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東京地方裁判所 平成16年(モ)54824号 決定 2005年1月21日

債権者

A野株式会社

上記代表者代表取締役

B山太郎

上記代理人弁護士

久保健一郎

債務者

楽天株式会社

上記代表者代表取締役

三木谷浩史

上記代理人弁護士

北村康央

森安紀雄

高尾剛

外海周二

主文

一  債権者と債務者間との当庁平成一六年(ヨ)第二九六三号発信者情報開示仮処分命令申立事件について、当裁判所が平成一六年九月二二日にした仮処分決定の主文一項中、別紙記事目録1の掲載番号178及び別紙記事目録2の掲載番号14に係る発信者情報開示を命じた部分を取り消し、その余の部分を認可する。

二  上記取消しに係る部分につき、債権者の仮処分命令申立てを却下する。

三  申立費用は、これを八分し、その五を債権者の負担とし、その余を債務者の負担とする。

理由

第一事案の概要及び主要な争点

一  事案の概要

本件は、債権者が、ウェブサイト上の電子掲示板を提供するサービスを運営している債務者に対し、同電子掲示板に対する書き込みにより名誉を毀損されたとして、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「本件法律」という。)四条一項の発信者情報開示請求権を被保全権利として、同書き込みに係るIPアドレス等の開示を命ずる仮処分命令を申し立てたところ、当庁が、上記申立ての一部を認める仮処分決定(以下「原決定」という。)をしたのに対し、債務者が、保全異議を申し立てた事案である。

二  主要な争点

(1)  保全異議申立ての利益

(2)  権利侵害の明白性の判断基準及びその疎明の程度

(3)  権利侵害の明白性の有無

三  争点に関する当事者の主張

本件の主要な争点は上記のとおりであるが、これらに関する当事者の主張は、債権者及び債務者の各主張書面に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第二当裁判所の判断

一  保全異議申立ての利益について

原決定は、発信者情報の開示を命ずるいわゆる断行の仮処分であるが、異議審の審理終結時までに、債務者が、原決定に基づく強制執行(間接強制)を受けて、債権者に対して原決定が開示を命じた発信者情報を開示したことは、当裁判所に顕著な事実である。そして、発信者情報の開示という原決定の内容に照らすと、原決定の執行が完了した後に原決定を取り消したとしても、原状回復をすること自体は、事柄の性質上不可能であるというほかはない。このような場合においても、なお保全異議申立ての利益があるということができるかが問題となる。

この点、原決定の執行が既に完了していることからすれば、同一の保全命令によって再度の執行を受けるおそれはない。しかしながら、それによって原決定の保全命令としての効力がすべて失われたとまではいえないから、債務者は、原決定の当否を審判することを求める正当な利益をなお有していると解するのが相当である。

したがって、本件において、保全異議申立ての利益は認められる。

二  権利侵害の明白性の判断基準及びその疎明の程度について

(1)  本件法律四条一項一号は、発信者情報開示請求権の要件の一つとして、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」と規定しているところ、ここで「明らか」とは、権利が侵害されたことが明白であるという趣旨であり、権利の侵害を明白に根拠づける事実が存することだけでなく、不法行為等の成立を阻却する事由があることをうかがわせるような事情が存在しないことまでを意味するものと解される。したがって、債権者は、ウェブサイト上の電子掲示板にされた書き込みにより名誉を毀損されたことを理由として、当該電子掲示板を提供するサービスを運営している債務者に対して、発信者情報開示請求権を被保全権利として発信者情報の開示を求める場合、当該情報によりその社会的評価が低下させられたことなど自己の権利の侵害を明白に根拠づける客観的事実を疎明するだけでなく、違法性阻却事由があることをうかがわせるような事情が存在しないことについても、併せて疎明する必要がある。

その疎明の程度については、発信者情報の開示を命ずる仮処分がいわゆる断行の仮処分であることからすれば、通常の仮処分の場合と比較して高度の疎明が要求されているものと解すべきであるが、保全事件においては、その迅速性・暫定性にかんがみ、被保全権利については証明ではなく疎明で足りるとされていること(民事保全法一三条二項)からすると、本案事件における証明に等しい程度までの疎明を要求することは相当ではない。特に、「違法性阻却事由があることをうかがわせるような事情が存在しないこと」という消極的事実の疎明に当たっては、一般的に消極的事実の証明が困難であることをも考慮して、疎明の有無を判断すべきである。

