東京地方裁判所 平成16年(ワ)13381号 判決 2005年10月21日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
野澤裕昭
同
森真子
被告
株式会社ダイヤモンド・ピーアール・センター
同代表者代表取締役
Y1
被告
Y1
上記二名訴訟代理人弁護士
斎藤浩二
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金二二万円及びこれに対する平成一六年六月二九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告ダイヤモンド・ピーアール・センターは、原告に対し、金一一万五〇〇〇円及びこれに対する平成一六年六月一七日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
三 被告ダイヤモンド・ピーアール・センターは、原告に対し、金二五八万七五四四円及び別紙1(略)の時間外割増賃金欄記載の各金員に対するこれらにそれぞれ対応する同別紙(略)の起算日欄記載の日から平成一六年六月二八日までは年六パーセントの割合による金員を、同月二九日から各支払済みまでは年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
四 被告ダイヤモンド・ピーアール・センターは、原告に対し、金二五八万七五四四円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
五 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
七 この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
1 被告らは、原告に対し、各自一五〇万円及びこれに対する平成一六年六月二九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告に対し、三五万円及びこれに対する平成一六年六月二九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告ダイヤモンド・ピーアール・センターは、原告に対し、一一万五〇〇〇円及びこれに対する平成一六年六月一七日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
4 被告ダイヤモンド・ピーアール・センターは、原告に対し、二八五万〇八五八円及び別紙2(略)「未払残業代請求目録」の月間未払時間外賃金欄記載の各金員に対するこれらにそれぞれ対応する同別紙(略)の支払日欄記載の日の翌日から平成一六年六月二八日までは年六パーセントの割合による金員を、同月二九日から各支払済みまでは年一四・六パーセントの割合による金員を支払え。
5 被告ダイヤモンド・ピーアール・センターは、原告に対し、二八五万〇八五八円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告ダイヤモンド・ピーアール・センター(以下「被告会社」という)に勤務していた原告が、被告会社に対し、時間外割増賃金、付加金、退職金残金及び遅延損害金・遅延利息の支払を求めるとともに、婚姻を契機に同社代表取締役である被告Y1(以下「被告Y1」という)らから不当な退職勧奨を受けたとして、被告らに対し、民法七〇九条及び同七一五条に基づき慰謝料及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠を摘示した点を除き、争いがない)
(1) 被告会社は、ピーアール・パブリシティの計画及び実施等を目的とする株式会社(社員八名)であり、被告Y1は、同社代表取締役である。
(2) 原告は、平成一二年、被告会社に入社し、主にグラフィックデザイナーとして、その業務に従事していたが、平成一六年五月二五日、退職届を提出し、同社を退職した。
(3) 原告の賃金は、平成一四年四月一日から平成一五年三月三一日まで(以下「平成一四年度」という)につき月額二六万八〇〇〇円(基本給二三万円、特別手当二万五〇〇〇円、食事手当五〇〇〇円、資料費八〇〇〇円)、同年四月一日から平成一六年三月三一日まで(以下「平成一五年度」という)につき月額二七万円(基本給二三万円、特別手当二万五〇〇〇円、食事手当五〇〇〇円、資料費一万円)で、毎月末日締めで当月二五日払(支給日が休日の場合はその前日に繰り上げて支給する)である(書証略)。
2 原告の主張
(1) 退職勧奨について
