東京地方裁判所 平成16年(ワ)11487号 判決 2005年2月25日
反訴原告 株式会社ブレス
同訴訟代理人弁護士 日野修男
反訴被告 株式会社メディアドゥ
同訴訟代理人弁護士 国谷史朗
同 鈴木明子
同 村上寛
同補佐人弁理士 原島典孝
主文
1 反訴原告の請求を棄却する。
2 反訴に係る訴訟費用は反訴原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
反訴被告は、反訴原告に対し、金2000万円及びこれに対する平成16年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は、後記特許権を有する反訴被告が反訴原告に対して特許権侵害を理由とする訴訟を提起した行為について、反訴原告が、上記訴訟提起が違法であると主張して、反訴被告に対し、不法行為に基づき、一部請求として損害賠償金2000万円を請求する事案である。
2 前提となる事実
(1) 当事者
ア 反訴原告は、ニューメディアに関するシステムの開発、企画及び販売等を行う会社である(争いのない事実)。
イ 反訴被告は、携帯電話端末利用者向けパケット量削減サービス「パケ割」の運営等の各種通信回線を利用した各種情報サービス業、デジタルコンテンツ及びインターネット広告の企画、運営、販売業務等を行う会社である(争いのない事実)。
(2) 反訴被告の特許権
ア 反訴被告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲請求項1記載の特許発明を「本件発明」という。本件特許権に係る明細書を以下「本件明細書」という。)を有している(甲1、2)。なお、反訴被告は、本件特許についての特許異議の申立手続(異議2003-73028)において訂正を請求したところ、平成16年7月28日、上記訂正を認め、本件特許権の請求項1ないし7に係る特許を維持する旨の決定がされた(以下、訂正前の特許請求の範囲請求項1記載の特許発明を「訂正前の本件発明」、訂正後の特許請求の範囲請求項1記載の特許発明を「訂正後の本件発明」ということがある。)(甲7)。
特許番号 第3416647号
発明の名称 インターネット上のWebコンテンツのデータ量を削減して中継転送するコンテンツ中継サービス装置
出願日 平成12年12月28日
出願番号 特願2000-402364
登録日 平成15年4月4日
特許請求の範囲請求項1(訂正前)
「つぎの事項(1)~(6)によって特定されるコンテンツ中継サービス装置。
(1) インターネットに接続したコンピュータ情報処理システムにおいて、インターネット上に公開されているWebコンテンツのデータ量を削減して中継転送するコンテンツ中継サービス装置である。
(2) 本装置は、データ量課金式ネットワークの通信サービスに加入しているブラウザ搭載端末の使用者である会員に関する情報を会員情報データベースに登録して管理する。
(3) 本装置は、アクセスしてきたブラウザ搭載端末と通信し、前記会員情報データベースに照らして所定の認証手続きを行うことで、会員のブラウザ搭載端末であることを認証する。
(4) 本装置は、前記会員Aのブラウザ搭載端末Bから指定されたWebコンテンツCをインターネット上から取得するとともに、そのWebコンテンツを所定のデータ量削減手段により処理し、その処理後のWebコンテンツDをブラウザ搭載端末Bに送達する。
(5) 本装置は、前記データ量削減手段によって前記WebコンテンツCを処理して前記WebコンテンツDにしたときのデータ削減実績を算出するとともに、その削減実績データを前記会員情報データベースの会員Aに対応付けして記録する。
(6) 本装置は、前記会員情報データベースに記録された各会員ごとの前記削減実績データを適宜に編集して出力する。」
特許請求の範囲請求項1(訂正後。訂正部分には下線を付してある。)
「つぎの事項(1)~(6)によって特定されるコンテンツ中継サービス装置。
(1) インターネットに接続したコンピュータ情報処理システムにおいて、インターネット上に公開されているWebコンテンツのデータ量を削減して中継転送するコンテンツ中継サービス装置である。
(2) 本装置は、データ量課金式ネットワークの通信サービスに加入しているブラウザ搭載端末の使用者である会員に関する情報を会員情報データベースに登録して管理する。
(3) 本装置は、アクセスしてきたブラウザ搭載端末と通信し、前記会員情報データベースに照らして所定の認証手続きを行うことで、会員のブラウザ搭載端末であることを認証する。
(4) 本装置は、前記会員Aのブラウザ搭載端末Bから指定されたWebページ本体と挿入画像データを含むWebコンテンツCをインターネット上から取得するとともに、そのWebコンテンツを所定のデータ量削減手段により処理し、挿入画像データのデータ量を削減するとともにWebページ本体中のリンク先記述をこれに対応付けた文字数の少ない記述に変換し、その処理後のWebコンテンツDをブラウザ搭載端末Bに送達する。
(5) 本装置は、前記データ量削減手段によって前記WebコンテンツCを処理して前記WebコンテンツDにしたときのデータ削減実績を算出するとともに、その削減実績データを前記会員情報データベースの会員Aに対応付けして記録する。
(6) 本装置は、前記会員情報データベースに記録された各会員ごとの前記削減実績データを適宜に編集して出力する。」
イ 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである(以下、それぞれを「構成要件(1)」などという。)。
次の事項(1)ないし(6)によって特定されるコンテンツ中継サービス装置
(1) インターネットに接続したコンピュータ情報処理システムにおいて、インターネット上に公開されているWebコンテンツのデータ量を削減して中継転送するコンテンツ中継サービス装置である。
(2) 本装置は、データ量課金式ネットワークの通信サービスに加入しているブラウザ搭載端末の使用者である会員に関する情報を会員情報データベースに登録して管理する。
(3) 本装置は、アクセスしてきたブラウザ搭載端末と通信し、前記会員情報データベースに照らして所定の認証手続きを行うことで、会員のブラウザ搭載端末であることを認証する。
(4) (訂正前)本装置は、前記会員Aのブラウザ搭載端末Bから指定されたWebコンテンツCをインターネット上から取得するとともに、そのWebコンテンツを所定のデータ量削減手段により処理し、その処理後のWebコンテンツDをブラウザ搭載端末Bに送達する。
(訂正後)本装置は、前記会員Aのブラウザ搭載端末Bから指定されたWebページ本体と挿入画像データを含むWebコンテンツCをインターネット上から取得するとともに、そのWebコンテンツを所定のデータ量削減手段により処理し、挿入画像データのデータ量を削減するとともにWebページ本体中のリンク先記述をこれに対応付けた文字数の少ない記述に変換し、その処理後のWebコンテンツDをブラウザ搭載端末Bに送達する。
(5) 本装置は、前記データ量削減手段によって前記WebコンテンツCを処理して前記WebコンテンツDにしたときのデータ削減実績を算出するとともに、その削減実績データを前記会員情報データベースの会員Aに対応付けして記録する。
(6) 本装置は、前記会員情報データベースに記録された各会員ごとの前記削減実績データを適宜に編集して出力する。
(3) 反訴原告の行為
反訴原告は、インターネット上のウェブサイトhttp:-/pocketpacket.jp/において、「ポケパケ」と称するパケット通信料金削減サービス(以下「本件サービス」という。)を提供している。
本件サービスは、携帯電話端末利用者が、その携帯電話端末から上記URLを通じてWebコンテンツを取得する際、そのコンテンツのデータ量を削減することにより、パケット通信料を節約することができるという内容のものであり、削減前のデータ量と削減後のデータ量及びデータ量の削減率が携帯電話端末の画面上に表示されるものである(乙1の2、2、6)。
(4) 本件訴訟の経緯等
反訴被告は、平成16年2月10日、反訴原告に対し、本件サービスが別紙イ号物件目録<1>記載の物件を使用することによって行われ、その使用が本件特許権を侵害する旨主張して、本件特許権に基づき上記物件の使用の差止めを求めるとともに、損害賠償として3300万円の支払を求める訴えを提起した(当庁平成16年(ワ)第2845号。以下「本訴」という。)。なお、反訴被告は、平成16年3月30日付第1準備書面において、イ号物件目録を別紙イ号物件目録<2>のとおり修正した。
これに対し、反訴原告は、同年5月31日、反訴被告に対し、本訴提起が違法であるとして、不法行為に基づき2000万円を支払を求める反訴を提起した。
反訴被告は、同年10月29日、本訴請求を放棄する旨の請求放棄書を提出し、同年12月21日の第4回口頭弁論期日において上記請求放棄書を陳述した。本訴は、請求放棄によって終了したため、現在は反訴のみが当裁判所に係属している。
3 争点
(1) 反訴被告の本訴提起が違法か否か
(2) 損害額
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本訴提起の違法性)について
〔反訴原告の主張〕
