東京地方裁判所 平成16年(ヨ)20047号 決定 2004年7月30日
債権者
株式会社CSK
上記代表者代表取締役
A野太郎
上記代理人弁護士
久保利英明
同
原秋彦
同
松山遥
同
上山浩
同
山下丈
同
森山義子
同
大塚和成
同
西本強
同
大西千尋
同
水野信次
債務者
株式会社 ベルシステム24
上記代表者代表取締役
B山松夫
上記代理人弁護士
新保克芳
同
塩川哲穂
同
上野保
同
村田真一
同
松村昌人
同
加藤祐一
主文
一 本件申立てを却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
第一申立ての趣旨
一 債務者が、平成一六年七月二〇日に開催した取締役会の決議に基づいて、現に発行手続中の普通株式五二〇万株の発行は、仮にこれを差し止める。
二 申立費用は債務者の負担とする。
第二事案の概要
本件は、債務者の株主である債権者が、債務者に対し、申立ての趣旨に係る株式発行(以下「本件新株発行」という。)が商法二八〇条ノ一〇所定の「著シク不公正ナル方法」による株式発行にあたるとして、本件新株発行の差止めを求めた仮処分申立ての事案である。
第三当裁判所の判断
一 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる(当事者から疎明資料の提出があるものについては後掲)。
(1) 当事者
ア 債務者は、情報機器、システムを媒介とする業務代行サービス、情報管理処理サービス、コンピュータの販売及びソフトウエアの開発とシステム設計等を業とする、資本金一〇〇億四五〇〇万円、発行済株式総数四八九万八七〇〇株の株式会社であり、現在、債務者株式は東証一部に上場している。
債務者は、テレマーケティングサービス(コールセンターサービス)の提供を主要な事業としており、現在、売上高等でテレマーケティング業界における最大手の地位を占めている。
現在の債務者の役員構成は、以下のとおりである。
すなわち、B山松夫(以下「B山」又は「債務者代表者」という。)が代表取締役に、その他にC川竹夫(以下「C川」という。)、D原梅夫(以下「D原」という。)、E田春夫(以下「E田」という。)及びA野太郎(以下「A野」又は「債権者代表者」という。)が取締役に就任し、A田夏夫(以下「A田」という。)、B野秋夫及びC山冬夫が監査役に就任している。A野は、債務者の社外取締役であり、債権者の代表取締役である。
イ 債権者は、コンサルティング、システム・インテグレーション、システム運用、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)、ITO(ITアウトソーシング)等を業とする株式会社であり、債務者株式一九一万九〇〇〇株(平成一六年七月一六日現在)を保有している。
また、債権者は、子会社である株式会社クオカードを通じて債務者株式を六万五〇〇〇株、子会社であるビジネスエクステンション株式会社を通じて二万七〇〇〇株、CSKファイナンス株式会社を通じて三万三〇〇〇株を保有しており、直接保有分と合わせて合計二〇四万四〇〇〇株を保有している。債権者は直接保有で債務者株式の約三九・二パーセント(間接保有も併せれば約四一・七パーセント)の株式を保有しており、債務者の筆頭株主であり、債務者は債権者の連結対象子会社にあたる。
(2) 本件新株発行の概要
ア 債務者は、平成一六年七月二〇日に取締役会(以下「本件取締役会」という。)を開催し、次の要領による本件新株発行を決議した。
発行する新株の種類及び数 普通株式五二〇万株
発行価額 一株につき二万〇〇五〇円
発行価額中資本に組み入れない額 一株につき一万〇〇二五円
割当方法 第三者割当
新株式割当予定者 NPIホールディングス株式会社
払込期日 平成一六年八月五日
なお、NPIホールディングス株式会社(以下「NPI」という。)は、日興プリンシパル・インベストメンツ株式会社(以下「日興プリンシパルインベストメンツ」という。)の一〇〇パーセント子会社であり、日興プリンシパルインベストメンツは株式会社日興コーディアルグループの一〇〇パーセント子会社である。