ア 原告は、平成一六年三月、結婚式を挙げることになり、同年一月下旬ころ、被告会社にその旨報告するとともに、同年二月初旬ころ、被告Y1に披露宴でのスピーチを依頼した。
これに対し、被告Y1は、平成一六年二月一八日、原告に対し、同原告において就労継続の意思を有しているにもかかわらず、せっかくの縁を大切にするようになどと退職を迫り、同月二三日にも、被告会社のC編集部長(以下「C部長」という)を介してその意思を確認するなどし、同年三月一日には、被告Y1自ら、「せっかくの縁を大切にしなさい。もう少し楽な仕事にしたらどうか。人の思いやりが理解できないのか。他で仕事を探したらどうか」、「結婚式に出られないかもしれない」などと発言し、同月二日には、原告を社長室に呼び出して、怒鳴りつけた挙げ句、他の社員の面前で「君がこれ以上働きたいというなら、明日皆の前で君にどんな処遇をするか言ってやる」などと発言した。
イ また、被告Y1は、平成一六年三月七日(披露宴当日)、そのスピーチにおいて、「今回良い縁があって結婚すると言う。なら思い切って家庭に入ってその中で自分の役割をしっかりして行ったらどうかと思っている」、「デザイナーなのだから能力を生かし切れ。これからは家庭を自分の思うようにデザインして下さい」、「ご主人も働けと言っているから働くというのはどうか。家庭を作るということに、もっと真剣に取り組んで欲しい。どうぞ良き家庭をデザインして下さい」などと発言した。
ウ さらに、被告Y1は、平成一六年三月一五日、新婚旅行から戻った原告を社長室に呼び出し、夫やその親族について侮辱的な発言をし、原告が、同月二四日、退職の強要の中止や時間外手当の支払を求め、東京労働局長に対し、あっせん申請を行った際も、一方的に誹謗中傷したり、親の心子知らずなどとの無反省な答弁に終始したりし、原告は、同年五月二五日、これらの嫌がらせに耐えかねて退職を余儀なくされた。
エ 原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は一五〇万円を下回ることはないし、これに係る弁護士費用は三五万円である。
(2) 退職金について
原告の退職金は、被告会社都合の場合、八七万四〇〇〇円(基本給二三万円、勤続年数三年九か月、支給率三・八)であるところ、被告会社は、原告の自己都合による任意の退職として七五万九〇〇〇円の支払しかしない。
上記(1)のとおり、原告の退職は、被告会社都合を理由とするものであり、その差額一一万五〇〇〇円が未払となる。
(3) 時間外割増賃金について
ア 被告会社における始業時刻は午前九時、終業時刻は午後六時三〇分(休憩時間午後零時から午後一時まで)で、休日は隔週制の週休二日であるところ、原告の平成一四年四月一日から平成一六年三月三一日までの就業状況は、別紙2(略)のとおりであり、その時間外割増賃金は合計二八五万〇八五八円となる。
被告会社は、時間外手当に代わるものとして特別手当、特別賞与、期末調整給を支給しているし、いずれにしても、これらの手当や食事手当、資料費は時間外割増賃金の算定の基礎から除外すべきと主張する。
しかしながら、原告が、特別手当等は時間外手当に代わるものであるとの説明を受け、これを承諾した事実はないし、その他の手当も除外賃金には該当しない。
イ 被告会社は、社員の労働時間の管理もせず、時間外割増賃金を一切支払わない。原告は、被告会社に対し、労働基準法一一四条に基づき、時間外割増賃金(二八五万〇八五八円)と同額の付加金の支払を求める。
3 被告らの主張
(1) 退職勧奨について
ア 被告Y1やC部長が、原告に対し、退職を勧奨し、これを強要した事実はない。
イ 被告Y1は、原告が婚姻する旨のうわさを聞き、平成一六年二月一八日、原告を昼食に誘い、その真意を確認したが、これはその年齢を考え、家庭生活と業務の両立を心配したためである。結婚式(披露宴)に出席できないかもしれないと述べたのも、妻の体調不良に加え、親戚を見舞う都合があったためで、嫌がらせを意図したものではない。
ウ 原告は、被告Y1から社長室で怒鳴られた上、他の社員の面前で叱責されたなどと主張するが、これは、被告会社のD監査役(以下「D監査役」という)から、原告が退職を強要されたと言っている旨の報告を受けたため、社長室において「退社しろなんて言っていない」と述べたところ、原告が「私は脅かされているみたいですよ。私をこの部屋に呼び込んで脅迫するんですか」などと言い出したことから、他の社員の前で話をしようとしたにすぎない。
