東京地方裁判所 平成16年(ワ)14346号 判決 2005年9月02日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
小笠原耕司
同
山田司
同
金子淳
同
馬渕亜紀子
被告
高野酒造株式会社
上記代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
遠藤達雄
主文
一 被告は、原告に対し、二八五万円及びこれに対する別紙2(略)債権一覧記載の各支払期日の翌日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、六九四万円及び内金四九四万円に対する別紙(略)債権一覧記載の各支払期日の翌日から支払済みまで年六パーセント、内金二〇〇万円に対する平成一三年二月二〇日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、親族会社である被告に勤めていた親族の一人である原告が、無効な配転命令を拒否して被告から不当に解雇されたとして、解雇時以降の得べかりし賃金相当分四九四万円及び不当解雇による慰謝料二〇〇万円並びにそれらの遅延損害金の支払を請求している事案である。
1 争いのない事実
(1) 被告は、酒類の製造及び販売等を営業とする会社であり、原告は、平成一〇年四月から被告に期限の定めなく雇用された者である。
(2) 被告における賃金の支払は毎月二〇日締め当月二七日払いであり、原告の月額給与は、後記の本件解雇当時、一九万円であった。
(3) 被告は、原告に対し、平成一二年一一月一五日、辞令により被告東京営業所から新潟本社工場勤務を命じる配転命令(以下「本件配転命令」という)をなした。
(4) 被告は、平成一三年一月一〇日付の予告通知書により同年二月二〇日をもって解雇する旨の意思表示をし、その後、同日付で原告を解雇(以下「本件解雇」という)した。
(5) 被告は、平成一三年二月分以降の賃金を原告に支払っていない。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 本件配転命令の有効性(含む:就労場所の合意の有無)
【原告の主張】
ア 配転命令の根拠
会社が従業員に対し配転命令を行うためには、配転命令権の根拠が必要であるが、平成一六年二月一九日以前に被告は新潟労基署へ就業規則を届出ていないことなどから同日以前には就業規則は存在していない。このように配転命令の根拠となる就業規則が存在していないから、被告には配転命令権の根拠が存在しない。就業規則が被告にあっても配転命令権を定めに条項がない以上、本件配転命令は無効である。
イ 勤務地の合意
被告においては新潟本社工場から東京営業所へ異動した者及び東京営業所から新潟本社工場へ異動した者は一人も存在しない。
被告東京営業所で勤務する者は、全て東京又は神奈川に在住する者だけが勤務していたものである。
よって、被告の企業内慣行における配転命令の不存在により、原被告間において、原告の勤務地は被告東京営業所に限定されている。
ウ 本件配転命令の不合理性
原告がC(以下「訴外C」という)に対して行った行為は、大三越祭において原告は誠実に業務を行っていたにもかかわらず、被告が、原告に対し、上記業務中に本来座ってはならないお客様用のいすに腰掛け、再三の注意にもかかわらず、言うことを聞かなかった旨の全くの虚偽の事実を通告し、叱責してきたことから、同事実が虚偽であることを被告に伝えるとともに、その虚偽の情報をいかなる経緯で被告が取得したかを確認したいが、原告が当時の被告社長であるDの自宅の電話番号を知らなかったことから、同人の娘である訴外CにDの自宅に電話をかけてもらうため、訴外Cの左手を左手でつかみ、右手で同氏の首をつかんで、電話器のある場所までの二から三メートルの距離を同行しただけである。原告と訴外Cはその後、同じ被告東京営業所にいながら全くトラブルは起きていない。
よって、被告が原告を教育改善するために配転命令を行う業務上の必要性はない。また、原告は、被告東京営業所において写真撮影やパソコン作業を行える唯一の人物であり、原告が被告東京営業所からいなくなってしまえば、同営業所においてパソコンを用いた作業が行えなくなってしまうほどの重要な影響があることからも業務上の必要性はない。