反訴被告の反訴原告に対する本訴の提起は、提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したものであり、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く違法なものである(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁)。
したがって、反訴被告による本訴の提起は、以下のとおり不法行為を構成するものであり、反訴原告は、反訴被告に対し、本訴の提起によって被った損害の賠償を請求する権利がある。
(1) 反訴原告物件の存在を立証していないこと
反訴被告は、本訴訴状において、「反訴原告がイ号物件を業として使用している」と主張したが、「イ号物件」の存在すら立証していない。
(2) 反訴原告物件を特定していないこと
特許権に基づく侵害行為の差止めないし損害賠償請求においては、被告の侵害行為を特定することは、審判の対象(訴訟物)を定めるのみならず、侵害行為の特定や被告製品の特定は、判決の効力の客観的範囲や執行対象を画する基準となるものである。被告にとっては、原告が特定する審判の対象(訴訟物)について防御を行えば足りるのである。
しかし、反訴被告の「イ号物件目録」によっては、訴訟物が特定されない。
反訴被告が本訴訴状において添付した別紙イ号物件目録<1>は、本件特許権の特許請求の範囲請求項1の構成要件と完全に同一である。
反訴被告は「イ号物件」の存在すら認識していなかったため、「イ号物件」の記述を上記請求項1と同一にせざるを得なかったものであり、この事実は、反訴被告が反訴原告物件の存在すら確認していないことを推認させる。
(3) 反訴被告は反訴原告物件が特定できないことを認識しながら本訴を提起したこと
本訴において、反訴被告は、「本件発明は、物の発明であるものの、方法の特許と同じく、具体的な構成は実際にコンピュータを検証しない限り、どのような装置をどのような形態で使用しているかがわからないものである。したがって、反訴原告の有するコンピュータのうち、具体的にどの装置が本件発明の構成要件を備えているかを外部から知ることは不可能である。」旨主張したが、これは、反訴被告が反訴原告物件が特定できないことを認識しながら本訴を提起したことの証左である。
なお、反訴被告は、第1準備書面において、イ号物件目録の訂正をしているが、もともとイ号物件目録が適切に特定されていれば訂正の要はなかったのであって、上記訂正の事実は、むしろ反訴被告における反訴原告物件の特定の不十分さと、それを認識しつつ本訴を提起した事実を推認させるものである。
(4) 反訴被告と反訴原告の方法の違いを考慮していないこと
ア 構成要件(5)の充足性について
反訴被告が提供する「パケ割!」と称するサービスにおいては、データ削減実績を月間で積算しているため、サーバーで算出、記録する必要があり、圧縮前のデータサイズに関する情報と圧縮後のデータサイズに関する情報をサーバーで取得する必要がある。
他方、反訴原告の提供する本件サービスにおいては、サービスを利用した接続ごとに削減前のパケット数と削減後のパケット数と削減割合を携帯端末に送信している。このことは乙第1号証の「ポケパケ」の項目に「アクセスするごとに、『ポケパケ』適用前後のパケットと、節約率が表示される。」との記載があることからも認めることができる。したがって、反訴原告の提供する本件サービスにおいては、サーバーにおける記録は何ら必要ではなく、「削減実績データを前記会員情報データベースの会員Aに対応付けして記録する」というプロセスは実施していない。
すなわち、反訴原告の実施する方法においては、本件発明の構成要件(5)に含まれるプロセスを充足しない。
イ 構成要件(6)の充足性について
そうすると、反訴原告の提供する本件サービスにおいては、「前記会員情報データベースに記録された各会員ごとの前記削減実績データを適宜に編集して出力する」というプロセスも実施していないことになるから、反訴原告の実施する方法において、本件発明の構成要件(6)に含まれるプロセスも充足しない。
(5) 本件特許の出願経過を全く考慮していないこと
本件特許は、平成12年12月28日に出願され、平成15年2月7日に拒絶理由通知書が作成されたが、出願人が手続補正書を提出し、同年3月14日に特許査定が下されたものである。
上記の経緯において、特許庁審査官が作成した同日付け「審査用メモ」(乙4)においては、「《特許メモ》 参考文献には『中継サービス装置にて削減実績を会員情報データベースと対応付けて記録すること』が記載も示唆もされていない。」との記述がある。
すなわち、本件発明が特許査定を受けた理由は、参考文献において、「中継サービス装置にて削減実績を会員情報データベースと対応付けて記録すること」が記載も示唆もされていないということなのであり、これは本件発明の構成要件(5)及び(6)が特許成立の本質的要素であることを示している。
特許庁がいかに判断して本件発明に特許を付与したかという事実も出願経過であり、本件特許請求の範囲の解釈に当たって斟酌されるべきことは当然であるところ、反訴被告は、かかる出願経過を何ら斟酌せず、本訴を提起した。
(6) 内容虚偽の陳述書を提出したこと
反訴被告提出のE陳述書(甲3)には、「このような表示を行うためには、データ削減実績をサーバで算出・記録する必要があります。」「本件サービスにおいては、いずれの情報もコンテンツ中継サービス装置で取得していると考えられます。」と記載されているが、これは真実に反する内容虚偽の陳述である。
反訴原告が提供する本件サービスにおいては、会員登録していない携帯電話端末利用者であっても、所定のURL入力フォームにパケット削減を希望するURLを入力するなどして、本件サービスが利用できるのであり、当業者であれば、このことは極めて容易に判断することができる。
(7) 構成要件該当性判断を意図的に曲解したこと
反訴被告は、上記甲第3号証の陳述書により、反訴原告が実施する方法が本件発明の構成要件(5)及び(6)を充足するとの曲解をしたものである。
(8) 損害賠償請求の根拠がないこと
反訴被告は、本訴における損害額の主張において、何らの根拠を示すことなく、反訴原告の売上げについて、「会員からの利用料及び広告収入等により、少なくとも月額2400万円の売上げを計上しており」と主張し、現在に至るまで、その根拠となる証拠を提出しない。
(9) 事前の話合いを持つことなくいきなり本訴を提起したこと
上記のとおり、反訴原告の実施する方法と、本件発明の内容が相違すること、反訴原告及び反訴被告の双方が提供するサービスの内容が相違することは、双方が提供するサービスの画面を比較しても明らかである。
この点について、反訴被告が本訴提起前に反訴原告と交渉を行っていれば、反訴被告は反訴原告の実施する方法が本件発明の構成要件を充足しないことを理解し、訴訟を回避することができたはずであるのに、問い合わせや交渉をすることなく、いきなり本訴を提起したものであり、これは訴権の濫用である。
(10) 本訴を提起した当時の本件発明に無効理由が存在することが明らかであること
ア 公知技術
(ア) 乙第10号証ないし第12号証が紹介するURLサイトにて提供されている「パケットメーター」は、インターネット上に公開されているWebコンテンツのデータ量を削減して中継転送し、データ削減実績を算出して編集して出力するコンテンツ中継サービスである。
(イ) 乙第13号証には、サーバ管理者側で、サービスを提供するユーザー毎に提供したサービスに関するデータを集計して保存、記録することが記述されている。
イ 本件発明と上記公知技術「パケットメーター」との相違点は以下のとおりである。
(ア) 前者が「データ量課金式ネットワークの通信サービスに加入しているブラウザ登載端末の使用者である会員に関する情報を会員情報データベースに登録して管理する」のに対し、後者にはそのような管理が見られない。
(イ) 前者が「本装置は、アクセスしてきたブラウザ登載端末と通信し、前記会員情報データベースに照らして所定の認証手続きを行うことで、会員のブラウザ登載端末であることを認証する」のに対して、後者にはそのような認証が見られない。
(ウ) 前者が「削減実績データを前記会員情報データベースの会員に対応付けて記録する」のに対して、後者にはそのような記録をしていることが見られない。
ウ 容易想到性
(ア) しかしながら、上記イ(ア)及び(イ)の相違点については、一般にネットワーク上で会員にサービスを提供する場合、会員情報を記憶手段(データベース)等で管理し、アクセスしてきた端末と通信し、データベースに照らして所定の認証手続を行うことで、会員であることを認証することは、乙第13号証に記載されているように、周知慣用技術である。
したがって、周知の認証方法を「パケットメーター」に適用することは、当業者が容易に想到し得ることである。
(イ) また、上記イ(ウ)の相違点については、一般に、管理者側で、サービスを提供するユーザー(会員)ごとに、提供したサービスに関するデータを集計して保存、記録することは周知慣用技術であり、「パケットメーター」を会員サイトとする際に、削減実績データを会員情報データベースの会員に対応付けて記録することも、当該周知慣用技術と同類であるから、当該相違点は、当業者が必要に応じて適宜採用する程度の設計的事項である。