イ 本件新株発行の発行総額は一〇四二億六〇〇〇万円であるが、この発行総額は債務者の総資産額(平成一五年一一月三〇日現在。以下同じ。)の約二・〇倍に相当し、純資産額の約二・五倍、資本金額の約一〇・四倍に相当する。本件新株発行による発行予定株数は、従来の発行済株式数の約一〇六・二パーセントに相当し、本件新株発行が行われれば、債権者の債務者株式の保有割合は、約三九・二パーセントから約一九・〇パーセントへと減少し、一方で、NPIの保有割合が、約五一・五パーセントとなる。
(3) 債権者と債務者経営陣の一部との間の債務者の経営を巡っての確執
ア 平成一四年八月の債務者定時株主総会において、債権者の代表取締役であるA野が債務者の取締役として選任された。
その際、債権者とB山との間で様々な交渉がされ、債権者は五名の取締役の内三名の派遣あるいは監査役の派遣をB山に申し入れたが、B山がこれを拒否し、結局、債権者からはA野一名だけを取締役として就任させることとなった。
イ A野は、平成一六年一月一五日の債務者臨時取締役会の開催前に、B山と二人で面談し、債権者としては債務者の成長率についてもっと高いレベルを期待していること、したがって、適切な中長期的成長戦略を検討・策定して欲しいことなどを伝えた。また、以前からB山はMBOなどにより、債権者が債務者株式を売却することを希望していたことから、債権者としては債務者が相当な額で売却できる先を探してくるのであれば債務者株式の売却も検討する旨を伝えた。
ウ A野は、平成一六年一月三〇日開催の債務者取締役会に出席し、株価の推移表を配布して、債務者がマーケットから低評価を受けており、その結果、債務者株式の株価が低落していること、その原因としては、売上成長率の低下、クライアントからの価格圧力と同業者との価格競争というマイナス要因が考えられること、したがって、何らかの形で債務者の将来的な成長戦略を検討しなければならないことを発言した。
エ 債権者は、以前より債務者に対して債務者の将来の成長戦略について検討作成し、債権者に報告するように言っていたが、債務者から何も報告がされなかったことから、平成一六年五月二八日の債務者の取締役会終了後、A野はB山に対して、債務者の将来の成長戦略を同月三一日までに作成して提出するようにと発言し、その内容をみて場合によっては株主として、しかるべき対応をとる可能性がある旨を述べた。
オ A野は、債務者の売上成長率が低下してきたこと等を債務者の課題として捉え、その適切な対応策の提示及び説明をB山に求めてきたにもかかわらず、これが示されなかったことから、B山の経営体制には問題があり、債権者としては債務者の経営に直接関与する必要があると考え、平成一六年六月三日、B山に対し、債権者のアドバイザーであるD川一夫を通じて、債務者に対し過半数の取締役を派遣するつもりであるとの方針を伝えた。
カ 債務者のC川取締役及びE原二夫執行役員が平成一六年六月四日に債権者を訪れ、債務者のA川取締役及びB田グループ管理部長に対し、「中期戦略」と題する書面を提出して、債務者の中長期的な成長戦略を説明したが、債権者は、それまでの債権者からの提案に応える新しい内容のものはないと判断した。
キ 債権者は、債務者の次期役員構成に関する債権者の要望について債務者から回答がなかったことから、平成一六年六月一八日、株主提案権の行使として、以下の事項を次期定時株主総会における議案とするよう提案を行った。
① 取締役選任議案として、現経営陣であるB山、D原、E田の三名に加え、現在も社外取締役であるA野の他、債権者の取締役であるB原四夫及びC田五夫、CSKファイナンス株式会社の取締役であるD野六夫の合計七名を選任すること
② 監査役選任議案として、任期満了となる監査役のA田に加え、債権者の執行役員経理部長であるE山七夫の合計二名を選任すること
③ 取締役の任期を二年から一年に短縮するよう定款変更をすること
ク 債務者のA山八夫執行役員ほか二名が、平成一六年六月二二日、債権者を訪れ、債権者と債務者のシナジー効果を検討した「シナジー効果の可能性について」と題する書面を提出した。当該書面には、債権者と債務者の間にはシナジー効果が生じにくいという内容が記載されていた。
