主要商業銀行のタイバーツ建て預金利率が6ないし10%であったこと(<証拠省略>)を考えると,2ないし3%の利率で金銭を貸し付けるより銀行預金をした方がはるかに多額の利息を得られるのであるから,それにもかかわらず2ないし3%の貸付をすることに,営利企業の活動としての経済的合理性は認められない。関連企業間において,このような低利の貸付を行うことが,移転価格税制が対象とする所得の移転に該当することは明らかである。
また,金利裁定のメカニズムにより,高金利通貨であるタイバーツの将来価値は,円の将来価値と比較して低くなるのであり,円建ての貸付利率より高い利率で貸し付けなければ同等の資産価値を有さない。実際に,本件各貸付の約定利率で計算した場合には,受領元利金の円換算額は貸付の際に要した円貨を下回り,損失を被ることになるのに対し,被告の主張する利率で計算すると,受領元利金の円換算額は貸付の際に要した円貨を上回るから,このことからも本件各貸付の利率が経済的合理性を欠き,被告の主張する独立企業間価格が合理的であることが明らかである。
(イ) 非関連者間における金銭の貸付に付される利率は,市場レート等の一般的な調達コストや借手の信用力に基づいて決定されるが,合理的に決定される場合には,貸し付けられる通貨が同一で,貸付時期,貸付期間,借手の信用力などの条件も同一であれば,貸付利率は同一水準になり,貸手が貸付資金の調達に当たって負担した実際調達コストが上記一般的コストと乖離していた場合(手持ち資金を有していた場合など)も,実際調達コストにより貸付利率が変わることはない。
経営状況,相手方の信用度についても,被告は,比較対象取引を決めるに当たり,原告には,新短期プライムレートでの借入実績があったため,当該借入の利率を基にスプレッドを算出し,比較対象取引の利率の計算に含めるという形でこれらの要素を個別に考慮している(前記ウ(被告の主張)(イ))。
(3) 争点③(租税法律主義適合性)について
(原告の主張)
平成12年11月に総務庁によりなされた「税務行政監察結果に基づく勧告」において「移転価格税制における独立企業間価格の算定方法に関する指針が十分に示されていない」旨の指摘がなされていること(<証拠省略>)などからして,それ以前の本件各貸付当時には,移転価格税制における独立企業間価格の算定方法が納税者にとっては何ら明らかにされていない状況であったことは明らかである。それにもかかわらず本件のように「準ずる」方法と「同等」の方法といった抽象的で不明確な条文のみに基づき,比較可能性や比較対象取引の実在性その他本来の独立価格比準法において必要とされる要件から逸脱して本件のような課税処分を行うことは,納税者の予測可能性を害し,租税法律主義に反し,違法である。
(被告の主張)
平成12年11月になされた税務行政監察の趣旨は,税務行政運営の公正性,効率性等を確保する観点から,税務行政の実施の状況等を調査し,関係行政の改善に資するため実施したものである(<証拠省略>)。そして,税務行政監察結果の勧告は,法令の解釈や適用の指針を通達等に明定することにより,納税者の適正な申告につなげるためになされた,税務行政のより一層の効率化を求めるものであり,租税法律主義(憲法84条)の要請による課税要件の明確性を求めるものではない。
また,本件各貸付時においては,措置法66条の4が既に公布,施行され,独立企業間価格の算定方法は規定されていたのであるから,独立企業間価格の算定方法が納税者に明らかにされていなかったとする原告の主張は,失当である。同条の規定は,租税法律主義の要請を満たすだけの明確なものであり,これを抽象的・不明確とする原告の非難は当たらない。
(4) 争点④(理由の適法性)について
(原告の主張)
本件各更正処分に係る更正通知書(<証拠省略>。以下「本件更正通知書」という。)は,被告の採用した算定方法の適法性,計算根拠,「スプレッド」「スワップレート」「ライボー」等の用語等について何ら説明がされておらず,また,貸主である金融機関等の特定もされておらず,さらに,比較対象取引の一方当事者という重要な点について,これを「貴社(原告)」と記載し,本件訴訟における被告の主張と異なる記載をしていた点で,理由不備の違法がある。
(被告の主張)
本件更正通知書には,更正の原因となる事実関係,移転価格税制適用に係る法的根拠及び結論が記載されているので,理由附記の要件は充たしている。被告が本件更正通知書に使用した「貴社(原告)」との表現は,「原告」の信用力に基づき算定する金利との意での文脈で使用したものであり,理由不備はない。
第3当裁判所の判断
1 争点①(国外関連取引該当性)について
原告の主張は,措置法66条の4第1項の「国外関連取引」とは,国外関連者から対価の支払を受ける取引をいうところ,本件各貸付は実質的には出資であり,対価(利息)の支払を受ける取引ではないから,同条所定の移転価格税制の適用はない,というものと解される。しかしながら,<証拠省略>によれば,原告と訴外子会社は,本件各貸付に当たり,「ローン契約書(LOANAGREEMENT)」と題する契約書を作成し,その中で元本の返済,利息の支払等について明確な合意をしていることが認められるから,本件各貸付は金銭消費貸借であり,対価(利息)の支払を受ける取引として,措置法66条の4第1項の「国外関連取引」に該当することが明らかである。原告のいうように,本件各貸付に係る金員が訴外子会社の生産設備の取得に充てられ,後に元本の繰上返済により資本金に振り替えられたとしても,そのゆえをもって,本件各貸付の性質が取引当初に遡って出資に変じるものではない。
もっとも,OECD多国籍企業ガイドライン(<証拠省略>)のパラグラフ1.37で「資金を借りる会社の経済状況を考慮すると,独立企業間ではそのような形での投資は期待できないという場合に,金利付きの負債という形での関連者に対する投資をする場合…,税務当局は,その経済的な実質に基づいてこの投資を性格付けし,この融資を出資として扱うのが適当であろう。」と述べられているように,仮に,タイ国内企業に対して長期固定金利で貸付を行うという経済行為が,短期貸付が一般的であった当時のタイの金融情勢下においては,およそ経済的合理性のない行為であったと認められるとすれば,後記のとおりの金利の低さとも相まって,本件各貸付を実質的に「出資」と評価することもできないではないと考えられる。しかしながら,証拠(<証拠省略>)によれば,平成9,10年ころのタイ国内企業の長期資金需要への対応は,前述のように,短期資金の借換えにより延長する方法が主流であったものの,政府系金融機関や米国の保険会社によって長期固定金利貸付が行われていたほか,ユーロバーツ市場の拡大により,香港などで発展してきたドルーバーツの通貨スワップをドル借入れに組み合わせ,実質的にバーツの固定金利長期資金調達とする事例も存在しており,また,日本からの資金調達ということでいえば,親会社からタイの現地法人への出資による方法と並んで,親会社からの長期借入(融資期間は通常5ないし7年)による方法も採られていたことが認められる。そうすると,本件各貸付当時において,タイ国内企業に対する長期固定金利貸付がおよそ経済的合理性のない行為であったということはできず,本件各貸付はその約定どおり,金銭の貸付取引と評価するのが相当である。