エ 以上によれば、反訴被告が本訴を提起した当時の本件発明は、公知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、本件発明に係る特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、無効理由の存在が明らかである。
オ なお、異議2003-73028号事件の平成16年4月16日付の取消理由通知書(乙14)においては、「以上のとおりであるから、本件請求項1~7に係わる発明は、上記引用刊行物等に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明についての特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。」との記載があり、反訴被告が本訴を提起した当時の本件特許権について、特許法29条2項違反が認定されている。
反訴被告は、上記取消理由通知書に応答して、訂正請求により特許請求の範囲を減縮したが、これは反訴被告が本訴提起時における訂正前の本件発明に係る特許権に無効理由が存在したことを自認するものである。
カ 反訴被告は、本訴提起に当たり、あらかじめ本件特許権について、明らかな無効理由がないか否かを十分に調査、検討すべき義務があるにもかかわらず、この義務を怠った。
(11) 反訴被告が請求棄却の判決を避けるべく本訴請求を放棄したこと
反訴被告は、訴訟の審理において請求が認められないことが分かると、訴えの取下げを提案するとともに、反訴原告に訴え取下げの同意を要請した。反訴原告から訴え取下げの同意が得られないとなると、反訴被告は、請求棄却の判決を避けるべく、請求放棄書を提出した。
このような訴訟遂行の態度も、本訴提起の違法性を基礎付けるものである。
〔反訴被告の主張〕
法的紛争の当事者が、当該紛争の終局的解決を裁判所に求め得ることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事項であるから、裁判を受ける権利は最大限に尊重されなければならない。
以下で述べるとおり、反訴被告による本訴提起は違法となる事実は全く存在せず、反訴原告が主張する損害賠償請求が成立しないことは明らかである。そもそも、本件反訴における反訴原告の主張が認容されるとすれば、特許権者等の権利行使を不当に抑制することになる。反訴原告引用の昭和63年最高裁判決が「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限る」としているのも、このような裁判を受ける権利を不当に制限しないための限定であることからすれば、「著しく相当性を欠く」事情が認められない本件においては、反訴原告の請求は直ちに棄却されるべきである。
(1) 反訴原告物件の存在は立証していること
「イ号物件」の存在については、甲第3号証によって立証されているし、反訴原告は、自己の提供する本件サービスの内容を主張しているが、当該サービスの内容からすれば、当該サービスで使用されるコンテンツ中継サービス装置は本件発明の構成要件をすべて充足するものである。
(2) 反訴原告物件は特定していること
反訴被告は、反訴原告の指摘を受け、第1準備書面においてイ号物件目録の訂正を行った。訂正後の別紙イ号物件目録<2>では、イ号物件を「http:-/pocketpacket.jpにおいて提供されているパケット削減サービス『ポケパケ』で使用されている…コンテンツ中継サービス装置」という形で、反訴原告が提供する特定のサービスで使用されるサーバーを特定しており、同目録では、図面を用いて当該サーバーの有する構成を示すことにより、反訴原告物件の特定を行っているので、ある程度情報処理の知識のある者であれば容易に反訴原告物件を特定することができる。
反訴原告は、構成要件非充足の主張をしているが、これ自体反訴原告物件が特定されていることを反訴原告も自認していることを示すものである。
(3) 反訴被告の提訴態度は妥当なものであること
特許訴訟において、特許権者が侵害の行為を組成したものとして主張する物の具体的態様を否認する場合には、被告は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならないのである。
上記(1)及び(2)のとおり、反訴被告は反訴原告物件を特定し、その存在を主張立証しているのであるから、むしろ反訴原告において、反訴原告物件の具体的な構成を主張しなければならないのである。
(4) 構成要件充足性について
ア 構成要件(5)について
(ア) 本件発明にかかるコンテンツ中継サービス装置は、「会員に対して削減実績を提示する機能」が本質的な要素となっているところ、反訴原告物件が「サービスを利用した接続毎に」削減実績を会員に対して提示しているのであれば、本件発明の効果である削減実績提示機能を有していることになる。
本件発明では、削減実績データの編集、出力について、例えば月間累積ベースで出力する場合に限るといった限定は全くなく、反訴原告が主張するように、反訴原告物件がサービスを利用した接続ごとに削減実績を出力し、携帯電話機の画面に表示するという場合も当然含まれる。
(イ) 構成要件(5)における「前記会員データベースの会員Aに対応付けて記録する」のは、会員Aの削減実績を当該会員Aに向けて出力することができるようにするためである。
本件発明に係るコンテンツ中継サービス装置においては、複数の会員が同時にサービスを利用することが想定されるが、この場合、各会員に対して削減実績を出力するためには、「会員のリクエストに応じてどのコンテンツのパケット量をどれだけ削減したか」を会員ごとに記録する必要があり、このことは、反訴原告物件のように接続ごとに削減実績を会員に対して出力する場合も同様である。
通常、コンピュータ情報処理システムにおいては、一定の情報処理を行った場合、少なくとも一時的にはメモリーに「記録」される。反訴原告の主張するように、反訴原告物件が接続ごとに会員に対して削減実績データを送信していたとしても、ここで会員が反訴原告物件を使用した際の削減率が記録されるプロセスは必ず存在している。
イ 構成要件(6)について
上記のとおり、反訴原告物件においては、会員ごとに削減実績データを記録するプロセスを経ている。なお、仮に会員ごとの削減実績データが会員データベースに記録されなかったとしても、反訴原告物件のどこかに特定の会員の削減実績として記録されれば構成要件(5)の「記録」に該当する。
さらに、本件明細書に記載されているように、「適宜に編集して出力する」とは、中継するWebコンテンツ中に削減実績を記載する形態(反訴原告物件はこれである。)や別途作成したWebページに記載してリンクを設定する形態、削減実績を通信料金として表示する形態やデータ量自体で表示する形態(反訴原告物件はこれである。)、利用者に対して出力する形態(反訴原告物件はこれである。)や運営者側に出力する形態等、多種多様な形態が存在することを表すために「適宜に」との文言が加わっているのである(本件明細書【0031】ないし【0033】)。反訴原告物件は、このように多種多様な形態の中から、いずれも実施例に記載された形態によって、「編集・出力」を行っているのであるから、「削減実績データを適宜に編集して出力」していることになる。
ウ なお、仮に審理の結果、反訴原告物件が構成要件(5)及び(6)を充足しないと判断されても、直ちに本訴が違法と評価されるものではない。
すなわち、特許発明の構成要件の解釈は、必ずしも一義的に明白なものではない。特許訴訟はこのような構成要件の解釈をめぐって裁判所に判断を求めるため提起されるものであるから、特許権者の一定の合理性のある解釈が結果的に裁判所によって受け入れられなかったからといって、提訴が違法とされるのであれば、裁判を受ける権利が著しく制限されることになる。
(5) 本件特許の出願経過について
本件発明の構成要件(5)及び(6)が特許成立の本質的要素であることを否定するものではないが、反訴被告は反訴原告物件が本件発明に係る構成要件(5)及び(6)に該当することを十分に主張・立証しているものである。
(6) 反訴被告提出の陳述書について
甲第3号証は、反訴被告の従業員が実際に本件サービスを利用した結果及びそこから合理的に推測できる反訴原告物件の構成を記載したものであり、虚偽ではない。
仮に本件サービスが会員登録なくして利用できたとしても、反訴原告物件を使用して登録した会員に対して当該サービスを提供しているのであれば、構成要件該当性は否定できないものである。
(7) 構成要件解釈について
反訴原告が前提とする「内容虚偽の陳述書を提出した」という事実自体が存在しない。
(8) 本訴の損害賠償請求額の根拠について
損害賠償額は、反訴原告のプレスリリース、本件サービス使用料、広告媒体からの収入を合理的に推測したものである。
(9) 本訴提起前の交渉の不存在について
本訴提起を違法であるとする事情がない以上、事前に交渉を行わないことが本訴提起を違法にするということもない。
(10) 本件特許の無効理由の有無について
ア 特許請求の範囲の訂正
反訴被告は、本件特許権についての特許異議申立手続(異議2003-73028)において訂正請求を行い、平成16年7月28日、上記訂正請求を認め、請求項1ないし7に係る特許を維持する旨の審決がされた(甲7)。