ケ 債務者のC川取締役及びB川九夫常務執行役員が、平成一六年七月二日、債権者を訪れ、債権者から提案のあった監査役選任議案及び定款変更議案は受け入れるが、取締役選任議案については、現在の五名の取締役に加えて債権者側から一名、社外取締役として一名の合計七名という案ではどうかとの打診があった。これに対して、対応した債権者のA川取締役及びB田グループ管理部長は、取締役選任議案については債権者の提案以外は考えられない旨を回答した。
コ 債権者は、提案した取締役選任議案について債務者が会社提案として受け入れるよう説得を続けていたが、平成一六年七月一六日、債務者からA野に対し、債務者臨時取締役会の招集通知が届いた。当該通知には、①第二三回定時株主総会開催の件、②決算短信承認の件、③重要事業計画とそれに関連付帯する事項決定の件、④その他、を議題として、同月二〇日午前一一時から臨時取締役会を招集することが記載されていた。
これまでの債務者の取締役会でこの「重要事業計画」について議論されたことはなく、A野は、この議題の内容を理解できなかったことから、債務者のB山宛にファックスで、取締役会において充実した審議を行うべく、この「重要事業計画」の具体的内容を事前に知らせるよう要求したが、当該要求に対し、債務者側から回答はなかった。
サ 平成一六年七月二〇日の本件取締役会で、債務者の取締役会において初めて、債務者とソフトバンクBB株式会社との包括的業務提携を考えていること及びその基本合意の内容、当該業務提携の実現のために緊急に一〇〇〇億円強の資金調達が必要になることについてB山から説明がされ、本件新株発行についての審議が行われた。当該説明には「ベルシステム24とソフトバンクBBとの包括的業務提携に関する基本合意等について」と題する今回の業務提携の目的や概要を簡潔に図示した書面が用いられた。本件取締役会では、賛成三名(B山、C川、D原)、反対二名(E田、A野)の可決承認で、本件新株発行が決議された。なお、本件取締役会より前に、A野が本件新株発行について、債務者側から説明を受けたことはない。
(4) 債務者の第二三回定時株主総会において議決権行使ができる株主についての債務者の取扱い
ア 債務者の定款九条には、以下の記載がされている。
「当会社は、毎決算期現在の株主名簿に記載又は記録された株主(実質株主名簿に記載又は記録された実質株主を含む。以下同じ)をもって、その決算期に関する定時株主総会において権利を行使すべき株主とみなす。
2 前項のほか、必要あるときは、あらかじめ公告して、臨時に基準日を定め、または株主名簿の記載の変更を停止することができる。」
なお、債務者の決算期末は五月三一日である。
イ 本件取締役会において、本件新株発行に係る増資によって新たな株主となる者については、平成一六年八月六日を基準日と定め、同月末の第二三回定時株主総会における権利行使を可能とし、その他の株主については、同年五月三一日の最終株主名簿及び実質株主名簿に記載または記録された株主が第二三回定時株主総会において権利行使できる株主となる旨の基準日設定公告を行うことを決議した。上記決議は、賛成三名(B山、C川、D原)、反対二名(E田、A野)で、可決承認された。
ウ 債務者は、平成一六年七月二一日付日本経済新聞朝刊において、下記のとおり公告を行った。
「当社は平成一六年七月二〇日の取締役会で、平成一六年八月下旬開催予定の当社第二三回定時株主総会において、平成一六年八月六日を当社定款第九条第二項の規定に基づく基準日とすることを決定しました。これは、当社が平成一六年八月五日を払込期日とする第三者割当増資を実施することを決定しており、第三者割当増資により新たに株主となった者の意見も第二三回定時株主総会に反映させるためです。今回の第三者割当増資により新たに株主となった者以外の株主につきましては、当社定款第九条第一項の規定が適用され、平成一六年五月三一日の最終株主名簿及び実質株主名簿に記載又は記録された株主が第二三回定時株主総会において権利を行使できる株主となります。」
(5) 本件新株発行に係る増資の資金使途
ア ソフトバンクBBとの業務提携に至る経緯
