東京地方裁判所 平成15年(行ウ)635号 判決 2004年9月14日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告が平成12年6月26日付けでした原告の平成10年分の特別区民税及び都民税の変更処分のうち、納付すべき税額4000円(特別区民税3000円、都民税1000円)を超える部分が無効であることを確認する。
2 被告が平成12年6月26日付けでした原告の平成11年分の特別区民税及び都民税の変更処分うち、納付すべき税額4000円(特別区民税3000円、都民税1000円)を超える部分が無効であることを確認する。
第2事案の概要
本件は、原告の平成10年及び11年分の特別区民税及び都民税について、被告が、事実上の婚姻関係にあっても婚姻の届出をしていない者は医療費控除、配偶者控除及び配偶者特別控除における「配偶者」に該当しないとして、当初賦課した税額を増額する変更処分を行ったことから、原告が、事実上の婚姻関係にある者も上記「配偶者」に含まれると主張し、同処分の無効確認を求めた事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲げない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認定できる事実である。)
(1) 原告は、昭和48年1月28日以来、東京都板橋区に住所を有している者であり、A(大正▲年生まれ。以下「A」という。)は、原告と事実上の婚姻関係にあり、原告と生計を一にしているが、婚姻の届出をしていない者である。
(2) 原告は、平成10年3月9日、被告に対し、Aを医療費控除(地方税法34条1項2号、314条の2第1項2号)、配偶者控除(同法34条1項10号、314条の2第1項10号)及び配偶者特別控除(同法34条1項10号の2、314条の2第1項10号の2、以下これらの各控除を併せて「配偶者控除等」という。)における「配偶者」として、平成10年分の特別区民税及び都民税の申告書を提出した(乙2)。
被告は、平成10年6月23日、原告の申告書に基づき、原告の平成10年分の特別区民税及び都民税として、特別区民税3000円及び都民税1000円を賦課決定し、原告に納税通知書を交付した。
(3) 原告は、平成11年3月10日、被告に対し、Aを配偶者控除等における「配偶者」として、平成11年分の特別区民税及び都民税の申告書を提出した(乙4)。
被告は、平成11年6月10日、原告の申告書に基づき、原告の平成11年分の特別区民税及び都民税として、特別区民税3000円及び都民税1000円を賦課決定し、原告に納税通知書を交付した。
(4) 被告は、Aが配偶者控除等における「配偶者」に該当しないとして、平成12年6月26日、原告の平成10年分の特別区民税及び都民税について、これを特別区民税1万4100円、都民税8400円に増額変更する賦課決定並びに平成11年分の特別区民税及び都民税について、これを特別区民税2万1600円、都民税1万3400円に増額変更する賦課決定(以下平成10年分及び平成11年分の各変更処分を併せて「本件各処分」という。)をした。そして、被告が主張する税額計算の根拠は次のとおりである(乙1ないし5、8及び9)。
ア 平成10年分の特別区民税及び都民税
(ア) 総所得金額 161万9475円
(イ) 所得控除額
a 社会保険料控除 5万1480円
b 生命保険料控除 3万5000円
c 損害保険料控除 1万0000円
d 老年者控除 48万0000円
e 基礎控除 33万0000円
f 合計 90万6480円
(ウ) 課税総所得金額 71万2000円
(エ) 特別区民税 1万4100円
a 所得割額 1万1100円
(ただし、税額控除前の所得割額2万1300円から平成10年度特別減税1万0200円を控除した残額。)
b 均等割額 3000円
(オ) 都民税 8400円
a 所得割額 7400円
(ただし、税額控除前の所得割額1万4200円から平成10年度特別減税6800円を控除した残額。)
b 均等割額 1000円
イ 平成11年分の特別区民税及び都民税
(ア) 総所得金額 164万7723円
(イ) 所得控除額
a 社会保険料控除 5万9680円
b 生命保険料控除 3万5000円
c 損害保険料控除 1万0000円
d 老年者控除 48万0000円
e 基礎控除 33万0000円
f 合計 91万4680円
(ウ) 課税総所得金額 73万3000円
(エ) 特別区民税 2万1600円
a 所得割額 1万8600円
(ただし、税額控除前の所得割額2万1900円から定率による税額3300円を控除した残額。)
b 均等割額 3000円
(オ) 都民税 1万3400円
a 所得割額 1万2400円
(ただし、税額控除前の所得割額1万4600円から定率による税額2200円を控除した残額。)
b 均等割額 1000円
(5) 原告は、平成12年7月21日、被告に対し、本件各処分に対する異議を申し立て、被告は、同年8月14日、同申立てを棄却した。
(6) 原告は、平成15年12月1日、本件各処分の無効確認を求める本件訴えを提起した。
2 争点