訂正後の本件発明においては、インターネット上から取得した「Webページ本体と挿入画像データを含むWebコンテンツC」をデータ量削減処理手段により処理し、「挿入画像データのデータ量を削減するとともにWebページ本体中のリンク先記述をこれに対応付けた文字数の少ない記述に変換」するという構成要件を備えているところ、この要件のうち、Webコンテンツに含まれる挿入画像データのデータ量を削減すること自体が本件発明の特徴事項ではないが、Webコンテンツに含まれるWebページ本体中のリンク先記述をこれに対応付けた文字数の少ない記述に変換することは、取消理由通知で引用される発明には含まれていない構成であり、この構成は、当該引用発明では奏することのできない格別な作用効果を奏することができるものである。
なお、反訴原告は訂正前の本件発明に係る本件特許権の無効を縷々主張するが、特許異議申立手続において訂正が認められた場合、その訂正の効果は出願時まで遡及するから、訂正前の本件発明について主張することは無意味である。
したがって、本件特許権が無効であるとする主張は失当である。
イ 本件特許権が訂正をしなくても維持されるべきものであったこと
そもそも、本件特許権は、反訴被告が訂正をしなくても維持されたものである。
本件明細書に記載されているとおり、本件発明は、実際に削減されたデータ量をデータ量削減実績として各会員に対応付けして記録するとともに、適宜に出力することにより、サービスに対して会員にサービス利用料金を請求する根拠が得られるなど、引用発明とは違った顕著な効果が得られるのであるから(本件明細書【0048】ないし【0053】)、引用発明との相違点は進歩性の根拠とはならないとの取消理由通知記載の理由は不当である。
2 争点(2)(損害額)について
〔反訴原告の主張〕
(1) 本訴に関する弁護士報酬 1252万1250円
本訴は、特許侵害訴訟という専門的訴訟であり、反訴原告が本訴に応訴するには、弁護士に依頼せざるを得なかった。
本訴の訴訟物の価額は1億0950万円であり、日弁連報酬規程(本訴提起当時)に基づく弁護士報酬は、着手金397万5000円、成功報酬795万円の合計1192万5000円である。これに消費税相当額を加算すると、1252万1250円となる。
(2) 反訴に関する弁護士報酬 343万3500円
反訴原告は、反訴を提起するに当たって、弁護士に依頼せざるを得なかった。
反訴の訴訟物の価額は2000万円であり、旧日弁連報酬規程に基づく弁護士報酬は、着手金109万円、成功報酬218万円の合計327万円である。これに消費税相当額を加算すると、343万3500円となる。
(3) 信用毀損及び精神的損害 500万円
ア 反訴原告は、反訴被告から特許権を侵害したことを理由に本訴を提起されることにより、名誉及び信用が毀損された。
イ 反訴原告の代表者及び従業員一同は、本訴の提起により、精神的に大きな損害を被った。
ウ これらの信用毀損及び精神的損害の総額は、500万円を下らない。
(4) 以上合計すると2095万4750円となるところ、この一部である2000万円を請求する。
〔反訴被告の主張〕
いずれも争う。
なお、訴訟についての応訴費用は、当事者が各自負担すべきものである。
また、訴訟提起による信用毀損及び精神損害に関する慰謝料については、憲法上裁判を受ける権利が保障されている以上、反訴原告が当然受忍すべき不利益である。
さらに、本件訴訟の進行に鑑みれば、むしろ反訴原告による合理的理由に欠ける反訴提起によって、当事者の費用負担が増しているものである。
第4当裁判所の判断
1 争点(1)(本訴提起の違法性)について
(1) 訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者が主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解される(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁)。
以下、上記基準に照らし、反訴被告の本訴提起について違法性が認められるか否かを検討する。
(2) 反訴原告物件の特定(反訴原告の主張(1)ないし(3))について
ア 証拠及び弁論の全趣旨等によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 反訴被告は、平成16年2月10日、本訴を提起するに当たり、訴状において、反訴原告が使用している装置(以下「反訴原告物件」という。)が別紙イ号物件目録<1>記載のとおりであると主張し、その(a)ないし(f)が、それぞれ本件発明の構成要件(1)ないし(6)を充足すると主張した(当裁判所に顕著な事実)。別紙イ号物件目録<1>は、本件発明の特許請求の範囲請求項1の(1)から(6)までをそれぞれ(a)から(f)に置き換えたほかは、これをそのまま引き写したものであった。
(イ) 反訴原告は、平成16年3月16日付の答弁書において、本件訴訟の対象となる反訴原告物件が特定されていないとして、反訴原告物件の個々の構成につき求釈明を行うとともに、反訴原告物件が存在したとしても、我が国の主権下に存在するか否かについて立証されていないなどと主張したほか、反訴原告物件は本件発明の構成要件(5)及び(6)を充足しない旨主張した(当裁判所に顕著な事実)。
(ウ) 反訴被告は、平成16年4月27日、第2回口頭弁論において陳述された同年3月30日付第1準備書面において、イ号物件目録を別紙イ号物件目録<2>記載のとおり補足・修正し、その(a)ないし(f)が、本件発明の構成要件(1)ないし(6)を充足すると主張した(当裁判所に顕著な事実)。
(エ) 反訴原告は、前記第2の2(3)のとおり、インターネット上のウェブサイトhttp:-/pocketpacket.jp/において本件サービスを提供しているところ、「pocketpacket.jp」は反訴原告自身が登録したものである。また、これに対応するIPアドレス群は、社団法人日本ネットワークインフォメーションセンターが管轄しているものであって、ケーブル・アンド・ワイヤレス・アイディーシー株式会社により日本国内に保有するサーバーに割り当てられ、反訴原告が同社からサブアロケーションされたものである(甲5、6、弁論の全趣旨)。
イ 特許権に基づく差止請求訴訟において、相手方の侵害の行為を組成した物又は方法を特定して主張することは、差止請求の対象として、審判の対象ないし訴訟物を特定することにより判決の既判力の客観的範囲を画定し、執行の対象を特定するために必要であるとともに、当該物又は方法が特許発明の技術的範囲に属するか否かを対比することにより、特許権侵害の成否を判断するために必要である。
したがって、特許権に基づく差止請求訴訟を提起する者は、審判の対象ないし訴訟物及び執行の対象を特定するとともに、特許権侵害の成否を判断することができる程度に相手方の侵害の行為を組成した物又は方法を特定して主張しなければならない。
そして、これを訴訟における相手方の防御活動の観点からみると、いかなる物又は方法が対象とされているのかが、社会通念上他と区別することができる程度に具体的に特定されていることを要するものである。特許法104条の2本文が「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、特許権者又は専用実施権者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。」と規定するのも、相手方において、いかなる物又は方法が対象とされているのかが、社会通念上他と区別することができる程度に明らかにされれば、相手方の防御活動に支障はなく、相手方が積極的に自己の行為の具体的態様を明らかにすることにより、特許権侵害には当たらないことを主張することができることを前提にしているものと解される。
反訴被告は、反訴原告が本件サービスを提供するに当たり使用している装置が反訴被告の本件特許権を侵害すると主張して本訴を提起したものである。したがって、本訴における差止請求の対象は、「反訴原告が本件サービスを提供するに当たり使用している装置」であることは、本訴訴状の記載からも読みとることができる。そして、「反訴原告が本件サービスを提供するに当たり使用している装置」は、社会通念上他と区別することができ、これがいかなる物又は方法を指すのかについては、反訴原告自身が自ら使用している装置に関する事柄であるから、少なくとも反訴原告にとっては容易に理解することができるものであったということができる。
ウ 反訴原告は、反訴被告が反訴原告物件の存在を立証していない旨主張する(前記第3の1反訴原告の主張(1))。しかしながら、反訴原告の本件サービスには、その性質上、同サービスを実現するためのソフトウェアがインストールされたコンピュータの存在が不可欠であるところ、現に同サービスがインターネット上で提供されている以上、同サービスを実現するためのソフトウェアがインストールされたコンピュータが存在していることは明らかである。