(ア) 持株会社であるソフトバンク株式会社(以下「SB」という。)を中核として多数の事業会社等から構成されるソフトバンクグループは、SBの一〇〇パーセント子会社であるソフトバンクBB株式会社(以下「SBB」という。)において、「Yahoo!BB」を中核としたブロードバンドにおけるインフラや各種サービスの提供や技術開発等を行っており、特に個人向けブロードバンドサービスでは、大規模な販促活動を行うことによって会員数を急速に増加させ、現在、国内一の会員数を有している。また、ソフトバンクグループは、平成一六年五月二七日に、日本テレコム株式会社(以下「日本テレコム」という。)を買収したことを発表したが、この買収により、加入回線数で一〇〇〇万超の回線を有する総合通信事業者になることとなった。
(イ) ソフトバンクグループと債務者の関係は、約二年前から、SBB代表取締役のC原十夫(以下「C原」という。)と債務者代表者のB山との間では、テレマーケティング分野における関係強化の話が出ていたが、具体的な関係強化には至らなかった。
(ウ) B山は、平成一六年六月一八日、ゴールドマン・サックス証券のD田社長から、債務者とSBB側とで業務提携を行わないかとの打診を受けた。
(エ) B山は、平成一六年六月二一日、債務者取締役のE田らと会議を開催し、その席上で「第三者割当を実行したいと思っている。増資を考えるにあたって、今、自分の手持ちにはソフトバンクとパソナがある。第三者割当増資による発行金額の総額は五〇〇億円から六〇〇億円を考えている。」などと述べ、E田に対し、ソフトバンクグループに対する提案書をドラフトし、提案書には、ソフトバンクグループと資金のやりとりをしながら一緒にできそうな事業を記載し、五〇〇億円から六〇〇億円の資金使途についても記載をするように指示した。
E田は、翌二二日、上記指示に沿うソフトバンクグループ宛の第三者割当増資と事業提携に関する提案書のドラフトを作成し、同月二三日に、B山へ電子メールで送信した。
(オ) SBBの取締役であるE野二介(以下「E野」という。)と債務者代表者のB山が平成一六年六月二五日に面談し、E野からB山に対して、ソフトバンクグループにおけるSBBと日本テレコムのコールセンター業務を一括してアウトソーシングする方針があること、日本テレコムを傘下におさめたソフトバンクグループが新サービスを展開するにあたって設備投資の必要性とテレマーケティングによる営業力拡充が必要であることが伝えられ、ソフトバンクグループと債務者との間での包括的提携の検討依頼がなされた。
(カ) C原とB山が平成一六年七月一日に直接面談し、C原からB山に対して、SBB及び日本テレコムのコールセンター業務の一括アウトソース(業務委託)の方針が伝えられ、債務者においてこれを一括して受託することを検討して欲しいとの依頼が正式になされた。さらに、C原は、コールセンター業務の一括アウトソースに限らず、ソフトバンクグループが新たに計画をしているサービスのビジネスモデルとこの実現に必要とされる設備投資についての説明がなされ、日本テレコムのセールス・アンド・リースバックの方式による設備投資について協力依頼を行った。同日以降、債務者とSBBの間で業務提携に向けた本格的な交渉が開始され、交渉は連日深夜に及んだ。
(キ) 本件新株発行により実質的な株主となる日興プリンシパルインベストメンツの代表取締役であるA原三介(以下「A原」という。)は、債務者とSBBの本件業務提携の検討に投資家として深く関与して、契約の諸条件について様々な意見を述べた。A原は、本件業務提携により債務者の連結ベースでの利益は飛躍的に増加するものと判断している。
イ 本件業務提携の内容
SB及びSBBと債務者は、コールセンター業務に関して包括的な業務提携(以下「本件業務提携」という。)を行うこととし、平成一六年七月二〇日、これについて本文二〇頁からなる基本合意書(以下「本件合意書」という。)を取り交わした。
本件業務提携の概要は、以下のとおりである。
すなわち、SBBの一〇〇パーセント子会社であり現在は休眠状態にあるBBコール株式会社(以下「BBC」という。)に、SBB及び日本テレコムのコールセンター業務を集約し、このBBCがSBBや日本テレコムからコールセンター業務を一括して受託することとした上で、債務者はBBCを完全子会社化し、さらに必要な設備投資費用等をBBCに貸し付けるというものである。まず、資本金一億円の株式会社であるBBCが九九億円の増資を行い、SBBがこれを引き受け、さらにSBBがBBCに対し一八八億円を貸し付け、BBCはそのようにして得た資金をコールセンター業務に必要なシステムや業務用資産の購入資金二八七億円(内訳は、システム等購入代金に二四四億円、業務用資産の譲受代金に四三億円)にあてる。次に、債務者がSBBから、BBCの発行済株式全部を五〇〇億円で譲り受け、また、同額の代金を支払って上記貸付金一八八億円の債権譲渡を受ける。さらに、債務者がBBCに五九二億円を貸付け、BBCが当該資金で日本テレコムにリースするための通信機器を購入する。