エ 被告Y1は、披露宴においても、原告の要望に応え、生活設計にもデザイナーとしての才能を活かし、幸せな家庭生活を築くように述べただけであり、原告も終始満足した様子であった。被告Y1らの行為について不法行為が成立する余地はない。
(2) 退職金について
原告は、上記(1)のとおり、自己の都合により任意に退職したのであるから、その退職金の額は七五万九〇〇〇円となるところ、被告会社はこれを原告に支払済みである。
(3) 時間外割増賃金について
ア 被告会社は、毎月一日を起算日とする一か月単位の変形労働時間制を採用し、一か月を平均し、一週間当たりの労働時間を四〇時間以内としている。
また、始業時刻は午前九時、終業時刻は午後六時(休憩時間午後零時から午後一時までの一時間)で、休日は日曜日、月二回の土曜日、国民の祝日、年末年始五日間、夏期三日間及び被告会社が特に定めた日である。
なお、被告会社は、分かり易くするため、一日の所定労働時間を単純に八時間としているところ、原告の基本給は月額二三万円(特別手当、食事手当、資料費は、時間外割増賃金の算定の基礎から除外すべきである)であるから、その割増賃金の一時間当たりの単価は一六五五円となる。
イ 原告は、休日ではない土曜日についても出社時刻から退社時刻までを労働時間とするなどして三二六時間二五分を過大に計上している上、無断離席等も考慮に入れていない。
また、被告会社は、時間外労働について特別手当を固定支給し、さらに特別賞与及び期末調整を支給してこれを補充しているところ(現に、被告会社は、平成一四年四月から平成一六年三月までの間、原告に対し、合計一三四万五〇〇〇円(特別手当六〇万円、特別賞与五九万五〇〇〇円、期末調整給一五万円)を支払っている)、このことは原告も承諾している。
ウ 以上によれば、原告の時間外割増賃金の未支給額は三二万九五八〇円に止まる。
第三当裁判所の判断
1 退職勧奨について
(1) 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
ア 原告は、平成一六年三月に結婚式を挙げることになり、同年一月下旬ころ、被告会社にその旨報告するとともに、同年二月初めころ、被告Y1に披露宴でのスピーチを依頼した。
その後、被告Y1は、平成一六年二月一八日の昼に、原告をレストランに誘い、同被告において、結婚相手の経歴や交際のきっかけ等を尋ねるとともに、原告が婚姻後も仕事を続けるのか確認したところ、同原告は、仕事を続けることに支障はない旨述べた。
イ 被告Y1は、C部長に指示して、平成一六年二月二五日ころ、再度、原告に仕事を続けるのか確認させたところ、原告が退職を拒んだことから、同年三月一日、原告を社長室に呼び、「せっかくの縁を大切にしなさい」、「人の思いやりが理解できないのか」、「結婚式に出られないかもしれない」などと述べ、さらに、同月二日、原告と面談したD監査役から報告を受けて、原告を、再度、社長室に呼び、原告は勘違いをしているなどと怒鳴り、「脅迫されているみたいです」と述べる原告を、他の社員のいる執務室に連れ出し、さらに叱責を続けた。
ウ 被告Y1は、平成一六年三月七日に行われた披露宴においても、そのスピーチにおいて、家庭に入り、家庭を大切にするよう、デザイナーとして家庭をデザインし、家庭を作るということにもっと真剣に取り組むようになどと述べた。
エ 被告Y1は、原告が新婚旅行から戻った後も、原告の夫やその親族を中傷するかのような発言をし、原告が、平成一六年三月二四日、東京労働局長に対して申請したあっせんにおいても、「親の心子知らずとの諺のとおり、被告Y1らの配慮・温情を誤解・曲解したもの」と答弁するなどした。
(2) 以上の事実に照らすと、被告Y1が、原告に対し、退職を勧奨していたこと自体は否定することができない。
被告Y1は、原告を退職させる気持ちはなかった、原告が被告会社を退職するかもしれないと聞き、その健康を心配して婚姻後も仕事を続けられるかどうか確認したにすぎず、退職を勧奨したことはない旨供述するが、被告Y1は、原告本人に、直接、就労継続の意思を確認しながら、C部長に重ねてこれを確認させただけでなく、その後も「私は辞めません」などと、一貫して就労継続の意思を明らかにしている原告に対し、「せっかくの縁を大切にしなさい」、「人の思いやりが理解できないのか」などと述べ、他の社員の面前で叱責するなどしているのであって、被告Y1において、原告が婚姻後も仕事を続けられるか否か心配していたとは、およそ考えられない(C部長は、原告が仕事を辞めようかと思っていると述べていたと証言するが、原告はこれを否定する上、被告Y1も、C部長から原告の退職について報告は受けていないと供述するのであって、C部長の証言を採用することはできない)。