したがって,本件各貸付が国外関連取引に該当せず,価格移転税制の対象にならないとする原告の主張は,理由がない。
2 争点②(措置法66条の4第2項2号ロ該当性)について
(1) 比較対象取引の要実在性について
独立価格比準法(措置法66条の4第2項1号イ)とは,棚卸資産の販売又は購入に係る国外関連取引につき,非関連者間において,①当該国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を,当該国外関連取引と取引段階,取引数量等が同様の状況の下で,売買した取引がある場合,又は,②当該同種の棚卸資産を,当該国外関連取引と取引段階,取引数量等に差異のある状況の下で売買した取引があり,当該取引について,その差異により生じる対価の額の差を調整できる場合に,その対価の額(①)又は調整を行った後の対価の額(②)に相当する金額をもって,当該国外関連取引に係る独立企業間価格とする方法である。これを金銭の貸付に係る国外関連取引に適用される「同等の方法」(同項2号イ)に引き直すと,非関連者間において,①当該国外関連取引に係る通貨と同一の通貨を,当該国外関連取引と貸付時期,貸付金額,貸付期間,金利の設定方式(固定か変動か,単利か複利か等),利払方法(前払か後払か等),借手の信用力等が同様の状況の下で,貸し付けた取引がある場合,又は,②当該同一の通貨を,上記貸付時期等に差異のある状況の下で貸し付けた取引があり,当該取引について,その差異により生じる対価(利息)の額の差を調整できる場合に,その対価の額(①)又は調整を行った後の対価の額(②)に相当する金額をもって,当該国外国連取引に係る独立企業間価格とする方法をいうものと解される。
これらの方法は,いずれも比較の対象となる非関連者間の取引が具体的に実在することを前提とし,その取引における実際の対価の額を基礎として独立企業間価格の算定を行う方法である。しかしながら,例えば原油,農産物等の取引市場で売買される商品(棚卸資産)の場合には,市場価格が存在し,その市場価格によって,市場に参加する不特定多数の非関連者間で現実に売買取引が成立し,又は成立し得るのであるから,そのような市場価格を基礎とする取引を想定して比較対象取引とすることも,実在する非関連者間の取引を比較対象取引とする方法に準ずる方法として,有用かつ相当なものと認めることができる。この点は,国内及び国際的に金融市場が存在する通貨の貸借取引についても同様のことがいえる。したがって,措置法66条の4第2項の規定は,国外関連取引と比較可能な非関連者間の取引が実在する場合には,同項1号イ及び2号イにより,当該実在の取引を比較対象取引とすることを原則とするが,そのような取引が実在しない場合において,市場価格等の客観的かつ現実的な指標により国外関連取引と比較可能な取引を想定することができるときは,そのような仮想取引を比較対象取引として独立企業間価格の算定を行うことも,同項1号ニの「準ずる方法」及び同項2号ロのこれと「同等の方法」として許容する趣旨と解するのが相当である。
実質的にみても,国外関連取引と比較可能な非関連者間の取引を実在の取引の中から見出すことは,当該国外関連取引の当事者自身が非関連者との間で同種の取引を行っていた場合であればともかく,そうでない限り通常は困難であると考えられる。しかしながら,親子会社間等特殊関係企業間の取引を通じて行う所得の海外移転に対処し適正な国際課税を実現することを目的とする移転価格税制の趣旨に照らし,このような場合に実在の取引を見出せないからといって直ちに移転価格税制の対象外とすることが措置法66条の4の立法趣旨とは考えられない。特に本件の場合,本件各貸付の利率は年2.5ないし3.0%であるところ,当時のタイ国内の商業銀行の預金利率(タイバーツ建て12か月もの定期預金)が年6.0ないし10.0%であったこと(<証拠省略>)と比較しても,相当に低い利率であり,原告としては,本件各貸付を行うよりも,当該預金利率で預金をした方が,より多額の利息を得ることができたということができる。また,タイバーツと円の交換レート及び先物為替レート(<証拠省略>)に基づき,平成10年11月27日の第6回貸付(元本2500万タイバーツ,年利2.7%)について,貸付時に予想される4年後の返済元利金の円換算額を計算すると,年利2.7%では,貸付時に2500万タイバーツの調達に要する日本円が8566万3500円であるのに対し,4年後の返済元利金はこれを1968万2931円下回る6598万0569円となって,原告は損失を被ることとなることが認められる(被告の主張する年利10.7%で計算すると,8775万4849円となり,元本を全額回収の上,4年間で年利約0.6%の利息を得られることになる。)。このことからしても,本件各貸付の利率が経済的合理性を欠いた極めて低率なものであることをうかがうことができる。このような本件各貸付について,移転価格税制を適用すべきことは明らかであるにもかかわらず,比較可能な個別具体の取引を見出すことができない以上,独立企業間価格の算定を行うことはできないとすることが,措置法66条の4の趣旨に適合する解釈であるとは到底解することはできないのである。
原告は,独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法を用いる以上は,実在の個別具体的な取引を比較対象取引としなければならないと主張するが,そもそも実在の取引を比較対象取引とするのであれば,それは独立価格比準法ないしこれと同等の方法そのものであって,これらに「準ずる方法」とはいえないし,措置法が独立価格比準法及びこれと同等の方法のほかに「準ずる方法」を規定した趣旨は前述のとおりと解されるのであるから,原告の上記主張には理由がない。
また,原告がこの点に関して指摘する種々の点も,比較対象取引が実在する取引でなければならないことの十分な根拠とはいえない。
すなわち,措置法66条の4第1項にいう「独立企業」,同条2項1号イにいう「特殊の関係にない売手と買手」等の文言についていえば,独立価格比準法そのものを規定した同条2項1号イ中の非関連者を指す文言が実在の法人を想定していることは当然としても,文言上及び実質上の観点からみて,同条中の「国外関連者以外の者」を指すすべての文言が実在の法人のみを想定していると解釈しなければならない理由はない。
