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東京地方裁判所 平成16年(ワ)14289号 判決 2006年2月24日

原告

株式会社A

同代表者代表取締役

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

高野一郎

被告

日本中央競馬会

同代表者理事長

髙橋政行

同訴訟代理人弁護士

田島孝

畠山保雄

松本伸也

縫部崇

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  主位的請求

被告は,原告に対し,5250万円及びこれに対する平成16年7月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

被告は,原告に対し,584万4399円及びこれに対する平成16年7月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

原告は,中央競馬の馬主であり,被告は,中央競馬の開催者である。中央競馬では,馬主が所有競走馬をレースに出走させるためには,出走を希望するレースに登録し,登録頭数がレース出走可能頭数を超えた場合,抽選等の方法により,出走できる競走馬が決定されるが,このように,登録したにもかかわらず出走が認められなかった競走馬は,一般に,「除外馬」と呼称されている。

本件は,原告が,被告に対し,被告は除外馬の頭数が増大しないよう,実効性ある除外馬減少策を講じる義務及び現状より除外馬の状況を悪化させるような措置を講じてはならない義務を負っているにもかかわらず,これを怠り,平成13年から平成15年までの間に,除外馬の頭数を大幅に増加させ,原告所有競走馬のレースへの出走を困難にさせたとして,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,①主位的には,除外により原告所有競走馬をレースに出走することができなかったために得ることのできなかった出走手当相当額及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の,②予備的には,除外された原告所有競走馬を次のレースに出走させるために余分に要した費用相当額(馬を被告の管理する厩舎に入厩させて調教師の調教に出した場合と,地方の牧場に放牧に出した場合との差額)及びこれに対する遅延損害金を請求した事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告は,昭和50年8月7日に設立された,競走馬の所有,育成等を主要な業務とする法人馬主であり,被告は,日本中央競馬会法に基づき設立された法人で,競馬法により競馬を行う団体である。原告は,被告の登録を受けた競走馬の所有者として,所有競走馬の預託料等の経費を負担する一方,所有競走馬がレースに出走した場合,出走手当を取得する権利を有している。

(2)  馬主が所有競走馬を中央競馬のレースに出走させるためには,馬主自身及び所有馬が被告によって登録されなければならず(中央競馬法(以下「法」という。)13条1項),更に,事前に被告の管理する厩舎に入厩させ,調教師の調教を受けた上(日本中央競馬会競馬施行規程(以下「規程」という。)74条,74条の2),出走を希望するレースに登録(出馬投票)しなければならないこととされている(規程68条1項)。また,一つのレースに出馬投票した馬が当該レースの出走可能頭数を超過した場合は,抽選等の方法により,出走できる競走馬が決定される(規程69条の2第1項)が,このように,出馬投票したにもかかわらず出走が認められなかった競走馬は,一般に,「除外馬」と呼称されている。

(3)  中央競馬において,平成3年から平成16年までの各年に生じた除外馬の総数(A),同年のレースに出走した馬の延べ頭数に同年の除外馬の数を加えた頭数(B。以下「出馬投票総数」という。)及び出馬投票総数に占める除外馬の総数の割合(A÷B。以下「除外馬率」という。)は,別表記載1【中央競馬全体】のとおりであり,除外馬の頭数は,平成12年に8509頭だったものが,平成13年には1万2837頭,平成14年には1万8363頭,平成15年には1万8068頭と増加している。また,除外馬率も,平成3年から平成12年までの平均値が14.74パーセントであったのに対し,平成13年は21.3パーセント,平成14年は27.3パーセント,平成15年は26.9パーセントとなっている(乙2)。

一方,これを原告所有の競走馬について見ると,平成13年から平成15年までの各年に生じた除外馬の総頭数,同年に出馬投票した馬の総数及び除外馬率は,別表記載2【原告所有馬】のとおりであり,除外馬率は,平成13年が23.40%,平成14年が29.97%,平成15年が38.28%となっている。

2  争点

(1)  被告は,原告に対し,実効性ある除外馬減少策を講じる義務及び現状より除外馬の状況を悪化させるような措置を講じてはならない義務を負っていたか否か。

(2)  被告に上記(1)の義務が認められる場合,被告が同義務を怠ったことにより,原告にいかなる損害が生じたか。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(除外馬増加回避義務の存否)について

