東京地方裁判所 平成16年(ワ)16018号 判決 2005年5月06日
主文
1 被告は、原告に対し、35万9682円及びこれに対する平成16年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、39万1258円及びうち38万4628円に対する平成16年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告との間で金銭の借入れと弁済を繰り返した原告が、被告に対し、弁済金を利息制限法に引き直して充当計算すると過払金が生じていると主張して、不当利得としてその返還を求め、併せて被告は悪意の受益者であると主張して民法704条に基づき過払金の発生時から支払済みまでの利息の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがない。)
(1) 被告は、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)3条所定の登録を受けた貸金業者である。
(2) 原告は、平成7年10月2日から同16年4月1日まで、被告から利息制限法所定の制限利率を超える利率の定めで別紙1の各「借入金額」欄記載のとおりの金銭を借り入れ、各「弁済額」欄記載のとおり弁済した(以下、これらの借入れを「本件各借入れ」、弁済を「本件各弁済」という。)。
2 争点
(1) 不当利得に関する悪意
ア 原告の主張
被告は、本件各借入れにおける約定利息が利息制限法所定の制限利率を超えることを認識しながら、原告から利息名下に金銭を収受していたのであるから、民法704条にいう悪意の受益者に当たる。なお、仮に被告が貸金業法43条のみなし弁済の規定の適用を受けられると信じていたとしても、被告は振込みによる返済の場合に貸金業法18条1項所定のいわゆる受取証書を弁済者に交付しておらず、同規定の適用はない。そして、このことを明らかにした最高裁平成8年(オ)第250号同11年1月21日第一小法廷判決・民集53巻1号98頁(以下「平成11年判決」という。)の後はもとより、それ以前においても、被告は受取証書を交付していないことは知っていたのであるから、同規定の適用の有無に関する法的評価を誤っただけであって、この点は、悪意か否かの判断には影響を及ぼさない。
イ 被告の認否・反論
否認する。民法704条にいう「悪意の受益者」とは法律上の原因のないことを知りながら利得をした者をいうが、そもそも被告はこれに当たらない。また、平成11年判決は、「特段の事情」による例外を認めており、同判決後も弁済者が予め払込金の利息・元本の内訳を知ってこれを払い込んだ場合はこの例外に当たるとする見解もあった。このような見解が否定されることが確定的となったのは、最高裁平成14年(受)第912号同16年2月20日第二小法廷判決・民集58巻2号380頁(以下「平成16年判決」という。)を待たねばならず、それまでの間は、振込返済の場合に受取証書を交付していなかったからといって、必ずしも法律上の原因がないとはされていなかった。被告は、原告に予め上記内訳を記載した償還表を交付しており、原告はこれを知った上で振込返済をしていたもので、本件各弁済の時点において、貸金業法43条のみなし弁済の規定の適用要件を満たしていると信じていたから、この点からも悪意の受益者とはいえない。
(2) 充当計算の方法
ア 原告の主張
本件各借入れは、いずれもこれに先行する借入れの借換えとして行われているから、一連の取引として通算して充当計算をすべきである。そして、被告は争点(1)のとおり悪意の受益者であるから、過払金の発生時から民法704条の利息の支払義務がある。以上により充当計算をすると、別紙1のとおりとなり、被告は、過払元金38万4628円と確定利息金6630円との合計額である39万1258円及びうち元金に対する最終弁済日の翌日である平成16年4月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による同法704条の利息の支払義務がある。
イ 被告の認否・反論
否認ないし争う。なお、本件各借入れにおいては約定支払日に1回でも債務の支払を怠ったときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約があるところ、平成8年3月5日、同9年1月8日、同年3月4日の本件各弁済は1日ないし2日約定支払日を徒過して行われたから、前記の各弁済に当たっては、約定支払日までの利息制限法所定の制限利率による利息に加え、少なくともその翌日から実際の支払日までの平成11年法律第155号による改正前の利息制限法4条1項の制限利率による遅延損害金も発生している。また、前記のとおり、被告は悪意の受益者ではないから、過払金に対する利息ないし遅延損害金は発生していない。以上に従って、仮に本件各借入れと本件各弁済を一連の取引として充当計算をすると、別紙2のとおりとなる。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(不当利得に関する悪意)について
(1) 原告は、被告が、本件各借入れにおける約定利息が利息制限法所定の制限利率を超えることを認識していたことをもって、ただちに民法704条の悪意の受益者に当たるかのように主張する。
