東京地方裁判所 平成16年(ワ)14124号 判決 2005年7月14日
東京都●●●
原告
●●●
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
内藤満
東京都中央区日本橋室町3丁目2番15号 日本橋室町センタービル
被告
株式会社SFCG
同代表者代表取締役
●●●
同訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 被告の原告に対する別紙Ⅰ債権目録記載の債権が存在しないことを確認する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを40分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 主文と同じ。
2 被告は,原告に対し,1億7965万7182円及びこれに対する平成16年5月27日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,被告の原告に対する貸付債権が存在しないことの確認,及び,被告が原告の取引先に対し,担保権の実行名目で,違法に債権譲渡通知をしたことにより,原告が取引先を失ったとし,不法行為に基づきその損害賠償を求める事案である。
1 前提となる事実
(1) 原告は,●●●を主要な業務内容とする株式会社であり,被告は,根保証人,根抵当権設定仮登記を担保に要求し,利息制限法超過利率の約定で,中小企業に貸付をすることを主要な業務とする関東財務局に登録した貸金業者である。
(2) 被告は,原告との平成15年10月7日付け基本契約に基づいて,原告に対し,同日300万円及び平成16年1月26日に500万円の合計800万円を貸し付けた。
(3) 被告は,原告に対し,各貸付の際,利息を天引し,計算書(乙4の1及び4の2)を交付した。
(4) 原告・被告間の取引経過(返済の金額,年月日)は,別紙Ⅱ取引経過表記載のとおりである。
(5) 被告は,平成16年5月27日,株式会社●●●【●●●社】に,原告名義の債権譲渡通知書【本件通知書】を送付した。
2 争点1(被告の貸金債権の存否)
(被告)
(1) 被告は,原告との平成15年10月7日付け基本契約に基づいて,原告に対し,平成15年10月7日に300万円,平成16年1月26日に500万円を貸し付けた。
(2) 原告から被告への弁済は,貸金業の規制等に関する法律【貸金業規制法】43条のみなし弁済に該当し,利息制限法を超過する利息の支払も有効である。したがって残元金は,490万6035円である。
ア 被告は,各貸付の都度,原告に対し,貸金業規制法17条所定の書面【17条書面】を交付した。被告の17条書面は,基本契約書,金銭消費貸借契約証書(又は借用証書若しくは債務弁済契約証書),計算書及び担保明細書(又は担保差入証)により構成される。
イ 被告は,各返済の直後に,原告に対し,貸金業規制法18条所定の書面【18条書面】を交付した。本件の場合,各弁済後直ちに,請求書兼取引明細書を交付した。
(3) 仮に,原告の弁済がみなし弁済に該当せず,利息制限法に従って計算したとしても,貸付金が残存する。
ア 原告は,他の債務のために強制執行,仮差押,仮処分又は破産,競売の申立てを受けたとき若しくは自ら破産,民事再生手続,整理(任意を含む。),会社更生の申立てをしたときには期限の利益を喪失する。
原告は,平成16年4月20日又は同月23日に債務整理を開始した。
イ 平成15年10月7日,300万円の貸付は,次回の利息支払日である同年12月5日までの60日間の利息13万3150円を天引した金額を交付した。被告は,貸付時,原告に対し,計算書(乙4の1)を交付しており,原告は天引額,天引期間を知っていた。
ウ したがって平成16年7月1日の残元本は,9万5008円である。期限の利益の喪失がなかったとしても2201円となる。
(4) 被告は,みなし弁済の主張をし,仮に利息制限法に引き直しても残高が残ることを既に提出済の書証により主張するものであり,原告の反論も行われたから,時機に遅れたとして却下する理由はない。
(原告)
(1) 被告主張(1)は認める。2回目は借換である。
(2) 17条書面及び18条書面の交付は否認する。
(3) 任意整理とは,債権者一般に対する債務の支払に困難を感じた債務者が,弁護士等に委任をして,破産・再生等の法的手続によらないで,債権者一般との間で,弁済方法に関する協議を行うことを意味し,このような協議が開始されたことをもって借主の信用が悪化した徴候と捉えて期限の利益の喪失事由としたものと思われる。
借主が弁護士等を利用して債権者と協議を開始したとしても,貸付債権の減免や期限の変更を求めるものでなければ,整理には当たるとは言えないとも言える。