また,措置法施行令39条の12第14項が「それぞれの取引が行われた時の現況による」と規定しているのは,時点によって特殊の関係が存在したりしなかったりするような国外関連取引及び比較対象取引について,特殊の関係の存否の判断は取引の時を基準とする旨を定めたものであり,その意味で同項が実在の取引を適用対象とする規定であることは明らかであるが,それ以上に,比較対象取引にすべて「現況」が存在すること,すなわち,比較対象取引がすべて実在の取引であることを要することまでを定めた規定ではない。
OECD多国籍企業ガイドライン(<証拠省略>)の用語集「比較可能性分析」の項の「関連者間取引と一又は複数の独立企業間取引を比較すること。」との記載については,ここでいう「一又は複数の独立企業間取引」という文言について,文言上及び実質上の観点から,実在する個々の取引のみを前提としていると解釈しなければならない理由はない。
OECD多国籍企業ガイドライン(<証拠省略>)のパラグラフ1.7において,独立企業原則を採用する主たる理由の一つに,多国籍企業と独立企業が税務上の取扱いにおいてほぼ同等に置かれることが挙げられていることについては,市場価格に基づく比較可能な仮想取引を比較対象取引として独立企業間価格の算定を行うことによっても,当該市場に参加し又は当該市場価格を基準として市場外で取引を行う不特定多数の非関連者と国外関連取引の当事者とを税務上の取扱いにおいてほぼ同等に置くことができるのであるから,比較対象取引が実在する取引でなければならないということにはならない。
貸主である金融機関や融資する場所などが具体的に特定されていないとする点については,これらが具体的に特定されていなくても,後記のとおり,被告の想定する比較対象取引が比較対象取引としての基準を満たすかどうか(本件各貸付との比較可能性があるかどうか)の判断は可能であるから,比較対象取引が実在する取引でなければならないことの根拠とはならない。
(2) 本件各取引との比較可能性について
ア 被告の想定する比較対象取引は,金融機関等による融資取引である。
原告の主張はまず,この点について,原告のような貸付を業としない一般企業の行う貸付と,金融機関の行う貸付とでは,考慮すべき要素が異なり,その間の差異の調整が不可能であるか,又は,差異の調整が可能であったとしても,被告の想定する比較対象取引においては何らの調整も行われていないから,本件各貸付との比較可能性がないというものと解される。
しかしながら,貸付を行う際の貸手の考慮要素としては,資金の調達コスト,事務経費の額,借手の信用力等であるところ,経済合理性を追求する非関連者間での金銭の貸借取引において,貸手が金融機関であるかその他の一般企業であるかなど,貸手が誰であるかの違いによって,このような考慮要素の点で有意な差を生ずるものとは考え難い(原告は,金融機関の行う貸付に当たっては,常に調達コストを考慮する必要があるのに対し,一般企業の行う貸付には,調達コストを要しない手持資金の貸付もあり得,現に,本件各貸付もそのようなものであったのであるから,この両者を単純に比較するのは不当であるという趣旨の主張をする。しかしながら,一般企業の「手持資金」なるものも,様々なコストをかけて得られたものであることが通常であるし,その運用に当たっても,金融機関による融資に準じた融資を含めた様々な運用方法があり得るのであるから,手持資金の貸付であるから,調達コストを考慮する必要はないと断定することは困難であり,むしろ,あるべき標準的取引価格を求めようとする独立企業間価格の算定に当たっては,特段の事情がない限り,融資取引の代表例である金融機関による貸付を基準とすることにも十分な合理性があるものというべきである。)。したがって,金融機関による融資取引を比較対象取引とするに当たり,貸手が誰であるかという点の差異を調整する必要はないものというべきであり,この点において,被告の想定する比較対象取引には本件各貸付との比較可能性が認められるから,原告の主張は理由がない。
イ 次に,被告の主張を総合すると,被告の想定する比較対象取引は,金融機関等が,ロンドン金融市場において,タイバーツを短期変動金利で調達するとともに,スワップレート(<証拠省略>)による金利スワップ取引を行うことで,実質的に長期固定金利の資金を調達したのと同様の債務状況とした上で,この調達金利(スワップレート)に,日本の都市銀行が発表した新短期プライムレート(<証拠省略>)からロンドン金融市場における円の短期調達金利である円ライボー(<証拠省略>)を差し引いて算出したスプレッドを加算して,タイ国内の訴外子会社に貸し付けるというものであると解される。そして,被告の想定する比較対象取引は,タイと日本のいずれの市場金利による貸付行為を想定しているかは必ずしも明らかではないが,日本の都市銀行が発表した新短期プライムレートを基礎としてスプレッドを算定していることからすれば,被告は,日本の市場金利による貸付行為を想定しているものと理解することが可能であり,金融市場の違いをいう原告の主張は,上記のような理解に立った上で,本件での比較対象取引は,タイの国内金融市場におけるタイバーツの金利を基準とした取引でなければならず,この点で被告の想定する比較対象取引には本件各貸付との比較可能性がないというものと解される。
しかしながら,証拠(<証拠省略>)によれば,原告の第6回貸付に関する平成10年10月27日付け取締役会審議資料の中に,訴外子会社が現地の金融機関から借り入れた場合,金利が15%から16%と高く,経営上大きな負担となるため,原告が貸し付け,その金利は2.8%(長期プライムレート2.3%+0.5%)とする旨の記載があることが認められ,また,本件各貸付に付した利率は,いずれも長期プライムレートに一定の金利を加算した利率であったことが認められる。これによれば,原告が本件各貸付に当たって基準とした金利は,タイ国内の市場金利ではなく,日本における市場金利であったことが明らかなのであるから,このような当事者の意思にもかかわらず,タイの国内金融市場における金利を基準としなければならないとすべき理由はない。OECD1979年報告書(<証拠省略>)のパラグラフ200の記述からも,国外関連取引である金銭の貸借取引において,当事者がいずれの所在地国の市場金利を基準としたかが明らかな場合には,独立企業間価格も当該国の市場金利を基準として決定すべきであるとの考え方を読みとることが可能であり,このような考え方は,比較可能性という観点からも妥当な考え方であるということができる。また,国際間取引の影響下にある各国の国内金融市場の間で金利等に格差が存在していたとしても,その格差は,裁定取引によって解消され,一定の金利水準等に収斂するのが通常であること(<証拠省略>)からすると,同一通貨の同一条件による金融取引である限り,各市場における金利水準等は,ほぼ同一であると考えることができるのであるから,金融市場の違いを殊更に強調する必要もないものというべきである。したがって,被告の想定する比較対象取引には本件各貸付との比較可能性が認められるから,原告の主張は理由がない。