本件の争点は、地方税法上の配偶者控除等における「配偶者」には、納税義務者と事実上の婚姻関係にある者が含まれ、その結果、事実上の婚姻関係にある者について配偶者控除等を行わなかった本件各処分に重大かつ明白な瑕疵が存することになるかである。争点に関する各当事者の主張は、以下のとおりである。
(1) 原告の主張
原告は、昭和25年以来、Aと事実上の婚姻生活を営み、生計を一にしている。原告が婚姻の届出をしなかったのは、原告とAの双方に家の継承という、姓を変更することのできない事情があったためである。被告は、原告の生活環境を何ら調査することなく、ただ婚姻の届出をしていないとの理由でAを配偶者控除等の対象から除外した。事実上の婚姻は、多くの場面で法律上の婚姻と同様に扱われており、配偶者控除等においても、同様に扱われるべきである。したがって、配偶者控除等における「配偶者」には、納税義務者と事実上の婚姻関係にある者も含まれると解すべきである。
原告の特別区民税及び都民税における課税総所得金額を算出するに当たっては、総所得金額から、前記1(4)のア及びイの各(イ)に加えて、平成10年分については101万0794円(医療費控除30万0794円、配偶者控除38万円、配偶者特別控除33万円)、平成11年分については83万1959円(医療費控除12万1959円、配偶者控除38万円、配偶者特別控除33万円)を控除すべきであり、これを行わなかった本件各処分には、重大かつ明白な瑕疵がある。
(2) 被告の主張
配偶者控除等を規定する地方税法は、「配偶者」の定義規定を置いていないから、配偶者控除等における「配偶者」は、身分関係の基本法たる民法に従い、婚姻の届出をした法律上の婚姻関係にある者を意味すると解すべきである。このことは、旧自治省の事務次官が各都道府県知事あてに発した「地方税法の施行に関する取扱いについて(市町村税関係)」(平成11年4月1日自治市第27号各都道府県知事あて事務次官通知)が、地方税法292条1項7号の配偶者には、いわゆる内縁の配偶者は含まれないとしていることからも明らかである。また、最高裁平成9年9月9日判決・訟務月報44巻6号1009頁は、所得税法83条及び83条の2にいう「配偶者」は、納税義務者と法律上の婚姻関係にある者に限られると判断しているが、所得税の税額計算と住民税の所得割額の算定とが連動していること(地方税法313条2項)等からすれば、所得税と住民税とを別異に解する理由はなく、この最高裁の判断は住民税についても当てはまるというべきである。したがって、配偶者控除等における「配偶者」には、納税義務者と事実上の婚姻関係があるにすぎない者は含まれず、配偶者控除等を行わなかった本件各処分には何ら瑕疵はない。
第3争点に対する判断
1 地方税法は、一定の要件の下に、配偶者を有する者について、配偶者控除等を認めている。同法は、ここでいう「配偶者」の定義規定を置いていないが、身分関係の基本法である民法は、婚姻の届出をすることによって婚姻の効力が生ずる旨を規定し(民法739条1項)、そのような法律上の婚姻をした者を配偶者と定めている(民法725条等)。そして、行政法規において、「配偶者」に事実上の婚姻関係にある者を含める場合には、その旨の規定が置かれるのが通例であり(国税徴収法75条1項1号、国民年金法5条6項、厚生年金保険法3条2項及び健康保険法3条7項1号等)、地方税法に関しても、同法施行令3条、33条、35条の5において、同趣旨の規定が置かれており、配偶者に事実上の婚姻関係にある者を含める場合には、その旨の定義規定を置くとの立法思想に立っているものと解されることに照らすと、そのような規定のない地方税法の配偶者控除等に関する各規定においては、事実上の婚姻を法律上の婚姻と同様には取り扱わない趣旨であると考えられる。したがって、地方税法上の配偶者控除等における「配偶者」は、納税義務者と法律上の婚姻関係にある者に限られ、婚姻の届出をしていない事実上の婚姻関係があるにすぎない者は含まれないと解するのが相当である。
なお、原告も主張するとおり、事実上の婚姻は、法律上の婚姻に準じて扱われることもあるが、それでもなお事実上の婚姻には、民法732条ないし736条に定める婚姻障碍の規定の適用がなく、また事実上の配偶者には相続権が認められないなど、すべての法律関係において全く同様に扱われることまでは認められていない。配偶者控除等における「配偶者」に事実上の婚姻関係にある者を含めることは、立法論としては考慮に値するものであるとしても、租税法律主義により所得控除の要件を含む課税要件の明確性が求められる地方税においては、その旨の規定がない以上、解釈論としては無理であるといわざるを得ない。
そうすると、原告の平成10年及び平成11年分の特別区民税及び都民税について、原告と事実上の婚姻関係があるにすぎないAについて配偶者控除等をすることはできないものというべきである。
2 よって、原告の平成10年及び平成11年分の特別区民税及び都民税の所得控除額は、前記第2の1(4)のア及びイの各(イ)のとおりであり、特別区民税額及び都民税額は、前記第2の1(4)のア及びイの各(エ)及び(オ)のとおりであるということができ、これと同額の本件各処分には何ら瑕疵はない。
第4結論
以上の次第で、本件各請求は、いずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 新谷祐子 裁判官 今井理)