東京地方裁判所 平成16年(レ)184号 判決 2004年11月19日
控訴人(第一審原告) X
被控訴人(第一審被告) 大和証券株式会社
同代表者代表取締役 鈴木茂晴
同訴訟代理人弁護士 忠内信篤
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は控訴人に対し、金一二万七三一四円を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
三 この判決は、第一項(1)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、金一四万一五一七円を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人が、平成一四年三月一九日に控訴人に対して二〇二〇年五月一五日償還の額面四万ドル米国割引国債と二〇二五年二月一五日償還の額面四万ドル米国割引国債(以下、両者をあわせて「本件八万ドル米国国債」という。)を代金三一六万三五一三円で売り渡し、控訴人がその代金を支払わないと主張して、その支払の一部に充てるため被控訴人において預り保管していた控訴人所有の二〇二〇年五月一五日償還の額面三〇〇〇ドルの米国国債(以下「本件三〇〇〇ドル米国国債」という。)を売却したことについて、控訴人が自己の同意なしに行われた不法行為であるとして、被控訴人に対し、本件三〇〇〇ドル米国国債の価格相当額の損害賠償を求めた事案である。
これに対し、被控訴人は、上記各取引はいずれも控訴人の注文ないし承諾に基づいて行ったものであるとして争った。
原審は、控訴人の主張を排斥して控訴人の請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴した。
二 争いのない事実
次の各事実は、当事者間に争いがないか各項目掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる。
(1) 控訴人は、Aの妻であり、本件当時七三歳であった。
(2) 控訴人は、夫A名義で、平成九年一二月五日に被控訴人練馬支店において外国証券取引口座を開設し(被控訴人の開設する総合取引口座においては、口座開設者の二親等以内の親族であれば、同口座を利用して株式等でも受注することができる)、株式や債券の取引を行っていたものであり、口座開設から本件取引までの間、額面額合計六〇万ドルに上る米国国債の取引を行っていた。また、和光証券や岡三証券及び三菱証券など、被控訴人以外の証券会社においても米国国債を購入したことがあった。
(3) 被告は、有価証券の売買やその媒介などを業務とする株式会社である。
三 争点
(1) 本件八万ドル米国国債についての、控訴人の買付注文の有無
(2) 本件八万ドル米国国債及び本件三〇〇〇ドル米国国債の売却についての控訴人の承諾の有無
四 争点についての主張
(1) 争点(1)(本件八万ドル米国国債についての、控訴人の買付注文の有無)
(控訴人の主張)
平成一四年三月一九日に買付注文を行ったことはない。
同日、米国国債を買おうと思って被控訴人に電話をしたが、電話の途中で気が変わり止めようと思い、ちょっと待って下さいといって電話を切った。そしてやはり止めようと思って再度被控訴人に電話したが、被控訴人の担当者は買いになっているから駄目だと言った。
(被控訴人の主張)
本件八万ドル米国国債の購入は、控訴人が、被控訴人の登録外務員であったB(以下「B」という。)に自ら電話をかけ、銘柄・数量まで具体的に特定して買付注文をしたことに基づいて行ったものである。
(2) 争点(2)(本件八万ドル米国国債及び本件三〇〇〇ドル米国国債の売却についての控訴人の承諾の有無)
(控訴人の主張)
控訴人はこれらの売却について承諾したことはない。
被控訴人の担当者から、被控訴人の練馬支店から送った通知書を示され、これはあなたのものを自由にできるという大事な書類だから何と言っても駄目ですという一点張りで、代金を払え、代金を払わないのであれば債券を売って払えと責め立てられ、強引に前から預けてあった本件三〇〇〇ドル米国国債を売られた。
(被控訴人の主張)
平成一四年四月三〇日一六時五四分ころ、被控訴人の練馬支店の支店長であったC(以下「C」という。)と同支店次長のD(以下「D」という。)は控訴人宅を訪問し、その際に、控訴人から、本件八万ドル米国国債を売却することの承諾を得た。同日一七時三三分、Cは被控訴人の練馬支店において本件八万ドル米国国債の反対売買を実行し、その代金三〇三万六一九九円の全額を本件八万ドル米国国債の購入代金に充当した。