また、反訴原告は、反訴被告が反訴原告物件を特定していない旨主張する(前記第3の1反訴原告の主張(2))。確かに、前記ア(ア)で認定したとおり、本訴訴状における別紙イ号物件目録<1>は、本件発明の特許請求の範囲請求項1の記載をほぼそのまま引き写したものであり、具体的な装置の構成として不十分なものであって、審判の対象ないし訴訟物及び執行の対象を特定することも、特許権侵害の成否を判断することも困難なものであったといわざるを得ない。しかしながら、反訴被告は、答弁書における反訴原告の指摘を受け、速やかに、反訴原告物件を具体的に特定するべく別紙イ号物件目録<2>記載のとおり修正したものである。さらに、反訴原告物件の具体的構成に関する主張が不十分なものであったとしても、本訴請求の内容を検討すれば、反訴原告としては、現に自ら本件サービスを提供している以上、上記のとおり、同サービスを実現するためのソフトウェアがインストールされたコンピュータは必ず存在しているのであるから、そのコンピュータが対象とされていることは容易に理解することができるはずである。そして、それは、反訴原告自身が自ら使用している物件に関する事柄であるから、反訴原告としては、その使用が反訴被告の本件特許権を侵害しているか否かについては、十分に検討が可能であり、防御活動をすることも可能であったといわなければならない。したがって、反訴被告による反訴原告物件に関する主張が、反訴原告の有効な防御活動を困難にするほど不特定なものであったとは認められない。
さらに、反訴原告は、反訴被告が反訴原告物件が特定できないことを認識しながら本訴を提起した旨主張する(前記第3の1反訴原告の主張(3))。本件サービスの性質上、反訴被告において、反訴原告物件を実際に入手して検証することは不可能であり、反訴原告の本件サービスについては、外部から窺えるのはサービス内容に止まり、これがいかなる装置によって提供されているか、また、その装置が具体的にどのような構成であるのかを外部から知ることは困難である。そのような状況の下で、反訴被告としては、本訴提起後速やかに、反訴原告物件を具体的に特定するべくイ号物件目録を修正し、反訴原告物件について、必要最低限の特定を行ったことにも照らせば、反訴被告が反訴原告物件が特定できないことを認識しながら本訴を提起したということはできない。
したがって、反訴被告による反訴原告物件の特定やその存在の立証が不十分で違法であるということはできず、反訴原告の上記主張は、いずれも採用することができない。
(3) 構成要件充足性(反訴原告の主張(4)及び(5))について
ア 特許権者は、特許権侵害訴訟を提起するに当たっては、侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法が特許発明の技術的範囲に属することを調査した上でこれを行うべきである。しかし、特許権者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法が特許発明の技術的範囲に属するとはいえず、結果的に特許権を侵害しないという判断を受け、又は特許権者が自ら請求を放棄したとしても、その一事をもって訴えの提起が相手方に対する違法な行為に当たるということはできない。けだし、法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めることは、憲法上保障されている裁判を受ける権利の行使である上、特許発明の技術的範囲の確定は、一義的に明確なものではなく、専門的な判断を要するものであるから、訴訟提起時における特許権者の判断が後に誤りであったことが判明した場合に、常に損害賠償責任を負うものとすると、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり、妥当ではないからである。よって、特許権者において相手方の実施する物又は方法が侵害の行為を組成するという主張が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したのでない限り、訴えの提起が違法な行為に当たるとはいえないというべきである。
イ 証拠及び弁論の全趣旨によれば、反訴原告の提供する本件サービスについて、以下の事実が認められる。
(ア) 本件サービスは、携帯電話端末利用者向けのサービスであり、携帯電話端末からインターネット上に公開されているWebコンテンツにアクセスする際、データ量を削減して中継転送することによって、パケット通信料を節約するものである(甲3、4、乙1の2)。
(イ) 本件サービスにおいては、携帯電話端末利用者がインターネット上でWebコンテンツにアクセスするごとに、本件サービスを利用しなかった場合と利用した場合のそれぞれのデータ量及び本件サービスを利用したことによる削減率が、例えば「16PK⇒7PK 56%カット!」のように表示され、これによって携帯電話端末利用者は、本件サービスを利用したことによってどの程度のパケット通信料の節約ができたのかを知ることができる(乙1の2)。
(ウ) 本件サービスを会員登録をした上で受けるプロセスは、以下のとおりである(甲3、乙1の2)。
まず、携帯電話端末利用者は、反訴原告のサイトhttp:-/pocketpacket.jp/i.phpにアクセスし、「ユーザー登録 無料」を選択し、メールアドレスと希望IDを入力する。そうすると、サイト側より、登録画面にアクセスするためのURLが送られてくるので、そのURLにおいて、希望パスワード、誕生日、性別を入力して会員登録を完了する。
会員登録をした携帯電話端末利用者は、本件サービスのトップ画面において、上記会員登録時に登録したIDとパスワードを入力し、会員認証を受けると、本件サービスを受けられる。
実際に本件サービスを受けた後に、削減前のデータ量と削減後のデータ量及びデータ量の削減率が上記(イ)のように画面上に表示される。
ウ(ア) 前記(2)ウ、(3)イ(ア)で判示したとおり、反訴原告の本件サービスは、携帯電話端末利用者向けのものであって、インターネット上に公開されているWebコンテンツのデータ量を削減して中継するものであることからすれば、一定のソフトウェアによって提供され、そのソフトウェアの機能を実現させるためには、これがインストールされたコンピュータが不可欠であるから、そのようなコンピュータが存在していることも明らかである。
そして、前記イ(ウ)で認定したとおり、反訴原告の本件サービスには、会員登録を行った上で利用するというプロセスがあり、この会員登録をした携帯電話端末利用者は、本件サービスのトップ画面において、上記会員登録時に登録したIDとパスワードを入力し、会員認証を受けると、サービスを受けられるというシステムになっているのであるから、本件サービスを実施するために存在する上記コンピュータにおいては、上記のような会員認証手続を行う前提として、会員に関するデータがデータベースとして記憶されていると推認される。
さらに、前記イ(イ)で認定したとおり、反訴原告の本件サービスにおいては、携帯電話端末上でデータ削減実績が表示されるのである。
以上の事実を総合すると、反訴原告の本件サービスを提供するための上記コンピュータは、携帯電話端末利用者から送られてきたパスワードとIDによって会員認証を行うため、会員情報についてのデータベースを有していると推認されるところ、さらに、データ削減実績をユーザーである会員に送るために、「削減実績データを前記会員情報データベースの会員に対応付けして記録」し、本件発明の構成要件(5)を充足する可能性も否定することはできない。
反訴原告は、本件サービスは、会員登録をしなくても利用できるから、削減実績データを会員情報データベースの会員に対応付けして記録していることはあり得ないと主張するが、仮に会員登録をせず本件サービスが利用できたとしても、会員登録をした携帯電話端末利用者に関しては別途「削減実績データを前記会員情報データベースの会員に対応付けして記録する」ということも可能性としてはないわけではないところであるから、反訴原告の上記主張は採用できない。
したがって、反訴原告物件が本件発明の構成要件(5)を明らかに充足しないとまではいうことができない。
(イ) また、本件発明の構成要件(6)は、データ量削減実績を会員情報データベースに記録していること(構成要件(5)の充足)を前提として、各会員ごとの削減実績データを適宜に編集して出力することをその内容としているところ、仮に、上記において判示したように、反訴原告物件が本件発明の構成要件(5)を充足しているとすれば、前記イ(イ)で認定したとおり、本件サービスは、それを利用したことによるデータ量の削減実績を利用者の携帯電話端末に表示するサービスなのであるから、この削減実績の表示は「適宜に編集して出力」しているということができ、このような前提の下では、反訴原告物件は、構成要件(6)をも充足し、反訴原告物件は、本件発明の技術的範囲に属することになる。
エ もっとも、上記ウ(ア)の可能性は、未だ抽象的な可能性の域に止まっているところ、反訴被告は、それ以上に、反訴原告の本件サービスにおいて、実際に「削減実績データを会員データベースの会員に対応付けして記録する」ことを具体的に立証する証拠を何ら提出していないから、本件において、反訴原告物件が本件発明の構成要件(5)を充足していると認定することはできない。
また、やはり上記ウ(イ)において判示したように、構成要件(6)は削減実績データを会員情報データベースに記録することを前提としているから、その点が認められない以上、反訴原告物件が本件発明の構成要件(6)を充足しているとも認められない。