ア 原告の主張

(ア) 馬主の期待権

ある者が中央競馬のレースに同人の所有競走馬を出走させるためには,先ず,その者が馬主として被告に登録されなければならず,更に,競走馬として被告に登録した同人の所有馬がレースに出走する前には,被告の免許を受けた調教師に所有馬を預託し,調教させなければならず,その費用として,所有馬1頭につき月額約70万円の預託料を負担しなければならない。

しかし,原告のような法人馬主の多くは,その組織形態として会社組織を採用しており,その基本的性格は,利潤追求を図る企業であるから,当然,その所有馬をレースに出走させて出走手当及び賞金を得ることにより,上記預託料の負担が解消されることを期待しており,また,馬主がかかる期待を抱いていることについては,被告も熟知している。

そして,賞金は売上げと不可分一体の関係にあり,ファンが公正でないとして納得できないような競馬を実施することは,売上げ減少に直結する行為であることからすると,馬主である原告は,馬主として被告に登録されるに当たって,被告に対し,上記期待権の一部として,ファンが公正だと納得できるような公正競馬の確保のために必要な監視活動,啓蒙活動,指導行為等の事実行為を依頼していた(準委任契約の成立)と解することができるというべきである。

また,このような原告と被告の関係については,原告が馬主として被告に登録される行為を参加契約ととらえ,被告は,かかる参加契約上の信義則に基づき,馬主の上記期待権を保護すべき義務を負っているともいうことができる。

そして,上記準委任契約及び参加契約の成立がいずれも認められない場合であっても,馬主の上記期待権自体は,契約の存否に関係なく法的保護の対象とされるべきであるから,被告が上記期待権を侵害した場合は,原告に対する不法行為又は契約(個別のレースの出走に関する契約)締結前の段階において認められる信義則に基づく保護義務違反となるものである。

(イ) 公正競馬の確保と除外馬防止策との関係

前記のとおり,競走馬をレースに出走させるためには,レース前に馬を調教師に預託しなければならず,調教師は,当然のことながら,出走予定のレースに最大の力を発揮できるように調整してレースに臨むことになる。しかし,当該馬が除外になり,予定していたレースに出走できなくなった場合は,次のレースのために再調整することとなるが,対象が競走馬というデリケートな生物である以上,その調整は著しく困難である。

したがって,除外された競争馬が翌週又は翌々週のレースに出場できたとしても,出走できた時には,調整の効果が著しく減退した中でのレースとなり,かような競走馬が同一レースの出走馬の中に存在するということは,そのレースの中に,調整万端な馬と調整不十分な馬が渾然一体と存在することになる。

そして,このような事態が,効果的な除外馬増加回避策をとらなかったという被告の施策に起因するものであるならば,競走馬に最善の調整が行われてレースに出走することを期待するファンにとって,公正な競馬として納得できるものでないことは言うまでもないから,被告は,ファンが公正だと納得できるような公正競馬の確保のために必要な監視活動の一環として,実効性ある除外馬減少策を講じる義務及び現状より除外馬の状況を悪化させるような措置を講じてはならない義務(以下「除外馬増加回避義務」という。)を負っているというべきである。

(ウ) 被告の債務不履行又は不法行為

ところが,被告は,実効性ある除外馬減少策を講じず,かえって,次の①ないし③の措置をとることによって,前記のとおり,平成13年から平成15年にかけて,除外馬の頭数を大幅に増大させた。すなわち,被告は,下記①の施策を行ったことにより,除外馬が増加することが容易に予見できたにもかかわらず,全く除外馬増加回避措置を講じることなく,更に下記②及び③の施策を行うことにより,除外馬の増加を加速させたものである。

① 調教師が馬主から預託を受けて管理する馬の頭数の上限を,従前の34頭から,平成9年3月1日から平成13年1月1日までの間に,60頭に拡大した(いわゆる3倍枠制の実施)。