平成一四年五月七日、CとDは控訴人宅を訪問し、控訴人に対し、本件八万ドル米国国債の不足代金一二万七三一四円の支払を催促した。控訴人は、不足代金の支払方法について、現金で支払うか、保有する別の債券を売ってその代金を充当するかどちらにするか考えたいので一日待って欲しいと申し入れた。
Cは翌々日、控訴人宅に電話をかけて不足代金の支払について尋ねたところ、控訴人から、本件三〇〇〇ドル米国国債を売却することの承諾を得た。Cは、この電話を切った後すぐに、Bに対して本件三〇〇〇ドル米国国債の売却を指示してこれを実行し、入金された金一二万九二四六円の内金一二万七三一四円を、本件八万ドル米国国債の代金に充当した。
(被控訴人の上記主張の経緯)
被控訴人は、上記のとおり、上記各売却について控訴人の承諾を得た旨主張しているが、その旨の主張は原審口頭弁論終結の日(第四回口頭弁論期日)である平成一六年三月五日に提出された同日付け準備書面によって初めてされたものであり、それ以前は、控訴人に任意の支払を求めたが支払がなかったため、内容証明郵便を送付するとともに売付処分をして代金に充当した旨主張するにとどまり、控訴人の承諾の有無には何ら言及していなかった。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件八万ドル米国国債についての、控訴人の買付注文の有無)について
(1) <証拠省略>によれば、以下の事実が認められ、これに反する控訴人の供述は後記(2)のとおり採用できない。
ア 平成一四年三月一九日午後一二時一五分ころ、控訴人は被告の練馬支店に電話をして、Bに対し、二〇二〇年五月償還の米国割引国債を四万ドル、二〇二五年二月償還の米国割引国債を四万ドル買い付けた場合、代金は幾らになるか問い合わせた。
イ Bは、コンピュータに上記米国国債のコードをそれぞれ入力して個別の金額及び合計の金額を試算し、控訴人に対し、それぞれの代金及び合計金額が三一六万三五一三円になることを伝えた。
ウ これに対し控訴人はBにお願いしますと告げたので、Bは金額についてもう一度確認した後、伝票を二枚起票し、上司のE次長を呼んでBの座席の後ろからのチェックを依頼した。Bは、控訴人に対し、注文内容を復唱して確認した後、それでは買い付けしますと再び控訴人に対し確認すると、控訴人ははいと述べたので、Bはコンピュータ上の「確認」欄に「1」と入力して送信ボタンを押し、買付できましたと告げ、電話を切った。
エ 同日一時三〇分ころ、控訴人は被告の練馬支店に電話をしたが、Bが不在であったので電話を切り、同日一時四〇分ころ、戻ってきたBが控訴人宅に電話をかけたところ、控訴人は、先ほどお願いして買い付けた四万ドルの二銘柄を取り消して欲しい、当日だから何とか取り消しできるでしょうと述べた。上記取引は証券取引所を通さない相対取引であって、被控訴人が在庫として保有している債券をそのままの状態で控訴人に売り渡したにすぎないが、既にコンピュータに入力したことにより被控訴人の帳簿上も売買契約が成立したものとして取り扱われていることから、Bは取り消すことはできないと告げて取消しを拒否した。
(2) 控訴人は、本件以前に控訴人が電話で国債を購入した際には、控訴人が被控訴人に対し電話で国債購入の注文をして、これを受けた被控訴人の担当者が注文内容を復唱した後に電話を切り、それから一五分から三〇分ほどたった後、被控訴人の担当者から、国債が買えたことを告げる電話がかかってきたのであるが、本件においては、控訴人がBに対して本件八万ドル米国国債の値段を尋ねた後に電話を切って、一〇分から一五分後程して再び電話をしたところ、既に本件八万ドル米国国債の注文がなされていたものとして処理されていたと供述する。
しかしながら、<証拠省略>によれば、被控訴人の各支店においては米国国債の売買がオンライン上で行われており、しかも米国国債の売買は証券取引所を通じて行う委託取引ではなく、店頭における相対取引であるから、電話で注文を受けた際には直ちにこれを実行することが可能であって、いったん電話を切って相当時間経過しなければ取引の成否が判明しない事情は存在しないことが認められるから、Bが控訴人からの電話を切った後に注文伝票を記入しパソコンに入力したとは考え難く、むしろ控訴人からの注文を受けた後、電話をつないだまま注文内容を伝票に記入してパソコンに入力し、パソコンの送信ボタンを押した後に買い付けできましたと告げて電話を切った旨のBの供述は十分に信用でき、この点に反する控訴人の供述は採用することはできない。
(3) したがって、本件八万ドル米国国債の購入は控訴人の買付注文に基づいて行われたことが認められるから、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
