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東京地方裁判所 平成16年(ワ)14467号 判決 2006年6月15日

原告

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

寺尾幸治

被告

乙山一夫

同訴訟代理人弁護士

柴田祐之

主文

一  別紙物件目録記載の建物を次のとおり分割する。

同目録記載の建物は被告の所有とする。

被告は,原告に対し,金100万円を支払え。

二  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

別紙物件目録記載の建物について競売を命じ,その売得金から競売手続費用を控除した金額を,原告に2分の1,被告に2分の1の割合で分割する。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は,原告が,被告に対し,原被告が共有する別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)につき,分割協議が整わず,また,現物分割によりその価値が著しく損なわれるとして,本件建物の競売とその売得金の分割を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原被告が本件建物の共有者であること

2  当事者間に分割協議が整わないこと

3  現物分割により本件建物の価値が著しく損なわれること

4  本件建物の建設費用総額が3754万8000円であること

5  原告と,被告の姉である乙山花子(旧姓は甲野。以下単に「花子」という。ただし,本件における証人としては,「証人乙山」と表示する)は夫婦であったが,平成17年12月14日に裁判による離婚が確定したこと。

6  本件建物のローン債務は被告のみが負っていること

7  本件建物の敷地(以下「本件土地」という)は被告,花子,その母である乙山葉子(以下「葉子」という)の共有であること

三  争点

1  原被告の持分の割合

(一) 原告の主張

本件建物の持分割合は所有権保存登記にあるとおり2分の1ずつであり,原被告は右の登記をするに当たりその点について明示又は黙示に合意したというべきである。

そうでないとしても,本件建物の建設費用総額3754万8000円のうち,原告は,実父から借り入れて平成12年9月27日ころ63万円,同年11月13日ころ63万円,平成13年1月24日ころ1050万円を支払っており,また,花子が支出した78万8000円も,被告(前記のとおり花子の弟)との関係では原告側が行った支出とみるべきである(原告と花子の婚姻中の支出である以上,そうみるべきである)から,結局,原告が支出した金額は1254万8000円,被告が支出した金額は2500万円となり,したがって,前記持分割合は,原告37548分の12548,被告37548分の25000となる。

なお,被告は,花子がほかに平成12年11月29日に250万円を支出したという。原告はこれを争うが,たとえこれが本件建物の建設費用に充てられているとしても,原告名義の口座に入金されている以上,被告との関係ではやはり原告側が行った支出とみるべきである。

(二) 被告の主張

原告主張の合意については否認する。

被告は,前記3754万8000円のうち,原告も認める2500万円以外に,花子から援助を受けた328万8000円を支出している。すなわち,原告も認める78万8000円は被告側の支出とみるべきであるし,花子は,平成12年11月10日に独身時代に貯蓄した郵便貯金を解約して216万1818円を得ており,これに手持資金を加えて同月29日に原告名義の口座に入金して工事業者への支払に充てている。

よって,原告が支出した金額は926万円,被告が支出した金額は2828万8000円であり,持分割合は,原告1000分の227,被告1000分の753となる。

2  被告の全面的価格賠償の主張の当否

(一) 被告の主張

本件建物の固定資産評価額は954万300円であり,被担保債権残額は2200万円を超えている。また,本件土地は被告,花子,葉子の共有であり,敷地利用権は使用貸借にすぎない。

そうすると,競売を考えた場合の原被告にとっての本件建物の価値はゼロである。

さらに,本件建物には花子,被告,葉子,原告と花子の子らが居住しており,原告と花子は離婚しているから,原告がここに居住する現実的な可能性はなく,そのような利益を金銭に換算することもできない。

以上によれば,原告持分の価格は,ゼロではないとしても100万円を超えることはない。

したがって,被告が原告に100万円を交付する内容の全面的価格賠償が認められるべきである。

なお,原告の後記主張はすべて争う。

ことに,後記(ア),(イ)の主張については,対象物件の処分によって抵当権の被担保債権が消滅あるいは減少することを前提としているが,本件においてはそのようなことはないし,また,右主張は,競売による代金分割の場合と比較して著しく不均衡であることからしても,原告の主張するところの本件建物の価格を基準にその主張に基づいて計算すると全面的価格賠償の金額が原告主張の出費の金額を超えてしまうことからしても,著しく不合理というほかない。

