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東京地方裁判所 平成16年(ワ)14793号 判決 2005年3月30日

主文

1  被告株式会社A銀行は、原告Bに対し、3万9000円を支払え。

2  被告株式会社C銀行は、原告Dに対し、50万円を支払え。

3  被告株式会社E銀行は、原告Fに対し、101万9437円を、原告Gに対し、52万9833円をそれぞれ支払え。

4  被告株式会社H銀行は、原告Iに対し、50万円を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  原告B

主文1、5及び6項と同旨

(2)  原告D

主文2、5及び6項と同旨

(3)  原告F

主文3、5及び6項と同旨

(4)  原告G

主文3、5及び6項と同旨

(5)  原告I

主文4、5及び6項と同旨

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  被告株式会社A銀行

ア 原告Bの被告株式会社A銀行に対する請求を棄却する。

イ 訴訟費用は原告Bの負担とする。

(2)  被告株式会社C銀行

ア 原告Dの被告株式会社C銀行に対する請求を棄却する。

イ 訴訟費用は原告Dの負担とする。

(3)  被告株式会社E銀行

ア 原告F及び同Gの被告株式会社E銀行に対する請求をいずれも棄却する。

イ 訴訟費用は原告F及び同Gの負担とする。

(4)  被告株式会社H銀行

ア 原告Iの被告株式会社H銀行に対する請求を棄却する。

イ 訴訟費用は原告Iの負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  不当利得

ア 法律上の原因がないこと

原告D、同F、同G及び同Iは、それぞれ、「オレ、オレ」などと名乗る氏名不詳の者から電話を受け、その者が自分の子ないし孫であると誤信し、「交通事故を起こしたので示談金を支払う必要がある」などとして別紙入金関係表(以下「入金関係表」という。)の金額を同表の指定口座に振り込むよう指示された。原告Bは、やはり氏名不詳の者から電話で借金の返済をしてほしいと何度も語気鋭く申し向けられ、入金関係表の金額を同表の指定口座に振り込むよう指示され、自分がもともとしていた借金に関する電話であると錯誤した。

イ 損害、利得、因果関係

(ア) 原告らは、上記アにより、誤信ないし畏怖した状態に陥った上、それぞれ氏名不詳者の指示どおり、入金関係表のとおり現金を振込入金した。ただし、原告DはJ又はK名義で、原告IはL名義でそれぞれ振込入金をした。

(イ) これにより、被告らは、それぞれ、入金関係表の各振込額を利得したものである。

(2)  債権者代位

ア 被保全債権(各原告の各口座名義人に対する不当利得返還請求権)

請求原因(1)(イ(イ)を除く。)と同じ。

イ 保全の必要性

入金関係表のうち、指定口座欄記載の各名義人には、いずれにも、同欄記載の指定口座以外に上記債権を満足させるに足りる財産は見当たらない。

ウ 被代位債権

(ア) Mこと氏名不詳者は、被告株式会社A銀行世田谷通支店に普通預金口座を有し、被告A銀行に対し、8万8000円の預金債権を有している。

(イ) Nこと氏名不詳者は、被告株式会社C銀行大塚支店に普通預金口座を有し、被告C銀行に対し、50万0745円の預金債権を有している。

(ウ) Oこと氏名不詳者は、被告株式会社E銀行玉川支店に普通預金口座を有し、被告E銀行に対し、380万9250円の預金債権を有している。

(エ) Pこと氏名不詳者は、被告株式会社H銀行新宿新都心支店に普通預金口座を有し、被告H銀行に対し、243万0100円の預金債権を有している。

(3)  よって、原告らは、被告らに対し、次のとおり求める。

ア 原告Bは、被告A銀行に対し、不当利得に基づき、又は、Mこと氏名不詳者に代位して、同人と被告A銀行の間における上記預金契約に基づき、3万9000円を支払うこと。

イ 原告Dは、被告C銀行に対し、不当利得に基づき、又は、Nこと氏名不詳者に代位して、同人と被告C銀行の間における上記預金契約に基づき、50万円を支払うこと。

ウ 原告Fは、被告E銀行に対し、不当利得に基づき、又は、Oこと氏名不詳者に代位して、同人と被告E銀行の間における上記預金契約に基づき、101万9437円を支払うこと。

エ 原告Gは、被告E銀行に対し、不当利得に基づき、又は、Oこと氏名不詳者に代位して、同人と被告E銀行の間における上記預金契約に基づき、52万9833円を支払うこと。