そもそも、原告は、大三越祭において、誠実に業務を行っていたにもかかわらず、被告は、原告が上記の業務中に本来座ってはならないお客様用にいすに腰掛け、再三の注意にもかかわらず言うことを聞かなかった旨の全くの虚偽の事実を何らの確認もとらずに原告に通告してきている。これは、被告が原告の勤務懈怠の事実を創作し、最終的に原告を被告から強制的に排除しようとする意図に基づくものにほかならない。
原告は被告に入社する以前からパニック障害に罹患しており、原告の父Eは、被告に対し、原告が被告に入社した当時、原告が車で移動しようとすると体調が悪化してしまうため、新潟まで行けないことを告げている。被告はこれにより原告のパニック障害の症状を了解していた。本件配転命令は、被告が原告を排除する意思に基づき、新潟への配転命令を発すれば、原告が被告での就業に困難をきたし、勤務の継続ができなくなることを予期して発したものであり、不当な意図・動機に基づくものである。
原告は、上記のとおり本件配転命令当時、パニック障害に罹患しており、このことを被告も認識していた。また、このパニック障害について、原告はかかりつけの医師に定期的な治療を受けているのであり、新潟への異動はかかりつけの医師からの治療の機会を奪うことになる。原告が被る不利益は多大なものがあった。
よって、被告の本件配転命令は、業務上の必要性・合理性がなく、不当な意図・動機をもってなされており、それにより原告が受ける不利益の大きさも過大なものであることから、権利濫用であり無効である。
【被告の主張】
ア 配転命令の根拠
配転命令の根拠として、労働協約、就業規則等に明示されていることを要するか否かに関しては、配置転換命令の根拠として講学上言われている「包括合意説」「特約説」「労働契約説」の何れに立脚するかによって、考え方が変わってくると言われているが、最高裁判決等に照らしても包括的合意説に近い考え方を採用し、就業規則等の存在まで必要としていない。
被告のような従業員一二名程度の中小企業で原告が経営者の一族という関係にあり、就業規則等の根拠規程について大企業と同様の論理が成立するとは限らない。
イ 勤務地の合意
原告が被告経営者の一族と近い親族であることに照らせば、入社当時の状況としても、当然に原告が、本社でもあり人的規模も東京営業所より大きい新潟に勤務することも想定できたというべきである。
そもそも、原告はその就労開始時において、新潟に来ることもなかったというのであるから、当時の代表者であるDとの間で、かかる特別の合意を行う機会すらなかったものである。
ウ 本件配転命令の合理性
原告の供述によっても、訴外Cは三越店の催事にいて何ら無関係というのであり、その者に対して原告自身が自認するような行動を取ることは到底許容されず、これ自体において暴行に該当するもので違法な行為である。原告において、Dに対して電話連絡を取ろうとすればEや母親のFからこれを聞いて自ら電話をすれば済むはずであり、訴外Cの首をつかんで無理に電話をかけさせるような必要性は全くない。
他の従業員の首根っこをつかんで、何度も電話をかけさせるような行動を取る従業員をそのまま放置することは、企業秩序維持の点からも、他の従業員の安全のためにも許されないことであり、しかも、他の従業員に対してかかる行動を取ることは、本来は懲戒解雇の理由ともなりうるものであり、少なくても配置転換をする理由としては十分である。
当時、訴外Cは主婦であり、新潟への配転を命ずることはより困難が多いが、原告は独身であり、新潟にはアパートも準備されていたものであり、配慮を行っていた。
本件は、本来的には企業からの放逐ともいうべき解雇を選択することも可能な事案であったが、原告が親族であること等から敢えて恩情的措置として、本人の教育も兼ねて新潟の本社への配置転換を命じたものである。
これらの事実関係に照らせば、本件配転命令は当然に有効である。
原告は、パニック症候群に当時も現在も罹患しており、そもそも新潟に移動できないと主張するが、原告は、東京都区内で電車に乗る生活をしており、また、何よりも、Eが当事者になった新潟地方裁判所での仮処分事件に当事者でもないのに、原告自身が認めるだけでも三回出頭している。調停事件で新潟の簡易裁判所に出頭もしている。被告としては、原告側の者とも協議していたが、本人の原告自身が全くこれに応答せず、被告としては、その予告も含めて十分な配慮を尽くしてきた。
(2) 本件解雇の有効性
【原告の主張】
原告に対する被告の本件配転命令は無効であるから、これに基づく本件解雇も無効である。
被告は、本件配転命令を行った理由について、原告が訴外Cに対し暴行を振るったからであると主張する。しかし、被告は、原告や被告東京営業所の所長であるEに対し、その暴行の存否・内容等の具体的事情について全く聞いておらず、訴外Cの一方的な主張を鵜呑みにして、本件配転命令を行っている。