② 被告は,被告のトレーニングセンター内にある馬房を調教師に貸し付けているが,平成16年3月から,調教師に貸し付ける馬房数を当該調教師の調教実績等により増減することを可能とする,いわゆるメリット制を導入し,その査定を平成14年1月1日から開始した(そのため,その対象となる厩舎が,ポイントをかせぐために出走回数や出走延べ回数を増やそうとして,出走登録頭数を増やすこととなった。)。

③ 被告は,平成14年1月1日から,再登録制度を実施し,中央競馬から地方競馬に転籍した馬が中央競馬に復帰するための条件を緩和した。

イ 被告の主張

(ア) 馬主の期待権について

被告は,原告に対し,実効性ある除外馬減少策を講じる義務及び現状より除外馬の状況を悪化させるような措置を講じてはならない義務を負うものではない。原告被告間には契約関係はなく,競馬法以下の法令は,被告を中央競馬を行う者と定め,馬主については中央競馬の競争に馬を出走させることができると定めている(競馬法13条)ほかは,競馬の施行に関し馬主に権利あるいは関与を何ら認めていない。被告は,馬主の登録に際し,馬主に対して一切の経済的保障はしておらず,原告の主張する預託料負担の解消への馬主の期待権は根拠のないものである。

競馬法上,公正競馬を施行すべき責任が被告にはあるとしても,これは民事責任ではなく,社会あるいはファンに対する主催者としての社会的・行政的責任(具体的には,被告を監督する農林水産大臣に対する責任)であり,その責任の一つとして除外馬に関し原告の主張する除外馬増加回避義務があるとはいえない。

(イ) 公正競馬の確保と除外馬防止策との関係について

除外馬が増大すると各出走馬間の状態に見過ごすことのできない不公平が発生するという事実はない。競走馬の調教を担当する調教師は,十分な能力が発揮できると判断して馬を出走させているのであり,除外となり1週間後に出走した馬が入賞した実際の例は別に珍しいものではない。1週間後の出走が馬のコンディションにとってよかったか悪かったかは誰にも分からないのであって,原告の主張は観念的にすぎ誤りである。

また,除外馬の発生は,レースへの出走馬頭数に限りがある以上,その頭数を超える出走申込みがあれば不可避的に生ずる現象であり,なくすことはできないものである。申込みが出走馬頭数を超える場合,被告は,抽選その他の方法と基準によりレースへの出走馬を選定するほかなく,選定の方法や基準が恣意的で,著しく不合理・不相当であるというような場合はともかく,除外馬発生に関し,被告が法的責任を負う理由はない。

(ウ) 被告の債務不履行又は不法行為について

前記ア(ウ)①ないし③の施策を被告が行ったことは認めるが,かかる施策により除外馬が激増したとの事実は否認する。除外馬の増加は,基本的には,地方競馬との賞金格差の拡大等により中央競馬の出走に馬が集まる傾向にあること,また調教施設の整備や調教技術の向上などにより出走態勢にある馬の数が増加していることなどの事由によるものであるが,そうした基本的な事由とは別に,除外優先権の確保(除外馬には,出走確保のために,次回の出馬投票において優先出走権が与えられている。)のためにする出馬投票の増加及びその結果としての見かけ上の除外馬増加現象が生じたことが原因であり,上記①ないし③の施策は,除外馬増加の直接の原因ではない。

(2)  争点(2)(原告の損害)について

ア 原告の主張

(ア) 主位的請求

a 平成13年以降の異常な除外馬率の上昇に鑑みれば,被告の除外馬増加回避義務を考える上での除外馬率の許容範囲は,平成3年から平成12年までの10年間の除外馬率の平均値である14.74パーセント(以下「本件平均除外馬率」という。)をもって考えるべきであり,この割合を超えて発生した除外馬については,被告が上記義務を怠らなければ,本来除外馬とされずに済んだはずである。

このような意味において,原告所有馬について,平成13年から平成15年までの各年に生じた,本来であれば除外されなかったはずの馬の総数は,次のとおり合計150頭(小数点第1位以下切捨て)となる(なお,各年における原告所有馬の出馬投票総数及び同年の除外馬率については,別表記載2【原告所有馬】を参照)。