オ 原告Iは、被告H銀行に対し、不当利得に基づき、又は、Pこと氏名不詳者に代位して、同人と被告H銀行の間における上記預金契約に基づき、50万円を支払うこと。

2  請求原因に対する認否

(1)  被告A銀行

ア 請求原因(1)は不知。

イ 請求原因(2)のうち、ア及びイは不知、ウ(ア)は認める。

(2)  被告C銀行

ア 請求原因(1)は不知。

イ 請求原因(2)のうち、ア及びイは不知、ウ(イ)は、平成16年12月13日の時点において預金残高が50万0912円である限度で認める。

(3)  被告E銀行

ア 請求原因(1)は不知。

イ 請求原因(2)のうち、ア及びイは不知、ウ(ウ)は認める。

(4)  被告H銀行

ア 請求原因(1)は、L名義で50万円が振り込まれた限りで認める。

イ 請求原因(2)のうち、アはL名義で50万円が振り込まれた限りで認め、イは不知、ウ(エ)は認める。

理由

1  請求原因(1)について

請求原因(1)の事実が認められたとしても、被告らはいずれも入金関係表のうち指定口座欄記載の口座名義人に対して預金返還債務を負うものであるから、被告らには、いずれも、利得がない。

したがって、この主張は、理由がないことが明らかである。

2  請求原因(2)について

(1)  請求原因(2)アについて

ア  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(認定の根拠となった証拠等を( )内に示す。直前に示した証拠のページ番号を〔 〕内に示す。以下同じ。)。

(ア) 原告Bは、平成15年3月17日から20日ころ、原告Bが職場において仕事をしていた際、氏名不詳者から電話があり、「お金を払え。」という趣旨のことを言われたため、当時あった自己の借金の請求であると思いこんでしまった。この電話の翌々日に再び同一人物から電話があり、原告Bは支払を断ったが「払うと言っただろう。」と凄まれ、その後も何度も電話をかけて凄まれたので、このままでは仕事が妨げられ、その結果会社を解雇されるのではないかと恐れ、同人の指示どおり、A銀行世田谷通支店の普通預金口座に3万9000円を振り込んだ(甲2〔2〕、6の1、弁論の全趣旨)。

(イ) 原告Dは、平成15年4月8日午後2時30分ころ、同人に対して電話があり、氏名不詳者が、「オレだけど」と言ってきたため、原告Dは、電話をかけているのが長男であると誤信した。さらに同氏名不詳者が、実は交通事故を起こしてしまい、示談が必要であるから、すぐに20万円を振り込んでほしいと言ってきた。これに対して原告Dは10万円しか持ち合わせがないと述べたが、それでもよいと言われた。そこで、原告Dは、同日午後4時50分ころ、C銀行船堀支店から、同人の指示どおりC銀行大塚支店の普通預金口座に10万円を振り込んだ(甲2〔3〕、6の2、弁論の全趣旨)。

その後、原告Dに対して同一人物から二度電話があり、さらに20万円を振り込んでほしい旨言われたため、原告Dは、やはり電話をかけているのが自己の長男であると信じたまま、Qから、同人の指示どおり、上記口座に20万円を二度振り込んだ(甲2〔3〕、6の2)。

(ウ) 原告Fは、平成15年5月7日午前10時50分ころ、氏名不詳者から電話があり、「オレ、オレ」と言ってきたため、原告Fは、電話をかけているのが自分の孫であると誤信した。同氏名不詳者は、自動車事故を起こしたために修理代金として50万円が必要なので振り込んでほしい旨、及び振り込んだ後に指定した番号に電話をかけてほしい旨を申し向けたため、原告Fは、指定された口座にすぐに50万円を振り込むことを決意した。原告Fは、直後、R信用金庫東砂支店において、孫であるS名義で、同氏名不詳者の指示どおり、E銀行玉川支店の普通預金口座に50万円を振り込んだ(甲6の3、弁論の全趣旨)。

その後、原告Fが指定された電話番号に電話をかけたところ、休業損害として105万8240円が必要なので振り込んでほしい旨を申し向けれられたため、電話の相手が自分の孫であると信じていた原告Fは、上記銀行上記支店から、同氏名不詳者の指示どおり、上記口座に105万8240円を振り込んだ(甲2〔6〕、甲6の3)。

