東京地方裁判所 平成15年(行ウ)97号 判決 2003年9月19日
原告
甲
被告
渋谷税務署長事務承継者
麻布税務署長 新居克秀
指定代理人
石川さおり
中村芳一
髙木光男
戸田信之
後藤勇
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
渋谷税務署長が平成13年12月25日付けで原告に対してした平成12年分の所得税の更正処分のうち、分離長期譲渡所得が0円を超え、還付金の額に相当する税額11万5706円を納付すべき税額215万1900円とした部分及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも平成14年5月16日付けの異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告の平成12年分の所得税の申告に対して被告が平成13年12月25日付けで更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分を行ったため、原告が、被告に対し、上記申告に係る分離長期譲渡所得の金額の計算において、昭和55年法律第9号による改正前の租税特別措置法(以下「措置法」という。)37条の3第1項1号が適用されて取得費が算出されることを知らなかったなどと主張して、両処分(ただし、いずれも平成14年5月16日付けの異議決定により一部取り消された後のもの。以下、「本件更正処分」又は「本件賦課決定処分」といい、これらを合わせて「本件各処分」という。)の取消しを求める事案である。
なお、原告が行った平成12年分の所得税の申告における<1>総所得金額、<2>分離課税の長期譲渡所得金額を算出するための収入金額、譲渡費用の額及び居住用財産の譲渡所得の特別控除額、<3>所得控除の合計額、<4>課税総所得金額並びに<5>納付すべき税額のうち、課税総所得金額に対する税額及び定率減税額については、被告も、本件各処分において、申告と同額であると認めており、争いのある部分は、<6>分離課税の長期譲渡所得金額を算出するための取得費の額及び同長期譲渡所得金額のうちこれによって変動した部分並びに<7>納付すべき税額のうちの課税長期譲渡所得に対する税額のみである。
一 前提となる事実
末尾に証拠等を掲記した事実は、それにより容易に認定することのできる事実であり、証拠等を掲記しない事実は当事者間に争いがない事実である。
1 原告の父である乙(以下「乙」という。)は、昭和54年1月5日、東京都中央区銀座所在の家屋番号 番 の家屋及び同家屋に係る借地権をA株式会社に6500万円で売却した(以下「昭和54年売買」という。)。昭和54年売買に伴い、地主に支払った借地権譲渡承諾料は500万円であり、当該売買の交渉にあたった弁護士への報酬は250万円、収入印紙代は3万円であり、これらの合計額は753万円であった。(以上につき、乙5、9及び弁論の全趣旨)
2 乙は、昭和55年5月30日、丙から横浜市青葉区あざみ野所在の宅地(以下「本件宅地」という。)を4350万円で購入した。この購入の際の仲介手数料は136万5000円であり、登記費用は39万7000円、不動産取得税は22万7430円、収入印紙は1万円であり、売買代金額を含めたこれらの合計額は4549万9430円であった。(以上につき、乙6、7、10の1ないし3及び弁論の全趣旨)
3(一) 乙は、昭和54年売買の所得の申告の際、本件宅地を買換え資産とし、特措法37条の特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例以下「事業用資産の買換え特例」という。)の適用を受けた。
(二) その際、豊島税務署職員によって作成された昭和56年7月29日付け取得価額引継整理票(以下「本件整理票」という。)には、以下のとおり記載されている(乙8)。
(1) 下から2段目の「特例適用条文」の欄
「措法37条」
(2) 最下段の「作成の基となった簿書名」の欄
「54年分確認調査書」
(3) 中段の「取得価額が引き継がれた資産(譲渡資産)」欄中の「譲渡価額」の欄
「65,000,000円」
(4) 中段の「取得価額を引き継いだ資産(買換資産等)」欄中の「買換資産等の実際の取得価額等」の欄
「45,499,430円」
(5) 中段の「取得価額を引き継いだ資産(買換資産等)」欄中の「引き継いだ取得価額」の欄
「7,524,905円」
(6) 中段の「取得価額を引き継いだ資産(買換資産等)」欄中の「引き継いだ取得価額の計算根拠」の欄
<省略>