むしろ,本件における利益状況は離婚財産分与の場合に近いのであり,その場合に,不動産の時価から債務額を控除した残額を基に清算金が支払われ,オーバーローンの場合には精算は行われないことを考慮すれば,被告の主張こそ正当であると言えるのである。

(二) 原告の主張

全面的価格賠償に当たって基準とする本件建物の価格は,抵当権の被担保債権を控除しない本件建物の時価と考えるべきである。

(ア) その理由は,第一に,オーバーローンの物件であっても,債務者が債権者に当該物件を代物弁済すれば債務が当該物件の時価相当額分だけ減少するし,当該物件が競売で売却された場合にも債務が売却価格の分だけ減少するからである。よって,債務者からみた物件価格は,その時価相当額とみるべきなのである。

(イ) 第二に,原告は,被告との関係ではその持分について物上保証人と同様の立場にあるところ,物上保証の対象物件が競売で売却された場合には,物上保証人は,民法372条,351条により,物件価格相当額の求償権を行使できるからである。なお,右のことからすると,物上保証人が債務者に物上保証の対象物件を売却する場合においても債務者との関係での適正価格は同様に物件価格相当額と考えられるべきであり,その場合の利益状況も本件と同様である。

そして,本件建物の時価は,その建設費用について定額法による減価償却を考慮した3461万9256円と考えるべきである。

第三  争点についての判断

一  本件建物の原被告の持分割合について

1  本件建物の原被告の持分割合は所有権保存登記にあるとおり2分の1ずつであり,原被告は右の登記をするに当たりその点について明示又は黙示に合意したというべきであるとの原告の主張については,原告の主張によってもその支出額が本件建物の約3分の1にすぎない状況を前提としてなお前記のような合意があったと認めるに足りるような的確な客観的証拠は存在しないし,証拠(甲一九,原告)のうちこれに沿う部分は証拠(乙一〇,証人乙山)に照らしこれを採用することができない(なお,前記のような登記がなされている事実から黙示の合意を推認することも,2に認定したような双方の支出額の差に鑑みると,難しい)。

2  双方の支出額について

(一) 前記建設費用のうち2500万円については被告が支出したことを原告も甲一九で認めている。すなわち,被告が少なくとも2500万円を支出していることは明らかである。

(二) そして,それ以外の費用の支払については,その原資に関し,客観的な裏付けのある正確な証拠までは存在しないが,中では,証拠(甲一四,証人乙山)の,原告が個人として調達できる資金は父親から用立ててもらう1000万円であると原告から聴いており,事実そうであったと思っているとの内容が,原告自身の,父親から出してもらえる概算額という趣旨でそのような金額を告げたことはあるとの法廷陳述に裏付けられた最も信用性の高いものとみることができる。

また,原告は,原告の父が平成12年11月28日にその口座から引き出した274万円のうち250万円が翌日に原告名義の口座に入金されたと陳述している(甲一九)ところ,客観的証拠(甲一三,乙一)もこれに符合しているということができる(なお,証拠〔乙一〇,証人乙山〕の「花子は,平成12年11月10日に独身時代に貯蓄した郵便貯金を解約して216万1818円を得ており,これに手持資金を加えて同月29日に原告名義の口座に入金して工事業者への支払に充てている」との陳述ないし供述のうち「これに手持資金を加えて同月29日に原告名義の口座に入金して工事業者への支払に充てている」との部分については採用できない)。

そして,右の250万円と,証拠(甲一六ないし一八)によって原告の父が原告のために引き出したと主張する金額(それぞれ,263万円,200万7138円,301万707円)を合計すると1014万7845円と1000万円に極めて近い数字になることも,原告が父に用立ててもらった原告自身の支出費用が1000万円であること(逆に言えばこれを超えるものではないこと)を裏付けているというべきである。