その後、本件配転命令がなされた後も、原告、その両親であるE、Fは被告と話をしようと電話や書面で連絡を取り、時にはEやFが直接新潟のD宅を訪れるなどして、配転命令の理由について被告に聞いたが、被告は酒造りの勉強で新潟に来ればいいと述べるのみで明確な配転理由を告げていない。なお、原告が新潟に直接行けなかったのは、原告がパニック障害に罹患しており、新潟への移動には過度の負担がかかるためにすぎない。また、原告は、電話で頻繁に被告に対し連絡をしているが、その都度被告が話し合いを拒否したのであり、本件配転命令の理由の説明や事情聴取を行っていない。
解雇は労働者から生活の基盤を奪う重大な行為であり、それを行うについては、適正な手続を経なければならない。しかし、被告は、自らが配転命令を行う理由と主張する原告の暴行について全く原告から事情を聞くことなく、当時の被告代表者Dの娘である訴外Cの言ったことをまさに鵜呑みにして本件配転命令を行っている。しかも、被告は、本件配転命令の理由について、酒造りの勉強で新潟に来ればよいと一方的に述べ、合理的な理由は何一つ説明しなかったうえ、本件解雇に至るまで一度として配転に伴う利害得失の判断に必要な情報の提供を原告に対し行っていない。
このような解雇は、権利濫用であり無効である。
【被告の主張】
被告としては、前記(1)の【被告の主張】のような経過で、本件配転命令を発したものの、これを無視され、また、解雇の予告をして警告をしても原告がこれに応じなかったことから、やむを得ず本件解雇を行ったものであり、これら配置転換に応じなかった者に対する解雇としては当然に有効である。
(3) 被告の賃金支払義務(労務提供の有無、消滅時効の成否)
【被告の主張】
原告は本件解雇の後、父親であるEが所長をしていた被告東京営業所の職務を遂行していたとするが、その態様は不可解である。
仮に解雇が無効であり、労働者としての身分があると認識していたならば、Eの立場からして出勤は当然に可能な状況にあったが、原告が出勤しているとは認められない。
原告が被告東京営業所から受領していたことを自認する一万円ないし三万円は、原告本人は外注費であるというが、被告の労働者として実行してきたとする主張と矛盾する。本件労働契約に基づき業務を遂行してきたというのであれば、当該一万円ないし三万円は賃金の内払いであり原告が全額請求していることと矛盾する。
外注費ということで、被告の業務を行っていたというのであれば、労働契約が終了していることを原告が自認する行動を行って別の契約関係で報酬を受領していたことになり、バックペイ精算の対象となる。
賃金請求については、労基法一一五条により二年間の消滅時効が適用される。原告の賃金請求のうち、本訴の提起まで二年を経過した平成一四年六月二七日以前に支払期日が到来したと主張する賃金については消滅時効を援用する。
【原告の主張】
被告における賃金の支払は毎月二〇日締め当月二七日払いである。本件解雇当時、原告の月額給与は一九万円であった。
被告は、平成一三年二月分から平成一五年三月分までの計二六か月分の原告の賃金について再三の催告にもかかわらず支払わない。
よって、原告は、被告に対し、賃金請求権に基づき四九四万円及びこれに対する月額一九万円の各賃金につき各支払日の翌日である毎月二八日から各支払済みまで商法所定の年六パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告は、平成一四年六月二七日以前の賃金について時効により消滅していると主張するが、原告は、平成一六年一月九日に被告に対し催告を行っており、同年七月六日に本件訴訟を提起している。
【被告の主張】
原告による催告の書面(書証略)は平成一六年一月九日に被告に到達している事実は認めるが、当該書面が被告に到達した時点で、既に支払時期より二年以上が経過している平成一三年一二月二七日以前を支払時期とする給与については、労働基準法に定める二年の賃金請求権の消滅時効が完成しているものであり、中断の余地はない。
(4) 慰謝料請求の成否
【原告の主張】
原告は、被告からの不当解雇により現在まで安定した給与収入を失い、再就職できるかどうかの不安にさいなまれる等不安定な状態に置かれたのであり、その精神的苦痛は甚大なものがある。これに対する慰謝料としては、二〇〇万円を下らない。