(2)  そして、他人の名誉を毀損する事実を摘示する行為であっても、その行為が① 公共の利害に関する事実に係り、② 専ら公益を図る目的に出た場合には、③ 摘示された事実が真実であるときは、その違法性が阻却されるものと解されるから、書き込みが上記①又は②の要件に該当することをうかがわせるような事情が存在しないことの疎明がないときは、債権者は、摘示された事実が真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことを疎明しなければならない。

また、特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損については、上記①、②の要件に加え、④ 表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでなく、⑤ 意見等の前提としている事実の重要な部分が真実であるときは、その違法性が阻却されるものと解されるから、書き込みが上記①、②又は④の要件に該当することをうかがわせるような事情が存在しないことの疎明がないときは、債権者は、意見等の前提としている事実の重要な部分が真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことを疎明しなければならない。

(3)  原決定は、上記と異なり、③の要件の不存在や⑤の要件の不存在について疎明することが必要であるとしつつ、その疎明の程度については通常の疎明と異ならないとしている。しかし、上記のとおり、債権者は、違法性阻却事由の不存在ではなく、むしろ違法性阻却事由があることをうかがわせるような事情が存在しないことを疎明すれば足りるというべきであり、その反面、疎明の程度については、通常の疎明よりも高度の疎明が要求されるものと解すべきである。

なお、債務者は、本件法律四条一項一号に「権利が侵害されたことが明らかであるとき」と規定されていることを根拠に、疎明の程度が高度でなければならないと主張しているが、疎明が高度のものでなければならないことは、前記のとおりであるものの、同号は発信者情報開示請求権の実体法上の要件を規定するものであり、訴訟法上の立証の程度について規定するものではないから、同号を根拠とする点は、失当といわざるを得ない。

三  権利侵害の明白性の有無について

以上を前提に、原決定において債務者に発信者情報の開示が命ぜられた各書き込みについて、債権者の権利が侵害されたことが明らかであることが高度に疎明されたといえるかどうかを検討する。

(1)  別紙記事目録1掲載番号15について

ア 別紙記事目録1掲載番号15の「グルメッツという食品に至っては詳しい成分の記載もなし。」との書き込みは、債権者の商品である「グルメッツ」にはダイエット食品として当然に要求される程度の成分の記載もないとの意味に理解することができるから、この書き込みは、債権者の社会的評価を低下させることが明らかであると認められる。

イ 「グルメッツ」は、債権者発行のカタログ上に「ダイエットフーズ」であるとの説明がされており、通常の食事に比べて低カロリーの食品であって、ダイエットを目指している者が、通常の食事の代わりに摂取するものと認められるところ、その外箱には、原材料名のほかに、一袋当たりの栄養成分としてエネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物等の主要な栄養成分名及びその含有量が表示されている。これらの記載にかんがみると、「グルメッツ」については、詳細な成分表示の記載は存在するというべきである。

したがって、「詳しい成分の記載もなし」との書き込みに関しては、これが真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことについて疎明があるということができる。

ウ なお、「詳しい成分の記載もなし」との表現が、「グルメッツ」というダイエット食品について、成分表示がされていることを前提としつつ、当該表示が詳しいか否かという「意見ないし論評」を述べたものであるとしても、上記イのとおり、その前提としている事実の重要な部分が真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことについての疎明があるということができるので、やはり、権利侵害の明白性は認められるというべきである。

(2)  別紙記事目録1掲載番号97について

ア 別紙記事目録1掲載番号97の書き込みが債権者の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

イ 債権者においては、顧客から申出があった場合には、貴重品について従業員が直接預かる方法を採っていることが認められるが、顧客の中には、貴重品を従業員に預けることをせず、自ら顧客用ロッカーの中に入れるなどして保管する者も存在すると考えられるから、債務者が主張するとおり、前記事実のみをもって、「顧客のロッカーから現金や貴金属、時計などがなくなった事例がある」という事実が真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことが疎明されているとはいい難い。

ウ そこで検討するに、債権者の総務部長代理を務めるC川松夫は、陳述書において、別紙記事目録1掲載番号97の書き込みに関し、「そのような事実はありません」と記載している。この陳述書は、総務部長代理という債権者内部においてある程度統括的な役割を担っていると考えられる立場の者が作成したものであるが、陳述書の当該記載によれば、債権者の総務部としては、現金、貴金属等の貴重品が顧客用ロッカーから紛失すれば当然予想される顧客からの苦情を受けたという事実について一切報告を受けていないことが認められる(なお、この陳述書について、その信用性を疑うべき事情は特段認められない。)。