(3) ところで、退職勧奨は、基本的に使用者が社員に自発的な退職を促すものであり、それ自体を直ちに違法ということはできないが、当該退職勧奨に合理的な理由がなく、その手段・方法も社会通念上相当といえない場合など、使用者としての地位を利用し、実質的に社員に退職を強いるものであるならば、これは違法といわざるを得ない。被告Y1らによる退職勧奨は、女性は婚姻後、家庭に入るべきという考えによるものであり、それだけで退職を勧奨する理由になるものではないし、また、その手段・方法も、一貫して就労の継続を表明している原告に対し、その意思を直接間接に繰り返し確認し、他の社員の面前で叱責までした上、披露宴においても、原告の意に沿うものではないことを十分承知の上で自説を述べるなどし、結局、原告を退職に至らせているのであって、被告Y1やC部長のした退職勧奨は違法というほかない。
したがって、被告らは、民法七〇九条及び同七一五条により、原告が被った損害を賠償する義務がある。
(4) そして、原告が、被告Y1らの退職勧奨により、平成一六年三月二九日ころから、出社することができなくなり、同年五月二五日、退職届の提出を余儀なくされたことのほか(証拠略)、当該退職勧奨の態様等一切の事情に照らすと、その受けた精神的苦痛を慰謝するには二〇万円をもってするのが相当であり、また、その弁護士費用については二万円とするのが相当である。
2 退職金について
上記1のとおり、原告が被告会社を退職せざるを得なくなったのは、被告Y1らの違法な退職勧奨によるもので、原告に本来退職の意思はなかったのであるから、これをもって、被告会社の給与規定(書証略、以下「本件給与規定」という)二二条六号に定める「自己の都合で任意退職する場合」ということはできず、同条四号に定める「事業の都合により解雇する場合」に該当するというべきである。
本件給与規定によれば、事業の都合により解雇する場合、特別退職金八七万四〇〇〇円(原告の基本給二三万円×特別退職金支給率三・八)が支給されることになるところ(支給日は、退職した日から七日以内である)、原告が支給を受けたのは七五万九〇〇〇円(書証略)であるから、なお一一万五〇〇〇円が未支給ということになる。
3 時間外割増賃金について
(1) 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社における始業時刻、終業時刻がそれぞれ午前九時、午後六時(休憩時間は午後零時から午後一時までの一時間である)であること、休日は、日曜日、土曜日(月二回)、国民の祝日、年末年始(一二月三〇日から一月三日まで)、夏期休業三日間、その他被告会社が特に定めた日であることが認められ、これによると原告の年間所定労働時間は、別紙1(略)のとおり、平成一四年度につき二一三六時間(二六七日×八時間、一月当たりの平均所定労働時間一七八時間)、平成一五年度につき二一五二時間(二六九日×八時間、同一七九時間、小数点以下切捨て)と認められる(原告は、終業時刻を午後六時三〇分とするが、証拠(略)によれば、原告が被告会社を午後六時から午後六時三〇分までの間に退社している日が少なからずある上、原告自身、別紙2(略)記載のとおり、一日の所定労働時間を八時間として割増賃金の単価を算定しているのであって、終業時刻は、やはり午後六時というべきである)。
そして、原告の賃金は、平成一四年度につき月額二六万八〇〇〇円、平成一五年度につき二七万円であるから(被告会社は、特別手当、食事手当、資料費は割増賃金の基礎から除外すべきである旨主張するが、これらは個人的事情に関わりなく固定給として支給されていたもので、これを除外賃金とすることは相当ではない)、原告の通常の労働時間の賃金は、平成一四年度につき一時間当たり一五〇六円(一円未満四捨五入、以下同じ)、平成一五年度につき一時間当たり一五〇八円と認められ、その割増賃金額はそれぞれ一八八三円、一八八五円となる。
(2) 被告会社は、所定労働時間は、毎月一日を起算日とする一か月単位の変形労働時間制を採用しているともいうが、被告会社自身、結局、分かり易くするため、単純に一日八時間と定めていたというのであるし、実際、被告Y1やC部長の供述によっても、被告会社において変形労働時間制が現に実施されていたとは認められず、この点に係る被告会社の主張は失当というほかない。
また、被告会社は、国民の祝日のある週は土曜日を休日として除外する必要はないとするが、被告会社の就業規則(書証略、以下「本件就業規則」という)は、休日について、上記(1)のとおり、月二回の土曜日を休日と定めるのみであるから、国民の祝日のある週の土曜日が当然に除外されることにはならない。