二 争点(2)(本件八万ドル米国国債及び本件三〇〇〇ドル米国国債の売却についての控訴人の承諾の有無)について
(1) 被控訴人においては外国証券取引口座約款を定めており、控訴人の外国証券取引口座における取引については同約款の定めによるべきところ、同約款は、国内委託取引等の証券取引所を通じて行う取引については当該取引所の諸規則等に従う旨定めており(三条)、東京証券取引所の定める受託契約準則には、顧客が代金の決済をしない場合などには、取引所における取引参加者である証券会社において、その決済のために任意に当該顧客の計算で売付契約の締結等を行うことができるとの規定(五三条)があるため、顧客が証券会社に委託して証券取引所を通じて有価証券を買い付けたにもかかわらず、その代金を支払わない場合には、証券会社は、当該顧客の承諾の有無にかかわらず、当該証券はもとより当該顧客のために預り保管している他の証券を売却して代金の決済に充てることができるのである。
しかし、本件で問題となっている米国国債の取引は、証券取引所を通じて行う委託取引ではなく、被控訴人が在庫として保有しているものを店頭において相対取引するものであるから、上記準則の適用はないし、上記約款には顧客による代金不払の際の決済方法に関する定めがないのであるから、被控訴人としては、控訴人が米国国債の代金を支払わない場合、当該米国国債はもとより控訴人のために預り保管している他の国債についても、控訴人の承諾なしにこれを売却して代金の決済に充てることは許されないというべきである。
(2) 以上を前提に上記承諾の有無を検討するのに、証拠によれば、以下の事実が認められる。
ア 平成一四年三月二〇日、CとDは控訴人宅を訪問し、控訴人に対し、本件八万ドル米国国債の代金三一六万円余りを支払うよう求めたところ、控訴人はこれを拒絶し、代金を支払う意思はないと告げた。その後も何度か、Cは控訴人に対する電話及び訪問を繰り返して、控訴人に対し、上記代金を支払うよう求めたが、控訴人は、本件八万ドル米国国債の注文はしていないと言って支払を拒絶した。
イ 平成一四年四月一九日、Cは、控訴人宅へ下記の内容の内容証明郵便を送付した。
記
さて早速ながら、平成一四年三月一九日に、貴殿からの委託により買付約定が成立しました、二〇二〇年五月償還の米ドル建て割引国債四万ドル及び、二〇二五年二月償還の米ドル建て割引国債四万ドルの買付代金三六万(原文ママ)三五一三円につきましては、再三入金方を督促申し上げましたが、今日に至るも未だご入金がなく、扱店として困惑いたしております。至急ご入金賜りたく重ねてお願い申し上げます。
来る平成一四年四月二三日までにご入金がない場合は、当社としても法的手段を考えざるを得ませんので、ご了承下さいますようお願い申し上げます。
ウ 平成一四年四月二四日、Cは、控訴人宅へ下記の内容の内容証明郵便を送付した。
記
さて早速ながら、平成一四年三月一九日に、貴殿からの委託により買付約定が成立しました、二〇二〇年五月償還の米ドル建て割引国債四万ドル及び、二〇二五年二月償還の米ドル建て割引国債四万ドルの買付代金三一六万三五一三円につきましては、平成一四年四月一九日の内容証明郵便にて入金方を督促申し上げましたが、今日に至るも未だご入金がなく、扱店として困惑いたしております。至急ご入金賜りたく重ねてお願い申し上げます。
来る平成一四年四月二六日までにご入金がない場合は、平成一四年四月三〇日に、当社において適宜右債券を売却処分し、なお不足のある場合には、貴殿よりお預かりしております他の有価証券を随時、貴殿の計算において売却処分して不足金に充当いたしますので、ここにご連絡申し上げます。
エ 平成一四年四月三〇日午前一一時二一分、CはDとともに控訴人宅を訪問したが、控訴人は不在であったので、同日午後四時五四分、再び控訴人宅を訪問して本件八万ドル米国国債の代金を支払うよう求めた。
これに対し控訴人は、勝手に買ったわけだからそれを売ろうが何しようが関係ないと返答したので、午後五時三三分、Cは被控訴人の練馬支店において、代金合計三〇三万六一九九円で本件八万ドル米国国債の反対売買を実行し、この代金の全額を本件八万ドル米国国債の代金に充当した。
オ 平成一四年五月一日、Cは、控訴人宅へ下記の内容の内容証明郵便を送付した。
記
さて早速ながら、平成一四年三月一九日に、貴殿からの委託により買付約定が成立しました、二〇二〇年五月償還の米ドル建て割引国償四万ドル及び、二〇二五年二月償還の米ドル建て割引国債四万ドルの買付代金三一六万三五一三円につきましては、平成一四年四月一九日及び平成一四年四月二四日の内容証明郵便にて入金方を督促申し上げましたが、ご入金がないため、右債権(原文ママ)を平成一四年四月三〇日に売却いたしました。