よって、不法行為に基づく損害賠償請求権として二〇〇万円及びこれに対する平成一三年二月二〇日から支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告は、不法行為に基づく損害賠償請求について時効により消滅していると主張するが、原告は、平成一六年一月九日に被告に対し催告を行っており、同年七月六日に本件訴訟を提起している。
【被告の主張】
被告による本件配転命令及び本件解雇が有効であることからすると、原告に慰謝料請求権は発生しない。
仮に解雇が無効であれば、その無効により未払い賃金の支払を受けることができる請求権を取得するはずであり、これによってその無効な意思表示により発生した対価は完全に補填される。これを上回る慰謝料請求権が発生することはあり得ない。
原告の主張によれば、不法行為時は、平成一三年二月二〇日というのであるから、本件訴訟を提起するまで三年以上が経過しており、不法行為の消滅時効が完成している。被告は同消滅時効を援用する。
原告の催告書は、損害賠償請求については、「不法行為に基づく賠償を求め」と記載しているのみであり、損害の内容や具体的金額も特定しておらず、不法行為に基づく損害賠償請求としての催告の体をなしておらず、同請求権についての催告とは到底認められない。
第三当裁判所の判断
一 証拠(略)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(1) 原告の採用経緯
被告は、明治三二年創業の造り酒屋であり、昭和二六年ころ会社組織となった。被告は、元来、新潟県のT家一族を中心としたいわゆる親族会社であり、同県に本社を置き、前社長のD(以下「D社長」という)が昭和四一年ころに営業拠点として東京営業所を開き、同人の実弟であるE(以下「E」という)が営業活動をしていた。
Eは、新潟県生まれで高校卒業まで同県で暮らしていたが、大学以降は東京都ないし神奈川県に生活の本拠を構えていた。
原告は、E及び同人の妻F(以下「F」という)の子として生まれ、大学を卒業するまで両親と東京都ないし神奈川県で生活してきており、平成一〇年三月に大学を卒業すると、被告へ入社し、父Eが所長を務める東京営業所で同年四月から勤務をはじめた。
(2) 東京営業所の陣容
原告が被告に入社した当時、東京営業所はE、F、及びGというT家の親族以外の者の三人が勤務していた。その後D社長の長女である訴外Cが平成一一年二月に東京営業所へD社長の要請で勤めることになり、その代わりにFに同営業所をやめてもらうことになった。
このような経緯もあってか東京営業所における訴外CとEや原告との人間関係は良好なものではなかった。原告から見て訴外Cは社長の娘ということもあり自分を含む他の東京営業所の人間に対して礼節を欠く態度に写っており、原告は訴外Cの勤務態度に不満を抱いていた。
(3) 平成一二年一一月一〇日の出来事
被告の東京営業所では、平成一二年一〇月一八日から同月二三日までの間に三越日本橋店で「大三越祭とびっきりの新潟展」が開催され、そこで被告が製造した日本酒を販売宣伝活動するということで、原告を含む東京営業所の人間が三越日本橋店に詰めていた。その後、当該出展が終わったあとである同年一一月一〇日に、上記新潟展のことで三越から被告の東京営業所の従業員の勤務態度についてクレームがあったということをD社長が聞きつけ、被告東京営業所長のEは同社長から原告がそのクレームの対象者である旨の指摘を受けた。Eが当該連絡内容を原告に伝えると、当日はぎっくり腰で勤務を休んで自宅に居た原告は、午後六時ころ被告東京営業所へ行き、そこに居た訴外Cに対し、同女の左手を左手でつかみ、同女の首を右手でつかみ、事務所内の電話のあるところまで二、三メートル引っ張って行き、D社長の自宅に電話をかけろと命じるなどの暴力的行為等を訴外Cに対して働いた。
訴外Cは、当日のその後、D社長へ原告からそのようなことをされた旨を電話で伝え、王子警察署へ被害届を出した。Eは、三越にクレーム内容の確認を取り、原告にはD社長から聞いたような行動がなかった旨三越の担当者から聞き、新潟のD社長宅をFとともに尋ねた上で事情を説明した。
(4) 本件配転命令
被告は、平成一二年一一月一五日付で原告に対し、同年一二月一日から新潟本社工場への勤務を命じる辞令を出した。(書証略)
原告は、当該辞令を突然の意外なものと受け止め、新潟のD社長に翻意してもらいたいと思い、両親であるEやFとともにD社長に事情説明をしようと連絡を試みるなどした。また、同年一二月一三日に知り合いの東京の弁護士事務所において訴外Cを含めた話し合いの場を用意して話し合いを試みたが、被告はこれに応じなかった。(書証略)