このように本件業務提携の実現のためには、債務者において、BBCの発行済株式全部及びSBBがBBCに対して有する貸付金一八八億円を、合計六八八億円で譲り受け、BBCに対し五九二億円を貸し付けるために合計一二八〇億円の資金が必要となるところ、債務者は、本件新株発行により調達することとなる約一〇三〇億円(発行総額一〇四二億六〇〇〇万円から発行諸費用等を控除した金額)と債務者の自己資金等約二五〇億円をこれにあてるとの計画を立てている。
なお、本件合意書には、平成一六年八月三日までに、本件業務提携に係る最終契約が締結される予定であることが記載されている。
本件合意書によれば、本件業務提携によりSB及びSBBがBBCに負うこととなる主要な義務は以下のとおりであり、BBCの事業は、これに応じた内容のものとなる。
(ア) SBB及び日本テレコムはBBCとの間で、インバウンド業務(顧客から依頼企業宛にくる電話を代行受信して応対する受信業務)の業務委託契約を締結すること(本件合意書五条一一項、一二項。以下「本件インバウンド業務委託契約」という。)
本件インバウンド業務委託契約の業務委託期間は、平成一六年一〇月一日から平成二二年五月末日までの五年八か月と定められており(ただし、一部の業務を除く。)、その期間中、BBCはSBB及び日本テレコムから両社のインバウンド業務を独占的排他的に受託するものとし、第三者がこれを受託することはできない。本件インバウンド業務委託契約の解約については、BBCにおいて重大な背信的行為があった結果、三か月の猶予期間があってもなお改善されずにSBB又は日本テレコムに営業停止等の重大な業務上の支障が生じた場合に限るとの合意がされている。本件インバウンド業務委託契約の業務委託料については、SBB及び日本テレコムが発注すべきブース数の最低数量及び単価の金額が具体的に定められて合意されている。
(イ) SBB及び日本テレコムのインバウンド業務用資産の譲渡(本件合意書五条九項、一〇項)
SBB及び日本テレコムは、SBBの新宿住友ビルコールセンター及びオークタワーコールセンター、日本テレコムの法人インバウンドコールセンター、札幌お客様センター(及びその増床分)及び九州お客様センターの各コールセンターに所在するその営業用資産(コールセンター業務を行うためのコンピューターシステム、セキュリティシステム、什器備品等)を、BBCが本件インバウンド業務委託契約に基づく業務を開始する平成一六年九月末までに、BBCへ四三億円以下の代金額で譲渡する。
(ウ) 日本テレコムのアウトバウンド業務(依頼企業に代わって、依頼企業の顧客宛にセールスなどの電話をかける発信業務)のためのブースシステムの日本テレコムへのリース業務(本件合意書五条五項から八項まで)
BBCは、日本テレコムのアウトバウンド業務のための七五〇〇ブース分のブースシステム(ブースシステムを構成するリースの対象物件は、テレマーケティングシステム及びクライアント端末PC並びにその導入支援サービス、並びにコンタクトセンターシステム、セキュアコールセンターシステム及びセキュリティコンサルテーション)を日本アイ・ビー・エム株式会社及び株式会社ネットマークスから合計約一九〇億円で購入し、さらにこのシステムの保守契約をエス・アンド・アイ株式会社と保守料四二億二五〇〇万円で締結した上で、当該ブースシステム全部について日本テレコムにリース期間五年間、リース料率七パーセント(リース料月額合計四億六〇一八万五〇〇〇円)でリースするリース契約を締結する。
(エ) ソフトバンクグループの平成一六年九月一日開始の新サービスに関する日本テレコムのアウトバウンド業務についての優先的条件による営業(本件合意書五条一三項)