上記の事実によれば、「顧客のロッカーから現金や貴金属、時計などがなくなった事例がある」という事実が真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことの疎明があるということができる。

(3)  別紙記事目録1掲載番号143について

ア 別紙記事目録1掲載番号143の書き込みが債権者の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

イ 前記陳述書において、C川松夫は、別紙記事目録1掲載番号143の書き込みのうち、債権者が、新入社員に対して、① 化粧品を強制的に購入させたことがあるか否か、及び② 入社してから一定の売り上げがないと技術研修を受けられないと言ったことがあるか否かについて、次のとおり述べている。まず、①については、「上記の通り」として別の書き込みに関する記載を引用しているところ、上記陳述書には、同番号43の書き込みに関して、「従業員の中には、弊社製品を愛し、またプロとしての研鑚を高めるため、自発的に弊社の製品を購入する者もいますが、すべて従業員個人の自由意思によるものです。」との記載があり、「上記の通り」というのはこの記載を指すものと解されるから、①の事実はないと述べていると解することができる。また、②については、技術研修は全従業員に徹底していることを述べている。

ウ そして、入社式式次第(疎甲二八)には、債権者が新入社員に化粧品を強制的に購入させていることをうかがわせるようなスケジュールは見当たらず、また、債権者の新入社員を対象としている研修生サロンシフト見本(疎甲二九)には、技術研修を受けることができる者が限定されていることをうかがわせるような記載も認められない。その他、前記C川松夫の陳述書の信用性に疑義を差し挟むべき資料は、一件記録には見当たらない。

エ したがって、債権者が、新入社員に対して化粧品を強制的に購入させたことがあること及び技術研修を受けるために一定の売り上げを課していると告げたことがあることについては、これらが真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことの疎明があるということができる。

(4)  別紙記事目録1掲載番号178について

ア 別紙記事目録掲載番号178の書き込みについては、前記陳述書において、C川松夫は、「特段言及すべき点はございません」と述べているにすぎず、例えば、「やめると一言でも言うと、性格のことをけなされ再起不能にさせる」との事実について総務部として何らかの苦情なり報告なりを受けたことがないのかどうかについては明らかではない。

そして、債権者が、店長及び店舗責任者に対して、従業員の退職時に関する労務管理について実際にどういう教育をしているのか、現実に債権者を退職することを申し出た従業員に対して店長及び店舗責任者がどのように応対しているのかなどの事実については、一件記録を精査しても、それらを具体的に明らかにする疎明資料は見当たらない。

イ この点、「サロン内における労務管理について」と題する書面には、従業員の解雇について誤解を招くような言動は慎むべきであること、従業員から退職の意思表示があった場合の対処方法などが記載されており、この書面は、債権者の総務部人事課が店長及び店舗責任者を対象として作成したものであると認められる。しかしながら、この書面はあくまでそのようなマニュアルが存在することを示すにすぎないのであって、当該書面の存在という事実のみをもって、当該書面に記載されている内容が現実にそのまま徹底して実行されているということまでを認めることはできない。

ウ したがって、別紙記事目録1掲載番号178の書き込みに関しては、それが真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことの疎明があるということはできない。

(5)  別紙記事目録2掲載番号14について

ア 別紙記事目録2掲載番号14の書き込みについても、前記陳述書において、C川松夫は、「特段言及すべき点はございません」と述べているにとどまり、債権者の背後に暴力団がついていることはないという内容の陳述は見当たらない。

イ むしろ、債権者の株主として名前が挙がっており、債権者の「オーナー」として入社式において挨拶をしているD原竹夫が、暴力団関係者らと共に脅迫の容疑で平成一三年七月一六日に逮捕され、この事実が、翌一七日に主要な全国紙数紙に掲載されたことが認められる。また、C川松夫が前記陳述書を作成したのは平成一六年八月一二日であるから、D原竹夫の逮捕の事実については、総務部長代理というC川松夫の地位からしても、当然これを知っていたと思われるにもかかわらず、C川松夫は、この点について何らの言及もしていない。これらを総合すれば、債権者が、暴力団と関係があるということが真実であることをうかがわせるような事情が存在しないことの疎明があるということはできない。

四  結論

以上によれば、原決定は、別紙記事目録1掲載番号178及び同目録2掲載番号14に係る発信者情報の開示を命じた部分については、被保全権利の疎明があるとはいえず、不当であるから、これを取り消し、その余の部分については、正当であるから、これを認可し、債権者の仮処分命令申立ては、上記取消しに係る部分につきこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大橋寛明 裁判官 杉浦正典 香川礼子)

<以下省略>

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