しかしながら、いまだに一二万七三一四円が不足となっておりますので、来る平成一四年五月七日までにご入金くださいますようお願い申し上げます。万一ご入金のない場合は、平成一四年五月八日に、貴殿よりお預かりしております他の有価証券を随時、貴殿の計算において売却処分して不足金に充当いたしますので、ここにご連絡申し上げます。
カ 平成一四年五月七日一五時五七分ころ、CとDは控訴人宅を訪問し、控訴人に対し、上記オの内容証明郵便が届いたことの確認を行った後、同内容証明郵便は控訴人の債券を自由にできる書類であるから何と言っても駄目であるから、一二万七三一四円の不足金額を支払うか、預けていた債権を不足金額に近い分売却するか、どちらか選択して欲しいと述べたところ、控訴人は、不足金を現金で支払うか、保有債券を売って充当するか、どちらにするか考えたいので一日待って欲しいと告げた。
キ 同月九日午前一〇時三七分、Cは被控訴人宅に電話をかけて不足金の処理について確認したところ、被控訴人は、Cに対して「仕方ないですね」と返答した。
ク Cは、上記電話を切った後すぐに、Bに対し、本件三〇〇〇ドル米国国債の売却を指示し、同日午前一〇時四四分、Bはこれを実行し、入金された金一二万九二四六円の内金一二万七三一四円を、本件八万ドル米国国債の代金に充当し、その余の一九三二円は控訴人の取引口座において預り金として入金した。
(3) 以上認定したところに基づいて控訴人による(1)エ及びキの返答の趣旨について検討する。
Cから控訴人に対して送付された三通の内容証明郵便は、いずれも控訴人の同意ないし承諾がなくとも被控訴人が控訴人の債券を処分し得ることを当然の前提として記載されていること、Cも控訴人に対し直接、被控訴人の預り保管している債券を売却することができる旨告げていること、上記内容証明郵便にはいずれも本件八万ドル米国国債の取引について委託との文字が用いられ、同取引について前記(1)の東京証券取引所受託契約準則が適用されることを前提としているようにも読み取れること、及び前記第二、四(2)の被控訴人のこの点についての主張の経緯に照らすと、Cは、実際に控訴人に無断で被控訴人の預り保管する債券を売却する意図をどの程度有していたのかはともかくとして、少なくとも控訴人に対しては、本件に関する交渉を通じて一貫して、被控訴人がその一存で控訴人の債券を売付処分する権限を有しており、控訴人の回答いかんに関わらず売却を行うつもりであることを確定的な方針として示し、その上で本件八万ドル米国国債の代金を支払うよう要求していたと認められる。
すなわち、Cと控訴人との一連のやり取りのうち、代金支払に関する部分はCからの説得を内容とする交渉と理解できるが、その支払がない場合の債券売付に関する部分は、交渉の余地のない一方的な通告として行われていたと認められる。
確かに(1)エ及びキのような返答は、それのみをとらえると被控訴人の意向に反対はしないものと解釈できないでもないが、控訴人に対するCの上記対応に加え、これらが控訴人から先に申し向けられたものではなくCからの要求を受けてなされたものであるという経緯を併せ考えると、それはむしろ、単に被控訴人からの一方的な通告の内容を認識したことを明らかにしたものにすぎないものであって、自ら売却に同意する趣旨を含むものではないと解釈すべきである。
そうすると、他に控訴人が自己の債券の売却を事後的に承認したと認めるに足りる事情のない本件においては、上記各売却行為は控訴人の有効な承諾を欠いたまま行われたものであるというべきである。
(4) 以上検討したところによれば、本件八万ドル米国国債及び本件三〇〇〇ドル米国国債の売却は、いずれも被控訴人が控訴人の財産をその承諾なく処分した行為として、控訴人に対する不法行為を構成するというべきであるところ、控訴人はこれらのうち本件三〇〇〇ドル米国国債の売却のみを不法行為として主張しており、それによる損害は、前記(2)クの同米国国債の売却金額のうち、被控訴人においてほしいままに未払代金に充当した一二万七三一四円に限られると認めるのが相当である。
なお、被控訴人は、上記各不法行為時において、控訴人に対し三一六万三五一三円の未払代金債権を有していたが、上記損害賠償債務は不法行為によって生じたものであるから、控訴人に対して相殺をもって対抗することはできず、同債権については、時効消滅するに至るまで別途満足を得ることができたのであるから、何らの不都合はなかったというべきである。
三 よって、控訴人の請求を棄却した原判決を変更し、控訴人の被控訴人に対する請求は、金一二万七三一四円の支払を命ずる限度で理由があるから、この限度で請求を認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 大須賀綾子 筈井卓矢)