ウ 次に,被告の想定する比較対象取引は,本件各貸付が固定金利,年1回1年ごとの利息後払,元本は貸付の4年後から1年ごとに7回に分けて均等に返済するという融資取引であることから,同一通貨であるタイバーツの同一金額の元本について,これを当初の約定に決められた返済期間・返済金額に応じて7口に分け,7口それぞれについて貸付日からの返済期間に応じた固定金利を付し,これを基に年1回1年ごとに後払で支払われるそれぞれの利息の額を計算したものである。したがって,本件各貸付と被告の想定する比較対象取引とは,通貨,貸付時期,貸付金額,貸付期間,金利の設定方式及び利払方法において同一であり,比較可能性が認められる。原告の主張のうち,貸出期間及び貸出方式が異なるとの主張は,被告の想定する比較対象取引の内容を誤解しているとしか考えられず,理由がない。
また,被告の想定する比較対象取引は,借手(訴外子会社)の信用力について,訴外子会社は,設立後間もなく,金融機関等からの借入実清がないことから,少なくとも原告の信用力を上回ることはないとの前提で,原告の信用力を基に金利(スプレッド)を算定しており,謙抑的な想定として合理性が認められる。原告は,原告の訴外子会社に対する信用度は100%であり,これと異なる信用力を想定した取引には本件各貸付との比較可能性がない旨を主張する。しかしながら,原告のいう100%の信用度というのはまさに原告と訴外子会社との「特殊の関係」に由来するものであり,原告の主張は,そのような「特殊の関係」と同様の関係を,比較対象取引の当事者である非関連者間にも求めようとするものにほかならないから,理由のない主張というべきである。
エ 原告は,被告の主張する利率は推定値であるところ,措置法66条の4第2項において推定値を用いることは違法であり,また,被告の主張するような利率を用いた取引が実際に存在したかは疑問であると主張する。
仮想の取引を比較対象取引とする場合,推定的要素が介入することを否定することはできないが,前述のとおり,措置法66条の4第2項の解釈として,国外関連取引と比較可能な非関連者間の取引が実在しない場合で,市場価格等の客観的かつ現実的な指標により国外関連取引と比較可能な取引を想定することができるときは,そのような仮想取引を比較対象取引として独立企業間価格の算定を行うことも,同項1号ニの「準ずる方法」及び同項2号ロのこれと「同等の方法」として許容されていると解されるのであるから,推定値を用いること自体が直ちに違法となるものではない。原告は法人税法131条や措置法66条の4第7項との関係を指摘するが,推計的認定を許容するという点で措置法66条の4第2項は法人税法131条の特則と解することができるし,また,措置法66条の4第7項は,同条2項1号ロ若しくはハの方法又は同項2号イに掲げるこれらの方法と同等の方法によって独立企業間価格を推定する場合の規定であり,同項1号ニ及び同項2号ロの規定による場合とは適用場面が異なるのであるから,いずれの指摘も理由のあるものとはいえない。
また,後記のとおり,被告の主張する利率は現実性のある合理的なものと認められるから,実際にその利率を用いた取引が存在したとまでは断定できないにせよ,現実にあり得る利率として本件各貸付との比較可能性を認めることができるというべきである。
オ 以上のほか,被告の想定する比較対象取引と本件各貸付との比較可能性を阻害する要因は見当たらず,被告の想定する比較対象取引は,措置法66条の4第2項2号ロの算定方法に適合的なものということができる(被告の想定する取引の融資取引としての合理性については,後記(3)及び(4)で検討するとおりである。)。
(3) 融資形態としての合理性について
ア 被告の想定する融資取引の形態は,スワップレートを調達金利とする長期固定金利でのスプレッド融資であり,「スワップレートを調達金利とする」ということの意味を再度詳述すると,金融機関等が,ロンドン金融市場において,タイバーツを短期変動金利で調達するとともに,スワップレートによる金利スワップ取引を行うことで,実質的に長期固定金利の資金を調達したのと同様の債務状況とするということである。そして,前述のとおり,被告は,日本の市場金利を基準とした貸付行為を想定しているものと考えられることからすると,上記のスワップレートを調達金利とするスプレッド融資も,日本の金融機関等が行う融資を想定しているものと解することができる。
そこで,本件各貸付が行われた平成9,10年ころの日本において,上記のようなスワップレートを調達金利とするスプレッド融資が実際に行われていたかどうかが問題となる。そもそもそのような方式の長期固定金利貸付をどの金融機関等も行っていなかったということであれば,そのような仮想取引はもはや実在の取引に準ずる取引とはいえないと考えられるからである。
証拠によれば,日本における長期固定金利貸付の実情について,①「民間銀行の固定型ローンで金利に大きく影響するのは,長期金利の指標となる最新発行の10年物国債の流通利回りだ。」(平成15年7月13日付け『日本経済新聞』(<証拠省略>),②「金融機関は住宅ローン金利を国債利回りなどを参考に決めている。」(平成18年3月1日付け『日本経済新聞』(<証拠省略>)),③「長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りは3日,一時1.690%まで上昇。量的緩和解除を織り込み,上昇傾向にある。住宅ローンなどは長期金利を基準に改定しており,個人も金利上昇で借り入れ負担が増え始めた。」(平成18年3月4日付け『日本経済新聞』(<証拠省略>)),などとする新聞記事がある一方で,④「生命保険会社が長期貸出しの基準金利として長期プライム・レートの代りにスワップ・レートを使用するようになったりしてきています」(平成9年5月28日発行『スワップの価格はこうして決まる』(<証拠省略>)),⑤「最近では,金利スワップ取引を用いた短期変動金利取引と長期固定金利取引の交換等を通じて,企業の多様な借入ニーズに応えた貸出金利の設定も可能になっている。」(平成15年7月23日発行『図説わが国の銀行(2003年版)』(<証拠省略>)),⑥「住宅ローンを含めた長期固定金利の貸出に対応して,都市銀行(都銀)等は円―円スワップの技法を使った調達手法を取り入れるようになった。」