(三) なお、上記(二)の(1)は、昭和54年売買に係る譲渡所得について、事業用資産の買換え特例を適用したことを示すものである。上記(二)の(2)は、事業用資産の買換え特例の適用について、措置法37条の2第1項及び2項に該当する事情が生じた場合には義務的修正申告が予定されていることから、当該義務的修正申告に係る課税処理又は課税処理を要しないことについての確認調査を行った結果に基づき作成された調査書のことであり、本件整理票が当該調査書に基づいて作成されたことを示すものである。上記(二)の(3)は、事業用資産の買換え特例の適用対象である譲渡資産は、昭和54年売買に係る資産であり、当該資産の譲渡価額が6500万円であることを示すものである。上記(二)の(4)は、事業用資産の買換え特例の適用対象である買換え資産は、本件宅地であり、当該資産の実際の取得価額が4549万9430円であることを示すものである。上記(二)の(5)は、買換え特例により引き継いだ取得価額が752万4905円であることを示すものである。また、上記(二)の(6)のうち、「3,250,000」は、措置法31条の4第1項により、昭和54年売買に係る譲渡価額6500万円に100分の5を乗じて算出した取得費の金額であり、「7,500,000」は、昭和54年売買に係る譲渡費用の金額(ただし、正確な上記金額は、これに収入印紙代3万円を加算した753万円である。)であり、分子の数字は、本件宅地の実際の取得費であり、分母の数字は、昭和54年売買に係る譲渡価額である。(以上、弁論の全趣旨)
4 乙は、その後、本件宅地上に、家屋番号 番 の家屋(以下「本件家屋」という。)を建築費1715万7800円、設計料180万円及び登録免許税3万3700円を費やして建築した(弁論の全趣旨)。
5 原告は、乙の死去に伴い、本件宅地及び本件家屋を相続した(乙3、6、7)。
6 原告は、平成12年6月30日、本件宅地及び本件家屋を売買代金7400万円で売却した(以下「本件売買」という。)。その際の仲介手数料は239万4000円であり、収入印紙代は4万5000円であった(乙1の2)。
7 確定申告及び本件各処分等の経緯
(一) 原告は、平成13年3月12日、被告に対し、平成12年分の所得税につき、別表1のとおりの確定申告(以下「本件申告」という。)を行った(乙1の1)。
本件申告において、原告は、還付金に相当する税額を11万5706円とし、要旨次のとおりの記載がある本件売買の譲渡所得に係る「譲渡所得の内訳書(計算明細書)」と題する書面と、本件宅地及び本件家屋の取得に係る領収書等の写しを提出した(乙1の2)。
(1) 売却物件は、本件宅地及び本件家屋であり、本件宅地の地積は、242平方メートルである。
(2) 本件宅地は、昭和55年に丙から、4350万円で取得したものであり、これに建物の建築価額1600万円を加算し、建物の償却費相当額892万8000円を減算して算出した取得費の額は5057万2000円である。
(3) 本件土地の譲渡による収入金額は7400万円であり、これから、取得費5057万2000円、譲渡費用243万9000円及び特別控除額2098万9000円を減算して算出した譲渡所得金額は0円である。
(二) 渋谷税務署長は、本件申告に対し、本件宅地及び本件家屋については、原告が乙から相続したものであるため、所得税法60条1項により、原告が乙から引き続き所有していたものとみなされるとして、措置法37条の3第1項1号により引き継がれた本件宅地の所得費の金額が754万5905円(本件整理票においては、昭和54年売買における譲渡費用を前記のとおり3万円少なく算定しているため、「引き継いだ取得価額」も若干低く算出されていたため、これを正したものである。)になり、これに本件家屋の取得費の金額892万4106円を加算した1647万0011円が取得費の金額となり、分離課税の長期譲渡所得の金額が2509万0989円となるなどとして、別表2の3、別表2の2及び別表2のとおり算定し、これに別表3のとおり前記当事者間に争いのない項目を加算又は減算して、別表1のとおりの本件各処分を行った(更正処分等の経緯は、別表1のとおりである。)。
二 争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
1 争点1
原告が、乙が昭和54年売買に係る所得税の計算において事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らず、したがって、本件申告に係る平成12年分の所得税につき、本件宅地の取得費が措置法37条の3第1項1号の規定に従い計算されることを知らなかったこと、及びサラリーマンであって、わずかな収入で母親と姉の老後をみなければらないなどといった経済的事情があることにより、本件更正処分が違法となるか。
(一) 被告の主張
被告は、昭和54年売買に係る所得税が事業用資産の買換え特例の適用によりその一部が本件宅地に繰り延べられていたため、平成12年所得税の計算において、本件宅地の取得費を措置法37条の3第1項1号の規定に従って計算した上で本件更正処分を行ったのであるから、本件更正処分は適法である。
原告の主張する法律の不知及び原告の経済的事情については、いずれも、本件売買に係る譲渡所得の課税要件の成立に影響を与えるものではないので、本件更正処分の違法事由にはならない。
(二) 原告の主張
