東京地方裁判所 平成15年(行ウ)639号 判決 2004年10月22日
原告
X
被告
東京都知事 石原慎太郎
指定代理人
小嶋稔
柏徹
島田良治
寺田学生
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3 当裁判所の判断
1 争点1について
(1) 被告は、本件決定により非開示とされた記事欄の生徒欄については、既に平成14年決定に基づいて原告に対して開示しており、その結果、原告は、本件条例に基づく情報公開請求手続により必要な情報に接触する機会を与えられ、既に公開の利益を受けたものであるから、本件訴訟の終局の目的である本件文書の公開は、既に達成され、本件決定の取消しを求める法律上の利益は存在しない旨主張する。
(2) しかし、本件条例は、公文書の開示請求について、実施機関において、東京都の区域に住所を有する開示請求者から、所定の方法による公文書の開示請求がされた場合には、所定の非開示情報が記録されていると認められない限り、開示決定をしなければならない(同条例7条)とするとともに、開示請求者が、開示決定の対象とされた公文書について、所定の手数料を納付することにより、閲覧又は写しの交付等の方法により、公文書の開示を受けられるものとしている(同条例16条、17条)。そして、同条例は、当該文書に記載された情報の知・不知や過去の開示決定の有無、回数等により制限する規定を設けておらず、また、過去に当該公文書の開示を受けて閲覧できた者であっても、当然にその後も、引き続いてその内容の全てを記憶し又は情報として保有しているというわけではない。
これらのことからすれば、本件条例は、当該請求者が過去に同一文書について開示を受けた事実がある場合であっても、権利の濫用に当たるなどの特段の事情が認められるときは格別、原則として、同一人が同一文書について、本件条例に基づいて再度開示請求をすることは許されないとする仕組みを採っていないというべきである。
そうであるとすれば、本件において、原告が過去に本件文書について開示決定を受け、閲覧又は謄写をしたことが認められるとしても、本件開示請求は、それとは別個の請求であり、本件開示請求が、嫌がらせ目的等の権利濫用に当たると認めるべき事情も存しない以上、原告において、本件不開示部分の取消しを求める利益があるものと認めるのが相当である。
したがって、被告の本案前の抗弁は理由がない。
2 争点2について
(1) 本件専門校の事業の目的・内容及び本件生徒日誌の意義・役割等
〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、本件専門校の事業の目的・内容及び本件生徒日誌の意義・役割等は、以下のとおりであると認められる。
ア 本件専門校は、職業能力開発促進法に基づき設置された職業能力開発校として、労働者に対し、職業に必要な技能及びこれに関する知識を習得させることにより、労働者としての能力を開発し、向上させるため、訓練科目ごとに、職業訓練指導員免許を有する職員及び東京都非常勤講師を配置して、職業訓練を行っている。この職業訓練は、主として求職者を対象に、産業界において求められる実践的な知識技能の習得等を可能にし、就業に結びつけることを目的とするものであるが、本件専門校を含む東京都の技術専門校においては、生徒の職業人としての意識を醸成するため、知識・技能の付与に係る指導にとどまらず、指導訓練の全過程を通じて幅広い指導を実施している。
イ 本件生徒日誌は、本件専門校における職業訓練・指導の一環として作成されているもので、その記事欄には、日々の訓練終了後、当番の生徒によって、講義や実習等の訓練、諸行事等についての感想や意見、要望、苦情、相談のほか、病状や抱えている問題等の個人的事情等、さまざまな事項が自由に記載され、担当の指導員と生徒間の意思疎通の重要な手段となっている。
このような本件生徒日誌は、担当の指導員にとっては、生徒の訓練内容の理解・習熟の程度、状況や指導上の問題点・留意点等を把握するための重要な資料となるほか、校長、東京都の職業能力開発校の担当課長等にとっては、指導員からの報告だけでなく、生徒の生の声が記載されている本件生徒日誌の供覧を通じ、訓練科目の進捗状況や生徒の理解・習熟度等をできるだけ把握するための資料となり、ひいては円滑かつ効果的な訓練等の事業運営の実現に資するものと位置付けられている。
他方、生徒にとっても、本件生徒日誌を当番制で記載するものとされていることは、責任感や協調性等、職業人に求められる意識や資質を涵養する一助となっている。本件生徒日誌は、本件専門校の事務室に保管され、クラス内の生徒には、閲覧が認められており、これらの生徒がお互いに意思疎通や情報交換等を通じて理解や連帯感を深め、訓練の過程で生ずる問題点の共有や解決に向けた協力を行うという見地からも有用なものとなっている。
(2) 本件条例7条6号の該当性
以上のような本件専門校の事業の目的、本件生徒日誌の記載の意義・役割等にかんがみると、本件生徒日誌の記事欄の生徒欄については、その性質上、生徒によって、できる限り積極的に自由かつ率直な記載が行われることが重要であるというべきであり、これをクラス外の第三者に開示することを認めた場合には、生徒の中に、意見、感想、苦情や悩みその他の相談事項等を記載することを相当程度控える者が生じる可能性があることは、容易に推認されるところである。