原告は、そのような経緯の中で新潟への本件配転命令には応じなかった。
(5) 期限付き解雇通知と解雇
被告は、平成一三年一月一〇日、原告に対し同年二月一日までに新潟本社工場への異動をしなければ同月二〇日をもって解雇する旨通知した。(書証略)
原告は上記と別の弁護士に対応を相談していたところ、被告から同日付で原告への本件解雇の通知がなされた。(書証略)
(6) 解雇後の原告対応(東京営業所での勤務と民事調停申立て)
原告は、本件解雇後も被告東京営業所で父Eと仕事をするなどしていた。D社長は、従来から病気を患い会社へは出社せずに自宅で過ごすなどしていたが平成一三年七月に死亡した。その後は、同人の長男で専務であったBが被告の代表者となり現在に至っている。
原告は、平成一五年五月二八日に被告を相手に民事調停を申し立てたが、被告は原告の復職に応じず、不調で終了している。(書証略)
(7) その後の被告東京営業所
被告は、大三越祭における一件後、三越との取引を打ち切られ、平成一五年三月末で東京営業所の事務所を廃止したが、東京営業所自体は実際上Eを通じて営業活動をしていた。訴外Cは東京営業所の事務所の廃止時点で被告を辞めた。原告は、東京営業所の営業活動に何らかの形で関わってきたものの、本件解雇後の平成一三年二月分以降の給料は被告から支給されておらず、平成一五年四月からは東京営業所のEが被告の経費で原告に給与を支給し、原告は平成一六年七月まで勤務していた。
Eは、被告から平成一六年二月二六日に同年四月一〇日付退職扱いの通知をされ、地位保全の仮処分を被告を相手に申し立てたが、被告から一定額の金銭を受け取り被告をEが退職する内容の和解で終了している。(書証略)
(8) 原告による本訴提起までの経緯(消滅時効関連)
原告は、本件解雇が無効であることを前提に本件解雇後の賃金相当損害金として平成一三年二月分から平成一五年三月分までのひと月当たり一九万円で合計四九四万円の支払を本訴で請求しているところ、本訴の提起は平成一六年七月六日である。(当裁判所に顕著な事実)
原告は本訴提起に先立ち、平成一六年一月七付催告書で平成一三年二月分から平成一五年三月分までの合計四九四万円の未払い賃金を請求しており、当該書面は平成一六年一月九日に被告に到達している。(書証略)以上に反する証拠とりわけ各当事者の供述部分はいずれも採用できない。
(2) 争点(1) 本件配転命令の有効性(含む:就労場所の合意の有無)
前記認定事実及び証拠(証拠略)からすると、次のとおり認定判断できる。
被告はT一族による親族を中心とする会社であり、原告の父であるEがD社長の実弟であることから被告東京営業所に勤務しているという縁故関係もあって、原告は大学卒業と同時に被告へ入社し、同営業所へ勤務するに至っている。
原告が就職し当時、被告には新潟の本社工場と東京営業所の二箇所が勤務場所として存していたようであるが、原告と被告間には上記就職当時特に勤務場所を東京に限定する明示の約束があったわけではないものというべきである。しかし、原告は生活の本拠を東京ないし神奈川に両親とともに置いており、採用の経緯が東京営業所の父Eの勤務する職場での勤務を前提としたものであったものと思われ、遠い将来はともかく当面は東京営業所で勤務することが暗黙の了解にはなっていたものと思われる。
この点はともかくとしても、被告は、原告が訴外Cに暴力的行為等を働いたことを契機に本件配転命令を出している。被告からすると、平成一一年に訴外CがFと交代する形で東京営業所に勤務するようになっていて原告やEとの人間関係もぎくしゃくしたものと認識している。このような従来からの事情と今回の原告の訴外Cに対する行為をきっかけに、被告は訴外Cが主婦でもあり異動が難しく、かといって原告と一緒の勤務場所では好ましくないと考えて原告を新潟へ異動させたという。
しかしながら、争いのない事実、前記認定事実及び証拠(略)によると、原告の訴外Cに対する行為が平成一二年一一月一〇日のことで、本件配転命令は同月一五日付で出されており、あまり間髪を置かずになされていること、本件配転命令を出すまでの経緯として、異動の契機となった訴訴Cとの件について原告自身に事情確認が被告からなされたり、弁明の機会が与えられていないこと、また、原告ないしその両親からの事情説明に対しても十分な議論をした形跡が窺えず、被告における配転の必要性についての説明がなされていないこと、原告側から訴外Cを含めた話し合いの場を用意したものの被告において応じていないことも併せ考えると被告は本件異動について何ら積極的な説明を原告に対してしていないものと言わざるを得ないこと(D社長が酒造りの勉強に来いといった旨原告ないしEが述べる点も含めて)が認められる。原告にすればこれまで生活歴のない新潟への異動という生活上の不利益を伴うものであることからすると、被告において異動の趣旨及び必要性について原告に十分説明すべきであるし、訴外Cとの一件が原因であるならば、双方からの事情聴取なり双方同席のもとでの調整的な場の設定を試みるなど配置転換しなければならないかどうかという回避のための努力がなされてしかるべきところそのような対応の形跡が被告に見られない。