(エ) 原告Gは、平成15年5月7日午後2時40分ころ、氏名不詳者から電話があり、「オレだよ。オレオレ。」と話しかけてきたため、電話をかけているのが自分の長男であると誤信した。同氏名不詳者は、原告Gに対し、酒を飲んで自動車を運転していたら外車にぶつけてしまい、示談するために55万円を自分に貸してほしいと申し向けた。そこで、原告Gは、同人の指示どおり、E銀行玉川支店の普通預金口座に55万円を振り込んだ(甲2〔6〕、6の4)。

(オ) 原告Iは、平成15年5月16日午後2時20分ころ、氏名不詳者から電話があり、「オレだけど。」と言ってきたため、電話をかけているのが単身赴任中の次男であると誤信した。同人が、原告Iに対し、自動車を運転中に外車にぶつけてしまったから、示談のために150万円を振り込んでほしいと申し向けたため、原告Iは、そのとおりにしようと決意し、150万円のうち50万円をとりあえず振り込み、その次の日に残りの100万円を振り込むと伝えた(甲6の5、弁論の全趣旨)。

原告Iは、T信用金庫大塚支店に赴き、同人の指示どおり、H銀行新宿新都心支店の普通預金口座に次男名義で50万円を振り込んだ。その後、原告Iは、長女と話をした際、騙されたと気が付いたため、残りの100万円は振り込まなかった(甲2〔7〕、5の1及び2、6の5、乙ニ2)。

イ  以上からすると、原告らは、それぞれ、電話をかけてきた氏名不詳者に対して何ら債務を負っていないにもかかわらず、その氏名不詳者からの脅迫的言辞ないし欺罔行為に基づき、畏怖状態ないし誤信状態に陥り、これにより氏名不詳者の指示した銀行口座に金銭を振り込んだというのであるから、当該氏名不詳者に対して、それぞれ振込額と同額の不当利得返還請求権を有することが認められるし、しかも当該氏名不詳者が振込先口座を有している者であることが容易に推認でき、これらを左右するに足りる証拠は見当たらない。

(2)  請求原因(2)イについて

ア  証拠によれば、次の事実が認められる。

(ア) 上記各振込先口座の名義人として表示されているM、N、O及びPについては、そのような氏名の人物が実在するか否かさえ明らかでない(弁論の全趣旨)。

(イ) Uらは、他人名義の普通預金口座を金銭の振込先として利用して詐欺行為を行ったとの事実で公訴を提起されたが、その際、利用された普通預金口座のうち1つに、O名義の上記普通預金口座が含まれている(甲1の3)。

(ウ) 入金関係表中、指定口座欄記載の各口座は、いずれも取引が凍結されている(甲2〔2、3、6、7〕)。

イ  上記(1)で認定説示したとおり、原告らは電話をかけてきた氏名不詳者らに対し振込金と同額の不当利得返還請求権を有し、その氏名不詳者が振込先として指定した各銀行口座を所有しているものと認められるところ、所在も明らかでない氏名不詳者に対して直接債務名義を取得する方法は現行法制上存在しないし、当該氏名不詳者の財産と認められるものは上記各口座についての預金払戻請求権以外には見当たらないのであるから、原告らとしては、自己の不当利得返還請求権を保全するには当該預金払戻請求権を代位行使するほかなく、保全の必要性は優に認められる。

(3)  請求原因(2)ウについて

請求原因(2)ウの事実については、当事者間に争いがない。ただし、Nが被告C銀行に対して有する預金債権については、その額が50万0912円である限度で当事者間に争いがない。

3  結論

以上によれば、原告らはそれぞれ入金関係表のうち指定口座欄記載の名義人に対する不当利得返還請求権に基づいて被告らに対する預金返還請求権を代位行使することができる。

したがって、原告らが選択的に求める不当利得に基づく請求(請求原因(1))及び債権者代位権に基づく請求(請求原因(2))のうち、後者は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法64条ただし書、61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤山雅行 裁判官 金光秀明 裁判官 萩原孝基)

(別紙)

入金関係表

原告

入金日

金額

仕向口座

指定口座

3月27日

3万9000円

V銀行玉名支店

A銀行世田谷通支店(普通預金)

M名義

4月9日

10万0000円

C銀行船堀支店

C銀行大塚支店(普通預金)

N名義

20万0000円を2回

(計40万0000円)

Q船堀支店

(S名義で振込)

5月7日

105万8240円

R信用金庫東砂支店

E銀行玉川支店(普通預金)

O名義

同上

55万0000円

W銀行相模原支店

同上

(L名義で振込)

5月16日

50万0000円

T信用金庫大塚支店

H銀行新宿新都心支店(普通預金)

P名義

(注)入金年は全て平成15年である。

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