① 平成13年

359(頭)×(23.40−14.74)(%)=31.1(頭)

(同年の出馬投票総数)(同年の除外馬率−本件平均除外馬率)

② 平成14年

337(頭)×(29.97−14.74)(%)=51.3(頭)

③ 平成15年

290(頭)×(38.28−14.74)(%)=68.3(頭)

b したがって,原告は,被告が上記の除外馬増加回避義務を怠らなければ,上記150頭をレースに出走させることができ,出走さえすれば,レースの結果に関わらず被告から出走手当(なお,平成13年から平成15年までの間における出走手当の最低金額は,35万円である。)を受けることができたものであるから,次のとおり,合計5250万円の損害を被ったといえる。

150(頭)×350,000(円)=52,500,000(円)

(イ) 予備的請求

a 馬主が所有馬をレースに出走させるためには,事前に被告の管理する厩舎に入厩させ,調教師の調教を受けなければならないこととされており,調教師に対する預託料は,1頭につき月額70万円程度を要する。一方,競走馬は,調教師の厩舎に入厩させていないときには,地方の牧場に放牧しており,この場合の管理コストは月額25万円程度であるから,馬主は,除外馬を次回以降のレースに出走登録するために厩舎に待機させることにより,月額45万円程度(1週間11万円程度)の負担を負うことになる。

b 平成13年から平成15年までの各年における,除外馬となった原告所有馬が次のレースに出走できるまでの期間は,別表記載3【原告所有馬の待機期間】記載のとおりであり,平成13年は合計101週,平成14年は合計108週,平成15年は合計116週となる。

したがって,上記各年における原告の除外馬発生による負担増は,平成13年が1111万円(101週×11万円),平成14年が1188万円(108週×11万円),平成15年が1276万円(116週×11万円)となる。

c 一方,平成13年から平成15年までの各年における原告所有馬の除外馬率(別表記載2【原告所有馬】を参照)から本件平均除外馬率を控除した差は,平成13年が8.62パーセント,平成14年が15.19パーセント,平成15年が23.50パーセントとなる。

そこで,次のとおり,各年の上記負担増額に上記差率を乗じた金額(下記①ないし③の合計額である576万854円)が,原告の被った損害となる。

① 平成13年

11,110,000(円)×8.62(%)=957,682(円)

② 平成14年

11,880,000(円)×15.19(%)=1,804,572(円)

③ 平成15年

12,760,000(円)×23.50(%)=2,998,600(円)

d また,原告所有馬であるAマックスは,平成14年に,除外馬となった後5週にわたって待機したがレースに出走できなかったことがあるので,これによる負担増も,原告の損害というべきである。そして,これによる原告の損害は,次のとおり,8万3545円となる。

5(週)×11(万円)×15.19(%)=83,545(円)

e よって,原告が予備的に請求する損害額は,合計584万4399円(上記cの金額に上記dの金額を加算した額)となる。

イ 被告の主張

原告の主張をいずれも争う。

(ア) 原告の主張(ア)について

出馬投票をして出走を認められない馬(除外馬)は,当該レースには出走できないが,次週あるいは次々週のレースに改めて出馬投票をして走らせることができ(除外馬には,次回の出馬投票において優先出走権が与えられている。),現に,除外馬の大部分は,1週ないし2週のうちには出走している。したがって,除外馬となったからといって,直ちに出走の機会を失い,それによる経済損失が馬主に発生するというものではない。

(イ) 原告の主張(イ)について

除外馬を翌週又は翌々週のレースに出走させるかどうかは,馬主の自己責任に属する問題である。馬主が除外馬を翌週又は翌々週のレースに出走させる場合,引き続き入厩が必要であり,それによって週当たり11万円程度の預託料の負担増が生じることについては,強いて争わないが,それは,馬を出走させ,それによって本賞その他の賞金と特別出走手当その他の諸手当を得るために必要な費用であり,損害に当たるものではない。