(三) そして,前記争いのない本件建物建設費用総額3754万8000円と以上合計3500万円との差額254万8000円については,当時夫婦であった原告と花子の共有財産から支出されたものと推認することが公平である。そうすると,その半額に当たる127万4000円については花子が支出したとみるべきところ,少なくとも,花子と被告の利害が共通する本件紛争(共有物分割訴訟)の関係ではこの金額は被告が支出したものと評価することが常識的であろう(原告は,逆に,本件紛争〔共有物分割訴訟〕の関係ではこの金額は原告が支出したものと評価すべきであるというが,右の主張は採ることができない)。

(四) 以上によれば,原告の支出額は1127万4000円,被告の支出額は2627万4000円とみるべきであり,したがって,持分割合は,原告30.0パーセント,被告70.0パーセントとなる。

二 被告の全面的価格賠償の主張の当否について

1 本件建物の固定資産評価額は954万300円であり,被担保債権残額は2200万円を超えている。また,本件土地は被告,花子,葉子の共有であり(争いがない),その固定資産評価額は1563万1570円である(以上につき乙五,六,八)。

本件建物の敷地利用権は使用貸借にすぎないものと考えられる(原告も特に争っていない)。なお付言すれば,本件の事実関係では法定地上権も成立しないと考えられる(最判平成6年12月20日民集48巻8号1470頁参照)。

そうすると,本件建物を競売した場合に原被告に分割する剰余金が生じるとは考えにくい(むしろ,かなりのローン債務が残存するものと考えられる)。

2 さらに,本件建物には花子,被告,葉子,原告と花子の子らが居住しており,原告と花子は離婚している(争いがない)し,原被告間にも熾烈な争いがあることは本件からも明らかであるから,原告がここに居住する可能性も現実問題としてはほとんどありえないと考えられる。

3 以上のような事実関係の下では,本件建物の共有物分割の方法として全面的価格賠償によることは,価格賠償の金額が適性に評価され,被告がその資力を有する場合には,相当な方法であると考えられる。

4 この点につき,原告は,全面的価格賠償に当たって基準とする本件建物の価格は,抵当権の被担保債権を控除しない本件建物の時価と考えるべきであると主張し,その根拠として,前記(ア),(イ)のとおり述べる。

しかし,右(ア),(イ)の主張については,本件建物の処分によって抵当権の被担保債権が消滅あるいは減少することを前提としているが,全面的価格賠償の場合についてはそのようなことはないし,また,右主張は,競売による代金分割の場合(前記のとおり原告に分割すべき剰余金も生じない)と比較して著しく不均衡であることからしても,採ることができない(なお,原告の主張する本件建物の価格〔3461万9256円〕を基準にその主張に基づいて計算すると,全面的価格賠償の金額〔1700万円を超える〕が原告主張の出費の金額〔1254万8000円〕を超えてしまうが,このことも,原告の主張自体の問題点を示すものと言えよう)。

むしろ,本件における利益状況は,花子を被告側の人間と考えるならば,被告主張のとおり,離婚財産分与の場合に近いのであり,その場合には,通常,不動産の時価から債務額を控除した残額が財産分与に当たって考慮されるにとどまり,オーバーローンの場合,ことに本件のように不動産を取得する側が債務をも全面的に負担する場合には,オーバーローンに係る不動産は財産分与に当たって考慮の対象とされないことを考慮すべきであろう。

そうすると,本件における全面的価格賠償の適正な金額は,前記の原告持分割合を前提として本件建物について原告が有するところの潜在的利益を総合的に考慮した金額とするほかないと思われるが,前記のとおり,原告がここに居住する可能性が現実問題としてはほとんどありえないことを考慮するならば,その金額が,被告主張の100万円を超えることはないものと解される。

第四  結論

以上により,主文のとおり判断する。

(裁判官・瀬木比呂志)

別紙物件目録<省略>

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