(『円―円スワップ』(<証拠省略>)),⑦「民間金融機関で10年を超す長期の固定金利住宅ローンが相次いで登場している。…。独自の長期固定商品は市場で調達資金の変動金利を固定金利に交換する金融派生商品(デリバティブ)などを活用して金利上昇リスクを抑えている。」(平成15年11月13日付け『日本経済新聞』(<証拠省略>)),⑧「融資利率 2年スワップレート+約1.25%/年(固定金利)」(平成16年10月4日付けの株式会社D銀行のニュースリリース(<証拠省略>)),⑨「固定金利(3,5,10年間)の基準金利 市場金利(円/円スワップレート)」(平成18年1月31日現在での株式会社E銀行のローン案内(<証拠省略>)),などとする文献や融資条件の実例等が存在するほか,⑩日本銀行の副総裁が,平成11年6月19日の証券経済学会全国大会で行った講演の中で,「わが国では,社債の金利は裸で表示されるか,金融期関間の調達金利であるスワップレートとの対比で表示されることが多いのです。」と述べ,スワップレートが金融機関間の調達金利であるとの認識を明らかにしていること(<証拠省略>),⑪日本銀行の審議委員が,平成12年9月29日の記者会見の中で,日本の市場金利の動向について,「スプレッド貸付のベースとなるTIBOR,スワップレートも0.1%前後上昇した。」と述べ,タイボー(東京市場における銀行間の短期貸出金利)とスワップレートがスプレッド貸付の基礎であるとの認識を明らかにしていること(<証拠省略>),⑫経済財政諮問会議が,平成14年5月に実施した民間金融機関アンケートに対して,「円スワップレート」が「民間金融機関の貸出コストレート」であることを前提とする回答があったこと(<証拠省略>)が認められる。これらによれば,日本における長期固定金利の主流は,最新発行の10年物国債の流通利回りを指標とするものであり,金利スワップ取引を用いた長期固定金利貸出という手法は比較的最近になって現れてきた手法であることが認められるものの,遅くとも平成9年ころには,一部に長期貸出の基準金利としてスワップレートを使用する例が見られ,平成11,12年ころには,スワップレートがスプレッド貸付の調達金利となるとの認識が,金融関係者の間で一般的となっていたことが認められる。そして,平成9年発行の前掲『スワップの価格はこうして決まる』(<証拠省略>)には,上記のような記載のほか,「米国のF本社に『長プラで貸出します』というと相手は何のことかわかりません。『円LIBORで貸出します』『円/円スワップのスワップ・レートは4.25%とさせていただきます』というと相手はそれなりの反応を示すはずです。」,「LIBORとスワップ・レートは期間こそ異なりますが,『金利の質』において同質なのです。」などの記述があることからすると,そのころにおいては,国際的には,ライボーを基準金利とする短期変動金利のスプレッド貸付と並んで,ライボーと等価値のスワップレートを基準金利とする長期固定金利のスプレッド貸付が一般的に行われていたことをうかがうことができる。そうすると,スワップレートを調達金利とする長期固定金利でのスプレッド融資は,本件各貸付が行われた平成9,10年ころの日本においても,経済的合理性のある貸付手法として十分に実在する余地のある取引であったというべきである。
また被告は,タイバーツの調達金利として,ロンドン金融市場におけるスワップレートを採用しているところ,このスワップレートは,実際に金融市場に提示されて金利スワップ取引の対象とされているレートであり(<証拠省略>),銀行間での各種通貨の調達金利はいずれの金融市場においてもほぼ同一水準となっているものと認められること(<証拠省略>)からすると,被告がタイバーツの調達金利として上記スワップレートを採用したことには合理性が認められる。
原告は,スワップ取引は,単に変動金利と固定金利とを交換する取引に過ぎず,法人税法上も,会計処理上も,金利と取り扱われていないとして,スワップレートによる融資取引を想定することの不合理性を主張する。しかしながら,被告の想定するスワップレートによる融資取引は,金利スワップ取引そのものではなく,金利スワップ取引によって調達した長期資金を貸し付ける取引であるから,原告の主張は前提において失当というべきである。
原告は,公正取引委員会が近時C銀行に対し行った独占禁止法違反による排除勧告の事例(<証拠省略>),を取り上げて,実務上,金融機関は,変動金利による長期貸付と同時に,顧客に金利スワップ取引を行わせることにより,実質的にスワップレートによる長期固定貸付を実現しているに過ぎず,スワップレートによる長期固定金利貸付が一般化されている事実はないと主張する。しかしながら,スワップレートによる長期固定金利貸付が一般的に行われていることは前述したとおりであり,上記のような排除勧告の一事例をもってこれを否定しようとする原告の主張は理由がない。
原告は,スワップレートは,予測能力の極めて低い先物的な金利であるインプライド・フォワード・レートを基に計算された金利であり,これを基準に長期固定金利貸付を行うことは合理性を欠き,そのような取引が一般化しているとは考えられないと主張する。しかしながら,スワップレートが本来予測値であることは否定できないとしても,前述したように,被告が採用したスワップレートは,実際に金融市場に提示されて金利スワップ取引の対象とされているレートであり,またこのような金利スワップ取引を利用した長期固定金利のスプレッド融資も,日本及び海外において現に行われているのであるから,理由のない主張というべきである(なお,前述の日本銀行の審議委員の「スプレッド貸付のベースとなるTIBOR,スワップレートも0.1%前後上昇した。」との発言についても,原告は,「スプレッド貸付のベースとなるタイボーとタイボーを基に計算されるスワップレートが上昇した」という趣旨を述べたのみと解釈するのが合理的であり,スワップレートがスプレッド貸付の基礎とされていることを示す趣旨ではないと主張するが,上記のとおり,スワップレートが,単に計算上の予測値にとどまらず,実際に金融市場に提示されて取引の対象とされている現実を無視した主張であり,失当といわざるを得ない。)。
原告は,被告の想定する取引は,短期変動金利建借入,長期固定金利建貸付,スワップ取引の順序を誤っており,不合理であると主張する。しかしながら,資金を短期変動金利で調達するとともに,スワップレートによる金利スワップ取引を行うことで,実質的に長期固定金利の資金を調達したのと同様の債務状況にするという説明は,取引の順序というよりも,金融市場で現実に交換可能な短期金利と長期金利の組合せを前提として貸出金利を決定するという取引の仕組みを述べたものというべきであり,それ自体は何ら不合理な内容ではないから,原告の主張は理由がない。