BBCは、日本テレコムのアウトバウンド業務について、一〇〇〇ブース分の業務をブースシステム使用料を負担することなく営業することができる。BBCは、ソフトバンクグループが平成一六年九月一日から営業する新サービスに係るアウトバウンド業務を一〇〇〇ブース分を目標に引き受ける。BBCが一ブースにつき月四五回線以上の獲得をコミットした場合には、日本テレコムはBBCに対し、かかる一ブースにつき六七万五〇〇〇円の営業支援金を支給する。
(オ) ソフトバンクグループの新サービスのために使用する中核的な通信機器の購入と日本テレコムへのリース業務(本件合意書五条一四項、一五項)
BBCは、ソフトバンクグループが平成一六年九月一日から開始することを予定している新サービスに必要なAGWと呼ばれる通信機器(アナログ回線用一〇〇万ポート分及びINS回線用一〇〇万ポート分)を五六三億八〇〇〇万円で購入して、これを日本テレコムにリース期間七年間、リース料率八パーセントでリースするリース契約を締結する。
(カ) 関連会社からの優先受託権(本件合意書七条一項)
SBは、BBCに対して、平成二二年五月三一日までの間、SB、SBB、日本テレコム及び新規設立又は株式譲受によりSBの子会社・関連会社となった会社のうち、SBB又は日本テレコムと同等の通信事業を営む会社が行う通信事業に関するインバウンド業務について、他の事業者に対する条件を実質的に下回らない限り、優先的に受託することができる権利を付与する。
ウ 本件業務提携における債務者の収益予想
債務者は、本件業務提携による収益予想を以下のとおり見込んでいる。なお、この収益見込みは本件取締役会の審議に使用された説明資料に記載されている。
(ア) インバウンド業務の収益
債務者は、上記イ(ア)の業務委託に基づくSBB及び日本テレコムからの売上高を、当該業務委託に一定の保証がされていることなどを考慮して、最低でも、業務開始から平成二一年五月期末までの約五年間で合計二三二五億円、売上利益を上記の約五年間で合計四二九億円と見込んでいる。
(イ) アウトバウンド業務の収益
債務者は、上記イ(エ)の業務に基づくアウトバウンド業務の売上高を、最低でも、上記の約五年間で合計七〇八億円、売上利益を合計四一一億円と見込んでいる。
(ウ) システムリース業務の収益
債務者は、上記イ(ウ)のリース契約に基づくリース料売上高を、最低でも、上記の約五年間で合計二六一億円、売上利益を合計四三億円と見込んでいる。
(エ) 通信機器のリース業務の収益
債務者は、上記イ(オ)のリース契約に基づくリース料売上高を、最低でも、上記の約五年間で合計五五七億円、売上利益を合計二〇五億円と見込んでいる。
(オ) 債務者は、上記(ア)から(エ)までの上記の約五年間の売上利益合計一〇八六億円から、販売管理費等を控除して、上記の約五年間の営業利益について合計九八四億円と見込んでいる。そして、既存の通信情報サービス事業者との業務環境の変化による逸失営業利益を想定した上で、五年間で八八〇億円(連結ベース)の営業利益増を見込んでいる。
エ 本件業務提携に対する証券アナリストの評価
(ア) 三菱証券は、平成一六年七月二一日、アナリストレポートの中で、本件業務提携を理由として、債務者株式について、同社の株式レーティングをとりあえずA(今後一二か月間における投資効果がTOPIXを一五パーセント超上回る)からB+(今後一二か月間における投資効果がTOPIXを五~一五パーセント上回る)に引き下げた。
(イ) ドイツ証券は、平成一六年七月二一日、アナリストレポートの中で、本件業務提携を理由として、債務者株式について、同社の株式レーティングを「Buy」からHold」に引き下げ、目標株価を従来の二万八〇〇〇円から二万〇八〇〇円へ引き下げた。
(ウ) UFJつばさ証券は、平成一六年七月二二日、アナリストレポートの中で、本件業務提携を理由として、債務者株式について、同社のレーティングを新規にA(今後半年から一年間のパフォーマンスがTOPIXを五~二〇パーセント上回る)と格付けた。
(エ) 新光証券は、平成一六年七月二二日、アナリストレポートの中で、本件業務提携を理由として、債務者株式について、同社のレーティングについて「二(当社アナリストが今後六か月間のパフォーマンスがTOPIXに対して±五パーセント以内と予想している銘柄)」を継続することとした。