なお、被告会社は、原告が、休日ではない土曜日についても所定労働時間を時間外労働時間として算定していると主張するが、一週間について四〇時間を超える労働時間となる場合、これは法外時間外労働時間というべきである。
(3) 以上を前提に検討すると、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の時間外労働時間は、別紙1(略)記載のとおりと認められる(午後零時から午後一時までを休憩時間とする。なお、原告のメモ(書証略)とこれを整理した表(書証略)との間に齟齬がある場合は、同表(略)記載の時間外労働時間の範囲内で、上記メモの記載及び被告会社作成に係る時間外労働時間対比一覧表(書証略)を基礎として算定する。また、原告の遅刻、早退等により、一日の実労働時間が八時間に充たない場合、あるいは、国民の祝日、年次有給休暇等により、一週間の実労働時間が四〇時間に充たない場合には、これを除外する。これによると、平成一四年四月二九日の時間外労働時間は零分、同年六月二〇日は二〇分、同年八月六日は零分、同年一〇月一二日は七時間五〇分、同月一九日は一時間、同年一一月一二日は五〇分(外出時間を午後二時から午後五時までとする)、平成一五年五月一〇日は六時間三〇分、同月二二日は零分、同年一二月一二日は二〇分、同月二七日は三時間二〇分、平成一六年二月二四日は零分、同年三月二五日は零分となる)。
被告会社は、午後六時四〇分ころまでを退社時所要時間とするとともに、所定の休憩時間のほか、さらに二〇分ないし一時間を休憩・食事時間として労働時間から控除するが、これは失当というほかない。また、被告会社は、業務日誌の記載に基づき、原告がその自認する時間以外にも外出、遅刻、早退等をしているというが、これを認める証拠はないし、そもそも被告会社は、社員の自主性を尊重し、労働時間の管理を実施していなかったというのであって、およそその主張を採用することはできない。
したがって、その時間外割増賃金は、別紙1(略)記載のとおり、合計二五八万七五四四円となる。
(4) 被告会社は、時間外労働賃金に代わるものとして特別手当等を支給していた旨主張するところ、確かに本件給与規定(書証略)には、「特別手当は、時間外労働分を固定支給する」旨定めている。
しかしながら、本件給与規定は、これとは別に「時間外手当は、就業規則に基づく正規の労働時間を超えて勤務することを命ぜられ、その勤務に服した従業員に支給する」とも定めている上、そもそも被告Y1は、昭和五〇年に本件就業規則及び本件給与規定を作成した後、その管理を被告会社の管理室長に委ね、そのため、以後、これらが実際にどのように運用され、あるいは変更されたか把握していないというのであって(人証略)、本件就業規則、本件給与規定の内容が適正に周知されていたとは考えられない。
この点、被告会社は、原告が「特別手当については時間外として出す。残業はしてもしなくても出す」などと記載された内容通知書並内容承諾書(以下「本件承諾書」という)に署名捺印しているとも主張する。
しかしながら、原告は、本件承諾書に署名捺印をする際、「特別手当については時間外として出す。残業はしてもしなくても出す」などの記載はなかったと供述するし、現に、本件承諾書には、上記文言に続けて「X(原告)氏も承諾してもらっています」などと、本件承諾書が、従業員あっせん会社(株式会社ビートップツー)宛の通知書を兼ねていることを考慮しても、原告が署名捺印する以前に記載されていたとは考え難い文言が記載されていることからすると、本件承諾書をもって、原告が残業手当の代わりに特別手当が支給されることの説明を受け、これを承諾したことの証左とすることはできない。被告会社は、原告が署名捺印する以前の本件承諾書の写し(書証略)にも、上記文言が存在するというが、そのような未完成の書面の写しを作成し、担当者が捺印してまで保存していたということ自体不自然である。
4 付加金について
原告は、被告会社が、労働基準法三七条の規定に反して時間外割増賃金を支払わなかったことにつき、同法一一四条に基づき付加金の支払を請求する。
被告会社は、そもそも労働時間の管理を一切行わず、業務の性格上、流動的で残業が多いにもかかわらず、固定給として特別手当等を支払っているとして、時間外割増賃金の支払をしなかったのであって、これらの事情にかんがみると、被告会社に二五八万七五四四円と同額の付加金の支払を命じることが相当である。
5 よって、主文のとおり判決する(付加金についての仮執行宣言は、相当ではないので、これを付さない)。
(裁判官 森冨義明)
<別紙略>