原告は,仮にスワップレートを適用するとすれば,本件各貸付の実際の貸付期間に対応するスワップレートを適用すべきであり,また,スプレッド融資の貸出期間は1年以内であり,金利は1,2,3,6か月ごとに見直すことになっているから,この見直し期間ごとに金利を付すべきであると主張する。しかしながら,本件各貸付には元本の繰上返済により当初の約定利率が遡って変更されるというような約定はなく(一般的にもそのような約定がなされる例はあまりないと思われる。),また,本件各貸付は長期固定金利貸付であるから,原告の主張は,比較対象取引と本件各貸付との比較可能性をむしろ阻害するものといわざるを得ず,理由がない。
イ 次に,被告の想定する融資取引の形態は,調達金利(スワップレート)に,日本の都市銀行が発表した新短期プライムレートからロンドン金融市場における円の短期調達金利である円ライボーを差し引いて算出したスプレッドを加算して,貸付金利とするものである。
前述したように,被告の想定する融資取引は親会社である原告の信用力を基準としたものであり,そのこと自体は謙抑性等の観点からして合理性が認められる。そして,原告が取引銀行から円建て融資を受ける際には新短期プライムレートが適用されていたものであるところ(当事者間に争いがない。),新短期プライムレートは,その銀行の総合的な資金調達コストに一定の利ざや(スプレッド)を上乗せしたものであり(前掲『図説わが国の銀行(2003年版)』(<証拠省略>)),観念的には,円の調達金利に相当する部分と,その余の事務経費等に相当する部分とに分けることが可能である。したがって,新短期プライムレートから円の調達金利に相当する部分を差し引いた残余の部分が,原告に対してスプレッド融資を行う場合のスプレッド(利ざや)に相当するということができる。
この場合の円の調達金利として,被告は円ライボーを採用しているところ,前述したように,銀行間での各種通貨の調達金利はいずれの金融市場においてもほぼ同一水準となっているものと認められることからすると,円ライボーを円の調達金利として採用することには合理性が認められる。したがって,被告の主張するスプレッドは,原告の信用力を基準とし,訴外子会社に対してスプレッド融資を行う場合のスプレッドとして,合理性のあるものというべきである。
原告は,原告の借入が実質的に全額担保付借入であったことを理由として,被告の主張するスプレッドの不合理性を主張する。しかしながら,原告に対し,実質的に全額担保付であることを前提として新短期プライムレートが適用されていたというのであれば,無担保の場合にはこれよりも高い金利が適用されていたはずであり,そうすると,上記の事情は,被告の主張するスプレッドについて,謙抑性の観点からする合理性をむしろ高める事情というべきであるから,原告の主張は理由がない。
ウ 原告は,取引の実態上,スプレッド融資は短期金利でしか行われておらず,長期固定金利貸付にスプレッド融資を想定するのは不合理であるとも主張するが,前述のとおり,国際的には,スワップレートを基準金利とする長期固定金利のスプレッド貸付が一般的に行われていることがうかがわれ,また,日本でも,同様の長期固定金利でのスプレッド融資が行われている例がみられるのであるから,原告の主張は前提を誤っており,失当である。
(4) 被告主張の金利によることの経済的合理性について
ア 原告は,本件各貸付において,2ないし3%の適正利息を徴収し,損がないにもかかわらず,被告のいうように10ないし19%もの利息を徴収しなければならないとするのは経済的合理性を欠くと主張する。
しかしながら,前述のとおり,本件各貸付における年2.5ないし3.0%という利率は,当時のタイ国内の商業銀行の預金利率の水準や,先物為替レートに基づく返済元利金の円換算額の計算結果に照らし,経済的合理性を欠いた極めて低率なものであるといわざるを得ない。
これに対し,被告の主張する金利は,これまで検討したように,市場金利に基づく合理的な計算方法によって算出されたものということができる上,算出結果としての年10.5ないし19.2%という数値も,前述のとおり,先物為替レートに基づく返済元利金の円換算額の計算結果では,元本を上回る金額の返済を期待できるという結果が出ているほか,平成9,10年当時のタイの中央銀行公定歩合が年12.5%であったこと(<証拠省略>),前述の米国の保険会社が当時タイ国内で行っていた期間5ないし10年の中長期ローンの金利が年12ないし14%であったこと(<証拠省略>),前述の原告の取締役会審議資料の中で訴外子会社が現地の金融機関から借り入れた場合の金利が年15ないし16%とされていたこと(<証拠省略>)などとの比較においても,不相当に高率なものとはいえず,合理的な範囲内の数値ということができる。
したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。
イ また原告は,仮に被告が計算するような金利で貸付が行われる例があるとしても,独立企業間においてはこれと異なる金利を設定することも十分考えられるから,被告の算出する金利を唯一の独立企業間価格として設定し課税を行うことには合理性がないと主張する。
しかしながら,課税庁側の主張する独立企業間価格の算定方法が措置法66条の4第2項の規定に適合し,これにより算出される独立企業間価格の数値にも合理性が認められる場合には,これよりも優れた算定方法が存在し,算出される数値にもより高い合理性が認められることについての主張・立証がない限り,課税庁側の主張する独立企業間価格に基づく課税について,これを違法ということはできないものというべきである。
本件においては,これまで検討したとおり,被告の主張する独立企業間価格の算定方法は措置法66条の4第2項の規定に適合するものということができ,また,これにより算出される独立企業間価格の数値にも合理性が認められる。これに対して,これよりも優れた算定方法が存在し,算出される数値にもより高い合理性が認められることについての主張・立証はないから,被告の主張する独立企業間価格に基づいて行われた本件各更正処分を違法ということはできない。
3 争点③(租税法律主義適合性)について
措置法66条の4第2項は,国外関連取引について,独立企業間価格の算定方法を規定するものであり,まず基本的な取引である棚卸資産の販売又は購入について,基本三法の内容を具体的に規定した上で,基本三法を用いることができない場合には,これに「準ずる方法」として,基本三法の考え方から乖離しない限度で合理的な方法を用いることができることを定め,次に棚卸資産の販売又は購入以外の取引について,以上の各方法と「同等の方法」として,それぞれの取引の類型に応じて,基本三法及びこれに「準ずる方法」と同様の方法を用いるべきことを定めるものである。以上の規定内容は,その文言から明確に読み取ることができ,租税法律主義(憲法84条)に違反する抽象的で不明確な条文ということはできない。