しかし、民法704条にいう「悪意の受益者」とは法律上の原因がないことを知りながら利得した者をいうところ、この点については不当利得を請求する者に主張立証責任がある(最高裁昭和34年(オ)第478号同37年6月19日第三小法廷判決・裁判集民事61号251頁参照)。そして、これを本件について見ると、被告が「悪意の受益者」に当たるというためには、単に制限利率を超えて利息として金銭を収受したことだけでなく、制限利率を超える部分が充当されるべき借入残元金が完済されて存在しないこと、換言すれば過払金が発生していることを知っていたことも要するというべきである。なぜならば、制限利率を超える利息を収受した場合であっても、これが充当されるべき借入残元金がなお存在する限りは、被告はこれを元金の弁済として取得することとなり、その取得に法律上の原因がないということはできないからである。そうすると、被告が単に約定利息が利息制限法所定の制限利率を超えることを知っていたというだけで、ただちに悪意の受益者ということはできない。また、制限超過利息の元本充当計算は必ずしも単純ではなく、どの範囲の借入れと弁済とを一連のものと見て充当を行うか等も一義的に明確とはいえないから、多数の借主との間で借入れと弁済受領を繰り返している被告のような貸金業者が、弁済受領の都度、煩雑でしかも自己に不利益な元本充当計算を行っているとは考えにくく、被告が約定利息が制限利率を超えることを知っていたという一事をもって、ただちに借入残元金の不存在ないし過払金の発生を知っていたと事実上推定することも困難である。もっとも、過払金の発生を知っていたか否かは裁判所の自由心証に委ねられるべき事実認定の問題であるから、貸金業者が正当の理由なく取引経過の開示を全面的に拒絶し、あるいは虚偽の取引内容を開示するなど殊更に真実の取引内容を隠ぺいしようとするといった不誠実な態度をとるなどといった事情があれば、既に過払金の発生を知っていたものと推定する余地があると思われる。しかし、本件において、このような事情の主張立証はなく、他に被告が過払金の発生時点においてその発生を知っていたと認めるに足りる証拠はない。
(2) なお、仮に被告が約定利息が制限利率を超過していることを知っていたという一事をもって過払金の発生を知っていたと事実上推定することができるとする見解に立ったとしても、<証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、各弁済受領の当時、貸金業法43条のみなし弁済の規定の適用があると信じていたことが認められる。これに対し、原告は、被告が振込返済の場合に受取証書を交付していないことを認識していた以上、被告の上記の点に関する認識いかんは悪意の認定を左右しないと主張する。しかし、前掲各証拠によれば、原告が指摘する平成11年判決の前はもとより、その後においても、被告の引用する平成16年判決が出されるまでは、受取証書の交付がなくても他の方法で元利の内訳を債務者に了知させているなどの場合には上記規定が適用されるとする見解も主張され、これに基づく取扱いも少なからず見られたことが認められるから、原告の上記主張は採用することができない。もっとも、いやしくも登録を受けた貸金業者である以上、近時の最高裁の判例の動向は当然注視しているものと考えられ、平成16年判決が法律雑誌や最高裁の公式判例集に登載されるなどしてその内容が周知されたとうかがわれる現段階においては、貸金業者のこのような主張が事実上認められる余地はないと思われるものの、本件各弁済の時点でこのような周知がされていたとはうかがわれない。そうすると、本件では事実上の推定は妨げられるというべきであるから、被告が悪意の受益者とは認められない。したがって、争点(1)に関する原告の主張はこの観点からも理由がない。
2 争点(2)(充当計算の方法)について
(1) 前掲各証拠並びに弁論の全趣旨によれば、本件各借入れは、いずれもその前の借入れの残元金を新たな借入金に組み入れた借換えとして行われたことが認められる。そうすると、本件各借入れと本件各弁済は、実質的には一体のものと認められ、原告の主張するとおり、全体を一連の取引とみて、一つの借入金債務につき制限超過部分を元本に充当した結果生じた過払金は、新たな借入れに基づく債務に順次充当されると解するのが相当である。
一方、被告は、本件各借入れにおいては、1回でも約定支払日に支払を怠ったときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約があるところ、原告は3回にわたり約定支払日を1ないし2日徒過して本件各弁済を行ったと主張して、該当する各弁済については、徒過日数分の遅延損害金も差し引くべきと主張する。しかし、被告の履行遅滞の主張は、あくまでも約定利率に基づいて定められた分割支払額を前提とするものであるところ、利息制限法所定の制限利率による引き直し計算をすると、被告が遅延を主張する各約定支払日に先立って相当額が既に支払われていることとなり、実際に支払を遅滞した金額は遙かに少ないか、場合によっては既に支払済みとなって履行遅滞は発生していないとすらうかがわれる。そうすると、被告の主張は前提を欠き、採用することができず、本件では、履行遅滞はなかったものとして充当計算を行うのが相当である。
また、前述のとおり、被告が過払金発生の時点で悪意の受益者であったとは認められないし、その後、本件提訴までに悪意となったことについての主張立証もない。そして、不当利得返還債務は、その履行の請求を受けた日から履行遅滞に陥るというべきであるところ、本件訴状による請求以前に履行の請求をしたとの主張立証もない。
(2) 以上に基づいて充当計算をすると、別紙3のとおりとなる。これによれば、35万9682円の過払が生じており、原告は、被告に対し、同額の不当利得返還請求権を有するとともに、これに対する本訴状送達の日の翌日である平成16年8月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求することができる。
3 以上によれば、原告の請求は上記の範囲で理由があるからその限度で認容することとし、その余は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 瀨戸口壯夫)
(別紙)1~3<略>