原告は,平成16年4月20日,株式会社ロプロに原告代理人の受任通知を送付し,開示請求を行っただけで,その時点で債権者一般に対する債務の支払に困難を感じていたわけではなく,債権者一般との間で弁済方法に関する協議を行うことを予定していなかった。
したがって本件は任意整理に当たらない。
(4) 利息制限法2条による天引計算は,被告の抗弁事実であるところ,被告がかかる主張をしたのは,人証調べが終了し,弁論終結が予定された口頭弁論期日(平成17年5月26日)の当日に予告され,その後に行われたものである。被告のかかる訴訟追行の姿勢は,訴訟遅延を目指したものであり,時機に遅れたことが明らかであるから却下されるべきである。
3 争点2(債権譲渡通知の違法性,損害)
(原告)
(1)ア 原告は,被告から借入を開始する際に,「約定の支払を続けている限りは利用しない。」との説明を受けて債権譲渡通知書を発行し,被告に送付の代行権限を与えた。
イ 被告は,原告が約定どおりの借入金の返済を継続しており,代行権限を撤回した後であるにもかかわらず,平成16年5月27日,正当な理由もないのに期限の利益の喪失を主張して,原告の主要取引先である●●●社に本件通知書を送付した。
ウ 原告は,同年6月8日到達の書面によって,被告に対し,債権譲渡の撤回通知を●●●社に送付するよう求めたが,被告はこれを黙殺した。
エ 原告は,同年7月1日,借入金残金442万4103円及び同日時点の利息金4万8955円の合計447万3058円を被告に送金し,その旨被告に連絡して,債権譲渡の撤回通知を●●●社に送付するよう求めたが,被告はこれを拒絶した。
オ 本件通知書は,原告に債権譲渡意思がなくなった時点では事実に反する書面であり,かかる書面を作成名義人本人の意思に反して無断で送付することはできない(最高裁判所昭和56年1月19日判決判例タイムズ438号93頁)。
(2) 貸金業者は,貸金債権の担保のために,借主の売掛債権の譲渡を受けたときは,貸金の全額を回収し,かつ,借主からその旨を要求されたときは,速やかに債権譲渡の撤回を借主の取引先に通知することで,借主に被害が発生しないよう注意すべき義務があるところ,被告は,この義務に違反した。
(3)ア 利息制限法による天引計算の主張が却下されるべきことは前記2(原告)(4)のとおり。
イ 原告が被告から送付を受けた顧客台帳には利息,費用の天引の趣旨が記載されていない。したがって,原告が,これを考慮せずに算出した金額447万3058円を被告に送金したことはやむを得なかった。
被告主張の残元本額は,前記送金額に比し,極めて僅少である。
ウ 被告が利息制限法2条を適用して算出されるという貸金残高を主張することは権利の濫用にわたり,あるいは信義に反し許されない。
仮に,そうでなくとも,被告は,債権譲渡を撤回する旨の通知をすることを怠り,原告に1億7965万7182円を超える損害を与えたものであり,わずかな貸金を回収する目的があったことでこれを正当化することはできない。
(4) 原告は,●●●社と平成14年11月1日付け業務委託基本契約書【デリス便契約書】を作成し,同業務委託契約【デリス便契約】を締結した。
●●●社は,平成16年6月15日,原告に対し,デリス便契約を解除する旨の通知【●●●社解除通知】を送付した。
(5) すなわち被告が,本件通知書を●●●社に送付することで,原告は,長年バイク便・デリス便取引を継続していた●●●社に対する信用を失い,取引を打ち切られ,その後,被告が債権譲渡の撤回通知を怠ったこともあって,今後,取引を再開することができなくなった。
●●●社との取引により,原告は,年間3058万3590円の粗利益を得ており,この取引は最低でも7年程度は継続したから,被告の不法行為によって,原告は,1億7965万7182円の損害を被った。
(6) よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金1億7965万7182円及びこれに対する不法行為の日である平成16年5月27日から支払済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求する。
(被告)
(1) 本件通知書の送付と●●●社と原告の取引終了との間の因果関係を否認する。
(2) 本件通知書の送付は適法である。
ア 原告と被告は,平成15年10月7日付け債権譲渡契約書により,①原告は,被告に債権譲渡通知に関する手続一切を被告に委任し,② 期限の利益を喪失後はいつでも,被告が債権譲渡通知を行うことを承諾する,③原告は,一方的に委任を解除しない旨,合意した。
イ 期限の利益喪失につき,前記2被告(3)アのとおり。
ウ 被告は,平成16年5月26日,他社の債務整理を確認し,翌日,本件通知書を発送した。