原告は,比較可能性や比較対象取引の実在性その他本来の独立価格比準法において必要とされる要件から逸脱して本件のような課税処分を行うこと自体が租税法律主義に反すると主張する。しかしながら,その主張の実質は,措置法66条の4第2項2号ロの規定の解釈適用の誤りをいうものであり,本件各更正処分において,同規定の解釈適用の誤りが認められないことはこれまで述べてきたとおりであるから,原告の主張は理由がない。
また原告は,税務行政監察の結果を援用して,本件各貸付時において,国税当局が独立企業間価格の個別具体の算定方法を納税者に対して明らかにしていなかったことが違法であると主張するものとも解される。しかしながら,措置法の定めが租税法律主義に違反するとはいえないことは前示のとおりであるのみならず,措置法その他の法令において独立企業間価格の具体的な算定方法を定め,公開すべきことを求める規定も存在しないのであるから,原告の主張を採用することはできない。原告が依拠する税務行政監察の結果は,適正な申告の一層の確保という妥当性の観点から勧告をしたものであって,違法性の問題とまでとらえることはできないものというべきである。
4 争点④(理由の適法性)について
原告が提出した本件各事業年度の法人税の確定申告書は青色申告書であるから(<証拠省略>),法人税法130条2項の規定により,本件更正通知書には更正の理由を付記しなければならないところ,この場合の理由付記の程度については,帳簿書類の記載自体を否認して更正処分をする場合には,単に更正処分に係る勘定科目とその金額を示すだけでなく,そのような更正処分をした根拠を帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示することによって具体的に明示することを要するが,帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正処分をする場合には,付記された理由が,そのような更正処分をした根拠について帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示するというものでないとしても,処分庁の恣意の抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り,理由の付記として欠けるものではないと解される(最高裁第三小法廷昭和60年4月23日判決・民集39巻3号850頁)。そして,本件各更正処分は,原告の帳簿書類の記載内容の否認を理由とするものではなく,訴外子会社に対する貸付金の利率を独立企業間価格に基づいて算定すべきであるという法的評価の違いを理由とするものであって,後者の場合に当たるから,その理由付記の適否については,処分庁の恣意の抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的な理由が付記されているかどうかという観点から判断されるべきものである。この観点から考えてみると,本件更正通知書には,前記第2の4に適示した本件各貸付に係る独立企業間価格の算定方法に関する被告の主張と概ね同様の理由が記載されており(<証拠省略>),これにより上記の理由付記の趣旨目的は達せられているものということができるから,本件各更正処分は,法人税法130条2項の求める理由付記に欠けるところはないというべきである。
原告は,被告の採用した算定方法の適法性,計算根拠等について何ら説明がされておらず,貸主である金融機関等の特定もされていないと主張するが,これらは結局理由の当否の問題であって,理由付記の程度としては本件更正通知書における記載の程度で十分というべきである。「スプレッド」「スワップレート」「ライボー」等の用語について説明がされていないとする点も,原告の知不知にかかわらず,これらの用語の概念自体は明碓であるから,理由付記の程度としては欠けるところがないといえる。
「貴社が当該貸付と同様な条件の下で金融機関等から借入れた場合に付されるであろう利率を比較対象取引とする独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法を適用しました。」との記載部分についても,原告を借手と想定したかのように誤解されかねない表現であることは否定できないが,原告の信用力に基づき算定される利率を適用したとの意にも解せないではなく,本件各更正処分自体を理由不備を理由に違法とするまでの瑕疵とはいえない。
5 まとめ
以上によれば,本件各更正処分の違法をいう原告の主張はいずれも理由がなく,本件各更正処分は適法であり,これに基づく本件各賦課決定処分も適法である。
第4結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 鶴岡稔彦 古田孝夫 潮海二郎)
(別紙)
関係法令等の定め
第1 租税特別措置法(平成13年3月30日法律第7号による改正前のもの。後記第2において「法」,後記第3において「措置法」という。)
(国外関連者との取引に係る課税の特例)
第66条の4 法人が,昭和61年4月1日以後に開始する各事業年度において,当該法人に係る国外関連者(外国法人で,当該法人との間にいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式の総数又は出資金額の100分の50以上の株式の数又は出資の金額を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める特殊の関係(以下この条において「特殊の関係」という。)のあるものをいう。以下この条において同じ。)との間で資産の販売,資産の購入,役務の提供その他の取引を行った場合に,当該取引(当該国外関連者が法人税法第141条第1号から第3号までに掲げる外国法人のいずれに該当するかに応じ,当該国外関連者のこれらの号に掲げる国内源泉所得に係る取引のうち政令で定めるものを除く。以下この条において「国外関連取引」という。)につき,当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき,又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは,当該法人の当該事業年度の所得及び解散(合併による解散を除く。以下この条において同じ。)による清算所得(清算所得に対する法人税を課される法人の清算中の事業年度の所得及び同法第103条第1項第2号の規定により解散による清算所得とみなされる金額を含む。第7項において同じ。)に係る同法その他法人税に関する法令の規定の適用については,当該国外関連取引は,独立企業間価格で行われたものとみなす。