そして、生徒に対しこのような萎縮効果が生じると、<1>外部講師や実習先の外部施設・企業等について、率直な意見を記載しにくくなることにより、今後の講師や実習先の選定に支障をきたすおそれがあること、<2>訓練についての理解・習熟度、本件専門校における悩み、指導員や訓練・指導方法等に対する不満・要望、病気等の個人的事情を記載しにくくなることにより、本件専門校内での問題点の把握と適切な指導に支障をきたすおそれがあること、<3>校長や東京都の職業能力開発校の担当課長等においても、授業内容の理解度や進捗状況、指導員による指導方法の適否等、あらゆる訓練や本件専門校に関する問題点の把握が困難になり、適切な訓練や対応に支障をきたすおそれがあること等、本件専門校の適正な事業に支障を生ずるおそれがあるものと認められる。
また、本件生徒日誌の記事欄の生徒欄をクラス外の第三者に開示することを認めた場合、記事欄の生徒欄で批判の対象とされた外部講師や実習先との間で誤解を生じ、外部講師や実習先の円滑かつ適切な選定に支障をきたすおそれも認められる。
したがって、本件生徒日誌の記事欄の生徒欄を開示した場合、今後の専門校事業の適正な執行に支障を及ぼすおそれがあるというべきである。
(3)ア 原告は、本件生徒日誌は、その保管状況等からみて、機密性が低く、記事欄の生徒欄について、深刻な悩み等の記載がされることは考え難く、その内容がクラスの生徒から第三者に伝わる可能性もあること等から、不開示とする必要はない旨主張する。
しかしながら、本件生徒日誌が、その保管状況等からみて、クラス外の生徒によって事実上閲覧される可能性があり、記事欄の生徒欄の内容を知った生徒から、クラス外の第三者に対してその内容が伝わる可能性があるとしても、その範囲は、本件条例によってクラス外の第三者に開示される場合に比べれば、情報が伝わる範囲は格段に限定されたものにとどまるうえ、本件専門校において、そのような行為や結果を積極的に容認していたものではないから、上記事実上の可能性があるからといって、記事欄の生徒欄を直接クラス外の第三者に開示すべきであるということにはならない。
また、もともと記事欄の生徒欄に深刻な悩みが記載される頻度が少なく、平素当たり障りのない記載例が多いとしても、同欄への記載の有無・内容は、当番として記入する生徒の性格等の個人差やその時々の事情等に応じて一様とはいえず、先にみた本件専門校の事業目的や本件生徒日誌の意義・役割等にかんがみると、同欄は、広く生徒にとって、必要な場合に、可能な限り自由に記載することができるものであることが求められるというべきである。
ところが、記事欄の生徒欄がクラス外の第三者に対して開示された場合には、その記載に慎重になる生徒が生じることは想像に難くなく、本件専門校の生徒の中に、第三者に知られたくない悩みや相談等の事項を記載しない傾向が一層強まることは否定できないところである。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
イ 原告は、被告が、過去に、本件専門校を含む技術専門校の生徒日誌(生徒名を除く)を全部開示する旨の決定をしたことがあり、その後本件生徒日誌の記事欄に病気について記載した生徒もいること、他県の知事が技術専門校の生徒日誌の記事欄の生徒欄に相当する部分を開示した例があること等から、本件生徒日誌の記事欄の生徒欄を開示しても、萎縮効果を生じるはずがない旨主張する。
しかしながら、本件決定のうち記事欄の生徒欄を不開示とした部分が適法か否かは、本件決定の時点において、同欄を開示することとした場合に、萎縮効果を生じ、将来の適正な事業の支障を生ずるおそれがあるか否かによって判断されるものであり、そのおそれの有無は、本件生徒日誌の性質等から一般的かつ客観的に判断されるべきものであって、開示を認めても萎縮することなく記載する生徒が存在するとしても、そのことから、一般的に萎縮の効果が及ぶことまでも否定することはできないから、原告の主張は採用できない。
ウ 原告は、開示による萎縮効果や外部の講師、実習先の施設等との関係での弊害は、記入者や講師、実習先の施設等の匿名性を守ることにより防止することができるから、記事欄の生徒欄の記載については、これらの匿名性を守るのに必要な限度で不開示とすれば足り、その余は、本件条例8条1項の規定に基づき部分開示すべきである旨主張する。
しかしながら、一般に、開示請求者の保有する情報には差異があり、たとえ記入者の氏名を不開示としたとしても、開示された情報の内容及び開示請求者と記入者との関係等によっては、開示請求者において、他の情報と総合することにより記入者を特定し得る場合も考えられるところ、開示・不開示の決定に当たって、このような開示請求者の属性等について考慮することは困難といわざるを得ない。また、外部の講師や実習先の施設等との関係についてみても、講師や施設等の名を不開示としても、生徒日誌の作成時期や他の欄の記載から講師名や企業名が特定される場合も十分考えられる。
そうであるとすれば、本件生徒日誌の記事欄の生徒欄については、これを部分的にせよ開示した場合には、やはり「事業の適正な執行に支障を及ぼすおそれ」があると認められるから、本件決定が、同欄の全体について不開示としたことは、部分開示について規定した本件条例8条1項に反するものではないというべきである。
エ 原告は、本件専門校においてこれまで適正な職務の執行が行われていなかったから、本件条例7条6号の適用の前提を欠く旨主張するが、過去の職務の執行の適否が直ちに将来の適正な事業の執行のおそれの有無の判断を左右するものではないから、原告の主張は失当である。
3 結論
以上によれば、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 関口剛弘 丹羽敦子)