なお、反訴被告は、通常、コンピュータ情報処理システムにおいては、一定の情報処理を行った場合、少なくとも一時的にはメモリーに「記録」されるから、反訴原告物件が接続ごとに会員に対して削減実績データを送信していたとしても、その際に削減率が記録されるプロセスは必ず存在していると主張するが、このようなプロセスを本件発明における「記録」と解釈することはできないから、かかる反訴被告の主張は失当である。
オ このように、反訴原告物件が本件発明の構成要件(5)及び(6)を充足するとはいえず、本件発明の技術的範囲に属するとはいえないが、その一事をもって本訴の提起が反訴原告に対する違法な行為に当たるということはできないことは、前記アに判示したとおりである。前記ウで判示したとおり、反訴原告物件が明らかに本件発明の技術的範囲に属していないとまではいえないのであるから、反訴被告が、反訴原告物件が本件特許権を侵害しているという主張が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながらあえて訴えを提起したものということはできないし、通常人であれば容易にそのことを知り得たということもできない。
よって、反訴被告が、反訴原告物件につき、本件特許権を侵害しているとして訴訟を提起し、紛争の終局的解決を裁判所に求めることによりその点を明らかにしようとしたことは、裁判を受ける権利の尊重の見地からも、違法と評価することはできない。
カ なお、反訴原告は、特許査定に当たり、審査用メモ(乙4)に「参考文献には『中継サービス装置にて削減実績を会員情報データベースと対応付けて記録すること』が記載も示唆もされていない」との記載があることを指摘し、この審査経過を考慮すべきであると主張する(前記第3の1反訴原告の主張(5))。審査用メモの記載は、「中継サービス装置にて削減実績を会員情報データベースと対応付けて記録すること」の重要性をどのように評価するかに関する問題であり、上記に判示した反訴原告物件が本件特許権の技術的範囲に属している論理的可能性の有無とは無関係であるから、この点は、上記判断を何ら左右しないものである。
(4) 反訴被告の提出証拠と構成要件解釈(反訴原告の主張(6)及び(7))について
ア 当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならないから(民訴法2条)、虚偽の証拠を作出して提出することは、上記義務に違反するものである。そして、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるような虚偽の証拠を故意に作出し、当該証拠を主張の根拠として訴えを提起した場合には、訴えの提起が違法であると評価されることもあり得るものの、当事者ないしその従業員の陳述書の内容に結果として客観的事実に反する記載があった場合に、その一事をもって訴えの提起が違法となるものとはいえない。
イ 反訴原告は、反訴被告従業員Aが、甲第3号証において反訴原告の本件サービスは会員登録しなければ利用できない旨陳述していると主張し、かつ、本件サービスは会員登録をしなくても利用できるから、上記陳述は意図的に虚偽を述べたものであり、反訴被告は、この虚偽の陳述に基づいて本件発明の構成要件を曲解し、本訴を提起した旨主張する(前記第3の1反訴原告の主張(6)(7))。
しかし、そもそも、甲第3号証において、反訴原告の本件サービスが会員登録しなければ利用できない旨明示的に陳述している箇所は見当たらない。
他方、甲第3号証においては、会員登録をした上で反訴原告の本件サービスを利用する方法のみが言及されており、反訴被告も第3準備書面の11頁において、「反訴被告が調査した時点ではポケパケサービスが会員登録をしなければ利用できなかった」と主張しているところから、甲第3号証は、反訴原告の本件サービスが会員登録しなければ利用できないとの趣旨の陳述であると解する余地もある。しかし、この場合に、当該陳述が客観的事実に反するものであったとしても、反訴被告従業員が意図的に虚偽の事実を陳述したものと認めるに足りないし、客観的事実に反する内容を含むことの一事をもって訴えの提起が違法となるものとはいえない。
そして、前記(3)ウにおいて判示したとおり、会員登録を行っていないユーザーが本件サービスを受けることができるとしても、そのことと反訴原告物件が本件特許権を侵害しているか否かの間に論理的な関連性はないものと考えられることからすれば、甲第3号証が反訴原告の本件サービスが会員登録しなければ利用できないとの趣旨の陳述であったとしても、本訴の結論に影響するものではない。
また、本件サービスを受けるに当たって会員登録が必須であるか否かは、反訴原告が最もよく了知しているところであり、仮にこの点について反訴被告において意図的に虚偽の主張や陳述をしても、それが事実に反していれば容易に反証できることは明らかである。現に、この点について、反訴原告は、本件サービスにおいては、会員登録を行っていない携帯電話端末利用者であっても、本件サービスを受けられる旨の反訴原告代表者の陳述書(乙2)を提出することにより反証したものである。
さらに、携帯電話ユーザー向けの雑誌においても本件サービスについて「サイトの利用に登録が必要なのは、やや面倒」という指摘がされ(乙1の2)、反訴原告自身、インターネット上では「携帯ユーザーは会員登録することで無料でご利用いただけます」と述べていることを認めていること(乙2)からすると、甲第3号証を作成した反訴被告従業員が、本件サービスの利用には会員登録が必要であると解したとしても、必ずしも不合理ではないと推察される。
これらの点を併せ考えれば、この点にかかる反訴原告の主張は、採用することができない。
(5) 損害賠償請求額とその根拠(反訴原告の主張(8))について
一般に、特許権侵害を理由とする損害賠償請求訴訟においては、まず特許権侵害の成否を審理し、その結果、損害について審理する必要があると認められる場合にのみ損害論の審理に入り、それから損害論に関する主張立証を尽くすのが通例である。そして、反訴被告は、本訴において、訴状で主張した損害額に沿う証拠として、反訴原告の月間の収入について、4つの広告媒体から合計2400万円の収入を得ていると試算し、これに利益率12.5パーセントと侵害月数10箇月を乗じて、反訴原告が得た利益を3000万円と計算し、さらに弁護士費用300万円を加えた3300万円を請求する旨の反訴被告従業員の陳述書(甲3)を提出していたものである。
反訴原告は、反訴被告が、本訴において損害賠償として請求する金額の根拠を示さないことを非難するが(前記第3の1反訴原告の主張(8))、反訴被告が、本訴提起から本訴請求放棄に至るまでの間、上記陳述書(甲3)以外に請求額の根拠となる証拠を提出しなかったとしても、本訴が損害論の審理に至っていなかった以上、これを違法ということは到底できない。
なお、損害賠償の請求額が一見して不相当に過大である場合には、訴え提起が威嚇等の不当な目的を有するものと推認される一つの事情となる余地もあり得るが、本訴の請求額が、株式会社同士の特許権侵害訴訟において、一見して不相当に過大であるとみることはできない。
(6) 本訴提起前の交渉の不存在(反訴原告の主張(9))について
反訴原告は、反訴被告が本訴提起前に、反訴原告と交渉の機会を持たなかったことを非難するが(前記第3の1反訴原告の主張(9))、紛争解決手段として当事者間の交渉を先行させるか事前交渉をすることなく初めから裁判手続を執るかは、原則的には一方当事者が自由に選択できるものというべきであり、本訴提起前に当事者間の交渉が存在しないという一事をもって、本訴提起が違法であるということはできない。
(7) 本件特許権の無効理由の存否(反訴原告の主張(10))について
ア 特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないものであるところ(最高裁平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁)、特許権侵害訴訟において、特許に無効理由が存在することが明らかであり、結果的に特許権者の請求が許されないという判断を受けたとしても、その一事をもって訴えの提起が相手方に対する違法な行為に当たるということはできない。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものとすると、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当ではないところ、特許権侵害訴訟の提起に当たり、いったん専門技術官庁である特許庁により特許要件があると査定されて(特許法51条参照)付与された特許権に無効理由が存在するか否かについて高度の注意義務を課すことは相当ではないからである。よって、特許権者において当該特許に無効理由が存在することが明らかであることを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したのでない限り、訴えの提起が違法な行為に当たるとはいえないものと解される。