(オ) いちよし経済研究所は、平成一六年七月二三日、アナリストレポートの中で、本件業務提携を理由として、債務者株式について、同社のレーティングをC(予想フェアバリューに対して〇~二〇パーセント割高)からB(〇~二〇パーセント割安)に引き上げた。
二 被保全権利の有無
以上の本件新株発行に関する事実関係を前提として、本件新株発行が商法二八〇条ノ一〇所定の「著シク不公正ナル方法」による新株発行であると認めることができるかについて、以下に判断する。
(1) 商法二八〇条ノ一〇所定の「著シク不公正ナル方法」による新株発行とは、不当な目的を達成する手段として新株発行が利用される場合をいうと解されるところ、株式会社においてその支配権につき争いがあり、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合に、その新株発行が特定の株主の持株比率を低下させ現経営者の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、不当な目的を達成する手段として新株発行が利用される場合にあたるというべきである(この点について、債権者は、特定の株主の持株比率が著しく低下することを認識しつつ新株発行がなされる場合、原則として当該新株発行は著しく不公正な発行にあたる旨を主張するが、商法が公開会社について株主の新株引受権を排除し、原則として株主の会社支配比率維持の利益を保護してはいないことを考慮すると、債権者の主張は採用できない。)。
(2) これを本件についてみるに、前記認定のとおり、平成一六年の初めころから、債権者代表者は債務者代表者に対して債務者の経営戦略の見直しをするよう再三にわたって迫っており、同年六月に入ると債務者の経営に直接債権者が関与するべく、債務者の取締役の過半数を債権者側の人間とするように提案を行ったが、債務者代表者はこれらの提案について債権者代表者が首肯するような回答を行っておらず、債務者の経営方針や役員構成を巡って両者の対立が続いていること、本件新株発行は、被告のそれまでの発行済株式総数以上の数の新株を発行するものであり、本件新株発行により債権者の債務者株式の保有割合が約三九・二パーセントから約一九・〇パーセントへと著しく低下し、他方で、新株を引き受けたNPIの保有割合が約五一・五パーセントと過半数に達することとなって、債権者は債務者の筆頭株主の地位を失うことになることからすると、本件は、債務者の支配権につき争いがあり、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第三者に割り当てられる場合であり、その結果、特定の株主の持株比率が低下することが認められる。
また、債務者代表者が債務者取締役のE田らに対して新株発行の検討の指示をしたのは、債務者の取締役の変更を求める債権者からの次期定時株主総会における議案提案を受けた後であること、その指示にあたっては、事業の内容の検討に先立ち、あらかじめ増資の規模が示されていたこと、債務者が本件新株発行に係る増資の資金使途としている本件業務提携の事業計画の検討が開始されたのはその後であったこと、当該事業計画が債務者の将来の方向性を左右するような大きな案件であり、本件新株発行に係る増資は債務者のそれまでの総資産の約二倍にあたる一〇〇〇億円を超す巨額なものであるにもかかわらず、その検討期間は極めて短いものであって、発行を決議した本件取締役会より前に取締役会で審議が行われたことは一度もなく、また、債務者側から債務者の社外取締役でもある債権者代表者に対して本件新株発行について事前の説明は全くなかったこと、債務者は、本件新株発行の払込期日の翌日に基準日を設定し、同年八月末に予定している第二三回定時株主総会において、本件新株発行により新たに株主になったNPIに議決権の行使を認める旨の公告をしていること(なお、そのような取扱いが違法かどうかについては争いがあるが、本件の結論を左右するものではないので判断しない。)の各事実が認められるところ、以上の事実関係を総合すれば、本件新株発行の検討に先立ち、債務者代表者をはじめとする債務者の現経営陣の一部が、債権者の持株比率を低下させて、自らの支配権を維持する意図を有していたことが推認できないではない。