第3  争点に対する判断

1  前記争いのない事実等に加え,証拠(甲1,2,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  被告に登録した馬主は,被告に登録した自己の競走馬を中央競馬のどのレースに出走させるかについては,基本的に自由に選択することができ,被告から,どのレースに出走するよう命じられるものではない。もっとも,馬主は,所有馬をレースに出走させるためには,出走を希望するレースに予め出馬投票をしなければならず,一つのレースに出馬投票した馬が当該レースの出走可能頭数を超過した場合は,被告が抽選等の方法により,出走できる競走馬を決定することになる。ただ,かかる抽選等を各馬について全く均一の条件で行えば,特定の馬が除外を繰り返すなど,かえって不公平の結果を生じるおそれもあったことから,被告は,このような事態が生じることを防ぎ,各馬に均等な出走機会を付するため,昭和36年から,除外された馬については,次回の出馬投票時において優先的に出走権を認める取扱い(以下,「除外優先権」という。)を実施するようになった。

(2)  その後,中央競馬と地方競馬との賞金格差の拡大等により,中央競馬に競争馬が集まる傾向が生じ,また,調教施設の整備,調教技術の向上などにより,出走態勢にある馬の数も増加する一方で,中央競馬の開催日及びレースの数については,競馬法により一定の上限が設けられていたことから,特に,下級条件レース(未勝利戦(出走して1着ないし重賞レースの2着になったことがない競走馬が出走するレース)及び収得賞金額が500万円以下の競走馬が出走するレース)について,レース数に比べて当該レースの出走対象となる競走馬が多くなり,除外馬が多く発生するという傾向が生じた。そして,これに加えて,前記のとおり,一度除外された馬には次回の出馬投票時において優先的出走権が認められていたことから,かかる下級条件レースを中心として,当該レースに出走する意思がないにもかかわらず,単に次回の出馬投票における優先出走権を確保するだけの目的で出馬投票をするケースが増加していった。また,このような除外優先権の確保を目的とする出馬投票が増えると,1回の除外優先権を確保しただけでは出走を確実にするためには不十分であることから,2回,3回と回数の多い除外優先権を確保しようとするなど,見かけの除外が更に増加する現象が生じるようになった。

(3)  被告は,このように,本来,各馬に均等な出走機会を付するために設けられた除外優先権の制度が,かえって見かけの除外を膨らませるという弊害も生じるようになったことから,かかる見かけの除外を防ぎ,除外馬の頭数を減らすため,平成10年9月,出馬投票の土日一括受付けや,5頭枠制などの対策を実施した。なお,出馬投票の土日一括受付とは,従来,土曜日のレースの出馬投票を前日金曜日に,日曜日の競争の出馬投票を前日土曜日にそれぞれ受け付けていたものを,土日の全てのレースの出馬投票を一括して木曜日に受け付けることとしたものであり,被告は,これにより,日曜日のレースに出走するために,一旦土曜日のレースに出馬投票をして除外となり,その際に得た除外優先権を行使して日曜日のレースに出走しようとする,見かけ上の除外を抑制することを図ったものである。また,5頭枠制とは,オープンレース以外のレースにおいて,除外優先権を行使できない出走枠を5頭設けるようにしたものであり,出走可能枠の全てについて除外優先権の行使が認められる制度に比して,除外優先権のない競走馬が抽選により出走馬となる可能性が高まることから,これにより,出走の意思のない単なる権利取りだけが目的の出馬投票を抑止することを図ったものである。

その結果,平成10年に1万4014頭だった除外馬の頭数は,平成11年には7100頭に減少し,上記対策による一定の効果が見られた。

(4)  しかし,被告が上記対策を実施して以後も,除外優先権の制度自体は残ったため,平成12年以後,再び,除外優先権確保のための出馬投票が増え,見かけの除外を膨らませて,除外馬の数は増加に転じ,平成15年には1万8068頭を数えるに至った(なお,被告は,平成13年から平成15年にかけて,前記3(1)ア(ウ)記載①ないし③の施策(3倍枠制,メリット制の査定の開始,再登録制)を実施しており,原告は,これらの施策が上記期間における除外馬の激増の要因となったものであると主張している。しかしながら,原告の主張を裏付ける客観的な資料は提出されておらず,また,被告は,原告の主張を否認し,これに沿う証拠(乙2)も提出していることを考え併せると,上記各施策が除外馬の増加の原因となっているのか否か,また,仮に,これらの施策が除外馬の増加の原因の一つとなっているとしても,これが除外馬の増加にどの程度寄与しているのかといった点については,本件一件記録上は明確でないといわざるを得ない。)。