原告は、昭和55年2月から同年12月までの間、海外出張で日本に不在であり、帰国後も両親とは別居していたから、昭和54年売買には全く関与していなかった。そのため、原告は、乙が昭和54年売買の際に事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らず、したがって、本件申告に係る平成12年分の所得税において、本件宅地の取得費が措置法37条の3第1項1号の規定に従って計算されるべきことを知らなかったものである。加えるに、原告は、サラリーマンであって、収入がわずかである上、老母と姉の生活も支えなければならず、現在の経済事情は非常に苦しい。
これらのことを考慮すれば、数百万円の納税を命ずる本件更正処分は違法というべきである。
2 争点2
原告が、乙が事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らず、したがって、本件申告に係る平成12年分の所得税につき、本件宅地の取得費が措置法37条の3第1項1号の規定に従って計算されることを知らなかったことが、国税通則法65条4項所定の「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当し、過少申告加算税を賦課することが相当ではないといえるか。
(一) 被告の主張
原告が、本件申告当時、乙が事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らず、したがって、本件申告に係る平成12年分の所得税につき、本件宅地の取得費が措置法37条の3第1項1号の規定に従って計算されることを知らなかったとしても、それは、原告の事実関係の調査の不足及び法律の不知に起因するものである。しかも、原告の母は、昭和54年売買の際、事業用資産の買換え特例の適用を受けたことを認織していたのであるから、原告としては、母に問い合わせるなどして容易に事実を知り得たはずであり、このことからしても、本件申告がやむを得ない理由によるとの事情は存在しない。
したがって、国税通則法65条4項所定の「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当しないので、本件賦課決定処分は適法である。
(二) 原告の主張
原告は、本件申告当時、乙が事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らず、したがって、本件申告に係る平成12年分の所得税につき、本件宅地の取得費が措置法37条の3第1項1号の規定に従って計算されるべきことを知らなかったのであるから、国税通則法65条4項所定の「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当し、本件賦課決定処分は違法である。原告にとって、昭和54年売買の際、乙が事業用資産の買換え特例の適用を受けていたとは考えも及ばぬことであるから、本件売買の際に、母にその事実の有無を確認することなどあり得ないのであって、被告の主張は失当である。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 争点1について
1 措置法37条の3第1項1号は、事業用資産の買換え特例の規定の適用を受けた者が当該買換え資産を譲渡した場合において、譲渡所得の金額を計算するときの当該買換え資産の取得価額は、譲渡による収入金額が買換え資産の取得価額を超えるときは、当該譲渡した資産の取得価額及び譲渡費用の額の合計額のうち、その超える額に対応する部分以外の部分の額として政令で定めるところにより計算した金額とする旨規定している。そして、同規定を受けた租税特別措置法施行令25条の2第4項は、措置法37条1項1号に規定する超える金額に対応する部分の額として政令で定めるところにより計算した金額は、譲渡資産の取得価額及び譲渡費用の額の合計額に買換え資産の取得価額が譲渡資産の収入金額のうちに占める割合を乗じて計算した金額とする旨規定している。
本件では、乙は、昭和54年売買の所得税の申告において、本件宅地を買換え資産として、事業用資産の買換え特例の適用を受けたのであり、その際、豊島税務署職員によって作成された本件整理票には、前記「前提となる事実」3(二)及び(三)のとおりの内容が記載されていたのである。
そうすると、昭和54年売買に係る所得税が事業用資産の買換え特例の適用によりその一部が本件宅地に繰り延べられていることになるため、本件申告に係る平成12年分の所得税の計算における本件宅地の取得費は、措置法37条の3第1項1号、租税特別措置法施行令25条の2第4項の規定に従って計算しなければならないということになる。本件更正処分は、これに従い、措置法31条の4第1項本文により昭和54年売買による収入金額6500万円に5パーセントを乗じた金額である325万円と昭和54年売買による譲渡費用の金額である753万円とを合算した1078万円に、本件宅地の取得に要した金額である4549万9430円を昭和54年売買による収入金額6500万円で除した割合を乗じて、本件宅地の取得費の金額を754万6905円と算出している。そして、前記前提となる事実によれば、この取得費の金額に基づいて計算した分離課税の長期譲渡所得の金額は2509万円(1000円未満切捨て)となり、この場合に納付すべき税額は、弁論の全趣旨によれば215万1900円(100円未満切捨て)であることが認められる。これらは、本件更正処分における金額及び本件賦課決定処分がその根拠とする金額と同額であるから、本件各処分は適法というべきである。