2 前項に規定する独立企業間価格とは,国外関連取引が次の各号に掲げる取引のいずれに該当するかに応じ当該各号に掲げる方法により算定した金額をいう。
一 法人税法第2条第21号に規定する棚卸資産(以下この項において「棚卸資産」という。)の販売又は購入 次に掲げる方法(ニに掲げる方法は,イからハまでに掲げる方法を用いることができない場合に限り,用いることができる。)
イ 独立価格比準法(特殊の関係にない売手と買手が,国外関連取引に係る棚卸資産と同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階,取引数量その他が同様の状況の下で売買した取引の対価の額(当該同種の棚卸資産を当該国外関連取引と取引段階,取引数量その他に差異のある状況の下で売買した取引がある場合において,その差異により生じる対価の額の差を調整できるときは,その調整を行った後の対価の額を含む。)に相当する金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
ロ 再販売価格基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の買手が特殊の関係にない者に対して当該棚卸資産を販売した対価の額(以下この項において「再販売価格」という。)から通常の利潤の額(当該再販売価格に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を控除して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
ハ 原価基準法(国外関連取引に係る棚卸資産の売手の購入,製造その他の行為による取得の原価の額に通常の利潤の額(当該原価の額に政令で定める通常の利益率を乗じて計算した金額をいう。)を加算して計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法をいう。)
ニ イからハまでに掲げる方法に準ずる方法その他政令で定める方法
二 前号に掲げる取引以外の取引 次に掲げる方法(ロに掲げる方法は,イに掲げる方法を用いることができない場合に限り,用いることができる。)
イ 前号イからハまでに掲げる方法と同等の方法
ロ 前号ニに掲げる方法と同等の方法
4 第1項の規定の適用がある場合における国外関連取引の対価の額と当該国外関連取引に係る同項に規定する独立企業間価格との差額(寄附金の額に該当するものを除く。)は,法人の各事業年度の所得の金額(法人税法第102条第1項第1号に規定する所得の金額を含む。)の計算上,損金の額に算入しない。
7 国税庁の当該職員又は法人の納税地の所轄税務署若しくは所轄国税局の当該職員が,法人にその各事業年度における国外関連取引に係る第1項に規定する独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類若しくは帳簿又はこれらの写しの提示又は提出を求めた場合において,当該法人がこれらを遅滞なく提示し,又は提出しなかったときは,税務署長は,当該法人の当該国外関連取引に係る事業と同種の事業を営む法人で事業規模その他の事業の内容が類似するものの当該事業に係る売上総利益率又はこれに準ずる割合として政令で定める割合を基礎として第2項第1号ロ若しくはハに掲げる方法又は同項第2号イに掲げるこれらの方法と同等の方法により算定した金額を当該独立企業間価格と推定して,当該法人の当該事業年度の所得の金額若しくは法人税法第2条第20号に規定する欠損金額又は解散による清算所得の金額につき同条第43号に規定する更正(第16項において「更正」という。)又は同条第44号に規定する決定(第16項において「決定」という。)をすることができる。
20 外国法人が国外関連者に該当するかどうかの判定に関する事項その他第1項から第7項までの規定の適用に関し必要な事項は,政令で定める。
第2 租税特別措置法施行令(平成13年3月30日政令第141号による改正前のもの)
(国外関連者との取引に係る課税の特例)
第39条の12 法第66条の4第1項に規定する政令で定める特殊の関係は,次に掲げる関係とする。
一 2の法人のいずれか一方の法人が他方の法人の発行済株式の総数又は出資金額(以下この条において「発行済株式等」という。)の100分の50以上の株式の数又は出資の金額を直接又は間接に保有する関係
8 法第66条の4第2項第1号ニに規定する政令で定める方法は,国外関連取引に係る棚卸資産の同条第1項の法人又は当該法人に係る同項に規定する国外関連者による購入,製造,販売その他の行為に係る所得が,当該棚卸資産に係るこれらの行為のためにこれらの者が支出した費用の額,使用した固定資産の価額その他これらの者が当該所得の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因に応じて当該法人及び当該国外関連者に帰属するものとして計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法とする。
14 法第66条の4第1項,第2項第1号イ若しくはロ若しくは第6項の規定又は第6項の規定を適用する場合において,これらの規定に規定する特殊の関係が存在するかどうかの判定は,それぞれの取引が行われた時の現況によるものとする。
第3 租税特別措置法関係通達(法人税編)(平成16年12月20日課法2-14他による改正前のもの)(平成12年9月8日課法2-13により新設)
(金銭の貸付け又は借入れの取扱い)
66の4(5)-4 金銭の貸借取引について独立価格比準法と同等の方法又は原価基準法と同等の方法を適用する場合には,比較対象取引に係る通貨が国外関連取引に係る通貨と同一であり,かつ,比較対象取引における貸借時期,貸借期間,金利の設定方式(固定又は変動,単利又は複利等の金利の設定方式をいう。),利払方法(前払い,後払い等の利払方法をいう。),借手の信用力,担保及び保証の有無その他の利率に影響を与える諸要因が国外関連取引と同様であることを要することに留意する。
(注) 独立価格比準法と同等の方法又は原価基準法と同等の方法が適用できない場合には,例えば,国外関連取引の借手が銀行等から当該国外関連取引と同様の条件の下で借り入れたとした場合に付されるであろう利率を比較対象取引における利率として,措置法第66条の4第2項第2号ロに掲げる方法により,独立企業間価格を算定することができる。
以上