エ 同日の残債権は490万6035円であり,利息制限法に引き直しても450万2488円であった。また,平成16年7月1日についてみても,利息制限法に引き直した残元本は,9万5008円であり,期限の利益の喪失がなかったとしても2201円となる。
(3) 本件通知書の通知人は,原告であるから,本件通知書を撤回するとすればそれは原告である。
第3当裁判所の判断
1 争点1(被告の貸付債権の存否)について
(1) 被告は,その主張(1)のとおり主張するだけであって,金銭消費貸借契約の本質的要素をなす返還時期(期限)の主張をしない。結局,被告の主張は,契約の存在自体についての主張を欠くものと言わざるを得ず,失当である。したがって,その余の点を検討するまでもなく,原告の請求には理由がある。
(2) なお,17条書面に関し,被告が原告に対し,計算書(乙4の1,4の2),平成16年1月26日付け金銭消費貸借契約証書(乙2)を交付した事実を認めることはできるが,平成15年10月7日付け基本契約書が交付された事実を認めるに足りる証拠はない。18条書面に関し,原告の平成15年12月4日及び平成16年3月5日の弁済については,弁済後に取引明細書が交付された事実を認めるに足りる証拠はなく,その余の弁済については作成日が最短で弁済後5日(銀行営業日にしても3日後)であり,交付日はそれより最短で1日後であろうから,いずれも「直ちに」の要件を充たさない。したがって,原告の弁済がみなし弁済とされる余地はない。
また,期限の利益喪失事由に「整理(任意を含む。)」とあるが,これは信用悪化の徴表としての整理であるから,単に借主が貸主に問い合わせをしたり,不当利得など正当な権利を主張しただけでは,これに当たらないものと解される。ところで,乙8には,債務整理情報の記載はあるが,原告の陳述によれば,うち1件は,ロプロに対する開示要求にすぎないとも見られる。他の1件については原告が否認しており,それが事後的客観的に見ても整理であるか否かは判然としないと言うほかはない。
これらを前提にすると,平成16年7月1日の計算上の元本は2201円となる(天引の存在,計算日数は平成17年4月7日の第7回口頭弁論において提出された乙4の1(計算書)から明らかである。)。
2 争点2(債権譲渡通知の違法性,損害)について
(1) 争いのない事実,証拠(甲10,13,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,ア 原告と●●●社が,平成14年11月1日,デリス便契約書を作成して,デリス便契約を締結したこと,イ 本件通知書送付後である平成16年6月15日付けの内容証明郵便により,原告と●●●社間の加盟店契約書19条及びデリス便契約書10条に基づき無催告解除の●●●社解除通知がなされたこと,ウ デリス便契約書10条による無催告解除事由として下記の事由だけが掲げられていること,以上の事実を認めることができる。
記
① その役員又は被用人につき背任行為及び重大な非行があったとき
② 支払の停止又は仮差押,差押,競売,破産,民事再生手続の開始,会社更生手続開始,会社整理開始,特別清算手続開始の申立てがあったとき
③ 手形取引の停止処分を受けたとき
④ 公訴公課の滞納処分を受けたとき
⑤ 故意又は過失により相手方に重大な損害を与えたとき
⑥ 甲(●●●社)又は乙(原告)いずれかの責に帰すべき事由により本件請負委託業務が著しく遅延し又は不能となった場合
⑦ 過半数以上の株主が変更したとき又は合併,営業譲渡等,会社経営に重大な変更が生じたとき
(2) ●●●社解除通知がデリス便契約上適法なものであるとすれば,前記(1)の解除事由に基づくものであると考えられるが,本件譲渡通知と前記解除事由との関係は明らかとは言えない。したがって,本件譲渡通知と●●●社解除通知との間の因果関係を認めることは困難である。さらに●●●社解除通知は,加盟店契約書に基づくものともされており,その内容は明らかではないことも考えれば,ますます前記因果関係を認めることは困難である。
また,●●●社解除通知が前記(1)の解除事由により適法になされたとすれば,解除されるべくして解除されたにすぎず,原告の主張する損害を観念する余地はない。
他方,解除事由がないのに●●●社解除通知が行われたとすれば,それは契約上適法な解除通知ではない。被告が故意に,●●●社をして,かかる不適法な行為を行わしめたというならばともかく(その主張立証はない。),被告に,●●●社の不適法な行為について結果予見義務及び結果回避義務を課すことはできないというべきである。そうすると原告主張の事実を前提にしても,被告に過失を認める余地はない。
(3) したがって,その余の点を検討するまでもなく,原告の請求には理由がない。
3 以上の次第であるから,原告の請求は,主文の限度で理由があるが,その余は理由がない。
(裁判官 棚橋哲夫)
<以下省略>