また、特許権侵害訴訟の提起時において当該特許に無効理由が存在する場合であっても、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の審決ないし決定が確定したときは、その訂正後における明細書、特許請求の範囲又は図面により特許をすべき旨の査定又は特許権の設定の登録がされたものとみなされる(平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第3項において準用する128条)。そして、訂正により無効理由が解消し、かつ、相手方の実施する物又は方法が訂正後の特許発明の技術的範囲に属する場合には、上記権利の濫用に当たる場合の例外としての特段の事情に該当し、特許権者の請求が認容される余地がある。よって、訴訟提起後に訂正すべき旨の審決ないし決定が確定した場合には、特許権者において訂正後の特許発明になお無効理由が存在することが明らかであることを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したか否かを検討すべきである。
イ 証拠によれば、本件特許出願当時、以下のような技術が公知であったことが認められる。
(ア) 「パケットメーター」(http:-/k-jp.net/pm/において提供されるサービス)という公知技術があり、これに関して以下の文献が存在していた。
a 「iモード『完全活用本』」(乙10(枝番を含む。)。以下「刊行物1」という。平成12年7月10日発行)には、「それ(注・パケット通信料が高いこと)はまずい、というなら『パケットメーター』がおすすめ。このサイトにアクセスしてから別サイトに行けば、その画面を表示したときにかかったパケット代がわかるのだ」という記載があるほか、「パケットメーターの設定をして、サイトを見たときの例」として、以下のような図が示されている。
[パケットメーター]
文 1871(15p)\4.4
画 578( 5p)\1.4
計 2449(19p)\5.7
HOME標準設定 \ 6.0
\6.0/\5.7(105%)
b 「GetNavi12月号」(乙11(枝番を含む。)。以下「刊行物2」という。平成12年12月1日発行)には、「パケットメーター」について、「データ軽減でパケット料金を節約」、「URLを入力すれば、ページを表示するとともにパケット料金を計測、表示する。メーターには標準、ライト、画像カットなど6種類あり、パケット料金を節約したいときにも便利に使える」、「6種類のメーターの測定モードをうまく使えば、パケ代を節約できる」という記載がある。
c インターネット上のサイトHttp:-/k-tai.impress.co.jp/cda/article/sitenavi/1984.htmlにおいて掲載されている「ケータイサイト・なび パケットを大切にネ『ケージェーピー』」と題する記事(乙12。以下「刊行物3」という。平成12年9月19日掲載)には、「何よりユニークなのは『パケットメーター』。このサイトから他のサイトに飛ぶと『そのページのパケット量』『パケット代の累計』などを表示させることができる」「しかしパケットメーターの機能はそれだけではない。パケットメーターにはオプション機能として『再読込以外のリンクタグをはずす(掲示板向け)』『フォントタグをはずす』などのパケット節約機能がある。ホンのわずかな節約にすぎないけど、最近パケット代が高いとお悩みの貴方には、どこでパケット代がかかっているかを知る上でも、かなりオススメ」という記載がある。
(イ) 「WWW向けモバイルプロキシーサーバの開発」(乙13(枝番を含む。)。以下「刊行物4」という。平成11年5月15日発行)には、「ユーザが各ページをアクセスするたびに、アクセス日時、URL、タイトル、Refererに関する情報を取得し、ユーザごとに用意された履歴ファイルに保存する」という記載や、「MPC(注・モバイルプロキシークライアント)を起動後、最初のブラウザからの要求に対しては、MPC自体がユーザ認証用データ(ユーザ名とパスワード)を要求し、それに対するブラウザからの応答としてのユーザ認証情報を含んだHTTPメッセージがMPS(注・モバイルプロキシーサーバー)基本部に対して送付され、MPSからユーザ認証モジュールが起動される。ユーザ認証モジュールでは、ユーザ名とパスワード情報を記憶しているユーザデータと比較して認証を行い、認証が成功すると、乱数を用いてそのユーザ用の内部IDを発生させる」という記載があり、ユーザーごとに用意された履歴ファイルに情報を保存する方法やユーザー認証用データ(ユーザー名とパスワード)を記憶しているユーザーデータと比較して認証を行う方法が記載されている。
ウ さらに、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 本件特許権に関して、平成15年12月9日、特許異議の申立てがされ、平成16年4月16日起案日の取消理由通知書において、本件特許権については、刊行物1ないし4等に係る公知技術から、当業者にとって容易に発明することができるものであって、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるなどとして、取消理由が通知された(乙14)。取消理由通知の内容は以下のとおりである。
すなわち、本件発明と刊行物1ないし3に係る公知技術(パケットメーター)との間には、次のaないしcの相違点が存在する。
a 本件発明は「データ量課金式ネットワークの通信サービスに加入しているブラウザ搭載端末の使用者である会員に関する情報を会員情報データベースに登録して管理する」のに対し、パケットメーターにおいてはそのような管理の有無が不明であること(以下「相違点a」という。)。
b 本件発明は「アクセスしてきたブラウザ搭載端末と通信し、前記会員情報データベースに照らして所定の認証手続きを行うことで、会員のブラウザ搭載端末であることを認証する」のに対し、パケットメーターにおいてはそのような認証の有無が不明であること(以下「相違点b」という。)。
c 本件発明は「削減実績データを前記会員情報データベースの会員に対応付けして記録する」のに対し、パケットメーターにおいてはそのような記録の有無が不明であること(以下「相違点c」という。)。
しかし、相違点a及びbについては、一般にネットワーク上で会員にサービスを提供する場合、会員情報を記憶手段(データベース)等で管理し、アクセスしてきた端末と通信し、記憶手段(データベース)に照らして所定の認証手続を行うことで、会員であることを認証することは、刊行物4(乙13)に記載されているように周知慣用技術であり、さらに、サービスを提供する際に自由に使用可能とするか、会員のみに使用可能とするかは、当業者が実施に当たり適宜選択する程度の設計的事項であるから、周知の認証手法を「パケットメーター」等に適用することは当業者が容易に想到し得たと認められ、適用することにより得られる作用効果も予測できないものとは認められない。
また、相違点cについては、一般に、管理者側でサービスを提供するユーザー(会員)ごとに提供したサービスに関するデータを集計して保存・記録することは周知慣用技術であり、「パケットメーター」等を会員サイトとする際に、削減実績データを会員情報データベースの会員に対応付けて記録することも、当該周知慣用技術と軌を一にするものであるから、当該相違点は当業者が必要に応じて適宜採用する程度の設計的事項である。
したがって、本件発明は、当業者にとって容易に発明することができるものである。
(イ) これに対し、反訴被告は、本件発明に関して前記第2の2(2)のとおりの特許請求の範囲の訂正を行うなどした。その結果、平成16年7月28日付けの異議の決定においては、上記訂正が認められた上、刊行物等のいずれにおいても「挿入画像データのデータ量を削減するとともにWebページ本体中のリンク先記述をこれに対応付けた文字数の少ない記述に変換」すること(前記第2の2(2)訂正後の構成要件(4)参照)について記載されておらず、示唆する記述もなく、当該構成要件により、訂正後の本件発明は、さらに「データ量を削減する」という明細書記載の格別の効果を奏するものであるから、訂正後の本件発明は刊行物等に記載された発明から容易に発明できたものではないなどとして、本件特許を維持する旨の決定がされたものである(甲7)。
エ 本件においては、訂正を認める旨の決定により、本件発明の特許請求の範囲は、本訴を提起した時点より以前に遡って、訂正後における特許請求の範囲によって本件発明の技術的範囲を確定し、無効理由の存否を判断すべきことになる(平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第3項において準用する特許法128条)。そして、訂正後の本件発明については、特許庁が刊行物等に記載された発明から容易に発明できたものではないとして、本件特許を維持する旨の決定がされたものであるから、訂正後の本件発明に無効理由が存在することが明らかであるとはいえない。
オ 反訴原告は、本訴を提起した当時の本件発明に無効理由が存在することが明らかである旨主張する(前記第3の1反訴原告の主張(10))。前記のとおり、特許請求の範囲又は図面の訂正をすべき旨の審決ないし決定が確定したときは、その訂正後における明細書、特許請求の範囲又は図面により特許をすべき旨の査定又は特許権の設定の登録がされたものとみなされるから、訂正前の本件発明に無効理由が存在することが明らかか否かについて検討するまでもないが、反訴原告の主張にかんがみ、念のため、この点について検討する。