2 原告は、昭和55年2月から同年12月までの間、海外出張で日本に不在であり、帰国後も両親とは別居していたから、昭和54年売買には全く関与しておらず、乙が昭和54年売買の際に事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らなかったことや、現在の経済事情の苦しさなどを強調して、原告に数百万円の納税を命ずる本件更正処分は違法である旨主張する。
確かに、本件各処分に至る経緯と本件宅地の売買の経緯からすると、原告は、本件宅地が事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らなかった可能性が高く、そうだとすれば、予期しない本税のみでも215万1900円の納付を命ずる更正処分等を受けたことによる驚きと不満が大きいであろうことは、十分理解し得るところである。しかしながら、所得税は、法令に従って、一律、公平に課されるべきものであり、本件では、客観的にみれば、原告が本件宅地を相続した際の被相続人が過去に事業用資産の買換え特例の適用を受けて、譲渡所得に係る所得税の軽減を受けている以上、原告が当該買換え資産を譲渡した際の譲渡所得の計算における取得費の額を算出する際に、法令の定めに従った特別な計算をされることはやむを得ないところである。法の不知や納税者の経済的事情は、いずれも本件譲渡に係る譲渡所得の課税要件の成立に影響を与えるものではないのであるから、本件更正処分の違法事由足り得ないというべきである。
3 以上のとおりであり、争点1に関する原告の主張は、理由がないといわざるを得ない。
二 争点2について
1 国税通則法65条4項は、修正申告又は更正に基づき新たに納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には、その部分につき、過少申告加算税を賦課しない旨定めている。過少申告加算税は、当初から適法に申告、納税した者とこれを怠った者との間に生ずる不公平を是正するために課されるものであることからすれば、この「正当な理由」とは、例えば、<1>税法の解釈に関して、申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い、修正申告し、又は更正を受けるに至った場合や、<2>災害又は盗難等に関し、申告当時に損失とすることを相当としたものが、その後予期しなかった損害賠償金の支払、盗難品の返還等を受けたため、修正申告をし又は更正を受けるに至った場合など、申告当時適法とみられた申告がその後の事情の変更により納税者の故意過失に基づかずに過少申告となり、申告した税額に不足が生じたというように、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであって、このような納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である。したがって、単に、納税者に税法の不知や法令解釈の誤解がある場合は、これに当たらないと解すべきである。
そうすると、原告は、乙が事業用資産の買換え特例の適用を受けていたことを知らず、したがって、本件申告に係る平成12年分の所得税の計算において、本件宅地の取得費が措置法37条の3第1項1号の規定に従って計算されることを知らなかったとしても、このことは、国税通則法65条4項所定の「正当な理由」には当たらないというべきである。その他、本件全証拠を検討しても、本件申告がやむを得ない理由によるとの事情を認めるに足りるものはない。
2 以上のとおり、本件申告は、国税通則法65条4項所定の「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当しない。争点2についての原告の主張は、採用することができない。そうすると、本件賦課決定処分の計算根拠のうち、他の点は当事者間に争いがないので、本件賦課決定処分は、適法である。
三 以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅野博之 裁判官 本村洋平 裁判官小田靖子は、差し支えのため、署名押印することができない。裁判長裁判官 菅野博之)
別表1 本件課税処分等の経緯
<省略>
別表2 分離課税の長期譲渡所得金額の計算
<省略>
別表2の2 本件家屋の取得費の計算
<省略>
別表2の3 本件宅地の取得費の計算
<省略>
別表3 納付すべき税額の計算
<省略>