それゆえ、本件配転命令は、双方主張のその余の点を検討するまでもなく、被告における原告への説明義務が尽くされておらず、当該命令を出した時点で原告からの弁明なり両者の調整なり話し合いを経ておらず、配転の必要性についても十分なものとはいえないものであるから違法無効といわざるを得ない。
3 争点(2) 本件解雇の有効性
上記争点(1)で認定判断したように、本件配転命令は無効であることからすると、その有効を前提に原告がこれに従わなかったことを理由にした被告の本件解雇は解雇権の濫用にわたることになり無効である。
これに反する被告の主張はいずれも採用できない。
4 争点(3) 被告の賃金支払義務(労務提供の有無、消滅時効の成否)
前記認定事実によれば、被告が平成一三年二月二〇日付で原告を解雇したこと、本件解雇後も原告は他に就職したりせず、東京事務所の仕事を少なくとも一部している状況からすると、原告には労務の提供があったものと認められる。そして、原告の給与は平成一三年二月分(二月二七日支払)から平成一五年三月分まで支払われていないところ、前記認定事実(8)からは原告は平成一三年二月分から平成一五年三月分までの未払い賃金について平成一六年一月七日付で催告しており、当該催告書は同月九日に被告に到達し、その後原告は裁判上の請求として本件訴えを平成一六年七月六日に提起している。
ところで、原告が催告をした時点で請求にかかる未払い賃金債権のうち平成一三年一二月分までは既に二年が経過しており確定的に消滅時効が成立している。被告は消滅時効を援用していることから、平成一三年一二月分までの賃金については消滅時効が完成しているものと認められる。
したがって、原告の得ることのできる未払賃金としては平成一四年一月分以降平成一五年三月分までの合計二八五万円(月一九万円の一五か月分)とそれに対応する各月の賃金支払日からの遅延損害金ということになる。
なお、被告は本件解雇後の原告に労務の提供があったことを争い、そのことの根拠に原告本人尋問における東京営業所のEからの金銭受取経緯についての供述を挙げ、原告が受領した当該金員についてバック・ペイにおける精算を主張する。しかし、原告が外注費などと供述する点は被告代理人からの質問に窮して述べたもので、確定的なものではなく労務の現実的な提供あるいは抽象的な提供を否定するものとまでは評価できないほか、原告本人及び証人Eの供述によっても当該金額や受領時点が明らかでなく、これを上記未払賃金ないしその遅延損害金から控除することのできる証拠としては不十分である。
5 争点(4) 慰謝料請求の成否
原告は、被告の不当解雇という不法行為に基づく精神的損害の慰謝料を請求するが、前記認定事実によれば、原告は訴外Cに暴力的な行為等に及んでおり、被告においても訴外Cの入社の経緯から東京営業所内で憂慮すべき人間関係を念頭に今回の原告の行為を深刻なものと受け止めて本件配転命令を出し、それに従わなかった原告をさらに解雇したものである。
このような事情によれば、原告からすると大三越祭の件で自分には思い当たらない濡れ衣を着せられたという不満はあったのかもしれないが、訴外Cへの社会人としての常識を逸脱した原告の行為にも少なからず問題のあることは否めず、被告の説明義務や手続的対応には不備があったものの、被告の本件解雇が不法行為を構成するとまではいえないものというべきである。また、原告としては解雇の無効に基づく得べかりし賃金請求権の充足をもって権利救済を得ているものというべきである。その他、大三越祭のクレームの件を含めて被告が原告を辞めさせるためなどの悪意ないし故意に基づく不法行為があったと認めるに足りるに十分な証拠は見当らない。
それゆえ、消滅時効について検討判断するまでもなく原告の被告に対する慰謝料請求は認められない。
6 以上によれば、本件請求は上記に認定判断した限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 福島政幸)
<別紙略>