(5)  被告は,このように除外馬の頭数が再び増加に転じたことから,除外馬の削減を図るとともに,出走の見通しをより明確にして,馬の体調の維持管理を円滑にし,より一層充実した競争を安定的に行うことを目的として,平成15年10月,下級条件のレースのうち未勝利クラスと古馬の獲得賞金500万円以下の条件のレースについては,除外優先権の付与の制度を廃止し,出走機会に比較的恵まれていない競争馬から順次出走させる(初めて出走する馬や前走から出走間隔の長い馬を優先させる)こととし,更に,出走頭数枠の一部については,近走の成績が優秀な馬を優先させることとした。また,被告は,上記制度の導入に当たって,各調教師に対し,当該調教師の管理する競走馬以外の競走馬の成績や出走間隔についての情報を全面的に開示することにした。

そして,上記新制度が実施された結果,平成15年に1万8068頭だった除外馬の数は,平成16年には6855頭に激減し,新制度による除外馬削減効果が顕著に見られた。

2  争点(1)(除外馬増加回避義務の存否)について

原告は,被告は,ファンが公正だと納得できるような公正競馬の確保のために必要な監視活動の一環として,原告に対し,実効性ある除外馬減少策を講じる義務及び現状より除外馬の状況を悪化させるような措置を講じてはならない義務(除外馬増加回避義務)を負っているにもかかわらず,実効性ある除外馬減少策を講じず,かえって,前記3(1)ア(ウ)記載①ないし③の施策(3倍枠制等)を実施することにより,平成13年から平成15年までの間に除外馬の頭数を大幅に増加させたものであり,これは,被告の原告に対する債務不履行又は不法行為に当たると主張している。

そこで,上記原告の主張の当否について検討するに,本件において,①中央競馬では,毎年,相当の数の除外馬が発生していること,②このような除外馬の数は,平成11年に一旦は大きく減少したものの,翌年から再び増加に転じ,平成13年には平成12年の約1.5倍に,平成14年及び平成15年には平成12年の約2倍に,それぞれ達したこと,③しかし,前記1(4)のとおり,被告が,平成15年10月に,一定のレースについては除外優先権の付与の制度を廃止するなどの措置をとったことにより,平成16年の除外馬の数は,前年の4割弱程度まで大幅に減少したことなどについては,前記認定のとおりである。したがって,仮に,被告が,前記1(4)の措置を,平成15年10月よりも前に実施していれば,平成13年から平成15年までの間の除外馬の頭数についても,これを大幅に減少させることが可能だったのではないかとも推測されるところであり,これは,原告の上記主張に沿う事実であるとも思える。

しかしながら,中央競馬の開催者である被告が競馬の公正な実施の確保のために行う様々な施策の中に,前記のような除外馬減少策も含まれているとしても,これらの施策は,本来,競馬の公正な実施という公益を図るために行われるものであって,被告に登録している馬主の経済的利益を確保するために行われるものではないから,仮に,被告の実施した除外馬減少策によって,馬主にとっても,自己の所有競走馬が除外されることが減り,レースの出走の見通しが明確になるなどの利益を得られたとしても,これは,上記見地に立って行われる被告の施策によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず,馬主の法律上保護された利益ではないというべきである。

このように,個々の馬主は,被告に対して,実効性ある除外馬減少策を講じるよう求めたり,現状より除外馬の状況を悪化させないよう求めたりする権利を有しているものとは認められず,また,本件一件記録上,ある者が被告に馬主として登録する際,被告が当該馬主に対して実効性ある除外馬減少策を講じたり,現状より除外馬の状況を悪化させないようにする義務を負う旨の合意がされていると認めるに足りる的確な証拠もない。

したがって,馬主に上記権利があること又は被告が上記義務を負っていることを前提として,被告に対して債務不履行又は不法行為による損害賠償を求める原告の主張は,理由がないというべきである。

3  よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官・山門優)

別表<省略>

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