しかしながら、本件業務提携に関する前記認定事実及び本件記録によれば、本件業務提携に係る事業計画はSBBから提案されたものであること、同年七月一日にSBBから書面による具体的な計画が提案されて以降、債務者とSBBとの間で本格的な交渉が開始され、交渉は、双方の会社関係者、双方の代理人である弁護士、SBBのアドバイザーであるゴールドマン・サックス証券、新株を引き受ける日興プリンシパルインベストメンツ等多数の関係者を交え連日深夜に及んだこと、この交渉の結果、例えば当初のSBBの提案では投資規模が約二〇〇〇億円であったものが自己資金分も含めて一二八〇億円まで圧縮され、インバウンド業務の独占的業務委託に関して最低保障ブース数が設定されるなど、債務者の利益の確保につながる修正も行われたこと、この結果、同月一九日までに本件業務提携の詳細な枠組が決定され、同月二〇日にSB及びSBBと債務者との間において基本合意書が取り交わされたこと、日興プリンシパルインベストメンツは新株引受の最終決定を行うに際して本件事業計画の詳細な分析を行っているところ、それによると、本件事業計画の実施により債務者はソフトバンクグループのクレジットリスクに曝されることになるが、総合的にみれば許容すべきリスクであり、その他既存顧客との取引が喪失するリスク等諸リスクを考慮しても、連結ベースでの一株当たり利益は向上し、投資収益が確保されることから、全体として経済合理性に適う計画であると判断されていること、債務者から依頼を受けた公認会計士は、詳細な分析に基づき、SBBから債務者が譲り受けるBCCの株式の譲受価格が、債務者の株主にとって財務的な観点から妥当である旨判断していること、債務者の本件業務提携における収益予測では五年間の営業利益として九八四億円が見込まれており、既存の通信情報サービス事業者との業務環境の変化による逸失営業利益を想定した上で五年間で八八〇億円(連結ベース)の営業利益増が見込まれていること、その結果、債務者の一株当たりの純利益(EPS)は五年間に二倍近く向上し、株主資本利益率(ROE)も概ね維持されると見込まれていること、証券アナリストの評価においても本件業務提携を積極的に評価する見方も少なからずあることの各事実が認められ、以上の各事実に加え、本件業務提携の内容に関して債務者が提出した各資料を総合すれば、債務者には本件業務提携に係る事業計画のために本件新株発行による資金調達を実行する必要があり、かつ当該事業計画自体には一応の合理性があると判断することができ、債権者の指摘する諸点及び債権者の提出に係る全資料を考慮してもこの判断を覆すには足りない。
そうであれば、本件新株発行の検討に先立ち、債務者代表者らが自らの支配権維持の意図を有していたこと、本件業務提携に係る事業計画がこのような意図に起因したものであることは否定できないものの、本件業務提携に係る事業が約一二八〇億円の規模で実行されつつあり、本件新株発行によりそのうち約一〇三〇億円が調達され、当該事業のために現実に投資される予定であること、事業計画には一応の合理性が認められ、債務者には相当額の営業利益増が見込まれていることを考慮すると、少なくとも本件新株発行の決議時点において、本件新株発行が債務者の現経営陣の支配権維持を主要な目的とするものであったこと、すなわち、本件新株発行がそのような不当な目的を達成する手段として利用されたものであると一応認めることはできない。なるほど、本件新株発行に至る手続、とりわけ本件新株発行に係る増資は債務者の総資産の約二倍にあたる一〇〇〇億円を超す巨額なものであるにもかかわらず、発行を決議した本件取締役会より前に取締役会で審議を行ったことはなく、社外取締役である債権者代表者から取締役会の議題である「重要事業計画」について事前説明を求められたのに対し何らの回答も行わなかった点については不公正の感を抱かざるを得ないものの、上に判断したところによれば、本件新株発行が著しく不公正な方法による新株発行としてその差止めを命ずべきものとまでは解することができない。
三 以上のとおりであるから、本件では被保全権利の存在についての疎明があったということはできない。よって、保全の必要性について判断するまでもなく、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿子木康 裁判官 佐々木宗啓 大寄久)