前記イ(ア)で認定したとおり、本件特許出願当時の公知技術である「パケットメーター」(刊行物1ないし3)は、表示したいURLを入力した場合、そのページを表示するとともに、パケット料金も表示し、さらに、データ量を削減してパケット料金の節約も可能であるというサービスである点において一致するが、刊行物1ないし3に係る公知技術には、本件発明のように、データ削減実績を算出して編集し出力するということまでその内容に含まれるものと認めるに足りる証拠はない(以下「相違点d」という。)。確かに、前記イ(ア)aで認定したとおり、「パケットメーター」の使用例には、2種類の料金と、一方の料金が他方の何パーセントに相当するのかを表していると思われるパーセント表示が記載されているが、この画面を、データ削減実績を算出して編集し出力しているものと解するのは容易ではないと考えられる。なぜなら、反訴被告の提供する「パケ割!」のサービスでは、「合計パケ割率 8月分積算目安 約62%」というように、また、反訴原告の提供する本件サービスでは、「16PK⇒7PK 56%カット!」というように、削減率が一見してそれと分かるように明示されている(乙1の2)のに対し、上記画面上や「パケットメーター」に関する文献には、それぞれの数字の意味するところについて何ら説明されていないし、さらに、パーセント表示自体「105%」という、「削減率」を示しているとは考えにくい数字であるからである。
なお、前記ウの特許異議の手続において、取消理由通知書(乙14)や異議の決定(甲7)では、前記イ(ア)aの画面について、「実際にかかっている通信費とそのページを直接見た場合にかかる通信費およびその割合が表示されている」とされているが、この記載部分が引用する「特許異議申立書第9ページ下から第14行~第10ページ第4行の記載」や「
よって、刊行物1ないし3に係る公知技術(パケットメーター)は、あくまで、データ量を削減してパケット料金の節約をすることが可能であるという技術にとどまり、さらにそのデータ削減実績を算出して編集し出力する技術もがその内容に含まれるとは認められず、上記相違点dに関する公知技術についての立証もないから、本件出願当時の当業者にとって、刊行物1ないし3に係る公知技術(パケットメーター)から訂正前の本件発明に想到することが容易であったとまではいうことができない。
以上によれば、訂正前の本件発明に係る特許に無効理由が存在することが明らかであるとは認められない。
カ 以上のとおり、そもそも本件特許権は、訂正が認められた上で現に有効なものとして維持されているものであるから、訂正後の本件特許に無効理由が存在することが明らかであるということはできず、反訴被告において本件特許に無効理由が存在することが明らかであることを知りながらあえて訴えを提起したものということはできないし、通常人であれば容易にそのことを知り得たということもできない。なお、仮に特許について無効理由が存在することが明らかであると判断されたとしても、これに基づく訴えの提起が直ちに相手方に対する違法な行為と解することができないのは、上記アに判示したとおりである。
したがって、この点にかかる反訴原告の主張は、いずれにしても採用の限りではない。
(8) 反訴被告による本訴請求放棄(反訴原告の主張(11))について
反訴原告は、反訴被告が本訴請求を放棄したことをもって、本訴提起が当初から理由がなく違法であったことの根拠の一つであると主張する(前記第3の1反訴原告の主張(11))。しかしながら、一般に、提訴者が訴えを取り下げることや請求を放棄することは、処分権主義の範囲内の行為であって、これらが提訴の違法性を推認させるということもできない。また、理由のない訴えを維持し続け、又は理由のないことが明らかな上訴をすることによって、相手方に経済的、精神的負担を余儀なくさせることがあることに照らせば、提訴者が訴えを取り下げたり請求を放棄するに至る結果となった訴訟について、直ちにその提起そのものを違法と評価すべきものとはいえない。本訴については、これまで判示したとおり、本訴提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き違法であるとは認められず、この点に関する反訴原告の主張は採用できない。
(9) まとめ
以上の事情を総合的に勘案しても、反訴被告による本訴提起は、少なくとも、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものと判断する余地がないことは明らかであって、違法なものであるとは到底いえない。
2 結論
よって、その余の点について判断するまでもなく、反訴原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高部眞規子 裁判官 瀬戸さやか 裁判官 熊代雅音)
イ号物件目録<1>
次の事項(a)ないし(f)によって特定されるコンテンツ中継サービス装置
(a)インターネットに接続したコンピュータ情報処理システムにおいて、インターネット上に公開されているWebコンテンツのデータ量を削減して中継転送するコンテンツ中継サービス装置である。
(b)本装置は、データ量課金式ネットワークの通信サービスに加入しているブラウザ搭載端末の使用者である会員に関する情報を会員情報データベースに登録して管理する。
(c)本装置は、アクセスしてきたブラウザ搭載端末と通信し、前記会員情報データベースに照らして所定の認証手続きを行うことで、会員のブラウザ搭載端末であることを認証する。
(d)本装置は、前記会員Aのブラウザ搭載端末Bから指定されたWebコンテンツCをインターネット上から取得するとともに、そのWebコンテンツを所定のデータ量削減手段により処理し、その処理後のWebコンテンツDをブラウザ搭載端末Bに送達する。
(e)本装置は、前記データ量削減手段によって前記WebコンテンツCを処理して前記WebコンテンツDにしたときのデータ削減実績を算出するとともに、その削減実績データを前記会員情報データベースの会員Aに対応付けして記録する。
(f)本装置は、前記会員情報データベースに記録された各会員ごとの前記削減実績データを適宜に編集して出力する。
イ号物件目録<2>
http:-/pocketpacket.jpにおいて提供されているパケット削減サービス「ポケパケ」で使用されている、次の事項(a)ないし(f)によって特定されるコンテンツ中継サービス装置
(a)インターネットに接続したコンテンツ中継サービス装置10aにおいて、携帯電話機20aがインターネット上の他のWWWサーバー10bなどで公開されているWebコンテンツを取り寄せる流通経路に介在して、携帯電話機20aに代わってWebコンテンツを取り寄せ、そのデータ量を圧縮した上で、携帯電話機20aに転送する。
(b)コンテンツ中継サービス装置10aは、移動体通信事業者によるデータ量課金式ネットワークの通信サービスに加入している携帯電話機20aの使用者を対象としてコンテンツ中継サービスを提供し、携帯電話機20aからメールアドレス、希望ID、希望パスワード、誕生日、性別などの情報を受領した時点で、携帯電話機20aの使用者を会員として登録し、当該会員のID及びパスワードを携帯電話機20aに送信する。コンテンツ中継サービス装置は、会員登録の際に受領したメールアドレス、ID、パスワードなどの会員に関する情報を会員情報データベースに登録して管理する。
(c)携帯電話機20aが所定のURLを指定してコンテンツ中継サービス装置にアクセスすると、コンテンツ中継サービス装置10aは、ID及びパスワードなどの認証情報の入力フォームを含んだ認証手続用Webページを返送する(s1、s2)。携帯電話機20aにて認証情報が当該入力フォームに入力され(s3)、認証情報を含んだ当該フォームがコンテンツ中継サービス装置10aに返送される(s4)。コンテンツ中継サービス装置は、返送された認証情報を会員情報データベースに照会し、該当の会員情報を見出すと、この携帯電話機20aを会員Aのものとして認知し、URLの入力フォームを含んだWebページを携帯電話機に送達する処理を実行する(s5)。
(d)携帯電話機20aにURLの記入フォームを含んだWebページが送達され(s6)、そこで会員は閲覧を希望するURLをフォームに記載する(s7)。コンテンツ中継サービス装置10aは、URLが記入されたフォームが返送されると(s8)、そのURLによって特定されるWebコンテンツを該当のWWWサーバー10bより取り寄せ(s9、s10)、当該Webコンテンツのデータ構造を解析・処理し、適宜にそのデータ量を削減し(s11)、データ量を削減したWebコンテンツを携帯電話機20aに送達する(s14)。
(e)コンテンツ中継サービス装置10aは、Webサーバーから取り寄せたWebコンテンツのデータ量と、削減されたWebコンテンツのデータ量とを取得し、それらのデータ量をデータ量削減実績として携帯電話機20aの会員情報に対応付けして記録する(s12)。
(f)コンテンツ中継サービス装置10aは、会員情報データベースに記録された会員ごとに、データ量削減実績データを適宜に編集して出力し(s13)、データ量削減実績を提示する(s14)。